上条の不幸な一日
上条のベッド(正確には普段インデックスが使っているベッドだが)に横たわった美琴は、
顔を上気させたまま潤んだ瞳で上条を見つめる。
夕日が差し込み、美琴の成長途中な肢体を照らし出すと、
しっとりと汗ばんだ鎖骨から、中学生とは思えないほどの妙な艶っぽさが立ち込めてきた。
その息遣いは荒く、熱気を帯びている。
上条は美琴の耳元で優しく囁いた。
「…美琴、大丈夫か? 辛かったら遠慮なく言えよな?」
美琴は自分の胸を押さえながら答えた。
「ん…はぁ………うん。大…丈夫………はぁ……アン…タ…だから……アンタだから…平気………
だ…から……その…まま続け…て…?」
「じゃ、じゃあ……その………いくぞ…?」
「…き…て……」
上条はそのまま美琴の頭をそっと撫でた。
「ひゃう!!?」
美琴の声に、思わず上条は手を離す。
「あっ、ご、ごめん!! どこか変だったか!? 俺こんな経験ないから……」
「ううん、ちょっと…びっくりした…だけ…だから……はぁ…はぁ……」
「ホ、ホントか? じゃあ…続けるぞ…? 初めてだから、気持ちよくできるか自信ないけど……」
「………うん」
上条は再び美琴の頭を撫でる。
そして―――
「どぉりゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「と~~~う~~~ま~~~~~!!!!!」
「おごぼふっ!!?」
そして白井のドロップキックとインデックスの噛み付きが炸裂した。
「何、いい雰囲気になってやがりますの!!?」
「いってぇなぁ!!! 白井【おまえ】がやれっつったんだろ!?」
「黙らっしゃいな!! 大体何ですの!? 『気持ちよくできるか』ってフレーズは!!!
ナニをおっぱじめるつもりでしたのよ、この類人猿がっ!!!」
「いや、やっぱり気持ちいい方がいいだろ? その方がぐっすり眠れるだろうし」
「大丈夫…だよ…? アン…タの手……はぁ…はぁ……冷たく…て気持ち……よかった…から…」
「ほら~、本人がいいって言ってんだから。
てかその前に、インデックスは何で噛み付きやがりましたのでせう!?」
「噛み付きたかったからなんだよ!」
「理不尽!!!」
上条はいつも通り、不幸な目にあっていた。
さて、中途半端に官能小説が始まったと期待した方には申し訳ない。
というか、もしそうだったらエロスレでやらないとマズイだろう。
ここは第7学区のとある寮。
いつもは上条とインデックスとスフィンクス、二人と一匹が住んでいる部屋だ。
だが今日はそこへ更に二人、美琴と白井が来客中なのだ。
美琴は現在ベッドの上で横になっており、
上条は白井の命令で美琴の頭に右手を乗せている状態である。
そしてその後ろでは、白井とインデックスがものすごい形相で上条を睨みつけている。
何故こうなったのか、答えはわりと簡単だ。
ぶっちゃけ風邪である。
美琴が熱を出し、上条達が看病している。つまりはそういう事なのだ。
だがここから先の説明が少々ややこしい。
そもそも何故、わざわざ悪化させるリスクを負ってまで美琴は上条の寮にいるのか。
そして何故、白井は上条に右手を乗せるように命令したのか。
まずはこの状況が一体何なのか、説明する必要があるだろう。
『事件』があったのは今日の朝。常盤台中学の寮だった。
この日白井は爽やか…とはかけ離れた、とんでもない起こされ方をしたのだ。
「おぎゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!!!」
身体中に走る謎の雷撃。
いや、「謎の」というのは少々無理があるか。この部屋で雷撃にあう原因は一つしかない。
「おお、お、おお姉様…? わたくし情熱的なお姉様も嫌いではありませんが、
せ、せめてもう少し優しく起こしてくださいませんと、寮監にもバレ……って、お姉様?」
「あっ……おはよう……黒子………」
「おおおお姉様!!? お顔が真っ赤ですわよ!!?」
「そう…? そう言えば…何か……体が熱…くて、ダル…くて、フラフラ…するような……気が……
あ…でも……背中は……寒いから………平気…かな…?」
「100パー平気じゃありませんわよ!? 完っ全っにお風邪ではありませんか!!!」
「風~邪~…?」
