とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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秘密の代償




 その日の夜、上条当麻は携帯片手に唸っていた。そのディスプレイには彼女である御坂美琴の電話番号が記されている。
 ようやく二人が恋人と相成ったのは、つい昨日の話だ。本来ならば楽しく過ごす未来を想像して然るべきなのだが、しかし上条は懊悩していた。
 原因は昨日の美琴の発言。それによって二人の身分の差を改めて認識してしまった上条は、二人の今後について一日中思考を巡らせ続けたのだった。 
 うじうじと悩み続けているのも自分らしくない。
 上条は決意新たに発信ボタンに手を掛けた。



 時は遡り、昨日の放課後。

「好きだ、御坂」
「へ?」
「俺と付き合ってくれ!」
「え? え? 嘘……」

 その日。上条は前々から内に秘めていた思いをぶちまけた。美琴の思いを知る者からすれば、その結果は火を見るよりも明らかで――。

「わ、私も……その……す……き、だから……」

 ごにょごにょと、語尾に向かうに従って聞き取れないレベルにまでボリュームが絞られていく。

「え? よく聞こえな――」
「つつつ付き合ってあげるって言ってんのよ!!」
「ホ、ホントか!?」
「うん……」

 画して二人の思いは実り、辺りに充満する甘い空気。照れくささからかお互いに視線を合わせられず、無言の時間がしばらくの間続いた。
 先にその沈黙を破ったのは鈍感少年。

「でもさ、恋人同士って何すればいいんだろうな?」
「ッ!」

 その発言に、美琴は一瞬にして顔を沸騰させた。
 一瞬にしてあれやこれや美琴の耽美な妄想が広がっていく。しかしどれも漫画で読んだシーンやドラマでの偏った濃厚なシチュエーションばかり。付き合い立ての学生が今この場で何をするべきか、それに該当する答えは見当たらなかった。

「そんなに焦る必要もないか。ちょっと緊張して疲れたから休まないか?」
「そうね……」



 二人は恋愛について、あまり多くの知識を持っていなかった。上条は鈍感な上、付き合った経験があったとしてもその記憶は闇の中。美琴は美琴で初めての恋愛であり、知識はあれど経験が伴っていない。本当は今すぐにでも抱きつきたいキスしたい押し倒したい! などと妄想する美琴だったが、行動に移す勇気を持ち合わせてはいなかった。
 近くにあったベンチへとそれぞれ腰掛ける。ようやく積年の望みが叶い、心の距離が急激に縮まった。――はずなのに、二人の間には人二人分程の距離が空けられていた。お互い妙に意識してしまい、近くにいられない。
 沈黙が続く中。先に口を開いたのは電撃少女だった。

「ね、ねえ。私たちが……その、こ……こい……」
「……こい?」
「こ、こいび……とどうし……」
「御坂! 顔真っ赤じゃねえか! 熱でもあるのか!?」

 熱を測ろうと、美琴へ近寄ろうとした上条だったが、

「大丈夫だから!」

 両手を前へと突き出した美琴に拒絶されてしまう。
 もちろん美琴に嫌悪の感情はなかった。ただ、心の準備もなしに突然顔を近づけられ、咄嗟に突っぱねてしまっていた。
 そしてそのままの勢いで言いかけていた言葉を放つ。

「それより、私たちが……つ、付き合ってるってことは秘密にしない?」
「へ?」

 上条はその発言の意図が理解できずに首を傾げた。上条にだって少しはデルタフォースの悪友共に自慢したい気持ちがある。その報復としてどんな仕打ちが待ち受けているとしてもだ。
 少し呆気に取られている上条とは裏腹に、もじもじと体の前で手を弄る美琴。

