幸せのかたち
1章
1.
はぁ……、切ないため息。
そう、アイツを思い出すたびに自然と唇からこぼれ落ちる。
胸のドキドキが止まらない。
アイツの横顔を見かけるだけで、もう……胸がいっぱい。
声を耳にするだけで、もう心がとろけそう。
アイツと一緒にいられるだけで、私は幸せなの。
こんなにも想っているのに、アイツは私の心に気付かない。
―――お姉様
そんな美琴の姿を見て、白井黒子はある決意をした。
2.
静かな土曜日の午後だった。
上条当麻はいつものように特売を目当てにスーパーに向かっている。
居候のインデックスは緊急招集とやらでイギリスに戻っていた。
上条も一緒に行こうかと言ったが、出席日数が足りないことを知っていた魔術側が気を利かせて上条は連れて行かなかった。
そんなこんなで、インデックスのことを気にしながらも上条は平穏な毎日を過ごしていた。
「今日はいい天気だな……」
空を見上げて、上条は呟いた。
3月に入ったものの、まだ春は遠い。
太陽の日差しもまだ弱く、吹き抜けていく風は冷たさを帯びていた。
「お待ちなさいな」
上条は背後から誰かに呼び止められた。
振り向いた先には、ジャッジメントの白井黒子が立っていた。
「ああ、白井だっけ? 久しぶりだな」
「お久しぶりですの、実はお姉様のことで御相談がありまして……」
何やら思いつめた顔で話を切り出した。
白井が美琴のことで上条に相談するなんてありえない。何かまたトラブルか? と心配になった。
「御坂のことで?」
「そうですの、明日1日お姉様とデートして欲しいのです」
「俺が御坂とデート?」
トラブルと思っていた上条は、予想外の言葉に唖然となった、
なんで俺が? と疑問に思ったが、白井はかまわず続ける。
「お姉様の元気がなくなってきていて、最近では食事すらロクに喉を通さず……」
あの御坂が? と上条は意外な言葉に息を呑んだ。
「そうなった原因はわからないのか?」
上条は純粋に美琴の心配をしたが、その心配が白井をいらだたせるには十分だった。
「……わかりませんの」
(あなたのせいですの!)
美琴が上条に恋をしているせいだとは言えなかった。
金属矢でもぶち込んでやろうかと思ったが我慢した。
「それにしても、どうして俺なんだ?」
鈍感な上条の言葉に白井は少し考えてから答えた。
「……あなたが前に言った誓いを思い出したからですの」
それは上条当麻が夏休み最後の日にアステカの魔術師と交わした約束。
残骸事件の時に白井が上条から聞いた言葉。
「あー、なるほど。でも御坂を元気付けるくらいなら白井でも出来るんじゃないのか?」
人を元気付けるくらい誰でも出来るだろうと軽い気持ちで白井に言った。
白井黒子はムッとして答えた。
「わたくしじゃどうすることも出来ないから……、不本意ですがあなたに相談しに来たんですの」
最初は睨みながら答えた白井だが、白井の目にはうっすらと涙がにじんできた。
大切な人の為なのに、自分じゃどうすることも出来ない。
胸の中が情けなさと悔しさでいっぱいになっている。
「ああ、わかったぜ。明日は補習も無いしな」
上条は白井の表情を見て、断るわけにもいかず了承した。
「それでは上条さん、頼みましたの」
そう言ってペコリと頭を下げて、白井はテレポートで消えていった。
「とりあえず、特売に行くか……」
すぐ美琴に電話しないところが上条らしいのだが、
上条にも生活がかかっているため非難することは出来ない。
3.
「ふー、ギリギリ最後の1個の卵と鶏肉が買えた。今日は久しぶりに親子丼でも作るかー」
上条は目的の買い物が出来て満足していた。
「そういえば福引券も貰ったな、どうせポケットティッシュだろうけどやってみるか」
店の出口では福引抽選会が開かれている、特賞はハワイ旅行と豪勢な景品だった。
「1回お願いします」
係員に福引券を渡して、ガラガラと抽選器を回す。
コロンコロンと出てきた玉の色は―――
「大当たり~! 3等遊園地ペアチケットですー」
上条は信じられないと言う表情をして固まっていた。
「特売でラスト1個の卵と鶏肉が買えて、そして福引で3等……、この先俺にどれほどの不幸が……」
そう、これから起こるかも知れない不幸に恐怖していたのだ。
「先のことを考えても仕方ないか、このチケットで御坂を誘ってみるか……」
係りの人からチケットを受け取り満足して帰宅した上条は、夕食を作る前に御坂美琴に電話をした。
trrrrr trrrrr
「上条だけど」
『いいいったい、ななn何の用なのよ?』
「突然で悪いんだけどさ、明日暇か?」
『えええ? どどどどうしたの急に?』
「さっき福引で遊園地のペアチケットが当たったんだけど、一緒に行かないか? って思ってさ」
『ふにゃー』
「御坂? どうしたんだ大丈夫か?」
『ふにゅ? にゃいじょうぶよ!』
「そうか、それで明日のことだけど」
『……行く』
「それじゃ明日の1時にいつもの公園で待ち合わせな! 遅れんなよ?」
『……うん』
よかった、御坂を誘うことが出来た。上条は白井との約束を守って一安心して夕飯を作り出した。
4.
