―4月某日、とある大学研究所にて。
朝9時、今日も今日とて研究室に足を運ぶ。
1年365日中、300日はこの研究室で過ごしていると言っても過言ではない。
1年365日中、300日はこの研究室で過ごしていると言っても過言ではない。
「御坂さん!おはようございます!今日もよろしくお願い致します!」
「はいはい…そんな気合い入れなくてもいいのよ…」
「はいはい…そんな気合い入れなくてもいいのよ…」
私の助手を務める学生が、仰々しく挨拶をしてくる。
この学生は研究室に来て早1年が経とうというのに、相も変わらず緊張しっ放しだ。
学園都市第三位の超能力者だった私に対しての、尊敬と畏怖の念がそうさせるらしい。
この学生は研究室に来て早1年が経とうというのに、相も変わらず緊張しっ放しだ。
学園都市第三位の超能力者だった私に対しての、尊敬と畏怖の念がそうさせるらしい。
しかし、その肩書きも、今では『元』という前置詞が付く。
別に能力が失われた訳ではないが、もう能力開発を受けることはない。
故に序列やレベルという概念からも卒業したのだ。
もっとも、30過ぎのオバサンが
『私が学園都市第三位の超能力者・超電磁砲だぜ!』
とか言っていると、見苦しくって仕方がないだろうが。
別に能力が失われた訳ではないが、もう能力開発を受けることはない。
故に序列やレベルという概念からも卒業したのだ。
もっとも、30過ぎのオバサンが
『私が学園都市第三位の超能力者・超電磁砲だぜ!』
とか言っていると、見苦しくって仕方がないだろうが。
「この前の実験のデータです。何か不備がありましたら…」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ!ありがとね!」
緊張しっぱなしの助手からデータの入った端末を受け取る。
手際良くパソコンに差し込み、データをコピーする。
内容を確認し、助手に指示を出すと、次の実験についての打ち合わせを行う。
「次の実験はミオトニー放電時の筋電図を……」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ!ありがとね!」
緊張しっぱなしの助手からデータの入った端末を受け取る。
手際良くパソコンに差し込み、データをコピーする。
内容を確認し、助手に指示を出すと、次の実験についての打ち合わせを行う。
「次の実験はミオトニー放電時の筋電図を……」
研究、研究、また研究。
実験、実験、また実験。
実験、実験、また実験。
まるで往年の名投手『権藤、権藤、雨、権藤』のような殺人的スケジュール。
研究と実験漬けの日々、そして発表会。
そうしてこの数年間を繰り返してきた。
最近では日付を確認する意味もなく、ただ単にスケジュールに沿って動く日々。
工場でライン作業を行うマシンのようだと、我ながら思う。
研究と実験漬けの日々、そして発表会。
そうしてこの数年間を繰り返してきた。
最近では日付を確認する意味もなく、ただ単にスケジュールに沿って動く日々。
工場でライン作業を行うマシンのようだと、我ながら思う。
私の日常は淡々と過ぎていく。
パソコンに向かって作業をしていると、ブラインドから差し込むオレンジが目に飛び込んで来た。
作業を中断して時刻を確認すると、時刻は午後6時前になっていた。
約9時間、作業に没頭していたことになる。
自画自賛になるが恐ろしい集中力だ。
作業を中断して時刻を確認すると、時刻は午後6時前になっていた。
約9時間、作業に没頭していたことになる。
自画自賛になるが恐ろしい集中力だ。
時計を見つめてぼんやりしていると、私の携帯が震え、がたがたと迷惑な音を発した。
研究室にいる同僚に軽く謝罪をし、こっそりと内容を確認する。
別に堂々と確認しても、格段咎める人もいないので、何ら問題はないのだけれど。
それでも慎ましく振る舞うのが『大人の礼儀』というものであろう。
研究室にいる同僚に軽く謝罪をし、こっそりと内容を確認する。
別に堂々と確認しても、格段咎める人もいないので、何ら問題はないのだけれど。
それでも慎ましく振る舞うのが『大人の礼儀』というものであろう。
内容は、黒子からのメールだった。
『ああ、お姉様!最近どうして黒子に構って頂けないのでしょうか?これほどまでにお姉様を愛して…』
開始1行目にして、読む気が失せた。
濃い。
濃過ぎる。
特濃4.5牛乳もびっくりの濃さである。
濃過ぎる。
特濃4.5牛乳もびっくりの濃さである。
その後も『愛』『お姉様』『切ない』等、吐き気を催す特濃な文面が、私の気分をげんなりさせる。
何とか日本語に翻訳して解読してみると、
『今度お花見をするから来て欲しい。初春さんや佐天さんも来る』
とのことであった。
何とか日本語に翻訳して解読してみると、
『今度お花見をするから来て欲しい。初春さんや佐天さんも来る』
とのことであった。
(花見…ああ、そういえば4月は桜が咲いてるのか…)
黒子のメールで、やっと『4月は桜のシーズン』という事実を思い出す。
黒子のメールで、やっと『4月は桜のシーズン』という事実を思い出す。
行動範囲は自宅と研究室。
見つめるものは実験内容と実験結果の数値のみ。
私の心の中には『桜を見る』なんて余裕は残されていなかった。
見つめるものは実験内容と実験結果の数値のみ。
私の心の中には『桜を見る』なんて余裕は残されていなかった。
