とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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第6章


 上条当麻、白井黒子、御坂妹、一方通行の四人は、前を白井と御坂妹が肩を並べて歩き、その後ろを上条と一方通行が肩を並べて付いてきていた。
 この並びになっている理由は至って単純。
 白井黒子が一方通行と供に行動することそのものに強い抵抗感を感じているからだ。
 そうなると御坂妹は白井の隣を歩いてなだめる羽目になり、基本、不感症というか、誰とでも、どんな裏の顔があっても、どんな経緯があろうとも分け隔てなく付き合える上条が一方通行の隣を歩くことになる。要は上条と御坂妹が白井と一方通行の間で緩衝材の役割を果たしているということだ。
 とは言え、これまた基本、一方通行は会話が得意な方ではない、というかむしろ苦手な方で、話しかけられるか、自身から話しかけるとしてもほとんど悪態しか付けないものだから、上条と一方通行は終始無言で歩みを進めているので、なんとなく気まずい重苦しいムードに包まれてしまっていて、それが上条にはちょっと耐えられなくなってきていた。
 というわけで上条から、
「な、なあ一方通行?」
「なンだ?」
「…………………」
 フレンドリーに笑顔を浮かべて話しかけたのに、思いっきりメンチを切られてしまって言葉に詰まってしまう上条。
 もっともだからと言って怯むわけにもいかず、
「お前の使った『レベル6』ってどんな力か教えてもらえないかなぁって?」
 でもやっぱり笑顔は引きつってしまったのは仕方がない。ついでにいやな汗もだらだら流れている。
 ところが、そんなあからさまな表情が一方通行の警戒を解いたのか、
「知ってどうする?」
「い、いや別に言いたくないなら無理強いはしねえよっ? け、けどな、俺の右手は『異能の力』であれば、全てを無効化できるのに、お前の『力』は無効化できなかった理由を知りたくてなっ?」
「…………なるほど、やっぱそうだったンか。どうりで俺にテメエの拳が当たったはずだぜ」
「し、仕返しは無しな! 無し! というか俺も殴られたわけだし!!」
「別に今さらどうでもいいが…………ま、テメエはテメエの能力の秘密を暴露してくれたンだ。だったら、俺の方も教えてやる。まァ、知られたからって、だからどうした? 理解したからどうだっつうンだ、って話なンだが――――」
 ちらっと一方通行は一度、前を見た。
 御坂妹の方は、ちらちらとこちらを振り返っているようだが、白井黒子は逆に振り向こうともしないオーラが漂っていた。
 漂ってはいたが、それでも一方通行の『力の秘密』という行には興味があるらしい。
 背中からでもはっきりと分かる。
 白井は明らかに聞き耳を立てている。
 というわけで、一方通行は鼻でため息をひとつついてから、



「――――『時間』を止めてンだ」



 何の自慢も感慨も無く、淡々とそう切り出した。



「は……?」
 もちろん、間の抜けた声を漏らす上条。
「そうだな。テメエには『視えねえ』だろうが、俺は『ベクトル』を操る能力者。つまりだ。この世界の全ての『ベクトル』の流れが視えンだよ。例えるなら、世界中のありとあらゆるモノに対して『矢印』が『見えている』って言えばいいか? んで、『八月二十一日』の夜、超電磁砲に追い詰められたときに、『時の流れというベクトル』が『視えた』ンだ」
 一方通行の瞳は少し、辛そうになった。
「それからだ。俺は『ベクトルの方向』を操ってるわけだが……逆に、ベクトルを『止める』ことを覚えてな。じゃあ『時間の流れというベクトル』を止めるとどうなる? っつう話なわけだ」
「何を馬鹿なことを仰いますか! 『時間を止める』? 人の身でそれが可能とでもお思いで? 『時間の流れ』は、人では理解できないほどの広大さを誇る大宇宙すべてに通じるのですよ! それを止めるほどの『力』など――――!!」
 白井が納得できない表情で割ってくる。
 そう、白井の言う通りなのだ。
 何も時間の流れは今、この場という限定された空間だけのベクトルなどではない。大宇宙すべてを包み込む壮大なベクトルなのである。それを止めるなど、それこそ宇宙を創造できるほど強大な、というよりも、とても一惑星の一個人が理解すらできないほどの膨大で強大無比な力が必要となるのは自明の理だ。
 それを一方通行という大宇宙から見れば塵一つにすら値しない存在が止められるかというと、答えはもちろん『不可能』となる。
 そこで一方通行はどうしているのか。
 それは、



「ああ。だからンな長い時間は止めらンねえよ。けどな、『時間の流れ』ってやつは『理解不能の膨大さ』でも『一ヶ所』でも止めると、全てが止まるようになってンだ。何せ『時間』は複雑でも何でもねえ、過去から未来っつう巨大な一つのベクトルしかねェからな」



 こういうことなのだ。
 例えば、戦車やジャンボ飛行機でなくとも、軽自動車レベルでも構わないが、その前に生身の人間が立ちはだかって、止められるかというと、もちろん、止められるわけがない。
 例えば、津波や激流とまでは行かなくても、川のせせらぎでさえ、素手の人間が手でせき止めて止められるかというと、もちろん、止められるわけがない。
 しかしだ。
 それでも、手を川の流れにおいたり、軽自動車であったとしても人のみでそこに立ちはだかったりするば、『そこにぶつかった分』だけは絶対に『スピードが鈍る』。正確に言えば『止まる』。それがたとえ、コンマ一秒だとしても『絶対』に『止まる』のだ。
 一方通行がやっているのはこれなのだ。
 自身の、おそらくは地球上最強の『ベクトル操作』を『ベクトルストップ』することで、ほんのわずか、時間に直せば5秒間ほどにしか満たない時間ではあるが、流れをせき止めることができたのだ。
 もちろん、五秒後には『時間の流れ』が一方通行の『ベクトルストップ』という障壁を破壊して動き出す。
 そして、宇宙全体からみれば『五秒』など、それこそコンマ一秒にも満たない時間でしかない。
「ンで、人っつうか、この宇宙に存在するすべては『時間の流れ』の中にいる。それはオマエの『能力を無効化する力』も例外じゃねえンだ。もし本当に、この宇宙を『神様』ってのが創ったンであれば、そいつ以外は、どんな存在であれ、『時間の流れ』に抗うことはできねェ。テメエも『人の身』なンで、それだけには絶対に逆らうことはできねエっつうわけだ」
「けど、俺は一度、お前を右手で掴んだ。それでも能力が発動したってのはおかしくないか?」
「あァ、そういやそうだったな。けどまァ、テメエの『力』は『触れてから』効力を発揮するンだろ? けど『触れた瞬間』が『時間が止まってしまう瞬間』と同時な訳なンだが、『時間が止まってる』のにテメエの『能力』は発動すンの? ついでに言うなら『発動』は俺の『手』からじゃなくて『脳』からなンだがな」
「…………てことは何か? お前の能力を無効化しようとすると頭を抑えなきゃならんてことか?」
「正確には、頭を切開して脳を直接抑え込まねえと、だな。脳から頭皮まででも、短くても『距離』はあンだぜ」
「なるほど…………確かに『絶対能力』だ…………」
 上条当麻は盛大にため息を吐いた。
 今の一方通行の完全無欠さを確認したようなものだったからだ。