美琴はふらつきながら上半身を起こそうとする。その時だ。
「へ…へ……へっくしょん!!!」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼女はくしゃみと同時に雷撃を飛ばしてきた。
先程も「コレ」で起こされたのだろう。
白井は黒焦げになりながらも、美琴の状態を冷静に分析する。
「こ、これは…まさか……『発熱暴走【AIMダウン】』ですの!?」
発熱暴走【AIMダウン】。それは能力者が稀に起こす病気である。
正確にいうと病名ではないが、能力者だけがかかる合併症のようなものだ。
一般的にはただの風邪なのだが、発熱などで体調を崩した時、自分だけの現実も崩れ、
能力が暴走する、というものだ。
本来は自分だけの現実がまだ確立できていない、
10歳未満の子供に起こりやすい病気なのであまり危険視されていないが、
(そのくらいの歳での高レベル能力者はいない為、能力が暴走しても大した事にはならないから)
今回のケースは別である。
何せ彼女はレベル5だ。放っておけば被害は更に広がるだろう。
とはいえ、レベル5の暴走に対抗できる人間など同じレベル5か、もしくは―――
(あの類人猿【のうりょくがきかないのうりょくしゃ】…しかいませんわね……)
という結論に至ったのだ。
白井は上条の能力がどんなものか、詳しくは知らない。
ただ残骸の一件と、以前美琴と夜通し追いかけっこをしていた事実を踏まえて、
ある程度相手の『自分だけの現実』に干渉できる能力
(少なくともレベル5級の電撃使いに対抗できる能力)
だと思っていた。
しかし、白井的には上条の力は極力借りたくない。何しろ相手は憎き恋敵だ。
だが他に妙案がある訳でもなく、急がなければ寮が半壊する可能性もある。
だから―――
「だからウチに連れて来たんだろ!?
なのにこうやって頑張って美琴の発熱暴走を抑えてる上条さんに向かって、
ドロップキックをかますってのはどうかと思うのですがね!?」
「じゃかあしい!!!ですの!!!
わたくしだって、貴方にこんな事頼みたくありませんでしたわよ!!!
お姉様の為に、『イ・ヤ・イ・ヤ!』貴方のお力をお借りしていますのよ!!!」
「すげぇぶっちゃけたよ!! てか何で白井ってそんなに俺を敵視してんの!?
俺、何か悪い事したっけ!?」
「ご自分の胸に聞きやがれですの!!!」
正直、白井の上条への憎しみは、嫉妬というか逆恨みというか八つ当たりというか……
とにかくそういった感情なので、上条自身は完全に被害者なのだが、何故か同情できない。
「つーかさぁ、発熱暴走って子供が発症する病気だろ? 美琴って中二だよな?」
そう。先程説明したように、この病気は自分だけの現実がまだ確立できていない子供に起こる病気だ。
少なくとも美琴の歳で発症する病気ではない。
だが美琴はここ半年程で、『壮絶な初恋』を体験してしまった。
そのお陰で自分だけの現実が崩れやすくなっていたのである。
つまり、
「あれっ? ちょっと熱、上がったかな?」
半分くらいは上条【こいつ】のせいと言えなくもない。
白井はそれが分かっているからこそ、上条に頼みたくなかったのだ。
(もっとも、理由はそれだけではないが)
上条のせいでお姉様はこんな事になったのに、そのお姉様を救えるのが上条だという矛盾【ジレンマ】。
お陰で白井の機嫌はすこぶる悪い。
そんな中、もう一人機嫌の悪い人物が話しかけてくる。
「…で、短髪はいつまでウチにいるのかな?」
「インデックスも、何でそんなにむくれてんだよ」
インデックスは座布団の上で体育座りをしながら、こちらを睨みつけている。
「いつまでって…やっぱ治るまでじゃないか? 少なくとも今日は無理だろ」
「……それって、ウチに泊めるって事なのかな?」
「まぁ、そうなるな」
その瞬間、再びドロップキックと噛み付きのツープラトンが炸裂する。
「おぐわばぁ!!!? だから痛ぇっつの!!! 白井はそのつもりで連れてきたんだろ!!?」
「そうですがっ!!! 頭では理解していても、納得ができないのですわ!!!」
「理不尽!!! てか白井はもう、帰った方がいいんじゃないのか!?」
「………何故ですの?」
「いや、常盤台って門限厳しいんだろ? もう(午後)7時過ぎ【こんなじかん】だし、
