彼の手料理は、愛の万能薬?
上条「――口に合うようでよかった。常盤台のお嬢様でもこの味はイケルんだな」
美琴「やめてよ、そんな言い方。私だって普通の女の子なんだから」
口を尖らせる私に、当麻はすまんすまんと笑ってみせた。
上条「でもなかなかのモンだろ? しかも、このにんにくがまた美味いんだよ」
当麻が箸先でにんにくを摘み上げると、ぽいっと自分の口へ放り込んで、もぐもぐと確かめるように口を動かした。
上条「うん。上手く出来てるな」
まだにんにくを口に入れることに躊躇するような私を見て、当麻が私のお皿からこんがり焼けたそれを自分の箸で摘むと、
上条「ほら、美琴。口、開けろよ。――あ~ん」
美琴「あ、あ~ん」
ひょいっと口元へ突き出されたそれを、私はゆっくり口を開いて、ぱくりとくわえ込む。
恐る恐るかみしめてみれば、ほっこりした口当たりに、ふわりと感じる独特の香り。それらがタレの味と相まって、思わぬ美味をもたらしてくれた。
同時に久しぶりの当麻からの『あーん』に、なんだか気持ちも温かくなる。
美琴「あ、後の匂いがちょっと気になるけど、ほっこりして美味しいわね」
上条「だろ?」
美琴「それにしても、この料理、よく考え出したわね。なにかの本にでも出てたの?」
上条「前に生姜焼きを作ろうとして、うっかり醤油とソースを間違えてさ。もったいないからいろいろ工夫してみた結果がこれなんだ」
美琴「へえ。ケガの功名ってわけね。当麻お馴染みの不幸じゃなくてよかったじゃない」
上条「そうなんだよな。――でも一時はどうなることかと思ったんだぜ?」
そう言って、ニカリと笑った。
無邪気な笑みが、すうっと私の胸に温かく染み透ってゆくよう。
それはまるで、乾いた大地が恵みの雨に潤されるように。
――うん。確かに私、愛情不足だったのかもしれない。
当麻と恋仲になってからずっとそうだった。
もっともっと彼のために何かしたい。何かしてあげたい。もっと、当麻の笑顔を見たいから。
そんな思いでいっぱいお世話を焼いて、いろいろと尽くすようにしてきたけれど。
でもそれは私だけではなくて、彼も私のために、私の笑顔を見たくて、いろいろとしたかったことがあったのだ。
だからいつのまにか、当麻の愛情を塞き止めてしまった私は、知らず知らずのうちに愛情不足になっていたのだろう。
こうして当麻に何かしてもらうことが、実は私にも、そして当麻にとっても良いことなんだと、今ははっきりわかる。
そう思った私は、今夜は素直に恋人の愛情に甘えようと決めた。
上条「それと臭い対策にはだな。このムサシノ牛乳を……」
そう言いながら、当麻がグラスに牛乳を注ぐ。それをぐいっと一気に飲み干すや、はぁーっと大きく息を吐いた。
上条「こうして飲めば臭いなんて消えちまうさ。――しかしこのムサシノ牛乳って、結構美味いよな」
美琴「当麻もやっと、ムサシノ牛乳の良さに目覚めてくれたのね」
ムサシノ牛乳は、私がこの部屋に来るようになって、買うようになった物の一つ。
その他にもゲコ太のぬいぐるみやら、予備の着替えやら、いろいろと私の物がこの部屋にも増えてきた。
それはまるで自分の居場所がもう一つ出来たかのよう。むしろここが、本当の私の居場所じゃないかと思えるほどに。
上条「まあでも、いくら臭い消しったって全く消えるわけじゃないし、どうしたって少しは臭いが残るかもしんねーけど」
美琴「そうね。牛乳飲んでも、きちんと歯を磨かないと少しは臭うわね」
上条「だから今夜は泊まってけって言ったんだよ。――さすがににんにくの臭いをさせて、寮へ帰るのもアレだろ?」
