常盤台中学で唯一の少年
「いらっしゃい佐天さん。もの凄くガッチガチだけど大丈夫?」
「い! いいいいえ、あのその……キ、キンチョーしてまして……」
普段は、ある意味迷惑なくらいノリが良いくせに、
いざという時に腰が引けてしまう若干内弁慶な佐天は、「来客用」と書かれた腕章をつけ、
常盤台中学の校舎へと足を踏み入れた。
「ホ、ホントにあたしなんかが入っちゃって大丈夫ですかね!? 制服とか浮いてませんか!?」
「お、落ち着いてって! 大丈夫よ。今日は他にも、外部の人が何人かいるんだから」
確かに校内には、佐天の他にも常盤台以外の制服を着た者がチラホラいる。
それぞれ別の学校から来ているらしく、着ている制服はバラバラだが、
共通して皆、佐天と同じく「来客用」の腕章をつけている。
部外者である佐天達が、
学園都市の中でも5本の指に入る名門校を堂々と闊歩しているのには理由がある。
この度、『能力向上特別対策』なるレベル0の生徒用に救済措置企画が催された。
レベル0の生徒がレベル4以上の生徒と共に能力開発を行い、自分だけの現実を広げるのが目的だ。
だがレベル0は学園都市230万人の生徒の中でも6割を占め、
それに対してレベル4以上は極端に少ない。
なので企画参加が自由な事を差し引いても、かなり高い競争率に勝たねば参加すらできなかった。
しかも佐天のパートナーとなったのは、その中でも更に希望者が多かったレベル5の一人だ。
超がつく程のお嬢様学校である事と、相手が御坂美琴である事のダブル緊張要因で、
佐天は右手と右足、左手と左足を同時に出して歩く程にガチガチになっていた。
「そ、そんなに居心地悪いかな?」
「あ、ああいや、その…御坂さんがって訳じゃないんですけど、
やっぱり庶民にはこの空気はどうも……
それにしても、我ながらよく御坂さんと一緒になれたと思いますよ。
初春なんて『お嬢様学校に行けて羨ましい!』って悔しがってましたもん」
「あはは! 初春さん、レベル1だから参加できないもんね」
実は佐天のパートナーが美琴になったのは偶然ではない。
美琴の様にパートナーの希望が多かった場合、希望者の中から相手のレベル0を指名できるのだ。
希望者の写真ファイルを渡された時には、その多さからめまいさえした美琴だったが、
佐天の顔を見つけた時に即決した。
やはり知らない相手よりは、気心の知れた友人の方がいいに決まっている。
ちなみに希望者の中には男性もいたのだが、学舎の園は男子禁制なので当然却下だ。
いや、それ以前に男性と一緒に能力開発など受けたくは無い。
その相手が、『あの馬鹿』ならば話は別かも知れないが。
が、それはまず有り得ないだろう。
件の『あの馬鹿』は以前、何かしらの理由があったのだろうが、
学舎の園に忍び込み、えらい目に遭っている。
そもそも、仮に『あの馬鹿』も企画に参加していたとしても、
更に万が一、そのパートナーが何かの手違いで常盤台の生徒になっていたとしても、
入り口でまず間違いなく止めら―――
「なぁ食蜂…何だか皆さん、こちらを見ている様な気がするのですが……気のせいでせうか…?」
「ちょっと男子力が珍しいだけよぉ。
この学校には、大覇星祭と一端覧祭でしか男の人を見ない子もいるんだしぃ」
―――れるはずなのだが、何故か『あの馬鹿』こと上条が食蜂と腕を組んで、目の前を横切った。
瞬間、美琴は声を荒げた。
「ななななな何でアンタがここにいんのよっ!!!?」
言われて上条は、声のした方を振り向く。
上条が首を曲げた方向には目を丸くしている佐天と、
驚き7割 : 怒り2割 : 喜び1割 という、非常に複雑な表情をしている美琴がいた。
何で、と聞かれたので、上条はその理由を答える。
「あぁ俺、食蜂のパートナーだから」
「ぇええ!!? よりにもよって食蜂【コイツ】の……って、そうじゃなくてっ!!!