白井がいなかったら、どうやって美琴の事を誤魔化すんだよ」
「……つまり、わたくしをとっとと帰して、看病に託けてお姉様とあんな事やこんな事を、
たっぷりじっくりねっとりと致そうという訳ですわねぶち殺しますわよ!!!」
「んな事しねーよ! インデックスもいんのに!」
「つまり私がいなかったら、看病に託けて短髪とあんな事やこんな事を、
たっぷりじっくりねっとりとしようと思ってたんだね覚悟はいいかなとうま!!!」
「ああもう!! 何言ってもダメなパターンですか!!?」
三人がぎゃあぎゃあと騒ぐと、美琴が「う~ん」と苦しそうな声を出した。
三人は一斉に人差し指を立て、お互いに小声で「し~っ」と言い合う。
「……とりあえず一時休戦ですわね」
「……まぁ、さすがに病人相手なら仕方ないかも」
白井とインデックスも、少し冷静になれたようだ。
「……では、わたくしはこれで帰りますが、
く・れ・ぐ・れ・も!!! お姉様に手出しをなされませんよう」
「わ~ってるって」
白井は不満タラタラな様子で寮を出て行った。
しかし、不満を漏らしている人物がもう一人。
「短髪が泊まるのは、まぁ、百歩譲るとして……とうまはいつまで短髪とくっついているのかな!!」
そう、上条は美琴がこの部屋に来てから、ずぅ~~~っと彼女の隣で看病しているのだ。
「仕方ないだろ? そもそも美琴は、漏電対策でここに運ばれた訳なんだから。
右手を離す訳にはいかないんだよ」
「ぐぬぬ……」
それはインデックスも分かっているのだが、何かこう、納得ができないのであった。
乙女心を理解する能力のない上条にはそれが分かるまい。
と、その時だ。
「の…ど……乾い…た……」
と、姫【みこと】が喉の渇きを訴えてきなすった。
即座に兵隊長【かみじょう】が雑務兵【インデックス】に指示を出す。
「インデックス、冷蔵庫にポカリあるから取ってきて。あとコップもな」
「…むー……」
上条は美琴から離れられないので仕方がない。
そしてインデックスからコップとスポーツドリンクを渡されると、
「うまいか? ゆっくり飲めよ?」
「…ん……」
上条がそれを美琴に飲ませる。
上条の方がインデックスよりも近くにいるのだから仕方がない。
すると次は、
「冷えピタ……もうぬるい……」
と、姫が冷えピタの温さを訴えてきなすった。
即座に兵隊長が雑務兵に指示を出す。
「救急箱の中にあるから、新しいの取ってきてくれ」
「…むー……」
上条は美琴から離れられないので仕方がない。
そしてインデックスから新しい冷却ジェルシートを渡されると、
「よーしじっとしてろよ? 今、貼り替えるからな? ……左手だけだと難しいな……」
「…! 冷たっ【ちべたっ】!」
「っと、大丈夫か?」
「…うん……ちょっと…びっくりした…だけ……気持ちいい……」
上条がそれを貼り替える。
上条の方がインデックスよりも近くにいるのだから仕方がない。
すると次は、
「……お、お腹………すいた………」
と、姫がお腹の空き具合を訴えてきなすった。
即座に兵隊長が雑務兵に指示を出す。
「冷蔵庫の中のおかゆチンしてくれ。 って、あー…そのままレンジに入れて、青いボタン押したら、
ダイヤル…丸いヤツを右に2分半だけ回してくれ」
「えっ!? えっ!? あっ、これ…でいいのかな!?」
上条は美琴から離れられないので仕方がない。
機械オンチなインデックスにも分かるように、レンジの使い方を丁寧に教える。
(完全記憶能力者なはずなのだが、家電の使い方を一向に覚えないのはどういう事なのだろうか)
そしてインデックスから温まったおかゆを渡されると、
「んじゃほら、あーんして? あーん」
「…あーん……」
上条がそれを食べさせようとする…が、
「ちょっと待って欲しいんだよ!! いくら何でもそれはどうなのかな!?」
インデックスが止めに入った。
「ど、どうしたインデックス?」
「どうしたもこうしたもないんだよ!
さっきから黙って見てたら、とうまは短髪とばっかりイチャイチャして!
そもそも濁ったお水(ポカリの事)も冷たい紙(冷えピタの事)も用意したのは私なのに!
温める箱(レンジの事)を使うのだって頑張ったのに! どうして短髪ばっか構うのかな!