それが当麻なりの気遣いなのだろうが、本当は、恋人の前でにんにく臭いほうが恥ずかしいのに。
でも私の立場を気遣ってくれることも、彼の愛情だとわかっているから。
美琴「そうかもね。黒子にだって、うるさく言われそうだし」
上条「お姉さまになんてものをって後から言われそうだな」
美琴「ほんと、大きなお世話だっつーの。美味しけりゃ何食べたって良いじゃない」
上条「まあまあ。白井だって、何もそんなつもりで言ってるわけじゃないだろう」
美琴「それは分かってるんだけどさ。だけどね、学校ではね――」
箸を動かしながら、いつのまにか私は日頃の学校生活の愚痴とか鬱憤を、当麻の前でぶちまけていた。
もしかすると、こんなあけすけな話は、今までしたことがなかったかもしれない。
ともすれば自分の嫌なところ、汚れたところまで見せてしまいそうで、彼には私のそんな姿を見て欲しくなかったから。
彼に嫌われたくないという思いが、ずっと私の中にあったのと、そんなことまで彼に背負わせたくないと強がってもいたから。
なのに当麻は時折頷きながら、そして時には相槌を打ちながら私の話を聞いていた。
私の言葉を否定することもなく、説教や教訓めいたことさえ言わず、ただ優しい笑みを浮かべてずっと私の話を聞いていてくれた。
この時ばかりは『能力者』でも、『LEVEL5第三位』でも、『超電磁砲』でも、もしかすると『御坂美琴』でさえもなかったかもしれない。
ただ『普通の女の子』で、ただの『私』だけがここにいた。
それだけなのに、たったそれだけのことなのに。
(――そっか)
もしかすると、私は、彼の前でも『御坂美琴』という女の子を演じようとしていたのかもしれない。
当麻の中に、『御坂美琴』という存在を無理にでも刻みつけようとしていたのかもしれない。
彼の特別な存在であろうとして。よく出来た彼女であろうとして。パートナーとして。相棒として。行く行くは将来の伴侶として。
(――私は当麻の笑った顔を、幸せそうな顔を見たくて、一生懸命になっていたのだけれど、もしかしたらやり方を間違えていたのかもしれない)
当麻になら、本当の姿を見せたって、幻滅されることも、嫌われることもない。
むしろ私が素直に、当麻の気持ちを受け取るだけで素晴らしい笑顔を見せてくれる。愛情に甘えるだけで。私が笑顔を見せるだけで。心を開くだけで。
(――当麻は私に、最高の笑顔を向けてくれる)
今、ようやく私は、そのことに気づかされただなんて。
美琴「――ごちそうさまでした」
上条「お粗末さまでした」
食後のお茶を、ゆっくりと味わいながら、スペシャルなディナーの余韻に浸る。
結局、あの山盛りご飯も、山盛りキャベツも全部平らげてしまった。
これじゃ本当に、私もあの子みたいにハラペコキャラみたいじゃない。
でも確かに、当麻の手料理は美味しかった。
(――もう、毎日でも、食べたいくらいよね)
味付けは並の上。盛り付けは豪快。食材は……まあ、いつもの特売品だけど、そんな上辺だけのことよりも、
上条「どうだ。俺の味だって、ちっとばっか響くだろ?」
美琴「――ばか……」
当麻が料理に籠めてくれた愛情や優しさ、
口ではそんなことを言ってしまっても、私の表情は間違いなく、にやけきっているに違いない。
この愛すべき馬鹿は多分、いや、きっと狙って言ったんだろう。
最近は私にだけ、狙ったような甘い言葉を投げかけてくれる。まあ半分は相変わらず無自覚なんだろうけど。
それでも、それでなくても、当麻の気持ちは私の心に十分伝わってくる。
美琴「あ、あたりまえじゃない、そんなの。当麻だって自炊経験、長いんでしょ? だったら美味しいに決まってるじゃない」