「ところで俺からもいいか?」
「何だ?」
 どうやら上条の話が一方通行の、ある意味、人見知りからくる緊張を解いたらしい。
 珍しく、彼の方から切り出してきた。
「さっきのお前の説明は、『この世界は誰かが歪めた世界』だったな。まァ、あのレポートがお前の言うとおりのところから出てきた以上、信じざるを得ねェが、それで、お前は元の世界の戻そうとしてるってのも理解できた。で、その解決のためになんでお前の部屋に行く必要があンの?」
「…………言ってなかったっけ?」
「あン? 言ってたのか?」
「………………」
「………………」
「なるほど。描写されていないから、『読者』に説明しろって場面なんだな」
「何、明後日の方向向いてンの?」
 さすがの一方通行もツッコミを入れざるを得なかった。
「こほん。あーつまりだ。『歪められた世界を戻す』ってわけなんだが、元の世界の記憶がある俺からすれば『御坂美琴がいるかいないか』で『世界』が変わっているわけで、その解決法を求めようってわけだ」
「確かに――――上条さんの話からしますと何もかもが変わってしまったのは八月二十一日からのようですの」
 この話には白井も割ってきた。肩越しに振り返り、しかし、一方通行には視線を向けずに上条のみに視線を注ぎながら、だが。
「本来の史実であれば俺が一方通行を倒して御坂は死なずに済んだ。けど、あの場に『俺』がいなかったなら、俺が代わりに行くしかねえ――――っつうことなんだが…………」
「『科学』には時間を遡る装置は今のところ無い、な。けど、それとお前の部屋に行くこととまだ繋がらンぜ」
「これから繋がるの! というか、細かい描写だなおい!」
「ミサカは上条さんの部屋にお呼ばれされる喜びに溢れております、とミサカは身悶えします」
「いえいえ、ここでさらに脱線させないでくださいませ」
「言っておくが、お前も御坂の傍にいるときはよくやっていたことだぜ」
「失礼な! わたくしは話を脱線させてまでやっておりませんわ!」
「つーか、お前が率先して脱線させてるンだが?」
「ぐあ、ぬかった!」
「やれやれです、とミサカは自分のことを棚に上げて嘆息します」
「いくら今シリーズがほとんどオマージュ編だからって、こんなところに細かいネタを仕込んでじゃねえぞ! この作者!」
「さっさと進めてくンない?」
「は、はい! ですから、その目つきで俺を射殺せそうな視線は止めてください! いやマジで!」
 というわけで、上条は再び、一つ、こほんと咳払いしてから、
「『科学』に無いなら、もう一つ、対極の存在にはねえかなってことだ」
「『魔術』、か…………」
 一方通行が吐き捨てるように呟いた。
 そう。この世界でも『科学サイド』は『魔術サイド』の存在を公式に認めている。信じるか信じないかは個人の自由だ。
 ちなみに、
「なるほど、そう言えば、九月一日のテロリストは『外の世界の能力者』でしたの。アレが『魔術』ですのね」
 白井黒子はあっさりとその存在を肯定する派だ。その目で見てしまえば否定する方が愚かである。
「そういうこった。んで、俺の部屋には『魔術サイド』の最高機密、魔道書図書館がいる」
「『いる』? ちょっと待ちな。その表現おかしくねエか? お前の部屋の広さなんざ知らねえし、魔道書ってものがあるのかどうかも置いておくが、仮にも『図書館』なら『ある』じゃねエの?」
「いいや、『いる』で間違いねえ。なぜなら『そいつ』の頭の中にあるからだ」
「…………上条さんの部屋に『いるそいつ』、とミサカは脳内記憶を高速リサーチします」
「ああ。そういうことですか」
「そういうこった」
 白井は気付いて上条も答えの前に肯定する。
「誰のことだ?」
 知らないのは一方通行のみのその答え。



