とある未来の仮想家族【オママゴト】
ここは学園都市の第7学区。
美琴は恒例の上条探し(本人曰く、あくまでもただの散歩)をするべく街ブラ中だ。
「そんなに会いたきゃ電話の一つでもしろ!」、と言いたくなるだろうが、
ご存知のように美琴センセーは、好きな人に素直になれない性格【ツンデレさん】である。
そんな事ができれば、最初から苦労はしないのだ。
なので今日も探している。『偶然』にも上条と出会う為に。
「はあぁ…やっぱいないか………まぁ、見つけられる方が珍しいけど………」
もはや日課になっているようだ。一歩間違えればストーカー行為である。
この方法での上条捜索は、エンカウント率20%くらいらしい。
この広大な敷地内で5回に1回は成功しているあたり、
どんだけ入念に上条についての市場調査をしたのかが伺える。
だが今回は、残りの80%【ハズレかい】の方らしい。上条は中々見つけられない。
溜息をつき、「帰ろっかな…」と諦めかけたその時である。
あの一万円を呑み込んだ自販機のあるいつもの公園で、見覚えのありすぎるツンツン頭を発見する。
美琴の心は、極寒の真冬からポカポカ陽気の春半ば頃へと、急激に季節が巡る。
顔は自然とニヤケ、足取りは若干スキップしている。実に分かりやすい『ルンルン気分』である。
「も~! 別にアイツに会いに来た訳じゃないけど、
『偶! 然!』見つけちゃったんだから仕方ないわよね~♪
知り合いに会ったら、一言くらい挨拶するのが礼儀だし~♪
ホ~ント、面倒くさいったらありゃしないわ~♪」
どの口が言うのか。さっき「やっぱいないか」とか言っていたくせに。「面倒くさい」はこちらの台詞である。
だがスキップしていた美琴の足が急に立ち止まる。
上条の隣に女の子がいる。
小学校に上がるか上がらないかの少女…というより幼女だ。
上条とその女の子は、キャッキャウフフと笑い合いながら、お砂場でお遊びになられている。
美琴はその類稀な演算能力をフル回転させ、この状況がどういう事かを導き出す。
その結果
「ア~ン~タ~はあああぁぁぁぁ!!!
そんな、いたいけな子までフラグ建てた【くどいた】んかゴルァアアアアア!!!!!」
と、雷撃の槍【いつものヤツ】を上条目掛けてぶっ放した。
上条はケンカで培った反射神経(一方通行曰く、「前兆の感知」)でこれを打ち消【そげぶ】し、
雷撃を飛ばしてきた人物に一言物申す。
「うおおおおおい!!! 何かとんでもない誤解をなさっておりませんか美琴さん!!!!?」
もはや、この一連の流れは学園都市の密かな名物と化していたとかいないとか。
「………つまり、アンタはこの子のお姉ちゃんが来るまで、一緒に遊んであげてるって訳ね?」
「だから何度もそう説明してんだろ!? どんだけ疑ってんだよ!! 俺、そんなに信用ないの!?」
上条が言うには、彼が公園を通りかかった時、この女の子は一人で遊んでいたらしい。
どうやら女の子はお姉ちゃんを待っているようなのだが、
こんな小さい子を一人にしておくのは何かと不安だ。
そこで上条は、そのお姉ちゃんが来るまでの間のボディーガード兼遊び相手を買って出たのだ。
そして一緒に砂場で遊んでいる時に、どこからともなく雷撃が飛んで来たのだと言う。
……というのを、3~4回説明させられているのであった。
「紛らわしいのよアンタは!」
「あのねぇ! いくら上条さんがモテないからって、こんなちっちゃい子に手ぇ出す訳ないでしょ!?」
「ど~だか…?」
上条自身はモテないと思い込んでいるが、実質は一級フラグ建築士である。
