(無題)
Case 01 赤髪の神父
「インデックスとの同居を解消する」
「そうか、ついに決断したのか」
「もう曖昧で済ませる気なんてないさ。前に進むって決めたんだ」
学園都市のとある教会で、ツンツン頭の少年、上条当麻が自らの決意を赤毛の神父に打ち明けていた。
神父のインデックスへの想いの深さは周知であったので、上条は半殺しにされる位は覚悟していたのだが
「例の後輩の為……なんだろう?」
「あ、ああ」
「だったら仕方ない。あの子の身の振り方は、僕の方で責任を持つから心配いらないよ」
予想に反して神父の反応は穏やかなものだった。
これは上条も予測できなかった展開だ。
その事に対する疑問が顔に出ていたのか、赤い神父は
「見くびられたものだね。みっともなく取り乱して、キミに暴力を振るうとでも思っていたのかい?」
と、タバコをふかしながら上条に飄々と問いかける。
「当たり前だろ! お前やインデックスの信頼を裏切るって、そう言ったんだぞ! なのに何で……」
禁書目録との別離を、この神父に報告する事は上条にとって罪の告白に他ならない。
要はケジメを付けにきたのに、肩透かしを食らったのだ。
神父の心情を理解できない上条は大声でまくし立てるが、神父は穏やかに、そして諭すように語りだす。
「キミは誰も裏切っていないさ。本当に大切な、たった一人の女性を守るために筋を通したにすぎない。それはとても
立派な事だと思うよ。というか外野なんて気にする暇があるなら、早く意中の後輩をモノにしたらどうだい」
口下手な神父の言葉に後押しされ、上条は教会をあとにする。大切な人に別れを告げる為、大切な女性に想いを告げる為に。
それを見送った神父は思う。
「悪の親玉を倒して、ヒーローとヒロインは末永く幸せに暮らしました……なんて、現実にあるはずもない。
圧倒的なアドバンテージに胡坐をかいてるから盗られてしまうんだ。あの子には可哀想だが、現実は厳しいね」
かつて恋焦がれた女性を思うと、胸がチクリと痛む。だがそれだけだ。
「信じるだけでは、想うだけでは、どうしようもないこともある。……経験者にしか理解できないかな?
さてと、小萌が帰って来る前に夕飯の準備を始めないと」
そう呟くと神父はタバコの火を消し、キッチンへ向かった。
Case 02 上条の後輩
平凡な学生寮の一室、そのキッチンで少女が日課の弁当作りに励んでいる。
鼻歌まじりに料理する少女は少々浮き足立っているが、慣れた手つきで次々と料理を完成させていく。
栄養バランスを考慮している事が一目で分かる、色とりどりのおかずを弁当箱に敷き詰めていき
「これで……良し! 今日も美味しいって言わせるんだから、覚悟しなさいよー♪」
弁当を完成させた少女は勢いよく部屋から飛び出し、いつもの公園へ――上条との待ち合わせ場所へと駆けて行った。
約束の十分前だが上条は既に到着しており、ベンチに座ってぼんやりしている。
その姿を認めると少女は子犬のように駆け寄り、上条に話しかけた。
「ごめーん、待った?」
「いや、上条さんも今来たとこですよ」
「そっか。それじゃあ行きましょ」
少女は上条の手を引きながら、通学路を歩き出す。
「ちょっ、まだ急ぐような時間じゃねーぞ」
「何言ってんの? 先輩は受験生でしょーが。ホームルームの時間まで、昨日の続きをやるわよ!」
「センセーはスパルタだなぁ。けど……いつも、サンキューな」
「ど、どうしたの突然? 私がしたくてしてる事だから、お礼なんていらないのに……」
上条の普段と違う態度に、少女はドギマギしてしまう。
そんな少女の動揺など知らぬとばかりに、上条は言葉を続ける。
「今日の放課後、時間あるか? 大切な話があるんだ」
「う、うん」
「そんな風に構えるなよ。ずっとお前が欲しがってた言葉を贈るだけだから」
「え……? それって」
「これ以上はまだ内緒! 放課後、楽しみにしてろよなっ!!」
そう言い残して、上条は一目散に学校へ駆けて行った。
呆然と佇む少女を置き去りにして……。
上条より二つ年下の少女は混乱の極みにあった。
原因は言わずもがな、今朝の上条の言動だ。そのせいで授業の内容が全く頭に入ってこない。
(私の欲しがってる言葉って、その……やっぱアレよね。
いやいやいや、早とちりは良くないわ。だってアイツ……上条先輩には、あの子がいるし……。
それに先輩が幸せなのが一番だって、やっと思えるようになったんだし……でも、報われたいなぁ)
何を隠そう、この少女は一度上条に告白し振られている。彼女がまだ中学二年生の時の出来事だった。
しかし、その程度で挫ける程 彼女の想いは弱くはなく、また彼女自身も諦めの悪い性格だったのだ。
振られた後も果敢にアタックを繰り返し、同じ高校まで追いかけて来て、健気な後輩キャラのポジションを勝ち取り現在に至る。
(今朝の先輩、なんだかいつもよりかっこ良かったな……。上手く言えないけど、大人びてたような……って、あぁーもうっ!
