とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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匿名ユーザー

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第3章


「ここは本来男子禁制ですのよ」
「申し訳ございません、とミサカは心より謝罪申し上げます。しかし、ミサカはあなたに連絡する手段しか知らされていませんでしたからこうするより他ありませんでした、とミサカは弁解します」
「まあ仕方ありませんわ。行動そのものは正しかったことは確かですの。あのまま、放置してましたらこの方は風邪では済まなかったかもしれませんし」
「…………広いお部屋…………」
「こちらの方は?」
「上条さんにまとわりつく金魚のフンです、とミサカはきっぱり宣言します」
「何言ってるかな!? 金魚のフンはそっちなんだよ!! 私はとうまと一緒に住んでる関係者で短髪より深い間柄なんだから!!」
「…………だいたいどんな方か分かりましたわ。では、上条さんが目覚めるまでお待ちくださいな」
「当然!」
「はぁ……それにしても血は争えませんわね。よもやあなたもお姉さまと同じ殿方に想いを寄せておられましたとは…………」
「血?」
「ミサカは、先ほど上条さんが口にされました名前、『御坂美琴』の妹なのです、とミサカは今回ばかりは何の裏も無くあなたにお教えします」
「ふうん。それで『みさか』なんだ」




 上条当麻は同じ夢を見ていた。
 一昨日見た夢、八月二十一日の操車場。
 そこではやっぱり、御坂美琴が一方通行に立ち向かっていて。
 上条当麻は柵越しにそれを眺めているだけで。
 しかし、以前とは違い、上条は夢の中で思った。
(もしかして、この光景が真実なのか…………?」
 夢の中の美琴は一方通行を押していた。
(実は、あの日、俺は鉄橋で御坂の電撃にやられて気絶してしまったのか…………?)
 一方通行の能力は『ベクトル操作』、全ての運動方向を操る最強の力。
(目を覚ました俺は美琴を追いかけたけど、すでに美琴が一方通行に戦いを挑んでしまっていて、俺はここで二人の圧倒的な力の前に竦んじまっていたのか………?)
 しかし、美琴の電撃や砂鉄の攻撃が一方通行にヒットする。
 決して当たるはずのなかったその攻撃が一方通行を追い詰めていく。
(一方通行が創り出したプラズマは俺に向けてではなく、御坂に向けてのものだったのか? 俺は…………ブルって御坂を見捨てたことが真実だったのか………?)
 追い詰められた野獣の究極のインスピレーションが一方通行の力を飛躍的に押し上げる。
 頭上で手を広げた先には巨大な光の塊が漲らんばかりにうねっていた。
(御坂は…………この、全てを呑み込む高熱の光にやられてしまったのか…………?)
 一方通行の創り出すプラズマの光が激しさを増し――――