まさかアイツから誘ってくれるなんて夢見たい……
あ、ダメ。もう胸がドキドキしてる。
ちゃんと話できるかな……
幸せすぎて倒れちゃったらどうしよう……
どうか、明日のデートが無事にいきますように。
明日こそ、この想いをアイツに―――
ベッド上の美琴の様子を見て「うまく誘ってくれたようですね」と白井黒子は安心した。
(ですが、もしお姉様を悲しませたその時は!)
と、小さな決意をした。
5.
翌日 12:55
上条は珍しく待ち合わせ時間に間に合ったが、すでに美琴は待っていた。
「すまん待たせたか?」
「ううん……、私も今来たところだから」
ウソだった。
「そうか? んじゃ行くか」
(白井の言う通りだな、確かにどこか元気ない……)
何事も無く上条と美琴は遊園地に着くことが出来た。
「思ったより楽しそうなところだな」
入り口のゲートをくぐったとたん、上条の顔はほころんでしまった。
よく考えたら記憶喪失の上条は遊園地がどんなところなのか知らないのである。
「そうね……」
やはり元気が無い、上条は少し心配になった。
「御坂?」
休日の遊園地には家族連れや、友人同士のグループ、そしてカップルで賑わっていた。
(私達も……よし!)
「何でも無いわ! さ、行きましょ、今日は思いっきり楽しんでやるんだから!」
美琴は何かに吹っ切れたように急に元気になって、上条の手を引っ張った。
「うわっ、そんなに引っ張るなって」
「遊園地って言ったらまずはジェットコースターよね♪」
「ああ、そうだな……」
どんな乗り物だ? と一瞬疑問符が頭に浮かんだが上条は何事も無かったかのように答えた。
「ヘルコースターって物凄く怖そうな名前なんですが……」
上条はその不気味な名前の前に少し青ざめていた。
「平気よ」
だが美琴は気にしない。
「周りのジェットコースターはすごい行列が出来てるのに、これは何で人が少ないんだ?」
「さあ? 人気が無いんじゃないの?」
他のアトラクションや乗り物は行列が出来ている。人気のスクリューコースターは1時間待ちが当たり前だった。
そんな中、待たなくてもいいというのは遊園地初めての上条には甘い響きだった。
「待たなくてもいいなら乗ってみるか」
「うんっ!」
そしてジェットコースターに乗った2人、係りの人から「本当にいいんですね?」「戻るなら今のうちですよ?」と3回も確認されたことが気になった。
2人は知らなかった、このヘルコースターは名前こそは安っぽいが、実はこの世で一番怖いコースターとして有名である。
あまりの恐怖のため乗った人の中には死を覚悟する人もいるようで、このコースターに乗るくらいなら死んだほうがマシとまで言われた伝説を持つ。
怖いもの見たさで挑戦する人がいないくらいの力を持ったコースター。
そう、世界で唯一レベル6にたどり着くことが出来たジェットコースターなのだ。
消えるレールと名付けられたコースターがレールを飛び越えるスーパージャンプ。
この世の物理法則を超えた、四方八方から同時に襲い掛かるG(重力加速度)。
そして時速200キロで垂直落下などジェットコースターの次元を超えている。
こんな乗り物が現実に存在していたら間違いなく営業停止だろう。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」」
ジェットコースターが止まった頃には、2人は真っ白に燃え尽きていた。
「……」
「……美琴? おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
美琴は気を失っていた、普段の美琴なら耐えれただろうが、
最近は食事もロクに喉を通さず、今日のデートが楽しみで昨晩もよく眠れなかったのもあって貧血を起こしていた。
上条の事での『ふにゃーからの気絶』は逃れたが、誰もが予想もしなかった方法で壮絶な気絶をしてしまった。
6.
―――私、アンタの……、当麻のことが好きだったの
美琴は上条の顔を見て真っ赤にしながら上条へ想いを伝えた。
『俺は―――』
確かに口は動いているはずなのに上条の返事が聞こえない。
7.
