当麻の『ミコト』と美琴の『トウマ』
上条は今日もDSを弄っている。
「カミやん、一緒にDSやろうぜい?」
土御門にそう言われたのは今から一週間程前の事だ。
彼はサングラス越しからでも分かる程の満面の笑みで話しかけてきた。
「あのなぁ…俺の生活サイクル知ってんだろ?
授業が終わったら補習。補習が終わったら買い物。
買い物が終わったら夕飯。夕飯が終わったら宿題……ゲームなんかやってる暇ねぇっつの!」
「おいおい、そんなシングルマザーみたいな生活が男子高校生の日常か?
息抜きってのは必要だと思うけどにゃー。
それにDSなら、電源が入ってても閉じればスリープモードにできるし、
暇な時間にちょこちょこ遊べるぜい?」
「足りないのは時間だけじゃねぇ! お金! 円! マネーがないの!!!
ウチには大飯食らい【インデックス】がいんの!!! だから無理なの!!!」
正に魂の叫びである。
だが土御門はそこも考慮していたらしい。
「んなこたぁ分かってる。だからホレ」
彼がポイっと投げたのは、前機種……いや、前々機種の古い型のDSだった。
「それやるよ。俺は新しいの買ったからにゃー」
「マ、マジで!? い、い、いいのか!!?」
「ま、捨てんのは勿体無いし、売っても大して金にならんだろうし、置いといても邪魔だしにゃー」
「おおお、サンキュー土御門!!!」
意外なほどの喜びようだ。やはり上条といえど高校生。
今までは何だかんだ文句を言ってゲームを遠ざけてきたが、やはり憧れはあったようだ。
土御門としては、この前の事件の侘び(新約7巻参照)も込めての事だったが、
ここまでストレートに感謝されるとさすがに照れくさい。
「ま、まぁそこまで喜んで貰えるとこっちもありがたいぜい……
で、俺が今ハマってんのがこのギャルゲーなんだが―――」
「ギャ、ギャルゲー…?」
土御門がオススメしてきたのは、『ヒロインを彼女にしてからがゲームの本番』というギャルゲーだった。
どうやら彼女同士を通信させると会話が増えるらしい。
なるほど、ちょっと面白そうだな、と上条は思った。
しかし同時に、彼の不幸センサーも激しく警戒音を鳴らしていた。
ギャルゲーに手を出したら、とてつもない不幸が待っている気がする。
なので上条は、
「あ、あーいいよいいよ!! これソフトが入ってんじゃん! しばらくこれやるからさ!」
と断った。確かに土御門が渡してくれたDSの差込口にはソフトが挟まっている。
「これやるからしばらく貸してくれよ! な!?」
「いいけど…中身ポケモンだぜ? いいのか?」
「いい、いい! やー、俺ポケモンってやってみたかったんだよなー!」
不思議な不思議な生き物、動物図鑑には載っていない。ポケットモンスター、縮めてポケモン。
このゲームは、ポケモンと呼ばれる架空の生き物を育てながらクリアを目指すというRPGだ。
「う~ん……まぁカミやんがやりたいなら別にいいか。
ついでにソフト【それ】もくれてやるよ。俺はもう、やらないからにゃー」
「そ、そっか! ありがとな!」
こうして、上条の部屋にゲーム機とソフトがやってきたのだ。
……今思うと、やはりあのギャルゲーも気になる事は気になるのだが。
で、今に至る。
そして現在、上条はDSの画面とにらめっこしながら、
ゲットしたばかりの新しい仲間【ポケモン】の名前を考えている。
別にイチイチ名前をつけなくても進めるのだが、上条は愛着が持てるようにつける事にしているらしい。
だがそのつけ方たるや、
ウソッキー → ツチミカド
ヘラクロス → カキネ
ミルタンク → オリアナ
オコリザル → フキヨセ
カイリキー → カンザキ
カビゴン → インデクス(文字数が5文字までの為、小さい「ツ」をとったらしい)
など、中々に酷いモノであった。
