しばらく言葉は無かった。
二人を優しい空気が包む。
二人だけの時が流れる。
上条と美琴に声をかけられる者はいない、馬に蹴られて死んでしまう。
しかし、木原を名乗る者なら言うだろう、壊れるぐらいに試さないと限界の数値は得られないと、それは強欲、尽きぬ探究心ゆえ。彼女は木原ではないのだが同類、我が儘までな興味を止められない。
店内が固唾をのんで見守るなか、
「えー、5分ほど経ちましたが空気になっているのも限界なんで、そろそろ宜しいでしょうか御坂さん? 顔を上げて頂けますか」
顔を伏せたままの美琴がビクッと動く。
「まだ、尋問する気? もう十分でしょ佐天さん」
そして、のそっと起き上がり抗議するが、
「いやー尋問なんて人聞きが悪い、それに御坂さんにじゃないですよ、御坂さんにはおっしゃるとおり十分堪能させて貰ったので次は上条さんにです」
「堪能って、えっ当麻に?」
「俺に?」
「そうです! 上条さんにです!御坂さんにした質問と同じです! 上条さんは何をキッカケに御坂さんを好きになったんですか?御坂さんの友人としては気になります!!」
舌鋒鋭く切り込む佐天。
しかし、これはあくまでもお芝居、演技である、本当のことではない。
「言わなくちゃ、ダメ?」
まずは抵抗してみるが、
「上条さん? 御坂さんは答えてくれましたよ? その御坂さんの彼氏が答えられないって」
佐天に非難されてしまう。
「……不味いか?」
尚も抗戦してみるが、
「それは、不味いですよ。御坂さんは正直に言われたのに、その彼氏さんが言えないって言うのは」
憤慨気味に初春が上条に言う。
「そ、そーか」
逃れる術は無さそう、上条は窮するしかない。先ほども言ったようにこれは美琴と演じている芝居、但し演目は決まっていても脚本は無い。恋人同士という役柄はあっても演じるだけの設定がない、全てがアドリブである。
美琴は本当の事を言って乗り切ったが上条はどうするのか、消耗している美琴にフォローを期待するわけにもいかない、上条の演技力が試される。
(今って言うのはダメだよな……はー、店員に写真見せてっからあんまりボロが出るようなことも言えねーよな)
店員に証拠として出した写真は9月30日のモノ、その頃に付き合い始めたとすると良いのだが、時期が離れている。
今日まで上条と美琴は付き合ってる風を見せて無かったのだから、何故黙っていたのか、今になって何故見せつけるような事をしているのか話がややこしくなる。
やはり付き合い始めはつい最近に持ってくる方がベスト、そして好きになったキッカケを探していると、
「上条さん?」
佐天が不審そうに尋ねる。
「えっ……あっごめんな」
考え込み、黙り込んでしまっていた。
「そーだな、ちょっと思い返してたんだ」
そんな前置きをして上条は
「ふっと気づいたら美琴のことを好きだと思ったんだ」
「それは突然にですか?」
前のめりになって聞く初春。
「突然にとゆーか、山を登っていて目には入ってたものの頂上に着いて、ようやくハッキリ見えたって感じかな。あっ俺美琴のこと好きだったんだ、なって」
「ほっへぇ~」
「で、キッカケと言われて考え込んじまった」
「では、上条さんからしたら御坂さんとは記憶喪失後が初めての出逢いになるんですよね、そこから始めましょう!」
張り切って船頭をするのは佐天。
「美琴との出逢いか、『なんだ……コイツ』だったな」
「なんだ、コイツですか?」
「あー、たしかに言われた」
ちょっと復活して来た美琴が証言する。
「はあ~上条さんってば」
「その後、やっぱり電撃だったよな美琴」
「御坂さん?」
「うっ、あの時はその……」
ゴニョゴニョと美琴は弁解を口に
「最初はだから短気で喧嘩っ早い女の子、という印象だな。その辺は今もあんまり変わらねーか」
するが「今もあんまり変わらない」それについてはさすがに抗議したい。
「当麻?」
詰問するように名前を呼ぶ。
「ほら」
険のある声を上げる美琴にそれ見たことかと上条。その様子に佐天と初春は内心ニンマリ。
「だけど美琴は……佐天さん達も分かるんじゃないかな、友達のためなら困るぐらい全てを投げ打って駆けつけてくれる女の子だ、レベル5で力があるからじゃない、たとえ美琴が無能力者だったとしても変わらない。佐天さん達が危険に曝されたら美琴はソイツらの前に立ちふさがる」
「「はい」」
それについては佐天や初春にしても迷う必要も無いこと、即座に返事が出る。