アア、アンタここがどこだか分かってんの!?」
何度も言うようだが、ここは男子禁制の学舎の園の中の常盤台中学だ。
周りは物珍しそうに上条を見ているだけだが、本来なら叩き出されるどころか死刑である。
周りの反応も上条がここにいる事も、どちらも異常な程に有り得ない。
すると食蜂が、くすくすと笑いながら、そのからくりのネタばらしをする。
「私の洗脳力があればぁ、
学校全体を『常盤台に男子生徒がいてもおかしくない』って思わせる事なんて簡単なんだゾ☆」
「なっ!!?」
つまり食蜂は、常盤台の全校生徒や教師陣、そして上条までも洗脳し、
上条が常盤台にいても異常だとは思わないように操作したのだ。
では何故か。…いや、そんな事は決まっている。
「だってぇ、上条さんと授業力を受けたかったんだもぉん♡」
にへー、と美琴が見たことも無い様な幸せそうな笑顔で、上条の腕にギュッとする食蜂。
反比例して、美琴はすんごくイライラする。
だが手っ取り早く『上条が食蜂の事を好きになる』という洗脳をしなかったのは、
彼女なりの良心の表れなのだろうか。
ちなみに佐天は美琴と一緒に登校してきた外部の人間なので、洗脳はされていない。
なので美琴と同様この状況に、頭に「???」が浮かび上がる様な状態であったが、
食蜂の一言によりピンとくる。
食蜂の記憶操作で大覇星祭の騒動の記憶は書き換えられているが、
その能力や性格については美琴から話を聞かされていた。
伊達にしょっちゅうファミレスで、女子会もどきを開いている訳ではないのだ。
「しょ…食蜂~………いつまでソイツと腕組んでんのよっ!!!」
「やっだぁ~! 御坂さん、怖~い! 女の嫉妬力は醜いゾ☆」
「だっ! だだだ、誰が嫉妬してるって!?
私はただ、ソイツが他の女と腕を組んでデレデレしてんのが気に食わないだけよっ!!!」
食蜂と佐天は心の中で、「それを嫉妬(力)って言うんじゃあ…」と思ったが、敢えて口には出さない。
「アンタもアンタで! いつまで胸の感触楽しんでんのよっ!
そんなにデカい乳が好きなんかドチクショウ!!!」
数種類の嫉妬が垣間見える美琴の言葉に、上条は「そう言われてもなぁ…」と困った顔をしながら、
組まれていない方の手…具体的には『右手』で頭をポリポリとかく。
その瞬間、小さく「パリン」と何かを破壊する様な音がして、食蜂は「あっ…」と呟く。
ご存知の通り、幻想殺しだ。
上条が右手で自分の頭に触れた事で、食蜂の能力を打ち消した。つまり洗脳が解けたのである。
「常盤台に男性がいてもおかしくない」という意識が消えた事で、
上条は急激に、この場にいる事に違和感を覚える。
「ちょおおおおおっ!!! こ、ここ、この空気、何か身に覚えがあるんですけど!?」
女子校…しかもお嬢様学校独特の雰囲気に、急激に焦りを見せる上条。
以前、土御門に騙されて枝垂桜学園の更衣室に送り込まれた事件は、上条にとってトラウマである。
その様子に、幻想殺しの事は知らないが何故か洗脳が解けたであろう事を察知した佐天は、
唐突にこんな事を言い始めた。
「あー、そう言えばあたし、食蜂さんのパートナーだったっけー!
だからきっと上条さんは、御坂さんのパートナーなんですよ絶対!」
「さ、佐天さん!!?」
「ちょ、ちょっとあなた何、勝手力の高い事言ってる訳ぇ!? 私のパートナーは上条さもががっ!!?」
そして食蜂の口を塞ぐ佐天である。
食蜂は能力こそ凄まじいが、本人の体力や運動能力自体は平均以下だ。美琴曰く、運痴である。
逆に佐天は能力こそレベル0であるが、鉄バットで大立ち回りする程に元気(?)がある。
食蜂は、あっさりと佐天に羽交い絞めされた。上条と二人っきりになりたいからと、
いつもは周りに置いている取り巻き達を外してしまった事が、裏目に出た様だ。
「えっ…俺が美琴のパートナー? そ、そうだったっけ…?