 上条当麻は、やっぱりここで目を覚ますのだった。



「とうま?」「上条さん?」「上条さん、とミサカは心配げにあなたを覗き込みます」
 上条が目を覚ますと、そこには六つの瞳が上条を見つめていた。



「ここは…………?」
「わたくしとお姉さまの妹君の部屋ですわ」
 まだ、ぼぉっとしている上条の問いに毅然と答えたのは白井黒子だ。
「大丈夫? とうま」
「何ともありませんか? とミサカはあなたを気遣います」
 インデックスと御坂妹が神妙に問いかけてきて、
「いや、別段何も…………」
 言って、上条は半身を起こす。
 一度キョロキョロ見回すと、見慣れない部屋にいることに気付く。
 どこか高そうなホテルの一室のような趣きだった。入口の近くにはユニットバスらしき扉、自分が横になっていたベッドの隣にもベッドでその大きさと優雅さは上条の部屋のものとは比べ物にならず、部屋そのものの広さも上条の部屋の倍はありそうだ。部屋の片隅には大きなぬいぐるみ。この部屋にはどこか不釣り合いなデザインの荒々しいクマのぬいぐるみなのだが、どこかさみしげに座っているように見えた。アレは美琴のぬいぐるみなのだ。それは上条も知っている。だから、もう二度と帰らない主人を甲斐甲斐しく待っているペットのように見えて寂しげなのだろう。美琴の私物はすべて家族が持っていっただろうが、あのぬいぐるみは置いていかれたのだろうか、それとも白井が美琴の形見にと頼み込んで譲り受けたものなのだろうか。
 もっとも、その真意を確かめる気すら今の上条には沸かなかった。
「そっか…………倒れた俺をここまで運んでくれたのか…………サンキューな白井、とお前らも…………」
「どういたしまして。しかし何がありましたの? 意識が遠のくほどの出来事とは」
「…………」
 上条は無言で頭を垂れて目を伏せる。その表情も沈み切っていた。
 無理もない。
 一日前はタチが悪すぎる冗談だと思った話が実は真実だった、これほどショックなことはないだろう。
 ましてや上条当麻は八月二十一日に御坂美琴と妹達を助けることを決心し、その決意を貫き通した、と思っていたのに、見た夢の内容も相まって、本当の現実は美琴を見捨てたかもしれないと思い始めているのだ。
 自責の念に押し潰されそうになっても仕方がなかった。
「それがね、とうまが私に『御坂美琴って女を知っているか?』って聞いてきたから『誰なんだよ?』って答えたら倒れたんだよ。本当は問い詰めようと思ったんだけど、とうまのショックがあまりに大きいみたいだから後にすることにしたんだよ」
「はあ?」
「ところで、あなたはお姉さまを知っておいでなのですか? とミサカは率直に疑問を口にします」
「まあ、な…………」
 上条は曖昧に返すしかできなかった。
 確かに上条当麻と御坂美琴の間には浅からぬ因縁がある。初めて出会ったあの日から今日に至るまで、幾度となく追いかけっこをして、幾度となく共闘して、幾度となく(当人たちは無自覚なのだが傍から見ればそうとしか見えないくらい)キャッキャウフフをかましてと、実に濃密な関係を築き上げ、いつしか上条にとっては気が付けば自分の傍で頼りになるパートナー、くらい信頼できる相手となっていた。それでも時たま関わり合いたくない、と思ってしまうことが無いことも無いのは、まあ美琴の性格によるものなのだろう。それはある意味仕方がない。誰だって高圧電流に巻き込まれたくはないものだ。例え、その電撃を無効化できるとしても、アレは音だけでも結構心臓に悪い。
 が、あくまでそれは上条当麻の記憶の中だけでしかないのが、この世界だった。
 この世界では、上条当麻と御坂美琴は出会ってはいるが、御坂美琴は八月二十一日に殺されてしまっていて、それ以後、会っていないのが現実なのだ。
 それは極めて遺憾ながら、上条のいつも傍にいるインデックスによって証明されてしまった。
 白井は少々、上条と美琴の因縁を知っているようだが、残念ながら七月二十八日以前の記憶が無い上条自身は知らないことだ。
 だから、上条は曖昧に返すしかできなかった。 
「…………つまり、上条さんは三日前に私が教えて差し上げましたことを信じてなかった、というわけですか…………はぁ…………」
 盛大な溜息を吐く白井。
「でも、どうして信じていただけませんでしたの?」
「…………」
 上条は無言。どうにも答えられないようである。
 もっとも白井には上条の気持ちがなんとなく分かる。おそらくは自分と同じなのだろうと推測はできる。
 ただ、問題は、八月二十一日から四ヶ月ほど経過していることであり、なのにどうして今になって上条当麻が御坂美琴のことを気にかけたのかがまったく分からないのだが。



 とは言え、今の上条からは芳しい答えは得られそうにない。そこでもう一つの疑問を口にした。
「そう言えば、妹さん、あなたはどうして上条さんとお知り合いになりましたの? わたくしはあなたと上条さんがお知り合いだとは思ってもみなかったのですが」
 何気なく御坂妹に問いかける。
 刹那、上条の脳裏に閃光が走った。
(そうだ! 御坂妹と出会ったのは美琴と一緒にいたときが最初だ! しかも御坂妹はミサカネットワークで繋がっている。なら――――!!)
 一抹の期待を抱いて上条も御坂妹へと視線を移した。
 そんな上条の期待の視線を受けて。
 御坂妹は少し、顔を赤らめて、
「その…………ミサカが道端で見かけた猫に餌をやろうとしていたところを見られて、とミサカはまずは出会いから語ります」
「…………」
「でも、ミサカの体から発せられている微弱な磁場によって猫に怯えれらてしまうので餌をやることも拾うことも叶わず困っていたところ、上条さんが猫の面倒を見てくれることを承諾してくださいました、とミサカは上条さんの優しさを思い出して胸を熱くします」
「基本、困っている人は放っておけないとうまらしいかも…………」
「それでその後、一緒に本屋へ行って猫の飼い方という本を買ってもらって、ミサカに猫を抱かせてくれて、という具合にミサカの願望を叶えてくださった優しさにミサカは…………」
「あー……そこで純情乙女っぽい仕草はよろしいですわ。なんだか砂を吐きそうになりますの…………」
 語尾が途切れた御坂妹の回想をインデックスと白井はどこかやさぐれて聞き流していた。
 いったいどこの恋愛物語のシチュエーションだっつーの。
 という声を二人は脳内で聞いた。
 しかし、上条はとてもそんな気にはなれなかった。
(その経緯は確かに間違ってねえ。現実にあったことだ。けど、やっぱり、美琴が一緒にいたときの記憶は無い、か…………)
「覚えてませんか? とミサカはどこか恐る恐る問いかけます。ミサカにとっては重要なイベントなのですが、あなたの落胆ぶりを見るにつけますと覚えていないのでは? とミサカは恐々とします」
「いや…………覚えているさ…………」
 口にできるのはそれが精いっぱいだった。
 その心の内では、
(それは俺の中では初顔合わせのときの記憶じゃなくて、その翌日の記憶なんだがな…………)
 そう付け加えていた。
 何でこんなことになってやがるんだ? 何が起こっているんだ?
 上条は、頭の中でそんな言葉がずっとリピートされて渦を巻いているような気がした。