気が付いたときには医務室にいた。
「気が付いたか?」
「私は一体……」
ベッドの横には上条が座っていた。医務室から見える窓の外はもう暗くなっている。
「あのジェットコースターに乗って気を失ったんだ」
「はぁ情けないわ……、あんなので気絶するなんてねー」
「気を落とすなよ、俺も結構ヤバかったし」
「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに……」
楽しみにしていたのに……、せっかく一緒に遊べると思っていたのに。
美琴の願いは儚く散った。
美琴の目から涙がこぼれ落ちた。
「気にすんなって、デートならまたやり直せばいいさ」
「っ!」
その言葉に美琴は顔を真っ赤にしてうつむいた。
上条もデートと思ってくれていたことが嬉しかった。
「御坂、どうしたんだ?」
「べっ別にどうもしてないわよ」
この気持ちを伝えることが出来たら楽になれるのに、どうしても素直になれない。
「それならいいんだが……」
上条は美琴の反応に疑問符が浮かんだが、とりあえず朝よりは元気になっているようで安心した。
「ねえ、今何時?」
「もうすぐ8時だ、この後どうする? 夕飯でも行くか?」
「今日は帰る……」
「そっか、寮の門限もあるしな」
常盤台の規則は厳しいらしい。
美琴としても、デートをこんな形で終わらせたくなかったが、気を失ってしまった手前どうしても気まずいみたいだ。
「まさか遊園地に行って、乗り物に1つしか乗らないなんてなー」
「ほんと、笑い話よね……」
ハハハ笑いながらと2人は常盤台の寮までの道のりを歩いている。
「ねぇ、1つだけ聞いていい?」
「いいけど」
「どうして、私を誘ってくれたの?」
「……白井から頼まれたんだよ、お前のことを元気付けてやってくれって」
(本当はデートしてくれって言われたんだけどな……)
「そっか、そうよね……、そんなことでも無けりゃアンタから誘ってくれるなんてありえないもんね」
美琴は悲しげに顔を下げた。
「俺さ、隠してたんだけど遊園地って初めて行ったんだよな」
「え?」
上条の突然の告白に美琴は目を丸くした。
「俺って記憶喪失だろ? だから遊園地がどんなところだったのかも覚えてなかったんだ」
(初めての遊園地が私と……)
上条の記憶喪失を知っている美琴は少し悲しくなったが、それ以上に初めて遊園地に行くのに自分を選んでくれたことが嬉しかった。
「どうしたんだ?」
「あの……さ、今日どうしても伝えたいことがあったんだけどさ」
「ん?」
「私ね、アンタのこと……す、す、好きなんだ」
やっと言えた、この時をずっと夢で見ていた。だがその瞬間上条の返事を聞くのが怖くなった。
「俺は―――」
「待って、まだその先は言わないで……」
上条の返事を遮る。
「アンタがそういう風な目で私を見てないことは知ってる。
おかしいでしょ? 一度も名前を呼んでいない相手を好きだなんて……
私はずっと逃げていた、前に進む勇気も出せずに、後輩にまで心配かけてずっと逃げてただけだった。
でも今日言わないと一生言えないような……、そんな気がして。
それに私は何もしていないし、あの時のお礼だって言えてない。
今の私にはアンタを好きになる資格なんて無いのかもしれない。
だから返事は今しなくて良いの、私がアンタのことを名前を呼べるようになったら、
この想いを全て伝えられるようになったらまた告白する。返事はその時聞かせてよ……。
今の時点で私のことを何とも想っていなくても、その時までに絶対に好きになってるようないい女になってやるんだから!」
美琴は勇気を振り絞り、精一杯の告白をした。
「お前がそれで良いなら」
上条は美琴の瞳を見て返事をした。
そんな上条の視線が痛かったのか、美琴は少し悲しい表情をして俯いた。
「卑怯……よね、これからはそういう目で見てくれって言ってるんだもん」
今ここで返事を聞かずに逃げる選択、そんな自分に嫌気がさした。
「そんなことねーよ」
「え?」
「実はさ、御坂が寝てる間に寝言が聞こえてさ……」
「寝言?」
どんな夢を見ていたのか覚えていない。
ただ、とても悲しかったような気がする。
「まー気にすんな」
「何よそれ? 気になるじゃない!」
ムッとした表情で問い詰めたが、上条は笑って誤魔化した。
「ハハ、お前が俺の名前を呼べたら教えてやるよ!」
「む~! 絶対呼んでやるんだから!」
「ああ、待ってるぜ」
この上条の返事がYESなのかNOなのか分からないが、2人の距離は確実に縮まっていた。
こうして2人は笑顔のままそれぞれの寮に帰っていった。
8.
「ただいま黒子」
「おかえりなさいませ、お姉様」
自室では心配そうに白井黒子が待っていた。
「黒子、ありがとね。もう大丈夫だから」
「はて? わたくしお姉様にお礼を言われるようなことをした覚えがありませんが」
「アイツから聞いたわよ、私を元気付けるように言われたって」
「口止めするのを忘れてましたわ」
白井はしまったと言う表情をした。
「そんな顔しないで、私は怒ってないわよ。黒子には本当に感謝してるんだから……」
「……お姉様」
「ごめんね、情けない先輩で」
「お姉様あああ!」
白井は美琴の胸に飛び込んだ、美琴も珍しく白井を受け入れた。
美琴のことをずっと心配して疲れていたのだろう。白井は美琴の胸の中で寝てしまった。
「ありがとう、黒子」
美琴は白井の頭をなでながら、もう一度優しい声で白井にお礼を言った。
「絶対に名前を呼んでやるんだから―――」
こうして美琴は新たな決意と共に1歩踏み出すことが出来た。
9.
深夜2時
1人の男の携帯電話が鳴り出した
「もしもし、ねーちんから電話してくるなんてめずらしいにゃー、そっちで何かあったのか?」
『上条当麻は無事ですか!?』
「上条当麻? 誰だそれは?」
2章
1.