落ち着け私! 先輩が酷い事する訳ないんだから、言われたとおり期待してればいいのよ!
あ、そういえば弁当 渡しそびれたんだっけ。次の休み時間にでも届けに行こうかな)
などと、愚にもつかぬ事を考えていた所に、
「危ないじゃん!!」
「ふぇ……?」
バレーボールが飛来し、少女の顔面に突き刺さった。
(そっかぁー、今、体育の授業中だっ……た)
間抜けな感想を残して、少女は意識を手放した。
Case 03 上条当麻
「えへへー、せーんぱぁい……むにゃ……」
「ったく、心配させやがって」
保健室のベッドで呑気に眠る後輩の頭を撫でながら、上条当麻は独りごちる。
体育の黄泉川教諭に、後輩が保健室へ担ぎ込まれたと聞かされ飛んできたのだが、上条の心配を他所に安らかな寝顔を見せる少女。
「どんな夢を見てるんだか」
優しげな笑顔で後輩を見つめるのとは裏腹に、上条の心中は複雑だった。
(インデックス……)
かつての上条当麻が命懸けで救った少女。
今の上条当麻の同居人だった少女。
彼にとって禁書目録の少女は、一言で表せない複雑な存在だった。
(泣かせちまったな。絶対に泣かせたくないハズだったのに……)
何が起ころうと泣かせない。
絶対に守りきってみせる。
上条当麻のプライオリティ・ワン。
その対象が、禁書目録から目の前の後輩に移ったのは何時からだろう?
大切な人に順位なんてない、そう言えなくなったのは何時からだろう?
(……らしくねーよ。俺が選んだ、俺の道じゃねーか)
禁書目録を守る為に戦場を駆け抜けた日々は終わり、彼女を守り抜くという誓いはすでに果たされた。
(インデックスの事で悩むのは止めよう。俺はもうインデックスを受け入れられないし筋違いだ)
今この場で、上条当麻は禁書目録を完全に切り捨てた。大切な人を守るために。
「ん、あれ……?」
「気がついたか」
「先輩?」
「お前、体育の授業中にぶっ倒れて、保健室に担ぎ込まれたんだよ」
目を覚ました後輩に状況説明する先輩。
「うわー、かっこわるー」
「優等生のお前らしくないな。あ、もしかして、上条さんの事が好きすぎて注意力散漫になったんですかぁ?」
「うっ……」
先輩に図星をつかれて狼狽する後輩。
「分っかり易いなー。もっと精進しなさい、御坂後輩」
「上条先輩が、あんなこと言うのが悪いんでしょーが!」
「あんなことってなんだ?」
「そ、それは……その、ううっ……いじわる」
涙目の後輩に、意地悪く笑う先輩。
「折角ふたりきりだし、もう言っちまうか」
「え……?」
「色々とケジメをつけるのに苦労したけど、やっと美琴の気持ちに応えられるんだ」
「うそ……それって……」
「俺、上条当麻は御坂美琴のことが――」
こうして一途な少女の想いは報われ、不幸な少年はそのレッテルを返上した。
Case 04 禁書目録
長く続いた科学と魔術の争いは、各勢力のトップが倒れたことで収束した。
それに伴い、イギリス清教内の禁書目録悪用を企む者は一掃され、禁書目録が上条当麻と同居する大義名分も失われた。
しかし禁書目録は現状維持を望んだ。上条当麻が好きだから。
「同居を解消しよう」
だから一瞬、上条が何を言ったのか理解できなかった。
「冗談だよね? 私を騙そうなんて十年早いかも」
茶化そうとしても、上条の真剣な眼差しが許さない。彼の瞳が本気だと雄弁に語っている。
考えが纏まらず動揺する禁書目録とは対照的に、上条は不気味なほど冷静だ。
「ど、どうして? 知らない内に、とうまを怒らせちゃった?」
「好きな人がいるんだ」
「……え」
必死に現状を把握しようとする禁書目録に、上条が追い討ちをかける。
「それでさ、告白しようと思うんだ。だからもう、インデックスと一緒には暮らせない」
「す、好きな人って誰なの……?」
「御坂美琴。一年以上前から、ずっと好きなんだ」
そう語る上条の表情が、禁書目録の心を打ちのめす。
(とうまのあんな優しい顔、知らないんだよ……。私は二年も前から、とうまと一緒なのに……)
涙が溢れて何も見えない、何も考えられない。
いつもなら真っ先に慰めてくれるハズの少年を、今は酷く遠くに感じる。
いつから上条と禁書目録の心の距離に大きな齟齬が生まれていたのか。
「わ、私だって、とうまの事が大好きなんだよ。だ、だから……」
「ごめん。インデックスの気持ちには応えられないんだ」
「それでもっ! とうまと一緒にいたいんだよぉ……」
上条当麻は優しい。自分が泣きつけば絶対に折れてくれる。
何処に行こうとも、最後には必ず自分のもとに帰ってきてくれる。
それが禁書目録の心の支えであり、実際、今まではその通りだった。だが……
「このまま同居を続けても誰の為にもならない。解ってくれよ」
