とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある二人の七夕物語




 7月7日。それは五節句の1つ、七夕の日。
 旧暦7月7日に行われていたのが、グレゴリオ暦の採用で、そのまま新暦に適用された行事の一つだ。
 本来は、立秋後の節句だったため、古来の七夕は秋の季語である。しかし改暦後は夏、しかも梅雨の真っ盛りに行われる行事となってしまった。
 そのため、関東地方のように、お盆の行事と共に、旧暦に合わせて8月に行われる地域も多い。
 とある一組の男女高校生が暮らす、ここ学園都市での七夕祭りも、実は8月7日に行われることが多い。
 なぜなら学園都市では、7月とは学期末試験の季節である。学生の街である学園都市では、季節行事も当然、学業中心で行われるのだ。
 その日の午後、高校3年上条当麻は寮の自室で、期末試験の試験勉強に追われていた。
 インデックスは、試験期間中ということもあり、今年、上条のクラスの副担任となった黄泉川愛穂が面倒を見てくれている。
 というよりむしろ、インデックスは打ち止め達と遊ぶために、彼女達の部屋へお出かけらしい。なんでも「今日こそは、どちらが強いか決着をつけるんだよ」とかで、ゲーム対決に燃えているそうだ。
 らしい、というのは、インデックスは現在、上条とは同居していない。ある理由で、その居候先を変わることになったからだ。
 その理由というのが、今、上条の目の前にいる1人の女子高生によるお節介の賜物。
 そう、彼の目の前にいるのは、同じ高校の1年生となった、超能力者レベル5の第3位、『超電磁砲』こと御坂美琴。
 彼女は常盤台中学卒業後、寮生活に飽きたと言い、4LDKのマンションで1人暮らしを始めていた。
 上条と同じ高校を選んだのは、寮生活が必須でないのと、自由な校風に惹かれたからというのが彼女曰くの表向きの理由だが、本当の理由は言わずもながである。
 もちろん学校関係者などの反対は多かったが、母親の美鈴から「美琴ちゃんの好きにしたらいいのよ」といった応援もあり、最後は彼女の希望が叶えられた。
 受け入れる学校側としては、超エリート校からレベル5が来るなど前代未聞のことで、いろいろ大変な事情があったようだが、自由な校風を標榜するだけに、高位能力者でも特別扱いをしないという方針だけが彼女に伝えられた。もちろんそれこそが美琴にとって、願ったり適ったりの条件だったのは言うまでも無い。
 そうして彼女の新生活が始まると同時に、インデックスがその居候先を美琴のマンションへと変えたのだった。
 部屋数にも余裕があり、上条の部屋よりもセキュリティなど安全面で上まわり、しかも女の子同士の同居であれば、周囲の目も気にしなくて済む。
 それにインデックスもいろいろと微妙な年齢に近付いているようで、上条にとっても、そういった私生活面でのケアは男として、少々荷が重くなりつつあったこともある。
 加えて同じマンションには黄泉川愛穂とその同居人たち、つまり一方通行と打ち止め、番外個体らの住居もあるとのことで、安全面でもインデックスを住まわせるには、最適な住処であった。
 最初、上条はインデックスの住まいを、美琴のマンションへ移すことに、いろいろと葛藤はあったようなのだが、肝心のインデックス本人が、何を思ってか、美琴と暮らす方が良いと言い出したことで、この話に決着がついた。
 上条自身は、2年近くの同居生活にそれなりの愛着もあってか、多少の寂しさはあったが、それでも最後は笑顔でそれを受け入れた。彼も彼なりに、インデックスへの愛情と、自らの都合を考えての決断をしたのだった。


 そんなこんなで3ヶ月が過ぎた、絶賛試験勉強中の上条の目の前にいる美琴は、なぜか浴衣を縫っていた。

「美琴、お前も試験中だってのに、大丈夫なのか?」

 参考書に目を落としながら、上条が聞く。

「試験勉強なんて、もう全て完璧に済ませたわよ。常盤台の復習にもならない程度だもん」

 そう言いながら、美琴は袖の部分を器用に縫い付けていく。
 上条の試験勉強を見ながら、手空きの時間に浴衣を仕立てていたのだった。

「しかし、お前、器用なんだな。浴衣が縫えるとは、さすがの上条さんでも思いもよらねーですよ」
「浴衣ぐらい簡単よ。普通の学校の授業でも習うんだから、こんなのどうってこと無いわよ」