日本時間午前1時過ぎ
上条当麻と御坂美琴が遊園地デートをした日の深夜に事件は起こった。
時差によりイギリスでは15時過ぎだった、インデックスと神裂火織・ステイル=マグヌスは必要悪の教会の任務に就いていた。
3人はある場所に向かって必死に走っている。
「まずいんだよ、このままじゃとうまは!」
インデックスは焦っていた、どうやら上条の身に危険が迫っているようだ。
「分かっています、インデックス」
「まさか奴の狙いが上条当麻だったなんて」
神裂とステイルも同じように焦っている。
「もしあの魔術が発動したらいくらとうまでも無事じゃすまないかも!」
「しかし、あの魔術を使う人間がこの世にいたとは……」
「よほど上条当麻を怨んでいるとしか思えないですね」
そして3人は魔術が使われる儀式場まで辿りついた。
「遅かったな……、必要悪の教会の諸君、今儀式は終わった」
「その魔術は使っちゃダメなんだよ!」
インデックスが叫んだ。
「何故だ? 何故使ってはいけない魔術が存在するんだ?」
魔術師は問い返す。まるで、この世の全てに理があるかのように……
「その魔術は強大な力のせいで使用者の命を奪うんだよ!」
「だからどうした? 私は上条当麻の存在を消す。それが私の役割だ」
「Salvere000」
神裂火織が魔法名を名乗る
「インデックス、下がってください! この男には何を言っても無駄です!」
「遅い、私の魔術は止められない」
その瞬間、魔術師の魔術は発動した。
魔術師の体からは血が吹き出ている。やはり強大な魔力に体が耐えられないようだ。
そして、魔術の発動が終わった時魔術師の体は跡形も無く崩れ落ちた……。
「インデックス、ステイル無事ですか?」
「私は無事かも」
「僕も大丈夫だ」
「っ! とうまは無事なの?」
インデックスは心配でたまらないと青ざめていた。
「我々が上条当麻のことを忘れていないということは、私が張った結界は成功したと言うことでしょうか」
「さあね、案外奴の魔術が失敗したのかもしれないよ」
(可能性は低いけどね……)
ステイルはインデックスを安心させるために、普段なら言わない希望的観測を述べた。
「とりあえず土御門に連絡をします」
trrrrr trrrrrr
『もしもし、ねーちんか。めずらしいにゃー、ねーちんから掛けてくるなんて』
「上条当麻は無事ですか!?」
『上条当麻? 誰だそれは?』
「本当に覚えていないんですか?」
『覚えていないとか言われても困るにゃー』
「事情を説明します―――」
『つまり、イギリスに上条当麻と言う人物を狙う奴がいて、 ねーちん達はその魔術師を追っていたと……
そして、魔術師を追い詰めたが相手の魔術が発動してしまい、
上条当麻の存在がこの世から消えてしまった、しかもご丁寧に最初から上条当麻が存在していなかったように、
他の人間の上条当麻に関する記憶も全て消えてしまったと言うことだにゃー?』
少し長くなったが、土御門は冷静に話を聞き自分なりに完結にまとめた。
「その通りです……」
『それが本当なら確かにまずいことだにゃー、俺が上条当麻のことを忘れているなら、恐らく魔術は成功しているはずだにゃー』
「ええ……」
『今から焦っても仕方ないから、とりあえず今日は寝るぜい、明日また連絡する』
「……わかりました」
通話を終了した神裂はインデックスとステイルに説明をした。
「とうまがこの世界から消えたなんて……」
インデックスは心から悲しんで泣き叫んだ。
「クソッ、僕がついていながら……」
インデックスの涙を見てステイルは自分が許せなかった。
「ん? 待てよ、ヤツの右手には幻想殺しがあるはずだ、上条当麻にはあの魔術は効いていないかもしれない」
そのステイルの言葉はインデックスに希望を持たせるのに十分だった。
「インデックス、あの魔術を打ち消すためにはどうすればいいのでしょうか? 早急に手を打たねば手遅れになってしまいます」
「それは―――」
2.
そして、その日の朝
「ふあー、良く寝た。やっぱりインデックスがいないとベッドが使えて気持ちよく寝れるからいいな」
上条当麻は当然のように朝を迎えた。
やはりステイルの読み通り魔術師が使った魔術は幻想殺しには効かなかったのである。
だが魔術の効力は『この世の全ての人間から上条当麻の存在を消す』だったので、上条以外の人間には効いてしまったのである。
そのため、上条以外の人から上条の存在が消えてしまったのである。
「さーって、朝飯の用意でもするかー」
朝食を終えた上条は、そのまま学校に登校した。
「なんや君? 転校生か?」
教室に入ると青髪ピアスが話しかけてきた。
「はあ? 何言ってんだ青髪?」
「なんで君ボクのあだ名知ってるん?」
「朝から何の冗談だ?」
上条はぶん殴ってやろうかと思ったが、さすがにいきなりは可哀想なので思いとどまった。
「邪魔だ、教室の入り口で立ち止まるな!」
突然、後ろから声をかけられた。
「うわっ押すなよ吹寄」
「何故私の名前を知っているんだ転校生」
クラスメートの吹寄だった。彼女の様子も何かおかしい。
自分のことをまるで知らないような言い方だ。
「はぁ? 吹寄まで何言ってるんだ?」
そう言った瞬間チャイム鳴りチャイムと共に小萌先生が入ってきた。
「はーい、ホームルームをはじめますよー、全員席についてくださーい」
「小萌先生、聞いてくださいよ!」
みんなが俺のことをいじめるんですよーっと冗談っぽく訴えようとしたが……
「あなたは転校生ちゃんですか? 変ですねー、転校生が来るなんて聞いてないのですー」
「小萌先生まで……、どうしたんですか?」
何かがおかしい。
集団でドッキリを仕掛けているにしては少し大げさすぎる。
(まさか……、魔術?)