 意識が戻ればいつまでも女子寮である常盤台中学の学生寮にいるわけにはいかない。
 上条は、キャリアウーマンを連想させる眼鏡の寮監殿に御礼を言って立ち去った。



 御坂妹はどこか名残惜しそうな表情を見せていたが、それはインデックスが上条を無理やり引っ張っていって遠ざけた。
 そして歩くことしばし、
「とうま、なんだか一昨日くらいから変だよ? 何か悪いものでも食べた?」
「それだったら腹痛になってるわ。いや、そうじゃなくて…………」
「んー?」
 しばらくの間、二人の足音だけが夜の町に響いて、
「ちょっと……混乱しててな…………何か、ついこの間までの生活がここ三日間で一変しているような気がして…………」
「疲れてるんだよ、とうま。とうまはいつもいつもいつもいつもいつも厄介事に首を突っ込んでボロボロになって帰ってくることが多いもん」
「…………厄介事?」
「そうだよ。私を助けてくれた後も、何回も何回も何回も魔術絡みの事件に巻き込まれたし、それも日本のみならず海外にまで出ることもあったし、そんな疲れが溜まって表層に出てしまってるんだよ」」
「はは……その所為で進級が危なくなってるんだよな……そうだよな…………」
 苦笑を浮かべる上条当麻。
「…………ごめんね」
「あん?」
「私と関わったばかりにとうまをいつも危ない目に合わせて…………」
「何言ってやがる。そりゃ俺が選んだ道だ。お前が悪びれる必要はねえよ」
「でも……!」
「だいたい。色んな厄介事に巻き込まれちゃいるが、お前以上の厄介事なんてそうそうねえよ」
「ああ! それは酷いんだよ、とうま!」
「ははっ」
 インデックスに明るさが戻って上条の表情にも笑みが浮かぶ。
 もっとも、それは単にインデックスを元気づけることに成功したことに対する笑みでしかない。
 ふと、前方を見てみれば、無意識だったのか、いつの間にか御坂美琴と出くわすことが多かった鉄橋に来ていた。
 何の気なしにポケットの携帯電話を取り出す。
 やっぱり、美琴に貰ったゲコ太のストラップはない。
 ぎゅっと握りしめて、再び前を見据える。


 ――――!!


 前方に人影を感じた。
 いや、前方だけではない。
 鉄橋の柱の傍や地面にも。
 左手を後ろから握られた気さえした。
 鉄橋のあらゆる場所に人の気配を感じた。
 その人影は亜麻色の髪を翻したり、コインを弾いたりしていた。
 表情は――――よく分からなかったが、それは上条が間違いなく知っている人物だった。
「み、さか………?」
 しかし、上条が戸惑い気味に名前を呟くと、その気配は全て霧散した。



