とある帰り道
「あ、いた」
いつもの帰り道。
御坂美琴は、前を歩いている人の中にあの馬鹿を見つけた。
「ちょっとアンタ! 待ちなさいよ!」
あの馬鹿は、振り向かない。
もう一度、今度はさっきより声を大きくして―――ついでに電撃も加えて―――怒ろうと息を吸う。
言いかけたとき、あの馬鹿は気付いたのか突然振り向いた。
「おお、御坂か。何か用なのか?」
「無視すn………え!?」
まさかのタイミングで振り向かれたことで、恥ずかしくて。
あの馬鹿が少し笑っているのが聞こえて、さらに恥ずかしくて顔が赤くなったのがわかった。
その、せいか。
「あ、いや、別に…用があるってわけじゃ……」
「ん? そっか」
言えなかった。
胸が、苦しくなる。
違う。本当は。
本当は一端覧祭を一緒に回る約束をしにきたのに。
今度会ったら、誘おうと決めていたのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いつもの帰り道。
上条当麻は悩んでいた。
もうすぐ一端覧祭が始まることではない。
今夜の晩御飯のことでもない。(とはいっても迷うべき財布状況でもあるのだが)
御坂美琴のことだった。
この感情に気付いたのは夏休みが終わった少し経った頃。
名も知らない魔術師に約束をした、その後からだった。
(いくら上条さんでも、あの言葉の意味がわからないほど馬鹿じゃありませんのことよ)
約束して、少ししてから考えた。
何故、ああも簡単に約束できたのか、と。
その答えは、意外とすぐに見つかった。
御坂美琴のことが好きなんだと。
だけど、それを言うのは、表すのはためらってしまった。
だから、いつも通りを装って、今の関係のままでいた。
今の関係が壊れるのが怖かったのだ。
「ちょっとアンタ! 待ちなさいよ!」
そんなことを考えていたから、美琴の言葉が耳に入るのに時間がかかってしまった。
だから、少し遅れて振り返る。
「おお、御坂か。何か用なのか?」
「無視すn………え!?」
そのタイミングの悪さに、上条は少し笑ってしまった。
美琴の顔が赤くなったのをみて、(まずい、怒らせたか?)と思ったが。
「あ、いや、別に…用があるってわけじゃ……」
「ん? そっか」
怒っていなかったようで、ホッとする。
ただ、ホッとしてしまったからか、思わず口が滑ってしまった。
「じゃあ、今度の一端覧祭、一緒に回らないか?」
一瞬。何を言われたのかわからなかった。
あの馬鹿の方から誘ってくる可能性なんて、0だと思っていたから。
だから、思わず訊きかえしていた。
「え? い……今」
「あ、いやその! ええとだな……ほらっ! 俺、記憶喪失だろ? だから案内してくれないかなぁ~って」
必死で理由を言っていたが、そんなこと美琴にはどうでもよかった。
ただ、誘ってくれたのは本当だということがわかって。
赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、俯きながら。
「そ………そう。そうね、あ、案内してあげないこともないわよ」
だけど、素直にはなれなくて。
それでも、嬉しかった。言葉に出すことはできそうにないけれど。
「………嫌だったら、いいんだぞ?」
そう言われたから、つい。
「そ、そんなことないわよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
思わず、誘ってしまった。
だけど、今更撤回するなんてこと、できるわけもなくて。
だから、必死で口実を探した。
「え? い……今」
「あ、いやその! ええとだな……ほらっ! 俺、記憶喪失だろ? だから案内してくれないかなぁ~って」
言ってから気づく。卑怯だ、と。
美琴は根っこのところで優しいことはわかっていたから、こんな理由を言えば断りにくいはずだ。
「そ………そう。そうね、あ、案内してあげないこともないわよ」
やっぱり、と思う。
自己嫌悪。
俯いているから、やっぱり嫌なのかもしれない。と思って。
「………嫌だったら、いいんだぞ?」
「そ、そんなことないわよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(え?)
その言葉を聞いて自分でも凄い驚いているのがわかる。
言葉も出ないくらい。
自分が驚いているのを見たからだろうか、凄い慌てた様子で。
「あ、いや、その…………き、聞きたいこともあるしっ。その、記憶喪失のことで……」
それを聞いて、残念だと思う自分がいた。
だけど、それは表情には出さないで。
「あ、ああ」
表情に出さないつもりだったけれど、失敗したかもしれない。
微妙に頬が引きつっているのがわかる。
気づかれてないか、美琴の方を見てみると、俯いていた。
少しの間。
「あ……そ、それじゃあ、私、こっちだから」
「ああ。じゃあな」
「う、うん」
美琴は笑顔を見せてから走って去っていく。
その後姿をみて、ふと気付く。
あの笑顔が好きなんだと。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
つい。言ってしまった。
そうしたら、あの馬鹿がすごい驚いた顔をしているのが見えて。
「あ、いや、その…………き、聞きたいこともあるしっ。その、記憶喪失のことで……」
言い訳を、言っていた。
「あ、ああ」
言い訳をいってしまったことに、心の中で地団駄を踏む。
撤回しようと考える。
けれど、言えない。
急に居心地が悪くなって。
「あ……そ、それじゃあ、私、こっちだから」
逃げを、選んでしまった。
一度選んでしまったからには、変えることは出来なくて。
「ああ。じゃあな」
「う、うん」
せめてもの代わりに、精一杯の笑顔を見せてから帰ることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
帰り道。
なんで、素直になれないんだろう。と考えてしまう。
でも、言えるわけない。とも思う。
けど、今の美琴は幸せ気分だった。
一端覧祭を一緒に回れることがとても嬉しかった。
一端覧祭の時に頑張ろう。と決意して。
自然と歩くのが速くなっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
帰り道。
言ってしまった。誘ってしまった。
だが、そこで上条は気付く。
(ヤバイ…インデックスに、何て言えば…)
不幸な予感がしている上条だった。