レベル5が立案した完璧な計画
第7学区のスーパーの前で、仁王立ちする少女が一人。
庶民的なスーパーにはあまり縁がなさそうな、常盤台中学の制服を身に纏うこの少女の正体は、
何を隠そうレベル5の第三位、御坂美琴その人である。
美琴はスーパーのチラシを握り締めながら不適な笑みを浮かべた。
チラシはチェックした形跡があり、
『本日のお買い得商品 特選醤油198円⇒98円!(ただしお一人様2本までとさせていただきます)』
と、書かれた箇所が大きく赤マルで囲ってある。
何故、お嬢様である美琴が醤油の値段などを気にしているのか。
実はこのスーパー、『あの馬鹿』こと上条当麻が御用達にしているスーパーなのである。
という事は……大体お分かりになったであろう、美琴が何をしにこの場へ来たのかが。
(完璧……まさに完璧な作戦だわ!)
「やっぱりか」と言うべきか「でしょうね」と言うべきか、美琴は何か企んでいるらしい。
美琴は何度も練り直した『完璧な計画』とやらを、最後にもう一度脳内でシミュレーションしてみる。
あの馬鹿『やあやあ美琴ー。こんな所でどうしたんダイー?』
私 『アレー? 散歩してたら偶然たまたまアンタに会ってしまっタワー』
あの馬鹿『そうだったノカー! 偶然こうして出会えるなんて、何だか運命的なものを感じルナー』
私 『イヤだわモー! 変な事言っちゃッテー!』
あの馬鹿『あははハハ!』
私 『うふふフフ!』
あの馬鹿『おっとそうだッター! これから買い物に行くんだったッケー』
私 『そうナノー? じゃあ私もついてってあゲルー』
あの馬鹿『エッ!? いいのカイー!?』
私 『だって今日はお醤油が安いんでショー? しかも二人なら4本も買えるじゃなイノー』
あの馬鹿『ありがトウ! すごく助かルヨー!
美琴って優しくて気が利いてしかも家庭的なんダナー。
俺、将来結婚するなら絶対美琴みたいな人がいイゼー』
私 『イヤだわモー! 変な事言っちゃッテー!』
あの馬鹿『あははハハ!』
私 『うふふフフ!』
……これが彼女の導き出した『完璧な作戦』の全容である。
学園都市で第三位の演算能力も、こういった事には全く働いてくれないらしい。
恋愛面においてはまだまだレベル1なのだ。(ちなみに上条は、そこもレベル0である)
だが美琴はこれで大丈夫だと思っているらしく、
(よしよし! 完璧完璧! あとは私が落ち着いてさえいれば、全てうまくいくわ!)
チラシを握ったままガッツポーズを決める。
こちらとしては不安しかないのだが。
と、その時である。
向こうから見覚えのあるツンツン頭が近付いてきた。
今こそ作戦を実行に移す時だ。
上条「よう、美琴。こんなとこでどうしたんだ?」
美琴「アレー? 散歩してたら偶然たまたまアンタに会ってしまっタワー」
上条「…何でそんな喋り方なんだよ……」
美琴「イヤだわモー! 変な事言っちゃッテー!」
上条「いや俺、何一つ変な事言ってないけど!? むしろ変なのは美琴の方だから!」
美琴「うふふフフ!」
上条「今日どしたんだよお前!! ヤバイ薬でもキマってんの!?」
失敗させないためにも、健気にシミュレーション通りの台詞を言う美琴。
いっぱいいっぱいなのは分かるが気付け。こうすでに失敗している事に。
美琴「そうナノー? じゃあ私もつい………あれ?」
言いかけて何か違和感を感じた。
ふと上条の両手に目をやると、彼はビニール袋を大量にぶら下げている。
どこからどう見ても、そして誰が見ても、それは買い物帰りの姿だった。
美琴「え、えええぇぇぇ!!? なな、何で!? 何でもう買い物終わっちゃってるの!?」
上条「いや、何でって言われても…スーパーに行ってきたからとしか……」
美琴「だだだって! アンタ向こうから来たじゃない! いつお店に入ったのよ!」
確かにおかしい。
美琴はずっとスーパーの入り口の前で仁王立ちしていたのだ。
店に入る上条を見逃すはずがない。
しかし上条は、あっさりとその疑問に答える。
上条「ああ、今日はこことは違うスーパーに行ってたんだよ。豚肉とレタスとリンゴがすげー安くてさ!
いや~、隣の学区まで行くのは正直めんどかったけど、行った甲斐があったよ」
流石はフラグブレイカーである。
美琴がせっせと建てた旗を、見事にへし折ってくれたものだ。
美琴「でも! お、お醤油は!?」
上条「そういや、今日って醤油が安いんだっけ」
美琴「そ、そうよ!! だから今からでも―――」
上条「でもいいや。醤油はまだストックがあるし、二人暮しでそんな何本も使わないしな。
それに、さすがのハラペコシスターでも醤油はがぶ飲みしないだろうし。…多分」
美琴「えええええぇぇぇぇ!!!?」
もう一度言う。流石はフラグブレイカーである。
美琴が再び建て直そうとした旗を、2回もへし折りやがったのだ。
美琴「じゃ、じゃあ運命的なものを感じる所は!? 将来結婚するならって話は!?
子供は何人くらい欲しいって言ってたくだりはどうなっちゃうのよ!!!」
上条「いや、何のこっちゃさっぱりなんだけども」
それもそうだろう。いきなりそんな事言われても訳が分からない。
あくまでも美琴の脳内での出来事だったのだから。
しかも『子供は何人くらい欲しい』って話は、シミュレーションにもなかったはずだし。
美琴「そ……そんなぁ………」
がっくりと肩を落とす美琴。
まぁ、仕方ないだろう。
上条「あー…何かよく分かんないけどさ、これやるから元気出せよ」
明らかに何かに落ち込むその姿を見て、上条はビニール袋からリンゴを取り出した。
美琴「え…これ……何で…?」
上条「安かったっつったろ? けどちょっと買いすぎちゃってさ」
美琴「あ、ありがと…」
上条「じゃあ俺もう帰るから。美琴も気をつけて帰れよ」
美琴「あ、うん。……あっ! あのさ!」
上条「うん?」
美琴「また明日!!」
上条「おう、また明日なー」
こうして美琴の『完璧な計画』は、グッズグズのまま幕を閉じた。
だが美琴本人はこの結果に満足しているらしい。
上条から手渡しされたリンゴをシャリっとかじり、爽やかな甘味と酸味が口いっぱいに広がっていく。
そして別れ際に上条が言った「また明日なー」を何度もリピートする。
(明日…か。よーし! 明日も頑張ろう!!)
どうやら、彼女が恋愛面でもレベル5になるには、
もう少し時間がかかるようだ。