「御坂さーん」
(佐天さんの声だ)
「おーい、美琴ー」
(当麻の声がする)
近くから上条が呼ぶ声がする。それも息がかかりそうなくらいの至近距離。
「はっ!!」
意識が覚醒する。
「えっ、あっ、ここは?」
も、ちょっとした混乱。
「大丈夫か?意識が飛んでたみたいだったが」
上条が心配そうに声をかけてくる。
美琴が目を見開いたそこには上条のドアップである、誰かが上条の背中を押せば……くっつきそうな距離。おまけに上条の手が美琴の頬に触れている。
「ふ」
「どわぁあああああ、ちょい待て!また気絶すんじゃねーっ!!!」
「そうですよ御坂さん。ウェートレスさんが困りますよ」
「へあっ?」
初春の声に美琴が視線を向けると先ほどの店員がトレーを持ちテーブルの横にニコヤカに立っている。
実際に美琴が気を失っていた僅か数十秒間。その間に注文をした品を運んで来ていたが美琴が覚醒するのを待っていたのだろう。
「あっ、あのすいません」
「構いませんよ、ではお配りしまーす」
美琴が謝ると能面のような営業スマイルを貼り付けたまま店員は上条と美琴へ料理を配り始める。
配膳された料理は当然、上条と美琴が頼んだ『愛に包まれた特製オムライス』。二人の前に置かれた品はその名に恥じず、ふっくらした半熟タマゴに覆われている。よくある薄皮で包まれたオムライスとは違う、まさに深い(厚い)愛(タマゴ)に包まれていた。黄金色に輝くオムレツは艶やかで料理人の技量が知れる。見たからに厚手のオムレツ、これでオムライスに仕上げられるのか要らぬ心配もあるが、それよりも。
「うわぁ」
感歎の声は初春、羨ましげ。
「へぇ、カップル限定ってこういう意味だったんですね」
これは佐天、感心しきり。
「……名前を聞かれたのはコレだったのか」
疑う事もなく名前を答えた結果に上条は感想をそれ以上言えない。
オムライスにはケチャップ、デミグラスソースをかけるケースもあるが、『愛に包まれた特製オムライス』にはオーソドックスにケチャップがかかっている。ただ、かかっているだけでは無い、どこのメイド喫茶と尋ねたくなる。まあ萌え字が書かれてている訳ではないが上条と美琴の名前が書かれハートマークが添えられている。
同じサービスを施している物をあげるとすればウェディングケーキであろうか。
カップル限定ということで覚悟はしていた、何かあるとは思っていた。しかし覚悟はあっても警戒はしていても実物を見た衝撃は予測出来ない。
それに二人だけでなく佐天や初春まで『愛に包まれた特製オムライス』を見ている始末。
美琴はもう一度テーブルに顔を伏せたくなるし、意識が飛んで行ってくれた方がどれほど楽かと思う。
それをグッと堪えて美琴は
「その、気が利いてるお店ね」
愉しげに言うつもりが棒読み、抑揚がない。それでも美琴はかなり無理して言ったのだ。
それをどう捉えたのかニマァと笑う佐天と初春の姿が見える。
美琴は疑うなら疑え!という気分、その方が後でアレは嘘でしたと言うのに楽である。
「そうですねぇ、今度初春と一緒に頼んでみますか」
「佐天さん?なんで私とカップル限定なんです」
「私と初春の仲じゃないか」
「どんな仲ですかーっ!!」
「冗談、冗談。それはさておきこれはもうバルビナ印のお守りを紹介する必要、なくなりましたね」
唐突に
「うん?」
「お守り?」
「御坂さんの恋が叶うように恋愛成就のお守りを持ってみたらどうでしょうか、と提案するつもりだったんですよ、それがもう」
話は進展し始める。
「あっあーっあーー学園都市でそんな非科学的なモン、おかしいでしょ、佐天さん?」
「えー、でも分かんないですよ、実際に恋が叶った、ってゆう話も聞きましたから」
「それは噂にすぎませんよ?人伝の話しですから証拠には」
