小ネタ とある少年の左手能力【セカンドスキル】
俺はとんでもない事に気付いてしまった。
けど誰にも言えないので、ここに書き残しておこうと思う。
この事を知ってしまったのは、たまたまだ。
この前メシを作ってる時に、あまりにも横でインデックスが
「おなかすいた!おなかすいた!」ってうるさかったモンだから、
スフィンクスをあやす時みたいに、「あーよしよし。もうちょっとだから我慢しろ」って言いながら頭を撫でたんだ。
右手はフライパンを持ってたから左手でな。
勿論、そんなことでインデックスが大人しくなる訳がない。俺だって、何の考えもなく適当にあしらっただけだ。
ところが、だ。インデックスは意外なほどあっさりと、
「わ、分かったんだよ……」って言いながら大人しくなった。しかも顔を真っ赤にしながらな。
その様子を見て俺はまさかと思ったよ。けど、まだ半信半疑だったんだ。
だから他の人にも試してみたさ。そしたら姫神や小萌先生もインデックスと同じ反応だった。
真っ赤になって俯いたりモジモジしたり、な。
あの吹寄ですら、「今日の貴様と話してると調子が狂う」って言っていた。もう間違いない。
俺の左手には、相手のテンションを下げる能力がある!!!
おそらく精神操作系のこの能力、俺は勝手に 「強制鎮化【インスタントダウナー】」 と名づけた。
レベルは1と2の間ってところか。大した力はないらしいが、それでも能力は能力だ。
いままで身体検査でこの能力が発覚しなかったのは、おそらく右手に宿る幻想殺しのせいだろう。
問答無用で異能を打ち消すこの力は、どうやら生まれつき俺が持ってたモノみたいだし(しかも原石でもないらしい)、
この強制鎮化こそが、時間割りで得た俺の本当の能力なのだろう。
多重能力者は理論上不可能なはずだが、俺にはどういう訳か二つ能力がある。
もしこの事がバレたら、俺は一生実験動物扱いされるかもしれない。
よってこの事実は、誰にも言わずに墓まで持って行こうと思う。
―――――――
ある日の放課後。いつもの帰り道で、いつも通りばったりと会う人物がひとり。
「ちょっと!! 待ちなさいよアンタ!!」
そしていつも通り怒っているこの娘は、常盤台のレベル5、御坂美琴だ。
怒っている。そう、美琴は何故かつねに怒っているのだ。
この前は、「何でいつも私のメール、スルーしてんのよ!」と怒られた。
その前は、「……ちょっと、隣の女性はどこの誰なのかしら…?」と怒られた。
そして今日は、「遅いわよ! 何やってたの!?」と怒られた。
「いやだから、別に待ち合わせしてた訳じゃないだろ? 美琴もわざわざ俺を待ってなくていいって」
「は、はあ!? べべ、別に待ってたわけじゃないわよ!! 何勘違いしてんのよ馬鹿!!」
理不尽だ。
何でこう意味不明な理由で、毎日怒鳴れるのか俺には理解できない。
だがもう今までの俺とは違う。今の俺には、相手の怒りを抑え、心を落ち着かせるという能力があるのだ!
俺はインデックスの時のように、美琴の頭を撫でながら声を掛けた。
尤も、この行動を俺は後々後悔する事になるんだが……
「あーその…悪かったな美琴。許してくれよ。な?」
すると美琴の顔がみるみる赤くなっていく。やっぱりこの力は本物だ。
しかし顔が赤くなるのは何でだろう……
体温を上昇させるか、もしくは血液の循環を良くする追加効果【アビリティ】でもあるのかもしれない。
「にゃっ!? い、い、いきなり何すんのよ!!」
うっ…確かにいきなり頭を触ったのは不自然だったかな……
けど強制鎮化の事は誰にも言えねぇし、えっと…何か言い訳……
「あ、あー…美琴の髪ってさらさらしてんなーと思ってつい、な。悪い、嫌だったよな」
「べ、別に…嫌なんて…言ってないじゃない………」
う~ん…何かゴニョゴニョ言ってて聞き取りにくいけど、まだ文句言ってるみたいだな。
美琴にはこの能力、あんま効かないのかな?
……あっ! そういえば美琴って電磁バリアか何かで、精神操作が効かないって聞いた事あったっけ!
って事は頭を触ってもあまり意味は無いのか……だからって、他んところを触ったら変態扱いされかねないしな……
おっ! そうだ!!
「なぁ、折角だからこうやって手ぇ繋いで歩かないか?」
「て、ててて手ぇぇぇ!!?」
手なら触れてても何の不自然も無いだろうしな。けど、美琴がOKしてくれるかどうかが問題なんだよな。
「ダメ…かな」
「ア…アン…タがそう…したい…なら、わ…私は…別に……」
おお! 効いてる効いてる!!
正直、右手以外で美琴に触れるのは、かなり危険ではあるんだが……
「そ、そう言えば……そにょ…アンタの左手握るにょって…は、初めて…かも……」
やべっ! ちょっと疑ってらっしゃる!?
「ほ、ほら! 右側車道になってるだろ!? 危ないからさ!!」
「しょ、しょんにゃにしんぱいしにゃくったって……
わた、わたひはれべるふぁいぶにゃんらから……じぶんにょみはじぶんでまもれりゅんらから……」
「そんな事言っても、美琴は女の子だろ?
大丈夫だって! 何があっても俺が護ってやっから! こういう時は男にカッコつけさせてやってくださいよ」
うまくごまかせたかな、と思うと同時に、俺はある事に気付く。
……何か、美琴の喋り方おかしくなかったか?
「み、美琴…さん?」
「…ふ…ふ……」
ヤッベェェェェェ!!! これいつものアレだ!!!
てか強制鎮化は!!? 俺の左手には相手のテンションを下げる効果があるんじゃなかったのか!!?
そ、そうだ! 幻想殺しで…って、握ってんの左手じゃぁぁぁぁぁぁん!!!!!
(※この間0.2秒)
「ふにゃー」
「あぎゃびゃぎゃびゃぎょぎゅびゃああああああああ!!!!!!!」
―――――――
気が付くと、そこはいつもの病室だった。
医者からは、「毎度毎度エキセントリックな体験をしているね?」と皮肉を言われた。
ちなみにこの後の検査で、俺の左手には何の能力もない事が判明した。
身体検査は正確だったのだ。美琴をはじめ、他の女の子達のあの反応も、結局は何らかの偶然だったらしい。
今回の件で得た教訓が三つある。
一つは、何事も調子に乗ってはいけない。
一つは、分からない事はとりあえず先生に聞く。
そしてもう一つは、美琴には右手以外で触れてはいけない、という事だ。