(返事はまた後でいっか…)
ふうっとため息をつき、携帯をしまうと再び作業に戻る。
今は研究に集中しなくては。
それに、花見に行く余裕など無い、というのが正直なところだった。
時間的にも、精神的にも。
『研究に遅れが出てしまうかもしれない』
たったそれだけの問題と言えば、確かにそうなのだけれど。
たったそれだけの問題が大きくのしかかっていたのだった。
ふうっとため息をつき、携帯をしまうと再び作業に戻る。
今は研究に集中しなくては。
それに、花見に行く余裕など無い、というのが正直なところだった。
時間的にも、精神的にも。
『研究に遅れが出てしまうかもしれない』
たったそれだけの問題と言えば、確かにそうなのだけれど。
たったそれだけの問題が大きくのしかかっていたのだった。
(皆には悪いけど、断ろうかしら…)
私は再び、研究という名の深海へ潜り込んでいくのであった。
時刻は夜10時。
研究室に残っているのは私と研究所長のみとなっていた。
ブラインドから覗いていた夕日はとうに姿を消し、代わりに白熱電球のような月が浮かんでいた。
満月まであともう少し、大きくて美しい見事な月だった。
研究室に残っているのは私と研究所長のみとなっていた。
ブラインドから覗いていた夕日はとうに姿を消し、代わりに白熱電球のような月が浮かんでいた。
満月まであともう少し、大きくて美しい見事な月だった。
研究結果をまとめる作業が一段落した私は、大きく伸びをした後、資料の片付けに入る。
資料の入っていた棚のドアを開けると、ガラガラという間抜けな音が、虚しく辺りに響き渡った。
所長は私の終わりを待っていてくれたのか、私に合わせて片付けの作業にとりかかる。
資料の入っていた棚のドアを開けると、ガラガラという間抜けな音が、虚しく辺りに響き渡った。
所長は私の終わりを待っていてくれたのか、私に合わせて片付けの作業にとりかかる。
「御坂くん、君は花見とかしない派なの?」
唐突に所長から声がかかる。
所長は、明るいキャラクターと見窄らしい頭頂部がチャームポイントの、イカした中年である。
そのおちゃらけた雰囲気とは裏腹に、『その道』ではかなり有名で優秀な研究者だそうだ。
唐突に所長から声がかかる。
所長は、明るいキャラクターと見窄らしい頭頂部がチャームポイントの、イカした中年である。
そのおちゃらけた雰囲気とは裏腹に、『その道』ではかなり有名で優秀な研究者だそうだ。
「しないって訳ではないんですけど、最近は忙しくって…」
そう答えた私は、黒子からのメールを思い出した。
早くメールを返してあげないと、発狂もとい、心配してしまうだろう。
「そういえば、一応昔の友人から誘われてはいるんですけど、如何せん研究が…」
「そんなんじゃ駄目だよー、御坂くん。たまには息抜きもしなきゃ!買い物とか、運動とか!」
突然私の肩を掴んで大声をあげる所長。
ぶっちゃけセクハラだが、まあよしとしよう。
そう答えた私は、黒子からのメールを思い出した。
早くメールを返してあげないと、発狂もとい、心配してしまうだろう。
「そういえば、一応昔の友人から誘われてはいるんですけど、如何せん研究が…」
「そんなんじゃ駄目だよー、御坂くん。たまには息抜きもしなきゃ!買い物とか、運動とか!」
突然私の肩を掴んで大声をあげる所長。
ぶっちゃけセクハラだが、まあよしとしよう。
「で、花見はいつなの?」
「今週末ですけど…」
「じゃ、その日休んでいいから。お花見行ってらっしゃーい」
「ちょ、ちょっと待ってください!研究が…」
「今週末ですけど…」
「じゃ、その日休んでいいから。お花見行ってらっしゃーい」
「ちょ、ちょっと待ってください!研究が…」
トントン拍子に進む話の流れに、思わず楔をさす。
研究に支障が出ると、所長のみならず、研究室やその他関係者にまで迷惑がかかってしまう。
研究に支障が出ると、所長のみならず、研究室やその他関係者にまで迷惑がかかってしまう。
しかし、所長は手を振って私の話を遮り、相も変わらず軽い口調で言う。
「御坂くんは働き過ぎ。このままだと私が労基法違反で訴えられちゃうよ」
「しかし、研究に支障が出てしまう…」
「しかしも案山子もない。息抜きをして、その分次の日に目一杯集中すればいいじゃないか」
「でも、他の人に迷惑が…」
「デモもストもないよー。御坂くんがいなくても何とかなる」
「本当ですか…?」
「何とかなる。何とかする。それとも、研究室の仲間が信頼できないって言うのかい?」
「しかし、研究に支障が出てしまう…」
「しかしも案山子もない。息抜きをして、その分次の日に目一杯集中すればいいじゃないか」
「でも、他の人に迷惑が…」
「デモもストもないよー。御坂くんがいなくても何とかなる」
「本当ですか…?」
「何とかなる。何とかする。それとも、研究室の仲間が信頼できないって言うのかい?」
そこまで言われると、返す言葉もない。
私は静々と所長の言葉に従うしかなかった。
そして、黒子に参加の旨を伝えるメールを送信した。
私は静々と所長の言葉に従うしかなかった。
そして、黒子に参加の旨を伝えるメールを送信した。
『参加させてもらうわ。久しぶりだからってあんまりはしゃがないでよ』
―4月某日、正午過ぎ、高台の公園にて
『お昼正午過ぎに高台の公園に集合です!私たちは準備してますから、御坂さんはどうぞごゆっくり!
