小ネタ 喫茶「GENコロ」へようこそ
あたしの名前は上条麻琴、常盤台中学に通う2年生です。
あたしは第7学区のマンションで、両親と共に3人で暮らしています。
昔は学園都市の中と外を行き来するのに厳重なセキュリティが必要だったらしいのですが、
今は大分緩和され、観光目的で学園都市に訪れる人も珍しくありません。
そんな訳で、パp…父は学園都市から外の会社へと通勤していたのですが、
電車の中で痴漢に間違われたり、上司の奥さんと浮気していると勘違いされたりと、
度重なる不幸(と言っても、最終的にはフラグに繋がってしまうのが父らしいですが)を経験した後、
数年前に脱サラして、ここ第7学区で喫茶店を始めました。元々父は、料理なども得意でしたし。
初めのウチはマm…母も喜んでいました。
母は、結婚して10年以上経った今でも父の事が大好き
(それはもう、実の娘からしてもちょっと引くほどに)なので、
父と一緒に仕事するっていうのは、憧れだったのだと思います。
それに自営業なので、単純に父と一緒にいられる時間が増えたからってのもあるかも知れません。
まぁとにかく、母は喜んでた訳ですよ。
ですが今現在、休日の昼という書き入れ時【ランチタイム】の真っ只中だというのに、
母の機嫌はすこぶる悪いです。何故なら……
「上条君。この後。ヒマかしら?」
「あ、いや…営業時間終了するまでヒマはないかと思われますが……」
「とうま! ナポリタンおかわりなんだよ!」
「……お客様…ちょっと食べすぎなんじゃないでせうかね…?
ちゃんとお支払いして頂けやがるんでしょうなぁ!?」
「あ、ああ、あの店長さん! お、おお、おしぼりはどうですか!!?」
「いやいやいや! むしろ店側【こっち】がおしぼりをお出しする方ですから!!」
お客さん…それも常連さんが多いからです。
いや、それはとても嬉しい事なのですが、実はウチにくる女性客の7割くらいは、
父 が 目 当 て だ っ た り し ま す ! (まぁ、母目当ての男性客も多いですが)
先程の3名も、父が高校生だった頃からの知り合いらしく、
(て言うか、何でみんなあんなに若いんだろう。パパと同い年くらいって事は、30~40代だよね…?
どう見ても20代にしか見えないんだけど………って、ウチもママも似たようなモンか)
特に3人目の、二重まぶたで胸の大きいお客さん【おとくいさま】は、週に10回は来てくれています。
いつもご贔屓にして頂き、誠にありがとうございます。
という訳でして、母は今、大変イライラしております。
「ア・ナ・タ~? いつまでもお客様と談笑してないで、早くコーヒーお出ししてくれないかしら~?
私今忙しくて、手が放せないんだから~」
母の顔は見事な営業スマイルを作っていますが、
その奥からにじみ出る黒いオーラは隠しきれていません。
父はビクッとしながら、小さく「…は、はい」と返事をしました。
今日も土下座されられるんだろうなぁ……
◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘
そんなある日です。
父がこんな事を言ってきました。
「アルバイト募集しようと思うんだ」
「「バイト?」」
あたしと母は、声を合わせて聞き返しました。
「ああ。ここ最近、営業も軌道に乗ってきたし常連さんも増えてきただろ?
それは勿論ありがたいんだけど、その分、家族【おれたち】の時間も減っちまったからさ。
……と、思うんですが…どうでせうかね?」
「まぁ。あたしはいいと思うわよ?
ここはあくまでもパパのお店なんだし、経営に関して口出ししないけど……」
そう、あたしは別にいいのです。
確かに自由な時間が段々無くなってきたのは事実ですし、今ならバイトを雇う余裕もあるでしょう。
ただ問題なのは……
「……私もいいわよ。うん、いいんだけどさ。その前にちょろ~っと確認させて」
「何だ?」
「……バイトの人って…女性なのかしら…?」
そう、そこです。
さっき説明したように、母は父の事が今でも大好きです。けどその分、ジェラシーもハンパないのです。
けどそれなのに、父はアッサリ答えます。
「そうだな。女性店員の方が、お客ウケはいいだろうし。
できるだけ可愛くて、しっかりした子を……って、み、美琴さん…? どうかしたのでせうか…?」
「べ・つ・に・な・ん・で・も・な・い・け・ど・!?」
父は少し、空気を読む力を身につけた方がいいと思います。
ともかく、すでにバチバチと帯電している母を何とか抑えないと、家電がいくつか破壊されそうなので、
あたしはある提案をしました。
「じゃあ涙子お姉ちゃんとかどう? この前来たとき、パートでも始めようかなって言ってたし、
パパもママも気兼ねなくお店任せられるでしょ?」
佐天(旧姓)涙子お姉ちゃん。母が中学生の時からの友人の一人です。
結婚して苗字は変わってますが、呼びなれてるからか母は未だに「佐天さん」って呼んでいます。
常連さんの一人ですが父が目当てではなく、むしろ父と母の関係を弄ったりするのが趣味な人です。
母も、「ま、まぁ佐天さんなら……」と一応納得してくれました。
◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘
「という訳で、○○涙子です! 今日からヨロシクお願いします!」
「わー久しぶりー! 佐天さ…じゃなくてえっと―――」
「いいですよ、佐天で。あたしも御坂さんって呼んじゃいますし。
いやー学生の頃のクセって中々抜けないですよねー」
「涙子お姉さん、分からない事があったら何でも聞いてください」
「ありがとう麻琴ちゃん! てか、ちょっと見ないウチにずい分大きくなったねー!」
「よろしく。店長の上条と…って、自己紹介はいっか。みんな知ってるし。
で、飲食店で働いた経験ってあるかな?」
「はい! 結婚する前は居酒屋で働いてましたんで!」
「じゃあ詳しい説明はしなくてもいいか。居酒屋よりは遥かに楽だろうし、やってるウチに慣れるだろ」
それでいいのか、経営責任者。
ともあれ、こうして涙子お姉さんが我が家の新たな労働力として来てくれるようになった訳です。
なった訳ですが……
「あっ、スミマセン上条さん。手が滑っちゃいまして♪」
「おうわっ!!?」
「ちょ、ア、アナタ!? ど、どこ触ってんのよ!!」
手が滑ったと言い張ながら父を後ろから押して、母に抱きつかせたり、
「美琴ー。3番テーブルのお客様に、アイスティーお出しして」
「はいはーい」
「あっ! あたしがやりますんで、お二人は厨房【みえないところ】でイチャイチャしててください♪」
「イ、イチャイチャって佐天さん!?」
やたらと父と母を二人っきりにさせようとしたり、
「ところで御坂さん。二人目のお子さんのご予定とかはないんですか?」
「ぶっふっ!!!?」
お皿を洗ってる時に、母と余計な会話をしたりと、働きに来たのか遊びに来たのかよく分かりません。
いや、まぁ…一応仕事はちゃんとしてるんですが……
ただ、娘のあたしもいるって事を理解してほしいものです。
そんな調子なので、今日も涙子お姉ちゃんの策略にまんまと嵌められた父と母は、
営業時間内だというのに無理矢理キスをさせられ―――
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「―――営業時間内だというのに無理矢理キスをさせられ』……っていうような内容の自主制作映画を、
今年の一端覧祭で上映しようと思うんですけど、御坂さんにも是非、撮影のご協力を……
ってアレ? 初春、御坂さんどうしたの?」
「……駄目です佐天さん。大分前…厳密には、
『あたしの名前は上条麻琴』の辺りで煙を出しながら気絶しました」
「最初【プロローグ】じゃんそれ!!!」