とある二人の暗部生活
序章 消えたアイツ
絶対能力進化と呼ばれる悪夢のような実験が終わってから数週間、
美琴は大事な妹達に会うために黒子の目を盗んでは冥土帰しのいる病院に足を運んでいた。
10032号を含む四人の妹達と取り留めのない世間話をしたりして時間を過ごす。
贖罪という訳ではないが妹達と共に平穏な時を過ごすことが唯一自分に出来ることだと美琴はそう感じていた。
そして出来れば妹達と過ごす時間に自分達を救ってくれた少年が一緒に居ればいいと美琴は思っている。
少年とは少年が退院した日にあの鉄橋の上で会って以来、一度も顔を会わせていなかった。
助けてもらった上にそれ以上のことを望むのもおこがましいと思ったが、
せめて妹達にくらい姿を見せてくれてもいいのではないだろうか…
美琴のそんな思いも虚しく、少年が病院に姿を現すことはないのだった。
そんな少年に軽い苛立ちを覚えながら妹達がいる病室に入ると、妹達ではなく冥土帰しが病室の中にいた。
そして冥土帰しは美琴の顔を見ると少し表情を曇らせた。
その様子から良くないことが起こったのを感じ取った美琴は何があったか冥土帰しに尋ねる。
すると冥土帰しは何処か複雑な表情をしたまま美琴の質問に答えた。
「実はね、妹達の件なんだが…」
「もしかして何かあったんですか!?
外部での調整の協力を断られたとか…」
妹達はクローンであることと急速な体の成長から寿命が極端に短くなってしまっていた。
その縮まった寿命を回復するために調整が必要であり、
その調整には学園都市にある装置だけでは数が足りないため外部の研究機関の協力を仰いでいるのだ。
「その逆だよ、急に学園都市の統括理事会から援助がでることになって全員が無事に治療を受けられることになった」
「えっ、それって…」
そう本来なら学園都市の上層部が妹達の治療に協力するのは変なのだ。
絶対能力進化という非道な実験を黙認していた学園都市の上層部が
実験動物のように扱っていた妹達に大金をつぎ込むというのは何処か違和感を感じるのだった。
「…そしてもう一つ話しておかなければならないことがある」
そう言った冥土帰しの表情に美琴は嫌な予感を覚える。
絶対能力進化のことを知った時と同様の冷や汗が美琴の背中を伝う。
本能的に話を聞きたくないと頭の中で警鐘が鳴っていた。
「何ですか?」
美琴は頭の中で鳴り響く警鐘を何とか無視して、冥土帰しに尋ねることが出来た。
聞きたくはないが聞かなければならないジレンマに美琴は陥っていたのだった。
「あの少年が失踪した」
美琴は目の前が真っ白になるのを感じた。
嫌な予感とはより悪い方向に向かって当たるものだ。
何となく美琴には少年の身に何かあったことを悟っていた。
確かに普段は眠そうな表情をしていて覇気がなく如何にも鈍感そうな少年だったが、
大怪我を負った上に未だ退院できない妹を一度も見舞いに来ないような薄情者とは思えなかった。
そして少年のお節介な性格のことだ、もしかしたら自分達を救ったのと同様に誰かを助けるために何かあった可能性も…
美琴はそこで嫌な考えを張り巡らせるのを止めた。
自分の電撃が効かない上に学園都市最強の第一位にですら打ち勝ったのだ。
少年にちょっとやそっとのことで最悪の事態が訪れるとは考えにくかった。
冥土返しも美琴と同様の考えなのか、美琴を励ますように言った。
「僕もあの少年に万が一のことがあったとは思っていない。
ただ何らかの事件に巻き込まれていることは間違いないだろう。
僕も彼が失踪したのを知ったのはつい三日前のことで、彼の通う学校から彼が突然退学して行方を眩ませたと聞いたからなんだ。
彼はよくこの病院に入院してたから、僕なら何か事情を知ってると思ったんだろうね。
でも残念ながら僕も彼の行き先については何も知らない。
そして彼が姿を消したのと同時期に学園都市から妹達への治療に対する援助が決まった。
僕には何となくだけどこの二つのことが無関係とは思えなくてね」
「アイツが妹達を救うために学園都市と何か取引をしたかもしれない?」
「彼は表向きはレベル0ということになってるけど希少な力を持っている。
学園都市がそう易々と手放すとも思えないからね、そう考えるのが妥当だと思うよ」
もしかしたら少年が妹達を救うためにまだ戦っているかもしれない。
美琴はそう考えると居ても立ってもいられなくなった。
急いで部屋を駆け出そうとする美琴の手を冥土帰しが掴んで押し止めた。
「落ち着きなさい、彼の行方の当てもないのに何処に行こうっていうんだい?」
「それは今から学園都市の上層部にハッキングして…」
「そんなことだと思ったよ、とにかく落ち着いて僕の話を聞きなさい」
冥土帰しの真剣な表情に美琴は素直に冥土帰しの言うことに従う。
「君は恐らく絶対能力進化を止めた原因として上層部にマークされている。
そして君が下手に騒ぎを大きくすれば、下手をすると妹達にまで被害が及ぶ可能性がある。
このことは分かるね?」
「…はい」
「暴走を始める可能性があるから、妹達の皆にもこのことはまだ伝えていない。
君に伝えたのは君が状況を冷静に判断し処理できる力があると思ったからだ。
そしてその上で彼を救い出すのを手伝って欲しい」
「分かりました」
「うん、よろしく頼むよ。
それでさっきは彼の行き先は知らないって言ったんだけど、実はいくつかの目撃証言があるんだよ」
「本当ですか!!」
「ああ、ウチのナースの何人かが黒髪でツンツンした頭の少年を目撃したと言っている。
彼はこの病院じゃ有名人だから、恐らく彼に間違いないだろう」
「それじゃあアイツはまだ学園都市の中に居るってことですか?」
「そう見て間違いないだろうね」
「それだったら私の風紀委員の友達で監視カメラに自在にアクセスできる子が…」
「いや、一般人に頼るのは極力止めておいたほうがいいだろう。
何しろ彼のバックには学園都市の裏の人間が潜んでいる可能性があるからね」
裏の人間と聞き、実琴は絶対能力進化を止めるために研究所で戦った女達のことを思い出した。
わざわざ美琴を妨害するために現われた彼女達ももしかしたら学園都市の裏に関わる人間なのかもしれない。
「そして目撃情報にはもう一つ共通する内容があってね。
彼はいつも茶髪で大きなアホ毛がある小さな女の子を連れているそうなんだ」
「茶髪でアホ毛がある小さな女の子」
美琴は一瞬幼かった頃の自分の姿を思い出すが、今は関係ないので頭の中から遠ざける。
「その女の子の詳細については何も分かっていない。
ただ彼が女の子を連れている可能性があるいことだけは頭に入れておいてくれ」
美琴は冥土帰しの言葉に力強く頷く。
「彼が学園都市にいることは分かってるんだ、焦らずに行こう。
そして彼を見つけた時には君から彼に声を掛けてあげてくれ。
何となくだけど君の声なら彼に届くような気がするんだよ」
「私の声がアイツに…」
この日はこれ以上の情報が無かったので、
美琴はなるべく心の葛藤が妹達にバレないよういつも通り妹達と取り留めのない話をして寮へと帰っていった。
そして寮に帰ると心の中で少年の安否を心配しつつ眠りに就くのだった。
それから一週間は少年の行方は分からないままだった。
やがて迎えた大覇星祭当日、美琴と少年を巡る運命は大きく動き始める。