上条が思い返すは美琴が上条の記憶喪失を知っていると言った時
『私だって戦える』
『私だって、アンタの力になれる』
『アンタ一人が傷つき続ける理由なんてどこにもないのよ!だから言いなさい。今からどこへ行くのか、誰と戦おうとしているのか!!今日は私が戦う。私が安心させてみせる!!』
上条の意識が朦朧としていた時、美琴が言ってくれた言葉である。
同時に美琴が自らに眠る莫大な感情を自覚した時でもある。
そして、上条と美琴の道が交わり、美琴はその宣言通りの行動に出た。
それは
「俺も、ちょいと困ったことがあって遠くへ行かなくちゃならなくなった時、手を貸してくれて、それが上手くいかなかって塞ぎ込んじまった時も、一緒に重荷を背負ってくれたんだ」
曖昧にしか言えない、これまた事実を告げられる話しでもない。
が、佐天と初春は何かを察したのか
「はぁ~、乙女ですね御坂さん」
「御坂さん、健気ですね」
それが何か聞き返したりはしなかった。
「そーだろ」
微笑む上条、何故か自慢げ。
「あうっ」
「その頃だな……さっきの表現なら七合目まで登って見え始めたのは」
その頃がいつを指すのか佐天と初春にはおおよその検討はついた。ヒントは「遠くへ」、学園都市の外部という意味になる。佐天と初春が知る限り美琴が外部へ出たのは4回。
そのうち当てはまりそうなのは大覇星祭以後の2回、ロシアとその後でのハワイ。戦争中のロシアに反乱が起こったハワイ、危険な地に赴いた美琴を不思議に思い尋ねても答えてくれなかった。
そのどちらか、いや両方ともに上条のために赴いたのやもしれない。
上条の背後から佐天と初春は美琴をキラキラした瞳で射る。
上条は佐天と初春に話しているようで二人は上条の後ろに居る、カタチ的には向かいの美琴に話しかけている態勢だった。
三人に対面している格好の美琴は
(と、当麻の癖に。う、嬉しいこと言ってくれちゃって……演技だとしても……本気にしそうになるじゃ、ない……え、演技だから………………)
幸せな気分と、それが演技だからこそと虚しい気持ちにもなってしまう。
「上条さんのお気持ちも聞けたことですから、では御坂さん!」
キッカケと言える話しではなかったけれど満足した佐天は再度鉾先を変える。
「ま、まだあるのっ、佐天さん?」
限界値が近いと佐天は感じていた。
「御坂さん?忘れてやしませんか、後で聞くと言ったことを!」
ならば今でしか聞けそうもない事を聞きたい。
「げっ」
「ふふん、御坂さんは何が残念だったんですか?」
「だからアレは当麻が残念じゃ無かったのって聞いたのであって私は……別に残念だなんて、これっぽっちも、思ってはしないんだから」
「いやー、それは聞こえてました」
「聞こえてたなら聞く必要ないでしょうが!」
「いえいえ、今のでこの佐天、確信しました。御坂さん、御坂さんがキスして欲しかったんですねっ!」
「ななななななななな。ちょっ、佐天さんそんなはずないでしょ、一言も言って無いわよっ!」
否定する言葉とは裏腹に真っ赤っかになっている美琴、もう演技とかそんなことを考える余裕もなく素がでている。
耐えに耐えてきたモノが決壊しそうになっている。チロリチロリと青い静電気のようなモノが走る。
いち早くそれに気づいたのは、慣れている
「美琴、落ち着け。なっ、ちょろちょろ出てっから」
上条。
ファミレスの店内で漏れたりすると大惨事。
「誰も、美琴が期待していたなんて思ってねーから、いやまーだったら良いなって思ったりしたけどよ、佐天さんもからかってるだけだって、聞いてみたかったけど、そんな事思ってねーって」
「あっ、えっ?」
上条の言葉、落ち着かせようとしているのだが、益々美琴の動揺は大きくなっている。
「佐天さんやりすぎですよ、上条さんも言葉を選ばないと」
「わ、私の責任かなぁ、初春? 追い討ちしたのは上条さんの気がするんだけど」
レベル5が起こす放電、もはや時限爆弾のカウントダウンを待つ気分。諦めの表情を浮かべる佐天に初春。
「ふ、ふふふに」
「あー、くそっ」
タイムリミットぎりぎりのところで一か八か上条が身を乗り出し、美琴の頭を右手で触る。
「へっ?」
頭部に感じる暖かい手の感触。異能の力をねじ伏せる手、優しく強い手、不安を取り除いてくれる手でもある。
青い静電気のようなモノが治まる。
ホンの束の間、美琴は冷静に返るが、すぐに
「えっ、とっとっ当麻の手? ナンで私の頭に???????ふにゃー」
意識が飛ぶ。