不幸な冬休みなんていらない
不幸なクリスマスなんていらない | の続編です。 |
クリスマスの夜、美琴の告白により結ばれた二人は一夜を共にした。
とは言うものの、『嬉し恥ずかし』の何かがあった訳ではない。
美琴の漏電で真っ黒焦げになった部屋で、二人で毛布にくるまって眠っただけである。
上条は翌日も補習だったため、部屋の補修は美琴が請け負うことになった。
美琴はレベル5の能力と権力をフル活用し、上条が帰ってくる頃には部屋を完璧に元に戻していた。
いや、元に戻したというのは少し違うかも知れない。
家電製品は元のモノより数段レベルアップし、家具は高級になり、何故か数も増え,大きさまで変わっていた。
完璧に補修が終わった部屋を、補修を終えて戻った上条が問い質すと、美琴はモジモジとしながらこう言った。
「だってぇ~、いつでもお泊まりできるようにしておきたかったんだもん」
その一言に、自身の理性の崩壊を垣間見た上条は、美琴に必死で元に戻すように懇願したが……
頬を桜色に染め、ウルウルの涙目瞳で見つめられ、手をアゴの下で『ギュッ』と握り締め、首を傾げて
「ダメ……?」
と聞かれたら、断ることなど出来ようはずが無い。
結局美琴に押し切られ、上条の部屋は美琴との『愛の巣』へと変えられていくのだった。
その日の夜は昨夜のやり直しと称して、一日遅れだが二人っきりのクリスマスパーティーとなった。
美琴の『ミニスカサンタ』姿に上条は何度も我を忘れかけたが、何とか理性を保ち耐えきることができた。
「短パン装備していなかったら……、マジで危なかった」
とは上条本人の弁である。
その日も『お泊まりする』と泣きじゃくる美琴を何とか宥めて(幾つか犠牲はあったが……)、寮まで送りはしたモノのこれからの日々を考えると、溜息しか出て来ない上条であった。
『いっそのこと、一線越えちまった方が楽になったりして(笑)』
という悪魔の囁きが聞こえてくるような気もするが、それに身を任せる訳にはいかない。
『中学生に手を出したスゴい人』
の称号だけは何としても避けたい上条であった。
でももうキスはしちゃってるので、手を出していることに代わりはないと思うのだが……。
一方の美琴は、もう『恋人』どころか『若奥様』妄想路線一直線である。
上条から『一生離さねえからな』と言って貰えたのだ。
妄想するな。
と言っても聞く訳がない。
「エヘヘ~、当麻ぁ……。ふにゃぁ~~」
と今も夢の中で妄想中である。
昨夜は上条に説得(懇願?)され、泣く泣く帰されたことが火に油を注いだようで、早朝に目を覚ますとすぐに身支度を整え、調理室に飛び込み簡単な仕込みを済ませると、白井が縋り付く暇も与えずに部屋を飛びだして行った。
シャワーを浴びていた最中に乱入して来たトコロを、真っ黒子に焼かれたため縋り付くどころか動くことすら出来なかったのだが……。
今更言うことでもないが、行き先はもちろん上条の部屋である。
実は上条には内緒なのだが、昨日部屋の補修をするために部屋のカギを預かった際に、合い鍵を作っておいたのだ。
これで上条の部屋にいつでも出入りできる。
美琴としてはもうプロポーズも済んでいて、互いにOKを出したのだから、二人の関係は『恋人』を飛び越して『婚約者』という関係にまで至っていると思い込んでいる。
まあ、事実はその通りなのだが、上条が掛けたがっているブレーキを彼女はかけるつもりが全く無い。
いや、美琴の中では二人の関係は既に『夫婦』なのだから、ブレーキをかける必要などないのだ。
そこが上条にとっては頭痛の種なのだが、美琴は全く意に介していない。
いや、意に介するどころか、『通い妻』妄想モード一直線である。
「フンフフン、フンフフン、フンフンフ~ン♪」
と、今も鼻歌交じりで嬉しそうに足取りも軽く歩いて行く。
時々妄想モードに入りすぎて、軽く漏電しかかったりしている。
学園都市が冬休みに入っている上に、早朝なので人通りも少ないのが幸いしている。
そうでなければ多少の被害者が出ていたかも知れない。
そんな年の瀬の冷え込みも、今の彼女にとっては春風のように心地良いようだ。
「一体何なのよ。これは!?」
上条の部屋に到着した美琴は、玄関先に堆く摘まれたミカン箱と大きな紙袋に唖然としていた。
「んあ~……、誰だぁ~。こんな朝早くに……」
