とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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第10章


 シャリシャリ
 上条の耳に涼しい音が届いてきた。
 暗闇の中、浮上しつつある意識の中で上条はその音を聞きながら、ぼんやりと、その感覚がどこか心地よく、しかしまだまどろみに身を委ねたい相反する気持ちが体の中を駆け巡っていた。
 夢の中で目を覚ました。
 そんな感じだった。
 しかし、上条が最初に見えたものは白い天井。そこは自室でもバスルームでもなかったが、ある意味、見慣れた天井でもあった。
 次いで、視線を横に向けてみる。
 七月二十九日は開いていて、白いカーテンが外からの風にゆらゆらあおられていたが、今は冬だ。窓は閉め切られて、カーテンは両脇に留められていた。


「やっとお目覚めでございますの? ずいぶん、深い眠りでしたわね」


 窓の反対側から、静かに、何の感慨もなく聞こえてきた声の主へと首をねじって向ける。
 声の主は、瞳を閉じているというのに、器用にも、椅子に座ってリンゴの皮をかつら剥きしていた。その細長い皮は切れることなく、太ももの上に置いてある皿へと巻き付きながら落ちていく。
「おはようございます、とでも言うべきでしょうか? もう夕方ではございますが」
 言って、彼女は剥き終えたリンゴを、今度は別の皿に乗せて、その傍にあった茶色の袋の中からもう一つ、リンゴを取り出して剥き始める。
「白井…………」
 上条は、なんとなく感慨深けに呼びかけた。
「何ですの?」
「ここは…………あのカエル顔の医者の病院なのか…………?」
「左様でございますわ」
「どうして俺はここにいる…………?」
「さあ? わたくしはお姉さまと上条さんのお連れの方に、上条さんの傍にいるよう、仰せつかったまでですわ。理由は存じ上げませんが、予想でよろしければお答えしますけど、それでよろしいでしょうか?」
 片目を瞑り、なんとなく面白く無さそうな顔をしている白井黒子は上条に問いかける。
 その視線の先は上条の頭を指していた。
 上条が触ってみれば、そこには包帯が巻いてあった。
 たまたま触れた先に傷口があったのか。頭の中でズキンと鳴り響いた。
「いや……それは別に……というか、なんとなく分かる……け、ど…………って、『お姉さま』!?」
 何気なく呟いていた白井の言葉に反応する上条。
「どうされました?」
「ええっと、だな……白井、お前の言った『お姉さま』って誰のことだ…………?」
 思わず、しどろもどろに問いかけていた。
「質問に意味が分かりかねますわ。わたくしがお姉さまとお呼びするのはこの世にただ一人しかおりませんの」
「…………てことは、それは…………『御坂美琴』のことか…………?」
「もちろんです――――と言いたいところですが、またどうして改めてお聞きになりますの?」
「え? あ、ああ……そのな、ちょっと悪い夢を見たんで、まだ夢と現実がごっちゃになってた」
「はぁ……まあ、起き抜けなんてそんなものですわ」
 白井はため息を一つ吐いた。
 同時に上条当麻は思った。
 どうやら、世界は元に戻ったようだ、と。
 まだ実感は湧かないが、今の白井の言葉と現在の自分への対応を鑑みると、『変えられた世界』ではない、ということはなんとなく感じられた。
 とは言え、上条には別の疑問が浮かんだ。
 確か、『遡行の儀式』では『現在の意識』と『過去の意識』を交換するので、過去に遡って歴史を変えてしまえば、その流れに飲み込まれ、現在の意識が『新しい過去の意識』の延長線上にある『元の記憶』は書き換えられてしまうはずなのに、なぜか、上条の記憶には、あの『インデックスが変革した世界』の記憶が残ってしまっていた。
 それは自分だけなのか?
 念のため、確かめてみよう。上条はそう思った。