上条「そう言ってもらうと嬉しいんだけどさ……」
最近はあまり見ることも無かった、当麻の自信無さげな表情と弱気な言葉に、
美琴「ど、どうしたのよ? いきなりそんな顔しちゃって」
上条「――実はさ。記憶喪失のおかげで、自分が作る料理、本当にこれでいいのか、わかんねーんだ」
美琴「え?」
当麻の記憶は、経験に起因する部分を失くしたため、知識はあっても、それがどんなものなのかはわからないのだとか。
つまり『カレー』は知っていても、それがどんな味なのかがわからない。どんな味のものが『カレー』なのかがわからない。
知識として味を知っていることと、経験として味を覚えていることはまた違うらしい。
上条「――自分で作る料理の味が、さ。本当にこの料理の味がこれで間違いないのか、よくわかんねーんだよ」
美琴「そう……なんだ。で、でも、味見して口に合えばそれで良いんじゃないの?」
上条「俺やインデックスなら、食えりゃそれでいいんだけどな。ちょっと他の人には怖くて出せねーよ。でもさ……」
じっと私の瞳を見つめてくる当麻。
優しさをも湛えるその真っ直ぐな力強い視線に、私の胸はすでに、当麻への愛しい気持ちであふれそうだった。
この愛を、この気持ちを、すぐにでも当麻に返したくて私の胸は張り裂けそうだった。
そんな風に感じたのは、当麻からそれほどたくさんの愛をもらったからだろう。
上条「――それでも美琴だったら、俺の気持ちとか、ちゃんと分かってくれると思ってさ」
私のことを想い、信じてくれている。頼りにしてくれている。
もうその言葉だけで十分だった。
美琴「――――うん。当麻の気持ちも、愛情もちゃんと伝わったよ」
真っ直ぐに私の気持ちを伝えようと。大好きだから。愛してるから。
いつだって当麻には素直で、正直でいたいと思ったのだから。
美琴「――あのね、実はさっき、気付いちゃったの」
上条「え?」
美琴「私、ホント、バカだなーって。気付いてなかったんだなーってね」
上条「ど、どうしたんだ、いきなり?」
美琴「こんなにも当麻に愛してもらってたのに、それに気付かないで、自分の愛情を押し付けてただけ、だったんだなって」
上条「そんなことはないぞ! 俺はずっと、美琴に感謝してるんだ。――こんな俺を、好きになってくれて。愛してくれて。幸せにしてくれて、さ」
美琴「ううん。私の方こそ当麻に感謝してる。こんな私を受け止めてくれて。好きになってくれて。愛してくれて。幸せにしてくれて、ありがとうって」
当麻の黒い瞳をじっと見つめながら。言葉だけでは言い表せない気持ちを視線に込めながら。
ふと気がつけば、テーブルを挟んで反対側に座っている、当麻の顔が赤く染まっていた。
上条「美琴。――あ、愛してるぞ」
美琴「え? あ? ――わ、私もよ、当麻」
ぼそりと、囁くように漏らした当麻からの愛の言葉。
こうして付き合うようになる前には、一度たりとも聞くこともできなかった愛の囁き。
それをこうして間近で言われる度に、じんわりと心の隅々まで染み透り、ますます当麻への愛しさが募っていく。
上条「俺さ、美琴とだったらこの先もずっと、手を携えていけるんじゃないかって思ってるんだ」
美琴「私だってそうよ。この先も当麻と一緒なら、何があったって乗り越えていけるんだって」
アイツとの間にあるこのテーブルが邪魔だけど、今だけはそれに感謝したい。
当麻の胸に飛び込んで、そのままキスをと思っても、にんにく料理を食べたばかりでは、いろいろと台無しになってしまいそうだから。
おかげで私の理性もかろうじて、この場に留まっている。
なのに、
