(無題)
(無題) | の続編です。 |
私の予知能力は、そこそこの確率で当たるということが分かった。
当たる確率は大体70%。
素人の付け焼き刃にしては、充分及第点と言ってよい数字なはずだ。
この予知能力について、
『正確には電流で強制的に脳波をΘ波化し、予知能力者と近い状態に云々』
という解説をしようとしたものの、当麻が顔面を蒼白にして
「無理だ、不可能だ……俺には理解できない領域だ……」
と、ブツクサブツクサ言うので、強制的に話を打ち切った。
そして、例の『BSS事件(Broken Sexual Spring事件)』以降、毎朝の占い(便宜上そう呼んでいる)が日課となった。
当麻は
「美琴が占って(便宜上ryくれるんなら『不幸』とはもうオサラバだな!ひゃっほう!」
と、狂喜乱舞していたが、現実はそう甘くなかった。
たとえ中途半端とはいえ、私は『予知』を行っている。
『予知』とは、読んで字の如く、これから起こる事象を『予め知る』のである。
私が知り得るのは『結果』であって『過程』ではない。
つまり『これから起こる事象』を当麻に伝えたところで『結果は決まっている』のだから、回避のしようがないのだ。
例を挙げよう。
『道・黄色・転倒』と、予知した事があった。
当麻は、
「ああ、道にバナナの皮が落ちていて滑って転ぶんだな」
と、身構えた。
その後どうなったのか。
予定調和…
ぬるぽ…
ピッコロさんの登場…
「あれれ~?なにか落ちてるよ~?」
「こんなところにいてられるか!俺はこの別荘を出るぞ!」
「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……」
「お前ら押すんじゃねえぞ!絶対だぞ!」
「俺がやる→じゃあ俺がやる→じゃあ俺が→どうぞどうぞ」
等々。
表現方法は多々ある。
要するに『お約束通り』だった。
当麻は、道に落ちていたバナナの皮で、滑って転んだのである。
今時、漫画かラノベかSSぐらいでしかお目にかかれない、冗談のような展開だが、
本当にそれを実現させてしまうのが、当麻の『不幸』だからこそなし得る技なのである。
以降、『不幸から救ってくれる神の御言葉』という、盲信的なまでに最高級の格付けだった評価は、
『本当に当たるノストラダムスの大予言』という、恐怖の代名詞的評価にまで墜ちた。
ギリシャ国債もびっくりの急暴落である。
ムーディーズだってここまで酷な評価はしないだろう。
それでも当麻は、毎朝毎朝性懲りも無く、私に占い(便宜上ryを頼んできた。
当麻曰く、
「イザって時に身辺整理が出来るから」
という、半分洒落になっていない回答が返ってきた。
物わかりが悪いと言うべきか、打たれ強いと言うべきか、マゾヒズムと言うべきか。
私には踏み込む事が出来ない次元にいるようだ。
朝、7時30分。
食卓には、トースト、目玉焼き、簡単なサラダ、そして、お揃いで買ったマグカップが並んでいた。
私が常磐台中学を卒業し、高校に進学し。
次いで当麻がとある高校を卒業し、大学に進学し。
誰からの文句も、指導も、指図も、命令も、アドバイスも受けず、
磁石のS極がN極に引かれるような、そんな自然さで同棲を始めた私達。
そして、同棲を始めてからというもの、ほぼ毎朝同じ朝食のメニューが並んでいた。
私が半分のトーストを食べ終わる前に、当麻は1枚のトーストと、目玉焼きを食べ終わる。
私が目玉焼きを食べ終わる頃には、当麻はもうサラダを食べ終わり、食後の珈琲を淹れている。
でも、猫舌な当麻が珈琲を飲み終わる頃には、私は既にマグカップを空にして、ふうふうしている当麻を眺めている。
毎朝行われる追いかけっこは、いつも私の勝利に終わる。
あちあち言いながら珈琲を飲みきった当麻は、今日も今日とて占い(便ryを頼んでくる。
「美琴様!今日の一発、お願いしまっす!」
「ちょっと待っててね……」
私はむむむ……と、頭頂部に意識を集中させ、予知を始めた。
やがて、ぞわぞわとした感覚の後、ぱっとイメージが降りてくる。
「『部屋・抹茶色・泣く』らしいわ」
「なるほど、さっぱりわからん」
当麻は腕を組んでうんうん唸っていた。
私にもチンプトンでカンプトンだった。
