「何か思い出さないか?」
「残念ながら、こうモヤモヤっとはしてるのよね、それが思い出せない苛立ちなのか、それともそれが『私』に繋がるナニか、とまで分からないけど」
「そうか、期待してたわけでもないが……」
やはり気落ちをしてしまう。
映画館の跡は封鎖され中には入れないようだ。いや、目の前の柵や立ち入り禁止と書かれたテープを無視すれば入れないこともないが、奥で物音がするしチラッと人影も見える。早くも片付けが始まっているのか、それとも警備員の調査が続行しているのだろう、その中へ踏み込むには無理があった。
犯人捜しと言ってもミサカミコトには当時の記憶はない。それを思い出させるのが目的であるも、あまりに情報が少なかった。
「うーん、どうすっかな」
手掛かりが少ない上条は迷う。こうして眺めていても時間が経つだけである。
「夜にでも忍び込む?」
ミサカミコトからの提案。一考に値するも、夜にはまだ時間があった。それまでの時間を持て余すことになる。そして捜査のプロでも無い上条が犯人に繋がる手掛かりを見つけ出せるか疑問だった。
考えていると
「あれ」
中で動いている人影に見覚えのある人物を見つけ、声に出ていた。
「黄泉川先生じゃ?」
それに応えるように、その人物が振り向く。
警備員の制服を着込んだ長い髪の女性、上条が通う高校の教師の一人、黄泉川愛穂で間違いなかった。
「あっ、ホントだ、黄泉川さん……ってアンタ、黄泉川さんを知ってるの?」
「知ってるも何も」
上条が言いかけると
「小萌先生ところの上条じゃん」
その黄泉川が上条達へと近寄り、声をかける。
「俺んとこの先生」
「え、そうなんだ。『私』は黒子、風紀委員と警備員との関わりで知り合い」
実態は複雑、御坂美琴としては白井を間に入れて事件に関わるたびに黄泉川とは協力関係にあったと言えよう、また妹達としては打ち止めの大家兼大人の保護者でもある。
「そんなところじゃん。デートか、こんなところで上条?」
「そんなんじゃ」
黄泉川は不満顔のミサカミコトをチラッと見て
「冗談じゃん、中を見たいんだろ」
クスッとしかし陰りのある顔で言った。
「いいんですか、先生?」
「普段なら駄目だ、今回は事情が事情だからな」
「先生はその……」
「分かってるよ、それ以上は言うな」
事情を何故か知っているらしい黄泉川に招き入れられ、上条達は事件現場へ足を踏み入れる。
まずエントランスホール。
「ここは中からの炎が燃え移っただけだ」
「これで?」
「スプリンクラーが働いてこれぐらいで済んだ」
寒気がした。
「じゃあ中は」
「来るじゃん」
開け放たれた観客席の入り口。
わざと閉めずおいてあるわけでもなく、重いドアの蝶番が外れていた。ドア自体は既に処分されたのだろう。
暗く明かりが少ない観客席へと進む。
外からの光でうっすらと中が見える。
そこは外から見る以上に酷い有り様だった。焼けただれ、金属などが溶けている。原形を留めている物が見当たらない。
かろうじて元は座席と分かる物が散らばっていた。
中を見渡すともう一人女性の警備員がいた。
「鉄装、このことは他言無用だ」
こちらを見たその警備員に黄泉川が声をかけた。頷きを返し、その警備員は上条達と入れ替わりに外へと出て行く。
「もう、検分は終わってるからな、改修工事が始まるまで不審者が立ち入らないようにしてるだけさ」
「そうだったんですか」
「見ろ」
黄泉川が指差す。
黄泉川が指差した先には何も無い。それが逆に不気味だった。何故ならそこは館内の中央付近、本来なら座席が座っている筈の場所だ。
「そこが爆心地と考えられている、まあ証言からも間違いないな」
「ここが……」
「何も無いのが不思議か?」
「片付けたとか?」
そうではないと心の声が囁く。
ぽっかり空いた空間は直径5m以上の円型。
「手は着けていない」
やはりと心の臓が掴まれる。
「彼女がいなければどれだけの被害があったか……ここからは独り言じゃん」
上条は黄泉川がまだ機密になっている調査結果を話してくれるつもりであるのを察し頷く
「映画館に居合わせた者の証言では彼女が注意を呼び掛けた時、オレンジ色の火球を目撃している。彼女の指示で一斉に出口へと殺到した時には彼女は火球を押し潰そうとしたそうだ」
そこまでは白井からも聞いていた話しだった。
「おかしいじゃん」
「え」
「炎がなんで燃えるか」
「あ」
「彼女がやった事は正解じゃん、酸素の供給が無ければ燃え広がったりしないじゃん」
そう美琴は物量で炎を押し詰め酸素の供給を絶とうとした、炎は鎮火に向かうはずだ。
「炎を酸素の供給無しに操作したじゃん」
上条は映画館を飛び出した。