あと私もお腹すいたんだよ!!!」
とうとうインデックスの不満が爆発した。
色々言ってはいたが、最後の一文が最も重要だと思われる。
だがこれを上条は、
「いや、イチャイチャって……看病してるだけなんですが……
そりゃインデックスには悪いとは思ってるけどさ、俺が美琴から離れた隙に漏電なんかしたら
想像したくもない様な大惨事になるだろ?
それにこういう時は病人優先! 美琴が治るまで我慢してくれ。
あと、飯は食パンがあるから、ジャム塗るなりハムとチーズ乗っけるなり好きに食え」
と、あっさり論破する【いいきかせる】。
「だからって短髪ばっかり! 短髪ばっかり!!! もぐもぐ!!!」
半分涙目で怒りをぶつけるインデックスだが、食パンはしっかり食べている。
「ごくん! でもおかゆは私が食べさせるんだよ!! とうまは隣で見てればいいかも!!」
「何でだよ?」
「い・い・か・ら!!!」
「は…はい……」
よく分からないインデックスの迫力に圧され、たじろぐ上条。
何故彼女がこんなにも美琴のお世話をしたいのか考え、
「ちょっとお姉さんぶりたいのかな?」という素っ頓狂な結論に至る。さすがは上条さんである。
「…ほら短髪。お口を開けるんだよ」
そのわりには、インデックスのやる気をイマイチ感じられない。
何と言うか、おざなりだ。
だからかどうかは分からないが、美琴がこんな事を言ってきた。
「……食べ…させて…くれるな…ら……当麻…からがいい………」
「なっ!!?」
「ほらー。インデックスがいい加減に食べさせようとするから……って、ん? 今、当麻って……」
何気に、美琴から名前で呼ばれるのは初めてである。
いつもは「あの馬鹿」とか「アンタ」とかで呼ばれているのだ。
「当麻ぁ……あ~ん………」
「え、えっと……これは一体…?」
普段の美琴とのギャップに困惑する上条。
どうやら発熱で頭がボーっとするせいで、素直になれなくなるリミッター的な物が外れているらしい。
おかげで「きれいなジャイアン」ならぬ「素直な美琴」が出来上がったのだ。
「た、たた、短髪!! それは余りにもズルイと思うんだよ!!!
とうまも!! 何であっさり『あ~ん』させようとしてるのかな!!? 私がやるって言ったよね!!?」
「いやだって、本人の希望だし。何で俺をご指名なのかはよく分からないけど。
それにさっきも言ったろ? こういう時は病人優先。
美琴【びょうにん】が何かして貰いたい事を言ってきたら、
それを極力叶えてやるのは看病する側として当然だろ?」
「で、でも!!!」
「ほら美琴、あ~ん」
「……あーん」
「とうま!!!」
聞く耳持たず。
インデックスの抗議は、虚しく響いただけだった。
「美味いか?」
「もきゅもきゅ………おいひい……」
「うし! とりあえず食欲はあるみたいだな」
「うぐぐぐぐ……もうとうまなんて知らないんだよ!!!
ずっとそうやって短髪と仲良くやってればいいんじゃないかな!!!」
「…だから、さっきから何で怒ってんだよ。俺、何か悪い事したか?」
「怒ってないもん!!!」
「いや、怒ってんじゃねーか」
言い争う二人だが、次の美琴の一言により、あっさりと喧嘩は中断される。
「……ちょ…ごめん………あの……………お……おし………こ…………」
緊急事態の発生である。
「うえええええぇぇぇぇ!!!? ど、どど、ど、どうしよう!!?