PS:初春が御坂さんにすてきなプレゼントを用意してるそうですよ!』
PS:初春が御坂さんにすてきなプレゼントを用意してるそうですよ!』
佐天さんからそんなメールが届いたのは、黒子に参加を伝えた翌日だった。
この根回しの早さ、恐らく私が来る前提で話が進んでいたのだろう。
全く、年下だけど頼りになる友人達だ。
この根回しの早さ、恐らく私が来る前提で話が進んでいたのだろう。
全く、年下だけど頼りになる友人達だ。
ちなみに、黒子からは迷惑メール並の長文メールが帰ってきたが、恐ろしさのあまり削除した。
私は高台に繋がる階段を、ひぃひぃ言いながら登っていた。
(全く…階段如きでバテるなんて、運動不足もいいとこだわ…)
ここ数年間デスクワークばかりしていた弊害が、こんなところで廻ってきた。
所長の言う通り、確かに息抜きに運動するのもいいかもしれない。
そして何より、体力の低下を加齢のせいにしたくない。
(全く…階段如きでバテるなんて、運動不足もいいとこだわ…)
ここ数年間デスクワークばかりしていた弊害が、こんなところで廻ってきた。
所長の言う通り、確かに息抜きに運動するのもいいかもしれない。
そして何より、体力の低下を加齢のせいにしたくない。
何とか坂を登りきると、いつもと変わらぬメンバーが待ち構えていた。
黒子、佐天さん、初春さん、そして意外な顔、婚后さん。
いつもと変わらぬメンバーだが、みんな大人の女性特有のオーラが出ていた。
黒子、佐天さん、初春さん、そして意外な顔、婚后さん。
いつもと変わらぬメンバーだが、みんな大人の女性特有のオーラが出ていた。
共に小学校の先生をしている黒子と初春さんは、飾りっ気が無く『独身満喫中オーラ』がにじみ出ていた。
断っておくが『負け犬オーラ』と言ってはいけない。
ちなみに2人は別々の小学校にいるものの、警備員として相変わらずコンビを組んでいるそうだ。
高校を卒業した後早々に嫁いだ佐天さんは『美人な若妻』といった趣で。
一方の婚后さんは、中学生の頃から(体の一部分も)大人びた雰囲気だったので、あまり変化が見えなかった。
断っておくが『負け犬オーラ』と言ってはいけない。
ちなみに2人は別々の小学校にいるものの、警備員として相変わらずコンビを組んでいるそうだ。
高校を卒業した後早々に嫁いだ佐天さんは『美人な若妻』といった趣で。
一方の婚后さんは、中学生の頃から(体の一部分も)大人びた雰囲気だったので、あまり変化が見えなかった。
手を振りながら、陣取っているビニールシートへと歩み寄る。
みんな既に酒盛りを始めていたらしく、ほんのりと赤く顔を染めていた。
特に黒子は『赤子』に改名することを勧告したくなるほど、顔を真っ赤に染めていた。
みんな既に酒盛りを始めていたらしく、ほんのりと赤く顔を染めていた。
特に黒子は『赤子』に改名することを勧告したくなるほど、顔を真っ赤に染めていた。
ただでさえロクデモナイ黒子がべろんべろんに酔っている。
恐らく関わるとトンデモナクロクデモナイことになりそうだ。
ここは無視することにしよう。
恐らく関わるとトンデモナクロクデモナイことになりそうだ。
ここは無視することにしよう。
「お姉様!?まあお姉様!まあまあまあまあお姉様!黒子は、黒子は…どれ程この日を待ちわびたことでしょうか!お姉様には伝わりますでしょうか!?この黒子の愛しさと切なさと心強さが!再三再四送信し続けた愛のメールも、思いを電波に込めた愛の着信も、一向に返答が返ってこないこの侘しさ!一向に震えない携帯のバイブ機能!逢いたくて逢いたくて震えるはずではなかったのかと、黒子は何度も自問自答を繰り返しました!それなのにお姉様は……黒子のことをお忘れになったのでしょうか!?お姉様と黒子の間に繋がった運命の絆は、これほどまでに脆く果敢ないものだったのでしょうか!?ああ!なんと嘆かわしい!しかし、黒子は諦めません!どんな困難が待ち構えていようとも!どんな災難に巻き込まれようとも!お姉様への黒子の愛情が揺らぐことはありませんわ!」
雑音が聞こえた気がした。
きっと気のせいだから無視しよう。
きっと気のせいだから無視しよう。
「みんな久しぶりね!元気だった?」
あくまでも冷静に、いつも通り。
それを心がけて話しかける。
いつも通りに接していれば、いつも通りの返事を返してくれる。
そう信じて。
あくまでも冷静に、いつも通り。
それを心がけて話しかける。