「初春は信じないの?」
「占いやお守りをそこまで信じる気にはなりませんね、プラセボ効果が良いところでは?」
「夢がないなぁ、もう」
「当然の反応です」
「でも白井さんも購入したみたいだよ?」
「えっ、白井さんが?」
「黒子が?」
「バルビナ印のお守りの話をしたら食いついてきたんですよ白井さん。それで欲しいんですかって聞いてみたら、怪しげな物品についての調査ですの、って言ってたけどあれは絶対買いに行きましたね」
「白井さん……」
「黒子……」
誰に対してそのお守りを欲したか語る必要も無い、美琴は被害を受けたばかりである。
「佐天さん、そのお守り、バルビナ印っていうのはどうしてなんだ?」
「それはですね上条さん、謎の行商人バルビナからしか購入できないからなんです!」
どことなく自慢そうに佐天は語る。
「謎の行商人って、怪しいどころじゃないですよ」
謎の行商人などと言われたら、あからさまに怪しいのであるが
「シスターさんだよ?そんなに怪しまないでも」
佐天にとっては違うらしい、むしろ会ったことがあり、信用しているような口振りである。
「シスターで謎の行商人にですか? それは余計に怪しさ倍増ですよ」
「って、佐天さん、そのバルビナという人を知ってるの?」
「御坂さん、よくぞ聞いてくださいました! えっへん、バルビナとはもう友達なんですよ!」
「と、友達?」
美琴が聞くと
「はい、で無かったら御坂さんに紹介しようとはしません!」
「あっあーーー、それは良いけど、そのバルビナって人と佐天さんは会える伝手を持ってるの?」
「それはもちろん御坂さん。友達ですから電話番号もメールもアドレスをゲット済みです!」
「それで黒子にも教えてあげたと?」
「はい!」
「はい、じゃないわよ。ホントに効き目があるんなら困るって」
「ああ、そうでしたね。ははっ御坂さんが上条さんとラブラブできなくなるところでした」
「そ、それはいいから……そのバルビナさんに会わせて貰えない?」
「えっ……御坂さんにはもう必要ないですよね?」
一応付き合ってる演技中、迂闊な事は言えず
「そうだけど、その……えーと、無病息災?そういうお守りがあれば良いかなって、ホントに効くんなら」
「上条さんにですか?」
自分用でなく上条用と初春は当たりをつける。語られなかった話しを推察しても上条という人物はトラブルの中心にいる人、それを心配してだろうと思った。
「じゃあ、バルビナに連絡を取ってみますね」
佐天も同じ考えに至り、気軽に引き受ける。
佐天と初春は席に戻り、佐天が携帯電話を取り出し電話を始めた。その間に上条と美琴は食事を始めようとスプーンを手に取る。
そこで、殺気がした。
手が止まる。
おどろおどろしい気配。この世の全てを呑み込もうかという闇の波動。上条が感じたことも無い憎悪、憎悪をぶつけられているのは上条。幾度も強敵と渡り合ってきた上条もこれほどの憎悪を直接向けられたことは無い。
憎悪の元は窓の外、上条と美琴が座るボックス席の横にある窓、そこからであった。
上条と美琴が何者かと窓を見ると、そこには小柄な少女。
睨み付けてくる。
視線だけで人を殺せるのではないかと思わせる、怨念が込められている。
その少女の唇が動く。
赦・し・ま・せ・ん・の
テレパスでもないし読唇術を習ったことも無い、しかしハッキリとそう聞こえた。
「黒子」
美琴が呟く。
そこに居たのは美琴の学生寮のルームメイトであり、初春とも風紀委員の同僚である白井黒子。トレードマークのツインテールも解れ気味、俯き加減に中を凝視していた。
怨霊とか幽鬼、学園都市に住まう者の大半はそんなモノを信じてはいないが、想像を働かせればこのような姿を思い浮かべるかもしれない。
佐天に初春も白井の様子に気づき、恐れおののき抱き合う。