 それって普通なのか、と思っても、上条には中学時代の記憶が無いのでわからない。
 ふーんと半ば納得するような、曖昧な生返事をしながら、上条はノートから目を離さず、意識を勉強に向けているように見える。
 そんな上条をちらりと横目で眺めては、美琴は時折小さく、ふぅっと息を吐く。
 彼女が縫っている浴衣の柄は、紺の有松絞りの一品で、どうみても男物の生地なのだが、それを知ってか知らずか、上条からは「誰の浴衣か」という質問が来ない。
 聞かれれば、美琴は当然のように「アンタのよ」と素直に答えるつもりでいたのに、肝心要の言葉が来なければ、どうしようもない。
 かといって、自分から言う訳にも行かず、どこかではしごを外されたかのような、もやもやした気分で裁縫を続けている。

(何さ、ちょっとはこっちを意識してくれてもいいのに……)

 美琴の機嫌は、いつのまにか少し、斜めになりつつあるようだ。
 それは構ってくれない上条に対してなのか、あるいはあともう一歩踏み込めない自分に対してなのかは、自分でもわからない。
 そんな気配を感じたのか彼からの一言が、美琴の尖りつつあった気持ちを、やさしく包み解きほぐす。

「いつもありがとうな、美琴」

 視線は相変わらずノートの方に落としたまま、右手に持ったシャーペンの動きも落とさずに、ただぽつりと呟くような一言で。

「どういたしまして、当麻」

 そうして彼女も素直に答えを返す。何もかもわかってますよと言わんばかりに、すんなりと言葉が出る。
 鈍感だといわれる上条は、実は鈍感なのではない。
 もし本当に鈍感なのであれば、他人の不幸を感知することも出来ず、過去の様々な戦いにおいても、早々にその屍をさらす羽目になっていただろう。
 疫病神呼ばわりされていた幼少期より、周囲の空気を読んで、自らに降りかかる非難や中傷といった悪意から、己の心を守るために身に着けてきた処世術。
 人との関係を結ぶに当たり、善意だろうが悪意だろうが、自分に向けられる全ての感情を漉しとって、その残滓から自分に有用なものだけを拾い上げる、大切な、そして悲しいフィルターなのだ。
 学園都市に来て、初めて悪意ばかりじゃない人との繋がりを結べるようにはなったものの、三つ子の魂百までも、のことわざ通り、彼は安全装置を常に稼動させていた。
 それでも一切の悪意の無い、善意と好意だけが存在する、自分の心が守られる場所でのみ、彼はその装置を止めて、本当の自分を見せる。
 それが可能なのは、記憶を失った彼の人生で、この御坂美琴の前だけ。上条は安寧の地を、唯一彼女と一緒の時だけ、得ることが出来た。
 今ではこうして2人は互いに名前を呼び、全幅の信頼を寄せ、阿吽の呼吸のようなもので繋がっている。
 これで付き合ってないというなら、世間は許してくれないだろうが、実際その通りだから、仕方がない。
 中学2年の頃からずっと、美琴は彼を追いかけ続け、上条は持ち前の鈍感フィルターを通すため、そんな彼女の想いには一向に気付かなかった。
 それでも年月が経てば人は成長するもので、素直になれないビリビリ中学生も、少女から大人の女へ向けて、その階段を登っていく。
 同じように鈍感少年だった上条も、大人の男へと歩みを進めていった。
 こうして続いてきた2人の関係は、親友以上で恋人未満。そこに足りないものは甘い言葉と求愛行動、そして互いの自覚ぐらいのもの。
 よく人から、2人は付き合ってるのか?と聞かれれば、お互い顔を見合わせては「付き合ってはいないけど、腐れ縁みたいなもの?」という言葉が返ってくるばかり。
 はい、どうみても付き合ってますとの周囲の呆れ顔にも、そう言われてもねえという、恋人を通り越して長年連れ添った夫婦のような、あまりに自然すぎる2人の姿に、これまで上条が建ててきたフラグが、次々と折られていったのは言うまでも無い。