そしてもどかしげに電話をかける。
炎の正体は超能力ではない。発火能力者は起こり得ない状況で火を起こし燃え立たせる。それ故の超能力、であるが万能ではない。そもそも燃え立たせる燃料が無ければ炎を起こせない。学園都市の超能力は科学原則を元にしている限りこの世界の理を無視できないのだ。ならば
「ちょっと、どうしたのよ?待ちなさいってば」
後ろから追いかけてきたミサカミコトが呼び止める。
上条は電話をかけながらも早足で歩いていた事に気付き足を止めた。
そして短絡的だったかと思い直す。
「相変わらず『私』の事は放って置いて突っ走るんだから」
「そ、そんなつもりじゃ、その犯人に思い当たったヤツがいて、つい」
「?あんだけの情報で」
「あー、改めて考えると違うよなって思い始めてるところ……ごめんな」
「うっ、その、あう、いいわよ、でもその電話どうするの」
「あっ」
言われて、電話を耳にあてるとちょうど向こうも電話に出たところなのか
『カミやーん、土御門元春と書いて、義妹のためなら人生を投げ捨てる男と読むオレに何の用かにゃー』
いつもに増してハイテンションな声が聞こえてきた。
「ああ、すまねー。今、電話大丈夫だったか?」
級友である土御門は複雑な立場にいる、勢いで電話をしてしまったが、良かったものか尋ねてみた。
『忙しいっちゃ忙しいが電話ぐらい、どうって事ないにゃー』
「そうか、じゃあ」
言いよどむ、証拠と言える物は無い、符合が合うだけで、同じ事ができる者は他にもいるかも知れない、上条が知る人物では一人しかいないだけだ。
疑ってかかるのは悪いと思いながら、とりあえず犯人候補を減らせると思い尋ねてみた。
「たいした用事じゃないんだが……ステイルはロンドンか?」
『は?ステイル?ステイルの居場所が気になるのか?』
「連絡取ろうにも連絡先を知らないもんでさ」
『なんだインデックスからプレゼントでもあんのかにゃー』
ガシャン
「そんなところだ」
『おっ、ホントにプレゼントか、ステイルも報われる日が来たと思うと感慨深いにゃー』
ガラガラドシャン
「後ろで物音がしているが大丈夫なのか土御門?」
『大丈夫、大丈夫。ちょっと猫が立てかけて置いたもん倒しただけだぜい、それよりステイルだが別任務で学園都市に来るように聞いてるぜい、もう来ているかもにゃー』
上条の息を呑む音が聞こえるとともに電話は切れた。
「不味かったかにゃー」
土御門が呟くと
「不味いに決まってるじゃないか!」
怒り心頭の声が響く。
「まあまあ、インデックスからのプレゼントもあるんだし」
「そんなもの僕は……いや、そうじゃない、なんでややこしくなるような事をしたんだい」
「ステイル」
土御門と話している人物は上条が行方を聞いたステイル=マグヌスその人だった。
「お前の責任たい」
「ぐっ」
「御坂美琴が重傷を負ったのは何でだ?」
「それは……」
「お前の責任じゃねえのか」
「確かに僕が悪い、だが」
「甘んじてカミやんの怒りを受けろ」
「そうするしかないのか僕は」
「それ以上に大変な事態なんだぜい、今は」
「ああ、そうだね」
「まあ、監視を頼まれたが実のところ、私自身は学園都市がどうなろう構わない、先行きを楽しむには君のそばが面白いと思っただけだ」
「はあ?」
「彼にしても予想外だったらしくてね、修正に利用しようにもプランそのものが破綻する可能性があるなら今回は事態を静観するつもりのようだ」
「彼?アンタに私を監視するように頼んだ人?」
「そうだ、窓のないビルの住人」
ギリッと奥歯が鳴る。本来ならそんな音が鳴るわけない。今、美琴は肉体のある存在ではないからだ。
「ほら、そんな事をするとまた学園都市に災厄が降るじゃないか、君の大切な友人達に何かあったらどうするつもりだい」
「え、そんなまさか、今のでまた何か」
「心配する事はない、私が一緒にいる間は不測の事態は起こらないよ」
「……人が悪いわね」
「人ではないな、分かってるのではないかな」
「慣用句でしょ、それぐらい……『ドラゴン』とは、あまり呼ばれたくない?」
「『ドラゴン』は人が私達を記号化したものだ、物語の役割上今回は受け入れているが、人から見たら君も同じ『ドラゴン』になるのか……ふむ、やはり個を特定する呼び名は必要か、私を呼ぶときはエイワスと呼ぶと良い」
「エイワスね、じゃあエイワス」
「何かな」
「私はこれから、どうなるのかしら?」
「さあ」
「さあ?」
「君が望むようにしかならない」
「私が望むようにって、アイツのそばにいられないなら、死んじゃったら、そんなもの」
「君はまだ死んではいない、それでは私の楽しみがなくなる」