いつも通りに接していれば、いつも通りの返事を返してくれる。
そう信じて。
私は不安だった。
突然帰ってきた私のことを、不審に思っていないか。
そもそも、私のことを覚えてくれているのか。
不安で不安で仕方がなかった。
突然帰ってきた私のことを、不審に思っていないか。
そもそも、私のことを覚えてくれているのか。
不安で不安で仕方がなかった。
しかし、その不安は杞憂だった。
「わーっ!御坂さんだ!お久しぶりですー!」
「お元気でしたか?」
「私、10年振りぐらいですよー!」
「相変わらず奇麗ですねー!」
「お元気でしたか?」
「私、10年振りぐらいですよー!」
「相変わらず奇麗ですねー!」
まるで夏休み明けの始業式のようなノリに出迎えてくれるみんな。
何食わぬ顔で。
いつもと変わらぬ様子で。
何食わぬ顔で。
いつもと変わらぬ様子で。
諸般の事情がある私にとっては、
『いつも通りに接してくれる』
ということが何よりも嬉しく、何よりも難しく感じるのだ。
『いつも通りに接してくれる』
ということが何よりも嬉しく、何よりも難しく感じるのだ。
ほんの何年か会わなかっただけで揺らぐような関係では無かったのだ。
そう分かった瞬間、私の気分はすっきりと軽くなり、何だか無性にみんなが愛おしく感じた。
そして、私たちは『いつも通り』の会話に花を咲かせるのであった。
そう分かった瞬間、私の気分はすっきりと軽くなり、何だか無性にみんなが愛おしく感じた。
そして、私たちは『いつも通り』の会話に花を咲かせるのであった。
「なんと!無視ですのお姉様!?もしかして黒子がお姉様のXXを夜な夜な盗んではXXXでXXXXしてたことを未だに根に持っておられるのですか?それともXXXXにあるXXXXXXのXXXXをXXXXしていたことを!?確かにアレは黒子の不徳の致すところですわ!しかし、誰しもが経験する『思春期特有の昂り』というもののせいですの!お姉様も経験がおありでしょう?言わば『おたふく風邪』のようなものですわ!確かに黒子の行動は一般人のそれと比較すると『アブノーマル』と言われても否定できません。しかし、古くから『蓼食う虫も好き好き』と言うではありませんか!それに『アブノーマル』という道は『誰も通らない道』という意味で『誰も通れなかった道』という訳ではありませんの。『誰も通ろうとしなかった道』ですの。東海道も中山道も、始めはただの陸地。『道』なんて無かったでしょう?ただ、人が多く通っていたからご立派に『道』なんて呼ばれているだけですわ!ならばこの私、白井黒子が先陣を切ってその『道』を開拓せしめんと意気込んだ次第ですの!お分かりいただけましたか?」
ただ一人、明らかに常軌を逸した奴がいたけれど、なかった事にしよう。
「えーっ!?佐天さん、子供3人もいるのー!?」
「お恥ずかしながら…」
「ってかもう『佐天さん』って呼んじゃ駄目ね…」
「別に『佐天』でいいですよ!初春だって未だに『佐天さん』だし、むしろそっちの方がしっくり来るし!」
「そうかしら?じゃあこれからも佐天さんで!」
「今後とも末永くお願い致します」
「こちらこそ!で、子供3人もいたら大変じゃない?」
「そうなんですよ!もう毎日が戦争みたいで…」
「そんなのただの贅沢です!私なんて出会う男性は12歳以下ばかりで…」
「私もですわ…この私、婚后光子ともあろう者が未だに独身だなんて…」
「『この街』じゃ出会い少ないもんねー。初春さんは先生だよね?」
「そうです!一応警備員も続けてますよ!」
「でもこの歳だと体力的にキツくない?」
「それはどの仕事でも同じことですよー。でも、最近すぐに息切れが…」
「私も!さっき階段登ってたらハァハァ言っちゃってー!」
「私も私も!もうこのまま帰ろうかと思ったもん!」
「私もですわ…『歳を取る』という言葉をこれほど痛感するとは…」
「認めちゃだめよ婚后さん。我々は決して年齢という壁に屈してはいけないのよ!」
「しかし御坂さん、我々はもう30を…」
「きゃー!それ以上言わないでー!」
「お恥ずかしながら…」
「ってかもう『佐天さん』って呼んじゃ駄目ね…」
「別に『佐天』でいいですよ!初春だって未だに『佐天さん』だし、むしろそっちの方がしっくり来るし!」
「そうかしら?じゃあこれからも佐天さんで!」
「今後とも末永くお願い致します」
「こちらこそ!で、子供3人もいたら大変じゃない?」
「そうなんですよ!もう毎日が戦争みたいで…」