上条「あのさ……」
当麻がなにやら恥ずかしそうに言葉をつなぐ。
上条「只の高校生が一人前な口を利くなと言われそうだけどさ。――美琴、いつか、本物の家族になろうな?」
美琴「あたりまえじゃない。私は当麻以外の人と一緒になるつもりもないし、なりたくもないわ」
私も当麻も、まるで熱に浮かされたようにとんでもない事を言っているように思えたが、そんなことはもはや些細なことだ。
身体の奥底から、なんだか熱い想いがふつふつと湧き上がるような気がするのは、きっとにんにくのおかげ、ではないだろう。
今、この瞬間だけは、二人の心が確かに繋がっているように感じているのだから。
美琴「だって、私はこれからもずっと、当麻と同じ道を進むんだって決めてるんだから、ね?」
上条「そっか。そう……だったな」
まるでその言葉を待っていたかのように、アイツが破顔一笑する。
上条「あの時だってお前、言ってたもんな。――アンタと私は同じ道を進んでいる、ってさ」
美琴「な、なななな……何よ、いきなり。――って、あの時?」
上条「ああ。俺にはあの言葉が、美琴と一緒の未来を考える切っ掛けにもなったんだからな」
あの時の私は、当麻を破滅の運命から引っ張り上げることに必死で、どうしたら自分の思いが伝わるのかで頭が一杯だった。
そんな中で、ようやく伝えることが出来た言葉を、当麻は覚えていてくれた。
当麻の胸の奥にはずっと、そのことが残っていたんだろう。
私の言葉が、確かに当麻に届いていたことを実感して、胸の奥がツンとした甘酸っぱい感傷と、じんわりと温かな想いで一杯になる。
美琴「よかった。あの言葉、覚えていてくれてたんだ」
上条「もちろんさ。俺はあの時の美琴の言葉に救われたんだからな。忘れられるわけがねえよ」
そう言った当麻の瞳に、きらり、と光るものが見えた気がして、私はもう我慢できずに抱きついていった。
美琴「ご、ごめんね。にんにく臭くって」
上条「いやいや、俺の方だって」
とはいうものの、口臭だけはやっぱり気になってしまうから。
吐息を相手に向けまいと、顔だけはそっぽを向きながら、抱きしめ合っている構図なんて、傍から見れば実に滑稽だろう。
そんな姿を想像するだけで、お互い、苦笑いしか浮かばなくて。
美琴「や、やっぱりちょっと締まらないわね」
上条「そうだよな」
どうしたってそれらしい雰囲気にならないし、なれない私たち。
残念なような、それでいてちょっと安心なような複雑な気分にさせてくれる。
美琴「じゃ、じゃあ、お風呂入って、歯を磨いたら……その、ね?」
上条「ああ。そのときはもう少し、こうして、な?」
起き上がろうとする私を、当麻が抱きとめた。
上条「――あのさ、その前に、ちょっとだけ、いいか?」
美琴「え? なに?」
口ごもるように当麻が私の耳元で囁いた。
上条「これからも美琴には、世話をかけるだろうし、いろいろと巻き込んじまうかもしれねーけど……」
世話をかけられるのも、かけるのもお互いさま、じゃないかと思う。
むしろ私としては、当麻のお世話だったら、いくらでもしてあげたい。それこそ衣食住から、身の下のお世話までも。
当麻が私に向けてくれるものなら、愛情でも欲望でも、なんだって受け止めたいのだから。
美琴「今更よね。こうして一緒にいるんだもの。むしろ……」
だからちょっとだけ、わがままを言ってみてもいいよね?
美琴「――いろいろ巻き込んでくれる方が、退屈しなくていいかもね」
上条「お、お前なあ」
ちょっとあきれたような声を上げる当麻。
でもその声の響きが、なんだかとっても、嬉しそうに聞こえたのは気のせい、じゃないよね?
