とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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匿名ユーザー

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上条サイド・その後


 見慣れた天井が見える。頭には慣れ親しんだ枕の感触が返ってくる。横を見れば黒子のおかしな寝相と呪詛の様な寝言だ。
 黒子はちょっとおかしいけど、当たり前の日常だ。毎日過ごしているなんでもない朝だ。
 ボーっとしていた頭がはっきりするにつれ、どうしても止められなくなっていく。
 寝返りを打ち、顔を枕に押し付ける。枕をきつく抱きしめても、頬がにやけていくのが止められない。どうしても頬が緩んでしまう。

「はぁ~……」

 枕から顔を少し上げる。思わず息が零れる。
 長くはないが、決して短くない恋心が叶ったのだ。こんな嬉しいため息も零れるのも仕方ない。
 まずい、思い出してますます表情が緩んでいく。そう思って気を引き締めようとするが、全くもって上手くいかない。顔どころか態度の全てがとろん、という音でも付きそうな程に緩む。
 つい昨日の事だ。はっきりと、それこそ映像や写真が頭の中にあるかと思うくらいはっきり覚えている。
 可愛いと言ってくれた。お互い泣きそうになりながらだけど、抱きしめてくれた。
 好きだと言ってくれた。自分も好きだと言えた。
 たったそれだけのことだけど、溢れだすほどに心が満たされた。
 黒子が毛布を被る隣でベッドから出て、自分の机に座り、引き出しからゲコ太を取りだす。昨日、もらった物だ。

「……えへへ」

 ゲコ太を見ながら、彼女は頬を僅かに紅潮させ嬉しそうに笑みを浮かべていた。黒子のベッドから聞こえる重い音も、今は耳にさえ届かない。
 手に持ったゲコ太を見ながら、彼女は一人の少年の名前を愛しむように呼んだ。

「当麻……」

 今まではアイツとかアンタとか呼んでいた上条の事を、今は名前で呼ぶ。
 御坂美琴の毎日が、今まではなかった新しい色が付いて、より一層鮮やかで楽しいものへとなっていく。
 風紀委員の仕事に暗雲を背負って向かう黒子を見送って、時間は過ぎて10時ころ。部屋でゲコ太を見ながら、今日は何をしようかと考えていた美琴の携帯が震えた。
 見れば上条からのメールだった。ベッドに座っていた美琴は思わず正座になって、携帯を両手で持って食い入るように携帯の画面を見る。
 昨日の今日だ。ドキドキを抑えきれず震える指で、携帯のボタンを押してメールを開く。書かれていたのは『今日、デートしないか』という短い一文だった。

「デ、デーっ……!?」

 味気ないながらも、ストレートな言葉に美琴の鼓動が一気に逸る。
 顔を赤くした美琴は、右手で胸を抑え、目を閉じて深呼吸をする。うん、落ち着いた。大丈夫。言葉一つで心を乱してくるアイツのズルさは、ちょっと耐えられないかもしれない。ドキドキしすぎて。
 もう一度メールを見る。けれどやはり、目がどうしても『デート』という言葉を見てしまう。意識して目を移そうとしても、それは数秒ともたず戻ってしまう。

「な、なんて返信しよう……!?」

 黒子がいれば、と思ったが今朝の様子では当てにならない。佐天や初春がいれば助けてくれたかもしれない、とそう思いながらも、美琴は上条からのメールを見ながら、必死に考える。

「『いいわよ』じゃ、ちょっと素っ気なさすぎないかな……」

 あんまり素っ気ないと嫌われるんじゃないかな、と美琴に不安が生まれる。

「『うん♪ 私も大好きな当麻とデートしたかったところだよ』。…………これはダメだわ」

 ハートマークを最後に付けようとしたところで少し正気に返った。

「『別にいいわよ。変なエスコートしたら承知しないわよ?』。って、これじゃ今までと似た感じだし……」

 打っては消して、打っては消してを何度も繰り返す。
 正座のまま、美琴は携帯とにらめっこを続ける。文字を打つ指が止まる事はないが、送信を押す事もまだない。
 正座が少し疲れてきたので、美琴は携帯を脇に置いて足を崩す。その時、ベッドに付いた右手の辺りからカチ、という音が聞こえた。直後に、送信を知らせるメロディー。