さすがにトイレまで一緒って訳にはいかないよな!!?」
「あ、ああ、あた、当たり前なんだよ!!! ちょっとくらい手を離しても大丈夫なんじゃないかな!!?」
上条は、美琴の頭からそ~っと右手を離してみた。
瞬間、「バチバチッ!」と火花が弾けた為、慌てて右手で抑える。
「あっぶねー!!! やっぱ無理だ怖い!」
「だからってこのままって訳にはいかないんだよ!!!」
それはそうだ。
このまま二人でトイレに入ろうものなら、上条も美琴も、双方色んな物を失う事となる。
しかし悠長に議論している時間はない。
何せ美琴から「漏れそう」の救難信号【とどめのひとこと】。
三人はバタバタとトイレへ向かう。
結果だけ言えば、『一応、なんとかなった』。
美琴がお花を摘んでいる最中も、上条はドアの隙間から美琴の頭を触っていたが、
まず目はギュッと瞑り、視覚をシャットアウト。
次に左手で鼻をつまみ、嗅覚をシャットアウト。
最後にインデックスが両手で上条の両耳を塞ぎ、聴覚もシャットアウトしたのだ。
急造のセキュリティにしてはまずまずである。
その上、上条は「ホンジャカバンバンホンジャカバンバン」と大声を出し、自らも音消しに協力している。
後々隣人から、「うっせぇぜよカミやん!」と苦情がきそうだが、今は考えないようにしよう。
美琴はトイレから出てくると同時に、扉の前で待機していた二人はどっと疲れが溢れ出す。
だが一難去ってまた一難。
緊張が解けたせいか今度は上条が……
「……スマン…俺も小便したくなってきた……」
大騒ぎはまだまだ終わらない。
夜も更けて、そろそろ今日が昨日になる時間、部屋の中の三人はぐったりしていた。
美琴は言わずもがなだが、上条もインデックスも疲れきっている。
理由は、まぁ…察してもらえるだろう。
ベッドに突っ伏したまま上条が言う。
「……インデックス…風呂入ってこいよ。俺は今日、入れないし」
「いや…私も今日はいいかも。……ものすごく疲れたから…」
「そっか………じゃあもう寝るか」
『寝るか』…上条は何気なく言った一言だが、当然、次の疑問が浮かび上がる。
『どこに?』と『どうやって?』だ。
上条はいつも、風呂場に布団を敷いて寝ている。
だが今日はそういう訳にはいかない。何しろ美琴の隣にいなければならないのだから。
かと言って、インデックス【おんなのこ】を風呂場で寝かせる訳にはいかないだろう。
しかし上条家には、布団とベッド一式ずつしかない。
そこで美琴とインデックスが一緒のベッドに寝て、上条はその横に布団を敷いて寝たらどうか、
という案が出たのだが、ベッドと布団では段差がある為、
一晩中ずっと美琴に触れているのが困難だと気付き却下された。
最終的にはベッドを美琴、布団をインデックスが使用し、
上条はベッドに突っ伏したまま寝るという結論に至った。あまり体が休まりそうにないが仕方がない。
普段上条が使っている布団で眠れるという事実に、ドキッとするインデックス。
しかし、彼女の喜びは束の間だった。
何故なら美琴が、
「……じゃあ…当麻が……私と一緒に…寝れば………いいじゃない…」
などと、とんでもない事を言ってきたからだ。
「いやいやいやいや!!! それはマズイだろ!!」
「そそ、そうだよ短髪!! そんなの…そんなの私だってした事ないのに!!」
美琴の案は、上条もインデックスも一度は頭をよぎった。
だが口には出さなかったのだ。理由は、まぁ…察してもらえるだろう。
「……イヤ……なの…?」
「えっと…イヤとかそういう問題じゃなくてですね……
そりゃ上条さんも男ですから、むしろとても嬉しいお誘いではあるのですが……」
「とうま!!?」
「し、しかしですよ? もし!仮に!万が一! 『何か』あったら……な? 分かるだろ…?」
「…『何か』……って…?」
「そこは察してくれよ!」
「………とうま? つまりとうまは、短髪に『何か』するつもりなのかな…?」
「めめめ滅相もございません!!!
ワタクシ紳士上条当麻は、そのような事をするつもりは勿論ありませんのことよ!!?
あ、ああ、あくまでも一般論としてだね!!?」
「……だったら…いい……じゃない………一緒に…寝よ…?」
「うぐっ!!?」
可愛い女の子に、上目遣い(しかも熱のせいで瞳は潤んでいる)でこんな事を言われたら、
どんな男でも気持ちがグラつくものだ。
しかも美琴は、葛藤する上条に更なる追い討ちをかけてくる。
「…少し…体が寒い…から………当麻…の…体温で………温めて…ほしい……」
「ぐっ…うぅ……」
『美琴の体を温める』という名目で看病する動機【たいぎめいぶん】を得た上条は、
「……わ…分かった」と一言。
それに対し、当然インデックスは、
「と、と、とうま!!? なな、何を言ってるのか本当に分かっているのかな!!?」
と、抗議するが、やはり却下される。
「し、仕方ないだろ? 美琴がそうして欲しいって言ってんだから。
も、もも勿論俺にはよこしまな気持ちなんてありませんよ!?
ああ、あくまでこれは看病の為で―――」
上条が言い終わる前に、前方から枕が飛んできて上条の顔面にクリーンヒットした。
枕を投げた犯人は、「キッ!」と上条を睨み半泣きのまま叫ぶ。
「もう知らない!!! そうやって一晩中短髪とイチャイチャしてればいいんだよ!!!
