第八.五章 次の喧嘩を始める前に
目を覚ますと、見知った天井がそこにあった。
何度も寝たことのあるベッド、嗅ぎ慣れた薬品類の臭い、見覚えのありすぎる部屋の間取り。
ここはカエル顔の医者のいる、いつもの病院の一室だ。上条にとってはある種、指定席とも呼べる場所である。
というか、まさに昨日お世話になったばかりだ。(もっとも彼は勝手に抜け出した訳だが)
上 (……トールが運んでくれた…のか? アイツは…グレムリンに戻ったのかな…)
実はまだ、雷神トールは学園都市に潜伏している。
自らの手で開けた脇腹の風穴を治療するためと、
せっかくだからその間に、一端覧祭とやらを見て回ろうかと考えているからである。
まさかトールに変装したオッレルスが、トールの代わりにグレムリンに戻ったなど、上条には思いもつかないだろう。
? 「やっと起きたみたいね」
上 「御坂…か?」
ぼんやりと声のあった方へ向くと、美琴が不機嫌そうにこちらを見ている。
そしてその背中には……
上 「えっと…御坂がおぶってるその子は、どこのどちらさんでせうか?」
美琴の背中に張り付いているその幼女に、上条はなんとな~く見覚えがある。
というか、本日お助けホヤホヤな、フロイライン=クロイトゥーネを幼くさせたら、丁度こんな感じだ。
美 「いやこっちが聞きたいわよ! この子が誰なのか!
今日アンタが何してたのか! ハワイで別れた後どうしてたのか!
そ、それから…その……き、昨日の『アレ』はどど、どういう意味なのか、全部説明してもらうわよ!!!」
はてさて、『アレ』とは一体何のこっちゃでござんしょう、と上条は首を傾げる。
美琴の言う『アレ』とは、昨日上条に胸を触られた、あの事件【フラグ】の事である。
が、上条はあの時、美琴の事をトールと勘違いしていたし、
そうでなくともドンカミ(「鈍感すぎる男、その名は上条」の略)には、何を聞かれているのか分からないだろう。
上 「どういう意味って…何が?」
美 「なな、何がじゃないでしょ!! それとも何!? アンタは何の意味も無くあ、あ、あんな事しちゃう訳!!?」
そんな事を言われても困る。だって本当に分からないんだもん。そもそも、まず質問の意味が分からない。
と、その時である。病室が騒がしくなったのを聞きつけ、
続々と今回の事件に関わった者達が、この病室に集まりだした。
浜 「よう大将! もう起き上がっても平気なのか?」
一 「…こンなとこでくたばンじゃねェよ、三下が」
上 「浜面! それに一方通行も!」
いや、それだけではない。
打 「わーい! 病院のベッドって久しぶり! ってミサカはミサカはおもむろに枕をぶん投げてみる!」
フレ 「にゃあにゃあ! 大体この私に枕投げ勝負を挑んでくるとはいい度胸!!
浜面直伝の『夜のお遊び』をマスターした私は、もはや無敵なのだーーー!!!」
滝 「……はまづら…? 夜のお遊びって何…?」
麦 「うわキモッ! 浜面キモッ!」
浜 「いや違うからね!? そういうお遊びじゃないからね!? 枕投げとかトランプだから!」
一 「っつーか、うっせェよガキ共!! 病院ではしゃいでンじゃねェ!!」
芳 「まぁ子供なんだし、仕方ないんじゃないの? 保護者さん」
一 「誰が保護者だ誰が!! 大体テメェは甘すぎンだよ! しつけっつゥのは重要だろォが!!」
サ 「おい! 日本語は分からん! 誰か通訳してくれ!」
打ち止めにフレメア=セイヴェルン、滝壺理后に麦野沈利に芳川桔梗、
それから元グレムリンの構成員サンドリヨン。そして最後に……
? 『お目覚めのようですね』
上 「…誰?」
垣 『私はカブトムシ05…いえ、今は便宜上「垣根帝督」と名乗らせてもらっています。以後、お見知りおきを」
そう言ってニコッと微笑む色白の少年。
先程までこの少年と同じ姿の、「垣根帝督」だった何者かと殺し合いをした、レベル5の二人は、
今の「垣根帝督」を名乗る、このさわやか好青年を見て同時に叫んだ。
一&麦 「「キショク悪っっっ!!!!!」」
コホン、と咳払いをした芳川が、年長者らしく本題を切り出す。
別に世間話をする為に一堂に会した訳ではない。
それぞれバラバラな角度から今回の事件に関わった彼等が、情報の交換と共有をする為である。
上 「―――って事は、やっぱりその子はフロイライン=クトゥーネでいいのか?」
芳 「そのようね。とても興味深い現象だけれど」
美 「で? そのフロイラインちゃんは、私の背中で何してる訳?」
見るとフロイラインは、美琴におぶさりながら、彼女の首筋にサインペンで落書きをしている。
フロ 「……はまづら団の、マーク。友達の、証、です」
美 「ぇえええ!!? ちょ、ええええええ!!? 何描いてんのー!!」
垣 『おや、そのマーク、私にもありますよ。おそろいですね』
美 「嬉しくないわー!!!」
フレ 「にゃあ! これでお前もはまづら団の一員だな! 大体新人だから、私の言うことは聞くように!」
美 「だから嬉しくないっての!!」
打 「ぐわっ! お姉様取られた!! お姉様は「アクセラ倶楽部」に入部するはずだったのに、
ってミサカはミサカは悔しさのあまり髪をかきむしってみたり!!」
美 「いや知らん知らん!! むしろそっちの方のがお断りよ!!」
フレ 「ふふん、バカめ。お前は入れてやらんけどなー! 大体子供だから!」
打 「別にいいもんねー! アクセラ倶楽部はすでに、一万人近くの入部希望者(仮)がいるもん!