「そんなのただの贅沢です!私なんて出会う男性は12歳以下ばかりで…」
「私もですわ…この私、婚后光子ともあろう者が未だに独身だなんて…」
「『この街』じゃ出会い少ないもんねー。初春さんは先生だよね?」
「そうです!一応警備員も続けてますよ!」
「でもこの歳だと体力的にキツくない?」
「それはどの仕事でも同じことですよー。でも、最近すぐに息切れが…」
「私も!さっき階段登ってたらハァハァ言っちゃってー!」
「私も私も!もうこのまま帰ろうかと思ったもん!」
「私もですわ…『歳を取る』という言葉をこれほど痛感するとは…」
「認めちゃだめよ婚后さん。我々は決して年齢という壁に屈してはいけないのよ!」
「しかし御坂さん、我々はもう30を…」
「きゃー!それ以上言わないでー!」
桜の花も満開だが、私たちの会話で咲かせた花も満開だった。
時刻はもう夕方に差し掛かろうとしていた。
お酒もいい感じにまわってきて、ますます会話が饒舌になる。
時刻はもう夕方に差し掛かろうとしていた。
お酒もいい感じにまわってきて、ますます会話が饒舌になる。
「…で、私は旦那に言ってやったんですよ!『アンタ、文句があるなら自分でやりな』って!」
「佐天さんカカア天下なんだー!意外ねー!」
「私は当たり前のことを言ったまでです!それに子供を守るのが母親の役目ですから!」
「佐天さんカカア天下なんだー!意外ねー!」
「私は当たり前のことを言ったまでです!それに子供を守るのが母親の役目ですから!」
プチプチと旦那の愚痴を言いながら、とても幸せそうな顔を浮かべる佐天さん。
働く旦那さんを出迎えて、やんちゃな子供の世話をして。
これほどまでに幸せな日々が、他にあると言うのだろうか。
働く旦那さんを出迎えて、やんちゃな子供の世話をして。
これほどまでに幸せな日々が、他にあると言うのだろうか。
(私もまたいつか…)
(みんなどうして『御坂さん』って呼ぶの…?)
(私の話題に触れないのは気を使ってるから…?)
(みんなどうして『御坂さん』って呼ぶの…?)
(私の話題に触れないのは気を使ってるから…?)
心の奥底に仕舞ってあった様々な感情が沸々と沸立ってくるのが分かった。
しかし、表に出してはいけない。
出してしまうと、歯止めが利かなくなってしまうから。
ダムはほんの少しのひび割れでも、そこから一気に水が流れて決壊してしまうのだ。
私はいらぬ考えが湧いてこないよう、押し黙ることにした。
しかし、表に出してはいけない。
出してしまうと、歯止めが利かなくなってしまうから。
ダムはほんの少しのひび割れでも、そこから一気に水が流れて決壊してしまうのだ。
私はいらぬ考えが湧いてこないよう、押し黙ることにした。
「もし性別など関係せず、愛情だけで子供が産まれるのなら、きっとお姉様と黒子の間でアフリカ大陸並みの人口爆発が起きていますわ!『子供だけでサッカーが出来る』などという生温いレベルではなく、『子供だけでワールドカップが開催出来る』程の子供を産んでみせましょう!何が恥ずかしいもんですか!お互いの愛の結晶でしょう?それが誇れなくて何が母親ですの?それにしても『佐天』さんだなんて…ぷぷっ!黒子は出会った直後には既に『黒子』と下の名前で呼び捨てにされておりましたわ!これこそが黒子とお姉様の蜜月な関係を現すよい具体例ですわ!そして初春、あなた何を嘯いておりますの?『出会う男性は12歳以下ばかり』?全く、どの口がそんな言葉をいけしゃあしゃあと垂れ流しておりますの?あなたが教育実習にやってくる、若くてイケメンな大学生に色目を使っているのは知っておりますのよ?その他にも生徒のパパがイケメンというだけで家におしかけたという噂も耳にしておりますわよ!そして婚后光子。なーにが『婚后光子ともあろう者』ですの?あなた、私を笑い殺す気ですの?腹筋を8つぐらいにかち割る気ですの?『婚后光子ともあろう者』とか言ってる時点で誰もあなたに近寄ろうとしないに決まってますわ!いつまで厨二病に罹っておりますの?私たちはもう三十路過ぎですのよ?あなたもいい加減『年相応の振る舞い』というものを理解すべきですわね!」
いいからお前はもう黙ってろよ
時刻は夜7時を過ぎていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、お花見は片付けに入っていた。
太陽も既に本日の営業を終了しており、辺りを暗闇が支配していた。
