Black Message
White Message | の続編です。 |
ホワイトデー。
3月14日に祝われ、主に発祥地である日本を中心とした一部の東アジアでのみ行なわれるイベントであり、
バレンタインデーにチョコレート等を貰った男性が、そのお返しとしてプレゼントを女性へ贈る日である。
そしてここにも、ホワイトに翻弄される、悩める少年が一人。
(う~ん……やっぱこれだけじゃ、どう考えても味気ないよなぁ……)
彼の名前は上条当麻。
どうやってセットするのか分からない特徴的なツンツン頭と、基本的にやる気のない性格を持つ少年だ。
彼は長時間、目の前のクッキーとにらめっこしている。
一ヶ月前、彼はチョコレートを貰った。
チョコレート…そう、それは正にチョコレートそのものだった。
どういう経緯で、何故そうなったのか皆目見当もつかないが、箱の中のそれはドロドロだった。
しかし見た目はどうであれ、バレンタインチョコには間違いない。
そして貰ったからにはお返ししなければ失礼にあたる。
そこで上条は、スーパーで1箱20枚入りの、
良く言えば『親しみやすい』、悪く言えば『すげぇやっすい』クッキーを買ってきたのだ。
『お返しは三倍』の法則は上条には通用しない。だってお金がないから。
もっともチョコレートを送った方【みこと】としては、中身よりも、
上条からお返しが貰えるという事実の方が重要なのだろうが。
だがしかし、さすがにこのまま『ホイ』と渡すのはいかがなものか。
いくら何でも、やっつけ感がハンパない。
(つっても、ここからどう手を加えりゃいいんだ…?)
『う~ん』、と腕を組みながら唸る上条。
ふと目をやると、そこには1ヶ月前に美琴から貰ったチョコレートの空箱があった。
上条にとっては人生初のバレンタインチョコ
(と言っても記憶を無くしてから一年も経っていないので、当然と言えば当然なのだが)
だったので、捨てる事ができず、記念にとっておいたのだ。
何となく空箱をボケーっと眺めているうちに、上条はある事を閃いた。
(これだ!!! これなら安物のクッキーでもそれっぽくなるかも!
しかもちょっとした遊び心を出せるし、何より気持ちも伝えやすい!)
ヒントとなったのは、あのドロドロチョコレートだった。
さっそく上条は戸棚の中から、インデックスの非常食【おやつ】に買ってあった板チョコを取り出した。
それを湯煎して、ゆっくりと溶かしていく。後で思いっきり噛み付かれるであろう事は今は忘れよう。
そしてクッキングペーパーを丸めて、その中に溶かしたチョコを流し込めば、
簡易的ではあるが、立派なチョコペンの完成だ。
どうやらクッキーにメッセージを書き込むらしいが、少し様子がおかしい。
こちらのクッキーにはひらがなの『も』、こちらには『ん』、といったように、
クッキー一枚につき、一文字しか書かれていない。
(よし! できた!)
だが上条はご満悦らしい。
実はこのクッキー、一枚一枚に書かれた文字だけでは何のこっちゃ分からないが、繋げて読むと、
『い』 『つ』 『も』 『い』 『つ』 『も』 『あ』 『り』 『が』 『と』 『う』 『だ』 『な』
『か』 『ん』 『し』 『や』 『し』 『て』 『る』
となる。つまり、『いつもいつもありがとうだな。感謝してる』という意味になるのだ。
なかなかシャレオツな事を考えるものである。
もっとも20文字にするために、無理やり『だな』を入れる辺りが何とも上条らしいが。
(後は冷やして、チョコが固まれば出来上がりっと)
20枚のクッキーを、次々に冷凍庫へぶち込んでいく。
鼻唄交じりに台所を離れる上条だが、その余裕はいつまで続くのか。
不幸が売りの上条が、果たしてこのまますんなり事を進められるのか、とても不安である。
その数時間後、足が地に着かなすぎて、若干浮いてんじゃねぇかって少女が一人。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!! 何かもう緊張しすぎて心臓がおかしな事になってる!!!)
彼女の名前は御坂美琴。
さっきから、立ったり座ったり立ったり座ったりを繰り返しながら、
手のひらに『人』という字を何百回も書き、それを全て飲み込んでいる挙動不審な少女だ。
今から数十分前、上条から彼女宛にメールがあった。主な内容はこうだ。
・バレンタインのお返しがしたい。
・いつもの公園で待ってる。
・自分の気持ちを伝えたい。
注目していただきたいのは三つ目の内容だ。
『気持ちを伝えたい』とは、チョコレートに書かれたあのメッセージの返事ではないかと美琴は思っていた。
そう。あのホワイトチョコで書かれた、『大好きです♡』の事である。
いや、まぁ、結局それは溶けてしまった上に、
上条の『気持ち』というのも美琴が思っているような類のモノではないのだが……
(ど、どどど、どんな顔して待ってればいいの!!?
てか私、普段アイツに会ってる時どんな顔してたんだっけ!!?)