「…………………………………え?」



 一気に白くなっていく頭を、美琴はその音の出所へ向ける。
 そこにあるのは予想を裏切る事無く、メール送信の画面があった。しかも既に送信済み。
『うん』というたった2文字が書かれたメール。それが上条へと返信されていた。

「嘘ー!? よりにもよって今のが!? いーやー!!」

 携帯が壊れそうな力で握り込み、美琴は一人部屋で叫んだ。
 崩れ落ち、美琴はそのままベッドに沈み込む。直後に上条から『じゃあ12時にいつもの自販機のところな』と返ってくる。
 失敗だ。大失敗だ。せっかく上条からデートに誘ってくれたというのに、あんな返信を返してしまった。ああ、どうしよう。ものすごく申し訳ないと思うと同時、とても会いたいのにとても顔を会わせづらい。

「どうしよう……」

 枕を抱きかかえ、美琴は涙目で呟く。
 不本意極まりないが、それでもデートに行くと返信したのだ。今更行かないなんて言えるわけが無い。
 嫌われないといいなぁ。そう思いながら、美琴は途端に重くなった体を起こして秘蔵の私服を引っ張り出す。持っている服の大半はホテルの部屋だが、特にお気に入りのは部屋に隠している。
 普段は少し子供っぽくて動きやすい服の美琴も、今では可愛らしい女の子の服だ。年相応、ではなく、ちょっと背伸びした感じだ。
 着替え終えた美琴は鏡を取り出し、髪型をセットする。ドライヤーやアイロンでセットしていくが、中々気に入った形にならず、ヘアスプレーを取りだしてようやくセットが終わる。
 そして香水を付けてみる。仄かに香る匂いに、ちょっとだけ大人になった気がしてドキドキする。
 服、大丈夫。髪型、大丈夫。後何かあったかなと思ったが、化粧をしている訳でもないので、後はバック位だ。
 とにかく、全部大丈夫だ。自分では大丈夫だと思っているが、上条はどう思うだろうと、そう考えたら途端に不安になってしまう。

「へ、変じゃない、よね……?」

 机からちょっと離れて、鏡に映る自分の全身を見る。うん、服も髪も大丈夫。おかしなところはない。筈だ。
 一度不安に思ってしまうと、これでいいのかと決める事が出来ない。他に隠していた服を持ってきて、やっぱりこっちの方がいいかな、と悩み始める。
 結局、服も髪型も変わらず、美琴は今着ている服に決めた。うん、大丈夫、と何度目かの意気込みを胸に秘め、時計を見る。
 11時半。ここからいつもの自販機の所まで歩いて15分ほど。ギリギリだ。

「遅刻しちゃう!!」

 服と一緒に隠していた靴を取りだして、美琴は窓から飛び降りる。私服で出かける所を寮監に見られようものなら、即制裁だ。着地の直前、磁力で壁に張り付き靴を履いてから地面に降りる。
 気付かれない様に慎重に寮から出て、美琴はいつもの自販機のところに走っていく。幸い、信号機に一度も引っかかる事無く、10分と経たず自販機の前に付いた。さらに幸いな事に、上条の姿はない。

「よかった、まだ来てなかった……」

 ホッと胸をなで下ろす。上条を待つのはその時間さえも楽しいので、美琴的には大歓迎だが、上条を待たせるのは心苦しくてしょうがないので嫌だ。
 いつものように自販機に背中を預けて上条を待つ。顔を上げれば、青空にまばらにある白い雲。青一色の空も好きだが、こう適度に雲がある方が、空、という感じがして好きだ。
 空を眺めながら思う。上条はどういう恰好で来るんだろうか。いつもは年相応の恰好だが、今日はちょっと違ったりするんだろうか。もし違ったらそれは自分の為に、なんだろうか。そう思うと笑みが零れる。
 顔を降ろし、美琴はバックから携帯を取り出す。開く画面は今日上条から届いたデートをしようというメールだ。やっぱり、何度も見直したくなって、その度に頬のにやけが抑えきれない。
 次のメールを見ようと、画面を動かす直前に思い出してしまった。あの大失敗メールを。
 重いため息を零し、腕を投げ出して俯く。