何かの魔術のせいだと判断した上条は、教室の中を見渡す。
(土御門はいないか……)
「アハハハー、すんません。寝ぼけて別の学校に来ちまったー、俺の学校はここじゃありませんでしたー。サイナラ!」
「変な子ですねー」
(どうなってんだよちくしょう)
上条は土御門を捜して走り回った。
3.
数時間探しても土御門を見つけることは出来なかった。
日も落ちかけている。
もう学校はとっくに終わってる時間になっている。
(サボったことになるのか? 出席日数もやばいのに……不幸だ)
そんなことを思っていると、目の前に見たことがある少女が歩いていた。
「御坂……」
昨日告白してくれた少女、昨晩は美琴のことを考えていたせいでよく眠れなかった。
美琴は上条と一瞬だけ目が合ったが、何事も無かったかのように通り過ぎていった。
昨日の今日で気まずいのか? 違う、やはり美琴も俺のことを知らない……
上条は怖くなって声をかけることが出来なかった。
悲しみが心の痛みのように走り抜けるのを感じる。
「クソッ」
そして、再び土御門を探すために走り始めた。
4.
「土御門! やっと見つけた」
「上条当麻か?」
「俺のことを覚えているのか」
「イヤ、昨日の夜にねーちんから連絡があってな、お前を捜していた」
「神裂達は俺のことを知っているのか? インデックスも?」
「禁書目録や神裂ねーちんのことを知っていると言うことは上条当麻で間違いなさそうだ」
「一体何が起こっているんだ、説明してくれ」
土御門は昨日神裂から受けた説明をそのまま上条当麻にした。
「そんな……、ウソだろ?」
「本当のことですたい、学校に行ったんならもうわかってるだろ?」
「魔術を打ち消す方法は無いのか?」
「難しいぜい、禁書目録たちが調べていると思うが」
「とりあえず試させてくれ」
上条は土御門の額に右手を当てたが。
「何をやってるんだ上条?」
効果は無かった……
「とにかく、何か分かったら連絡するから、今日のところは家に戻ってるにゃー」
「俺にも何か出来ることは無いのか?」
「さあな……だがこのまま外を出歩いて、知り合いに会ったら辛い思いをするのは上条だと思うぜい」
記憶を無くす、その辛さを誰よりも知っている上条は何も言えなかった。
記憶を無くして、一番最初に病室を訪れた少女『インデックス』
記憶を無くしたと気付いて、支えると言ってくれた少女『御坂美琴』
記憶喪失を知った時の彼女達から向けられた悲しみの視線は、今までのどんなダメージより痛かった。
もしこの状況で知り合いに会ってしまったら、今度は自分がその視線を送ることになる。
それが何よりも嫌だった。
「分かったよ、今日は家に帰る」
「それがいいにゃー、何か分かったら連絡する」
「それと……さ、その上条って呼び方なんだけど……」
「ん、どうかした?」
「カミやんって呼んでもらっていいか? お前に上条って呼ばれると何だか調子が狂っちまって」
「俺達はそう言う間柄だったのか、わかったカミやん」
「あと、お前の隣の部屋ってどうなってる?」
「空き部屋だぜい」
「そこが俺の部屋だったんだ」
「なるほど、それじゃ一通り調べたら後で行くにゃー」
そう言って上条は土御門と別れて家に帰ることにした。
5.
誰もいない公園、いつもの自販機―――
私は誰かを待っている。
一体誰を?
分からない、昨日もここで朝からずっと待っていた気がする。
私の心の中にいるアナタは誰なの?
……
私の問いかけにアナタは答えてくれない……
約束……
美琴は無意識のうちに呟いていた。
「……御坂」
上条は帰る途中、美琴を遠くから見つけたが声をかけることが出来なかった。
昨日ようやく少しだけ近づいた2人の距離は、再び遠く遠く離れてしまった。
6.
