とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part12

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第5章 妹達(シスターズ)


12. 「MISAKA-CONSULTANT」


 インデックスの完全記憶能力の検索に引っかかった。

(――世界に足りないものを示すコンサルタント……)

 そんなキャッチフレーズでもって世界を渡り歩く男。
 名前は御坂旅掛。

(――そこになぜ、とうまの名前があるの?)

「ステイル、第零告解室は空いてる?」
「はい、今日はもう使う予定はありませんので……」
「そこへ通しておいて……。私が直接会ってみるんだよ」

 『第零告解室』。
 それは罪の赦しや告白に使用される小さな小部屋。
 その中でもここは完全な防御魔術を施され、さらにAIMジャマーまでも装備された完全無欠の安全地帯。
 インデックスの着任後、彼女が作らせた魔術と科学の力で守られた秘密の部屋。
 その部屋の中なら、どんな話も外部に漏れる心配は無い。
 当人達が漏らす場合を除いては。

 ステイルが表情を緩め、顔を近づけ、ひそひそと小声で言った。

「最大司祭……」

(――ステイル、そのにやにやは何を隠している?)

「まだなにかあるのかな?ステイル」
「上条当麻は1人で来たのではありません」
「え?」
「もう1人、女性を連れてきています」
「は?」
「たしか学園都市にいた『御坂美琴』にそっくりでした……」
「え……?は……?はぁぁぁぁ!?!?」
「2人とも通しますか?」
「――え、あ……」
「では通しておきますので、あとはよろしくお願いします」
「――ちょっと待つんだよ!ステイルウウウウ!!」

 その声が聞こえぬかの如く、ステイルはくるりと背を向けると、そのままスタスタとインデックスの前から去った。
 上条譲りのスルー能力に加え、建宮譲りのおちょくり能力を最大限駆使して。

「ゴラアアアア!!!!人の話を聞けっつんだよオオオオオオ!!!!ステイルウウウウウウ!!!!!」

 これがみことなら電撃の槍を飛ばすのだろうけど、生憎私にはそんな能力は無い。
 だから決めた。今決めた。
 あのクソ野郎は後で頭蓋骨粉砕の刑だ。
 この犬歯が久しぶりに疼くんだよ……。

(ステイルなりの愛情表現なのは分かっているけれど、これはみことのツンデレより性質が悪いと思うんだよ。
 私への愛情……いやむしろ恋慕に近いもの……だってのは分かってるけれど……。
 もしかして……放置しすぎて捻くれてしまった……のかも?)

「神様……、どうかこの不幸な私に救いの手を……」

 インデックスは疼くこめかみを押さえながら、『第零告解室』に向かった。





 ロンドン、カムデンタウンのパブ。
 上条当麻が御坂旅掛にリクルートされた日のことだ。
 上条刀夜はその時、息子、当麻に言った。

「お前ももう一人前なんだ。
自分の道はわかっているんだろう。
後は自分で決断することだ」
「父さん……」

 夕日が沈むあの夏の日の海岸での出来事。
 上条の記憶に残る、刀夜と初めて向かい合った時のことが思い出された。

「あの日の言葉、私は父親としていろいろ考えさせられたよ。
お前はもう自分で決めた道を歩いていくんだなと……。
私に気を使う必要なんて無いさ……」

 そういう刀夜の顔は少し寂しそうに見えた。
 が、それはすぐに、1人の男の顔に変わる。

「1つだけ人生の先輩として言っておこう。
大切なものを守るためなら……最後まで手を尽くすことだ。
どんな手を使ってでも、自分が汚れ、穢れようともな……。
そして、黙って全て背負ってやれ。
背負うものが重いほど、いい男になれるんだからな」

 刀夜はそこで言葉を切ると、じっと息子の目を見た。
 上条はそこに、男の決意と覚悟を見た気がした。
 上条が記憶喪失になってから、すでに数年の月日がたっている。
 そのことは、まだ両親に打ち明けていない。
 だがそれは、今はもうどうでもよいことだった。
 記憶と言うものが、いずれ消えるものだということが分かってからは、『忘れた』の一言ですむ。
 昔のことを忘れたと言われて傷つく人間はほとんどいない。
 誰しも過去のことを忘れて生きていくのだから。
 本当に大切なものは、決して忘れないし、また何度でも憶えられる。
 今、ここで見つめている刀夜の瞳は、上条の記憶にない。
 それでもどこかで見たような気がするのは、なぜだろうか。
 多分記憶ではなく、自分の心のどこかに眠っていたものだろうなと思った。
 それは、自分がこうありたいと思う男の瞳なんだろうと。

「ありがとう、父さん」

 上条は、初めて父に礼を言った気がした。
 父親に一人前と認められるのは、息子として喜ばしいことだ。
 なら父親はどうなのか。
 それはいずれ自分が父親になれば、わかることなのかもしれない。
 だからそれはその時に考えよう。
 そう思うと、上条は改めて旅掛に向き直った。