「悪い、待たせたか?」

 脈絡なく、上条が横にいた。

「ふにゃぁ!?」

 びっくりして体を大きく振わせる。携帯が手からすっぽ抜ける。

「おっと、ッと、……っと」

 それを上条が危なげだがしっかりキャッチする。
 美琴の携帯をキャッチして一安心している上条の正面、心臓に悪い方の鼓動の逸りのせいで、美琴が息を少し荒くしていた。
 よほどびっくりしたのか、少し涙目になって美琴は上条に詰め寄る。

「アーンーターはー!! そんなに私を驚かせたいの!?」
「わ、悪い! 謝るからその電撃はしまってくれると上条さん嬉しいですあと顔がすごく近くていい匂いしますよ美琴たん!!」

 ハッとして、美琴は動きを止める。
 真正面に上条の赤くなっている顔が見える。鼻と鼻がくっ付きそうな程近い。上条の吐息がくすぐったい。
 時間が止まったかのように2人はそのまま至近距離で見つめ合う。
 次第に美琴と上条の顔は熱を帯びていき、胡乱な表情になっていく。どちらからともなく目を閉じて、顔を僅かに傾ける。
 唇が触れるか触れないかの瞬間、ガサ、と近くから聞こえる。
 体が跳ね上がるほど驚く2人の近くの茂みから、見覚えのある黒い猫が出てきた。その猫を追う様に、美琴に瓜二つの少女が茂みから同じように出てきた。
 茂みから出てきた少女は猫の事も忘れ、密着している美琴たちとしばし見つめ合う。

「けっ、こんな所で堂々と逢引ですか。お熱いですねー、とミサカはあの医者に貰った漫画からセリフを引用してみます」

 やれやれ、といったポーズを浮かべながら、相変わらず分かりにくい表情で言う御坂妹。事態についていけず、美琴と上条は眺めているだけだ。

「む、あの猫の姿が見えません。急いで探さなくては、とミサカは今のお二人の姿をミサカネットワークに流しながら颯爽と去ります」

 言い終わるが早いか、御坂妹は猫が走り去っていった方向に走っていく。ぽかんとしたまま、眺めていた二人は抱き合った体勢のまま言葉を交わした。

「なんだったんだ、今の……」
「さぁ……」

 数秒後、お互い自分たちがかなりすごい体勢で居る事を思い出し、弾かれる様に慌てて離れる。

「………………」

 美琴はしおらしく両手を体の前で合わせ体を小さくして俯く。

「~~~~~!」

 上条は明後日の方を向いて頭を乱暴にかく。
 二人とも共通して顔が赤い。耳はおろか首筋まで赤くなっている。
 両手を前で合わせていた美琴は手を解き、その手は自然と唇へと伸びていった。つい、と指で自分の唇を軽くなぞる。
 あと少しで、自分の唇が上条の唇に触れそうだった。唇に上条の吐息と体温を感じた。それほど、実は触れていたんじゃないかと思うほど近くに、自分と上条の唇は近くにあった。

「……美琴?」

 フラフラし始めた美琴に上条が気付いた。呼びかけても返る声はない。俯いていてよく見えないが、自分の唇に触れている様だ。それで上条も思い出して顔がまた熱くなるが、何とか流す。

「おい、美琴?」

 もう一度呼びかけても返る声が無いどころか、ふらつきが大きくなっていく。あまりい予感はしない。上条は美琴の方に歩み寄っていく。
 近付いてくる上条に気が付いたのか、美琴は顔を上げる。その顔は真っ赤で、正面の上条を見ていた。

「美琴、大丈――」
「ふにゃぁ……」

 漏電した。

「電撃がお返事って怖いですよ美琴たん!?」

 叫びながらも上条は右手でしっかりと電撃を受け止める。
 電撃の嵐がやみ、少し煙を上げている気がする右手の向こうに、倒れそうな美琴の姿が見える。慌てて駆け寄り、上条は倒れそうな美琴を抱きとめる。