例えどんなに小さくても相手が女の子ならば、フラグが建ってもおかしくないのだ。
美琴は、まだ心のどこかで疑いつつもその女の子に目を向ける。すると―――
「ん…? あれっ!? あなたルリちゃんじゃない!?」
それまで上条と美琴の痴話喧嘩にも目をくれず、
ただ一心不乱にトンネルを開通させようとしていたその少女は、
「ルリ」という自分の名を不意に呼ばれて、砂を掻き分ける手を止め美琴の方を振り向く。
「あっ!! フタゴのおねーちゃんだ!!」
「お姉ちゃんを待ってる子って、ルリちゃんだったのね」
美琴はルリと目線を合わせる為、その場でお尻をつけずにしゃがみこんでから話かける。
「トンネル掘ってるの?」
「うん! ここね、いっぱいくるまがはしるとこなの! だからルリがトンネルつくってあげるの!」
「そっか~。ルリちゃんは偉いね~」
よしよしと頭を撫でる美琴。ルリの方も「えへへ~」と笑っている。
いつもと違って優しいお姉さんの顔になる美琴(大体いつもは怒っているかテンパっている)に、
上条は少しドキッとする。
「あ、あー……何だ…その…二人って知り合いだったんだな。
『双子の』って事は、御坂妹も知ってんだろ?」
「あ、うん。あの実験の後にちょっと、ね」
美琴は立ち上がってからその時の事を説明した。
説明しながら鉄橋での事やらクッキーの事やらを思い出し、顔がどんどん赤くなってはいったが。
「へー。ルリちゃんはブランコが好きなのか」
「うん! でもおねーちゃんは『たちこぎはダメ』っていうの…せっかくおしえてもらったのに……」
「まぁ…立ちこぎはちょっと危ないからな。それも御坂妹が教えたのか?」
「まぁね。あと、あの子ったら、
『姉は妹のワガママを聞く義務がある』とか訳の分からない事も言ってたわね」
「……訳分からなくはねーだろ」
「あっ! あとね! このおねーちゃんすこしへんなんだよ!」
「へっ!? な、何が!? 私のどこが変なの!?」
「だっていもーとじゃないのに、ゲコタもってたもん!」
「い、いいのよ! ゲコ太は姉とか妹とかそんなの関係ないの!」
「ぶふぉ」
「アンタも御坂妹【あのこ】と同じリアクションすんな!!!」
何ともいえない、非常にほのぼのした空気である。
それからしばらく経ったが、ルリの姉はまだ来ていない。
「それにしても、まだ来ないな。お姉ちゃん」
「……うん……おねーちゃん、おそいな………」
上条の何気ない一言に、ルリはシュンとする。
(あっ! やべっ!)
「(馬鹿っ!)ル、ルリちゃんはお姉ちゃんの事が大好きなのね!?」
「うん。おねーちゃんは、パパとママのかわりなんだって。だからルリだいすきなの!」
パパとママの代わり…つまり両親の代わりに面倒を見ている、という事だろう。
8割が学生であるこの学園都市で、親と一緒に暮らしている者は非常に少ない。
親が教師や研究者なら話は別かも知れないが、そんな例は稀である。
だがルリのように小さい子は、まだまだ甘えたい盛りだ。なので
「でも…ルリ……ほんとうのパパとママにあいたいな………」
と、ホームシックにかかる子も多い。
学園都市の外にいるパパとママを思い出し、先程よりもさらにシュンとするルリ。
ヘタをすると今にも泣き出しそうだ。
上条と美琴は、小声で緊急会議を開く。
(どどどどどうしよう!!?)
(どうしようってお前…何とかするしかねーだろ!!)
(だから! 何とかって何よ!!)
(た、例えば…アレだよ…その…………そうだ!!!)
上条は何かを思いついたらしい。だがその提案は
「じゃ、じゃあさルリちゃん!