「それよりさ。アンタもう進路は決めたの?」

 浴衣を縫う手を止めずに、美琴が口に出した問いかけに、上条はノートから顔を上げると、彼女の方を向いた。
 いつになく真剣な目で、決意と思いを込めると彼女へ向かって宣言する。

「俺、教師を目指そうかと思うんだ」

 こうして初めて彼の口から、具体的な将来設計が示された。
 それまでは、幸せになれれば何でもいいだとか、何かと抽象的でネガティブなことしか言わなかった上条が、将来に目標と展望を持つようになったのは、成長した証しなのだろう。

「学校の先生かぁ……」
「ああ。小萌先生や黄泉川先生を見てたらさ、あんな先生になれたら良いなって思ったんだ」

 本人達が聞いたら、間違いなく泣きの涙を流すであろうその言葉は、上条ならではの真っ直ぐな思いが込められている。
 もっとも記憶喪失の彼にとって、最も身近な、働く大人の記憶は先生しかいないから、というのもあるのだが、それでも彼の決意に対しては何の瑕疵にもならない。
 そしてこれは彼女へ向けた、新たなステップへ進むための宣言。ただ持たれあい、依存する関係ではなく、その上を目指そうという意思の表れなのだ。

「そうね、当麻なら良い先生になれると思うわよ。それにアンタの能力なら、警備員だっていけるでしょ。」
「そっか。ありがとな。美琴に言われると、なんかちょっとこう、自信みたいなものが出るんだよな」

 そういって、笑う上条の顔に、美琴は本心からの安らぎと安心、そしてなんとも言えぬ幸福感を感じて、同じように笑顔を彼に返す。
 別に告白をしなくても、付き合っていなくても、上条の近くにいて、彼の笑顔を見てさえいられれば十分だと言えるほどに、美琴の気持ちは落ち着いている。
 彼の前で素直にいられるように。自分が自分でいられるように。
 つまらないプライドや見栄といった偽りの衣を脱ぎ捨てて、大好きな上条に、自分のありのままの姿を見せようと決めて、ここまで突き進んできた彼女の努力の結果なのだ。

――御坂美琴は、上条当麻が、好きだということを。

――お互いに笑顔でいられれば、それだけで幸せだと感じられるということを。

 彼女は既に自覚を持ち、『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』にもその思いをしっかりと組み込んでいた。
 上条の気持ちがどうであれ、まずは自分が彼を好きだという気持ちに迷いさえなければよいと思っているのだ。


 そんな2人の間にも、いつかは転回点が来るもので、名より実を体現したような関係が、名実共に兼ね備えた理想形へと変わる時が来る。
 いくら回り道をしていようと、近道を駆けぬけようと、時宜が来ればどんなに困難な場面であっても、時の氏神は現れるもの。

「――ちょっと休憩すっかな」

 そう言いながら、上条はぐぐっと伸びをして、固まった体を動かしていく。首と肩を回して、コリを解す。

「コーヒー、入れよっか?」

 そんな彼の姿を見ながら、裁縫の手を止め、美琴はいつものように、優しい笑顔を上条に向けた。
 もはや少女ではなく、大人の女になりつつある彼女は、可愛いではなく、美しいという形容詞に象徴されるべき対象となりつつある。
 まして恋しい男に向けての笑顔が、彼女の最高の笑顔ならば尚更だ。
 そんな美琴の笑顔は、上条がそのフィルターを使わなくなってから、坂を転がるように、彼の心をどんどん虜にしていく。

「いや、俺がするから、お前はそのままでいいよ」

 そういって上条は立ち上がると、少し顔を赤らめ、俯き加減にそそくさと台所へ入っていった。

「お前もコーヒーでいいよな?」
「うん、ありがと」

 台所から聞こえる声と、何気ない受け答えをしながら、美琴はさっきの上条の態度に少々違和感を覚えていた。
 あのわずかに赤らんだ俯き加減の彼の顔とその態度。
 彼女に確証は無いものの、何か変化が近付いていることだけは感じられていた。