「ったく……」
「ふにゃぁ……」



 上条の腕の中ですっかり脱力している美琴。その顔は控えめに見ても緩み切っていて、とろんとしている。とても幸せそうだ。
 美琴のそんな顔に上条も釣られて笑みを浮かべる。このままずっと見て居たいが、まずは美琴だ。少し寝かせようと、上条は美琴を背負いとりあえずベンチを目指す。
 自販機からそう離れていない場所にあるベンチに付いた上条は美琴を先に座らせる。が、体勢がいまいち安定せず、ふらふらして倒れてしまいそうだ。
 なので、上条は美琴から少し隙間を開けて隣に座り、美琴の肩を抱き寄せる様に掴み、自分の方へとゆっくり倒す。
 ぽふ、と美琴の頭が上条の膝に乗っかる。
 緩み切った寝顔を浮かべる美琴。その表情を見ながら上条は柔らかい笑みを浮かべ、彼女の髪をゆっくり、撫でる様に手で梳く。サラサラとしていて、それでいてしっとりと指に絡む髪に引っかかりを覚える事はない。ずっとこの感触を楽しんでいたい。
 自分の膝で幸せそうに寝息を立てている美琴から目を外し、空を眺める。雲が少し多くなったが、まだ青の方が広い。

「こんなスタートになるなんて、上条さんもびっくりですよ……」

 呆れた口調で呟くが、表情や態度はそれを裏切っている。
 本当は、この後一緒に食事に行って、街の中をゲーセンや、美琴が好きそうなぬいぐるみの店や、Seventh_mist に行ってちょっとウィンドウショッピングでもしようと思っていた。
 正直、自分のキャラじゃないと思わないでもないが、デートコースが全く思い浮かばなかったので、ネットに頼った結果だ。
 それでもデートに行きたいという衝動は、どうしても抑えきれなかった。せっかく、美琴と付き合えるようになったのだ。一分一秒でもその隣に居たい。その想いは前にもまして強くなった。

「でも、まぁ、こんなのも悪くないかな」

 頬笑みを浮かべ、美琴の顔を見る。変わらず緩み切った寝顔だ。思わず笑みが零れる。
 何をするでもなく、美琴の顔を見つつ彼女の髪を梳いたり、時々周りを見たりしていると、膝の上で動く感覚がする。
 見れば、美琴が小さく寝返りをうとうとしていた。しかし、ベンチに横になっているから上手くいかず、結局は顔だけを上に向けた感じだ。
 それに少し反応が遅れた上条の指が、美琴の唇に触れた。
 ドキッとして、慌てて手を引く上条。触れた指を見て、そして美琴の唇を見る。

(柔らかかった……)

 少し熱を帯びた視線で美琴の唇を見る。頭もボーっとしてくる。少しずつ、しかし確実に上条の唇は美琴のそれに近付いていく。
 後数センチ。そこで上条は微動し、勢いよく顔を空へと向ける。
 さすがに寝ている相手にこれはいかんと、上条の理性がギリギリのところで踏みとどまった。
 胸を抑え、空を眺めながら上条は逸っている動悸を抑えようと何度も深呼吸をする。何も考えられないほどに動悸が逸っていたからか、

「……この意気地なし……」

 という呟きは届かなかった。
 顔の熱も鼓動もようやく収まってきた頃、上条は顔を美琴の寝顔へと戻す。
 そしてバッチリ、上条と美琴は正面から真っ直ぐ視線を交わす。
 目を見開き、上条は何度も瞬きをする。対して美琴は、困った様に視線を迷わせていたが、上条へと固定する。

「お、おはよ、当麻」
「おま、起きて!? いつから!?」
「え、えーと、その……」

 聞かれ、美琴は答えようかどうか迷った。何せ、目が覚めたきっかけは、上条の指のせいだ。唇に触れられた直後、自分の意識は一気に覚醒した。
 目を開ければ上条と目が合いそうで恥ずかしいので寝たふりをしていたが、それでも、顔が真っ赤になっていそうで、起きているのがばれていないか心配だったのだ。ただでさえ、膝枕に気付いて嬉し恥ずかしなのに。
 しかも、そろそろ起きても大丈夫かなと思った矢先の大接近だ。ますます起きられなくなり、ますます顔は熱くなり、鼓動は耳の奥でうるさいほどに鳴っていた。