ってミサカはミサカは胸を張ってみる!」
その瞬間、上位個体である打ち止めに、一万人近くの入部希望者(仮)から一斉に、
「いや、入るわけねーだろそんなもん、とミサカはツッコミを入れます」という感情が送信された。
浜 「つか、はまづら団って何!? オフィシャルじゃないよねそれ! 俺初耳だし!」
滝 「大丈夫だよはまづら。副団長の座は他の誰にも渡すつもりはないから」
浜 「滝壺さん入ってんの!? そして滝壺が副団長って事は、やっぱり団長は俺なのか!?」
美 「ねぇそれより、これ油性じゃないわよね!? ちゃんと落ちるのよねコレ!?」
みんなでワイワイ騒ぐその様子を見て、上条は心の中で安堵する。
少なくとも、今日自分がやってきたことは無駄じゃなかった。そう思える事が何より嬉しかった。
上 「みんな、ありがとな」
サラリと感謝の言葉を伝えながら、同時に優しく微笑む上条。
不意をつく上条の笑顔【こうげき】に、本日フラグを建てられたばかりのサンドリヨンはグラッとくる。
美琴については言うまでもない。
「かいしんのいちげき」で、「クリティカルヒット」で、「こうかはばつぐん」である。
流石はドンカミ(「どんな相手にも見境無くフラグを建てる男、それが上条」の略)である。
一 「…別にテメェに感謝される覚えはねェ。それぞれ、自分が生きる為に行動した結果だろォが」
上 「それでもさ」
一方通行は小さく舌打ちすると、そのまま後ろを向く。
一 「オイ打ち止め、それから芳川。とっとと帰ンぞ」
そう言って病室を出る一方通行。
彼は今回の事件で、何か思うところがあるようだ。
一方通行が出て行ったことで解散ムードとなり、
その後も一人、また一人と病室を後にする。
最終的に上条は、美琴と二人っきりに―――
フロ 「……………」
なっていた訳ではなく、今度は上条の背中によじ登っているフロイラインと、三人きりになっていた。
美琴がイライラしている気がする。
理由は分からないが、フロイラインが上条の背中に乗っかってからイライラしているような気がする。
何故かは分からないが、フロイラインが上条の背中に乗っかってからイライラしているような気がする。
どうしてなのかは分からないが、フロイラインが上条(ry
美 (分かれよ!!!)
気が付くと、フロイラインは上条の背中をガッチリ掴んだまま寝息をたてている。
何をされても死なない身体を持つ彼女でも、睡眠は取るようだ。
美 「これからどうすんの?」
上 「とりあえず帰るよ。インデックスも心配してるだろうし」
美 「……その子は?」
上 「んー…とりあえず、連れて帰るかなぁ……」
美 「へー、連れて帰るんだー。へー、そっかー」
再びイライラし始める美琴。気付け上条、わりと危機だぞ。
だが当然気付く様子もなく、上条は平然と会話を続ける。
上 「そういや悪かったな御坂。何か巻き込んじまったみたいでさ」
美 「一方通行【アイツ】も言ってたでしょ? 私は私のやりたいようにしただけ。アンタが気にする事じゃないわ」
上 「そこなんだけどさ、御坂は何で駆けつけて来てくれたんだ?」
美 「へ?」
上 「いやだってさ、他の連中はともかく、御坂は誰かに襲われたわけじゃないんだろ?