って、いやそうじゃなくてっ! そ、そもそもこんな所にいたら、また袋叩きに遭うんじゃ!?」
「大丈夫ですって! 上条さんもあたしと同じように、『来客用』の腕章つけてるじゃないですか!」
「い、いやでも……」
「じゃっ! そういう訳で、あたしは食蜂さんと開発受けてくるんで、
上条さんも御坂さんと二人でヨロシクやっててください♪」
「ちょおおおおおおっ!!! さ、佐天さああああああん!!!」
あまりの急転直下な展開に、どうしていいか分からなくなる美琴。
だが食蜂も黙ってはいない。
何とかバッグからリモコンを取り出し、再び上条と、邪魔な佐天にも洗脳を施そうとする。
しかしそれを目ざとく見つけた佐天は、食蜂が取り出したリモコンを、彼女がボタンを押す前に、
「取ったどー!」と言わんばかりにブン盗り、そのまま窓の外に、
「おおーっと手が滑ったぁーっ!!!」
と言いながら豪快に投げ捨てた。下には水泳部用のプールがあり、
リモコンはそのままポチャンと音を立てて沈んでいく。リモコンを捨てられた瞬間、
食蜂は「んみぎゃーっ!?」と叫んだが、それでリモコンが元に戻る訳ではない。
そしてそのまま、佐天にずるずると引きずられて、能力開発の教室に行ってしまった。
佐天はその場から立ち去る前に、わざとらしくウインクして、美琴に何かしらの合図を送ったが、
その意味を受け取った所でどうしろと言うのか。
「え、えっと……何かよく分かんないんだけど……とりあえずこれからどうしましょうかね…?」
という上条の問いかけに、
「そんなの! こっちが聞きたいわよっ!」
と若干、半ギレで返す美琴であった。
「ふ~ん…そんな事になってたのか……」
「た、多分…ね…」
上条は美琴から、何故自分がここにいて、今どんな状況なのかを聞いていた。
とは言っても、元々上条と一緒に開発の授業を受けようと画策していたのは食蜂なので、
美琴もあくまでも推測だが、その内容はおそらく、間違いないだろう。
「けど、食蜂は何でそこまでして俺と授業を受けたかったんだ? それに佐天の行動も謎だよな。
わざわざあんな事までして、俺のパートナーを食蜂から美琴に変える必要ってあるのか?」
「そそそそそれに関してはっ! わ、わわ、私も全然意味ワカンナイナー!!!」
本当は上条の疑問を解決できる答えを美琴は握っているが、言える訳が無い。
「と、ととと、とにかくよ! こ……こう…なったら仕方ないし………
わわわわ私とアンタが一緒に授業受けるしきゃにゃいんりゃひゃいかひらっ!!!?」
途中から言ってて自分の言葉にふにゃりかける美琴。
こんなチャンス滅多に無いから舞い上がっているらしい。
だが美琴の気持ちにこれっぽっちも気づいていない上条は、それをあっさりとそげぶする。
「ちょっとどっかでサボってかねえ?
