一章 お姉様 ~ 十一月某日
一端覧祭最終日から一夜開けた朝。
目を覚ました御坂美琴は、視界に写る普段とは違う部屋の天井をぼんやりと眺めていた。
素肌に感じる優しいぬくもりが、どこかふんわりとした心地よさに変わり、少女の心を包み込んでいる。
耳元にやわらかな吐息を感じ、隣へと視線をずらすと、そこに穏やかな表情で少年が眠っていた。
「ほんとうにしちゃったんだ、わたし……」
今、自分と少年は何故ここに居るのか、そして何をしたのか。それを思い出した彼女はそう呟くと、
隣で眠る少年をそっと抱きしめ、ゆっくりと目を閉じた。
目を覚ました御坂美琴は、視界に写る普段とは違う部屋の天井をぼんやりと眺めていた。
素肌に感じる優しいぬくもりが、どこかふんわりとした心地よさに変わり、少女の心を包み込んでいる。
耳元にやわらかな吐息を感じ、隣へと視線をずらすと、そこに穏やかな表情で少年が眠っていた。
「ほんとうにしちゃったんだ、わたし……」
今、自分と少年は何故ここに居るのか、そして何をしたのか。それを思い出した彼女はそう呟くと、
隣で眠る少年をそっと抱きしめ、ゆっくりと目を閉じた。
*
「おかしいですの。いくらお姉様と言えど無断外泊などされるはずが……」
一端覧祭最終日から一夜開けた朝。
超能力者(レベル5)を二名抱えた名門お嬢様学校・私立常盤台中学校学生寮の一室で、
風紀委員(ジャッジメント)のツインテール少女――白井黒子は眠い目を擦りながら疑問を口にしていた。
超能力者(レベル5)を二名抱えた名門お嬢様学校・私立常盤台中学校学生寮の一室で、
風紀委員(ジャッジメント)のツインテール少女――白井黒子は眠い目を擦りながら疑問を口にしていた。
昨日のことである。一端覧祭最終日ということで舞い上がった能力者が騒ぎを起こし、それを収めるため、
風紀委員である白井は犯人の拘束とその後の警戒警備を行った。
やっとのことで仕事を片付け、寮の自室でルームメイトである御坂美琴の帰りを待っていた。
しかし、いつまでたっても美琴は寮に戻らない。
つまり無断外泊である。
彼女たちは何らかの事情で門限を破ったり外泊をする場合、
互いに連絡を取り合い偽装や寮監への説明を行うといった暗黙の了解がある。
これは“相互の強い信頼”があるから可能なことであり、だからこそ門限を安心して破ることができるのである。
……しかし、その夜、美琴はその“信頼する相手”である白井にすら連絡を入れないどころか、
一切の連絡がつかなかった。となると考えられることは、連絡することが憚られる、という可能性が非常に高いわけである。
一般的に、中学生の女の子が深夜になっても帰宅せず連絡もつかないといった場合、
何らかの事件に巻き込まれていると考えるべきだろう。しかし昨日は“一端覧祭最終日”だったのである。
そして、美琴は“とある少年”と一端覧祭を廻っていた。
つまり、白井は事件云々ではなく“そういった”心配をしているのだ。
風紀委員である白井は犯人の拘束とその後の警戒警備を行った。
やっとのことで仕事を片付け、寮の自室でルームメイトである御坂美琴の帰りを待っていた。
しかし、いつまでたっても美琴は寮に戻らない。
つまり無断外泊である。
彼女たちは何らかの事情で門限を破ったり外泊をする場合、
互いに連絡を取り合い偽装や寮監への説明を行うといった暗黙の了解がある。
これは“相互の強い信頼”があるから可能なことであり、だからこそ門限を安心して破ることができるのである。
……しかし、その夜、美琴はその“信頼する相手”である白井にすら連絡を入れないどころか、
一切の連絡がつかなかった。となると考えられることは、連絡することが憚られる、という可能性が非常に高いわけである。
一般的に、中学生の女の子が深夜になっても帰宅せず連絡もつかないといった場合、
何らかの事件に巻き込まれていると考えるべきだろう。しかし昨日は“一端覧祭最終日”だったのである。
そして、美琴は“とある少年”と一端覧祭を廻っていた。
つまり、白井は事件云々ではなく“そういった”心配をしているのだ。
そんな白井の心配は、見事に当たってしまった。
朝食時の点呼で寮監に美琴がいない理由を問われた白井は適当な事情をつくって説明し、
食事を終え自室に戻った。それから数分が経ったとき、部屋の扉がそっと開いた。美琴が帰ってきたのだ。
しかし、そこにいたのは白井が良く見知った“お姉様”ではない。制服の胸元やリボンはわずかに乱れ、頬が赤く染まり、
どこかふわふわと心地良さそうな雰囲気で、全身から微弱ながらもパチパチと漏電を起こしている美琴がいたのである。
そして、美琴はふらふらとベッドに近寄ると、制服のままそこへ倒れこんでしまった。
(何なんですの!? お姉様が壊れっ!)