「俺の部屋にいる居候が魔術サイドの人間で、誰よりも『魔術』について言えば詳しいのさ」
 上条当麻は静かに事実のみを告げた。




「で、とうま。どうしてここに短髪を連れてくるかな? ひょっとして私にケンカ売ってる?」
 上条当麻の部屋の中。
 インデックスはベッドの上に仁王立ちして上条を見下ろしながら不機嫌な顔と声で憮然と言った。
 ちなみに、御坂妹の方はというと、そわそわしながら部屋中に視線を這わせて興味深げに徘徊している。
 もっとも、上条はそんなインデックスを畏れるわけでもなく、ただただ盛大なため息を吐く程度である。
「連れてきたのは御坂妹だけじゃねえだろ。白井と一方通行も居るじゃねえか」
「お邪魔いたしますわインデックスさん」
「あー……ちょっと待て。俺はテメエがここでサラッと出てくるとは思ってもみなかったンだが…………」
「え? (この世界でも)インデックスと一方通行って面識あんの?」
「うん。九月三十日に会ってるんだよ。ほら、ひょうかを助けた日。まあ、それは別件なんだけど、その日にとうまを探しているときにこの人と会ってはんばーがーを奢ってもらったの」
「…………行き倒れてた、の間違いじゃねエの?」
「そう言えば、ミサカはその日に上条さんにハートのネックレスを買ってもらいました、とミサカは上条さんからの初めてのプレゼントを思い出して赤面します。ぽっ」
「口で言うなんてあざといって言ってるんだよ!」
(…………あの日は御坂と携帯のペア契約した日だったな…………)
 一方通行とインデックスと御坂妹の会話を聞いて、ふと、上条は自分の携帯を取り出した。
 もちろん、そこにゲコ太のストラップはない。
「どうされました? 上条さん」
「いや……何でもねえ…………」
 白井に気付かれて、答えを濁すだけしかできない上条。
 そそくさと携帯を仕舞い込んで、
「さて、インデックス。お前に重要な話がある」
「ふえ?」
 携帯のストラップ不在を確認した上条は、今、自分が何をしなければならないかを思い出した。
「単刀直入に聞くが、『魔術』に『過去に遡れる』術ってのはあるか?」
 真摯な瞳で、インデックスを真っ直ぐ見据えて問いかける上条当麻。
 その姿は、一分の隙もないほど真剣そのものだ。
「どうして、そんなことを聞くのかな?」
 それでもインデックスはきょとんと問い返す。質問に対して質問で答えるのは会話としてマズイのだが、インデックスからすれば、上条の質問そのものが唐突過ぎるのだ。
「理由はお前が答えてくれたら話す。あるならお前を頼ることになるが」
「え? とうまが私を頼る? 珍しいかも!」
「普段、あなたは置いてけぼりにされることが多いですからね、とミサカはチクリとあなたの弱点を突きます」
「むっ!」
「ちなみにミサカは上条さんに呼び出されたり頼られたりしたことは多々ありますが、とミサカは自慢します」
「むがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
「…………お前ら、真面目な話してんのに脱線させんじゃねえ」
 どうもインデックスと御坂妹の二人が揃うとケンカばかりで話が進まない。
 今さらながら、御坂妹は連れてくるべきではなかったか、と思う上条であった。
「で、インデックス。どうなんだ?」
 というわけで、強引に話を戻して、
「過去に遡れる魔術? あるよ」
 インデックスの答えはあっけらかんとしていた。
 さも当然、そう言う口調だった。
「ヨグソトスシステムを応用した魔術で術式の名前は『遡行の儀式』。効果は過去の『意識』と現在の『意識』を交換する魔術だよ。んと、」
 続けながら、インデックスは近くにあったレポート用紙に何やら文字とオブジェクトと文様を書き記し、
「これを揃えて、――――――、と呪を紡ぐと『現在と過去』の意識を入れ替えることができて『過去』に行けるってわけ。でも、未来には行けないから」
「…………ヨグソトスシステムて……それって魔道書じゃなくてラヴ○ラフトが書いた怪奇小説じゃねえの? んで、未来には行けないって?」
「とうま、そこは言っちゃダメなんだよ。それと未来に行けない理由は、『現在』から見ると『未来』はまだないから」
「なるほど。あと、ヨグソトスシステムってのは突っ込んじゃいけないところなんだな、分かった」
 インデックスと上条の会話が終わりを告げると、
「ところでインデックスさん。この魔術ですけれども、『誰とでも』精神交換できますの?」
 『魔術の儀式』のイラストと説明と呪文が書かれた用紙を眺めていた白井が切り出した。



「ううん。できるのは自分だけだよ。あと『精神』って表現はちょっと違うんだよ。あくまで交換できるのは『意識』であって『精神』=『魂』じゃないから。それも、『過去の自分』に意識が無い時に限られるかも。そんな他人と入れ替えられるなんてことになったら『自分』の定義があやふやになって自我が崩壊しちゃうよ」
「つまり、主に寝てる時、ってわけか。ン~とすると、この方法でも過去に行って解決することはできねェ、な…………」
「そうなりますね、とミサカは落胆します」
「何の話なのかな、とうま? 説明してほしいかも」
「おっとそうだった」
 インデックスは魔術に着いて教えてくれたのだ。だったら今度は上条が応える番だ。
 かいつまんで説明して、
「ふうん。その『みさかみこと』って人が居なくなったのが今の世界ってことなんだね」
「あれ? お前がそう簡単に納得してくれちゃうの?」
 正直、上条は拍子抜けした。完全記憶能力を持つインデックスがあっさりと上条の言葉を信じたからだ。
「うん。でも、もちろん全部は信じられないんだよ。ただ、とうまはいつもいつもいつもいつも私を置いてけぼりにするから、私の知らないところでとうまが私の知らない誰かとお知り合いになっている可能性があることは否定できないから」
 ちょっとインデックスは不機嫌になった。
 が、だからと言って、また、脱線するわけにもいかない。 
「それに、とうまが『過去に遡る魔術』があるかって聞いてきたなら信じざるを得ないもん。居たはずの人間がいないってことは、たぶん、『魔術サイド』の『誰か』が『遡行の儀式』を使った以外に答えはないかも。『遡行の儀式』は世界全体、というと大袈裟かもしれないけど、影響を及ぼす魔術だし、魔術ってことは、とうまだけは右手のおかげで、その影響下からは逃れることができるもん。ただ、『遡行の儀式』そのものなら、とうまに仕掛けても作用するかも。さっきも言ったけど、過去に飛ばすのは『意識』であって肉体でも魂でもないから。とうまの『右手』が術式を『破壊しない』限り、意識にまでとうまの右手が及んでいるとは思わない。だって、それだと、『右手以外』でも異能の力が『当たっても』影響が無いことになっちゃう。言い換えると、とうまから『右手』だけは独立している、って感じかも」
「待て。とすると何か? 御坂が消えてしまったこの世界ってのは、誰かが『魔術』を使って過去に遡って変えたってことか? あと俺にも作用する『異能の力』?」
「そいうことだよ。とりあえずそれはおとくけど、科学サイドに『過去』に遡るモノが無いなら魔術サイドがやったって考える方が自然だよ。ついでに言うなら術者自身もそのことを知らないから『完全犯罪』に持って来いだし、だからとうま以外の誰も知らない現実が生み出されちゃってるし」
「え?」
 突然の切り出し方に、思わず上条、白井、御坂妹、一方通行の四人はインデックスに注目した。