どうせ俺、幻想殺し【これ】がある限り能力なんて発現しないんだし
本当はすぐにでも常盤台【ここ】から出たい所だけど、ほとぼり冷めるまで無理そうだしな」
「一緒に授業を受ける」、という美琴の夢は、あっさり砕け散った。
―――と、思っていたのだが。
「保健室とか開いてるかな? ちょうど目の前にあったし」
「アンタねぇ保健室って………………………」
がっくりと肩を落としながら上条の発案を否定しようとした美琴だったが、
今のこの状況を冷静に考察してみると、とんでもない答えが導き出される。
一つ。今現在、上条と美琴は二人っきりだ。
一つ。上条から、『保健室に行こう』とのお誘い。
一つ。それも、ほとぼりが冷めるまで、との事だ。
一つ。もうすぐ授業が始まるので、しばらくは邪魔が入らないだろう。
一つ。偶然なのか必然なのか、今日は保険の先生は出張で、学校にいない。
以上の五つを考えると、ベッドのある部屋で上条と長時間一緒にいる事になる。
そして更に、だ。保健室と言えば、体育倉庫と対を成す、
『二大、マンガとかでよくある学校の中でもやらしいイベントが起きやすい場所』である。
そこに気づいた美琴は思わず、
「ほ、保健室で二人っきりいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!?」
と叫んだが、上条は構わず目の前にあった保健室のドアを勝手に開けるのであった。
「………俺の知ってる保健室と違う…」
ドアを開け、上条の目の前に広がったのは、
とても学校の設備施設とは思えない程の豪華な部屋だった。
ふかふかのベッドにシャンデリア。正に一般人が思い描くお金持ちの部屋、といった感じだ。
保健室と言うよりは病院の個室…いや、高級マンションの寝室といった趣である。
流石は常盤台、といった所か。
「すげーな…ベッドとかこんなにふかふかで……って、どうした美琴?
突っ立ってないで、ここ座れば?」
「ふぁひっ!!?」
ベッドに腰掛けながら、美琴にも隣に座る様に促す上条に、美琴はもうドキドキである。
このシチュエーションはもう、この後の展開が『それ』しか想像できない。
まぁ上条の性格と、ここが学校の中であるという事実から、
想像している様な『それ』が99.99%起きない事は、美琴も分かってはいるのだが、
しかしそれでも、残りの0.01%の可能性が美琴の顔を沸騰させる。
(どどどどどうしよう!!! こんな展開になるなんて思ってなかったし、心の準備が……!
てか何で今日よりにもよって変な下着つけて来ちゃったのよ私はああああああっ!!!!!)
そんな事を思っているとは露知らず、上条は頭に疑問符を浮かべて、
「……座んねーの? もしかして『女の子の日』で立ってる方が楽とかぎゃぶらっ!!!」
と暢気に本気なのか冗談なのか分からない事をのたまいやがったので、
思いっきりグーパンした。しかも顔に。
上条は殴られた左頬をさすりながら、たった今起きた傷害事件について直訴する。
「ちょ、何すんのさミコっちゃん!」
「ううう、うっさい!!! 人が悩んでる時に、デリカシーの無い事言うからでしょ!?」
「なに、何か悩んでる事があったの?」
「っ!!! ア、アアア、アン、アンタには関係無いわよっ!!!」
言える訳が無い。
「上条とベッドインするかも知れないから勝負下着をつけてくれば良かった」、と悩んでいた事など。
「ふーん…? まぁいいや。
とりあえず能力開発の時間が終わるまではここで寝てる【サボってる】から、後で起こしてくれ」
現在、授業が始まり生徒達も教室に入っているので、
上条が常盤台から抜け出すには絶好の機会に思えるが、
監視カメラやその他のセキュリティは絶賛作動中なので、やはり上条一人では難しい。
それらのセキュリティは美琴がいれば何とかなるだろうが、問題は人間だ。
巡回している警備員(勿論、女性)もいる事だし、万が一にも誰かに見つかる可能性がある。
むしろ不幸体質の上条は、見つかると想定していた方が良いだろう。
以上の事を考えると、やはり登校してきた時と同様、下校する時にも食蜂の力は必要なのだ。
しかし、そういう意味で「ここで寝てる」、「後で起こしてくれ」と上条は言ったのだが、
テンパり全開の美琴はそれを、
(それってっ!!! それってつまり私にも一緒に寝ろって事おおおおおおおお!!!?)
