とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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命短し恋せよ美琴




その日、美琴は有り得ないほどツイていた。
朝食は好きなオカズばかりだったし、自販機でジュースを買えばもう一本当たり、
読みたくても既に絶版していた書籍は古本屋で見つかり、
抽選で3名にしか当たらないプレミアムゲコ太ヌイグルミは部屋に届き、
ラヴリーミトンの食玩入りチョコを買えばオマケのフィギュアをコンプリートする。

それに嬉しい事もあった。
海外で暮らしているフェブリからエアメールが届き、かと思えば、
久しぶりに旅掛【パパ】から電話が来て、何ヶ月ぶりかの会話もした。
ついでに常盤台中学の図書室で、柱に頭をぶつけて「ぎゃむっ!?」と叫ぶ食蜂の姿も目撃した。

偶然…が重なっただけなのだろうが、これだけいい事尽くめだと、逆に不安になってくる。
上条ではないが、これは何か不幸の前触れなのではないかと、疑いたくなってくるのだ。

「……私、明日ぐらいにでも死ぬんじゃないかしら…?」

ふいに、そんな事まで口をついて出てしまう。
だが美琴は上条ではない。彼女の右手には、当然ながら幻想殺しなどついていない。
なので勿論、これは「不幸の前触れ」などではない。単純に、今日が「運のいい日」なだけなのである。
その証拠に学校の帰り道、

「おー、美琴! ちょうど良かった。この後ヒマか?
 もし予定が無いなら、悪いけど今から俺と付き合ってくれませんかね?
 男一人だとちょっと行きにくいトコなんでさ。あっ、勿論イヤなら断ってくれてもいいんだけど…」

と、普段素っ気無い態度を取ったりスルーしたりするツンツン頭が、突然お誘いしてきたからだ。
美琴は再び、先程の言葉を口にした。

「私! 明日もう死ぬかもっ!!!」
「何でっ!!?」

美琴の急な遺言に、全力でツッコむ上条であった。

「えっ!? あ、あぁ、いやいや。ゴメン、何でもない…」
「そ、そうか?」

明らかに何でもなさそうだが、本人がそう言っているので、一応納得する。

「で、どうなんだ? 付き合ってくれるのか?」
「べあっ!?」

『付き合う』という言葉に、否応無く過敏に反応してしまう。
上条が「男一人だとちょっと行きにくいトコ」と言っている以上、
『そういう意味』じゃない事など分かりきっている筈なのだが、
それでも反応してしまうのだから仕方がない。

「ま、まままぁアレよね。わ、私はこの後ちょっとアレの予定がある訳だし、
 アレがソレしてちょっと忙しいかもだけど、
 で、でで、でも少しくらいなら時間を作ってあげてもいいかな~? …なんて―――」

ナニがナニして忙しいと言うのか。美琴は別に、この後の予定など全く無い筈なのだが。


「あ、そうなのか? そっか、引き止めて悪かったな。じゃあ他に頼めそうな人を―――」
「あーーー!!! でもアレは別に明日でもいいんだったーーー!!!
 明日でもいいんだったなーーー、アレはっ!!!」

しかし謎の予定、『アレ』のせいで上条が引き下がろうとしたので、
慌てて『アレ』を明日に延期する。彼女は一体、何をやっているのだろうか。

「え、あ、そ、そうなのですか…?」
「そうなのっ!」
「じゃ、じゃあ……」

美琴の一連の奇行に不審な目を向けつつも、上条は元々の用件を切り出す。
薄っぺらいカバンに手を突っ込み、取り出したのは一枚のチラシだった。

「あ、これって……」

それは新しくオープンした、スイーツ専門店の広告だった。
昨日佐天から鼻息荒めの電話があって、その店の事を聞かされたので、
美琴もその存在は知っていた。その際「今度みんなで食べに行こう」、と約束もしたのである。
広告の中央には、『OPENセール! 全品半額!』と、
スーパーか家電量販店のような煽り文句がデカデカと掲げられている。

「実はインデックスがこのチラシを見つけちまってさ。
 『ケーキケーキ!』って駄々こねるもんだから、仕方なく、な。
 でもこういう店って女性客の方が圧倒的に多いだろ? 俺だけだと、ちょっと恥ずかしくてな」

上条は苦笑しながら説明する。インデックスの名前が出た事で、美琴は少しだけ不機嫌になる。

「ふ~ん…? でもだったら、あの子を誘えば良かったんじゃない?
 その方があの子も、好きなのを選べる訳だし」
「……インデックスに好きなのを選ばせたら、上条さんは破産します」
「……なるほど」

胃の中がブラックホールと直結しているインデックスを、
「美味しそうな物がいっぱいある所」に連れて行くのは非常に危険だ。
スイーツ専門店とは言っても、別にケーキバイキングの店ではないのだから。