「ま、まぁ、そんなこと別にいいじゃない!」

 上条の膝に頭を乗せ、向こうに空が見える上条を見ながら、美琴は手を振って誤魔化した。起きあがり、誤魔化した勢いのまま美琴は言葉を続ける。

「そ、それで、デ、デートって、何処に連れってくれるの?」

 裏返りそうな声を必死に抑えながら言う。その言葉で上条もそうだった、と思いだし立ち上がる。様子から見て、美琴のメールの返信を気にしている様子はない。その事に美琴は胸をなで下ろす。

「あー、えと、なんだ。俺もその、デ、デートって初めてだからよくわかんねぇんだ。だから、とりあえず飯でも食いに行かないか?」

 ちょっとときめいた。お互い初めてのデートらしい。あの時の偽デートとは違い、今度は正真正銘のデートだ。しかも、お互いが初めてのデート相手。
 ちょっとうれしい。

「うん、いいわよ。どこで食べる?」
「このあと、色々歩き回りたいからファミレスに行かないか?」
「じゃあ、私いいところ知ってるわよ」
「本当か? じゃあそこに食いに行こうぜ」

 言いながら、上条は美琴に背を向けて歩き出す。

「ちょっと、道案内の私を置いてくな!」

 小走りで美琴は上条の隣に並ぶ。上条の歩幅に合わせ歩いていると、不意に彼が少し後ろに下がる。不思議に思いつつももう一度隣に並ぶ。歩きやすい歩幅になっていた。
 さり気ない気遣いを嬉しく思っていると、左手が暖かいもので包み込まれる感覚。
 上条の右手で、自分の左手が握られていた。
 それをじーっと見ている美琴の顔が、その表情のまま赤に染まっていく。
 美琴の手を握った上条も、顔を紅潮させ恥ずかしさを堪える表情を浮かべていた。

「…………」

 お互い、顔を赤くして無言のまま歩く。時おり美琴が、開いた手で指をさせば、やはり無言のまま2人はそっちの方へ歩いていく。
 上条も美琴も、何かを話そうとするも、手に返る互いのぬくもりのせいで気恥ずかしさが上回って、何も言えなくなってしまう。
 体も心もこの上なく繋がれているのに、その事実のせいで恥ずかしくなってしまう。嬉しいのに恥ずかしい。このもどかしささえ心地よいのに、これ以上を望もうとして空回りをしてしまう。

「あ、んと、ここ……」
「お、おう」

 目的のファミレスについて、上条と美琴は手を繋いだまま店内へと入る。長い黒髪の店員の少女が出迎えてくれるが、二人を見るとにやりと笑みを浮かべ、何も聞かずに席へと案内する。
 案内されたのは周囲が開いている隅のテーブル席だ。この店のピーク時ではないのか、人がまばらの店内では手持無沙汰の店員も何人かいた。
 メニューが決まったら呼んでくれ、という店員の決まり文句もどこか遠い。向かいあって座っている二人の手には、さっきまでのぬくもりがまだ残っていた。

「な、なぁ」
「ね、ねぇ」

 2人の声が重なる。それでまた沈黙が訪れる。
 決して嫌な沈黙ではない。心地よさがある。けれど、もどかしくてしょうがない。
 話をしたいのに、話したい事があるのに、手を繋いだだけでその全てが吹っ飛んでしまった。中々、言葉が口を突いてくれない。

「メニューはお決まりでしょうか?」

 もどかしさから気まずさに移りそうな空気の中、狙い澄ましたかのように先ほどの店員がメニューの確認に来る。2人は慌ててメニューを開き、注文を終える。
 店員が背中を向けて去ろうとした瞬間、その店員が不意にこちらに振り向く。

