とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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第1章


 何かがおかしい。
 髪型以外はどこにでもいる普通の高校生、ツンツン頭の上条当麻はそんなことを考えながら下校の途に付いていた。
 いや、日常は何も変わりない。
 出席日数が足りないので下校時間ぎりぎりの補習と山ほどの宿題が出されるのはいつものことだ。
 登校途中に溝に足を突っ込んだり、空き缶を踏みつぶして転んだり、もまあ上条にとってはいつものことだ。
 授業中、馬鹿話をして騒いで、小萌先生を泣かせたり、クラス中に敵意の視線をむけられたり、吹寄整理の鉄拳制裁を土御門元晴と青髪ピアス共々頂戴するのもいつものことだ。
 出がけに謎の同居人、銀髪碧眼の白いシスター・インデックスがぶーぶー言ってそれをなだめるのもいつものことだ。
 しかし、何かがおかしい。
 確証はないが上条当麻は漠然とそんなことを考えていた。
 自分の日常も、町の風景も、冬の始まりなので気温の低さも。
 どこも何も変わらないのに、どこか上条は居心地の悪さを感じていた。
 例えるなら、まったく知らない世界に一人、放り込まれた、そんな感じ。
 まるで、自分の居場所を探すのに困る、という足が地に付いていない感に支配されていた。
「……んなわけねえじゃねえか」
 ぽつりと呟く。
 もっとも、本人は気付かなかったようだが苦笑にすらならない神妙な面持ちで。
 もちろん、上条の思いはもっともだ。
 自分の日常も、周りの交友関係も、すべてが普段どおりなのに、今の居心地に違和感を感じる上条の方がどうかしているのだ。


 ぴたり。


 上条は足を止める。
 場所は第七学区にある、いい加減、取り変えるか直すかしようぜ、と言いたくなる自販機がある公園。
 かつて、上条の二千円札と常盤台のエースの万札を呑み込んだ自販機をぼんやりと眺めながら。
 ふと、上条は条件反射的に辺りをキョロキョロ見回した。
 なぜなら、ここは描写されるたびに学園都市に七人しかいないレベル5の第3位であるビリビリ中学生と出くわす場所で、出くわしたが最後、碌な目にあったことない場所だからだ。
「……ふぅ……今日はいねえな……」
 どこか、安堵のため息を吐く上条。
 が。
「――――!!」
 ハッとして顔を上げる。
(どういうことだ…………)
 自販機を眺めながら上条は考えた。
 ずっと感じていた違和感が。
 常盤台のエースにしてレベル5の第3位、ビリビリ中学生こと御坂美琴のことを考えた途端。
 ずっと感じていた違和感が、より一層強さを増したからだ。






「お帰りなさいなんだよ、とうま」
「おう、ただいま」
 冬は日が落ちるのが早い。
 既に藍色に彩られた町並みの一角に建つ、上条が住む学生寮に戻ってきて、自室の扉を開けた途端、一緒に住んでる同居人、インデックスが三毛猫のスフィンクスを抱きながら出迎えてくれた。
「今日も遅かったね」
「ああ、毎日毎日補習と宿題。悪いけど今日もお前の相手はあんまりできねえぞ」
「むー」
「そんな顔するな。だいたい、この補習と宿題をこなさないと俺はこの町に居られなくなるか留年だ。正直、それは嫌なんだよ」
 それは上条の偽らざる本音だった。
 元より、『幻想殺し』という異能の力であればそれを全て打ち消してしまう右手の所為で、外の世界では居場所がなく、この町に来てできた友達の方がはるかに多い上条は、一生、この町で暮らしたいとさえ考え始めている。
 ところで、『幸運』は『異能の力』に分類されるらしいが『不幸』は『異能の力』とは違うのだろうか。
 まあ、それはともかく。
「さてと、今日は……ん?」
 上条の携帯が音を奏で始めた。
 即座に取り出して、着信の相手を見てみれば、思いっきり、顔が引きつったのが自分でも分かった。
 そこに記された文字は『月詠小萌先生』
『上条ちゃん、馬鹿だから補習でーす』
 というラブコールが脳内再生されて。
「あれ?」
 ふと上条は違和感を抱いた。昼間も感じていた猛烈な違和感が。
 特に御坂美琴のことを思い出した時に一番強烈だった違和感が。
(変だな……何の変哲もない、昨日までも使っていた携帯と同じなのに何で……)
 もっとも、上条はその答えに到達することなく。
 予想通りの、担任からの「上条ちゃん、出席日数も兼ねてお休みの日も補修でーす」との誘いに乗る以外の答えはなかった。
 電話の内容をインデックスに告げたところ、頭を齧り付かれたのもいつもの日常だ。