「よろしくお願いします。旅掛さん」

 その言葉に旅掛は相好を崩した。

「こちらこそ、よろしく頼むよ、当麻君。
それとも、よろしく我が息子よと言うべきかな?」

 その言葉に上条も刀夜も思いっきり噴いた。





 翌日、上条は旅掛に教えられた部屋を訪れた。
 なんと言うことは無い、ロンドンのとあるストリートに面した古いビルの一室。
 かつて学園都市で住んでいた男子寮にあったような古ぼけたエレベータで上の階へ向かう。
 薄暗い通路を奥へ進むと、突き当たりに『MISAKA-CONSULTANT』のプレートがつけられた扉。
 開ける前に、上条は深呼吸をする。
 この扉の向こうに待っている世界は、これまでの自分には経験の無い世界。
 自分で決めた、新しい世界へ踏み出す第一歩。
 ノックをして、返事を待った。
 むこうから「どうぞ」という旅掛の声がする。
 「失礼します……」という声とともに上条はドアを開けた。
 やぁ、と笑顔で出迎える旅掛の横に、1人の女性がいた。
 清潔そうな白い女物の長袖シャツに、下は細身のジーンズを穿き、ヒールの無い黒いパンプス。
 背はそれほど高くなく、体つきはスレンダーだが胸はあまり無い。
 肩まで伸ばした茶髪をヘアピンで留め、顔は……

「え……!み……美琴……!?」

 いや違う。

「ええと、いや……御坂妹なの……か?」

 御坂妹がここにいるはずはない。
 だとすると……

「はじめまして、とミサカは憧れの人に会えて赤面しながら挨拶します」
「シスターズ……」
「はい、ミサカの個体番号はミサカ17000号です、とミサカはあなたに告げます」
「17000号……」

 予想外の出来事に、驚き固まった上条に、旅掛が笑いかけた。

「びっくりしたかね」
「は、はぁ……」
「彼女はね、この国の研究所に『治療』のために預けられていた『娘達』の1人だよ」
「そうなんですか」

 学園都市外で『妹達(シスターズ)』に会うのは初めてだった。
 向こうにいるときは、御坂妹も、打ち止めも、番外個体も他の『妹達』同様、結構な頻度で顔を合わせていた。
 確か美琴は昔、ロシアで他の妹達と会ったと言ってたっけ……。

「はい、ミサカ17000号は、この国に残った最後の個体です、とミサカは冷静に真実を告げます」

 ――最後?

「え?、今何て……?」
「……」

 旅掛が辛そうな顔になっていた。
 それは我が子を失った親の顔……。
 だが上条にそれは分からない。

「旅掛さん……」
「――そういうことなんだ……」
「そう……なんですか……」

――ここは学園都市と違い、外の世界だ。
――『妹達(シスターズ)』を取り巻く環境は学園都市とはまったく違う。
――「調整」がうまくいかなかった……いやいやまさか。
――大方、他の研究所にでも移ったのだろう。

 上条はそう判断していた。
 真実はもっと残酷だとは、その時の上条は夢にも思っていなかった。

「まあ、色々とあるんだが、とりあえず、今日は顔合わせがてら、彼女の話を聞いてやってもらえないかな。
彼女なら通訳兼ガイド兼運転手としても有能だから、一緒に外出してもらっても大丈夫だと思うよ。
私はこれから人と会う約束があるので、ちょっと留守にするが、よろしく頼む」
「分かりました」
「じゃ、お父さんは出かけてくるから、あとはよろしくな」
「いってらっしゃい、お父様……」

――バタン

 扉の閉まる音が響くと、後に残るのは沈黙……
 遠く離れたここロンドンで、まさか美琴そっくりのシスターズに会うとは想像すらしていなかった。
 古ぼけたビルの突き当たりの一室で。
 所々剥げた壁紙の壁に、くすんだ天井に囲まれて。
 ジリジリと鳴るような蛍光灯の明かりと、湿気たような空気に包まれて。
 唸るように響く空調に、テーブルとソファーと事務机に書庫が1つ。
 奥に続くドアの向こうはキッチン?それとも……。
 気が付けば、この部屋には窓がない。
 ああ、もちろん牢屋のような鉄格子も無い。
 だけど?だから?それとも……?
 俺の背中をぞくぞくと走る感覚がある。
 ここは処刑(ロンドン)塔ではないはずなのに、俺には彼女が死刑囚に見えて仕方が無い。
 なぜだろう。
 なにか寒気がする。
 守りたい人、守るべき人と同じDNAを持った死刑囚。
 目の前の彼女が儚く思われて。
 彼女の口から助けてという言葉が聞こえそうで。
 遠く学園都市に残してきた美琴の顔が彼女と重なる。
 旅掛さん、アンタは俺に何をさせようとしているのか?
 もしかして俺に足りないものを示してくれるのか?
 目の前の彼女がそうだとでも?

(最後の個体って……俺の勘違いでなければ……やっぱり……そういうことでいいのだろうな……)

 その沈黙を破るように17000号の方から口を開いた。

「どうぞ、そこのソファーにでも腰を下ろしてください、とミサカは忘れていた言葉をかけます」
「あ、ついぼうっとしてしまってた……」
「向こうに残してきたお姉様のことを考えておられたのですか、とミサカは少し嫉妬を感じてあなたに問いかけます」
「あ、少し……な」
「あの……あなたは紅茶にしますか、それともコーヒーにしますか、とミサカは気まずさを隠して尋ねます」
「あ、コーヒーでいいぞ」
「分かりました。少しお待ちください、とミサカは恥ずかしさを隠すために奥へ引っ込みます」

 彼女が奥へ続くドアを開けたとき、チラリと見えたベッドに、窓から差し込む外の光。
 ああ、間違いない。
 彼女は死刑囚だ。
 さもなくば、高い塔に閉じ込められた、おとぎ話のお姫様。

(うう、俺に選択肢は無いんじゃないかよ、旅掛さん……)

 第一位と戦った夏の夜。
 今も残るあの時の古傷が、ちくりと痛んだような気がした。
 俺は、また誰かと戦わなければいけないのか?

(それで俺は、お前を救うことが出来るのか?)

――ドアの向こうに消えた彼女の背中に俺は無言でそう問いかけた。


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