ありえない。白井は一瞬見ただけでそう思った。
なぜなら、彼女が心から想い慕う“お姉様”は、学園都市第三位の能力者として、
強く確立された自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を持ち、精神や能力を完璧にコントロールできる人物なのだ。
学園都市最強の発電系能力者(エレクトロマスター)が、自らの能力をコントロールできずに、
全身から電気をだだ漏れさせてしまうことなどありえないのだ。
「お、お姉様! 大丈夫ですの!?」
あまりの驚きに固まりついた彼女は、ベッドに倒れる美琴をしばし唖然としたまま見つめ、
数秒後に我に返り慌てて美琴のそばに近寄る。「ぅん……、黒子……?」と、美琴の視線が黒子に向けられた。
「その、ごめん。連絡いれずに……、ちょっと疲れただけだから、大丈夫よ……」
「お姉様、本当に大丈夫ですの!? 病院へ行かれたほうが」
「ありがと、大丈夫だから……」
「なら良いのですが……、あら? ネックレス??」
そう美琴に声をかけると同時に彼女は気付いた。
軽くはだけた制服の胸元からこぼれ落ちるように、飾り気のある金属が下がっていた。
ピンクゴールドに輝く大小の二つのハートが下端で一つに重なった、オープンハートタイプのネックレスだ。
彼女の知る限り、美琴はこのようなネックレスは持っていなかったはずだ。
学業や生活に必要のない物品の所持や着用を禁ずる校則や寮則もあるのだが、
多くの生徒は注意されない程度という“見逃し”のもとで身に付けているし、
美琴も女の子なのでそういったアクセサリーは一応持っている。
実際、夏休みの終わり頃に心境の変化でもあったのか、それまでは飾り気のないヘアピンを使っていたのに、
現在は白梅を模した可愛らしいヘアピンを二つ組み合わせて付けている。
ただ、それはヘアピンの話。美琴がネックレスなど身につけることなどなかった。
食事を終え自室に戻った。それから数分が経ったとき、部屋の扉がそっと開いた。美琴が帰ってきたのだ。
しかし、そこにいたのは白井が良く見知った“お姉様”ではない。制服の胸元やリボンはわずかに乱れ、頬が赤く染まり、
どこかふわふわと心地良さそうな雰囲気で、全身から微弱ながらもパチパチと漏電を起こしている美琴がいたのである。
そして、美琴はふらふらとベッドに近寄ると、制服のままそこへ倒れこんでしまった。
(何なんですの!? お姉様が壊れっ!)