「さっき言った『遡行の儀式』。アレは、術者を過去に移動させる術なんだけど、一つだけ、どうしても『確認できない』ことがあるんだよ」
「と言うと?」
「術者が過去に行って『何かをしたとする』でしょ。そうすると、当然、未来という名の『現在』は変わってしまう。でもね、術者自身も『変わってしまった現在』に組み込まれてしまうから、自分が『過去で何をしたか』が分からなくなるんだよ。当然だよね、『意識』が入れ替わっての移動だから、『現在の意識』は『過去の意識』があって現存する以上、『変わってしまった過去の意識』の延長線上にある『現在の意識』は『変わってしまった時点からの記憶』に上書きされちゃうから。まあ上書きされるのは『過去から現在に戻ってきたと同時に』だけど」
「とすると犯人は魔術サイドの人間…………」
「そうなるね。みさかみことって人が魔術サイドから見て、どれほどの価値があるか分かんないけど、抹消させる意義はあったんだと思う」
「…………でも、どのような価値が……客観的に言いますと、科学サイドの戦力を削ぐのであれば、まずは第一位の一方通行さんや第二位の垣根提督さんが狙われて然るべきかと思うのですが…………いえ、そもそもパワードスーツなど能力を応用した兵器の開発も進んでおりますし、個人を狙う理由にはならないはずですわ」
「てことは単純な戦力ダウンを狙って、てわけじゃねェってこった。確かに超電磁砲は第三位だったが、アレは別に能力の『強さ』だけが基準ってわけじゃねェ。もちろん、それもあるが、それに付随する『付加価値』も合わせて考慮されるモノなんだぜ。現に『能力の破壊力』だけなら第四位の方が実はあるって言われてたンだが、それでも超電磁砲が第三位だったのは応用力と研究価値の観点から、破壊力を補って余りあるほど、第四位をはるかに凌ぐからって理由だった。まァ、もっとも能力そのものの実力も超電磁砲の方が上だったかもしれねェがな」
 言って、一方通行は頭の後ろで手を組んで壁に寄り掛かった。
 実際に相対して追い詰められた相手だ。そんな人間が第四位に劣ると思いたくない気持ちもあるのかもしれない。
 それと、一方通行は知らない話になるが、実は美琴は、三日三晩、ほとんど不眠不休で疲労困憊の状況で超電磁砲も撃てなくなっていたのに、頭を使ったとはいえ、第四位を退けた(出し抜いたとも言う)実績があるので、案外サシのガチで相対したとしても負けなかったかもしれない可能性は否定できなかったりする。
「何か、超電磁砲の持っていた、『魔術サイド』とやらに不都合な『付加価値』でもあったンじゃねェの?」
「それならミサカに心当たりがあります、とミサカも真面目に話に加わります」
「と言うと?」
「今、この世界には一万人近くのミサカが存在してミサカネットワークで繋がっています、とミサカは機密事項を暴露します。そして、それはそのまま科学サイドのネットワークが世界中を網羅していることになります、とミサカはさらに続けます。また、ネットワークが世界を網羅しているということはそれを通じて、軍事利用が可能となります、とミサカは衝撃の真実を告白します。つまり、科学サイドから魔術サイドめがけてネットワークを利用して攻撃できるということです、とミサカは平たく説明します」
「…………なンだと?」
 一方通行の目つきが変わった。静かにマグマが地下で鳴動し始めた、そんな感じだった。
「ちょっと待て。テメエらは、この学園都市に同じ顔が全員居るのはさすがに不都合ってことで、世界中に留学ってことにして散らしたんじゃなかったンか?」
「はい。名目上ではなく現実、ミサカたちは軍事施設に収容されてはおりません、ちゃんと世界各国の『学校』なるところに通っています、とミサカは現状を報告します。ですが、ミサカがミサカネットワークで繋がっている以上、どこにいようとも『世界を網羅している』事実は変わりません、とミサカはどうにもならない現実を突き付けます」
「なるほな…………クソ…………」
 一方通行は一つため息を吐いた。
「どうして、あなたが妹さんたちの今を知っておいでですの?」
 この話題に食いついてきたのは白井だ。
「それは当然です、とミサカは一方通行に代わってお答えします。なぜなら実験終了にも拘らず、ミサカたちが存命している理由は一方通行が取り計らってくれたからです、とミサカは白井様が知らない良い話をここに公表します」
「なんですと!?」
「オイ…………」
「いいではありませんか、とミサカはあなたを宥めます。いつまでも白井様にあなたが誤解されているのは忍びないと思っていました、とミサカは心中を吐露します」
「チッ…………」
「まさか……お姉さまを亡き者にした罪滅ぼしとでも…………?」
「………………」
 一方通行は答えなかった。