マジックアイテムの影響を受けた白井の執着の先にいるのは美琴。その美琴を自分だけのものにするためには排除せずにはおれない者が居る。
排除の対象は上条、それらを瞬時に理解し上条が腰を浮かすと、窓の外の白井の姿が消えた。
そして
「お姉様は私のもの」
上条のすぐ後ろから声がする。
振り向くと、ニタリと笑う白井。
怖気がして白井から上条が距離を取ろうとするが狭いボックス席の中、十分な距離など稼げない。そもそもテレポーターである白井には距離そのものが無益と言えた。
「ふふっ、ふふふっ、ふあああああああああ、この」
白井が指に挟み鉄針を引き抜く。
「類人猿がぁーーーッ!」
白井が声を轟かす。
「黒子ッ!」
美琴は白井が鉄針を飛ばす前に電撃を放つ構えをみせる。
その動きを読んだ白井が自らの身体ごと移動させる。
「気をつけてッ!今の黒子は正常じゃない!!」
上条に注意を促す。
電磁レーダーで美琴は黒子の動き、瞬間移動で縦横無尽に移動を繰り返しているが位置情報だけは捉えているが撃墜するまでには至らない。
誰も居ない空間ではないのだ、全方位に電撃を放てば関係ない者まで巻き添えにすることになる。同様に直撃を狙うなら確実性が求められる、過てば被害がでる。その狙いを定める僅かなタイムラグをつき、白井は逃げる。
日頃の体で覚えた電撃、直感で白井は瞬間移動を繰り返す、迷いがあれば撃墜されている。考えるより先に動いている、本能のみで成し得る回避だった。
しかし、同時に白井も鉄針を飛ばすタイミングが取れない。二つの演算をする余裕は流石にない。
「まともな状態じゃないのに、なんで能力が使えんのよっ!」
白井の狙いは上条、美琴は上条を庇い白井の視界に上条が入らないように立つ。
「美琴、このままじゃ埒があかねーっ!」
このままファミレスの店内で争っても被害が増えるばかりだ。人的被害は無いも、白井が突如テーブルの上に現れたりで物的被害は広がりつつある。
「ええ」
白井に対処するには、もしくは美琴の力を生かすには店内では難しい。
「行くぞ」
ならば
「わかった」
以心伝心、詳しく説明する必要はない。短い会話で事足りる。上条は駆け出す、美琴は白井を牽制しながら上条に遅れまいとついて行く。
「佐天さん、後で連絡頂戴っ!」
美琴は佐天に一声かけ、上条とファミレスを突破し外へと向かう。
そして二人を凄まじい形相で追いかける白井、まさに鬼であった。
嵐が去るように三人の姿が消えていく。
ようやく静まる店内、突風が吹いた跡のようになっていた。そのほとんどが白井の所行。
「これは私が後始末しないといけないんでしょうか?」
やれやれといった表情をする初春に
「同僚としての責任と風紀委員としての仕事、大変だね初春」
慰めとも言えぬ声をかける佐天。
「はぁ~」
普段以上の異常であった白井のことは心配である。
上条と美琴についてはその気になれば白井に遅れを取る美琴ではない事を知っている二人はさほどの心配はしてないが、問題は店内の惨状。
観葉植物は倒れ、食器などが床に落ちている。それを店員が早速片付けに入っていた。毎度の事のように手馴れていた。
白井の責任問題、被害額を算出したり、店に取りあえずの謝罪をするのは白井の同僚である初春の仕事。
ため息も出る。
初春が色々と考えていると
「あれ?……お二人の食事代は?」
あれでレジで払えたとは思えない。手付かずの料理、勿体ないが払わないと無銭飲食。二人にも手錠をかけないといけないかも、と初春が悩む。
「上条さんがそこに」
佐天が指さすテーブルの上にお札が二枚。
「律儀というか……」
こんな状況にこれまた慣れているのか?
「御坂さんの心配通り、お守りがあった方が良いよね」
佐天は改めてバルビナへ連絡を取る。