 本来であればその身を癒すことに充てられるであろう休日の土曜日。
 しかし、上条は平日と同じような時間まで補習に明け暮れて、まったく癒されることはなかった。体だけじゃなくて頭の中も。
 冬なだけに陽が暮れるのは早い。
 夏にこの道を歩いた時は夕暮れだったな。
 などと思いながら、桟橋風に敷き詰められた公園の高台を歩く。上空ではテレビ付きの巨大な飛空船に新たなレベル5が誕生した、とのニュースが流れていたが、上条はそれをぼんやり眺めるだけだった。
(新しいレベル5ねぇ……)
 学園都市は能力開発の町。得た能力の強さにレベル付けされていて。
 無能力者【レベル0】、
 低能力者【レベル1】、
 異能力者【レベル2】、
 強能力者【レベル3】、
 大能力者【レベル4】、
 そして、さらにその上に君臨するのが二三〇万人いる学園都市でも7人しかいない超能力者【レベル5】である。
 上条は何人かのレベル5を知っているわけなのだが、これがまたデタラメ常識外れ、規格外にもほどがある、というレベルではなく、もはや『怪物』の域に達しているような連中ばかりだったりするのだ。ある意味、性格も含めて。
 そのレベル5が新たに誕生した、ということらしい。8人目のレベル5が。
 が、その横に記された文字と顔写真に一気に上条は画面に釘付けになった。
(ぶっ! 白井!? 白井黒子!? って、あの白井かよ!? さすが常盤台は違うな……一つの学校に三人目のレベル5かよ……)
 上条は思わず顔を引きつらせた。
 というのも知っているレベル5の内の二人も常盤台なのだが、第3位の御坂美琴、第5位の食蜂操祈の二人に結構酷い目に合わせれているので、『常盤台のレベル5』には正直言って、良い印象が無い。というか、むしろ、本来であれば学園都市の女の子のほとんどが憧れて、男の子のほとんどがお知り合いになりたい、むしろ親密になりたいと考える、お嬢様学校の常盤台のはずなのに、上条にとっては関わり合いたくない学校の一番トップと言っても過言ではなかった。
(はぁ……あいつの厄介さに拍車がかかるだけじゃねえだろうな……)
 そして上条は肩を落として帰路に着く。頭の中を明日の補習に対するうんざり感とげんなり感に切り替えて。






 上条はその晩、夢を見ていた。
 内容は、あの8月21日の操車場。
 一方通行を絶対能力者【レベル6】に引き上げるための実験に終止符を打つため。
 絶望の淵から死へと身を投げ出そうとしていた御坂美琴を引き上げるため。
 殺されるためだけに生み出された妹達の運命を変えるため。
 上条当麻は、幾多の戦いの中で、唯一、科学サイドでの戦いだったあの日の夢を見ていた。
 しかし、内容は違っていた。
 現実は、上条自身が一方通行に向かっていったはずなのに。
 柵越しに眺めていたのが御坂美琴だったのに。
 夢の中では御坂美琴が一方通行に立ち向かい、上条当麻はそれを眺めているだけだった。
 もっとも、夢の中の美琴は一方通行を押していた。
 当時の一方通行に太刀打ちできる存在など、それこそ、上条の右手のように一方通行の『能力』を無効化できない限りそれはあり得ないはずなのに、美琴はベクトル操作の攻略法でも見つけたのか、一方通行を押していた。
 もちろん、それは夢の中なのだから、上条の願望が美琴に勝たせたいと思っているかもしれないことは否定できない。
 だから、夢の中の上条は美琴を眺めるだけだった。
 やがて手負いの一方通行が、対上条戦のときのように。
 追い詰められた者の究極のインスピレーションが大気を操りプラズマを生成する。
 そして、その輝きが強さを増し。
 上条がまばゆい光に目がくらんだ瞬間――――