「なあ、白井? お前のここ三日から四日ほどの記憶を教えてもらえないか?」
「また変わった質問ですわね。とは言え、何とお答えすればよいものか…………そもそも、わたくしのここ三日ほどの記憶を訊いたとしても、上条さんとは無関係かと思うのですが?」
「てことはなんだ。俺とお前は久しぶりに会ったってことか?」
「そうですわね。お姉さまの方は分かりかねますし、正直、分かりたくもありませんが、わたくしと上条さんに限るのであれば、もしかしたら九月三十日以来かもしれませんわ。って、ええい! 忌々しいことを思い出させるんじゃありませんの! ああ、今でも思い出すだけで悔しいったらありゃしませんわ! こともあろうにお姉さまとペア契約を上条さんが結ばれました日のことなど永遠に記憶の奥底に封じ込めておきたかったですのに!! って、痛っ!」
 物腰穏やかに話が始まったと思ったら、何か嫌なことを思い出してしまったらしく、どんどんヒートアップしていった挙句、どうやら、誤って指を切ってしまったらしい。
 刃物を使っているときは、余計なことを考えるとマズイ、といういい例だ。
「おいおい大丈夫かよ」
「大丈夫ですわ! と言うか、これはあなたの所為でございますのよ!」
「悪かった悪かった。それでいいから、ちょっと指出せよ」
「言っておきますが、指を舐めるなどという行為に走りましたら、ただじゃおきませんわよ。わたくしの白く柔らかい指先に舌を這わせていいのはお姉さまだけですの」
「…………絆創膏を貼るくらい、いいだろ?」
「まあ、それくらいなら」
 言って、上条は近くにあった救急箱から取り出した細長いものをひらひらさせる。
 白井は素直に指を差し出し、上条はそれを優しく巻いた。
「これでよし、と」
「ありがとうございますの」
 しばし、二人沈黙。
「そういや、インデックスと御坂は?」
「インデックス? ああ、それがあのお連れの方のお名前ですのね。お姉さまとインデックスさんは二人で出掛けております。上条さんの着替えを取りに行っていますわ」
「え゛……何であの二人で…………?」
「ここに残るのをどちらにするかを揉めに揉めた結果が二人で行くことになったからですわ。もし、上条さんが目を覚まされても監視役を置いておけば、ふらりと消えることはない、そう考えたのでしょう。ですから、心底不本意ながらもわたくしが残っているのです。ああ! わたくしがお姉さまと一緒に行きたかったのに!」
 間違いない。こいつは白井黒子だ。
 上条当麻が知っている世界の方の『白井黒子』だ。
 確かめるつもりでいたが、確かめる必要はなかった。このちょっとした会話で上条はそれを理解した。
 それで安心した。同時にどこか寂しくなった
 あの、御坂美琴を失ったことを誰よりも嘆き悲しみ、己の存在さえ否定して、血まみれになって自分の命を振り絞ってまで、上条当麻に力を貸してくれたレベル5の白井黒子はもういないのだ。
「何ですの? その懐かしみの中に哀れみが垣間見えるような視線は? 別にあなたにわたくしの嗜好を否定される謂れはございませんわよ」
 ジト目を向ける白井。
「いや、そんなつもりはねえよ。そんじゃま、あの二人をおとなしく待つとしますか」
 言って、上条は再びベッドに横になった。それを見て、白井は傍に置いてあったカバンから一冊の書籍を取り出す。



 しばし、二人の間を沈黙が支配した。
 それは別段、居心地の悪さを感じるものではなかった。
 特に上条は、そこに白井黒子が無傷で居ることが嬉しかった。
 同時にやっぱり寂しくもなった。上条は窓に視線を向けて『あの世界』のことを反芻してみる。
 御坂美琴はいないが、一方通行は前人未到のレベル6、白井黒子は八人目のレベル5、御坂妹は普通の少女として生きている。
 そして、インデックスの立ち位置は変わらない。
 そこから始まる物語もあったかもしれない。美琴に追い回されることも因縁をふっかけられることも厄介事を持ちかけられることもない日常だけは平穏の物語。
 でも、と上条は思った。
 きっと、そこには『自分』は居ないのだ、と。
 今の上条自身はもう覚えていないが、それは『七月二十八日以前の上条当麻』に戻るだけで、御坂美琴を鬱陶しいとしか思っていなかった生活でしかないのだ。
 美琴のいる世界と美琴のいない世界、上条にとってそのどちらが幸せだったのか。
 上条にはもう解っている。
 上条は『美琴がいる世界』こそが楽しかった。そう思えないなら、死にかけてまでやった上条の行為はすべて無駄になってしまう。
 現在の上条当麻と御坂美琴の関係は『今の上条当麻』が創り上げたものだ。妹達の一件を機に、美琴と深く関わり合うようにしたのは『現在の自分自身』なのだ。
 本人は気付いていないだろうが、『今の上条当麻』は『前の上条当麻』を初めて否定したのかもしれない。