上条「まあ、そう言ってくれるのはありがたいけど、頼むから無茶だけはしないでくれよ?」
美琴「――むぅ。その言葉、そっくりそのまま当麻に返すわよ」
もう一度、当麻の背中へ腕を回すと、想いを込めてぎゅっと抱きしめる。
胸元に頬を寄せるようにくっついて、トクントクンと響いてくるアイツの鼓動を聞きながら。
私は、それだけで、十分に、幸せを感じていられる。
美琴「いっつもいーっつも、一人で突っ走ってくれちゃってさ。――心配するこっちの身にもなれっての」
上条「俺だってさ、美琴に、大切な恋人に何かあったら、それ以上の不幸はないんだぜ? だから本当は……」
美琴「――却下! それでも、私一人蚊帳の外ってのはもうたくさんよ」
この鼓動が消えてしまうようなことが起きたなら、私の鼓動だってもしかしたら一緒に消えてしまうかもしれないと思ってしまう。
不安な気持ちを拭い去ろうと、私は顔を上げて、アイツの顔を覗き込むようにして見つめる。
美琴「――私だって、当麻と一緒に戦えるんだから」
上条「美琴…………」
美琴「お願いだから、ひとりにならないで。お願いだから、私を、ひとりにしないで。それだけは忘れないで欲しい」
私の言葉に、当麻の目が軽く見開かれた。
驚きとも、喜びとも、はたまた恥じらいともつかぬ表情が微かに滲む。
上条「ああ、忘れねえ。何があったって、忘れるもんかよ」
私を見つめてくる漆黒の瞳に、気持ちの高ぶりが感じられる。
上条「――お前のことだけは、絶対に忘れねえよ!」
当麻の瞳に宿る光が、私の身体の奥底に隠していた欲望を、露わにさせるような気がした。
ずっと、ずっと、当麻を困らせたくないからって、私の中で押し殺していたことを、今、この場へと解き放たんとする。
美琴「だったら、お願い。今夜……」
それに気付かされた私は、もはや抗いようのない想いと欲望に身を焦がされる。
理性では抑えが利かない言葉を、感情を、欲望を吐き出そうとする。
料理の中に、黒子のパソコン部品が入っていたわけではあるまいが、この身の中から湧き上がる感情は、たった一つだけだった。
最高の媚薬のように、彼の愛が、私の心を、身体を、その気にさせてしまったのだから。
美琴「――当麻が欲しいの」
上条「み、美琴!?」
驚いた表情の彼に向かって、
美琴「愛情不足なの。愛情不足だから、今夜はもっと、当麻の愛が欲しいの」
言葉にしたことで、私の中で次々と情愛の花が開いていく。
それは、とろり、と私の中からあふれ出て、愛しい恋人のために、今宵、きれいな花を咲かせたいと思わせて。
上条「お、お前、何言って……」
美琴「お願い、当麻。――今夜は、特別な夜に、したい」
そう言って当麻に口付けた。もはや臭いなんて気にもしていられなかった。
当麻の愛を求めて、貪るように唇を蹂躙していく。私の愛を求めるかのように、当麻の方も積極的に応えてくれる。
ありったけの愛を込めた口付けを堪能し尽すと、
美琴「――今度は、私を、料理して?」
当麻の顔が一瞬、びくり、と凍りついたようになったが、すぐにかあああっと赤みが差していった。
上条「み、美琴。――い、今のお前、ちょっと変だぞ?」
そうは言いながらも、当麻の腕はしっかりと私の身体を抱きしめたままだ。
変。確かに、今夜の私は、変なのかも知れない。