「その……恥ずかしいじゃない?」

 目を合わせずに俯く美琴を見て、しばし上条は逡巡する。 
 片や天下の常盤台中学の生徒。超電磁砲の名を轟かせ、どこに出しても恥ずかしくない、この学園都市の言わば代表。一般生徒には手も届かない雲の遥か上の存在。あの常盤台の中ですらお姉さまと崇められているのだ。一般学生からすれば神格化されていてもおかしくはない。
 片やとある高校の補習常習犯。幻想殺しはあるものの、ただの無能力者で、この学園都市の底辺。
 もはや言うまでもないほどに美琴との間には距離があった。
 友達でいるうちは、二人の差は何の障害にもならなかった。気にする必要もなかった。が、付き合うなら話は別だ。上条や美琴自身がどう捉えようと、周りの人間にどんな目を向けられるかは分からない。『騙されてるだけだ』『あんな無能力者は似合わない』なんて噂が流布したとしても、仕方がないようなレベルのお付き合いなのだ。
 自分自身をなんと言われようが構わないが、好きな人に迷惑が掛かるのだけはなんとしても避けたい。
 上条の脳内に声が反響する。超電磁砲と付き合うには釣り合いの取れない、恥ずかしい存在なんだ、と。

「そうだよな。やっぱり恥ずかしいよな……」

 否定されることを淡く期待して口に出した言葉。が、しかし、

「あ、当たり前でしょ!」

 返ってきたのは強い肯定だった。
 上条の表情が少し暗くなる。しかし、美琴に悟られぬよう、無理矢理平気な表情を顔に貼り付けた。

「……分かったよ。誰にも話さない。秘密の恋愛にしような」
「う、うん」

 しおらしく頷く美琴。『秘密の恋愛』という甘美な響きに浮かれていたせいか、上条の少し落ち込んだ表情に終ぞ気づくことはなかった。






 時は戻り、常盤台女子寮。

 美琴は考えていた。昨日の秘密発言について。
 妄想の中で、『偶然知り合いに出会ってしまうシーン』に辿り着いた美琴は、『周りに秘密にしておかないと醜態をさらしてしまう』という結論に達していた。親しい人に付き合っていることが知れたら、どんな尋問に遭うことか。考えるだけでも、羞恥心に顔が赤く染め上げられてしまう。そんな恥ずかしさが勝り、つい秘密の恋愛をしようと提案してしまった訳だが……。冷静になってみると、少し不味い気がした。
 何しろ相手はあの上条当麻だ。その右手で何人もの命を救ってきたヒーローのような存在。
 美琴も救われた中の一人であり、体験したからこそ分かっていた。あの勇士を目撃すれば、ほぼ確実に恋に落ちる音が鳴ると。上条当麻という人間は無意識のうちにどれだけその音を鳴らしてきたのか。想像もしたくない。
 つまり、恋敵が多い。星の数ほどいると言っても過言ではないほどだ。そんなスーパースターにも引けを取らない上条当麻は、果たして誰かに誘惑されたとき、その魅力的な誘いを断ち切ることができるのか。それを引き止めておくほどの魅力が、自分自身にあるのか。
 胸に視線を落としてみる。……ない。母にはたっぷりとついているあの脂肪が、どうして娘にはないのだろうか。これじゃあ上条を艶かしく情事に誘うことはできそうもない。

「はぁ……超電磁砲なんていらないから胸が欲しい……」

 反抗期も抜けてないガキ。初対面のときそう言われたんだっけ。超能力者という名の恋する乙女は、そんなことを思い出す。
 上条の双眸に、こんな自分はどう映っているのだろうか。何度も上条と連れ立って歩く女性を見てきたが、それらは例外無く容姿端麗で、その殆どが胸の大きな、如何にも男性が好みそうな理想的な女性ばかりだった。あれじゃ、自然と目が肥えてしまう。自分になんて欲情しなくなってしまう。
 やはり秘密の恋愛をするのではなく、大っぴらに付き合ってます! と宣言した方がいいかもしれない。いっその事メディアにでも頼み込んで、付き合ってることを全世界に発信すれば楽になるのかな。なんて馬鹿げたことを考えてみる。上条に付き合っている人がいるとなれば、少なくとも身を引く人間が出るはずだ。魅了しようなんていう敵が減るはずだ。
 ぽすん、と軽くぬいぐるみゲコ太のボディに拳を入れる。
 何か卑怯な気がした。今まで全てにおいて正面から正々堂々と戦ってきたからか、この思考は相手から逃げている気がする。もしも自分よりも良い人ができたのならば、それは応援するべきではないのだろうか? それが上条にとっての一番の幸せになるのならば……。