 それはそうだろう。
 確かに一方通行は一万人以上の妹達と御坂美琴を殺した。だからと言って、残りの一万人近くの妹達を見殺しにしていいわけがない。
 一方通行はそう考えている。
 御坂美琴は妹達を守ろうとした。命に変えてでも守ろうとした。
 実際、一〇〇三二号のクローン以号を守り抜いた。己と引き換えに守り抜いたのだ。
 だったら、それを引き継ぐのは一方通行しかいない。一方通行以外に妹達を守れる者は誰もいない。
 御坂美琴が一方通行に差し出した命に報いるにはそれしかない。
 しかしだ。
 それは周りから見れば、何を綺麗事を言ってやがるんだ? 今さらどの口が言ってやがるんだ? と非難されてしまうことでもある。
 それを一方通行は誰よりも分かっている。自分自身で一番分かっている。
 だからこそ、白井の問いに答えることはできない。
 だからこそ、誰にも言わず黙っているしかできないのである。 
 この場が少し沈黙。もっとも、一方通行と御坂妹の話は現状とは関係のない話なので上条から、
「けど、今のミサカネットワークと御坂は繋がらんぜ? まあ確かにあいつは電撃使いでハッキング技術も相当なものがありそうだが、あいつならミサカネットワークに頼らずとも自分で衛星とかネット回線とかで何でもできそうなんだが?」
「ええ。ですから、ミサカネットワークが悪用された場合にお姉さまが妨害電波を発信されるでしょうから、ミサカネットワークを悪用した者からすればお姉さまは邪魔者になるでしょう、とミサカは推測します。そしてお姉さまが誰よりもミサカネットワークの電波を見破るのは長けています、ではなく見えることでしょう、とミサカはお姉さまの力に尊敬の念を抱きます」
「ちょっと待って。それだと『みさかみこと』って人が邪魔になるのは『科学サイド』になるかも。『魔術サイド』の人が科学のねっとわーくを利用するとは思えない」
「あ、そうなりますわね。ということは、お姉さまを屠るように仕向けた犯人はまったく不明と言うことになりますわよ。しかも『科学サイド』と『魔術サイド』が実は裏で繋がっていて協力し合った、という可能性さえも浮上しますわ」
「つーことは『犯人探し』は意味ねェなァ…………不特定多数になっちまったンじゃ、どうにもならン。こりゃなんとか八月二十一日の夜、時刻で言えば、八時十五分ごろ、か? そこに行って、超電磁砲を救い出すしかねェ、ってわけか…………」
「でもどうやって、ですの? 『遡行の儀式』とやらでは、『過去』には行けますけれども、わたくしにしろ上条さんにしろ、一つ言えることは夜八時ごろに就寝しているとは思えませんわ」
「そこなんだよなぁ…………となると直接、今ここにいる『俺たち』が行くのがベストなんだが…………いや、ちょっと待て」
 上条の脳裏に閃きの閃光。
「おい一方通行」
「あン?」
「お前、さっき、『時間のベクトル』が視えるつったよな? それって、『今』だけなのか?」
「どういう意味だ?」
「いや何。お前に『時間のベクトル』が視えるなら、八月二十一日夜八時十五分ごろがどの位置か見えるんじゃないかと思ってな? んで、その『座標』が分かれば、白井がテレポートできるかと思って」
「「ハァ…………」」
 白井と一方通行は同時に盛大な溜息を吐いた。
「な、何だよ?」
「まあ、理論上は間違いではありませんわよ上条さん。ですが、『座標を過去に置く』ですか? それってさすがに今のわたくしでも不可能ですわ」
「なあ、さっきも言ったけど、人は『時間の流れ』に逆らえないンだぜ。なのに『過去』にどうやって『ここにある肉体』を移動させられるンだ? それこそ、俺と同じで、ある意味、時間さえも操れる『レベル6』が必要になるっつうの」
「と言うことは、白井様が一瞬でも『レベル6』になることができれば可能ということですね、とミサカはお二人にお聞きします」
「それはまあ、そうですが…………」
「…………俺が一番、『レベル6』に近かった理由は、通常カリキュラムでも『到達可能』と判断されたからだ。いくらそのテレポーターでも通常カリキュラムで『到達可能』と判断されなきゃ、新たな『レベル6』のためのカリキュラムは組んでもらえねェよ。しかも、その判断を下せる樹形図の設計者はもうねェ」
「カリキュラムは必要ありません、とミサカはお二人の意見を否定します。お忘れですか? 今年の夏、実験期間中に学園都市で起こっていた『能力者のレベルが登録よりも高い』という事件を、とミサカはお二人に問いかけます」
「―――――――――――――!!」
「幻想御手【レベルアッパー】!!」
 さすがはレベル6とレベル5。頭の回転がとてつもなく早い。
「何それ?」
 もっとも上条には何が何だか分からない。無理もない。この時期の『記憶』が上条にはないのだ。



「夏に起こった事件ですわ。犯人は分かっておりますが名前はその方の名誉のために伏せておきますけれども、数多くの人たちに、あるリズムを音楽に変えて耳から脳に注入して、多人数の『共感覚性』を呼び起こし、一時的にレベルを引き上げる媒体を利用した事件が多発しましたの。その媒体の名称が『幻想御手』」
「何だそれ? そんなものがあったら便利じゃねえか!? つか、俺も欲しい!」
 上条は天を仰いで髪をかきむしっていた。
「確かに便利っちゃ便利だが、ンな、楽した方法は必ず副作用という名の弊害を生む。当時、幻想御手を使った一万人ほどが昏睡状態に陥った。そンな危険なモノ、それでも欲しいか?」
「え゛……?」
「そうですわ。わたくしの友人にも一人いましたが、後ほど、使ったことを深く後悔しておりました。ちなみにその友人は『レベル0』ですわよ。それでも幻想御手はいらない、と言っておられたのです」
「う゛……」
「とりあえず、話を戻すが、なるほどな。幻想御手と一万の共感者を準備できれば、一時的にテメエ(白井黒子)の能力を一つ引き上げられる」
「一万人ほどの能力者はミサカたちがいます。あとは、幻想御手を手に入れるだけで先ほどの理論が現実となります、とミサカはここに宣言します」
 一方通行と御坂妹が至極真面目に言ってきた。
「ですが、幻想御手はもうありませんわよ。夏の事件のときに犯人と警備員がすべて処分してしまいましたから」
「それも問題ありません、とミサカは白井様の憂いを吹き飛ばします。幻想御手はインターネットを通じて拡散されたもの、とミサカはお伝えします」
「インターネット上に拡散された情報は確かに消し切れるものじゃないな。必ずどこかに残っているものだ。そこから探し出すってわけか」
 上条にも理解できたようだ。
「なるほど。ハッキング、というわけでもありませんし、ここは先ほどお話に出ましたミサカネットワークを利用させてもらってよろしいのではなくて? 世界中からインターネット世界をくまなく探せるかと思いますわよ」
 白井の提案に、御坂妹は力強く首肯した。



 そして、検索すること数時間。
 四ヶ月以上、インターネット空間の随分奥深くに眠っていて、誰の目にも触れられることが無かった『幻想御手』は今、再び、呼び起こされることになる。