だってそれは、
美琴「――当麻のせいよ」
上条「え? ……ええっ? お、俺のせいなのか?」
美琴「そうよ。あんなに、当麻の愛情たっぷりの手料理を食べたんだもの。私の心も、身体も、もっと当麻が欲しいって訴えてるの。だから……」
男の子なんて、ブラジャー投げつけて面食らった所へノーブラで抱きついてやればイチコロ、なんてアメリカ大統領直伝のテクニックを使うつもりなんてないけれど、当麻の弱いところは分かっているから。
潤んだ瞳で想いを込めて、ちょっと下から彼の顔を覗き込むように、上目遣いで。
美琴「――私をこんな風にした責任、とってよね?」
上条「――――ッ!」
私を抱きしめる腕に、力が込められて、同時に当麻の瞳の輝きが変わった。
それまで戸惑い、抗うようだった彼の表情が、急に引き締まった感じになると、
上条「いいのか? こうなったら、もう止まらねえけど、いいんだな?」
私の耳元で囁いた。
優しく、されどちょっと強引に。私をリードしてくれそうな彼の言葉に、心と身体が悦びを訴える。
美琴「いいよ。当麻の好きにして、いいよ。その代わり、私のこと、全部もらってくれる?」
上条「ああ。美琴のこと、俺が全部もらうよ。――これからもずっと、俺だけのものにするからな」
電撃のように、背筋をゾクゾクとしたものが駆け抜けた。
じっと見つめてくる当麻の視線が、私の中の女を刺激している。
これから、身も心も結ばれるのかと思うだけで、初めてを迎える不安よりも、むしろ嬉しさに胸の高鳴りが治まらなくなりそうで。
美琴「うれしい。当麻、好き……大好き、愛してる」
上条「俺もだ。好きだ、美琴。愛してるよ」
愛してるだなんて言葉、こんなにいっぱい、口にする時が来ようとは思ってもみなかった。
これから訪れるであろう、彼と一つになれる瞬間が待ち遠しい。
今度は、当麻のほうから唇を寄せてきた。熱い吐息が、彼の体温と愛を私の身体に伝えてくる。
――だけど、一緒に伝わってきたものは、それだけじゃなかった。
ああ、その…………やっぱり、
美琴「――お願い、ちょっと待って、当麻」
上条「あ? え、え……ええっ?」
顔を寄せてくる彼を、両手で押しとどめた。
キスの直前に止められた当麻が、おあずけをくらった犬のように情けない顔をする。
彼にそんな顔をさせるのが申し訳なく思うけど、
美琴「続き、お風呂へ入って、歯を磨いてからじゃダメ、かな? やっぱり臭いが、その……ね?」
上条「…………ふぅ。そりゃそうだよな。ごめんな。俺、そこまで気が回らなくてさ」
いい雰囲気に水を差すような私の要望にも、当麻は苦笑いを浮かべながら聞いてくれた。
美琴「ううん……私こそ、ごめんね。――でも……その、初めて、だから、きれいな身体で愛し合いたいの」
だからこそ、きちんと、勘違いや誤解のないように気持ちを告げる。
じっと目を見つめて、私の願いが伝わるように彼の手を握って。
上条「――じゃ俺、食器の後片付けするから。美琴は風呂の用意を頼むわ」
照れや恥ずかしさにおそわれたのか、当麻が私の手を振り解くと、そそくさと後片付けを始めた。
顔が真っ赤になっているのが、とても可愛く感じられてしまう。
だけど、姿勢がちょっと前かがみになってるのは、どうしてなのかしら?