「っていうか御坂さん! いい加減気付いてくださいよ!」
「え?」

 店員の声にそっちを見れば、居たのは佐天涙子だった。



「へ!? 佐天さん!? なんで!?」
「ウチの学校の授業の社会体験の真っ最中なのです! あ、初春も厨房で頑張ってます!」

 グッ、と親指を立てる佐天と、それに驚いている美琴を視界に収める上条。全く付いていけないので傍観を決め込んだ。のに、それは一瞬で巻き込まれた。

「それで、そっちの男の人は、彼氏さんですね? 手を繋いでご入店とはお熱いですねー! ひゅーひゅー!」
「なっ!? お願い、それは忘れて!」
「うーいーはーるー! ここに御坂さんとその彼氏さんがいるよー!」
「や、やめて佐天さん!」

 一人盛り上がっている佐天と、それを止めようと右往左往している美琴。止めたいが初対面相手にどうするべきか悩む上条。周りの視線も浴びて恥ずかしさが半端無いので、上条も美琴に加勢する事にした。
 が、上条が参戦する事無く、事態は収拾した。
 佐天の後ろ。上条と美琴から見て正面。店長というプレートを付けた女性が凄まじい笑顔を浮かべて立っていた。
 ただならぬ気配を察知して佐天は振り向くが、その動きはまるで油を差し忘れた機械の様にぎこちない。

「佐天さん? いくらご友人相手とはいえ、今はお客様ですよ? そのお客様に何をしているのですか?」
「い、いえ、あの、それは、ですね……?」
「私も、あなたの学校からあなた達を任されている身ですが、それとこれとは別です。社会の厳しさ、ちゃんと学んでます? 後でお説教しますから」
「…………はい」

 すっかり元気を失くして歩いていく佐天の背中から、2人は店長へと目を移す。謝罪を言って、一礼をしてから店長は佐天の後を追う様に店の奥に消えていく。
 嵐の様な事態に取り残された二人は、呆然と席に腰を落ち着ける。

「なんだったんだ、今の……」
「さ、さぁ……?」

 顔を見合わせる。どちらからともなく、自然と笑みが零れ笑い合う。
 かなり恥ずかしい場面になってしまったが、結果を見れば、いい感じに笑わせてもらった。これも、後になれば笑って話せるいい小話になるだろう。
 それからは頼んだ料理が届くまでは他愛のない談笑だ。思えば、2人は互いの事をあまり知らない。なので、そこからだ。
 急ぐ訳でも無く、その場の気持ちと流れに合わせてゆっくりと。差し当たっての話題は佐天だ。嵐のように場をひっかきまわしていったあの少女には、これから何度も会いそうだと上条は予感に駆られた。
 頼んだ料理が運ばれてきて、談笑しながらの食事を終えた頃。佐天が頼んだ覚えのない料理を持ってやってきた。

「店長が騒がせたお詫びにって事らしいです。あ、これは料金に入ってませんから」

 言いながら、佐天はトレイに乗った巨大なパフェをテーブルの真ん中に置く。
 そのパフェを見ながら、平淡な声で美琴が聞く。

「佐天さん? スプーンがこのやたら長いのひとつしかないんだけど?」
「当然じゃないですか~。それ、カップル専用ですもん。店長さんに、御坂さんたちの事を話したら、じゃあお詫びはこれにしちゃえばいいんじゃない? って」
「店長意外と軽いなオイ!?」

 上条の突っ込みにですよねー、と佐天はトレイを胸に抱えて同意する。

「じゃあ、あたしは仕事に戻ります。ごゆっくり~」

 実に楽しそうな笑顔で仕事に戻っていく佐天の笑顔が、微妙にイラっとくる。
 残った二人は目の前の巨大パフェをどうしようかと、顔を見合わせていた。店員にスプーンを貰おうと見るが、店員が一人も視線を合わせようとしない。
 仕方ない、箸で喰うかと、行儀は悪いが手を伸ばそうとした上条の前、長いスプーンを持った美琴が意を決した。
 長いスプーンで器用にパフェをすくい取り、それを一度見てから上条の方に差し出す。



「あ、あーん……、って言うんだよね?」

 真っ赤で恥ずかしそうで俯いて軽く見上げる様に言う美琴に、上条はふらついた。
 反則だ。好きな女の子の上目づかいは唯でさえ、男を一撃で落としかねないのに、そこに真っ赤で恥ずかしそうな顔で若干涙目、というのが加わってしまったら、もう抵抗のしようがない。