「ほい、ここへ置くぞ」

 美琴お気に入りのマグカップを、彼女の目の前のテーブルに置くと、上条は自分のカップを抱えたまま、彼女の隣へ腰を下ろす。
 彼はいつものブラックにミルクを少しで、美琴はそれに砂糖を一匙加えるのがお決まりのレシピ。
 馥郁たる香りが辺りに拡がって、勉強合間のわずかな時間に潤いと安らぎをもたらした。
 やがてほっとするような穏やかな沈黙の後に、上条がぽつりと口にした言葉が、その変化の始まりを告げる。

「今日って、七夕、だよな」
「――そうだけど?」
「俺さ、七夕って今ひとつ、好きになれないんだよな」

 いつもと違う雰囲気で、美琴は彼の言葉の意味するものも、その意図もわからなかった。

「だって、離れ離れになった2人が、年に一度だけ再会を許されるって、ロマンチックじゃない?」

 とりあえず、当たり障りのない返答で、上条からの軽いジャブを受け流す。
 その上で彼がなにを言わんとするのか、落ち着いて聴こうと、全ての感覚を使って、会話の意味と意図を探ろうとする。
 すると上条がすっと、美琴と視線を合わせてきた。
 深い漆黒のような彼の瞳が、彼女の鳶色をした瞳をしっかりとらえて離さない。

「――好き合ってる2人が、なぜいつまでも離れ離れでないといけないんだ?」


 運命の歯車がいよいよ回りだし、ギリギリとその時を刻みだした。
 じっと彼に見つめられて、美琴の鼓動が早くなる。

(何?これ、こここ告白なの!?)

 上条の言葉のその裏に、彼女はいま気がついた。

「それは……まあ、そうだけどさ……」

 言うべき言葉が何も思いつかず、考えても考えても言葉が出ない。
 彼から向けられる視線に耐えられず、ぼそぼそとした声しか出せなかった

「いつまでもずっと離れたままでいるってのは、俺は納得できないんだよな」

 上条らしい真っ直ぐな言葉が、彼らしいというべきか。
 この時上条が向ける一心な眼差しに、美琴の心は既に打ち抜かれていた。

「神話や伝承の物語だけど……」
「いや、そう言ってしまえば身も蓋もねーけどさ」

 上条も気がつけば、美琴がぼうっとした表情で自分を見つめていることに気がつき、つい熱くなってしまった気持ちが恥ずかしくなったのか、視線を外してぽりぽりと頭をかいている。
 もちろんその顔は真っ赤になっていたのは言うまでもなく。
 それでも彼は、言葉遊びの姿を借りた愛の囁きを止めようとはしない。

「やっぱり最後は2人が結ばれるハッピーエンドじゃないと、面白くないと思うんだ」

 その言葉の示すもの。それは彼女がずっと暖めてきた大切な気持ち。
 ストレートで無邪気な彼の優しさも、彼の愛情だと感じた美琴は、今こそその時が来たのだと理解する。
 ここまで打たれっぱなしだった美琴が、持ち前の負けん気を取り戻して、自分の中でもう一度『自分だけの現実』を組み直した。
 そして今日、自分が隠していた七夕の伝説を彼に伝えることで、上条へその想いを打ち明けるようと決めた。


「じゃあね、棚機女って知ってる?」
「たなばたつめ?」

 これは美琴からの告白だと気付いた上条が、彼女の僅かな変化も見逃すまいと真剣な表情になった。

「そ。当麻が言ってるのは、中国から来た物語。日本にもね、違う話だけど、昔からあるのよ」

 その顔を見た美琴は、全身全霊を込めて、これまでの想いを彼にぶつけていく。

「棚機女ってのはね、川のほとりで神様の着物を織りながら、その神様を待つ娘のことなの。
それでその神様ってのが、大蛇の姿で現れるんだけど、その娘に恋をして、蛇である自分の頭を切り落としてくれって頼むのよ」
「へぇ。それで?」
「――で、娘が言われた通りにしたら、大蛇は神様の元の姿の、美しい青年になって、2人が結ばれるってお話」
「そっちの方がずっとロマンチックじゃないかよ」
「まぁ、これも神話や伝説のお話だから、いろんなパターンがあるみたい。でも私が知ってるのはこのお話だけ」

 そう言うと、美琴は意味ありげな視線でちらりと上条を見、やがて手元の浴衣へその目を落とした。
 その様子に気が付いた上条が、どこかほっとしたように柔らかな笑みを向ける。