カーテンの隙間から、ベッドに差し込む光が、まるでスポットライトのように私を照らしていた。
その光の眩しさに、私は目覚めのときを迎えていた。
美琴「ん、…………もう、朝……よね……」
ぼんやりとした頭で、まどろみから抜け出そうとする。
が、すぐ傍に自分と違うぬくもりを感じて、いつもと違う幸福な時間を堪能することに意識をとられてしまう。
目を開ければ、すぐ間近に、愛しい彼の顔があって。
(こうしてみると、当麻の睫毛、長いのね。あ、うっすらとひげなんか生えちゃってる……)
まだ目の覚めやらぬ彼に抱かれたまま、私はその温かさを存分に味わっていた。
もちろんしっかりとパジャマを身に着けているが、昨夜の肌の温もりを忘れたわけなどなくて。
美琴「………………えへへ…………」
体の中に残る、違和感と彼の愛情の残滓。
当麻のちょっと強引だけど優しいリードに、私はこの身体の全てをさらけ出し、彼に捧げられた。
そんな彼も、初めてだから実はいっぱいいっぱいでしただなんて、営みが終わった後の腕枕で聞かされた。
美琴「――私のために、一生懸命だったんだよね」
腕の中で喘ぐ私を、彼は可愛いと言って一生懸命に愛してくれた。
当麻を受け入れたときには、痛みも出血もほとんどなく、私の身体はむしろ、悦びにうち震えていた。
彼のおかげで私は、初めてを無事に済ませることが出来たのだ。
美琴「ありがとう、当麻。私をもらってくれて……」
上条「…………どういたしまして」
気がつけばまだ、眠そうな目で私を見つめている彼。
彼の視線に、私の中で女が目覚めた。
美琴「…………おはよう、当麻」
上条「おはよう、美琴」
そのまま唇を寄せて、目覚めのキスを交わす。
軽く触れ合うだけの口付けが、だんだんと、深いものへと変わる。
息を継ぐことも忘れ、ただ貪るように私たちは、お互いを味わい尽くしていく。
美琴「んっ……ちゅるっ……んくっ……ちゅっ……あぁ、はぁ。はぁはぁ………」
上条「んん……ちゅっ……くっ……ちゅぱ……ふぁっ、はあ。はあはあ………」
顔が離れた瞬間、当麻との間に銀色の糸がつぅーっと引かれる。
この瞬間、ひとつになることの幸せな記憶と、抗いがたい淫猥な欲望が私の心を支配していく。
美琴「…………ねえ」
上条「ん? どうした?」
それは、お腹のところに当たる、ちょっとした感触も理由だったのかもしれない。
昨夜、当麻が前かがみになっていた原因なのだと、この時初めて理解した。
美琴「あたってるんですけど」
上条「あ? …………ええと、これはその、なんだ。朝の生理現象、でして……」
私を女にしてくれた、当麻の、当麻。
愛と幸せと快感を、私だけに語ってくれる、彼の肉体言語器官。
美琴「どう、したらいいの?」
上条「どう、したいんだ?」
どうしよう? などと迷っているうちに、彼がきゅっと強く、抱きしめてきた。
耳元に、甘いささやきを……と期待していたら、
上条「風邪はもういいのか?」
――そうだった。
そもそもは、彼が風邪気味の私のために、手料理を振舞ってくれるだけだったのが、なぜかこんなことになってしまうなんて。
でも、これは私自身が望んだことだから。なにしろ彼の手料理に込められた愛情のおかげでもある。
何といってもそれは、恋の病にすら効く、愛の万能薬だったのだ。
美琴「――うん。おかげさまですっかり治っちゃった」
上条「そっか。良かった」
私の言葉に、当麻が笑顔になる。
その時、ふいに頭を持ち上げた欲望に、私の心は千々に乱れた。
(――してるときの当麻の顔、見てみたいかな? なんて……私、こんな……)
昨夜は薄暗い中でのことだったし、私はほとんど目を閉じて、彼に全てを任せていた。
だから感じている当麻や、達した瞬間の当麻を見てみたいと、私の中に欲望という名の愛が大きくなっていく。
今度は私から当麻を愛したい。もっと私で感じてほしい。もっともっと、私から離れられなくなるほど、気持ちよくなってほしいと。
美琴「私のこと、あんなにもたくさん愛してくれたんだもの。風邪なんてとっくにどっかへ行っちゃったわよ。だから……」
