とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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とある科学の反逆者達




第一部 序章② 出会いと別れ


「あのー、美琴さん。 実は一つ言っておかなければならないことがあるんですが……」

「何、と、当麻?」

 学園都市への反逆を決意し想いを通じ合わせてから、上条と美琴は互いに下の名前で呼び合うようになっていた。
 まだ美琴の方は覚束ないが、それでも最初の頃に比べたらずっと良くなっている。
 これから過酷な戦いに身を投じることを知らなければ、周りからは初々しいカップルにしか見えない。
 そんな二人は上条の住む寮へ向かっている最中である。
 美琴が上条の退院祝いに手料理を振る舞うことになっているのだ。
 しかしその前に上条は美琴に伝えなければならないことがあった。
 仮にそのことが美琴を傷つけることになったとしても、この問題を避けて通ることはできない。
 上条は意を決して美琴にあることを打ち明けた。

「実は俺の部屋に同居人がいるんだけど、実はその……女の子で」

「え?」

 二人の間に暫し沈黙が流れた。
 別に疾しいことは何もないのだが、上条は妙な気まずさを感じる。
 しかしいつまでも黙っている訳にいかず、正直に自分が置かれた状況について説明した。

「本当のところ、何でその子……インデックスと同居してるかも分からない状況なんだ」

「それって?」

「ああ、どうやら記憶喪失になる前の俺が助けたらしい」

 上条が抱えるもう一つの問題、記憶喪失……。
 上条はおよそ一ヶ月前以前の記憶が完全に喪われている。
 上条自身は覚えていないが、インデックスを救う際に『竜王の殺息』という魔術をその身に受けて、脳が激しい損傷を受けてしまったのが原因だった。
 そして今はインデックスのことを気遣って前の自分を演じながら暮らしている。
 しかし恋人である美琴には正直に記憶喪失であることを伝えていた。
 美琴も初めは戸惑ったものの、今の上条を受け入れてくれている。

「それで美琴に聞きたいことが……」

「別に当麻がその子と一緒に暮らしたいって言うなら構わないわよ。 何も感じないって言ったら嘘になるけど、それでも当麻がその子を守り続けるって言うなら……」

 美琴は上条に向かってそう告げた。
 言葉にした通り、何も感じないと言ったら嘘になる。
 しかし上条の気持ちを捻じ曲げる気はなかった。
 上条が守りたいものを一緒に守ってあげたい、今の美琴にはその気持ちの方が強かった。



「サンキューな。 でもこれから学園都市に喧嘩を売る以上、無関係のインデックスを傍に置いておくことはできないだろ?」

 上条がインデックスのことを語る表情を見れば、上条にとっていかに大切な存在なのか分かる。
 きっとそれ故にインデックスを巻き込むのを良しとしないのだろう。
 しかしそうなると上条が何を聞きたいのかが分からない。

「なら、聞きたいことって?」

「俺は記憶喪失のことをインデックスに話すべきなのかな? インデックスを救ったのは前の俺で、そして前の俺を殺したのも多分インデックスだ。 そのことを知ったらインデックスは傷つくんじゃないかって……。 でもインデックスを助けたのは俺じゃないのに、昔の自分を騙ってていいのか分からないんだ」

 上条の言葉に美琴はハッと我に返る。
 美琴にとって上条はヒーローそのものだった。
 自分のピンチに颯爽と現れ、今も一緒に戦うと言ってくれている。
 しかし普段の上条からは分からないが、記憶喪失というのはそんなに生易しいものじゃない。
 上条は自分のアイデンティティを構築するべき過去を喪っているのだ。
 だから前の自分を演じて上条当麻という人間であろうと必死になっている。

「……」

 上条の抱える葛藤は美琴には計り知れない。
 しかし自分を救ってくれたのは他でもない今の上条だった。
 美琴は何と声を掛ければ迷ったが、自分が感じたことを正直に告げる。

「私はそのことについて当事者じゃないから、きっと綺麗事になっちゃう。 ……それでも聞いてくれる?」

「ああ」

「……私は記憶喪失のことを正直に話したほうがいいと思う。 本当のことを話したら多分その子は凄く悲しむ。 でも本当のことを知らずに生きていくのは、もっと残酷なことだと思うの。 それにこれは私の勝手な憶測なんだけど、当麻はその子に拒絶されるのが怖いんじゃない?」

 上条は美琴の言葉に虚を突かれたような顔をする。
 今までインデックスのためと思い、過去の自分を演じ続けてきた。
 しかし本当の理由は別のところにあったのだ。
 誰も頼ることができない状況の中、無条件に自分のことを慕ってくれる存在……。
 それが空っぽな今の自分にとって一種のアイデンティティになっていた。
 三沢塾の事件の時に感じたインデックスに対する独占欲も、自分を肯定してくれる存在を手放したくないという思いから発せられたものだった。
 何てことはない……。
 インデックスのためと自分に言い聞かせながら、本当は自分自身のために嘘を吐き続けていた。
 そしてそれを見事に看破した美琴に、やはり敵わないという思いが強くなる。

「……美琴の言う通りだ、俺は前の自分と比較されて拒絶されるのを心の何処かで怖がってたんだ。 ハハッ、何ていうか情けないな」

 美琴の言葉はきっと今の上条にとって残酷なものだっただろう。
 それでも今の上条自身が前に進むために避けては通れない道だった。
 今まで何とか自分を保ってきたアイデンティティを失った上条の姿はとても弱々しい。
 初めて見た上条の弱さに、美琴は胸を締め付けられるのを感じる。
 そしてそれと同時に自分を支えてくれると言ってくれた大事な人を、今度は自分が支えてあげたいという気持ちが強くなった。