特にカンザキがヤバイ。カイリキーって腕4本あるんだぞ。
本人が知ったら唯閃されるかもしれない。
まぁ、それは置いておこう。
さて、今回捕まえたのは……
「ピカチュウか…」
ピカチュウ
ねずみポケモン
かたい きのみも でんげきで
やいて やわらかくしてから
たべる ちえを もちあわせている。
…言わずと知れた、人気・知名度No.1のポケモンだ。
そのタイプはご存知、「でんきタイプ」である。
となると、先程の上条のネーミングセンスから察するに名前は当然……
「やっぱり『ミコト』…だよな!」
こうして上条の新たな仲間に、「ミコト」が加わったのである。
そんな、画面に向かって「よろしくなー、ミコト」と、話かけている上条を横目で見ながら、
お腹を空かせた純白のカビゴン【インデクス】は一言呟いた。
「……またとうまが、『げーむー』に向かって何か言ってるんだよ……」
一方その頃、常盤台中学女子寮の一室では、
美琴が自分のベッドの上で上条同様DSで遊んでいた。
しかも何だかニヤニヤしている。
そんな美琴に、白井は頬をふくらましながら話しかけた。
「……お姉様、ずい分とその中古品のレトロなゲームにハマってらっしゃいますのね。
構ってくださらないから、わたくしちょっぴり寂しいですの」
「や~! 私も最初は暇つぶし程度に始めたんだけどさ、やってみたら意外と面白くて。
見た目も可愛いしね!」
「もう! お姉様の能力をお使いになれば、その珍獣達を強くする事など造作もないでしょうに!」
「そんなチート使っても面白くないでしょ? こういうのはコツコツやるから楽しいんじゃない」
「ですが、ここ最近ずっとお姉様は―――」
言いかけて白井はフリーズする。
偶然だった。特に理由もなく、何となく美琴のゲームの画面を覗き込んだのだ。
どうやら美琴は、自分がゲットしたポケモンの一覧を見ているようなのだが、
そこには、「トウマ」という名前があった。
トウマ…とうま………当麻。
それはあの、憎き類人猿の名前だ。
白井はゲームに詳しくはない。だからポケモンの名前などもあまり知らない。
だから、たまたま「トウマ」というポケモンが一匹いたところで、
「ああ、偶然同じ名前の奴がいますのね」と、納得してもおかしくはない。
そう、『一匹』ならば、だ。
しかしどう見ても、「トウマ」という名前がいっぱいある。
というかむしろ、それ以外の名前がない。
いくら何でも、全ての種類のポケモンが同じ名前というのはありえないだろう。
「お、おお、おね、お姉様…?
ままままさか、捕まえた動物達に、す、す、全て同じお名前を付けていらっしゃる……
なんて事はありませんわよね…?」
震える指でDSを指す白井に対し、
美琴は顔を真っ赤にしながら、手をブンブン振りつつ早口でまくし立てた。
「ししししてないわよそんな事全部のポケモンに『トウマ』ってつけたりなんかそんな事全然してないんだか
ら急に変な事言わないでよ大体そんな事しても全然愛着持てないじゃないあの馬鹿の名前なんかつけ
たらあのアレよ可哀相じゃないそれにそんな事したらあの馬鹿と一緒に冒険した気になったりあの馬
鹿を育ててる気になっちゃうじゃない何で私がそんな事しなくちゃいけないのよそんな事しても全然ちっ
とも全く楽しくないじゃない『今日はどのトウマのLVを上げようかな』とか『トウマってば私がいないと何
もできないんだから』とか『もうトウマったらこんなに私に懐いちゃって可愛いわね』とか私が思う訳ない
じゃないありえないからホントありえないから!!!!!」
藪をつついたらヤマタノオロチが出てきた気分だ。一を聞いて十どころか、百も千も知ってしまった。
佐天ならここで、「ほほう? それは是非お話を聞かなきゃなりませんなぁ。できるだけ詳しく」
と、尋問を開始するところだが、白井にその余裕はない。