「……………………………」
 白井黒子は耳にイヤホンを付けて、集中のためか、瞳を閉じて静かにプレイヤーから流れる音楽を聴いていた。
 それは御坂妹も同じことをやっている。
 本来であれば、上条の部屋なのだから、プレイヤーから流せばいいのかもしれないが、ここは防音システムも甘甘の、ほとんど外の世界の『アパート』と変わらない『学生寮』だ。何かの拍子で、誰かに聴かれ、万が一、録音され、そして、また拡散されるのはマズイだろう。何と言っても、この学園都市の二三〇万人の内、一七〇万人は覚醒していないとしても、例え『レベル0』でも何らかの能力者なのだから。
 しばし静寂が訪れる。
 上条も、インデックスも、一方通行も黙って待っている。
 待つこと数分。
 聴き終えて。
 白井と御坂妹は静かにまぶたを上げた。
 はたして――――
「一方通行さん、ちょっと試させてもらえますか?」
 白井黒子は、一方通行を真っ直ぐ見据えて切り出した。
 本当に『レベル6』に進化したのか。それとも、何も変わっていないのか。
 その確認の前に好き嫌いなど言ってはいられない。
「『時間を止めなくてもよろしい』ので、『レベル6』の力で『時の流れのベクトル』を視ていただきたいですの。あなたの力が発動すれば、わたくしにも『ベクトル気流』が視えるわけですから、わたくしにも『時の流れのベクトル』が視えればテレポートできるかと」
「よし分かった」
 一方通行が素直に即座に首肯。
 そして、


 ――――――――――!!



「ど、どうだ?」
 白井の表情が変わったことが見て取れて、それも驚嘆に満ちた表情だったので、上条は思わず聞き募る。



「これは…………とんでもない世界ですわ…………」
「てことは視えたんだな!?」
 愕然と答える白井に、どこか喜び勇んで確認を求める上条。
「ええ……まあ…………ですが、これでは、わたくし一人の力では移動できませんわね…………『座標を置くこと』と『移動すること』は同時に敢行するにはあまりに範囲が膨大過ぎますわ」
 それはそうだろう。
 時間のベクトルの方向は『一つ』とは言え、その巨大な『矢印』は、全宇宙を網羅しているのだ。
 となれば、仮に『時間』を指定できたとしても、『場所』の特定はあまりに難しく、また『場所』を特定できたとしても『時間』を正確に読み取れているかどうかなど分かるはずもないからだ。また、どうやら幻想御手でもレベル5からレベル6に進化させるには少し足りなかったらしい。だから白井は『時間移動』という力を使いこなすことができないとも言えた。
 まあ、無理もないことだろう。一方通行でさえ、『二万人』の妹達と戦闘をこなすことによってレベル6に進化する、と判断されたのだから、仮に白井黒子にレベル6の適性があったとしても『一万人』では足りのは自明の理だ。つまり、正確に言えば、今の白井は『レベル5.5』と言ったところだろうか。レベル5を越えてはいるが、レベル6には到達していない、そんな感じ。
 ちなみに一方通行がレベル6に到達しているのは一万回の戦闘経験プラス、御坂美琴が一方通行を『追い詰めた』ということは、一方通行に実力で並んでいたことを意味するので、この時の美琴一人で妹達一万人の価値があったからであり、合計で『二万回相当』の戦闘になったというわけだ。
「だったら、俺が『時間指定』してやンよ。お前は『場所』目がけて『移動』すればいいンじゃねェ?」
「やれやれ。その手しかありませんわね。あなたと協力するというのは心底御遠慮願いたいのですが、お姉さま救出という目的は何においてもすべてに優先されますから」
 どこか一方通行の珍しく積極的な提案に、諦観のため息を吐いて同意する白井。
「待て。行くのは白井じゃねえ。俺だ」
 が、一方通行と白井の考えに異を唱える者が一人。
「とうま?」
「だってそうだろ? 史実じゃ『俺が一方通行を倒している』。けど、歪められたこの世界だと、さっきも言ったが『俺』が現場にいなかったわけだから、俺が行かないと辻褄が合わなくなる」
「それはそうですが…………」
 白井は渋い顔をした。理由は別に『自分以外が御坂美琴を救い出す』構図が気に入らなかったわけではなく、もっと根本的なところである。
 何せ、今やろうとしている移動は『身体』の移動なのだ。となると当然、
「でも、とうまの右手をどうやって封じるの? とうまの右手がくろこのテレポートを無効化してしまうのは目に見えているんだよ」
「う゛……」
 インデックスの真っ当な意見にうめくしかできない上条当麻。
 しかし、意外なところから意外な意見が出されるものだから世の中というものは侮れない。
「その右手が作用すンのが『異能の力』に対してであって、『自然法則の力』には作用しねえならやりようはある。一か八かだがな」
 なんと再び、一方通行から言ってきた。
「と言いますと? 、とミサカは続きを促します」
「『慣性の法則』の中にいりゃ、そいつの『能力を無効化する能力』は関係ねェんじゃねェの?」
「あ――――!」
 一方通行の提案に、白井は目を丸くする。



 慣性とは、ある物体が外力を受けないとき、その物体の運動状態は慣性系に対して変わらないという性質のことで、その法則とは、静止した物体に力が働かないとき、その物体は慣性系に対し静止を続ける。逆に運動する物体に力が働かないとき、その物体は慣性系に対し運動状態を変えず、等速直線運動を続けることを言う自然現象である。
「どういうことだ?」
「つまり、ですわ。わたくしのテレポートを上条さんに直接作用させるのではなく、上条さんを何かの中に入れまして、『その何か』を移動させますの。そうすれば、確かに『テレポート』は『異能の力』であっても、移動時に生じる『慣性の法則』は『自然法則の力』に該当しますので、上条さんの『右手』は作用しないと思われますわ」
「でも、『その何か』の中にとうまがいるってことは、とうまが浮いていない限り、必ずとうまの体の一部がどこかに触れているかも。そうすると『とうまの全身』に『てれぽーと』が作用することになるから、やっぱり『右手』が邪魔するかも」
「だったら、その中でジャンプしてりゃいい。そうすりゃ、『慣性の法則』の影響下の中で、さらに、そいつはどこにも触れていないことになる」
「…………タイミング勝負になりますわね。少し練習しておいた方がよろしいかと」
「では、善は急げです、とミサカは上条さんを中に入れてジャンプできる空間を有する『何か』に心当たりがある場所へと案内します」
 御坂妹の言葉に、五人は同意して立ち上がった。