とうまのバーカバーカ!!!」
言うだけ言うと、彼女は布団を被った。相当ご機嫌斜めである。
一応お許しが出た(?)ので、上条は一言「失礼します」と言ってから恐る恐るベッドに潜り込む。
女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐり、一瞬理性が崩壊しかけたが、何とか持ちこたえた。
(い、いかん!! これは看病!! 治療の一環なんだぞ上条当麻!!!)
そう自分に言い聞かせて、平常心を保とうとする上条。
だがここから更に難易度は上がる。
(…美琴の体を温めるには……もう少し近寄らないと駄目だよな…やっぱり……)
上条はベッドの中でモゾモゾと動き、美琴との距離を縮めようとする。
と、その時だ。
急に美琴の方から、ギュッと抱き締めてきたのだ。
とっさの出来事に上条も慌てる。
「み、みみみ美琴さん!!?
いい、行き成りそのような事を致しましても、ワタクシにも心の準備ってモノがですね!!?」
突然の出来事に、上条自身も訳の分からない事を口走っている。
しかし美琴から帰ってきたのは、「すー…すー…」という寝息だった。
「ね…寝てんのかよ……脅かしやがって……」
ホッと一息ついた所で、上条も眠りに入ろうとする。
今日は大分疲れたので、柔らかいベッドの中ならば、ぐっすり眠れるだろう。
と、思っていたのだが、あれから数十分、上条の目はギンギンに冴えていた。
何故なら、密着状態の美琴がますます強く抱き締めてくるし、
寝息が首筋に当たるわ時々「当麻ぁ…」なんて甘い声で寝言言ってくるわ、
挙句の果てには足なんかを絡ませてくる。当然、女の子の柔らかい部分が色々と当たっている訳だ。
上条は心の中で思いっきり叫んだ。
(こんな状況で眠れるかっ!!!)
翌朝、美琴は目を覚ますと、見慣れない部屋に自分がいる事に気がついた。
(…? あれっ、ここどこ?)
すっかり熱も下がったようで、体調はすこぶる良い。
発熱暴走が起こる様子もなく、頭もスッキリと冴えている。
ゆえに、昨日自分の身に何が起こったのか、彼女は徐々に思い出していく。
(昨日は確か…風邪でぶっ倒れて……黒子にアイツの寮に連れて来られ…て…?
………………………………………
……………………………………………………
…………………………………………………………………)
思い出した結果、彼女の思考が停止した。
(いやいやいやいや!!! 落ち着け! 落ち着け私!! あれはきっと全部夢…そう夢よ!!!
じゃ、じゃなけりゃ、わた、私がアアアアイツに……あああああんな事したりこんな事されたり、
ああ、あげ、あげ、挙句の果てには、
そそそ、そんな事までしちゃったりなんかしたりって事なるじゃないのよ!!!!!
なな、ないないそんなの!! い、いや~もう、ヘンナユメミチャッタワーアハハハハハハ!!!)
現実逃避しようとする美琴だが、この部屋が見慣れない部屋だという事を忘れていないだろうか。
しかも直後、すぐ隣から聞こえてきた、
「あ……美琴、起きたのか…? すっかり顔色は良くなったみたいだな……」
という声が美琴を現実に引きずり戻す。その声は紛れもなく、「あの馬鹿」の声だ。
美琴は固まったまま、ギギギッと首だけ隣に向ける。
すると目の前には、目の下にクマを作った「あの馬鹿」がそこにいた。
夢ではなかった。
だが、それで終わりではない。
上条は自分のおでこと美琴のおでこをピタッとくっつける。
「んー……良し! 熱も下がったみたいだな」
と、上条は安堵したのだが、直後美琴の様子がおかしくなり、
「…あれ? どんどん熱が上がってきたような…?」
そしてついに、
「………ふにゃー」
「ってうおい!! また漏電!!? 熱下がってなかったのかよ!!!」
発熱暴走が再発(?)した。
上条は慌てて美琴の頭を右手で抑え、何故か急に力が抜けて、倒れそうになる彼女を抱きかかえる。
その瞬間、インデックスは目を覚まし、白井はお姉様の様子を見にテレポートでやって来て、
土御門は「朝っぱらからうるさいぜい!」と怒鳴り込んでくる。
三人が見たのは、ぐったりした美琴と、その彼女を抱きかかえる直前の上条だ。
こうして今日も、上条の不幸な一日が始まった。