とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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上条当麻死亡説



 残暑厳しいこの季節、ほとんどの人は外を何となく歩いていたいとは思わないが、美琴はあてもなく街を歩いていた。
 別に行きたい所がないわけではない。ファンシーなショップでゲコ太を漁りたい。大漁旗かかげて帰りたい。しかし何となく行く気
になれない。
 何故なら、美琴は無意識に『あるもの』を探していたからだ。それは、ファンシーワールドにはまずない。道とか、激安スーパーと
か、あるいはとある公園にある、老朽化でバネが緩んだ、お金を呑み込んだりキックがお金がわりになる自販機などでよく見かける。
 ズバリ、あのツンツン頭である。 言っても認めようとしないだろうが。まだ恋心は芽吹いたばかりなのである。
 そんな時、美琴の携帯が鳴った。ルームメイトの大事な後輩、もとい変態の名前が表示されている。
美琴「黒子…か。ってなにがっかりしてるの私!?違う、違うわよまさか『アイツからだったらいいのに』とか考えてない!!」
 道行く人がジロジロ見ているが、恋する乙女はそんなもの気付かないのだ。恋は盲目である。
美琴「お、落ちつけ私…(ピッ)く、黒子~?どうしたの~?」 声が裏返ってしまっている。
黒子「おね、お、お姉様…じ、事件ですの、大事件ですの!」
美琴「どうしたの?まさか変なのに追われてるとか…?アンタ大丈夫!?」
黒子「ち、違いますの…私、は、大丈夫ですの」
美琴「そう…ならいいわ。で、事件って?」
黒子「お姉様、心して、驚かないで、落ちついて、冷静に、聞いて、ほしいのですが」
美琴「何?また無差別テロとか?今更それくらいじゃ驚かないわよ」
黒子「ち、違いますの、そんな小さなつまらない事では!」
美琴「小さいってアンタ…じゃあ何なのよ?早く言いなさい」
 無差別テロを「小さなつまらない」と言い切るほどの事件とは何だろう?まさかレベル6シフト計画を見つけたのだろうか、と思っ
たが、そんな機密事項をただのジャッジメントである黒子が知りうるはずがない。
 だが、黒子が叫んだ言葉は、確かにテロを『つまらない』と言い切らせる程度の破壊力があった。いや、美琴にとっては
『明日地球が滅亡する』という知らせですら『くだらない事』となる程であった。
 地球の滅亡よりありえないと思っていたこと。分かってはいたのに、心のどこかで「ありえない」と思っていたこと。

黒子「上条、当麻が…… 死亡しましたの」

 レベル5の自分を相手にして、負けたフリをするほど余裕があった。自らの雷に撃たれても、立ち上がった。
 妹達を助けるために、右手一本で第1位を倒してくれた。ボロボロになりながら、それでも勝った。
 風呂帰りに出会った時の、病院から抜け出してきて電極をつけたままのボロボロの状態でも、生きて帰ってきた。
 色々なことに巻きこまれて、いつ見てもボロボロで、不幸だーが口癖でも、死ぬことはなかった。
 記憶喪失になるまで戦っても、それでもまだ生きていた。
 無意識の内に自分の中で『絶対』の基準になっていた。
 そんな上条当麻が、死ぬはずがない。
 でも、死んだ。自分の知らないところで。無意識下の『絶対』が、ポッキリと折れた。『絶対』の正体が何かを理解する前に。
 いや、『絶対』の正体が何か、その片鱗だけは理解できたのに。
 思考が完全に停止してしまった美琴が唯一覚えていたのは、病院の名前だけ。あのカエル医者のいる所だ。
 茫然を通り越し、ドッキリだろうと思ってしまう境地すら通り越し、美琴は『無』となっていた。

 病院に着いて、泣き叫ぶシスターや凄い顔をしているアロハ男、理解不能、これは幻、とミサカは…と自分と同じ顔、格好で震える
妹、私はまだ借りを返していない…とつぶやく日本刀を持った女性、崩れ落ちる巫女、その他大勢でごった返す死体安置所。
 そしてその向こうに見える、左肩から右脇腹にかけて切断され、衣服が真赤に染まったまま静かに眠る上条当麻。