俺と、この美琴お姉ちゃんが、今からルリちゃんのパパとママになるから!!」
美琴の予想の斜め上を行っていた。
「は、はあああぁぁぁ!!!? ア、アア、ア、アンタ!!! きゅきゅ、急に何言っちゃってる訳!!?」
「別にいだろ? オママゴトに付き合うくらい。それでこの子が喜ぶんならさ」
「いや、あの、だから! わ、私が言ってんのは!!
その設定だと…その……わた…しとアン…タが………ごにょごにょ……」
「?」
「そ、それに! この子は本当のご両親に会いたがってんだから! そんな『ごっこ遊び』しても―――」
「ほんとに!? ほんとにおにーちゃんとおねーちゃんが、パパとママになってくれるの!?」
意外! それはノリノリッ!
ルリは期待でいっぱいな、キラキラした視線でこちらを見ている。
ここで断る訳にはいかないであろう。人として。
「わ、わわ、分かったわよ! やればいんでしょやれば!!」
こうして、父親・上条 母親・美琴 娘・ルリという仮想の家族が出来上がった。
「ただいまー」
「パパおかえり!」
「お、おお、おか、おかえ、お帰りなさいアア、ア、アナ……タ……」
「ママ! ちゃんとやって!」
「(ううぅ…)お帰りなさいアナタ……お、お風呂にする? ご飯にする? そ、そそそそれとも……」
ずい分と古風【コッテコテ】である。
上条と美琴は、ルリの注文通りの夫婦を演じている。つまりこれがルリのご両親の日常会話なのだ。
中々に楽しいご家族のようだ。いや、まぁ夫婦仲が良いのは何よりだが。
「じゃあ…お風呂の中でママをおいしく食べてしまおうか!」
「わー! ぜんぶだー! パパのよくばりー!」
「ももももう!!! パパパパパパパってばエエ、エッチなんだからあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
もう一度言おう。これはルリの注文通りだ。
子供の前で、どんな会話してたんだ。ルリのパパとママは。
その後も美琴の試練は続く。
「パパ、きょうはママにだきつかないの?」
「よ、よし! やるぞーママー! ほら、ムギュウウウ!!!」
「にょわわわわわわ!!!!!」
「いつものいって!」
「お、おう…あ、『愛してるぞ、ママ』」
「ぅえっ!!? あ…えと……わ、わわわわ『私もよ!!! アナタ!!!』」
「ママはパパのどんなところがすきでけっこんしたの?」
「はえっ!!? あの…その……か、かっこいいところとか……です…はい……」
「……何で娘に敬語なんだよ、ママは」
等々。
もはやオママゴトの皮を被ったプレイである。
しかも子供の好奇心はハンパなく、こんな純粋な【えげつない】事まで聞いてくる。
「ねぇ、あかちゃんってどうやったらできるの?」
来た。おそらく親が答えにくい質問トップ3に入るであろう。
二人は再び小声で緊急会議を開く。
(どどどどどうすんの!!? コウノトリ方式!? それともキャベツ畑方式!?)
(アホか! 一応あの子も学園都市の住人だぞ!?
中途半端に非科学的【ファンタジー】な事言って、変に先入観持っちゃったらどうすんだよ!)
(じゃあどうすんのよ!! まま、まさか、ほ、本当の事言う訳!!?)
(それはマズイだろ!! トラウマになるぞ!! ま、まずは…そうだな……おしべとめしべの話を……)
(変わんないわよ馬鹿ッ!!!)