「あ、当麻。起きた?」
「え? ……み、御坂か?」
「うん、そう」
「アレ? 俺、カギかけ忘れたっけ?」
「あ、あああああ、あの、あの、あのね……」
「え? ま、まさか……」
「そ、そそ、そそそ、そそそそれより、……これ、何なの?」
「……ああ、これね……。ハァ、不幸だ」
「え?」
「じ、実はさ……」
昨日の夜、美琴を寮に送り届けた後部屋に戻ってみると、貼り紙と共にドアの前に堆く摘まれたミカン箱と紙袋があった。
貼り紙にはこう書かれていた。
『上条ちゃんへ。
どうしても外せない用事が出来てしまったので、明日からの補習は無しにします。
その代わり、このミカン箱に入っている課題を冬休み中にやって下さい。
一箱は普通のミカンが入っていますので食べて下さい』
『追伸
黄泉川先生からお米を貰ったのでお裾分けします』
という小萌先生からの『飴と鞭』が一日遅れのクリスマスプレゼントのように届けられていたのである。
貼り紙を見て上条は
「ミカンと米だけなら、どれ程有り難かったことか……」
さめざめと枕を濡らして寝るしかなかった。
そして早朝からの美琴の来訪を喜ぶ間もなく、玄関では何なので部屋に入って話をする二人。
以前のように美琴が仁王立ちしている訳でもないのに、上条はまるで先生に怒られている生徒のように正座をし、小さくなりながら説明をしていた。
「……という訳でして」
「……」
さすがの美琴も言葉がない。
一昨日聞かされた冬休み期間に入ってからの『不幸』の連続はまだ終わっていなかったのだ。
上条の『不幸体質』に若干の不安を抱かざるをえない。
「補習が無くなったのはイイけど、この量の課題を冬休み中にやる羽目になっちまって……」
「そう……」
だが『ピンチはチャンス』とも言う。
それに『目の前にあるハードルは飛び越さないと気が済まない』のが心情の彼女である。
このハードルを飛び越すのは彼女にとっては当たり前のことでしかない。
となれば、取る道は一つだった。
「こんな量、とてもじゃないけど……」
「フーン」
「上条さんはどうすればイイんでせうか?(シクシク)」
「アンタねぇ……」
「ぅうう……」
「ねえ、当麻。誰か忘れちゃいない?」
「へ?」
「ここに居るのは誰なの?」
「へ? み,御坂……だろ?」
「私は何?」
「何って……俺の彼女、だろ?」
「ふにゃぁぁぁ~~~。当麻ぁ、大好きぃ~」
昨夜の強烈な告白で結ばれたとは言え、まだ時間にして1日しか経っていない。
なのにあの『鈍感大魔王』だった上条が『俺の彼女』だと言ってくれたのだ。
その瞬間、美琴はもうデレデレになってしまった。
「オイオイ、朝から甘えすぎ……」
「だってぇ~、当麻が嬉しい事言ってくれるんだもん」
突然の美琴の豹変に、上条は焦る。
何せ起き抜けである。
男子の朝の生理現象はまだ収まりきっていない。
今の状態で美琴に甘えられたら、それこそ『悪魔の囁き』に身を委ねかねない。
それに、今は現実逃避している場合ではない。
この課題を何とかしなければ、待っているのは『留年』の二文字だけである。
そうなってしまっては、美琴との幸せな未来もなくなってしまうかも知れない。
上条は必死に話題を戻しにかかる。
「そッ、そんな事より、現実逃避してる場合じゃないんでせうが……」
「あッ、そ、そうだったわね……(チッ)」
思わず小さく舌打ちしてしまう美琴。
だが、さすがに今の状況を言い出されたらそれを無視する訳には行かない。
「へ?」
「なッ、何でも無い……。それより、当麻。私は誰?」
「誰って……、俺の彼女の御坂美琴さん……ですよね?」
「そうよね。で、私は何て言われてるの?」
「この学園都市に7人しか居ないレベル5の第3位で、『常盤台の超電磁砲(レールガン)』って呼ばれて……。あ!!!」
「私が面倒見てあげたら、こんな課題なんてチョチョイのチョイよ」
「え? た、助けてくれるのか?」
「何言ってんのよ? 当然じゃない。大事な彼氏が困ってるんだから、これくらい……」
「御坂、ありがとう!!!」
上条はそう叫ぶと、美琴を『ギュッ』っと抱き締めていた。
勿論、嬉しさの余り無意識に出てしまった行動である。
「あんッ!?」
上条の突然の行動に、思わず小さな悲鳴を上げる美琴。