ショックのあまり、硬直したまま口だけをパクパクさせている。
「あ、あの、黒子? ホ、ホントに違うんだからね? そ、そそ、そういうんじゃないんだからね?」
「う、うぅ……お姉様………黒子は……黒子はああああぁぁぁぁぁ!!!」
「あ、ちょ、黒子どこ行くの!? もどって来ぉぉぉい!!!」
白井はそのまま、泣きながら走り去って行った。
数十分後、上条は第7学区のいつもの公園のベンチに座り、やはりDSを弄っていた。
夕食の用意中、料理に足りない食材がある事に気付いたのでスーパーに向かおうとしたのだが、
タイムセールまでまだ少し時間があるため、ここで暇を潰していた訳だ。
で、現在彼は、先程ゲットしたピカチュウ【ミコト】を育てているのだが、
このミコト、どういう訳かあまり言うことを聞いてくれない。
「おーいミコト…ちゃんと言うこと聞いてくれよ。それとも俺の育て方が悪いのか?」
悩みながらボタンをカチャカチャ押していると、遠くから声が聞こえてきた。
「……―――ろ子ぉぉぉ!? 黒子ぉぉぉ!! ったくもう、あの子どこ行っちゃったのよ」
「あれ? 美琴(本物)だ」
「ん? おわっ!!? ア、アアアアンタ!! 何してんのよ!!」
上条は知る由もないが、美琴は走り去った白井を追いかけて来たのだ。
慌てて出てきた為、その手には―――
「おっ! 美琴もDS持ってんじゃん。中身【ソフト】何入ってんの?」
「あ、いや……ポケモンだけど、今はそれどころじゃ―――」
「マジで!? 俺もポケモンやってるよ!」
「えっ!? ホ、ホントに!? やだすごい偶然!」
上条との思いもよらない共通点に、
美琴の脳は、すっかりしっかりすっぽりと白井の事を頭から切り離してしまった。哀れな……
「あ、じゃあ対戦しない? 俺今育ててるのがいるんだけど、どうも言う事聞いてくれなくてさ、
経験積ませたいんだよ」
「ま、まぁ、アンタがどうしてもって言うならべべ、別にいいけど?」
「へいへい、分かりましたよ。ワタクシめと対戦をしてはいただけませんかねお嬢さん?」
「(お、おお、お嬢さん!?)ししし、仕方ないわね!!」
「うっしゃ! 1対1でいいよな?」
こうして、通信対戦をする事となった二人。
しかし、上条と遊べると思うとそれだけで舞い上がってしまう美琴は、
自分がとんでもないミスをしているのにまだ気付いていなかった。
そう、彼女のポケモンは、全て『トウマ』という名前で統一されているのだ。
「あ、ピカチュウ持ってたらピカチュウにしてくれ。同キャラの方がまだ対等な勝負ができそうだし」
「OK~♪ アンタが育ててんのってピカチュウだったんだ。私んとこにもいるか…ら…?」
ここで気付いた。が、時すでに遅し。
「ちょちょちょちょちょっと待って!!!?」
「どうかしたか?」
「や、やや、やっぱなし!! 対戦やめやめ!!!」
「はぁ? 何だよ、美琴らしくないなぁ。急に怖気づいちゃいましたか?」
「そ、そ、そういうんじゃなくて!!!」
「つっても、もう対戦は始まったぞ」
「ええええええぇぇぇぇぇ!!!?」
スクリーンを覗くと、すでに対戦画面となっていた。
そして当然、2匹のピカチュウが向かい合っている。
しかし、その名前はお互いに……
(……ん? 「トウマ」…?)
(……えっ!!? ミ、ミミミミ「ミコト」おおおぉぉぉぉぉ!!!?)
当麻がミコトを、美琴がトウマをモンスターボールから出したのだ。
だがまぁ、上条の方は意外と冷静だ。
「あ、何だ。美琴も俺と同じで、友達の名前つけてんのな」程度にしか思っていない。
だが美琴はそうはいかない。もし上条が自分と同じ理由でポケモンに名前をつけているとしたら―――
(ど、どういう事!? も、ももももしかしてコイツも全部のポケモンに私の名前を!!?
