「どういう意味よ?」
美琴は尋ねる。
目の前の人物は人と呼ぶには違いすぎた。女性のようにも見えるが性別は不明。金髪であるのは見て取れるも、そもそも全身から光を放っている。
「人がつけた記号だ、私には判らないな。私自身については同じ次元にいる君は理解しているのではないかね」
「ええ、そうね人間が表す言葉として適当な定義はないけどアンタが何者か理解できる」
「喜ばしい事だ、理解できるということは」
喜ばしい事と言われても憮然とする美琴、好きで理解している訳ではない。何故理解できるかさえ分からない。
「それでナンで私の前に現れるの?」
「それは符号だな」
「符号?」
記号と言い、符号と言う。
「知らないかね、姫君を攫い閉じ込める悪辣な『ドラゴン』というのはファンタジーの定番ではないかな」
「……はぁ?」
「ま、君は王子様を待つ『囚われの姫君』をしているタイプではないが、時が来るまで大人しくしていてくれると助かる」
「だからどう言うことよ」
「こういう事だ」
美琴の視界が変わり情景が映る。
「初春、何事ですの、今のはっ?」
「わ、わかりません白井さん」
第177支部にてパソコンをのぞき込んでいた白井と初春に窓から光が瞬いていた。
同じ頃
「うわっ、びっくりしたかも」
窓から光がはじけ、インデックスは思わず仰け反り固まっていた。
「もしかして短髪と言われて怒ってるのかな」
そして
「あァ、今のは?」
「彼女ですね、凄まじいと言うか、一瞬『未元物質』の繋がりが途切れましたよ」
「それでもアレは無傷かよォ」
一方通行は光の元となった雷が落ちた先を見ていた。
別の場所では
「今のは御坂か?」
上条が呆然と雷が落ちるまでの一部始終を見ていた。
「あの時と同じじゃねえかよ……」
晴天、晴れ渡った空に光が収束した、そして真一文字に雷が落ちた。落ちた先、そこは窓のないビル。今回も窓のないビルは無傷ではあったものの、雷が他所に落ちた場合を想像すると上条は身震いした。
「と、いうことだ」
映像が終わり元の風景へと変わる。
「アレを私が?」
「感情の起伏だけでね」
「今の私は学園都市にとって災厄だっていうの……アンタはそれを止めるため?」
次の日
「あー、昨日のは『私』がやったのね、はー」
「多分な」
ぼやくミサカミコトに答える上条。
「そんな気はしてたけど……何やってんのよ、『私』」
「これ、急いだ方が良くない?」
「そうね、予定を早める?」
「待て待て待て待て待てよ!おまえらを切り離してもナンにもナンねーから!」
「そうなの?」
「そーだよ!AIM拡散力場の中の御坂が無意識にやってる事だから、おまえらががミサカミコトから妹達に戻ったところで怪奇現象は収まんねーって」
「怪奇現象」
「ヒドっ!」
「それにおまえら、だって」
「(私達より『私』がいいの)」
「(複雑)」
「(一昨日の話しで)」
「(あのシスターが選択を迫ったとき)」
「(ただ一人の『私』を選んでくれて)」
「(嬉しかった)」
「(でも私達も『私』の意識を持っている)」
「(私達を選んで欲しかった『私』がいる)』
「「「「はあ~」」」」
「ナンだよ、コソコソと話して、そのため息は四人とも?」
「ふっ、こういうヤツよ」
「女心がわかんない」
「唐変木」
「それがコイツ」
一昨日と同じ、美琴が入っている培養漕のある部屋でミサカミコトの4人と上条は打ち合わせをしていた。
「うっうっうっホントなんで俺、責められてんの?」
「「怪奇現象なんて言うから」」
チャリリン
「「おまえらなんて言うから」」
チャリリン
冷や汗がたらり。
「ナンでコイン持ってるの、ミサカミコトさん?」
上条の背中を伝う。
「淑女の嗜み?」
「うーん、いざという時、心許ないから?」
「こんな時のため?」
「病院で電撃わね」