「とうま?」
 傍にいるのはインデックスだけ。
 心配げに声をかけられて、ハッとしてからインデックスを見やる。
 そこにはインデックスの不安げな眼差しがあった。
 今にも泣きそうな、そんな碧眼だった。
(馬鹿野郎…………何、インデックスに心配させてやがる…………)
 心の内で呟いてから、
「すまん……お前の言うとおり、俺は疲れているのかもな…………」
 かぶりを振ってから自嘲の笑みを浮かべて上条当麻は再び歩き出す。
 この鉄橋は、あの自販機がある公園以上に御坂美琴と上条当麻が邂逅した場所。
 しかも、そのほとんどが何かしらの重要なイベントがあった場所。
 だから、上条はこの鉄橋に美琴の幻覚を感じたのだろう。
(くそ…………普段、あれだけ関わり合いたくない、と思っていたくせに、いざ、現実になったら、何でこんなに落ち込んでんだよ俺は…………)
 ぎりっと歯を食いしばり、
(そりゃ、インデックスに匹敵するくらいあいつの印象は強いさ。頼れるし、力になってくれるし、俺のピンチに駆け付けてくれる唯一の奴だけど、普段はそこまで意識したことねえじゃねえか。なのに何で――――)
 上条にはこの気持ちの意味が分からなかった。




 今は――――まだ。




 翌日、上条は月詠小萌より特例中の特例ということで補習も宿題も免除された。
 前日の宿題の回答が全問正解だったことが、ある意味、小萌に慈悲の心を与えたのかもしれない。
 これなら、一日くらい休みをやっても追いつけるかもしれない、そう思わせることができたのだろう。
 したがって上条は今日はまっすぐ自宅へ帰ろうと決意した。
 毎日毎日遅くなる上に大量に出される宿題の所為で、ろくすっぽ相手できないインデックス構ってやろうと。
 昨夜、柄にもなく自分を心配してくれた少女に報いてやろうと。
 そう心に誓いながら帰路を歩く。
 とは言え、上条が決心したことは、だいたいにおいて外的要因によって崩されることが多々ある。
 例えば、後ろから声をかけられるとか。
 その相手が、これまた昨夜、お世話になった人物からとか。
「上条さんも今、お帰りですの?」
「白井……あー……お前も今、帰りなのか…………?」
「…………何やら、嫌なモノを見た的な表情をされてますわね」
 ジト目で言いながらも白井は、少し早足で歩いて上条と肩を並べる。
「帰る方向が同じなら、途中まで一緒に帰るか、って聞くべきシチュエーション?」
「ほほう」と白井は少し目を細めてから、
「常盤台のお嬢様に向かって、ただ何となくで『一緒に』と仰いますの? ふふっ、その位置に立つために一体どれほどの殿方様たちが努力を重ねているのか分かってらして?」
「…………………」
「ん?」
 白井の軽口を聞いて押し黙ってしまった上条に、白井は怪訝な視線を向ける。
 無理もない。今の白井のセリフは八月二十一日に美琴が上条に言ったセリフだ。



 この世界には存在しない御坂美琴を思い出してしまうセリフに上条はやるせない気持ちを抱いたのだ。
 しばしの間、沈黙が流れて、
「――――そのお顔、三日前にお会いした時から何度か見せられていますが、その意味を教えていただけないでしょうか?」
「え?」
「あなたは時折、不思議な表情をされますの。まるで今の自分を否定しているような、今ある現実を否定しているような、――――とでも申しましょうか。とにかくどこか現実逃避をさらに重くしたような表情をされますわ。その理由を知りたいですの」
 上条は再度、押し黙った。
 昨日までの三日間。
 上条当麻は誰にも自分が知っている現実と今の現実が乖離していることを話してはいない。
 正確に言えば、三日前に白井には話してしまったが、それは今の現実を認識する前の話だった。
 上条の思いとは違う『現在』を認識させられた今となっては話すことを躊躇っても仕方ないと言える。
 なぜなら白井は上条から聞いた話を戯言と一蹴した。
 で、あるならば、同じ話をしても信じてもらえるわけがないし、信じてもらえないだけならまだしも、精神病棟に放り込まれるならまだマシだが、今後、白井黒子を皮切りに、御坂妹、インデックスと上条を異常者扱いして、自分から離れていってしまう危険性を秘めてしまっている。知らない世界に一人にされる孤独感は想像を絶することくらい、予知能力が無い上条でもそれは容易に予想は付く。
 さすがにそれは嫌だ。人とは一人では生きていけないものなのだ。
 かと言って、誰にも話さず自分の内に溜め込んでおくのもストレスで発狂してしまうかもしれないことは否定できない。
 では、どうすれば?
「んー? お前には一度話したろ? 俺とお前が初めて会ったのは九月一日じゃなくて――――ああ、日は言ってなかったな、八月二〇日、俺と御坂が公園のベンチに並んで腰掛けているときだって」
 冗談っぽく言うことだった。そうすれば白井は呆れてこの話を打ち切るだろうということを見越した上で。
「また、その話ですの? はぁ…………あなたは夢と現実に境界線を引くべきですわ」
 予想通り、白井は答えて、