世のお父さんお母さんは大変である。
3分少々の議論の結果、二人は次のような結論を出した。
「え、え~っと…だな…アレだ………
あ、赤ちゃんはパパとママが、とぉ~っても仲良くなると、自然と出来るんだ」
説明しづらい【かんじんな】部分はやんわりと暈しつつ、しかし確実に嘘は言っていない。
だが、子供の好奇心はとどまる所を知らないらしい。
「どーしてなかよくなるとあかちゃんができるの? なんでできるの? ねぇなんで?」
とてつもない食いつきようだ。
「な、何でと言われても……ねぇママ?」
「わわわわ私に振らないでよ!!!」
困ったので美琴ママの意見を聞こうとしたが、
ママは耳まで真っ赤になりながら、手をブンブン振っている。
仕方ないので、再び上条パパが答える。
「それは…だな。あー…んー……赤ちゃんはアレだ。
パパとママがとってもとってもとぉ~っても愛し合うできる、愛の結晶だからだよ」
上条は「俺は今、何を言ってるんだ」と自分自身にツッコみたい気分である。
「あいのけっしょう?」
「そうそう」
「それって『チュウ』したらできる?」
「チュウ…? う~ん、まぁ…それも必要な事…なのかな?」
「じゃあ、いまやってみて!」
…………………………
ほわっつ?
「あかちゃんできるとこみたい!」
「え、えーと……ルリちゃん? そ、そんなすぐには出来ないんだよ? 赤ちゃんって」
「でもチュウしたらできるんでしょ!?」
「し、しかしだね……」
「ねー! チュウして! チュウ!!」
子供が駄々をこねだしたら、もうどうしようもない。
こちらが『チュウ』とやらをするまで、諦めてはくれないだろう。
二人は三度目となる緊急会議を開く。
(こ、こうなったら覚悟決めるしかなさそうだぞ……)
(むむむ無理無理無理無理!!!!
そそ、そんな事したら死んじゃうから!!! 色んな意味で!!!)
(アホか! 本当にする訳ないだろ!? フリだよフリ)
(フ、フリ…?)
(ああ、唇が当たる直前で寸止めすんだよ。
そんでその後は、『赤ちゃんはできるまでに半年ぐらいかかる』とか言っときゃ諦めるだろ)
(わわ、分かったわ……けど! ぜ、ぜぜ、絶対に当てるんじゃないわよ!!!)
(分かってるよ)
(ホントだからね! 前フリじゃないからね!!)
(分かってるってば! 芸人じゃないんだから!)
会議が終わり、二人は深呼吸をする。
「よ、よ~し! じゃ、じゃあ今からパパとママがチュウするから、よ~く見てるんだぞ!?」
「うん!」
いい返事である。ルリちゃんが楽しそうで何よりだ。
上条は美琴の両肩をガッと掴み、耳元で「じゃ…いくぞ…?」と囁く。
美琴は全身ガッチガチに固まり、顔は茹で上がり煙まで出ている。
そしてギュッと目を瞑ると、「よりょしくおねがいしましゅ……」と一言。
上条の顔が近付いてくるのが気配で分かる。
例えフリであろうと、このシチュエーションは色々な意味でたまらない。
気を抜けば、いつ「ふにゃー」するか分かったもんじゃない。
そして、予定通り唇が当たるか当たらないかの状態になった時―――
「ごめんルリ! 遅くなっちゃって………って……」
「あ! おねーちゃんだ!!」
タイミングか良いのやら悪いのやら、ルリの姉が到着した。
事情を知らないルリの姉が、公園で抱き合って口付けをしようとしている男女を見て言う事は一つだ。
「あ…あの……お、お、お邪魔しました………」
公園で抱き合って口付けをしようとしている男女は、両者とも赤面しながら声を合わせて叫んだ。
「「違うから!!! 誤解だからあああぁぁぁ!!!」」
ちなみに、その後の話を少し。
翌日、超電磁砲組(美琴、白井、初春、佐天)とクラスの三バカ(上条、土御門、青髪)が
いつものファミレスで鉢合わせする事になるのだが、
上条と美琴の二人は前日のオママゴトの癖が抜けておらず、
「よう『ママ』! ここの店にはよく来るのか?」
「あん? 何だ『アナタ』か。まぁ、ちょっとした常連ね」
とお互いに「ママ」 「アナタ」と呼んでしまい、大騒ぎになったとかならなかったとか。