満天の空には散りばめられた星達と、はっきりした満月。
夜桜に透ける満月は、ただただ美しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、お花見は片付けに入っていた。
太陽も既に本日の営業を終了しており、辺りを暗闇が支配していた。
満天の空には散りばめられた星達と、はっきりした満月。
夜桜に透ける満月は、ただただ美しかった。
「御坂さんは最近どうなんですか?」
初春さんが唐突に話題を振る。
思わぬ話題振りにドギマギするが、冷静に考えると特に報告するようなことは無かった。
初春さんが唐突に話題を振る。
思わぬ話題振りにドギマギするが、冷静に考えると特に報告するようなことは無かった。
「まぁ…365日中300日は研究室にこもりっきりね」
「「「「えー!!御坂さん(お姉様)折角奇麗なのに勿体ないです(わ)よ!」」」」
「「「「えー!!御坂さん(お姉様)折角奇麗なのに勿体ないです(わ)よ!」」」」
4人が口を揃えて抗議する。
「なんなんですかその干物女っぷりは!?」
「どこぞのアレイ☆じゃないんですから部屋から出ましょうよ!」
「日光に当たらないとその内、地底人みたいになってしまいます!」
「お姉様程の人材がそんな研究室の一室でこもりっきりというのは、人類最大の損失…(中略)…そして、黒子とは懇ろな関係になってぐへへ…
「なんなんですかその干物女っぷりは!?」
「どこぞのアレイ☆じゃないんですから部屋から出ましょうよ!」
「日光に当たらないとその内、地底人みたいになってしまいます!」
「お姉様程の人材がそんな研究室の一室でこもりっきりというのは、人類最大の損失…(中略)…そして、黒子とは懇ろな関係になってぐへへ…
みんなの言うことはごもっともだ。(一人は除く)
確かに部屋にこもりっきりというのは、如何なものかと思うこともある。
確かに部屋にこもりっきりというのは、如何なものかと思うこともある。
しかし、今は研究に必死なのだ。
研究だけが生き甲斐といっても過言ではない。
というか、研究以外にすることがないというべきであろうか。
研究だけが生き甲斐といっても過言ではない。
というか、研究以外にすることがないというべきであろうか。
「私は今、研究が楽しいの。自分の努力で人の命が救えるって素晴らしいことだと思わない?」
そう言ってみんなを見ると、目と口をぽかーんと開けた顔が3つ並んでいた。
「やっぱり…」
「すごい人って…」
「言うことが違う…」
みんなの反応を受け、何故だか先ほどの台詞が急にキザっぽく感じてしまった。
私は赤面しながらこう付け加え、照れ隠しをする。
「ただ単にすることがないだけよ!惨めな三十路過ぎ独女の暇つぶしよ!」
「いや、それでも充分すごいと思います…」
「私、『年間300日働け』って言われた時点で即、辞表を提出する自信があります…」
「やはり御坂様、尊敬いたしますわ…」
3人からの手放しの大絶賛に、何だか面映い気分になってくる。
このままでは何を言っても絶賛される。
そう感じた私は適当に受け流すことにした。
「やっぱり…」
「すごい人って…」
「言うことが違う…」
みんなの反応を受け、何故だか先ほどの台詞が急にキザっぽく感じてしまった。
私は赤面しながらこう付け加え、照れ隠しをする。
「ただ単にすることがないだけよ!惨めな三十路過ぎ独女の暇つぶしよ!」
「いや、それでも充分すごいと思います…」
「私、『年間300日働け』って言われた時点で即、辞表を提出する自信があります…」
「やはり御坂様、尊敬いたしますわ…」
3人からの手放しの大絶賛に、何だか面映い気分になってくる。
このままでは何を言っても絶賛される。
そう感じた私は適当に受け流すことにした。
しかし、ただ一人、事有り顔を浮かべる者が。
黒子である。
普段はただの変態なのに、こういう時の黒子は本当に鋭い。
自分でも気付かなかった心の機敏も、黒子は見逃すことがない。
伊達に私のストーカーをしているだけのことはある。
自分でも気付かなかった心の機敏も、黒子は見逃すことがない。
伊達に私のストーカーをしているだけのことはある。
「…で、黒子は何?何か言いたいことがあるんでしょ?」
私もストーカーされている身とはいえ、長年の付き合い。
黒子の考えていることは、だいたい分かるようになるのだ。
私もストーカーされている身とはいえ、長年の付き合い。