と盛大に勘違いした。
だがここで焦ってはいけない。急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。
いつもここで暴走し、上条に「…何やってんの?」とツッコまれるのがパターンだ。
美琴は冷静に、上条が本当に一緒のベッドで寝て欲しいのかどうかの確認を取る。
「そ、そそ、それ、それってもも、もしかして、わわわ、私にもここにいろってこっ事かしら!!?」
半信半疑の質問だったが、上条はあっさりと、
「あー…俺はその方が嬉しいけど……でも、美琴はいいのか?」
と即答。しかも「その方が嬉しい」ときたもんだ。
美琴は頭の中が、大覇星祭と一端覧祭が同時に開催されたかの様な、お祭り騒ぎと化していた。
だが実は、上条は美琴の期待(?)している様な意味でそう答えたのではない。
上条の考えはこうだった。
(ここにって事は…美琴も保健室に?
まぁ確かに、俺が美琴のパートナーである以上、美琴だけ授業に出るのも不自然か……
それに必然的に、俺がサボってるのもバレちまうか。
って事は俺の為に…? う~ん…気ぃ使わせちまったかな……
俺のワガママで美琴までサボらせんのも悪いし、聞いておくか)
という訳だった。
「その方が嬉しい」と言うのはサボってることがバレないという意味で、
「美琴はいいのか?」と聞いたのは「一緒にサボっても本当にいいのか?」という意味だ。
やはり上条は上条である。
しかし言葉通りの意味に捉えてしまった美琴は、
「…アン……タが…そうして……ほ…ほしいんなら………わ、わた…しはいいけ…ど………」
とボソボソと呟く。
「そっか。悪いな」
「む…むしろ…………私も…う、嬉しいって言うか……その…」
美琴が自分の指と指をつんつんしながら言うその言葉に、上条は、
(美琴も嬉しい…? あっ、美琴もサボりたかったって事か。
言われてみりゃそうだよな。もうレベル5なんだし、開発の授業とか今更だもんな)
と勝手な解釈で納得する。やはり上条は上条である(2回目)。
「じゃあ俺ちょっと寝てるから、美琴も好きな所【ベッド】に……………へ?」
「しっ! ししし、失礼しまふっ!!! お、おおおお、おて、お手柔らかにっ(?)!!!」
上条がベッドに入り、美琴にも好きな場所でゆっくりにと促した所で、
美琴は何故か、上条と同じベッドに潜り込んできた。
美琴からすれば『合意の上』だが、上条からすれば「どういうことなの…」である。
「ちょ、み、美琴さんっ!!? こっこれは一体何のおつもりなのでせう!?
こ、こ、こういう冗談はアレですよ!? 上条さん、よくないと思おおおおおおおっ!!?」
「でっででで、でも! してあげるのは添い寝までだからっ!!!
そ、そそ、それ、それ以上は流石に早すぎるからあああああっ!!!」
もはや二人ともテンパりすぎて、お互いに自分の意見を一方的に言い合うだけで、
言葉のキャッチボールが出来ていない。
ちなみに、常盤台のベッドとはいえ一人用に設計されているので、
二人で横になると流石に少し狭く、密着状態になっている。上条が焦ったのもその為だ。
お互いに心臓バクバクになる上条と美琴。
しかし、不幸体質の上条にこんな幸せな時間が長く訪れる訳もなく、
「失礼いたしますわっ!!!」
と急に保健室のドアが開く。美琴は慌てて、
「にゃわわわわわあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
と奇声を発しながら、上条を掛け布団で覆い隠す。
そして自分の上半身だけ起こし、突然の乱入者の顔を見る。
「どっ! どど、ど、どうしたの婚后さんっ!!?」
「あ、あら? 御坂さんこそどうして保健室へ…? っと、そうでしたわ!」
美琴がいる事で一瞬キョトンとした婚后だったが、ここに来た理由を思い出し、我に返る。
「この御方…っを! お連れしたのですわ!」
婚后がおぶってきたのは、ふわふわした金髪をした少女だった。少女は目を回しながら、
「にゃあ………大体疲れたぁ……」
とうわ言を言っている。
「こ、この方はわたくしと能力向上特別対策をお受けになったパートナーなのですが、
能力開発の授業中にお倒れになりまして……」
「保健室【ここ】に運んだって訳ね?