 しばらくして、御坂美琴とインデックスが何やら言い合いながら上条の病室に戻ってきて、そこにあった美琴の姿に思わず感極まった上条が美琴に抱きついてしまい、それに激怒した白井とインデックスによって、本来であれば目を覚ませば帰れるはずだったのに三日ほど入院が延びた、という間抜けな出来事があったのだが、そのおかげで、上条は今、消灯時間を迎えた病室を抜け出して夜の屋上に来ていた。昼間は頭の包帯しかなかったはずなのに、この時間になると頬にも絆創膏が張ってあるのはそういうわけだ。
 ちなみに美琴と白井の帰り際、美琴だけを呼びとめて「御坂妹と今度一緒に遊びに行ってやってほしい」と耳打ちしたら、了承は得られたが、なぜか顔を真っ赤にした美琴に怒られてしまったという小話もあるのだが、まあ、美琴の怒りが何を意味しているのかに今の上条が到達することはないだろう。
 消灯時間を過ぎていることもあり、学園都市は闇にすっぽり覆われいてた。吐く息も白い。上空を見上げてみれば星一つ瞬いていなかった。
 しかし、上条はそんな上空を見上げて考えていた。
 前の世界の、正確には『美琴のいない世界の記憶』が残っている理由を。
(――――この世界は二度、変革されている。『美琴のいない世界』に変革されて、それを『元に戻した世界』が『この世界』だ)
 上条はハッとした。
(『だから』か? 『だから』、俺の記憶が残っているのか?)
 通常、『遡行の儀式』は意識を飛ばして『現在』と『過去』の自分を入れ替えるものだ。ゆえに『過去』の延長線上にある『現在の意識』は、変革された『過去』に上書きされてしまうのは自明の理なのである。そして、『幻想殺し』でも意識に作用する『異能の力』を打ち消すことはできない。なぜなら『幻想殺し』は『意識』に触れることができないからだ。
 しかし、である。『遡行の儀式』そのものであれば『幻想殺し』は有効なのだ。
 上条当麻が時間遡行した八月二十日。
 ステイルの炎の剣は『意識のみ』に作用するものだったのかもしれないが、意識を失う前に首筋に走った『衝撃』が『意識』ではなく『遡行の儀式下にあった状態』を打ち消したものだとしたら?
 八月二十日の上条当麻の意識は『遡行の儀式』によって入れ替えられていたものだったので、『自身の右手』は作用しなかったのだが『幻想殺し』で、首筋、もっと細かく言えば、よくマンガなどで表現される『延髄辺りに手刀』で意識を失わせる行為ならば、『幻想殺し』によって『意識』を、もっと言えば『遡行の儀式下にある意識』を『打ち消すこと』が『可能』なのだ。ただし、『意識』は『異能の力』ではないので、『元の時間』に強制送還される。
 そして、世界広しと言えど、『幻想殺し』という能力を持っている者など、上条当麻が知る限り『一人しか』いない。
 つまり、上条の記憶が残っている理由とは。
「ふっ」
 上条は小さく鼻で笑った。



(てことはなんだ? 確か今居る七人のレベル5からレベル6に到達可能と判断されたのは一方通行だけだったはずだし、この世界の一方通行はもうレベル6になるつもりなんてないだろうから、学園都市史上初の『レベル6』はあいつなのか?)
 しかも、樹形図の設計者がない今、『彼女』はカリキュラムでも幻想御手でもなく『自力』で『レベル6』に進化するのだ。
 少し笑ったまま、上条は空を見上げた。


「すまねえな。正確な時間を忘れちまったんであてずっぽうに飛んだんだがどうやら間に合ってよかったぜ。だから気にするな。俺もヤバいと思ったさ。まあ後のことは俺たちがなんとかする。いや、どうにかなることはもう分かっているんだ。お前にもいずれ解る。だから今は安心して眠れ」


 上条は、あの時、聞いた言葉をもう一度、今度は自分で言ってみた。
 遠くない将来、『八月二十日の自分』にかけなければならない言葉を。
 そう。上条当麻はもう一度、『八月二十日』に行かなければならない。『インデックスが変革した世界』を『元に戻す』ために。
 なぜなら、『今の上条当麻』は『世界を元に戻していない』。
 あの場に現れた『彼女たち』と『上条当麻』が元に戻したのだ。
 だとすれば、『今の上条当麻』もそうしなければならない。
 正真正銘、『御坂美琴のいる世界』を取り戻すためには、絶対に行かなければならないのである。
 もう一度、鼻で息を吐いてから振り返った。


「待たせたな。インデックス」


 上条当麻は笑顔で呼びかける。
 いつの間に来ていたのか、なんてどうでも良かった。すでにそこにいたことも知っていた。
 そして、インデックスから声をかけてくることはないだろうということも分かっていた。
 だから、考えをまとめてから声をかけたのだ。
「ごめんね…………今回の責任は全部私にあるんだよ…………」
 昼間の態度はどこへやら。インデックスは伏せ目に神妙な表情で切り出した。
 上条には分かっていた。
 昼間のあの態度は、無理矢理の演技だったってことを。そうでなければ、美琴と一緒に出掛けるわけがない。何が何でもインデックスと美琴が上条の病室に残ることを主張し合って永久に平行線を辿り、結局は、上条の着替えが病室に届くことはなかったことだろう。
 もっとも、美琴に抱きついた時に見せた噛みつき攻撃だけは本気だったようだが。
「私の……イギリス強制送還が検討されているんだよ…………」
 上条は頭をもたげた。
「誰が検討しているんだ?」
「イギリス清教…………」
 元々、インデックスはイギリス清教所属で、世界の魔道書一〇万三〇〇〇冊の保管庫だ。学園都市からすれば敵側の機密事項を手に入れていることになり、魔術サイドからすれば、それは忌々しき事態である。なんとか理由を付けてインデックスを取り戻したいと考えていてもまったく不思議はなく、今回の事件はいい口実だったことだろう。
 何があったかは分からなくても魔術サイドには『遡行の儀式』をインデックスが協力者を得て発動したことだけは感知していたのである。『保管庫』が『我が侭』で魔術を使うなどあってはならない。もちろん、イギリス清教がインデックス個人の意識を尊重しないとは言わない。しかし、『魔術』を『我が侭』で使うということは、今後、『一〇万三〇〇〇』の魔術を『我が侭』=『欲望』のままに行使するかもしれない危険を孕んでしまったということにもなるわけで、これでは魔術サイドのみならず科学サイドどころか、全世界の危機でもある。
「前みたいに、一年ごとに私の記憶を消す術式を施すかも…………でも、今回は受け入れようと思っているんだよ。だって、私にも分かるもん。『魔道書一〇万三〇〇〇冊』を好き勝手に使われることの危険さは…………だから、私が『自由に魔術を使えない』ようにするのは当然かな……………」
 インデックスは伏せ目のままで自嘲の笑みを浮かべた。
 涙は浮かんでいなかった。「仕方ないよね」という諦観の笑みだった。