上条は自分の部屋に戻って、土御門からの連絡を待っていた。
「どうすりゃいいんだ……」
科学側の知識も無く、魔術の知識も無い、今の自分には何も出来なかった。
ピンポーン
上条の部屋に誰か尋ねてきた、今この部屋に来るのは土御門しか存在しない。
案の定土御門だった。
土御門の手には携帯電話が握られていた。
「上条、禁書目録と話すんだにゃー」
『よかった、とうま無事だったんだね!』
「インデックス……、俺のことを覚えているのか?」
『かおりが守ってくれたんだよ』
「そっか……」
『話さなきゃいけない事がたくさんあるんだよ』
「わかった」
インデックスは上条に説明をした。
自分がイギリスに行った本当の理由。
魔術師の狙いが上条当麻だったこと。
魔術が発動されて、上条にこそ効果は無かったが、上条の存在がこの世から消えてしまったこと。
神裂の結界のおかげで自分には魔術が効かなかったこと。
魔術の効果を打ち消すためには、上条自身の存在をこの世界に知らしめる必要があること。
「―――なるほど、土御門から少しは聞いていたけど、俺はこれからどうすればいい?」
『今は出来ること無いかも』
「そうか……」
『私が絶対にとうまのこと助けてあげるから、大船に乗った気持ちで待ってるといいんだよ』
インデックスは涙声になっている。鼻水をすする音も聞こえる。
「頼む……」
上条はインデックスに頼むしかなかった。上条は不安で押しつぶされそうになったが、インデックスという希望が不安を打ち消した。
こうして上条とインデックスの通話は終わった。
「上条、話は済んだか?」
「土御門、お前まさか……」
「ああ、ねーちんに事情を聞いたばかりなのに、どんどん上条の存在が俺の記憶の中から消えていく……、
この魔術は相当厄介なものだにゃー」
夕方、自分のことをカミやんと呼んで欲しいと頼んだばかりなのに、呼び方が上条に戻っている。
どうやら、本当に上条のことを忘れてしまっているみたいだ。
「……わかった」
「恐らく俺が手助け出来るのはここまでだぜい、後はねーちん達に任せるしかない」
「ありがとう土御門」
土御門も自分の部屋に戻っていった。
残された上条は1人考えていた。
「何もせずに、ただ待つのも辛いな……」
上条はベッドの上でインデックスとの電話の内容を思い出していた。
「俺の存在をこの世界に知らしめるって魔術のかかった人に俺のことを思い出してもらえばいいんだよな?」
それは不可能に近いということをインデックスは言っていた。
だからインデックスは魔術の術式を解析して、その魔術を打ち消す魔術を作るしかないと上条に説明した。
「でも……」
携帯電話を取り出した上条は、親に電話をかけた。
『もしもし、上条ですが』
「父さん? 俺、当麻だけど」
『私には息子はいないんだが……、最近流行の詐欺かな?』
「息子のことも覚えていないのか、父さん!」
『イタズラ電話なら止めて頂きたい』
ツーツーツー
電話を一方的に切られてしまった。
「くそっ! 母さんにかけても同じだろうな……」
うすうす分かってはいたが、やはりショックだった。
上条の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「待つしか無いのかよ……」
上条当麻は何も出来ずに一睡もしないまま朝を迎えた。
上条は少しの期待を込めて、昨日土御門に教えてもらった番号に電話をかける。
trrrrrrr trrrrrr
『神裂ですが』
「……上条だけど」
『上条当麻、あなたにはどうお詫びをしていいのか……』
「それで、何か分かったのか?」
『いえ、今のところはまったく』
「そうか、インデックスは元気か?」
『はい、今は貴方を助けようと必死で魔術を構造を調べています』
「そっか……分かった、インデックスにはよろしく伝えておいてくれ」
そう言って電話を切った上条は、ベットの上に倒れこみ深い眠りについた。
7.
―――夢を見ている。
ただ1人で待っている夢。
あの公園で。
あの日と同じ気持ちで、待っている。
伝えたい想いを胸に抱いて。
―――誰を?
やっぱり分からない。
「朝……」
美琴は目覚めると自分の目に涙があふれていたことに気付いた。
「おはようございますの、お姉様」
「おはよう黒子」
「お姉様、どうなされましたの?」
「ん? どうもしてないわよ、ちょっと顔洗ってくるね」
「それならよろしいのですが、最近少し元気も無かったように感じましたので……」
「ごめんね、心配かけちゃって。大丈夫よ」
美琴は胸にぽっかりと穴が空いたような、まるで大切な何かを無くしたような、不思議な寂しさにとらわれていた。
しかし、美琴には何のことだかわからない。
「そうですか、それならよろしいのですが。さて朝食のお時間ですの、食堂に参りましょう」
そう言って2人は食堂へと向かった。
8.
放課後、美琴は1人で公園に立っていた。
ここのところ毎日ずっと来ている。
そう言えば自販機を蹴ってジュースを出すこともしなくなった。
黒子に注意されたから? 違う―――
じゃあ何故?
「あれー? 御坂さんじゃないですかー、何してるんですかこんなところで」
声をかけてきたのは友人の佐天涙子だった。
「ちょっと、探し物をね……」
「何か落としたんですか? だったら初春に聞けば届けられてるかも……」
「あー、落としたわけじゃないんだけど……」
「あたしも手伝えるなら一緒に探しますけど」
「いやそんな物じゃないんだけど」
美琴の様子がおかしい、何か悩んでいるようだ。
「悩みがあるんなら相談に乗りますよ! あたしなんかじゃ頼りないかもしれないですけど、1人で悩むより2人で考えたほうが答えは出ますよ! それでも足りなければみんなで考えればきっと……」
「それじゃお言葉に甘えようかな……」
こうして美琴と佐天は近くの喫茶店に入った。
「私ね、大切な物を失くしたような気になってるの」
「大切な物を……ですか?」
「とても大切な物……、おかしいよね? その失くしたものが何か分からないんだから」
「んー、それで最近元気無かったんですか?」
「私が元気無かった?」
「ええ、白井さんもそう言ってましたよ?」
いつからだろう、私がこのことを気になりだしたのは昨日からだ。
昨日は佐天さんにも会っていないし……
「あたしはもしかしたら御坂さんが、例のアイツさんの事を考えてるのかなーなんて思ってたんですがね」
「アイツって誰よ?」
「あれ? 前に言ってませんでした?」
「……」
美琴は佐天の言う『アイツ』のことを考えたが、やはり知らない。
「夏休みにクッキーを作ってあげた相手じゃないんですか?」
「私が、クッキーを?」
どうして? と疑問に思ったが、佐天の目はウソ言っていないことは分かる。
「佐天さん、その話もう少し詳しく聞かせて」
「はい、確か8月23日だったかな、突然御坂さんがウチを尋ねてきて、クッキーを作りたいからキッチンを貸してって言われて。
理由を聞いたら、クッキーはある人へのお礼だって言って、それがずっと『アイツ』さんだと思っていたんだけど……」
美琴は自分の知らない情報を突きつけられて戸惑った。
クッキーは作ったような気がする。だけど誰のために?