「だから2~3個、良さそうなのをお土産に買っていこうと思ってな。
 それとわざわざ付き合ってもらうんだし、美琴の分もおごるぞ。
 さっき今月分の奨学金を下ろしたばっかだから、多少はリッチだし」

ホクホク顔で二カっと笑う上条。
その表情を当たり前のように「可愛い」と思ってしまう程、自分は重症なのだなと自覚する美琴。
ボッ!と顔を赤くしながら、美琴は上条から視線を逸らした。

「ま、まぁ……おご、おごってくれるって言うんなら……特に…断る理由も無いし……
 い…い、一緒に行って……あげなくも…ないけど………」

急にごにょごにょと言い出したが、とりあえず了承は得た。なので、

「そっか。ありがとな、美琴」

とお礼を言ったのだが、何故か美琴は更にモジモジとするのだった。


件の店にやって来た二人。自動ドアが開き、その店内の様子に上条がイの一番で漏らした感想は、

「うっわ~…結構、混んでんなぁ~……」

であった。しかもやはりと言うか何と言うか、客層の9割5分が女性である。
これは非常にマズイ展開だ。人ごみの中で、しかもその殆どが女性。
それは上条にとってハプニングが起きる条件が整いすぎている。
例えば、ぶつかった時に隣の客の胸を触ってしまい、痴漢と間違われるかも知れない。
例えば、足がもつれて前の客を押し倒してしまい、痴漢と間違われるかも知れない。
例えば、何かもうとりあえず、痴漢と間違われるかも知れない。
しかしそんな不幸自慢【ラッキースケベ】を美琴に説明する訳にはいかない。
そんな事を言ったら、何故か更なる不幸が待っている気がする。なので、

「い、いや~、こんだけ人がいたら、俺たちもはぐれちゃうかも知れないな~!」

と、わざとらしく保険を掛けておいてから、

「っ!!?」

上条は美琴のその柔らかい手を、ギュッと握ったのだった。
しかもその握り方たるや、
相手の手首を掴む一般的なタイプ(それでも美琴にとっては破壊力抜群だったのだろうが)ではなく、
指と指を絡ませる、所謂「恋人繋ぎ」だったのだ。
一応、建前上は「はぐれないようにする為」だったので、
すぐに離せない繋ぎ方をする必要があったのである。

「何で手ぇ握ってんの!? ねぇ何で手ぇ握ってんのおおおおお!!?」
「え、いやだから…はぐれそうだったし……」

美琴が上条の突然の行動にワタワタし始めた。
苦しい言い訳だというのは自覚しているが、他に理由が思いつかなかったのだから仕方がない。
もっとも美琴がテンパっているのは、そこが理由ではないのだが。

あうあう言いながら借りてきた猫状態になる美琴。
本当に今日は、とことん良い事が続く日である。



列に並び、適当なケーキを5ピース
(テイクアウト用が3ピース、イートイン用が2ピース)注文する上条。
流石に注文する時には繋いでいた手を離しており、
美琴はどこか名残惜しそうな、それでいて少しホッとしたような、そんな複雑な表情をしていた。

店内には、買った後そのまま食べられるスペースがあり、
しかもそういったお客様にはコーヒーか紅茶を、無料で提供してもらえるという、
行き届いたサービスまでついてくる。
せっかくなので上条は、自分と美琴の分はお持ち帰りせず、ここで食べるようにしたのだ。
…別に無料に釣られた訳では無い。

席に着き、ケーキを二つ取り出した。
上条はガトーショコラとコーヒー。美琴はベリータルトと紅茶だ。

「あ゛ー、美味ぇ! 甘いモンなんて久しぶりだよ。やっぱ、たまには贅沢もするもんだよな~♪」

税込み237円(しかも今はセール中なので、その半額)のチョコレートケーキを、
アッサリと『たまの贅沢』と言ってしまう彼のお財布事情に、涙を流さずにはいられない。
ただ上条本人は幸せそうなので、それだけは救いである。

ご機嫌な上条とは対称的に、美琴は俯いたまま、もそもそとタルトを食べている。
口に合わない…という訳ではない。むしろ美琴も、美味しいと思っている。
しかし先程の余韻のおかげで、顔がポワポワしてどうしようもないのだ。
口の中に広がる甘酸っぱさは、きっとベリーのせいだけでは無いだろう。

