(無題)
背中に人肌の暖かさを感じて心地いい。このままずっとこうしていたい。
このままベッドの中沈んで溶けていくような感じがした。
―――って!!
飛び起きて振り返るとそこには御坂美琴が寝ていた。
タオルケットから覗く肩にはキャミソールの細い紐が見えるだけで、目のやり場に困る。
夢じゃなかった。俺は御坂としてしまった。
御坂は彼女でもなんでもない。そうだ、付き合ってすらいないのに。
本当に最低な状況になってしまったと思った。性欲に流されて後先考えずしてしまった。自己嫌悪が重くのしかかる。
それ以上に実に不可解だった。何故御坂は付き合ってもいない人間と、好きでもない人間とできてしまうのか。
それなのに・・・初めてだったようだ。俺も初めてだったけど、女の子の初めては痛みが伴うものだし、重みが違う。
ベッドの下にトランクスを見つけてとりあえず履く。
自分の家である以上、いやそうでなくても逃げるわけにはいかない。
「御坂、起きろ。」
御坂の肩を揺らす。
「んん~・・・・眠い・・・」
いつもと違ったふにゃふにゃとした喋り方猫のように縮こまる。
思わず胸の奥がきゅうっと絞られるような感覚に陥るが、そんな場合ではない。
御坂が薄目を開けてこちらを見る。3秒ぐらいじっとこっちを見つめていたが、サッと目を逸らしてまたタオルケットをかぶりこんだ。
気まずい。御坂も同じように感じてるようだ。
「ね、ねぇ・・・下着探したいからちょっと目瞑っててくんない?」
「あ、ああ。」
目を瞑って壁側を向いてベッドに腰掛ける。
後ろでシーツがこすれる音が聞こえて落ち着かない。
下半身では毎朝恒例、朝の生理現象が起こっていて御坂のほうに向くのは気が引けた。
収まるまでしばらく下着が見つからないでほしい。
「もういいわよ」
振り向くとキャミソールとパンツだけの御坂がタオルケットを羽織っているだけだった。
「その格好も十分目に毒なんですけど。」
「別に、昨日散々見たでしょ。何を今更。」
「昨日まで処女だったのに恥じらいはどこにいったんでせうか?」
「うっさいわね!中3にもなればみんな平気でしてるわよこんなこと。別に初めてとかそんなに感慨深いもんじゃないし。」
「お前、周りに遅れ取ってて恥ずかしいとか、そんな理由で俺としたのかよ?!」
「違う!・・・違う、けど。遅れとってて恥ずかしいとかじゃない・・・」
さっきまでは自己嫌悪に苛まれている俺に対して御坂はあまりにもあっさりしてて拍子抜けしたし、今度は急にしおらしくなるし調子が狂う。
いつだってこいつは俺を振り回す。
「・・・じゃあなんであんたは私としたのよ?」
「それは・・・」
言葉に詰まる。御坂がご飯を作ってくれて、一緒に食べて、それでテレビ見てて、なんかおかしな空気になってきてそのまま・・・何でって言われたらそりゃ状況に流されたとしか言いようがない。
「ほら、あんただって結局ノリでやっちゃったわけでしょ?偉そうに言うんじゃないわよ。私だって空気に流されただけなんだから。」
まるで冷たい氷を押し付けられたかのような言葉。御坂はこんな奴だったのか?友達としていい奴だと思っていても性的な感覚のだらしなさなど想像したこともなかった。
「俺以外の奴ともこういうことすんのか?」
「っ・・・わ、わかんないわよ。別にあんた以外に親しい男もいないし、先のことなんか全然わかんないっ。」
御坂はわざと投げやりに喋っているような気がした。
自分を大切にしろよなんて俺には言う資格がない。白井にバレようものなら殺されてもおかしくない。何も返す言葉が見つからなかった。
「シャワー借りるね。昼から用事あるしすぐ帰る。」
御坂はバスルームへ消えていった。
シャワーの音が遠くで聞こえる。俺は何もする気になれなくてベッドに腰掛けたまま呆然としていた。
ふと浮かんだのは海原のことだ。
御坂と、その周りの世界を守る―――
そう約束したのに御坂を汚した。合わせる顔がない。
もしかして御坂は海原とも昨日みたいに流れでしてしまうんだろうか。
そう考えると胸の奥がモヤっと黒く濁ったような気がした。
御坂は美人でお嬢様で努力家で誰もが憧れるレベル5だ、その一方でレベル0の落ちこぼれである自分と壁を作らず接してくれる気さくさもある。当然寄ってくる男だってすごい数で、その中にはとんでもない完璧超人だっているだろう。
いずれ俺とは比べ物にならないハイスペックな彼氏を作って俺との関係などなかったことになるのだろう。昨日の夜のことなんてなかったことに。
俺は昨日の夜のことを忘れられそうにないのに。
「なにその捨て犬みたいな情けない顔。」
いつの間にか御坂はシャワーを終え、キャミソールにいつもの短パン姿で立っていた。
「お茶もらうわね」
そう言って冷蔵庫を開いてお茶を注ぐ。その表情は冷蔵庫の扉に隠れて見えない。
「そんなに自分を責めなくても私は全然気にしないから。アンタは悪くない。・・・私も悪くない。そうでしょ?」
語尾はかすれて消えそうだった。
「ごめん・・・」
「謝らないでよ。悪くないって言ってんでしょこのバカ!」
冷蔵庫の扉が乱暴な音を立てて閉まる。
御坂は苛ついた顔で床に落ちた制服を拾い、身にまとってゆく。
「こういうのやめたほうがいいよね。ここに来るのも良くないか。アンタだって彼女ぐらいいずれ出来るんだろうし、彼女でもない女が出入りしてるって絶対良くないし。・・・うん、だから」
「みさ・・・」
「美琴センセーのおいしいご飯が食べれないのは残念かもしれないけど彼女できたら作ってもらえるわよ。アンタも一人暮らし長いからご飯には困らないだろうし。」
「御坂・・・」
「昨日のことはお互い忘れましょ。」
「御坂!」
「うるさい。大きな声出さないで。じゃあね。」
御坂は振り向きもせず真っ直ぐ玄関に向かって歩いていく。
俺はようやく立ち上がって御坂の腕をつかむ。
「待てよ!」
掴んだ腕から小刻みに震えているのが伝わってきた。
「お前・・・」
「離してよ!」
大声で叫ぶとひっく、ひっくとしゃくり上げ始めた。
腕をぐいっと引っ張り細い体を目いっぱい抱きしめた。
「忘れるなんてできねぇよ。」
「・・・っ、なっんで・・・」
「もう来ないなんて言うな。」
「・・・ひっく・・・」
「お前が他の男とあんな風にするのもいやだ。」
「しないわよ・・・グスッ・・・アンタ以外とっ、考えられない」
「ちゃんとしなくてごめんな、初めてだったのに。俺は・・・お前が好きみたいだ。」
「うう・・・嘘だぁ・・・信じないそんなのっ・・・」
「嘘じゃない。好きだ。このまま終わりはいやなんだ。」
「うああああ・・・!」
御坂は俺の体にしがみつき、子供みたいに泣き出した。
「落ち着いたか?」
「・・・うん。」
俺は御坂の肩を抱き、もう一方の手でサラサラの髪の毛を撫でた。
「ねえ、あんた・・・いつまでパンツ一丁なの?」
「・・・!」
そこでようやく一世一代の大告白をパンツ一丁という間抜けな姿で決行したことに気が付き、思わず不幸だ、と呟いた。