「『アイツ』って人の名前は分からないの?」
「すみません、そこまでは分かりません……」
佐天は美琴の真剣に悩んでいる顔を見て唖然とした。
どうやら本当に『アイツ』のことを知らないらしい。あのクッキーの行方は?
それとも『アイツ』の事は、あたしの勘違いだった? っと佐天はずっと考えていた。
「そう……、何か思い出したらまた教えてね」
「御坂さんの大切な物が何か分からないけど、白井さんや初春も何か知っているかも知れませんよ?」
「そうね、みんなにも聞いてみるわ! 今日はありがとうね佐天さん」
「その……、あたしも何か思い出したらすぐ御坂さんに連絡しますね!」
「ありがとう佐天さん、お願いするわね」
美琴は少し元気になったような表情になった。
それを見て佐天は少し安心したように微笑んだ。
当然佐天にも魔術の影響はあった。
大覇星祭での美琴の借り物競争の一件など、それが上条だと分かることは記憶から消えていた。
しかし、佐天の記憶の中には『上条=アイツ』の図式が無かったので、『アイツ』としての記憶だけが残った。
(アイツって誰よ……)
佐天が言っていた『アイツ』についてずっと考えていた。
繰り返し、繰り返し、考えていた。
そうすれば何かが分かる、そんな気がする。
「私は……」
考えなければいけないと言うことはよく分かっている。
が、先へ進めない。
どうしても答えは出ない。
9.
美琴は自分の部屋に戻っていた。
「黒子、『アイツ』って誰か知ってる?」
「アイツ? どなたですの?」
「やっぱり知らないか……」
「どうかなされましたの?」
「ううん……、なんでもないの。今日は寝るね、おやすみ黒子」
「おやすみなさいませ、お姉様」
この日、美琴は再び夢を見た。
記憶の中にいない少年が夢の中に出てきた。
しかし、顔は黒く塗りつぶされており誰か分からない。
『心配に決まってんだろ』
私のことを本気で心配してくれている。
『だからお前は笑って良いんだよ』
ボロボロになって私を助けてくれた。
『御坂美琴とその周りの世界を守ってやる』
私のいないところでした約束。
―――絶対に名前で呼んでやるんだから!
「夢? 私は『アイツ』に……」
10.
翌日―――
上条は何も出来ないまま時間だけが過ぎていた。
学校にも行くことは出来ない、外も出歩けない。
永遠とも呼べる時間がずっと続いていた。
「そうだ、スーパーに行かなきゃな……」
外に出て誰にも会いたくなかった上条だが、生活のためにスーパーには行かなければならなかった。
いつものルートを通ってスーパーに向かう途中。
何かにぶつかり、そのまま倒れこんでしまった。
「いたた……、すいません大丈夫ですか?」
馬乗りになりながら上条は相手に謝った。
ぶつかったのは上条もよく知る少女、一昨日自分のことを好きだと言ってくれた少女。
そして、今一番会いたくなかった少女だった。
「どこ見て歩いてんのよ!」
美琴はいつものように悪態をつきながら顔を真っ赤にして答えた。
だが名前も知らない男に押し倒されたのに美琴の心には何故か『嫌』という感情は無かった。
「……御坂」
美琴も上条のことを忘れている、分かっていた事だったが上条は悲しくなった。
「何で私の名前を知ってるのよ?」
何故か見知らぬ男から名前で呼ばれた。
男から名前を呼び捨てされるのは初めてだった。
しかし押し倒された時と同じように、何故か嫌という感情は無かった。
「え、初対面なはずだけど、どうしてそう思うんだ?」
ウソをついた。
「……さっき名前で呼んだでしょ」
「学園都市第3位の超電磁砲は有名だからな……」
「……」
なんとなくだが、美琴も上条がウソをついていることに気づいた。
―――この人に押し倒されたのに、どうして嫌じゃないの?
―――この人はどうしてそんなに悲しい目をするの?