 次に見えたのは風呂場兼上条専用寝室の、バスルームの天井だった。



「はぁ……今日も補習、明日は授業と補習、んで宿題、か…………」
 上条当麻は月曜日の朝のラッシュに乗り込むサラリーマンのように肩をがっくり落として『帰宅の途』に付いていた。
「小萌先生の気持ちは本当にありがたいし、助かるんだけど、頭で納得するのと心で納得するのは違うもんなんだよなぁ…………」
 とぼとぼと歩く上条はいつもの公園に入っていく。
 いつも、御坂美琴と出くわすことが多い自販機のある公園に。
 別に上条は美琴に会いたいとか、そんなつもりはさらさらない。というか、そんな考えは今この場の上条には微塵もない。
 ただただ、喉の渇きを潤す水分補給のためである。
 冬だろうと、一日中、暖房が利いた教室に居れば、当然、喉が渇く。帰り際に月詠小萌がムサシノ牛乳のパックを飲みながら運転していた姿を見たときに殺意すら芽生えるほどに。
 自販機の前に立ち、後ろポケットから財布を取り出して、
 カパッと開けてみれば、そこにあったのは『二千円札』のみ。しかも硬貨も無い。
 上条は自分の顔が思いっきり引きつったが分かった。
「あー……あの夢は遠い意味で予知無だったのかなぁー…………」
 などと呟きながら、天を仰いでみても別に財布の中身の『二千円札』は硬貨にも千円札にも両替されることはなかった。
「…………また呑まれるのかね……俺の不幸スキルを思うとあり得ない話じゃないよなぁ…………」
 当然、決心はつかない。
 過去と同じ過ちを繰り返すのは御免被りたい。
 さりとて、喉の渇きは潤したい。
 財布の中身と上空とを交互に眺めつつ逡巡する上条当麻は傍から見れば、相当間抜けに見えることだろう。
 もっとも不幸中の幸いと言おうか。
 既に夜が訪れている上に、冬の公園では上条以外に訪れている者はそうは、というか、まずいない。
 いるとすれば、それは上条当麻と同じ理由に他ならない。
 つまりは、


「ちょっとよろしいですの? 買われないのであれば、わたくしに自販機をお譲り願いたいのですが」


 言って、上条の肩に手をポンと乗せた常盤台中学のコートに身を包んだツインテールの少女もまた、喉が渇いているということである。



「あ、ああ、すまん。先に買ってくれ」
「御配慮感謝いたします」
 思わず順番を譲った上条に、ツインテールの少女は一礼してから、自販機に硬貨を滑らせる。
 押したボタンは『ヤシの実ソーダ』だった。
 冬なのに冷たいものを欲するとはなかなかチャレンジャーな少女である。
「って、白井じゃねえか!? どうしてお前、こんなところに!?」
「えっ!?」
 相手を見とめて上条当麻が素っ頓狂な声をあげると、苗字を呼ばれたツインテールの少女=白井黒子もまた、予期せぬ出来事に言葉を失う。なぜなら白井は今この場で顔見知りに会うとは思ってもみなかったからだ。
 普段であればその特徴的な髪型で気付いたかもしれないが、今日は、たまたま上条は毛糸の帽子を嵌めていた。
 そうなれば、如何に上条当麻と言えど、姿形はどこにでもいる一介の高校生と何ら変わりはない。
 だから、白井は、後ろ姿からでは上条に気付かなかったのだ。
 同時に上条はハッとした。
 白井黒子の姿がここにあるということは。
 当然、白井が尊敬し、崇拝し、寵愛する御坂美琴もまた近くに居るということになる、と。
 即座にキョロキョロ辺りを見渡す。とっても焦った表情で。
 今は関わり合いたくない。絶対に面倒なことになること請け合いだからだ。しかも今の上条は心底疲れきっている。できるなら、どころか是が非でも御坂美琴とは邂逅を果たしたくはない。
「…………何をなさってますの?」
 そんな上条の行動に我に返った白井は、どこかジト目で問いかけた。
「い、いや……お前がここにいるってことは近くに御坂がいるんじゃないか、って…………」
 周りに視線を這わせながら。
 白井を見ることなく、どこかあたふたしながら答える上条。
 刹那、胸倉を掴まれた。
 グイッと無理矢理、顔を正面にひねらされた。
 相手は当然、白井黒子。
「し、白井…………?」
 上条が、どこか戸惑って呼びかける。
 しかし、対する白井黒子はいつの間にか、濃くした前髪の影に瞳を隠していた。
 上条の胸倉を掴む手が、どこかわなわな震えていた。
「…………お姉さまを知っておいでですの…………?」
「え…………?」
 白井の様子が尋常ではない。
 と、同時に上条には白井の質問の意味が分からない。
 白井は顔を上げた。どこか驚嘆と愕然が入り乱れた瞳で上条を睨みつけた。
「もう一度、お聞きいたします…………どうして、あなたがお姉さまを知っておいでですの…………?」
「ど、どうして…………って…………」
「確かにわたくしとあなたには面識がございますわ…………一度だけでございますけれども、九月一日の地下街テロ事件の際に、あなたにテロリスト逮捕を協力していただきましたから…………でも、そのときのあなたは別段、お姉さまのことを仰らなかったではありませんか…………なのにどうして今になって…………お姉さまのことを口にしましたの…………?」