上条「だから?」
美琴「――今度は私がしてあげたいな、なんて、ね? いいでしょ? 当麻ぁ」
彼の耳元に顔を寄せて囁いた。
手をゆっくりと、当麻の……そこへと……のばしていく。
触れた瞬間に、ビクッと反応する当麻が、愛しい。
楽器を奏でるように、優しい手つきで撫でれば、当麻の息がだんだんと荒くなっていく。
このまま彼を、いっぱい愛してあげようと、
上条「……み、みこっ……んあっ……イ、インデックスが、帰ってくるかもしれねーし……うっ……」
美琴「……まだ大丈夫、だから、ねぇ」
甘えた声で誘いを掛けたとき。
『――何が大丈夫、なのかなあ? みこと! とうま!』
背後からの突然の声に、さっと血の気が引いた思いがした。
暑くもないのに、なぜか私の額からは、急にだらだらと汗が零れ落ちる。これが、冷や汗ってヤツよね。
見れば、当麻も青い顔のまま、同じように固まっていた。
ゆっくりと深呼吸をして、声のした方へ振り返るとそこに、
『二人とも、いちゃいちゃするのはそのくらいにしておいて、ちょーっとそこに、な・お・る・ん・だ・よっ!』
銀髪碧眼のシスターがいた。
慈悲深げな笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない。こめかみもなにやらヒクヒクと震えているようだ。
まるで、ブ・チ・コ・ロ・シ・カ・ク・テ・イ・ね、と言われているようにも思えて、余りの迫力に、私も当麻も、上手く言葉が出ない。
それでも、ようやっとのことで、
上条「お、おはよーございます、インデックスさん?」
美琴「あははーー。お、おはよう、インデックス?」
禁書「おはようなんだよ。二人ともその様子だと……今から姦淫の罪について、お説教をしなくちゃいけないのかも?」
いつの間に帰ってきたのかと聞く余裕もなく、いろいろとやらかしてしまったこの状況に、私の頭の中は大混乱の真っ只中。
それでも当麻が脱出路を探るように、おずおずと言葉をつないでいった。
私も同じように逃走経路を探して、とにかく頭を働かせようとするが、
上条「え? いやいや姦淫だなんて……そんな」
美琴「そ、それに私たち、十字教徒じゃないんだし……」
そんな私たちへ、すでに説教モードのインデックスがたたみかけてくる。
禁書「こもえが言ってたんだよ。――上条ちゃんはあれで結構やんちゃなんですから、何かあったら、すけすけみるみるの刑なのですよーって」
上条「ひぃっ!?」
禁書「くろこも言ってたかも。――お姉様も調子に乗って、上条さんと間違いを起こしたときは、洗いざらい寮監にぶちまけますのって」
美琴「えええっ!?」
(――これは何とかこの場を乗り切らないと、いろいろとまずい事になりそうよね)
私は当麻と顔を見合わせると、とにかくなんとか打開策はないものかと互いに目と目で会話する。
この場を乗り切るため、二人で力を合わせ、彼女を取り込もうとして。
上条「え……いや、その前に、だな。――俺たち、朝ごはん、まだなんだ」
美琴「そうそう。だから朝ごはん、作んなきゃいけないの。――インデックスも一緒に食べるでしょ?」
禁書「も、もちろんなんだよ! お腹いっぱいごはんを食べたいな!」
美琴「はいはい。じゃあ今から準備するね……」
やっぱり彼女には、食べ物の話題が一番効果的ねと、当麻に目配せをする。
彼からは、このまま上手く誤魔化せば、なんて返事が、視線を介して伝わってきた。
私は素知らぬ顔で彼女の横をすり抜けて、キッチンへと足を向ける。
やれやれどうやら上手くいきそうだと、少しだけ気を抜いたその時だった。
ぽんっ、と肩をひとつ叩かれて、振り返ってみれば、氷のように冷たいインデックスの表情がそこに。
禁書「――だからって、誤魔化されたりなんかしないからねっ! みことっ! とうまっ! 二人ともそこに正座するんだよっ!!」
上条「ふ、不幸だあああ!!!」
美琴「ふ、不幸よおおお!!!」
本日の朝食は、インデックスのお説教から始まったのだった。
~~ THE END ~~