「…………で、よりによってここかよ…………」
 一方通行は思いっきり苦虫をつぶした顔をした。
 無理もない。
 場所は、どこかの河原。
 周りには廃車になったバスや電車車両、使わなくなったコンテナが大量に放置してあった。
 そう。
 ここは『レベル6シフト計画』の第九九八二次実験場にして、御坂美琴と一方通行が初めて出会った場所。
 そして、美琴が命を賭して実験を止めさせるための決意を固めるきっかけになった場所。
「今からやろうとしていることに対して一番、最適な場所に来ました、とミサカはここに断言します」
「そりゃ、まァ……否定はしねェが…………」
 一方通行は先頭にいる御坂妹の背中をちらっと見た。
 あの時は常盤台の冬服ではなく、夏服だったわけだが、それでも『あの実験』を思い起こさせるこの場所に言い知れぬ不快感を拭うことはできなかった。
 一方通行は、なぜか御坂妹を直視できなくて、すぐに目を逸らしてしまう。
 あの日の罪悪感が一方通行に過ったのかもしれない。
「これはまた……随分と、『練習用の機材』がたくさんありますこと…………」
 白井はキョロキョロ辺りを見回しながら、その煩雑さに思いっきり呆れていた。
 それは上条も同じ気分だった。
 んで、付いてきたインデックスは珍しいものを見た感動でちょっと子供のようにはしゃいでいた。
「とうまとうま」
「ん? 何だ?」
「これがそこに落ちていたんだよ。砂利の下に埋もれていたの」
「はぁ? って、ワッペン?」
「うん。随分色褪せてしまってるし、結構、錆び付いているけど、このカエルさんの絵、なかなか可愛いかも」
 インデックスの何気ない一言を聞いて。
 その時、御坂妹に電流が走る。
 即座に二人に駆け寄って、
「申し訳ございませんが、それを見せていただけますか? とミサカはあなたに懇願します!」
「へ? あ、うん。いいよ」
 あまりの御坂妹の剣幕に、思わずキョドってワッペンを渡すインデックス。
 それを手にとって、
「……………………」
 御坂妹は言葉を失った。
 体も震えている。
 自然と涙があふれてきた。
「妹さん?」
 白井の呼びかけにも御坂妹は答えない。
 今、御坂妹の周りは全て背景と化した。
 ワッペンと御坂妹、ただ二人だけの世界だった。
 ギュッと、その胸にワッペンを抱きしめる。



 刹那のような永遠の時間。
「これがまだありましたとは…………、とミサカはお姉さまから頂いた初めてのプレゼントに深い哀愁の意を抱きます」
 これは御坂妹の心の中で呟いた声である。
「上条さん、白井様、一方通行、とミサカは呼びかけます」
「え?」「は?」「ン?」
「練習開始です、とミサカは強く要望します」
 いつもは無表情のはずの御坂妹の瞳には、断固たる意志が宿っていた。


 ちなみに練習は、『窓』が付いていて、外からも見える『車両』を中心に行われた。レベル4時代の白井黒子の移動最大質量は130.7kgだったが、今は通常の場合、レベル5テレポーター。その実力は百倍になったらしく、一万キロ=十トンでも移動させられるようになっていたので何の問題もなかった。
 ところで、白井黒子の『レベル6』の力は『過去に遡る力』であり、テレポーターとしての評価、移動距離と質量移動に関してはレベル5時と何も変わらなかったりする。
 この世界では基本、レベル6とは『時間に関わる』力を得たかどうかに分類されるらしい。まあ、時間をどうにかできるならそれは確かに『絶対能力』ではある。何と言っても、この大宇宙、神を除く全ての存在は時間の流れには逆らえないのだから。


「どうやら、なんとかなりそうですわね」
 白井黒子は腰に手を当てて、安堵のため息を一つ、盛大に吐いていた。
 予想通り、上条がジャンプした状態であれば、車両やコンテナごと、上条付きでもテレポートさせられたからだ。
 実のところ、白井は『触れたものだけ』をテレポートさせることもできるのだが、そんな器用な真似は白井にしかできないことだ。何せ、その主な動機が愛しのお姉さまの着衣を脱がせようとしたという、欲望全開が理由だったりするから白井以外の誰もそんなことを身に付けようとは思わない。
「なかなか不思議な感覚だな。今、いた場所と違う場所に現れるってのは」
 上条は初めて体験する『能力』の効果にどこか高揚していた。
 場違いにも、ちょっとこういう『力』がほしいと思ってしまった。
「そンじゃ、始めっとすっか?」
「おう」
 言って、上条は意気揚々と『バス』に乗り込んだ。
 次いで、白井も乗り込み運転席のハンドルを握る。
「って、オイ?」
 当然、一方通行はいぶかしげな声を上げた。
「わたくしも行きますわ。あの当時のわたくしではお姉さまのお力になれませんでしたが、今のわたくしなら。それに、上条さんが本当にお姉さまを救出できるかどうかを黙って待ってるつもりはありませんでしたの。理由はどうあれ、わたくしも上条さんと同じで『お姉さまのいない世界』は認めたくありませんわ」
 白井の瞳は決意の炎に燃えていた。
「そうか…………」
 一方通行は伏せ目になる。
 しばし沈黙の後、
「オイ……」
「俺に話しかけてんのか?」
「そうだ」
「何だ?」
「あえて聞かなかったンだが、テメエの知ってる世界の俺ってどンなだ?」
 どこか、一方通行が今にも泣きそうな顔をしていた。
「どうしてそんなことを聞く?」
 そんな一方通行の表情を見てしまえば、上条も神妙に、そして真剣に問いかけざるを得ない。
 しばし沈黙の後、
「俺は…………レベル6になって、初めて後悔した…………」
 一方通行はポツリ、と重苦しく切り出した。