この人は―――
「教えて、アナタは誰なの? どうしてアナタは私のことを知ってるの?」
「……悪い、急いでるから」
上条はいたたまれなくなって逃げ出そうとした。
「待ちなさいよ!」
美琴は去ろうとしている上条の右手を引っ張った。
「ちょっ」
とたんに2人はバランスを崩し再び倒れこんでしまった。
倒れこんだ拍子に一瞬だが、美琴の唇に上条の唇が触れ合ってしまった。
偶然のキス、上条は顔を真っ赤にして離れすぐ土下座モードに入ろうとした。
美琴は息の根が止まるように固まって動かない。
ただ必死になって考えている。
―――私はこの人のことを知っている、絶対に忘れちゃいけない大切な人だ……。
―――でも思い出せない、私の記憶の中にこの人はいない。
「答えて! 何故私の心の中にアナタがいるの?」
美琴は真剣な表情をして上条に問いかけた。
上条は美琴が言っている言葉の意味を瞬時に理解した。
かつて記憶を失ってからインデックスに初めて会った時についた優しいウソ。
あの時、記憶を失ったばかりの上条を動かしたのは自分の心に残っていた『何か』だということ。
「……」
上条は答えられなかった。
恐らく自分は物凄く悲しい目をしている。
かつて、インデックスや御坂美琴から向けられたあの目。
それと同じ目を美琴に向けているだろう。
事情を説明しても、美琴が全てを思い出す確立は少ない。
というよりも、理解してもらえない可能性の方が高い。
もし理解出来ても、下手をすれば美琴を更に苦しめてしまう可能性だってある。
記憶を失うというのはそう言うものだ。
魔術によって失ったなら尚の事だ。
インデックスの記憶が戻せないなら、やはり美琴の記憶も戻らないのではないか?
そう思ってしまった。
だったら、ここで上条が取る行動は美琴を悲しませないようにするだけだ。
「……ビリビリ」
こう呼べば、美琴は怒るだろう。
そして悲しむことなく全てが丸く収まるはず。
「わ た し に は ! 御坂美琴って名前があんのよ! いい加減憶えろコラー!」
バチバチッと美琴の周りに電撃は発生して上条を襲う。
「うわっ! いきなりあぶねーだろ!」
計算通り―――
後は自分が逃げるだけ。
だが―――
「アンタがビリビリって呼ぶのが……あれ?」
美琴の顔が怒りの表情から一気に変わる。
その表情の変化に上条はすぐ気づいた。
「お前、ひょっとして思い出したのか?」
「え? あ、あ……、どうして忘れてたんだろ……」
なんとも知れぬ大きな悲しみの底に突き落とされるのが分かる。
美琴は泣きながら上条に抱きついた。
「御坂……」
上条はごく自然のごとくその名前を口にした。
「ご、ごめん、どうしてアンタのこと忘れてたか分からないけど、全部思い出したから……」
6月、初めて出会ったこと。
それから何回も追いかけっこしたこと。
7月、グラビトン事件の時に私と友人を守ってくれたこと。
8月、私を絶望のどん底から救い出してくれたこと。
夏休み最後の日、デートしたこと。
そのときの約束も―――
そして一昨日、遊園地デートをして想いを伝え、新たに決意したこと。
全てを思い出した―――
自分の胸で泣いている美琴の頭をなでながら。
「何が起こっていたのか、説明するよ……」
11.
同時刻、イギリス
「魔術の効果が弱まっていくんだよ!」
「上条当麻が自身の存在とこの世界を結びつけたということですか……」
「それはわからないけど、儀式によって発動された魔術はもう効力が消えてるんだよ」
「では上条当麻は」
「うん、もうみんなとうまのこと思い出したはずなんだよ」
「一体どうやって? あの魔術はそんな簡単に破れるものでは無かったはず」
「それはわからないんだよ」
「上条当麻にはこの世界に必要とされる『絆』があるのかも知れないですね」
「でも、ちょっと悔しいかも」
「何がです?」
「とうまを助けるのは絶対に私だと思ってたのに」
「……そうですね、とりあえず向こうがどうなってるか上条当麻に聞いてみます」
12.
「なるほどねー」
「こんな話、信じてくれんのか?」
「いきなり言われても信じれなかったかもしれないけど、忘れてたことは事実なんだし信じるしかないでしょ」
上条の説明を受けた美琴は全てを信じた。
説明の途中に神裂から電話があり、魔術の効果が完全に消えたことを知った。
「お前が俺のことを思い出してくれたから、魔術の効果は無くなったんだ。……ありがとうな」
「ねえ、一昨日の約束覚えてる?」
「……忘れるわけねーだろ」
一昨日、美琴から告白をされたときは正直言ってどうしていいか分からなくなった。
違う、本当は寝言を聞いたときから美琴の想いに対しての答えは出ていた。
だが自分が不幸な人間で、人と深く関わりを持ったせいで周りの人が傷ついていくことを恐れていただけだった。
だがこうして魔術が打ち消されたのは間違いなく美琴のおかげである。
「私も、覚えてた。当麻のこと忘れさせられたはずなのに、何故か約束だけ覚えてた……」
今まで名前が呼べなかったことがウソみたいに、自然に出てきた。
「当麻のことが好きです……、どうしようも無いくらい大好きです」
「俺は不幸な男だ……」
「知ってる」
「今日みたいなことがまたあるかもしれない」
「分かってる」
「俺と付き合うとお前まで『不幸』になるかも知れない」
「『不幸せ』にはならないと思うけど?」
「まったく、『美琴』には敵わないな……」