「『遡行の儀式』のことを教えてくれたろ? 嬉しかったぜ」
 上条は礼を言いながら、怒りが込み上げてきた。インデックスにでもなければ自分にでもない。
 しかし、インデックスはか細い声で続けてきた。
 上条の言葉が聞こえなかった振りをして、
「私が学園都市に居る限り、今後も『魔術』を勝手に使わないって保証はないかも…………だって、また、私の『黒い思い』が溜まっていくってことだもんね…………それは、とっても危険なことなんだよ…………」
「くそったれと伝えろ」
「え?」
 少し、ドスを利かせた低い声で吐き捨てた上条に、目をぱちくりさせるインデックス。
「ステイルや神裂を通じてでも構わねえ。インデックス、お前を連れ戻そうとするなら、いいか? 俺は暴れるぞ。何としてでもお前をこの学園都市、いや、俺の傍に居させてやる。俺一人だけじゃイギリス清教に対抗できないかもしれないが、御坂や一方通行、白井、御坂妹とかに無理矢理協力させてでも、お前を連れ戻そうとする輩を逆に返り討ちにしてやるぜ」
 言いながら上条の怒りはふつふつと沸き立っていった。
(インデックスは過酷な運命を背負ってはいるが、やっと一つ、そこから解放されて今は『俺の傍にいること』で『自由』に生きる世界を手に入れたんだ。それを奪って、また元の木阿弥にしようなんて許してたまるか。インデックスはインデックスだ。一人の人間だ。危険物でも無機質な魔道書保管庫でもない『心がある』人間だ。そもそも、『完全記憶能力がある』って理由だけで『一〇万三〇〇〇冊』をインデックスに押し付けた奴が、それこそテメエを棚上げして自分勝手なこと抜かすな)
 ぐっと、上条は真剣な瞳をインデックスに向けた。
 そこには勇ましい笑みが浮かんでいた。
「つべこべぬかすなら、俺がお前から『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』の記憶を消してやる。さぞかしイギリス清教のお偉いさんは失望するだろうぜ。けど知ったことか。『魔道書』は『異能の力』なんだから、俺の『幻想殺し』でお前の脳に直接触れれば可能なはずだ。この学園都市には『頭を切開するくらい』大した所業じゃない医者もいるしな」
「とうま…………」
「ん?」
 突然、インデックスの前に何か、白い綿毛のようなものがちらついた。
「雪?」
 その正体に気付いたのはどちらだったのか。
 二人は上空を見上げた。
 しんしんと、静かに雪が降り始めた。
「何だ? 俺に頭を冷やせってか?」
 上条は苦笑を浮かべた。
 不意に、頭に重みを感じた。
 雪が積もった、ではない。
 振り向けば、そこにいたのはいつものインデックスだったのだが、いつもの格好ではなかった。
「とうまは、怪我人なんだから傷口を濡らすのはダメなんだよ」
 自分のフードを上条の頭に乗せたのだ。
「役割が逆じゃね?」
 言って、二人は笑った。
「とうま」
「何だ?」
 降り注ぐ柔らかな雪の白は辺りが暗闇なだけにいっそう映えて見えた。