そんな美琴の気持ちを知ってか知らずか……いや、100%知らずにだろうが、
ふいに上条が、新たな攻撃を仕掛けてきた。

「……美琴のも美味そうだな…一口貰っていいか?」
「ふぁっ!!?」

突然そんな事を言われて、美琴は手に持っていたフォークを落としそうになる。

「あ、その…べ、別にいいけど……でででもこれ、た、食べかけだし……」
「だから?」

素で聞き返す上条。
と言うか、聞いておいて美琴の返事を待たずに、既に美琴のタルトを一口サイズに切っていた。
勿論、切ったのは上条が使っていたフォークだ。


「あ、ああ、あ……」

真っ赤になる美琴をよそに、それを何の抵抗も無く口に入れる上条。
「んーめ!」と暢気に感想を述べている場合ではない事に、彼自身は全く気づいていない。
しかしそれでも美琴が『変な顔』をしている事には気づいたようで、

「わ、悪かったよ。勝手に食って……俺の分も一口食っていいから、そんな怒んなよ……」

と自分のケーキを美琴に差し出す。
美琴の気持ちに気づいていないくせに、美琴の気持ちを直撃する行動を取る辺り、
一級フラグ建築士の資格は伊達ではないと、感心せざるを得ない。
今度は美琴にやれと言うのだ。先程自分がやってみせた、間接的なキスっぽいモノを。

「いいいいや、わわ、私はいいわよっ!!!」

しかし美琴は、真っ赤なままの顔をブンブンと振る。
彼女の性格上、そんな事を自発的にできる訳が無いのである。

本人が思いっきり「いらない」と言うので、
上条は「あ、そう?」と差し出したケーキを戻そうとする。だがその時、

「あっ…」

と残念そうに声を出してしまった。瞬間、ハッとして口をつむぐが、時すでに遅し、だ。
上条はジト目で、こちらを見ている。
本当は食べたかった(上条の思っている理由とは少し違うが)事に、完全に気づいているようだ。

「……美琴、食いたいなら食っていいってば」
「~~~~~っ!」

再びケーキを差し出され、色々な種類の羞恥心で耳まで赤くなる美琴。思わず、手で顔を覆たくなる。
ここで断ると余計に気まずくなるので、美琴は『仕方なく』上条のケーキにフォークを刺す。
勿論、それは美琴が使っていたフォークだ。

「………あむ…」

フォークの先にあるその甘い塊を、恐る恐る口に運ぶ美琴。
口の中に広がるホロ苦さは、きっとショコラのせいだけでは無いだろう。
…さっきも同じような事を言ったような気もするが。

「どうよ?」

と軽く感想を求める上条に、美琴は、

「………おい…ひぃ…」

と蚊の鳴くような声で答えるしかなかった。もはや限界寸前である。
しかしそれでも上条は、無自覚な攻撃の手を緩めてはくれなかった。
上条は呆れたように美琴の口元を見つめながら、

「…美琴、口の横にクリームついてるぞ」

と一言。確かに口の端に違和感がある。これ以上、恥ずかしい姿を見られたくない美琴は、
急いで口を拭おうとして、ハンカチを取り出そうとした。
…のだが。

ぺろっ

「………? ……っっっっっっ!!!?」

上条が、美琴の口元についていたクリームを指で掬い、しかもそのまま舐めたのだ。
あまりの出来事に、美琴は声にも出せずに絶叫した。

世の中には3秒ルールという物がある。
床に落ちた食べ物でも、3秒以内に拾えばセーフ、という衛生面を一切考えない精神論だ。
それは日本が生んだ美徳、MOTTAINAI精神の表れなのだが、貧乏性の上条は、
この場面でとっさにそれを出してしまったらしい。
つまり上条は、美琴が口を拭おうとした瞬間、「あ、もったいね」と思ってしまったのだ。
だからつい、指で掬って舐めてしまったのだ。
仕方ないのだ。
しかし顔が真っ赤なまま口をパクパクさせる美琴に、
流石の上条も自分が何をしてしまったのかを理解する。

「…あっ!? ご、ごめん! 女の子相手に、今のは流石に軽率だったよな! ホントすまん!」

慌てて取り繕う上条だが、その言葉は美琴には届いていなかった。
何故なら―――



この日、美琴は有り得ないほどツイていた。
突然、上条から「付き合ってくれ」と言われ、恋人繋ぎで手を握られ、
本人無自覚な間接キスを何度もさせられ…
結果的に、彼女が漏らした「明日、死ぬかも知れない」という一言は、奇しくも当たる事となる。
ただし、それは『明日』ではなく『今日』だった。

「…あっ!? ご、ごめん! 女の子相手に、今のは流石に軽率だったよな! ホントすまん!」

慌てて取り繕う上条だが、その言葉は美琴には届いていなかった。
何故なら美琴は既に、死んで【ふにゃーして】いたから。

あふれ出しそうな漏電の滝を、
上条はもはや条件反射のように、慣れた手つきでゲンコロするのだった。










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