見た所10歳ぐらいみたいだし、常盤台の授業は難しすぎたのかな」
「こっ! この子は大丈夫なのでしょうかっ!!!」
「安心して婚后さん。ちょっと気絶してるだけみたいだから、
ベッドで寝てればすぐに良くなああああああああんん!!!?」
「安心して」、と言われても全く安心できないような雄叫びを上げる美琴。
「どどどどういたしまいたのっ!!?
や、やはり今すぐにでも病院にお電話した方が良いのでしょうか!!?」
「だだ、大丈夫大丈夫っ! そこで寝かせてあげぉうみゃあああああ!!!?」
むしろ金髪の少女よりも、美琴の方が心配になってくる。
さて、美琴の様子がおかしいのには勿論、理由がある。
掛け布団の下…婚后からは見えない場所で、今現在、美琴の下半身には異常事態が発生していた。
ご存知の通り、その原因は上条だ。
布団から顔を出してはいないが、美琴の様子と外から聞こえてくる会話で、
上条も状況を把握しているが、この狭く息苦しい空間で全く動かずにじっとしている事は出来ず、
上条はモゾモゾと動きながら楽な体勢を探っている。
おかげ美琴の生足に、そのツンツンした髪がチクチク刺してくるわ、生暖かい息が当たるわで、
美琴は変な声を出していたのだ。
「ほ…本当に大丈夫ですか…?」
「だっ! だい、じょ……くひゅっ!? ぶっ…! わ、私は平気ぁひっ…! だから、
早くその子おおお!!? …その子を寝かしつけてあぎゃんっ!!!」
「は…はぁ……」
美琴にそう言われたので、素直に金髪の少女を隣のベッドに寝かしつける婚后。
しかし美琴の様子がおかしいのは明らかなので、彼女をよく観察してみる。
すると美琴のベッドの足の方だけ布団がこんもりと盛り上がっている事が分かる。
しかも何だかモゾモゾ動いている。
不思議に思った婚后は、掛け布団に手をかけ、中の様子を見てみる。すると…
「あ」
と声を出したツンツン頭の殿方と目が合った。
婚后とてレベル4の能力者だ。演算能力は美琴ほどでは無いが、この状況が理解できない訳がない。
誰もいなかった保健室、ベッドの中に隠れながらモゾモゾと動く殿方、喘ぎ声を出す御坂さん…
それらの状況を分析すれば、導き出される答えは一つだけだ。
婚后は真っ赤になった顔を扇子で覆いながら一言。
「わわわわわたくし! お、おおおお、おじゃ、お邪魔でしたわね!!!」
その一言に、美琴は顔を青くしていいやら赤くしていいやら。
「ちょ、婚后さん!!? 違うから! 今あなたが考えてる様な事じゃないからっ!!!」
「なな、なに、何も仰らなくても分かっております!!!
こっ、こ、この事は誰にも言いませんので!!!」
「分かってないから! その反応は何も分かってないからあああああ!!!」
「そっそれ、それではわたくしはこれで失礼いたしますので、
ど…どうかその…ご……ごゆるりと『お楽しみ』をっ!!!!!」
「婚后さああああああん!!! お願い私の話を聞いてええええええ!!!!!」
美琴の説明を聞かずに、婚后はその場から脱兎の如く走り出した。
ちなみにこの後、婚后は湾内と泡浮の二人に、
「いいいいい今保健室では御坂さんと知らない殿方が秘め事をなさっているなんて
そんな事はありませんけれどもそれとは全く関係なく保健室は立ち入り禁止ですわよ!!!!!」
と話し、美琴に約束した通り『美琴が保健室で何をしていたかは誰にも言わなかった』が、
『何故か』噂は学校中に、流星の如き速さで駆け巡った。
食蜂の洗脳で「常盤台に男子がいてもおかしくない」とは理解していても、
「保健室でフガフガしてもいい」という意識は無い。
よって今から数十分後、
上条は美琴のファン(特にいつものツインテール)から追い掛け回される羽目になる。
「お姉様に手を出したクソ野郎」というレッテルを貼られながら、今日も上条は不幸な目に遭うのだった。