「――――ありがとう」



 さて、実は上条には自分に投げかけられたセリフを口にする必要があった理由も存在する。
 というのも、『八月二十日』に行くのは、『彼女』の服装からすれば、『近い内』ではないからだ。少なくとも一年、もしかしたら二年かもしれないが、『常盤台中学の冬服』で現れた以上、『今』でないことだけは明白なのである。何と言っても、現在の『彼女』はレベル4。『時間遡行テレポート』は『レベル6』でなければできないことを上条は知っている。
 つまり、今のセリフを記憶してもらっておかないと、上条がいざ、『八月二十日』に行ったときに、忘れてしまっていては意味がないからだ。
 それでは、『上条当麻』が『記憶が残っている理由』に辿り着くことがないからだ。
 正直言って、上条は覚えている自信がなかった。
 だから、
「ところで、ちゃんと覚えてくれたか? 俺のさっきのセリフ」
 優しく聞いた。
「うん。でも、私にとっては二回目なんだよ」
「あ……そう言えば、あん時に『俺』が言ってたっけか」
「そういうこと」 
 インデックスもまた、この世界で上条当麻と同じ『八月二十日の記憶』を持っている者だ。
 『八月二十日』に『上条当麻の幻想殺し』で、この世界に強制送還されたことは容易に想像つく。
 インデックスは嬉しかった。
 上条当麻が自分を『独り』にしなかったからだ。
 『八月二十日』の『同じ記憶』を持っているのは上条当麻とインデックスの二人だけだ。
 それが、インデックスの『寂しさ』という『幻想』をぶち壊したのだ。
「とうまも覚えていてよ」
「……………何を?」
「わざとだね?」
「いや……そういうわけじゃ…………というか、正直に言うと、俺はあの時にインデックスが言ってきたことの意味が分からなくてな…………」
「とうまらしいかも。でも今はそれでいいんだよ」
 言ってクスっと、インデックスはにこやかに笑った。
 インデックスはわざと追求しなかった。
 なぜなら、インデックスには分かっていたからだ。
 『インデックスが変革した世界』を『元に戻そう』とする理由はたった一つしかないのである。
 この上条当麻は『その理由』に気付いていない。心の奥底でしか気付いていない。
 だから、インデックスははぐらかすことにした。
 現時点では。
 インデックスの期待とは逆になる可能性の方が高いから何も言わないことにしたのである。




 さて、三日が経って上条はめでたく退院できたのだが、残念ながらその三日間の欠席は正月三賀日以外の冬休みをすべて奪ってしまうものでしかなかったりする。
「不幸だ…………」
 本日は十二月二十四日。
 本来であれば通知表をもらって、憂鬱さを抱えながら、半日で帰路に就くことができそうなものなのだが、上条はやっぱり補習で帰りがいつもの平日となんら変わらなかったりしたので、とぼとぼ歩きながらいつものセリフをぼやくしかなかった。もちろん、宿題もたんまりもらっている。通常の冬休みの宿題以外にもたんまり。
「あーこの宿題にかかりきりになってるとまたインデックスが世界を変えたりしねえだろうな」
 などと、はっきり言ってシャレにならないことを口にする上条。
 やっぱり、今日もあの自販機がある公園へと歩みを進める。
 古来より疲れを癒すのは、食料よりも水分補給なのだ。
 よって、上条はいつも通り、自販機へと向かうため、階段を降りようとして、


「ちぇいさー!!」ガヅン!!


「おわ!? な、何だ!?」
 突然、聞こえてきた掛け声と、何かがぶつかったような衝撃音に驚いて、結果、上条は思いっきり階段を踏み外す羽目になった。もっとも石で出てきたその階段は七段しかなく、結構緩やかなな角度なので大事に至ることはない。
 大事に至ることはないが、それでも、『落ちた音』は結構大きい。
 というわけで、
「なーにやってんのよ、アンタ」
 上条当麻を呆れた視線で見下ろす御坂美琴がヤシの実サイダー片手にそこにいた。



 常盤台の短いスカートでは、上条のように地面に伏していれば中身はもちろん見えるのだが、美琴のスカートの中は健全な青少年の夢を木っ端微塵にする仕様になっているので、もちろん、上条は嬉しくない。
「お前こそ、ここで何やってんの?」
「ジュースを貰いに来たに決まってんでしょ」
「んな窃盗行為を堂々と宣言するんじゃありません。はぁ……」
 諦観のため息を吐いて上条は立ち上がる。
 不意に上条のポケットからコロンと携帯電話が落ちた。
 どうやら、転んだ衝撃でポケットにしまってあったものが、結構ポケット入り口近くに来てしまっていたらしい。
 もっとも、この程度の衝撃でどうにかなるほどやわなものでもないが。
「おっと」
 上条は何気に拾い、
 そこにあるものに気付いて小さく笑った。
「なあ御坂、お前、今、暇か?」
「まさか。これから黒子や友達とクリスマスパーティーよ。ほら、そこに買い物袋あるでしょ。私は食料調達に出てたの」
「あーそう言えば今日はクリスマスイブだったな。うーむ。インデックスにケーキでも買ってやらなきゃならんかな?」
「で、何の用?」
「え?」
「ほら、アンタ、私に『今、暇か?』って聞いたじゃない。だから何の用?」
 実のところ、『上条当麻を意識していない』ときの美琴は上条に負けず劣らず鈍感であり、普通、男が『クリスマスイブ』に『女の子』に「今、暇か?」なんて聞いてきたら、『お誘い』だと気付きそうなものなのだが、美琴はまったく気付かなかった。
「いや、暇じゃないならいいや。お前、急いでんだろ? こっちは後でもいい用事だからさ」
「あっそ。じゃ、私行くから」
「おう、またな」
 言って、二人は別々の帰路に就く。
 上条はこの場では美琴の気持ちを優先したのだが、やっぱりちょっと心残りが芽生えていたりする。
 それでも上条は、この日常が嬉しかった。
 御坂美琴がいる日常に安らぎを覚えていた。
 とは言え、この心残りをを明日にまで引っ張れる自信はなかった。
 宿題と補習のことに埋め尽くされる前にやっておかないと、後々、忘れそうだったから。
 ゆえに上条は、インデックスが寝静まってから美琴に連絡を入れた。