なのに何でトールと一緒に戦ってたんだ? そん時は事情も知らなかったんだろ?」
元々は上条とサンドリヨンがいちゃついていた(少なくとも美琴にはそう見えた)写真をトールに見せられ、
思いっきり嫉妬した事がきっかけなのだが、そんな事を言える訳もない。
美 「べ、べべ別に何でもいいでしょ!! ただアンタがピンチだって聞いたから助けに来ただけよ!!」
普通の人なら、今の言葉に「あれ? コイツもしかして俺に気があるんじゃね?」と、気付くところだが、
そこは流石に上条である。
上 (それだけの為に戦ってくれてたのか…御坂っていいヤツだな)
と、違った方向に気持ちを持っていく。
いやまぁ、結果的に好感度は上がっているが。
今日の上条はいつもより清々しい気分なのだ。
人間不信になりかけ、悩みぬいたからこそ、今のこの現状がとても素晴らしいと思えたのだ。
だからまぁ、いつもよりテンションがおかしかったのだ。こんな事を言うほどに。
上 「ありがとな御坂。俺、お前のそういうとこ、大好きだよ」
美 「…………………………はえ?」
もう一度言う。上条当麻はおかしなテンションなのだと。
美琴もあまりの出来事に、脳が処理しきれていない。
美 「す! すすすすすすぅぅぅぅぅううううう!!!!?///
アアア、アンタ、きゅきゅ、急にななななな何言っちゃってんのよ!!!///」
上 「普段言えないけど、結構感謝してるんだぜ? これでもさ」
顔を真っ赤に染めながら、美琴は口をパクパクさせていた。
勿論、上条の言った「大好き」をいう言葉は、「人として」であって、「異性として」ではない。それは美琴も分かっている。
だがしかし、惚れている相手から「大好き」と言われたら、そりゃ舞い上がっちゃうだろう。
病室は一気に桃色空間に染まっていく。
今なら言えるかもしれない。この空気なら勢いに乗れるかもしれない。
気持ちを、伝えられるかもしれない。
美 「わ、わわわ、わた、わた、わわ、わたわた!///」
上 「綿?」
美 「わた、し、も! アア、ア、ア、アアン、アン、アン!///」
上 「餡?」
上条、ちょっと黙れ。
美 「アンタ、の、ここ、事、が!///
す、す、す、すす、す、すすす!///」
美琴は、ついにその想いを上条へと伝えた。
美 「す……………好『ぶえっくしょん!!!』き………」
上 「あー…風邪引いたかな……まだ11月なのに、急に寒くなってきたもんなぁ。
あ、ゴメン。さっきの聞こえなかったから、もっかい言って?」
美 「………………………………」
伝えた。が、届かなかった。
流石はドンカミ(「結局最後はどんでん返し。だって上条だもん」の略)である。
一気に疲れがどっと出る美琴。何かもうどーでもいー気分である。
と、その時である。病室のドアがガタガタと音を立てたかと思ったら、次の瞬間、バターンと急に倒れてしまった。
そして壊れたドアと同時に、雪崩のごとく人が流れ込んでくる。
打 「もー! 押さないでって言ったのに! ってミサカはミサカは!」
フレ 「にゃあにゃあ! 大体お前がもっとしゃがまないのが悪い!」
滝 「もうちょっとで、いいとこだったのに……」
浜 「いてててて!!! ちょ、麦野早くどいて!」
麦 「んだとー!? そりゃ私の体重が重いっつってんのか、はーまづらぁー!」
芳 「あらら、失敗しちゃったわね」
サ 「ふ、ふん! 別に気になった訳ではないぞ。本当だぞ!」
垣 『あ、我々に構わず続けてください』
一 「…よォ」
上 「あれ? お前ら、帰ったんじゃ……」
何故彼等が病室の外にいたのか。そして何をしていたのか。
察しのいい人なら分かるだろう。いや、むしろ分からない人を探す方が難しい。上条以外で。
そう、コイツ等、帰ったふりして覗いてやがったのだ。
美 「………み、見てた…?」
浜 「ま、まぁ、そこそこ」
美 「………き、聞いてた…?」
滝 「バッチリ」
美 「………ど、どこから…?」
打 「お姉様が、『これからどうすんの?』って言ってる所から! ってミサカはミサカは正直に言ってみる!」
つまり最初からだ。
となると勿論、美琴の告白(未遂)も、という事になる。
美 「い…………………いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
美琴は両手で顔を覆いながら、病室から駆け出していった。
それはもう速かった。その速さは見るものを圧倒し、音速を超えたとも語り継がれる程だった。
魔術に詳しい人がその姿を見たのなら、きっとこう思っただろう。「あれ? アイツもしかして聖人なんじゃね?」
美琴があっという間に走り去った方角を見つめ、一同はこう思っていた。
「あぁ(ァ)、ちょっと悪い事しちゃったかな」、と。
そして、
上 「御坂…アイツ結局、最後何て言いかけてたんだ?」
と呟く上条に対して、一同はこう思っていた。
「あぁ(ァ)、コイツはバカなん(ン)だな」、と。