ありえない。白井は一瞬見ただけでそう思った。
なぜなら、彼女が心から想い慕う“お姉様”は、学園都市第三位の能力者として、
強く確立された自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を持ち、精神や能力を完璧にコントロールできる人物なのだ。
学園都市最強の発電系能力者(エレクトロマスター)が、自らの能力をコントロールできずに、
全身から電気をだだ漏れさせてしまうことなどありえないのだ。
「お、お姉様! 大丈夫ですの!?」
あまりの驚きに固まりついた彼女は、ベッドに倒れる美琴をしばし唖然としたまま見つめ、
数秒後に我に返り慌てて美琴のそばに近寄る。「ぅん……、黒子……?」と、美琴の視線が黒子に向けられた。
「その、ごめん。連絡いれずに……、ちょっと疲れただけだから、大丈夫よ……」
「お姉様、本当に大丈夫ですの!? 病院へ行かれたほうが」
「ありがと、大丈夫だから……」
「なら良いのですが……、あら? ネックレス??」
そう美琴に声をかけると同時に彼女は気付いた。
軽くはだけた制服の胸元からこぼれ落ちるように、飾り気のある金属が下がっていた。
ピンクゴールドに輝く大小の二つのハートが下端で一つに重なった、オープンハートタイプのネックレスだ。
彼女の知る限り、美琴はこのようなネックレスは持っていなかったはずだ。
学業や生活に必要のない物品の所持や着用を禁ずる校則や寮則もあるのだが、
多くの生徒は注意されない程度という“見逃し”のもとで身に付けているし、
美琴も女の子なのでそういったアクセサリーは一応持っている。
実際、夏休みの終わり頃に心境の変化でもあったのか、それまでは飾り気のないヘアピンを使っていたのに、
現在は白梅を模した可愛らしいヘアピンを二つ組み合わせて付けている。
ただ、それはヘアピンの話。美琴がネックレスなど身につけることなどなかった。
白井の頭を駆け巡るキーワードの嵐。
一端覧祭最終日の夜に無断外泊、はだけた制服と心地良さそうなお姉様、
見たことのないネックレス、二つに重なるピンクのハート、とある少年、お姉様の支え、年頃の男女……。
そして、そこから導き出だされた一つの可能性――――
一端覧祭最終日の夜に無断外泊、はだけた制服と心地良さそうなお姉様、
見たことのないネックレス、二つに重なるピンクのハート、とある少年、お姉様の支え、年頃の男女……。
そして、そこから導き出だされた一つの可能性――――
「ま、まま、まさかお姉様! ああああの腐れ類人猿と過ちを!?
きぃ~~~ッ! わたくしのお姉様を毒牙にかけるなど絶っ対に許しませんわぁぁぁッ!」
「何いきなり暴れだしてんのよ黒子!」
「あんのクソガキはお姉様をホテルへ連れ込んで朝まで寝かせずにあんなことやこんなことやそんなことをッ!!」
「えっと……、あぅ…………」
何かを思い出したように顔を赤く染め俯く学園都市第三位。
「なぜそこでそんな超マジ反応をっ? なっ! まさかお姉様本当に過ちを!?」
一瞬で顔を青ざめた白井の言葉に対し、美琴は消え入るような声で、
きぃ~~~ッ! わたくしのお姉様を毒牙にかけるなど絶っ対に許しませんわぁぁぁッ!」
「何いきなり暴れだしてんのよ黒子!」
「あんのクソガキはお姉様をホテルへ連れ込んで朝まで寝かせずにあんなことやこんなことやそんなことをッ!!」
「えっと……、あぅ…………」
何かを思い出したように顔を赤く染め俯く学園都市第三位。
「なぜそこでそんな超マジ反応をっ? なっ! まさかお姉様本当に過ちを!?」
一瞬で顔を青ざめた白井の言葉に対し、美琴は消え入るような声で、
「ぅん……、しちゃった」
*
白井の心配は当たってしまった。帰ってこない時点であらかたの予想はついていたし、
考えれば考えるほど、やはりその可能性が高かった。しかし、それだけは絶対に嫌だった。
(嫌、ですの…。そんなの嫌ですの……)
突きつけられた現実を、彼女は受け入れることができなかった。
そして、自分の心から湧き出る莫大な“何か”に気付いてしまった。
その“何か”の感情は自分を不安に陥れるものだった。とても恐ろしかった。
考えれば考えるほど、やはりその可能性が高かった。しかし、それだけは絶対に嫌だった。
(嫌、ですの…。そんなの嫌ですの……)
突きつけられた現実を、彼女は受け入れることができなかった。
そして、自分の心から湧き出る莫大な“何か”に気付いてしまった。
その“何か”の感情は自分を不安に陥れるものだった。とても恐ろしかった。
彼女にとって美琴の存在とは、ルームメイトとして、親友として、憧れの先輩として、ただ慕っているだけではない。
ひとりの人間として“心から本気で美琴に恋している”のだ。
だからこそ、白井は過剰ともとれるようなスキンシップとるし、“美琴を求めている”。
そんな、世界で一番愛おしい、大切な存在である美琴が恋し想う男は、白井にとっては恋敵(ライバル)であり、
そしてその男が美琴の彼氏(こいびと)になるということは、それはつまり美琴を奪われるということで、
白井にとってつらく切ない失恋となってしまうのだ。
ひとりの人間として“心から本気で美琴に恋している”のだ。
だからこそ、白井は過剰ともとれるようなスキンシップとるし、“美琴を求めている”。
そんな、世界で一番愛おしい、大切な存在である美琴が恋し想う男は、白井にとっては恋敵(ライバル)であり、
そしてその男が美琴の彼氏(こいびと)になるということは、それはつまり美琴を奪われるということで、
白井にとってつらく切ない失恋となってしまうのだ。
しかし、本当にそうなのだろうか?