「で、何の用?」
 場所は夜の鉄橋。
 自販機のある公園よりも、深刻な話がある時は大抵二人はここに来ることがなぜか習慣になっていた。
 理由は、もしかしたら八月二十一日のことがあったからかもしれない。
 先に来ていたのか。
 御坂美琴は腕を組んだ仁王立ちで上条を迎えた。
 ちなみに美琴が深夜の呼び出しに文句を付けなかったのは、以前、自分もやったことがあるからだ。
 決して、上条のお誘いが嬉しかったからではない、と本人は強く主張する。
「ああ、ちょっとお前に頼みがあってな」
「三日前の話? それだったら明日、あの子と遊びに行く予定よ。冬だけどアイスも食べようって話したら喜んでたわ」
 美琴だって馬鹿じゃない。
 上条当麻が『クリスマスイブ』の深夜に『呼び出したから』と言って、こと上条当麻に限れば、それで何か、乙女が夢見るような展開になることは決してあり得ないことが分かっている。
 だから、至極冷静に上条と向き合える。
 もっとも、それが分かる自分がちょっと嫌だ、と思っているのだが。
「そうか。そいつは良かった」
 上条は不意に『インデックスが変革した世界』の御坂妹を思い出した。彼女は確かに美琴とアイスを食べたいと言っていたが、それは、この世界の御坂妹は知る由もない話だ。これは上条の知らない話で、美琴と御坂妹しか知らないやすらぎに満ちたあの時間を二人はまた満喫したいのだ。
「でも、それじゃなくてだな。こいつを付けてくれないか、って」
 言って、上条が取り出したのは携帯電話だった。
 夕方には付いていたものが、今は外されている。
「…………こんなことで呼び出したわけ?」
「そうだ。どうも俺じゃ上手く結べないのか、すぐ取れてしまってな。だから、お前に結んでほしいと思ったんだ」
「あのちっこいのは?」
「インデックスができるわけないだろ。あと他のクラスメイトに頼むのは相当の覚悟と勇気がいる」
「…………そこまで?」
「となると、頼めるのはお前しかいない、だろ?」
「分かったわよ。じゃあ貸して」
「おう」
 二人は互いに向かって歩き出す。
 手を回せば、お互いの背中に届きそうな距離まで近づいて。
 上条は美琴に携帯と、
 『ゲコ太のストラップ』を手渡した。
 ごそごそやることしばし。
「はい。これでいい?」
 美琴が携帯に付いたストラップをひけらかすように、上条に突き付けて、



 突然、ぎゅっと優しく、しかし力強く包み込むように上条当麻は御坂美琴を抱きしめた。




「へっ!?」
 当然、美琴には意味が分からない。
 こんな展開になればいいなとは思っていたが、まさか、実際になるなどとは微塵も思っていなかっただけに意味が分からない。
 上条の肩に顎を乗せながら硬直するしかできなかった。
 無理もない。
 美琴は知らない話になるが、上条は美琴のいない世界に四日ほど身を置いた。
 また、過去に遡り、美琴を救い出す際に、自分自身が『御坂美琴のいる世界』を心から望んでいたことに気付いた。
 たとえ、それがどんな感情によるものなのかを理解できないとしても、



 上条当麻は御坂美琴という存在を全身で感じたかったのだ。



 三日前の病院では即座にインデックスと白井黒子に引き剥がされた。
 でも今は違う。
 インデックスも白井もいない二人だけの空間だ。
 今、この場を逃してしまうと、今度はいつ、こういう場面に遭遇するか分からないだけに。
 今、この場を逃してしまうと、もしかしたら、また、御坂美琴がいない世界に放り込まれるかもしれないだけに。
 どうしても、一日でも一分でも早く御坂美琴を感じたかったのだ。
 そのままどれくらいの時間、そうしていただろうか。
 刹那のような永遠の時間。
 上条は、そっと、美琴を離し、じっと彼女の瞳に映る自分を見た。
 そこには、満足げな笑顔の自分がいた。
「え、ええっと…………あの…………」
 そんな上条の笑顔を見て、何をされたかを理解して、
 美琴の表情がぼんっという擬音が聞こえそうなくらい瞬間沸騰した。
「――――って、何してくれちゃってんのよ!? アンタは!!」
 叫んで、この近距離から電撃をスパークさせる。
「お、おわ!?」
 それを条件反射的に上条は打ち消した。
 もうちょっとだけ美琴が素直になれたなら。
 もうちょっとだけ上条が鈍感じゃないなら。
 あのまま、雰囲気に流されて『次の段階』があったかもしれないが、この二人では所詮ここまでだ。
 それに上条当麻はまだ、世界を元に戻していないし、インデックスの問いの意味も分かっていない。
 だったら、全ての答えを出すのは『その後』だろう。
 すべてが解決した『その後』の話になるのだ。
「で、話はこれでお終い?」
 イラついたふりをしながら、顔をまだ赤くしたままで、上条と視線を合わせずにぶっきらぼうに聞く美琴。
「ま、まあな……そんじゃ気を付けて帰れよ!」
 上条は少しキョドって言ってから、そそくさと美琴に背を向けて走り出した。
 もちろん、先ほどの自分の行動を反芻して恥ずかしさがこみ上げたからではない。
 もちろん、美琴がまた電撃攻撃する前に逃げ出したかったからに過ぎない。
 美琴が上条の背中に何か言っていたようだが、上条の耳には入っていなかった。