「にしても『泣く』って縁起悪いなあ」
「私を泣かせるようなことがあれば……ね?」
「…………善処します」
私の鋭い眼光に射抜かれた当麻は、ぶるるっと身震いさせ、絞り出すように声を出した。
程なくして体勢を立て直した当麻は、すっくと立ち上がり、鬼軍曹の命令に答える慇懃な兵卒のように、
「不肖、上条当麻!今日は全身全霊をもってお祝いさせて頂きます!」
「うむ!余は期待しておるぞ!」
「ははっ!死力を尽くしておもてなしさせて頂きとう御座いまする!……お財布の許す限りですが」
そう。
今日はお祝い、私と当麻が付き合い始めた記念日なのだ。
お祝いとして、洒落たイタリア料理屋でディナーを頂くことになっている。
いつもは『ゼイタクは敵だ』の精神で節制に勤しむ当麻も、今日ばかりはお財布の紐を緩める覚悟を決めたようだ。
というか、ここでチマチマと『エンゲル係数』やら『イタリアンならミラノ風ドリアでも……』
なんて小姑臭いことを言おうものなら、即刻『零距離超電磁砲キャッチボール(Ver.一方通行)』を開始してやる。
『武士は食わねど高楊枝』という訳ではないが、こういう時にこそ男気を見せつけて欲しいものだ。
それにしても、あの『学園都市第一位・一方通行』に立ち向かい、しかも打ち勝ってしまった男が、
毎晩の食費に戦々恐々しているという状況は、何とも滑稽極まりない。
これでは、一方通行に敗れた私の努力、ひいては妹達の犠牲が報われないのではないか。
学園都市の為、妹達の為、そして、私自身のプライドの為、私は当麻に『人道的支援』を持ちかけた。
「ねぇ当麻。お金の心配ならしなくてもいいのよ」
私が、子供を諭すような声で言うと、
「ありがとな、美琴。でも、美琴のお金は別にとっといてくれ」
当麻は、柔和な笑みを浮かべながら、やんわりと断りを入れた。
しかし、そのふわふわとした表情の中に垣間見える、
『美琴には断固として頼らない』
という、牢固で、優しくて、無慈悲な意思が、私の心をぺりぺりとささくれ立たせる。
私は苛立ちを隠すことができず、語気を強めてしまう。
「どうしてよ?こう言っちゃアレだけど、私の奨学金なら……」
「いや、いいんだ」
当麻は、羽毛のように優しげな声色で私の言葉を遮る。
しかし、その後の言葉がうまく紡げないようで、うごうごと口ごもってしまった。
「何よ。もったいぶってないでさっさと言いなさいよ」
さらに語気を強めた私が詰め寄ると、当麻は表情を固め、意を決したように咳払いをし、
「式の為に、な。お金を貯めておきたいんだ」
「シキぃ?アンタ金獅子海賊団の舎弟にでもなったの?」
私が嘲るように言っても、当麻は真剣な表情を崩さずに、私の顔をじいっと見つめている。
「俺達、お世話になった人達が世界各地にいるだろ?だから結婚式は豪勢にしたいと思ってな」
そう言って私の肩を抱き寄せ、頭をぽんぽんと撫でながら、耳元に囁いた。
「美琴には辛い思いさせるかもしれないけど、もう少し我慢してくれないか?」
ああ。
くやしい。
こんなこと言われて、無下に出来る女がこの世にいるわけがない。
ちくしょう。
これだから、この男から離れることが出来ないんだ。
どうして。
たった一言囁かれただけで、ここまで気分が高揚し、昂進し、興奮しているのか。
もどかしい。
おへその下の部分が、じんじんと熱を持っている。
ああ。
今すぐにでも衣服を剥ぎ取って、熱源を掻き回して、貫いて、鎮めてもらいたい衝動にかられる。
「ねえ、当麻……」
声が甘い。
またしても、『あの』私が首を擡げはじめているようだ。
自分でも衝動を抑えることが出来ず、当麻の下腹部へじりじりと躙り寄る。
そして、目の前にはベルトのバックルが。
「うげ、もう8時過ぎてるじゃん!悪い美琴!遅刻しちまうから先出るわ!」
突如として朝の支度にとりかかり、どたばたと家を出る当麻。
ひとりぽつねんととり残された私。
「当麻の、バカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫が、空虚な部屋にこだました。
日付が変わって8時間と14分。
目が覚めてから2時間と5分。
私は早くも泣きそうだった。