「――――とでも言うと思いましたの?」




 予想外に、白井は続けた。
「んな!?」
「何を驚いてらっしゃいますの? まあ、確かに以前のわたくしはあなたの話を一蹴しましたが、三日も経てば多少は頭が冷えるというものですわ。そして、思い返してみますとあなたの話の中でどうしても分からない部分がありましたの。それを確かめるためにあなたに会いに来たのです。ですから、今日、あなたとお会いしたのは偶然ではありませんわ」
 はっきり言って、白井の言葉は意外だった。
 もっとも、だからと言って、今はまだ話すことはできない。その理由は先に述べた通りだからだ。ならば、まずは白井が気付いた分からない部分について聞いておくべきだろう。



「俺の話の中?」
「そうですわ。三日前に上条さんが話された、わたくしとあなたの邂逅のお話の中で、もちろん、今でも信じることはできませんが、たった一つだけ、逆の意味で信じられない話がありましたの」
「信じられない話の中で信じられない話?」
「ええ。上条さんの話の中にたった一つだけ、わたくしとお姉さましか知らない『わたくしの知っている現実』のお話がありましたの。それはわたくしが『お姉さまが事ある度にあなた様のことを話されている』と言う前に、あなたが『あの馬鹿』とお姉さまが評していることを仰り、また『上条さんのことを散々悪く言っていた』とお姉さまが言っていた、という件【くだり】ですわ。この話だけは『現実にあって』、しかも、『わたくしとお姉さましか知らないこと』ですの。わたくしがお教えする前に上条さんが先に話されましたでしょ? お姉さまの上条さん評を、どうして上条さんが知っているのか、そこにわたくしは疑問を感じるわけでございます」
「…………」
「この場合、考えられる理由は二つ。一つはお姉さまが上条さんにそう話したことがあったか、あるいは――――」
 白井は立ち止まった。
 つられて上条も立ち止まる。
 一陣の風が二人の間を吹き抜けて、上条と白井の髪を少し強く揺らす。




「あなたの言っていた現実が正しくて、わたくしが上条さんに伝えたか――――ですわ」




 白井黒子は上条当麻を射抜くような視線を送りながらそう言った。



 しばし沈黙の後、
「で、どちらですの? あなたはお姉さまからお聞きしてましたの? それともわたくしから聞きましたの?」
 白井から切り出した。
 上条は呻吟する。
 ここで『お前から聞いた』と言うのは容易いが、『御坂ら聞いた』と嘘を吐いても別に構わないところでもある。
 なぜなら、『御坂から聞いた』ことにしてしまえば、少なくともこの世界でも上条は孤独に陥ることがなくなるからだ。おそらく白井は『御坂から聞いた』との答えを待っているだろうし、言えば、白井は自身の気の迷いと結論付けて、二度とこの話はしないことだろう。
 そしてそれはそのまま上条が今の現実を受け入れることも意味する。
 確かにこの世界に御坂美琴はいない。だが、だからと言って、それが上条の生活に多大な影響を及ぼすかというと、そうでもないことは分かっている。
 それは、一方通行の件以後、何度か美琴に関わる事件や、何度か美琴の助けを必要とした事件もあったが、それらすべてをクリアしているということは、今現在があることで証明されてしまっているからだ。美琴絡みの事件は美琴がいないことで無かったことになっているだろうし、美琴の助けを借りた事件はおそらくだが、同系統の能力者である御坂妹が代わりを務めた可能性が高いと思われる。
 だからこそ、今この場での正しい答えは『御坂から聞いた』だろう。それですべてが平穏無事に収まるのだから。



 しかし、である。
 この世界はそれでいいかもしれないが上条当麻はどうなのだ?
 上条当麻自身はどうなのだ?
 今、『御坂から聞いた』と嘘を吐くこと自体は簡単だが、それは上条が今後、ずっと嘘を吐き続けて生きることを意味するのだ。
 しかもそれは、この世界に生きる全ての者に対して、だ。
 インデックス一人にさえ嘘を吐き続けてきたことを後悔したのではなかったのか。
 それに今、白井はまだ疑いの方が強いだろうが、本当のことを話せば協力してくれるのではないかという思いが上条の頭を過った。
 白井黒子は御坂美琴を寵愛している。
 それがいささか行き過ぎた方向だろうと寵愛していることに変わりはない。
 ならば、御坂美琴が存在する世界を肯定してくれるのではないか。
 本来在るべき形の世界を選んでくれるのではないか。
 上条当麻の心は揺れる。