 どうやって自分の部屋まで帰ったか覚えていないが、黒子と一緒であったことだけは分かる。道中で詳細を聞いたからだ。
 少女を助けようとスキルアウトに向かっていったこと。2人だけだったためすぐに終わったこと。少女を逃がしたこと。
 影から3人目が飛び出してきたこと。狙いは少女だったこと。そこに割って入り、そして斬られたこと。少女は助かったが、当麻は
即死だったこと。
美琴「…あっけないわね、アイツ。そんなつまらないことで死んじゃうなんて」
 漆黒の闇に包まれた部屋で、1人つぶやく美琴。ジャッジメントの仕事がある、といって黒子は出て行ったが、おそらく1人にする
ため気をきかせてくれたのだろう。いや、もしかしたら黒子自身も1人になりたかったのかもしれない。
美琴「いっつも不幸不幸って言ってたっけ。…ここまで不幸になっちゃうなんて、もはや才能なんじゃない?」
 その場にいない、大事な人に向かって皮肉を投げつけてみるが、返事が返ってくることはない。永遠に。
美琴「……どうしてかな…涙が出ないの。泣きたいはずなのに、泣けないの。ううん、泣きたくないのかも」
 泣いたら、死を認めてしまうようで。パーソナルリアリティの中の『絶対』が失われたことを認めてしまうようで。
 理性は上条当麻の死を認識していた。同時に理性は泣かせないようにすることで、死を認めようとしていなかった。
 ベッドの上の御坂美琴はきっと今夜は眠れないだろうと思ったが、理性が考えることを放棄したからか、すぐに眠ってしまった。
 そして、夢を見た。

 その夢の中では、自分が死んでいた。
 夢の中の自分は、なんだかよく分からない魔術師という奴と戦っていて、そして当麻を守って死んだ。
 死ぬ間際に自分の想いを告げ、そして死んだ。
 そして彼は自分を背負って、歩きだした。「綺麗だな…」彼は言う。
 「俺さ、やっと気づいたんだ。お前が…御坂美琴が、好きだって」
 「もっと早く…気がついておけばよかった。…こんなことって…ねえよっ…」
 夢の中の彼は、自分のことを好きだと言った。愛していると言った。とても、嬉しかった。初めて能力が発現した時よりも。
美琴(そっか…)
 夢の中で、美琴は理解した。自分の『絶対』の正体を。
美琴(私は、当麻が好き。大好き。一緒にいたい。デートしたい。普通の女の子みたいに。上条当麻に恋する中学生みたいに)
 夢の中だからか、素直な感情があふれ出す。普段抑え込んでいた反動か、それはとどまるところを知らない。
 だが、それは遅すぎた。あまりにも遅すぎた。上条当麻が死んでしまってからでは意味がなかった。
 せめてこの世界ででも想いを、と思ったが、それも無理だった。この世界での自分は死んでしまっているし、自分はその物語に干渉
することはできない。自分は今、彼と自分の躯を宙に浮いた状態で上から見下ろしているのだから。
美琴(結局、遅かったってわけか。私も、アンタも。哀れね)
 せっかく気持ちに気付いたのに。こんなことって、ない。
 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおと彼が慟哭し、美琴はそれに押し出されるように、世界からはじき出された。
 上も下も分からない空間でふわふわと漂いながら、美琴はぼんやりと思った。
美琴(私…レベル5なのにな。頑張って頑張って、ここまで来たのに。でも駄目だった。私の力って何なのかな。意味、ないのかな)
 妹達を1万人以上、死なせてしまった。大切な人がボロボロになっているのに、助けられなかった。
 大切な人一人、守れなかった。
 自分だけの現実の中の『絶対』を失った少女は、ようやく上条当麻の死を自覚した。
 そして美琴は、夢から醒めた。
 そして美琴は、夢から覚めた。

 少し肌寒いと感じる温度の部屋で、美琴は起きた。どうやら暖房を入れずに寝てしまったらしい。
美琴(あれ、黒子がいる。夜中に戻ってきたのかな)
 夜遅く、寝る所もなかったのだろう。悪いことしちゃったかな。おねえさま~んと夢の中で悶える黒子を見ながら美琴は思った。
 ゆるゆると体を起こすと、制服のままだった。そのまま寝たのだから当たり前だ。シワシワになっちゃうかな、とも思ったが、すぐ
にそんなのどうでもいいと思った。上条当麻がこの世界にいないから。それほどに、当麻は『絶対』だった。
 何となく携帯に手を伸ばして、メールも電話もないことを確認したところで、美琴は気付いた。
 今私が確認したのは、当麻からの連絡があるかないかだった。
美琴「…ははっ。もう死んじゃったのに。意味ないって分かってるのにな…」
 乾いた笑いがむなしく部屋に響く。アドレス帳を開きか行を探し、上条当麻を見つけた。メニューから、目当ての機能を選択する。
  【『上条当麻』を削除しますか?】
 自分の大切な人は、もう戻らない。自分に話しかけてくることもない。笑ってくれることもないし、電撃を受け止めることもない。
 だから忘れようと思った。きっとこれからもこれを見るたびに苦しむことになる。それなら、いっそ消去してしまった方がいい。
 決定キーの上にある親指に力が入り、そして決定キーは押され、小さな機械は指示通りに処理を実行した。
 いいえ、の処理を。
美琴「できるわけ…ないじゃない…!あんだけ電撃食らわせて、妹達助けてもらって、恋人偽装して、守るとか言われて、いっぱい
   喋って、いっぱい笑っていっぱい怒って、いっぱい思い出あって、いっぱいいっぱい好きなのに!!」
 それでも、美琴の目からは塩辛い水は流れてこない。それが、美琴は悲しかった。
 今日、携帯を買い替えよう。この携帯は、思い出として取っておこう。確かに上条当麻はこの世に生きていて、上条当麻に恋をした
御坂美琴という人物がいたことを、この世界に残しておこう。
 そして、新しい携帯には上条当麻のデータを移さないようにしよう。きっと、アイツなら『俺なんか忘れて前を向いて生きろ』と言
いそうな気がしたから。
美琴「そうだ。最新の送信履歴をアイツにしよう」
 もしかしたら、天国のアイツに届くかもしれない。いやアイツの不幸指数から考えると地獄かも、ととりとめもなく考えながら、美
琴はメールを打ち始めた。
美琴「…でも、誰かが見るかもしれないし…」
 結局、無難なバイバイメールとなった。まずは1通目。次は2通目だ。美琴たちの会社では、2種類のメールが使えるのだ。
 2通目は少しだけ本音を込めた。『アンタと一緒にいられて幸せだった。ありがとう』これだけだったが。
美琴「あとは…」
 電話。震える手で、当麻の番号を探し、何度か深呼吸してから決定キーを押した。
 これが、最後。上条当麻との繋がりを持つ、最後の機会だ。向こうが出ることはない。それでも、美琴にとっては大事な最後だった。
 プルルルル、と音がして、そしておそらくこの後『ただ今電話に出ることができません。ピーッと―』とお決まりの言葉が流れるだ
ろう。
 プツッと、着信待ち状態が解除された小さな音がして、そしてスピーカーから、