「ダメ。そんなの想像するだけで嫌……。ねぇゲコ太、どうすればいいと思う?」

 こんなダメダメな自分が、果たして上条当麻と釣り合うのだろうか? 段々と気持ちが沈んでくる。
 今からでも別れ話をされてもおかしくないような気がした。

「……ダメよ美琴、もっと自信を持つのよ」

 そう自分自身にエールを送ったとき、携帯がけたたましく鳴り響いた。



 ディスプレイの表示は上条当麻。美琴は不安な内心を悟られないよう、一度深く息を吸い、吐き出した。

「もしもし?」
『御坂か?』
「……私の携帯に掛けたのなら私が出るに決まってるでしょ」
『あ、あぁ。そうだよな……』

 いつものアイツじゃない。雰囲気が暗い気がする。たった二言声を聞いただけで、美琴はそう感じていた。恐る恐る言葉を紡ぐ。

「……アンタ、どうかしたの?」
『えーっと……非常に言い難いことなんでせうが……』

 その言葉を聞いた瞬間、美琴の心には不安という名の闇が渦巻いた。
 別れ話だ。きっと今日のうちに何かまた新しい出会いがあって、その女性が私より魅力的だったとしたら……。上条ならそんな女を引っ掛けることは、有り得ない話ではない。

「嫌……」
『へ?』
「嫌って言ってんのよ! アンタとは絶対に別れないからっ! もう私の将来の予定はアンタありで考えてるんだから別れるって言われても困るのよ!」
『ちょっと待て御坂。落ち着いて話を――』
「何!? なんか文句あるわけ!? アンタには大勢女の子がいるかもしれないけど、私はアンタじゃないとダメなのよ! こんなに大好きなのに……私の何がダメなのよ……。何でもするから……お願いだから、別れるのだけは――」
『いやだから落ち着けって御坂!』
「ぁによ……」

 いつの間にか感極まって涙が零れていたらしい。服の袖で流れる雫を拭いながら、鼻を啜る。携帯越しにも聞こえるであろうその音で、美琴の落涙は上条に伝わってしまっていることだろう。
 少し美琴が落ち着いた頃を見計らって上条は切り出した。

『遊園地のチケット貰ったから、もしお暇なら日曜日一緒に行きたいなぁと思って電話した次第なのですが――』

 …………。

「紛らわしい言い方すんなゴラァァァァ!!」
『今の俺が悪いのか!?』
「あんたが悪いに決まってんでしょ! どこが言い難いことなのよこの馬鹿!」
『御坂が付き合ってること秘密って言ったんだろ!? あんまり遊びに誘うのはどうかと思ったんじゃねえか』
「はぁ……それじゃあなんで付き合ってんのか分かんないでしょ……」
『――じゃあ遊びに誘ってもいいのかよ』
「当たり前よ! 遊園地ももちろん行くから! 用事がそれだけなら切るわね!」

 さっき自爆した発言を突かれないうちに、怒鳴るだけ怒鳴って早急に通話を切る。それが懸命だと判断した美琴だったが、

『ちょっと待て御坂!』
「な、何よ」
『……ありがとな、そこまで上条さんのこと好きでいてくれたなんて――』
「わ、忘れて! 次会ったときまでに忘れてなかったらアンタの左手握って電流流すから!」
『おい! そんなことされたら死んじゃ――』

 通話を切り、問答無用で声を遮断する。
 先ほどまであんなに暗澹としていた感情が、今はもう烏有に帰していた。日曜日を想像するだけで、にやける顔が抑え切れない。
 美琴は「ふにゃー」と声を零しながら、ベッドで待っているぬいぐるみへとダイブしたのだった。








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