 そう。ここが分岐点。


 この世界に留まるか。本来の世界を取り戻すか。
 二度目はない。
 今、この場の回答のみが今後の決定権を有している分岐点なのだ。
 なぜなら、白井は『御坂から聞いた』と言ってしまえば、二度とこの話をしない。それは確信を持って言える。今この場の答えをひっくり返すほどの『物的証拠』を持ち出さない限り、実は嘘でした、と言っても通ることはない。発言がぶれてしまえば信用度は皆無となるからだ。
 インデックスと御坂妹は元より上条の言葉を信じることはない。
 完全記憶能力を持つインデックスは上条の話を、たとえ上条のことを心から信じていようとも、自分の記憶を疑うことはない。よって、上条が「今の世界は俺の知っている世界と違う」と言おうとも聞いてもらえることはあり得ない。
 御坂妹からすれば、八月二十一日に御坂美琴が殺された、となれば相手は一方通行しかいないわけで、しかもそれは御坂妹自身の実験の日なのだから自分で見ている以上、百聞は一見に如かず、だから如何に上条の言葉であったとしても信じられるものではない。
 そして、直接、上条当麻と御坂美琴が知り合いである、ということを知らないクラスメイトや月詠小萌、他多数は最初から論外なのである。もしかしたら、本当にもしかしたらだが、学園都市の統括理事会、さらにその上に君臨するアレイスターは気にかけていたかもしれないが、アレイスターは多少のイレギュラーであれば修正して目的を達成しようとするだろうから、御坂美琴がいるいないにそこまで執着することはないだろう。まあ、上条がアレイスターに謁見する、などというイベントは、起こるとすれば、それは、上条が相当、学園都市の闇に最接近した時だろうから、このような仮定は最初から無意味だ。というか、学園都市のことだから御坂美琴の死体から脳なりDNAマップなりを人知れず回収して、ある意味有効利用している可能性の方が高いのではなかろうか。
 つまり、今、白井に突き付けられたこの選択肢の回答以外で、上条当麻は元の世界に戻る可能性を得ることはないのだ。もちろん、まだ元の世界に戻す方法を見つけ出しているわけではないのだが、それはさておき。
 ゆえに上条の答えは、


「お前から聞いた…………と言ったら信じられるか…………?」


 重々しく、呟いた。
 ともすれば聞き取れないかもしれないほどのか細い口調で呟いた。
 どちらとも取れるギリギリのラインの答えだった。
 これほどまでに緊張し、また言葉を紡ぐのに躊躇ったのは、インデックスに記憶喪失のことを告げた時以来だろう。



「そう、ですか…………」



 白井の返答を上条はどういう思いで聞いただろうか。



 もちろん、上条には分からない。
 哀れんだ瞳を向けられれば、まだ分からないでもないが、残念ながら白井は前髪の影を濃くしてその奥に瞳を隠している。
 で、あるならば、白井が何かを口にしない限り、分かるはずもない。
 重苦しい沈黙が続く。
 その沈黙を破ったのは――――
「むっ!」
 先ほどまでの神妙な態度はどこへやら。
 白井は上条を、正確に言えば上条の後方をいきなり睨みつけた。視界にとある人物を捕えたのだ。
「何だ?」
 つられて上条も肩越しに振り返る。
 そこにいたのは――――
「見つけましたわよ!!」
 吼えて白井黒子は、上条は見ていなかったが、上条の正面からは消えて、上条が見つめる結構遠い前方に現れた。
 空間移動能力。
「今日こそは、お姉さまの仇、討たせていただきますわ!!」
 ビシッと指を突き付け、勇ましく宣戦布告したその相手。




「あァ? またお前か? 懲りねエ奴だぜ、ったく――――」



 狂ったように白く、歪んだように白く、澱んだように白く。
 烈火の瞳はどこまでも冷たく。
 黒をベースにしたTシャツにはまるで白い蜘蛛のようなデザインが浮かび上がる。
 冬なのに半袖を着ていられるのは自身の能力のためだろう。
 学園都市二三〇万人の頂点。
 誰も追いつけない位置に君臨している最高最強の能力者。
 本来の世界であれば上条当麻、御坂美琴、御坂妹の三人とは切っても切れない因縁を持つ男。
 そして、この世界では八月二十一日に御坂美琴を殺した男。



 一方通行【アクセラレータ】が凶悪な笑みを浮かべてそこにいた。









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