「ごめんなさい、きっと私の言葉は残酷なものだったんだと思う。 でもね、私を助けてくれたのは昔のアンタじゃない……他ならぬ今の当麻なの。 私には当麻がどんなに苦しんでいるか表面上しか分かってあげることができない。 だから何を言ってもきっと綺麗事になっちゃうんだと思う。 だけど私が当麻のことを支えてあげたいって気持ちは本物よ。 当麻が辛い時や不安な時は私を頼って欲しい。 当麻が私を支えてくれるように、私も当麻のことを支え続けるから」

 美琴が自分を見つめる眼差しを上条は見つめ返す。
 そこには強い意志が宿っていた。
 自分が美琴のことを支えるつもりでいたけど、何だか逆の立場になっているような気がする。
 しかし美琴の言葉に心が軽くなったのを上条は確かに感じた。

「そうだな、美琴が一人じゃないように俺も一人じゃないんだよな」

「当たり前でしょ!!」

 自然と上条と美琴の顔には笑みが浮かんでいた。
 そして共に支えあって生きていくことを改めて誓った二人は手を繋いで歩き始める。
 上条の住む寮はもうすぐそこだった。






「とうまー、おかえりー!!」

 上条が部屋に入るとインデックスが笑顔で出迎えてくれた。
 しかし上条の後ろに美琴が立っていることを確認すると、その表情は険しいものへと変わる。

「……クールビューティーじゃないよね? 誰かな、その短髪は?」

 インデックスはギラリと歯を覗かせて、上条のことを睨み付ける。
 普段の上条ならインデックスのその表情を見ただけで臆するところだが、例えどんなに噛み付かれようともケジメをつけなければならない。

「彼女の名前は御坂美琴。 俺の彼女で大事な人だ」

「え?」

 上条から出た言葉にインデックスの表情がみるみる青褪めていく。

(やっぱり……)

 そして美琴はそんなインデックスを見て、少し罪悪感に襲われる。
 何となく予想はしていたが、目の前のシスターもやはり上条のことが好きなのだ。
 きっと自分と同じように上条に救われたのだろう。
 そう思うと罪を背負った自分が上条の特別になっていいのか悩んでしまうが、他ならぬ上条が傍にいてくれると言ってくれた。
 だからこの件については上条の判断に委ねるしかできない。

「取り敢えず上がろう。 インデックスに話さなくちゃいけない大事なことがあるんだ」

「……うん」

 すっかり意気消沈したインデックスの後に続いて、上条と美琴は部屋の中へと足を踏み入れる。
 テーブルを囲んで座ると、上条は自分が記憶喪失であること、そして絶対能力進化という実験を通じて美琴に惹かれたことを正直に話した。
 話を終えるとしばらく沈黙が続いたが、やがてインデックスがボソリと呟くようにして言った。

「……そっか、あの時のとうまはもう居ないんだね」

「……すまない」

「謝らないで、とうまは何も悪くないんだから。 ただできればあの時に病室で正直に話してくれたほうが良かったかも」

 インデックスはそう言って微笑みを浮かべる。
 しかしそれは誰が見ても無理して作ったものだと分かるものだった。
 そんなインデックスの笑顔に上条は胸を痛めるが、今は謝ることしかできなかった。

「騙してて悪かった。 インデックスのためだと思ってたけど、結局自分が拒絶されるのを恐れてただけなんだ。 そしてこんな形でインデックスの幻想を殺すような真似をして、俺は……」

「だから謝らないでって言ってるんだよ。 むー、今のとうまは少し卑屈すぎるかも……」

 インデックスは俯く上条の頭を撫でながら優しく言った。

「でも前のとうまも今のとうまも底抜けに優しいことは変わらないんだよ。 そしてその優しさが今は短髪に向かってることも分かってる。 お邪魔虫な私は早く退散したほうがいいのかも」

「……俺と美琴はこれからかなり危険なことをしようとしている。 中途半端な形でインデックスを傍に置いていても、却って危険な目に遭わせるだけだと思う。 でもインデックスに何か危険が迫った時は必ず助けにいくから」

「とうまならそう言うと思ったんだよ。 でも今のとうまの一番大切な人は短髪なんだから、そのことを忘れちゃ駄目かも」

「……ああ、分かってる」



 上条の言葉にインデックスは満足そうに頷く。
 その表情にはまだ悲しみが宿っているものの、何処か聖母を思わせるような優しい笑顔だった。
 そしてインデックスは上条から美琴に向き直ると、美琴に向かって頭を下げる。

「短髪……ううん、みこと。 とうまは誰にでも優しい女たらしで苦労することもたくさんあると思うんだよ。 それに無茶をしてみことに心配掛けることもたくさんあると思う。 でもとうまは必ずみことの所に帰ってくるから、とうまのことを支えてあげてね」

 その言葉に美琴はインデックスの強さを知る。
 インデックスにとって自分は突然横から出てきて、慕っていた相手を掻っ攫った憎い相手の筈だ。
 にも拘らずインデックスは笑顔で上条のことを自分に託そうとしている。
 敵わないと思いながらも、美琴はインデックスの言葉に誓うように言った。

「うん、分かった。 あなたの分も私が当麻のことを支え続けるから。 それに当麻を危険なことに巻き込もうとしてるのは私なの。 ……ゴメンね」

「とうまはこっちの都合に関係なく首を突っ込んでくるから、却って最初から傍にいたほうが危険は少ないかも。 二人が何をしようとしてるかは分からないけど、お互いに支えあって頑張って欲しいんだよ」

「……ありがとう」

 翌日、連絡を受けたステイルに連れられてインデックスはイギリスへと帰って行った。
 その際に上条はステイルに思い切り殴られたのだが、その痛みを忘れずに前に進むことを上条は誓う。
 そして上条が学園都市からの一時的退去を命じられたのは、その日の午後のことだった。








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