「は? ちょっと待て白井。俺とお前の顔合わせはそれ一回だって? んなわけねえだろ」
「…………どういう意味ですの?」
「だって、俺とお前が初めて会ったのは、御坂と俺がそこのベンチに腰かけていた時だったじゃねえか。その次の日の夜にお前らの部屋を訪ねたし、あと他にも、倒壊寸前のビルからお前を助け出したし、大覇星祭で車椅子に乗っていたお前を見ているし、御坂と携帯の契約した現場でお前に後頭部を思いっきり蹴とばされたことも――――」
「…………あなたはいったい何を仰っておられますの? 今、あなたが語られた邂逅にわたくしは何一つ覚えがありませんわよ」
 上条を見る白井の瞳は、先ほどの切羽詰まって睨みつけてきたものから、不審者をみる猜疑心に満ちたものに変わっていた。
 が、上条からすれば、白井のその視線の方が気に入らなかった。
「はぁ!? 何言ってやがる! これまで、お前ら二人には散々な目に合わされたんだぞ俺は! 都合よく忘れてんじゃねえよ!!」
「…………『お前ら二人』? それこそ意味が分かりませんの。わたくしはともかくお姉さまとあなたに面識があったとは思えないのですが?」
「て、てめえ……あの日の夜にお前が俺に言ったこと忘れたのか……?」
「どの夜のことですの? わたくしにはまったく身に覚えがございませんわ」
 上条の剣幕詰めよりもものともせず、白井は腕組みをしてつーんとそっぽを向き、にべもなく言い返す。
「こ、この野郎…………人のことを『あの馬鹿さん』と評したり、御坂が事あるごとに俺のことを悪く言っていたとか散々言ったくせに…………」
「何ですって――――!!」
 衝撃が走る白井黒子。
「どうだ? 思い出したか?」
「違いますわ…………いえ、そうではなく…………」
「なんだよ?」
「もしかして…………あなたがお姉さまがよく仰っておられた殿方ですの…………?」
 先ほどまでとは急転直下。
 白井黒子の声は震えていた。
 まるで、待ち焦がれていた相手に会えた驚き。
 しかし、その感情は歓喜ではなく衝撃。
「ふっ、どうやら思い出したようだな。あの日、8月21日の夜のことを」
 得意げに語る上条は気付かない。
 もっとも、すぐに気付かされる。
「どうして……………」
 白井の声が嗚咽を含んでいた。
「お、おい…………?」



 上条が戸惑いの声を漏らすと白井は上条の胸の中に、そっと倒れ込むように寄りかかった。



「――――どうして、今頃になって姿をお見せになりましたの!? どうして、あのとき、お姉さまの支えになってくれませんでしたの!?」



 白井が声を上げた。
 慟哭と言っても過言ではなかった。
 今の今まで溜め込んでいた、抑え込んでいた嘆き、悲しみ、喪失の感情を上条が決壊させ、爆発させたのだ。
「待てよ! 俺にはお前の言ってることの方が意味が分からねえんだよ!」
 上条が叫び返すと、白井は上条の胸の中で一瞬ビクッと震え、動きを止める。
「…………この期に及んで、まだそんなことを仰られますの…………?」
 見上げてくる白井の瞳は涙目で。
 しかし、上条を仇敵を見つめるような瞳で。
「どういうことだ?」
 そんな白井の視線に迎撃されて、しかし、上条は神妙に親身に問いかけた。
 対する白井黒子の答えは――――


「…………お姉さまは…………御坂美琴お姉さまは…………あなたの仰った8月21日の夜に殺されてしまったのですわ…………」



 聞いた瞬間、上条当麻は、自分自身を背景ごと協調反転させたような衝撃に支配され、確かに一瞬、時間が止まったのだった。
 そして思い出した。
 昨夜、月詠小萌からの連絡時に、その手にあった携帯電話に違和感を抱いたその理由。
 九月に美琴とペア契約した際に特典として付いてきた、
 ゲコ太のストラップが、紐が切れてどこかに落としたとかではなく、存在そのものが最初から無かったかのごとく消失していたことを。








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