上条「もしもーし。御坂センセーさっきからなんですかー」

 上条当麻の声が、聞こえた。

美琴「…え、ちょ、え?待って、何で?何でアンタが出るの?」
上条「何でってこれは上条さんの電話ですからわたくしめが出るのは当たり前ですよ御坂さん」
 さっきから2通も意味わかんねぇメールしてきたと思ったら電話かよ、と電話の向こうから聞こえてくるが、美琴には聞こえていない。
美琴「何でアンタが生きてるの?」
上条「はぁ!?何ですかその『上条当麻死亡説』は!?どっからの情報だ!?」
美琴「…じゃあ、さっきのは…夢、なの?」
上条「…御坂、悪いことは言わん。寝ろ。もう一度寝ろ。それか病院へ行け。きっと疲れてるんだきっとそうだ休めば良くなるさ」
 夢。
 あの悲劇は、夢。
美琴「よかった…ほんとによかった…当麻、生きててよかったぁ…!!」
上条「と…っておい、どうした!?何でいきなり泣き出すんだお前はー!!」
 夢の中ではピクリとも反応しなかった涙腺が、今はその機能を思う存分果たしている。
 子供のように美琴は泣きじゃくった。当麻、生きてて良かった、と何度も繰り返しながら、しゃくりあげて泣いた。
 それに驚いて起きた黒子が「あの類人猿ですのね!?おのれええええええぇえぇぇぇぇぇぇ」と光速で身支度を整え、少し後に電話
から「わ、黒子!?ちょ、待て!話せばわかるああああああああああ!!不幸だー!!」という声が聞こえて、数度の爆発音の後に切れた。

 その後もしばらく泣いていた美琴だったが、寮監が巡回に来て「…まぁ、朝食には遅れないように」と言われてからようやく泣きやんだ。
美琴「よかった、私も泣けるんだ…冷血人間なのかと思っちゃった。うわー、袖が、服が、スカートが、ベッドが…」
 涙でグシャグシャになってしまったが、そんなのどうでもいいと思った。上条当麻がこの世界にいるから。
美琴「さあって、と…目標が2つできちゃったわね」
 美琴は身支度を始めた。とりあえず着ているものを全て脱ぎ、制服はハンガーにかけ、その他は洗濯機に放り込む。
美琴「1つ。アイツの力になれるようにもっと強くなる。能力だけじゃない、心も頭も体も、全部」
 まっさらな下着を身につけ、もう1着の制服を着る。軽く髪を梳かし、ヘアピンをつける。
美琴「1つ。手遅れにならないように、ううん、手遅れにしないために、素直になる。アイツに正面からぶつかっていく」
 そして短パンをはく。箱から何枚かコインを取り出し、ポケットにねじ込む。鏡で全身をチェックし、変なところがないか確認する。
美琴「よし。やることはいっぱいある。時間はあるか分からない。もしかしたらあと1日かもしれないし、数十年かもしれない」
 そこには、学園都市の超電磁砲が立っていた。
美琴「待ってなさい上条当麻、絶対負けないんだから!」
 『絶対』を取り戻し、揺るぎなく立つ御坂美琴がいた。その『絶対』をより強固なものにし、二度と失わないために、立ち上がった。

 2時間後、素直になれなかった美琴のビリビリが上条に炸裂したりするのだが、それはまた別のお話である。


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