「なぁ、美琴。棚機女は、今も待っていてくれるのか?」
「え?あ……な、何よ……」
「その浴衣、俺のなんだろ?」

 上条からの問いかけに、俯いていた美琴の顔が、さらに赤くなる。

「そう、よ……」

 やっとの思いで、美琴はそう答えた。
 これまで過ごして来た、数え切れないほどの2人の日々が走馬灯のように彼女の脳裏を駆け巡る。
 こうして上条の隣で一緒にはいたけれど、これからは心身ともに大好きな彼と結ばれる運命にあるのだと思うと、震えが来るような幸福感に全身が貫かれた。
 これから想い人のための着物を織る棚機女として、神の禊を受けるために美琴はその身を捧げる。
 そしてこれまでずっと待ち続けた棚機女と結ばれるため、上条はこの瞬間に神浄となる。

「俺は蛇でもなければ、美しくもないけどさ……」

 その言葉を受けて、美琴は俯いていた顔をゆっくりと上条のほうへ向ける。
 見れば上条の顔も、彼女と同じように赤くなっていた。

「――待っていてくれる棚機女と結ばれたいって思うんだ」

 待ちに待った上条からの言葉に、あたかも体がぐるぐると蛇に巻きつかれたように感じて、動くことが出来ない。
 かっと上気するように熱くなった体と、ふんわりと浮き上がるような心持ちが自分の意識をどこかに飛ばしてしまいそうで、彼女はぐっとそれを堪えようとする。
 されど胸の奥からなんとも言えぬ温かいものが次々とあふれ出した時、美琴の抑制が限界値を越えた。

「――うッッ……くッッーーあああァァァーーーーー」

 自分の胸に抱きついて泣き出した美琴を、上条はやさしく抱き締めて、そっと耳元で囁いた。

「ごめんな、美琴。ずいぶんと待たせちまったけど、もうこれからは絶対に離さないからな……」
「ずっと……ずっと……待ってたんだから……とうまぁぁぁ……」

 棚機女の元を訪れた少年は、鈍感という偽りの姿を脱ぎ捨てて、恋人として彼女の隣に舞い降りる。
 想い人を待ち続けた乙女は、神の浄めを受けて、恋人として彼の隣に並び立つ。
 やまと古来から伝わる、記紀にも記された伝説が、2人の目の前に確かにあった。


 やがて嬉し涙も出尽くして、上条の胸から美琴がその体を起こした時、彼女の横にある縫いかけの浴衣にその指先が触れた。
 その瞬間、チクリと突き刺す痛みが彼女を襲った。

「――痛ッ……」

 見ると右の人差し指の先に、ぷくりと赤い血の珠が出来ていた。
 どうやら待ち針で刺したらしい。

「どうした。大丈夫か?見せてみろって」

 そう言いながら上条が、すかさず彼女の手をつかんだ。
 とっさのことで美琴は逆らうことも出来ず、そのまま力無く手を引っ張られる。

「ああ、針で刺したんだな……」

 と、言うなり彼がその血が出ている指先を口に含んだ。

「――なッッ……」

 美琴が一瞬悲鳴にならない声を上げた。
 ぬるりとした上条の舌と唾液の感覚が、彼女の脳天へと突き刺さる。
 指先から伝わるしびれるような快感に、美琴の中の何かが溶けだしていく。
 それはまるで彼女の穢れをも全て吸い出すかのように、上条はじっと美琴の目を見つめながら、その指先を吸い続けた。

「血、止まったな」

 やっと解放された指先を美琴はじっと見つめていた。
 さっきまで上条の舌と唾液に包まれて、しっとり濡れた指先。
 彼の息遣いまで伝わってきそうな艶かしさが彼女の意識を引き付ける。
 自分の中に溶け出した何かが、彼女の背筋をぞわりとなでるように上がってきた。

(これ……口にしたら……私……壊れ……るッ!!)

 そう思った瞬間、美琴の理性の安全弁が、彼女の意識と電撃を全てその場に放出した。

「ふにゃぁぁぁぁアアアアーーーーーー!!!!!」

「みことぉぉぉぉオオオオーーーーーー!!!!!」

 その日、久しぶりにこの学生寮で停電が起きた、とか。
 どっとはらい。


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