上条がそんな反応をするとは思ってもいなかったからだ。
だが、美琴にとっては『抱き締められた』という事実に変わりはない。
先程戻されかけたスイッチが再び入ってしまう。
「当麻……。キス、して……」
上条の耳元で、彼女の吐息と共に甘えた声がした。
『パキィィィイイイン!!!』
その瞬間、上条は己の中の『理性』という『幻想』が壊れていく音を聞いた。
無言のまま抱き締めた美琴を軽々と抱きかかえると、そのまま大きくなったベッドに運び横たえた。
そして、覆い被さるようにして唇を重ねる。
美琴も自然にその行為を受け入れていた。
上条の首に腕を回し、唇を貪るように押し付ける。
いつしか二人は互いの舌を絡めるようになっていた。
どちらともなく唇を離すと、二人の間には銀色の糸が艶めかしく引かれていた。
「御坂……」
「いや。……美琴って呼んで」
「み、美琴……」
「当麻。……もしかして、したいの?」
「あ、ああ。……もう、我慢出来そうにねえよ。……イイか?」
「ぅ、うん。……チョット怖いけど、当麻なら……イイよ」
「出来るだけ、優しくするから……」
「ぅ、うん……」
「美琴。好きだ」
「私も、当麻が好き」
互いの気持ちを確かめ合い、再び唇を重ねる二人。
聞こえるのは互いの息遣い。
感じるのは互いの体温。
眼を閉じていても見える互いの顔。
そして眼を開けば、目の前にあるのは初めて見る表情。
言葉など無意味で無力。
後は、想いのままに身を任せるだけ。
『バーン!!!』
「遊びに来たよー。とうまー! ……え?」
という大声と共に部屋に飛び込んできた、銀髪で純白の修道服を纏ったちびっ子シスター。
稀有なる『完全記憶能力』で10万3千冊の魔道書を司る歩く魔導図書館。
この秋まで、この部屋に居候として一緒に住んでいた『禁書目録(インデックス)』である。
「「!?」」
その突然の来訪者に二人は完全に固まってしまう。
上条はキスをしたままブレザーのボタンに手を掛けそれを外し、ブラウスの上からその慎ましい膨らみに触ろうとしている寸前だった。
美琴も上条の唇を離さぬよう首に腕を回して抱き締め、次に来るであろう行為に緊張しつつもそれを受け入れようと背中を少し浮かせたトコロだ。
「コラコラ、インデックス。僕にだけこの荷物を押し付けて部屋に飛び込んでいくなんてあんまりじゃない……か?」
大きな荷物を抱えて自分を置いていった彼女に少々不満を漏らしながら、部屋にもう一人の赤髪の大男が入ってきた。
そして彼は先にこの部屋に入って固まっている彼女の視線を追う。
ベッドの上で抱き合うカップルと、それをただ呆然と見詰めるもう一組のカップル。
一瞬前の騒がしさがウソのように静まりかえる部屋。
『ボンッ!』
と音がするほどの勢いで赤髪の大男は顔を真っ赤にすると……
「しっ、失礼ッ!!!」
とだけ言って、大慌てで荷物を抱えたまま部屋を飛びだして行った。
その背中に向かってインデックスが叫ぶ。
「あッ、ステイル。ドコ行くの? 私だけ置いていくのはヒドいかも~!?」
学園都市第一位の『一方通行(アクセラレータ)』にすら物怖じせず、ハンバーガーをおごらせた彼女もさすがにこの雰囲気は気不味い。
如何に完全記憶能力と10万3千冊の魔道書があるとは言っても、この様な状況の脱出方法まで記されてはいまい。
パニックに陥った彼女はとんでもない行動に出る。
「こんなハレンチな行為はシスターとして見逃せないんだよ~ッ!!!」
と叫ぶ彼女の口から盛大な音がした。
『ガブッ!!!』
『お約束だ』と言う無かれ。
パニックに陥ったインデックスは上条の頭に齧り付いていた。
飛び掛かってきたインデックスから美琴を護るため、身を挺して自ら犠牲になった上条は懐かしい痛みに叫ぶしかなかった。
「んぎゃぁぁあああッ!? 不幸だぁ~~~ッ!!!」
早朝の学園都市に、上条の叫び声がこだました。
それからしばらくして……
見られたくない行為を見られてしまったカップルと、見てはいけないトコロを見てしまったカップルは、互いにモジモジとしながらも同じ部屋に居る。
とは言え、このままで居る訳にも行かない。
この事態を引き起こしてしまった当事者が口を開く。
「まさか、とうまと短髪がそういう関係になっているとは思わなかったかも……」
「お、お前らだって俺の知らない間に引っ付いてたクセによぉ……」