彼女は本当に、“美琴を奪われたこと”が嫌だったのだろうか?
だからこそ、彼女はとても不安だった。恐ろしかった。
白井は、美琴が想い焦がれる少年――上条当麻とは少なからず接点がある。
それも、ただの知り合いなどではない。
白井にとっては恋敵(ライバル)であり、自らの命を救ってくれた恩人ですらあるのだから。
美琴のそばにいた上条を、『金属の矢』を構えながら追い回したこともあった。
突然背後にテレポートして、彼の頭を蹴り飛ばす事だってあった。
しかし、はたしてそれは“お姉様のことを思ってしたこと”だったのか。
美琴のそばにいる“恋敵に対しての嫉妬”だったのだろうか?
それも、ただの知り合いなどではない。
白井にとっては恋敵(ライバル)であり、自らの命を救ってくれた恩人ですらあるのだから。
美琴のそばにいた上条を、『金属の矢』を構えながら追い回したこともあった。
突然背後にテレポートして、彼の頭を蹴り飛ばす事だってあった。
しかし、はたしてそれは“お姉様のことを思ってしたこと”だったのか。
美琴のそばにいる“恋敵に対しての嫉妬”だったのだろうか?
恋愛は、人間の心を自己中心的な感情で支配する。
――もし、お姉様に恋人が出来てしまったら、自分はそれを祝福できるだろうか。
――もし、お姉様に恋人が出来てしまったら、自分はそれを祝福できるだろうか。
恋愛は、全ての人が幸福と思える感情ではない。
――もし、お姉様の恋人に出会ってしまったら、自分は冷静でいられるだろうか。
――もし、お姉様の恋人に出会ってしまったら、自分は冷静でいられるだろうか。
恋愛は、人が人を傷つけかねない感情である。
――もし、お姉様の恋人が“あの殿方”だったら、自分は心から笑えるだろうか。
――もし、お姉様の恋人が“あの殿方”だったら、自分は心から笑えるだろうか。
恋愛は、自身が最も気づき難い感情である。
――本当に、自分は“お姉様のことが好き”で、不安に駆られているのだろうか。
――本当に、自分は“お姉様のことが好き”で、不安に駆られているのだろうか。
白井は時々、そう考えていた。
そして美琴に彼氏が出来た今、
白井は美琴を祝福できているだろうか?
冷静でいられているだろうか?
心から笑えているだろうか?
白井は美琴を祝福できているだろうか?
冷静でいられているだろうか?
心から笑えているだろうか?
どんなにつらい時も折れることのない、強い心を持った少女。
そんな少女の心は今、脆くも折れようとしていた。
自らの心の奥に存在する“何か”に気付いてしまったからだ。
いままで気付かなかった、その莫大な感情――。
しかし、それが“何なのか”は、今の彼女にはまだ理解できなかった。
そんな少女の心は今、脆くも折れようとしていた。
自らの心の奥に存在する“何か”に気付いてしまったからだ。
いままで気付かなかった、その莫大な感情――。
しかし、それが“何なのか”は、今の彼女にはまだ理解できなかった。
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11月☆日
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
お姉様が無断外泊しましたの。
どうやらあの腐れ類人猿と
ただならぬ関係を持たれたご様子。
黒子は絶対に許しませんの。
今度会ったら、泣いて許しを請うまで
金属の矢を持って空間移動で
追い掛け回してやりますわ。
11月☆日
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
お姉様が無断外泊しましたの。
どうやらあの腐れ類人猿と
ただならぬ関係を持たれたご様子。
黒子は絶対に許しませんの。
今度会ったら、泣いて許しを請うまで
金属の矢を持って空間移動で
追い掛け回してやりますわ。
そんなの、嫌ですの…
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