「だーーー、淑女の嗜みが超電磁砲の訳ないだろ、いざって時つーのはわかるけどこんな時がどんな時よ、病院で電撃は無い、電撃は!それ以上に超電磁砲はありえねー!もういいから話を戻させて!」
「その程度のツッコミぐらいでは揺らがない」
「え」
「普段、ボケをかまされる身になりなさい」
「いや」
「それに、さんざんスルーされる日々」
「その」
「ああ、かわいそうな『私』」
「だから、土下座でもなんでもすっからお願い、話し戻させて!だいたい、バードウェイとかレッサーとかその他諸々相手には俺がツッコミ役だから!俺の意見なんかスルーして問答無用で巻き込んでくる連中ばっかだから」
時間が過ぎ、上条はあるところへ向かってトボトボと歩いていた。目的地までもう直ぐ。
「うっうっうっうっ精神的疲労が」
「まだ言ってるの」
そして上条一人ではなくベースボールキャップにチェックのシャツ、ゆったりとしたパンツといった一見すると少年に見える服装をした少女がいた。
ミサカミコト
その一人、妹達<シスターズ>の個体番号では10039号である。
重傷を負い入院中(それ自体は嘘ではない)とされる御坂美琴、瓜二つである彼女等が街をいつもの服装で歩き回るわけにもいかず偽装している姿だった。
「へぇへぇ上条さんが悪うござんした」
上条がそう言うと、服装の他にも念を入れ伊達メガネも装着しているミサカミコトの顔はまだ何か言いたげにむくれていた。
地味目なメガネが服装とあまり合わない。普段の御坂美琴からも印象がガラリと変わる。親しい友人でも気づかないだろう。
顔見知りに見かけられた場合を考えると必要なことだった。
ただ。
「けどよ、それ必要なのか?」
疑問を呈す。
「ま、アイデンティティを保つアイテムってところ?」
首にゴツい軍用ゴーグル。
上条の感想は全てを損なっている、だ。
変装の意味合いも軍用ゴーグル一つで悪目立ちしている。
しかし、アイデンティティと言われると何も言えない。
アイデンティティが薄れさせるような行為は極力避けた方が良かった。
ミサカミコトは本来、妹達だ。それを美琴の人格が浸食している状態、一昨日には僅かに残っていた自らをミサカと呼ぶ一人称も今ではほぼ消えている。
時間の経過とともに妹達のアイデンティティは喪われていく。リミットは一昨日の段階で約2週間、残り時間は少ない。
「そうだな、その軍用ゴーグルは御坂妹のアイコンだもんな」
「まあね」
少し寂しそうな顔をするミサカミコト。
「……その、辛いよな。自分ではなくなるって」
「そうね……(覚悟はしてるけど)」
「おっ、ここか……」
話しているうちに目的地に着いていた。
そこは
「ヒドいもんね」
「ああ」
言葉がなくなる。
柵に覆われた向こう。そこに見えるのは破壊された跡、黒ずみ焼け焦げた跡が目立つ。
「良く、これで」
「さすが『私』とは言えないけど」
御坂美琴が事件にあった映画館。その爆破にあった後の姿だった。
おまけ
「なんで私が除け者になるのよ!」
「喚いてもダメ、10032号!分かってるでしょ」
「そうよ、『私』の身代わりを引き受けたのはアンタ、病室で不意の見舞い客の相手をしてなさい」
「下心だすからよ、アイツに会う機会が増えると思って」
「くっ」
「同じミサカミコトである私達に隠し通せるとは思わないことね」
「策士、策におぼれる」
「とは、このことよ10032号」
「なんで私だけあたりがキツいわけよ!」
「一人だけアイツから貰ったペンダントをぶら下げやがって」
「ああ、何だかそれ考えただけで末妹が絶好調のような気がする」
「見舞い客、来るかもしんないんだから外しときなさいよ」
「くのぉ、こんな機会を逃すなんて、『私』でいられるなんて短い間なのに」
「全員に平等な機会は無いわよ」
「諦めなさい」
「それじゃあ尋常に」
「正々堂々と」
「誰がアイツと一緒に行くか」
「勝負よ!」
ジャンケン、ポイ
そして10039号が権利を得ることになった。