実はバレンタインから今日までの一ヶ月間、美琴は上条と会っていない。
理由は単純。美琴が避けていたからだ。
あのメッセージを上条が『冗談』ととったのか『本気』ととったのかは分からないが、
仮に『本気』ととった場合、今度は『よろしくお願いします』か『ごめんなさい』の二択となる。
ぶっちゃけ、その答えを聞くのが怖かった訳だ。
いや、まぁ、さっきも言ったがチョコは溶けてしまった為、
『よろしくお願いします』でも『ごめんなさい』でもなく、『何これ…?』となってしまったのだが……
だがさすがにこれ以上は引き延ばせない。
何故なら今日はホワイトデー。否が応でも会わなければならない。
と、その時である。
(具体的には、美琴が深呼吸しながら手鏡を見て、前髪を直しつつ公園の中をウロウロ歩き回り、
「大丈夫大丈夫、落ち着け私。あめんぼあかいなあいうえお」、とブツブツ独り言を言っている時だ。
何がどう落ち着けなのかよくは分からないが)
「アレ美琴? 何だ、もう来てたのか」
後ろから声をかけられた。
「にゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そして美琴は大声を上げた。
心臓が飛び出る思いとは正にこの事だ。……あれ? デジャヴ?
「うおい!? 毎回毎回、驚きすぎじゃないか? 逆にこっちの方がビックリだよ」
「お、おど、驚いてなんかないわよ!! い、い、いつも通りよ私は!!」
明らかに焦っているようなのだが。というより、これがいつも通りだったらそっちの方が心配だ。
「そ、そうか…? まぁいいけど。 あっ、んでこれが例のブツなんですが……」
そう言うと上条はカバンから紙袋を取り出した。中にはラップで包まれたクッキーがギッシリ詰め込まれている。
ラッピングもクソもない、ある意味とても男らしいお返しの仕方である。
ただ美琴にとっては、貰えるだけで飛び跳ねたいくらい嬉しい。
それはいい。だが一つ、どうしても気になる…というか避けては通れない事がある。
「ね、ねぇ……あ、あ、あの…チョコさ……その…中身……ど、ど、どど、どうだった……?」
勿論、美琴が聞きたいのはあのメッセージの事だ。しかし上条は、
「あ、えと…初め見た時はビックリした。(もう液体だったし)」
と、チョコ自体の感想を述べる。さぁ、ここから先はアンジャッシュ状態の開始だ。
「ビックリ…か……そ、そりゃそうよね。(やっぱり、今まで全然気付いてくれてなかった訳ね……)」
「あっ! でもすげぇ嬉しかったぞ!(チョコくれたの美琴だけだったし)」
「ほ、ほ、本当!!?(えっ!? えっ!? それってつまり!!?)」
「いや…なんつーか……新しい自分に気付けたっていうか……(溶けたチョコって意外と美味いんだな)」
「あ、あああ、新しい自分!!?(も、もしかして……もしかしてそれって!!!)」
上条の心の声がなければ、壁ドンタイムに突入する所である。
「でまぁ、それの返事も含めてこのクッキーに気持ち込めたから」
「へ…返事も含めて…?」
美琴は今にも『ふにゃー』しそうな頭を必死に動かし、その紙袋を開けようとする。
「あっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「ふぇ?」
「いや、その…やっぱ恥ずかしいし、俺が行ったらにしてくれないか?」
さすがの上条でも照れくさいらしい。奇しくも一ヶ月前と状況が似ている。
「つー訳で、俺が帰った後5分くらいしたら開けてくれ。じゃあな」
そう言い残し、上条は颯爽と帰っていった。
美琴も美琴で、寮に帰ってからじっくり開ければいいものを、言われた通りその場で律儀に5分待つ。
「よよよよし!! あ、ああ、開けるわよ!!!」
パン屋でパン買った時の茶色い紙袋を開け、中身が雑に包まれているラップを剥がしていく。
するとそこには、一枚一枚にひらがなが書かれているクッキーが顔を出す。
「……? 何かしら、コレ。こっちは『あ』でこっちには『だ』って書いてある」
不思議に思いながら見つめていると、
「…あれ? ここ『いつも』ってなってる……もしかして繋げて読むとメッセージになってるとか!?」
その意味に気が付いた。
「へ、へぇー。アイツにしたら結構手の込んだ事するじゃない」
美琴は20枚のクッキーを並び替えてみた。するとそこには、
『い』 『つ』 『も』 『あ』 『い』 『し』 『て』 『る』 『つ』 『も』 『り』 『だ』 『が』
『な』 『ん』 『と』 『か』 『し』 『や』 『う』
という言葉が隠されていた。つまり、『いつも愛してるつもりだが、何とかしよう』という意味になるのだ。
本来の並べ方とは違うが、偶然にも違う意味のメッセージができあがってしまった。
何故、最後だけ旧仮名遣いなのかは分からないが、美琴はこれを次のように解釈した。
一つ、『いつも愛してるつもりだが』とは、
上条も普段から自分の事が好きだったが、自分がその事に気付いていなかったという意味ではないか。
一つ、『何とかしよう』とは、
お互いに気持ちを知った今こそ次のステップに進もう、という上条からの提案ではないか。
これがあのチョコの返事で、上条が自分の気持ちを伝えた結果なのだとしたら、
その答えは勿論、『よろしくお願いします』だ。
学園都市第三位の演算力でそう導き出した美琴は、
「………ふにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
盛大に漏電した。
過去最高記録並みの電力と電圧が公園中に染み渡る。
この日、一日で公園の遊具が全て消し炭になるという怪現象が起こり、
『第7学区の消えた公園』という新たな都市伝説が生まれるのだが、それはまた別の話。
その後、上条と美琴がどうなったのかは………
まぁ、ご想像にお任せするとしよう。