「まったく……」
 美琴は一人になった鉄橋をしばらく眺めてから踵を返す。
 ちょっとだけ期待が叶ったことは嬉しかったのか、瞳を閉じた俯き気味のその顔は少しだけにやけていた。
 上条にかけた声は届かなかったようだが、それは別に大したことじゃないし、また会った時に言えばいいだけの言葉だ。
「そんじゃま、帰るとしますか」
 誰に言うでもなく、
 しかし何かを振り払うように呟いた美琴は前を見据えて、
「あれ?」
 いつの間にそこにいたのか。
 二つの人影にいぶかしげな声を上げた。
 一人は男、もう一人は女。
「どうしてアンタたちが?」
 美琴の問いに答えたのは男の方だった。
「お前に話がある。信じられないだろうが信じてほしい話が」
「意味分かんない」
 しかし、美琴は『付き合い切れない』という表情は見せなかった。
 なぜなら、美琴はその二人が顔見知りだったからだ。
 男は言った。



「お前とお前の周りの世界を守るために一緒に来てくれ」



 美琴にはそれで充分だった。
 なぜなら、今の男のセリフは美琴と白井とアステカの魔術師以外は知らないセリフだからだ。
 それは、上条当麻の御坂美琴に対しての宣誓なのだ。
 そして、目の前にいる男がそれを口にしたということは、そういう事態が降りかかっているということになる。
 信じない訳にはいかなくなった。
「分かったわよ。でも、ちゃんと説明してくれるわよね?」
「もちろんだ」
 ため息交じりの笑顔で言って、美琴は二人の男女とともに歩き出す。
 御坂美琴の夜はまだ終わらない。



 翌日、十二月二十五日。
 この日は本当のクリスマスで、十字教創始者の生誕を粛々と厳かに祝う日となる。
 敬虔なクリスチ……もとい、十字教の使徒であるインデックスも、この日ばかりはいつもの明るさはナリを潜めて、静かに祈祷と創始者への思いに没頭しているようだった。
 何せ、朝ごはんを茶碗とお椀の白ご飯とみそ汁だけで済ませたのだから、この日のインデックスの気概は半端ではないことがよく解る。
 さらには、上条が部屋を出る時もインデックスはイギリスの方向へ祈りを捧げていた。
 それはイスラム教ではないのか? という気がしないでもないが、そこを突っ込んではいけない。それだけ今日のインデックスは『十字教の使徒』なのだから。
 そんなインデックスの後姿を見送ってから上条は補習が待つ学校へと向かったのだ。
 そして、補習も終えた夕方というよりはほとんど夜になっていた帰宅の途。
 上条は、陸橋を渡りながら、不意に下にあった喫茶店が目に入った。
 窓越しに見えるそこでは、御坂美琴と御坂妹の、談笑なんだか言い争いなんだかよく解らないやりとりが繰り広げられているようだった。傍から見れば本当に仲の良い双子の姉妹に見えていることだろう。二人の手元にはティーカップも見えた。中身が残っているかどうかまでは分からない。
「良かったな。御坂妹」
 上条は聞こえることがない二人にそう告げて、その場を立ち去った。