そそそそそそれってつまり!!? それってつまり~~~~~!!!!?)
もう対戦どころではない。
結果、美琴【トウマ】は全力を出す事ができず、上条【ミコト】の圧勝で幕を下ろした。
「……あのなぁ…いくら何でも弱すぎるだろ。この『ミコト』は、まだゲットしたばっかだぞ?」
「……だって……アンタが……ミ、ミコトって……名前とか……つけてて……」
「はぁ、まぁいいや。じゃあ、美琴センセーには罰を受けてもらいましょうかね」
「……へ? えええ!!? 罰って何よ!? そんな約束してなかったじゃない!!!」
「いやまぁ、罰っつーか頼みっつーか…ぶっちゃけお願いなんだけど」
「な、何…?」
「美琴の持ってる『トウマ』、ちょっと貸してくんない? 用が済んだらすぐ返すから」
「? どういう意味?」
「いや、実はさ」
このあと上条は、とんでもない事を言いやがった。
「……子供が欲しいんだ」
なん…だと…?
「はいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!?
どどどどどどどういう意味!!!? それってアレ何!!? どういう意味ぃぃぃぃ!!!?」
「いや、だから…俺、ピチュー(ピカチュウの進化前)が欲しいんだけど、
アレってタマゴからしかゲットできないんだろ?
でも俺ピカチュウはミコトしかいないから、交配相手が欲しいんだ」
「そ、それって……つつつ、つまり…?」
「ああ! 『ミコト』と『トウマ』を交配させる!」
「ぶっふぇい!!!!!!!」
拳を握り、力いっぱいスゴイ事を言っている上条と、
そのスゴイ事を聞かされ、もう耳まで真っ赤になる美琴。
念のため言っておくが、これはあくまでポケモンの話だ。
「ちゃんと責任持って育てるからさ」
「そ、そんにゃ事言ったって……こ、こ、心の準備が……」
「大丈夫。俺と美琴なら、元気な子になるって」
「でででも……やっぴゃり……急に…しょんにゃ………」
「俺じゃ…嫌か?」
「!!! い、嫌なんかじゃない!! む……むしろ…う……嬉しい…て言うか……その……」
「じゃあ……いいんだな…?」
「…………はい…」
「うおー! ありがとなー! 美琴ー!!」
「ふ、ふ、ふつちゅかもにょれしゅが……よよ、よりょしきゅおねがいしましゅ………」
もう一度言っておこう。これはあくまでもポケモンの話だ。
上条の台詞を、彼の心の声も含めると、
「大丈夫。俺と美琴(のポケモン)なら、元気な子になるって」 「俺(のポケモンと)じゃ…嫌か?」
となる。全く紛らわしい男である。
その後、上条は美琴から無事「トウマ」を借りる事には成功するのだが、
それまでには美琴がふにゃーしたり、
先程の会話を偶然聞いていた白井(戻ってみたら、タイミング悪くこの現場に居合わせた)に
殺されかけたりと、不幸な運命が彼を待っていたとかいないとか。
ちなみに、スーパーのタイムセールの時間は、もうとっくに過ぎていた。
翌日。
「よーカミやん! あれからゲームは進んだかにゃー?」
「ああ、その事なんだけどさ、今度『俺の』ミコトが子供産むんだけど、名前とかどうすりゃいいと思う?」
なん…だと…?
「一応、候補はいくつかあるんだけどさ。
『ミコト』と『トウマ』からとって『マコト』…とかな。土御門はどう……あれ? 土御門?」
土御門は硬直している。
いや、土御門だけではない。教室中が凍っているのだ。
上条の辞書に、学習の文字はないのだろうか。昨日とほぼ同じ状況だ。
安西先生風に言うなら、「まるで成長していない………」
凍結された彼らの思考回路も、もうすぐ解凍される事だろう。
クラスメイト達が暴徒と化し、教室が地獄になるまで残り38秒。
38秒後に上条の命は尽きるかもしれない―――