「あ、あーん……」

 上条は差し出されたスプーンを照れを隠す様に少し乱暴に咥える。
 冷たいパフェを食べて口の中は冷えているのに、顔がものすごく熱い。
 パフェを食べれば、美琴がこちらに空のスプーンを差し出してくる。しかもこちらに持ち手を向けて。これは、俺にもやれという事か。
 差し出されたスプーンを見て数秒迷ったが、上条も腹をくくった。

「あーん……、ってやっぱ恥ずかしいなこれ」

 出されたパフェを食べ、美琴もそだね、と困った様な笑みを浮かべて返す。

「やっぱり、スプーン貰うか」
「そうね、そうしましょ」
「すいま―」
「はい、スプーンお持ちしました~」

 店員を呼ぶ前に佐天が普通のスプーンを二つ持ってくる。そのまま長いスプーンを回収し去っていく。去り際、グッ、といい笑顔で親指をこちらに立ててきたのには、後でお説教かなと上条と美琴は思う。というか、確実に狙っていただろ、という確信が二人の胸中にある。

「にしてもこのパフェ、結構うまいな」
「でも、ちょっと量多くない?」
「だなぁ。飯食った後にこの量は結構厳しいな」
「残しちゃうのも悪いし、どうしよっか。って、当麻。クリーム付いてる」
「ん、どこだ? 左? ――取れたか?」
「んもう、ここよ」

 そう言って、美琴はテーブルに身を乗り出し上条の口元に指を伸ばす。そして上条の左、美琴から見て上条の口のすぐ左に付いているクリームを指ですくい取る。

「ありがと、美こ――」

 上条の前で、すくい取ったクリームを舐める美琴。その光景に上条が止まる。

「次から気をつけなさいよね。って、どうしたの? 止まっちゃって」

 当の本人は気付いていない様子だ。なら、自分もここは流すべきだろうと思い、なんでもないと返す。上条は平静を装い、パフェへとスプーンを伸ばす。
 その前、同じようになんでもない素振りでパフェを食べる美琴。内心はドキドキだ。

(わ、我ながら大胆なことしちゃった……!)

 恥ずかしいとか、そんな事を思う前に自然と体が動いていた。前からこういう事をやってみたい願望はあったものの、いざやってみると、やった後がものすごく恥ずかしい。
 なんだ今日は、ずっと恥ずかしがってばかりじゃないか。しかも上条と会ってまだ2時間と経っていないのに。こんなドキドキが毎日続くのか。実はこれ、心臓にものすごく悪いんじゃないかと思わないでもない。

「と、ところで、美琴」
「な、なに?」

 お互い、自分が動揺している事がばれていないと思っているので、必死に平静を装いながら言葉を交わす。

「この後、どっか行きたいとこあるか? 正直なとこさ、適当に街を歩き回ろうかなぁってくらいしか考えてないんだ」
「そうなの? 計画性がないわねー。でも、それだったら私、行ってみたいお店があるのよね」
「じゃあ、これ食ったらそこ行くか。その後は、まぁ、適当にゲーセンでも行こうぜ」
「ま、行き当たりばったりってのも、楽しいわよね」

 目の前の相手がいれば、と上条と美琴は同時にそう思う。
 結局、パフェは全部食べきれなかった。頑張って食べようとした上条だが、アンタの事だらか無理に頑張るとお腹壊すんじゃない? という言葉に逆らえず、諦めた。自分の不幸を考えると、それは確定の未来としか思えなかったからだ。
 店長と佐天の見送りを背に、上条と美琴はファミレスを出て美琴の行きたがっていた店へと、手を繋いで歩いていく。
 どちらからともなく伸びた手はしっかりと指を絡めて互いに強く握り合っていた。
 上条は、ちょっとは彼氏らしい事を行ってみようかと、恥ずかしさを胸に押し込め言ってみた。美琴も、同じ様にそれに返した。

「さて、デートと行きましょうか、彼女さん?」
「しっかりエスコートしなさいよ、彼氏さん?」









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