黒子の考えていることは、だいたい分かるようになるのだ。
「や、やっとお姉様の御言葉が…!『ミコト』だけに『ミコトバ』…ププっ!」
「アンタは『くろこ』だけに『まっくろこげ』になりたいのかしら?」
「ただの冗談ですのに…」
「アンタの変態さは冗談じゃすまないのよ!」
「アンタは『くろこ』だけに『まっくろこげ』になりたいのかしら?」
「ただの冗談ですのに…」
「アンタの変態さは冗談じゃすまないのよ!」
そう言って軽く拳骨をお見舞いする。
そのやりとりが懐かしく、まるで中学生の頃を思い出す。
周りのみんなも、あの頃の様に屈託の無い笑顔を浮かべている。
そのやりとりが懐かしく、まるで中学生の頃を思い出す。
周りのみんなも、あの頃の様に屈託の無い笑顔を浮かべている。
すると、突然携帯の着信音が鳴り響いた。
「はいはーい!」
初春さんは威勢良く立ち上がり、電話を受けながらどこかへ行ってしまった。
「出ましたわ!噂のイケメンパパ!」
「ついに初春に初春が来たのか!?」
婚后さんと佐天さんがはやしたてる。
「はいはーい!」
初春さんは威勢良く立ち上がり、電話を受けながらどこかへ行ってしまった。
「出ましたわ!噂のイケメンパパ!」
「ついに初春に初春が来たのか!?」
婚后さんと佐天さんがはやしたてる。
「え?何?初春さんの彼氏?」
思わぬ展開に舞い上がる私。
しかし、佐天さんは、大げさに手を振って否定した。
「ちがいますよー!今年度から転入してくる生徒の相談らしいですよ!しかもその生徒!」
ふん!
と、鼻息を荒げ、顔を目の前に近づけてくる。
「『原石』らしいんですよー!外部の学校に通ってたんですけど、突然能力が発現しちゃったらしくて…」
思わぬ展開に舞い上がる私。
しかし、佐天さんは、大げさに手を振って否定した。
「ちがいますよー!今年度から転入してくる生徒の相談らしいですよ!しかもその生徒!」
ふん!
と、鼻息を荒げ、顔を目の前に近づけてくる。
「『原石』らしいんですよー!外部の学校に通ってたんですけど、突然能力が発現しちゃったらしくて…」
佐天さんはまるで自分のことのように、興奮しながら説明していた。
そんな中、黒子は相も変わらずモゴモゴしている。
私がもったいぶるなと急かすと、その重い口を開いた。
そんな中、黒子は相も変わらずモゴモゴしている。
私がもったいぶるなと急かすと、その重い口を開いた。
「お姉様は…『あの事』から逃げたいだけでは無いのですか?」
黒子の言葉が私の胸に突き刺さる。
みんなの表情も50ルクス程暗くなったような気がする。
みんなの表情も50ルクス程暗くなったような気がする。
『あの事』とは聞くまでもない。
私が学園都市に強制送還された事件だ。
私が学園都市に強制送還された事件だ。
あの日能力を使用した私は、すぐに駆けつけた警備員によって、学園都市に連行された。
殺されるか、記憶を完全に消されるか、はたまた存在そのものを消されるか。
そう危惧していた私だったが、全く何事も無かったかのように解放された。
代わりに待っていたのは『研究機関への就任依頼』であった。
殺されるか、記憶を完全に消されるか、はたまた存在そのものを消されるか。
そう危惧していた私だったが、全く何事も無かったかのように解放された。
代わりに待っていたのは『研究機関への就任依頼』であった。
大学、病院、公式非公式を問わない研究所、謎の組織…
私の立場は『学園都市を裏切った者』と言われても過言でない。
それを踏まえての勧誘。
やはりレベル5というブランドは、かなり絶大な効力をもっているらしい。
私の立場は『学園都市を裏切った者』と言われても過言でない。
それを踏まえての勧誘。
やはりレベル5というブランドは、かなり絶大な効力をもっているらしい。
私が引く手数多の中から選んだのは『筋ジストロフィーを専門に扱う研究所』であった。
理由はもちろん『あの時』は救えなかった人達を救う為だ。
罪滅ぼしという訳ではないが、やはり負けっぱなしというのは、私の性に合わないらしい。
理由はもちろん『あの時』は救えなかった人達を救う為だ。
罪滅ぼしという訳ではないが、やはり負けっぱなしというのは、私の性に合わないらしい。
研究所に入ってからの私は、ご覧の通りの有様で。
研究に次ぐ研究。
実験に次ぐ実験。
心に空いた寂しさの穴を、研究や実験というピースで埋めていく日々。