「うッ……」
「それは言わない約束なんだよ……」
第三次世界大戦の時、『神の右席』のフィアンマに操られたインデックスを見守り、その身を保護し続けたのはステイルその人である。
『自動書記の遠隔制御霊装』を破壊したのは上条だが、フィアンマに操られ暴走するインデックスを傷つけずに止めたのはステイルだった。
その後の『グレムリン』との闘いの中、ステイルはインデックスに想いを伝え、インデックスもその想いに応えることにしたのだ。
インデックスがステイルの想いに応えたのには理由があった。
上条を護る。
『グレムリン』との闘いの中でその一念のみで上条を支え続けた美琴の姿を見ていたからである。
上条に護られる存在でしかなかったインデックスにとって、美琴の『共に闘って愛する人を護る』という行動は自身には到底出来ないものに映った。
確かに自分自身には10万3千冊の魔導図書館としての『力』がある。
だが、自分はその『魔術』を使うための『魔力』がない。
闘う武器として『強制詠唱(スペルインターセプト)』や『摩滅の声(シェオールフィア)』はあるものの、科学の力を使う『グレムリン』にはほとんど無力に等しい。
闘いの中に身を投じたとしても、上条の足手纏いになるのがオチだ。
だが、美琴は違う。
学園都市に7人しか居ないレベル5の第3位である能力を遺憾なく発揮し、上条と共に歩み彼の背中を守れる彼女こそ上条のパートナーに相応しいと思うようになったからだ。
だがステイルからの告白を受け入れたのは、上条のことを諦めたからではない。
フィアンマに操られていた時の記憶がインデックスにはあった。
あの時、全く表面には現れなかったが、彼女の意識はステイルに対し必死に謝っていた。
そんな想いとは裏腹に暴走する自分を、何とか傷つけずに止めようと必死に闘ってくれたステイルの秘めた想いが本当に嬉しかった。
彼女は叶わぬ恋を諦めたからステイルを選んだのではなく、自分を本当に必要としてくれる人と出会えたからこそその想いに応えたのだ。
そんな二人は今『必要悪の教会(ネセサリウス)』の中でも最強のバカップルとして魔術社会では知らぬ者はない存在となりつつある。
その二人に将来『学園都市最強のバカップル』と呼ばれることになる一人が抗議する。
「た、短髪って、私には御坂美琴って名前があるんだからね」
顔を真っ赤に染め、俯き加減でモジモジとしたまま抗議する美琴。
「それを言ったら、短髪だって私の事を『アンタ』としか呼ばなかったんだよ」
気恥ずかしさもあって、思わず反論してしまうインデックス。
だが、今までのようにケンカが出来る雰囲気ではない。
「う……。じゃ、じゃあ、『インデックス』って呼んでイイ?」
「も、もちろんだよ。……じゃあ私も『みこと』って呼ぶね」
「うん、ありがと。インデックス」
「どういたしましてなんだよ、みこと」
今はもう互いに最愛のパートナーと結ばれた者同士であり、争う必要はドコにもない。
元々が可愛いインデックスを可愛いモノ好きの美琴が嫌うはずもないし、美琴を信じて上条を托したインデックスが美琴を信頼しない訳がない。
実はこの二組の『バカップル』が、将来新たな『都市伝説』を生むことになるのだが、今はまだそれを知る由もない4人だった。
「それにしても、みことは本当に凄いかも」
「え? な、何が?」
「だって、とうまがあんな風になるなんて、……チョット信じられないんだよ」
「そ、それって……どういうコト?」
「私なんて何回とうまに裸を見られているか分からないかも。なのに、一緒に住んでたにもかかわらず一度もあんな風に迫られたこと無かったんだよ」
「「え(え゛)?」」
「イ、インデックスさん? 一体何を仰っておられぶぼべビビビビビィィィッ!!!」
「……何度も裸を見て、一緒に住んでたって? 後でじ~~~っくりその時のことを聞かせて貰うからね! 当麻!!!」
「その後僕の『魔女狩りの王(イノケンティウス)』でジックリと焼いてあげよう」
左腕を美琴に掴まれ、電撃で焼かれ倒れている上条を睨み付ける愛しの彼女と元同居人の伴侶である赤髪の神父。
地獄の鬼さえ飛んで逃げそうなその状況下で言えることはただ一言。
「ふ、不幸だ……」
冬休みの彼の不幸はまだまだ続くようである。