 そこには『変えられた世界』の御坂妹の願いを『この世界』の御坂妹が叶えていた姿があった。
 ふと、前を向けば、知った顔が歩いていた。
「よう、久しぶりだな」
「あン? 前に会ってからそんなに時間が経ってたか?」
 相手は白い髪に赤い瞳の一方通行だ。
 首にはチョークが巻いてあり、右手にはトンファーのような、長い棒から横に取っ手が付いたデザインの杖。ちょっと歩くのも辛そうだが、彼の表情にはそんな憂いは微塵も感じられなかった。
 なぜなら両脇に二人の女の子がいたからだ。
 一人は御坂美琴をそのまま十歳にしたような少女。
 もう一人は、逆に御坂美琴をそのまま三年ほど成長させた少女。ただし、その目つきはすこぶる悪い。
「買い物か?」
「まァな」
 ふと、上条の脳裏にレベル6の一方通行が浮かんだ。
 彼の望みは、そのままこの一方通行の現実だ。
「サンタさんからはプレゼントをもらったんだけど、一方通行からもプレゼントがほしいっておねだりしたの、ってミサカはミサカはあなたに報告してみたり」
「小さい女の子の要求は断れないもんねー親御さん? 『サンタ』さんに負けちゃいられないってかにゃん?」
「ほえ? 番外個体はサンタさんに会ったの? ってミサカはミサカは羨望の眼差しを送ってみる!」
「ええ、ミサカは会ったことあるよ。何なら上位個体も会わせてやろうか?」
「是非! ってミサカはミサカは全身で喜びを表現してみたり!」
「くっだらねェこと言ってンじゃねェ。さっさと行くぞ」
 そんな三人の様子に上条は小さく笑った。
「うん。じゃあね」
「バイバイ、ヒーローさん」
 一方通行に次いで打ち止めと番外個体も上条の脇をすり抜けていった。
 上条当麻は再び前を見据える。
 と、同時に。
「この腐れ類人え、もとい! 上条さん! お姉さまを見かけませんでした!?」
 いきなり、胸倉を掴まれた。
 相手はもちろん誰か分かっている。
「そこまで言ったら訂正もクソもないと思うぞ」
「ええい! そんなことはどうでもいいですの! それより、お姉さまは一緒ではなくて!?」
「いいや、今日は一緒じゃない。つか、俺と御坂ってそんなに一緒にいるイメージがあるのか?」
「いいえ、そうではありません! ただ、わたくしやわたくしのご友人二人が知らないとなると、あなたと一緒にいる可能性が一番高いと思いましたの!」
「何だよそれ」
「とりあえず、あなたが知らないのであればよろしいですわ。また探しに出るまでですの!」
 上条を解放して、白井は踵を返した。
 その背中に上条は言葉をかける。
「なあ、白井」
「何ですの? 今、忙しので手短かにお願いしますわ」
「頑張れよ」
「意味が分かりませんの」
 少しジト目を向けて白井黒子の姿は掻き消えた。
 上条は、美琴を見つけるのを頑張れよ、のつもりで言ったのか、レベル6に成れるよう頑張れよ、と言ったのか。
 おそらく両方なのだろう。何と言っても本人もどっちの意味で言ったのかが分からない。
 そして、上条は再び歩き始めた。
 力強く歩みを進めるその表情は凛々しい笑顔が浮かんでいた。
 上条は笑わずにはいられなかった。
 みんなが求めていた世界がここにある。そして、それは決して失ってはならないものだという確信もあった。
 上条当麻はもう一度、『八月二十日』に行って、世界を復活させなければならない。
 その決意を固めるには充分の光景だった。
(でも、まあ…………)
 と上条は思う。時間はまだあるかもしれないが、実は世界を復活させるためにもう一つ、重要なイベントが存在する。
 上条が『そのこと』に気付いたのは昨日だった。『通知表』を見て、それを知った。
 白井黒子と一方通行を『自分の目の前』で引き合わせなければ、これまた世界は元に戻らない。
 そのためには、十二月二十日の『宿題』をほぼ全問正解させなければならないのだ。




(俺の最底辺の成績を、ほとんど最高レベルに引き上げなきゃならんとはね…………)




 苦笑を浮かべて、上条当麻はインデックスの待つ自室へと帰っていった。



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 時は、セミの大合唱がいまだ鳴り止まない八月二十日。
(昨日の攻防戦で継続を諦めたのか、一基だけでは実験は継続できないのか)
 少女は昼の学園都市を歩きながら、心の中で半信半疑ながら考える。
(分からないけど、奴らを撤退まで追い込んだ…………)
 それでも、その事実は少女の胸の内に夜明けを連想させる明るさが広がってきた。
 まだ、どこか現実味がないとは言え、
(やった……? やった!?)
 夏の日差しだというのに、木漏れ日が心地よくなってきた。
(やらなきゃいけないこと、まだまだ沢山あるけど)
 実感すると、全身に歓喜の感情が波紋のように広がっていく。
(『あの子たち』はもう……死ななくても…………)
 ふと上空を見上げた
 それを考えると、安堵感にも似た気持ちが膨らんでくる。
 そのまま、ぐっと前を見据えた。
 心に浮かんだのは三人の顔。
 一人は、頭がお花畑のまだ幼さが残るショートカットの少女。
 一人は、レベル0なのに自分よりも『強い』と感じるロングヘアの少女。
 一人は、誰よりも自分のことを心配してくれるツインテールの少女。
 少女は、少し笑った。
(みんな……今、帰るから…………)
 それは『現実へ』という意味。
 不意に横手から『ガチャガチャ』という妙な音が『聞こえて』きた。
 まったく周りのことが見えなくなっていた少女が『現実』に帰ってきた証でもあった。
 ふと、そちらに視線を向けてみれば、



「あれーっ!? おっかしーなぁ」



 そして――――少女は少年と出会った――――








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