 そう。一方通行は本気で『レベル6』に到達したことを後悔していたのだ。
 実験の話を持ちかけられた時は、自分に突っかかって来る馬鹿が後を絶たないことが鬱陶しくて了承したが、いざ、『レベル6』になってみれば、『無敵』になってみれば、あの当時がまだマシだと思うほど、より絶望的な孤独感に陥ってしまったのである。
 誰しもが一方通行を畏怖して近づいてこない。
 ちょっと傍を歩くだけでそそくさと距離を置かれる。
 誰しもが一方通行を腫れモノに触るような距離を置いた目を向ける。
 通りを歩こうが、店に入ろうが、全てがそんな調子だ。
 それはどれだけ辛いことだろう。
 別段、突っかかって来られない限りは一方通行からは何もしない。
 極端な話、声をかけられれば、答えてだってやれるし、実際、そうしようとも考えていた。
 しかし、一方通行からは声をかけられない。そうしようとした時点で逃げられてしまうからだ。
 何もしないというのに、相手はそうは思ってくれない。
 その謂れのない人物評価と孤独感は想像を絶するものだった。
 例外はたった一人。
 九月三十日に出会ったインデックスは、そんな一方通行の事情など知らないから無意味だ。
 一方通行の事情を知っていてなお、傍に近寄って来る者、声をかける者。
 そう、それは――――
「俺は…………そこの空間移動能力者、いや、その『白井黒子』は…………」
「――――!!」
「そいつだけはそんな俺を畏怖しねえ……そいつだけは俺に近づいてくれる、声をかけてくれる…………それが恨み節だろうと罵詈雑言だろうとケンカを売られようと、けど、それが嬉しかった…………だから、俺は白井黒子に会えることをいつしか心待ちにするようになっていた………だから、いつも突っかかって来る白井黒子をわざと挑発して再戦に来るよう仕向けていた………」
 初めて見せる一方通行の『人』としての心。
 孤独には耐えられない、『普通の人間』としての心。
 それを白井はどういった気持ちで受け止めただろうか。
「だからテメエに聞く。テメエの知っている世界の俺はどンなだ?」
 一方通行の真摯な問い。
 この問いに対して、上条当麻は嘘を吐いてはならない。
 過去に行って、御坂美琴を救い出すということは、今のこの世界を変えることになるわけだから、当然、ここにいる一方通行、御坂妹、インデックスとはもう会えなくなることを意味する。
 だから嘘を吐いてはならない。
「…………俺の知っているお前はレベル6には到達していない。そして、何があったかは知らないが体も不自由そうだったし、能力使用も相当制限がかかっていた」
 上条は言葉を紡ぐ。




「――――けど、お前は独りじゃなかった」




 真っ直ぐ一方通行を見つめて、そう告げた。
「そうか…………」
 一方通行は笑った。今、自分の求めるているものがそこにあることを知った。
 もう、一方通行に迷いはない。これから自分が消えることになるとしても後悔はない。
「いいか。俺が『レベル6』に目覚める前に倒せ。必ずだ。俺が『レベル6』に覚醒してしまうとお前たちに勝ち目はない。それは今の白井黒子も例外じゃねェ。時間の流れは視えるかもしれねェが、『止まった時間』の中を動けるわけじゃねェからだ」
「分かっている」
 一方通行の助言に力強く頷く上条当麻。



 御坂妹とインデックスも車両に駆け寄ってきた。
 窓越しに上条を見上げて、
「必ず、お姉さまをお救いください、とミサカは切実に訴えます。またお姉さまとアイスを食べて、紅茶を飲んで、子猫を愛でたいと、ミサカは…………」
 ワッペンを強く優しく包み込むようにギュッと握りしめながら呟く御坂妹の語尾は嗚咽で遮られた。
 一方通行は、二人から離れて、『バス』を『押す』ために後ろに回る。
「必ず、世界を元に戻せ。でねえと承知しねエぜ……」
「もちろんですわ」
 一方通行の嘆願に勇ましく返したのは白井黒子だ。
「とうま………」
「インデックス」
「今の私は消えてしまうんだね…………でも、とうま…………」
 インデックスの瞳に物悲しさはあったが涙は浮かんでいなかった。
「とうま……必ず『帰って来て』ね……」
「もちろんだ」
 インデックスの懇願にとびっきりの笑顔を見せる上条当麻。
 そう。例え、この世界が消滅しようとも、上条当麻は必ずインデックスが待つ自分の部屋へと帰らなければならない。
 それができないときは上条自身がこの世から消えてしまうことを意味するからだ。
「では、行きますわよ上条さん」
「ああ」
 言って、白井と上条は前を向いた。
 バックミラーの上条を見ながら、白井は前を見据える。
 正確には、『時間というベクトルの流れ』を視据える。
 一方通行がバスを押すのは、一方通行のベクトル操作と転移時間を白井黒子に視せるためだ。


「行くぞ! オラァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 一方通行が力の限り、バスを押した。
 猛スピードで、地響きを立てて、砂煙を上げてバスが突進を開始する。
 白井黒子はハンドルを強く握った。
 バスのスピードによって、自身のバランスを崩さないようにするために。
 そして、バスを空間移動させるための事前準備のために。
「今ですわ! 上条さん!」
「おう!!」
 白井の号令に上条は即了承!
 迫りくる川面の直前、上条はその場でジャンプした。
 時間に直せば、コンマ何秒の世界。
 しかし、その瞬間は上条が、バスのどこにも触れていない瞬間。
 慣性の法則に従い、上条がバスの動きに強制的に合わされている瞬間。
 そのタイミングを白井は絶対に見誤らない。
 バスごと、慣性の法則下にある上条当麻ごと、空間移動を発動!!
 一瞬、上条には窓の外の風景が、四角形に切り取られて、超空間とでも表現すればいいのか、闇とも光とも違う風景に押し出されるように遠くなっていくのが見えた。




「待ってろ御坂。必ず、俺がもう一度助け出してやる」




 上条がそう声を発し、足が床に着いたその時、再び風景は戻っていた。
 暗闇を街灯のみが照らしている風景。
 しかし、目の前にあったのは『川』ではない。
 突っ込みそうになっていた川などではない。
 まだ距離はあったが、前方には金網。その向こうにはコンテナの山と鉄塔が見えていた。









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