「ま、まだ告白してないんだよね。成功するか判らないし、短髪だって話せばきっと許してくれる「ダメだっ!!」……!?」
無情にも、食い下がろうとした禁書目録を上条が一喝する。
「いくらお前でも、それだけは許さねぇぞ」
「……」
有無を言わせぬ上条の迫力に、禁書目録はすくみ上がり沈黙した。
上条は溜息を吐くと、自分に言い聞かせるように話し出す。
「これ以上、御坂を悲しませる訳にはいかねえ。例えお前に恨まれてでも御坂を大切にしたいんだ」
「そんな……とうまは私を嫌いになったの……?」
「嫌いなる訳ないだろ。インデックスが困ってたら助けるし、大切な友達……いや、家族だと思ってる」
大切な家族、それが答えだった。
誰にでも訳隔てなく自然体で接するのが、上条当麻という人間だ。
だが人間は日々成長し変化していく。上条とて例外ではない。
「だけど、御坂より優先することはできない」
「うん……」
大好きな人にここまで言わせて、ようやく冷静さを取り戻した。
どうしてこんな事になったんだろう? 禁書目録は自問するが答えなど解らない。
Last Case とある戦いの敗戦処理
上条に別離を告げられた後、禁書目録は学園都市のとある教会にいた。
目の前にいる赤髪の神父が彼女を本来いるべき場所、イギリスに送る手筈を整えているようだ。
「酷い有様だね。そんなに上条当麻に捨てられたのがショックかい?」
「違うもん! 捨てられたんじゃないもん!」
神父の歯に衣着せぬ物言いに、禁書目録が激昂する。
だが神父は飄々とした態度を崩さない。それが彼女を更に苛立たせる。
「あなたに何がわかるの!?」
「僕も経験豊富とはいえないけど、君よりは視野が広いつもりだ」
本当に気に食わない。この神父の態度が、言動が、……悲しそうな瞳が。
「君には誰からも愛される天性の素質があると思ってるんだが、今度ばかりはそれが災いしたかな」
神父は語る。
「それとも君を甘やかし続けた上条当麻が悪いのか。いや、僕や神裂も、或いは小萌もかな」
禁書目録は耳を傾ける。否、傾けざるを得ない。
「まあ、どんな理屈を重ねても結果は変わらない。君が負けて御坂美琴が勝った現実は覆らない」
何故知っているのか? 短髪と神父に面識があったのか?
「御坂美琴は必死だったよ。約束された未来も、超能力者としての立場も、恥もプライドさえも。全て省みない程に必死だったんだ。
上条当麻の一番になりたい。そして彼を幸せにしたい、その一念でね」
そんなの知らない、分からない。
「ここは教会で、僕は神父だからね。迷える子羊には道を示さないといけないだろう? だから土御門を紹介してあげたんだ」
なにが言いたいの?
「上条当麻の趣味嗜好からテストの出題範囲、果てはデートのセッティングまで世話を焼いたみたいだよ」
どうしてそんなことするの?
「僕はもちろん土御門も、彼女の真摯さに動かされたのさ」
私だって、とうまの事が好きなんだよ?
「そういえば、上条当麻が教師を目指しているのは知っているかい?」
え……?
「説教癖のある彼には天職かもしれないな。今は大学合格を目標に頑張っているそうだが」
とうま、最近よく勉強してた……。
「ところで君は最近何をしてるんだ?」
…………。
「その顔から察するに、何もしていないんだね」
そ、そんなことないんだよ。学園都市のグルメマップを作ったりしてるかも!
「はぁぁぁぁぁぁ……」
禁書「その溜息の長さは何!? 失礼しちゃうんだよ! ……って、あれ? 雰囲気が変わったような……?」
ステイル「君がシリアスな空気をぶち壊したんじゃないか。やれやれ、真面目に説教するのが馬鹿らしくなった」
禁書「むぅーっ!」
ステイル「君はもう少し生活力を養え。そんなだから女性として見られないんだ」
禁書「えー、めんどくさいかも」
ステイル「全く反省の色がないとは……。この教会で働いてもらうつもりだったけど、本当にイギリスに送り返してやろうか」
禁書「帰らなくていいの!?」
ステイル「君がちゃんと反省するならね」
禁書「するする! 心の底から反省してるかも!」
ステイル「言質はとったし、早速掃除から始めようか」
禁書「え……?」
ステイル「今日から君は、この教会のシスターだ。しっかり働いてもらうからそのつもりで」
禁書「明日からじゃダメ?」
ステイル「ええと、ロンドン便の出発時刻は…」
禁書「ま、窓拭きから始めるんだよ! 新聞紙はどこかなー!?」スタコラサッサ
ステイル「はぁ……安請け合いなんてするものじゃないな。先が思いやられる」ゲンナリ
数ヵ月後、華麗に社会復帰を果たしたインデックスが、美琴に凄絶な略奪愛を仕掛ける……のは、また別のおはなし