研究や実験をしている限りは、寂しさを感じる暇が無いと思ったからだ。
研究に次ぐ研究。
実験に次ぐ実験。
心に空いた寂しさの穴を、研究や実験というピースで埋めていく日々。
研究や実験をしている限りは、寂しさを感じる暇が無いと思ったからだ。
確かに寂しさを感じることは無かった。
しかし、心は満たされないまま、虚しさと辛さだけが増していった。
しかし、心は満たされないまま、虚しさと辛さだけが増していった。
『さくらと当麻に逢いたい』
その感情だけはどうしても埋めることができなかった。
そして、その感情を忘れる為に、私は研究に没頭していったのだ。
そして、その感情を忘れる為に、私は研究に没頭していったのだ。
黒子の言う通り、『さくらと当麻に逢いたい』という事実から逃げたいだけだったのかもしれない。
―4月某日、夜10時頃、高台の公園にて
あの後、私の様子がおかしいことに気付いたみんなは、最後まで一緒にいると言ってくれていた。
しかし、私は断りを入れて帰ってもらった。
しかし、私は断りを入れて帰ってもらった。
私は一人、公園のベンチに腰掛けていた。
背後に生い茂った満開の桜の木から、はらはらと花びらが舞落ちる。
それを手にとり、満月に透かしてじっと眺める。
背後に生い茂った満開の桜の木から、はらはらと花びらが舞落ちる。
それを手にとり、満月に透かしてじっと眺める。
(さくらは今、何をしてるのかなぁ…)
私はひとりになりたかった。
『満開の桜』と『奇麗な満月』を眺めたかった。
『さくら』と『当麻』を象徴する2つに願えば、あの素晴らしかった日々に戻れる気がした。
『満開の桜』と『奇麗な満月』を眺めたかった。
『さくら』と『当麻』を象徴する2つに願えば、あの素晴らしかった日々に戻れる気がした。
そして、この高台、この公園、このベンチ、15歳、8月最後の日、奇麗な満月。
当麻に初めて告白されたシチュエーションだ。
このベンチに座って満月を眺めれば、当麻が来てくれそうな気がしたのだ。
さらに今日は桜も満開だ。
これだけお膳立てをすれば、きっとあの時のように…
そう思ったのだ。
当麻に初めて告白されたシチュエーションだ。
このベンチに座って満月を眺めれば、当麻が来てくれそうな気がしたのだ。
さらに今日は桜も満開だ。
これだけお膳立てをすれば、きっとあの時のように…
そう思ったのだ。
でも、時間が戻るなんてことはありえない。
『満開の桜』はやがて花びらを散らし、
『奇麗な満月』もいつか欠けて新月になってしまう。
失ったものはもう戻ってこないのだ。
『満開の桜』はやがて花びらを散らし、
『奇麗な満月』もいつか欠けて新月になってしまう。
失ったものはもう戻ってこないのだ。
分かっていた。
分かっていたが、やはり悲しい。
涙が頬を伝っていく。
どうやら感情のダムは決壊してしまったようだ。
流れる涙が止まらない。
分かっていたが、やはり悲しい。
涙が頬を伝っていく。
どうやら感情のダムは決壊してしまったようだ。
流れる涙が止まらない。
「さくら……当麻……!」
嗚咽を漏らし、ひとり泣き濡れる。
絞り出した泣き声は、虚しく虚空に溶け込んだ。
私の願いは、はかなく闇夜に消え去った。
絞り出した泣き声は、虚しく虚空に溶け込んだ。
私の願いは、はかなく闇夜に消え去った。
ざざっ、ざざっ、ざざっ…
誰かがこちらへ歩いてくる足音がする。
それも2人分。
それも2人分。
…まずい。
泣いている姿を見られるのはまずい。
恥ずかしいだけならとにかく、最悪警察を呼ばれかねないレベルの号泣だ。
ああ。
やっぱり泣くのは苦手だ。
もう泣くのは今夜だけにしよう。
泣いている姿を見られるのはまずい。
恥ずかしいだけならとにかく、最悪警察を呼ばれかねないレベルの号泣だ。
ああ。
やっぱり泣くのは苦手だ。
もう泣くのは今夜だけにしよう。
そう心の中で誓い、ぐっと涙を堪えて上を見る。
相も変わらず、満月と桜は美しかった。
相も変わらず、満月と桜は美しかった。
ざっ。
背後の足音が止まった。
そして、話かけられる。
「月が奇麗ですね」
「ですね!」
「ですね!」
今、最も聞きたい声だった。
止めどなく涙が溢れ出る。
もう泣くのは今夜だけにしよう。
もう泣くのは今夜で最後になりそうだけど。
止めどなく涙が溢れ出る。
もう泣くのは今夜だけにしよう。
もう泣くのは今夜で最後になりそうだけど。
そして、この台詞にはこう返すしかあるまい。
「私、死んでもいいわ」