美琴 5
「ゥ……ぁ……生き…てる……?」
おそらく『彼女』は見逃してくれたわけではないだろう。
美琴が意識を失ったことで、敵として見られなくなっただけだ。もしあのまま意識を失わなければ、そのまま美琴は殺されていただろう。
美琴は首を横に動かす。
ガラスの割れた窓の外はまだ空の色は変わっておらず、警備員だと思われる騒がしい音が聞こえてくる。
(てことは、長くても数分、てとこかしらね)
体中が痛む。
立ち上がってから右の上腕に違和感を感じて、痛みに気付く。
見るとガラスの破片が1つ刺さっており、引き抜くと血がダラリと零れた。
「たくっ、散々たる結果ね」
この様子では、目的の部屋はもう目も当てられない状態だろうと美琴は推測する。
目的は果たせず、自身も死にかけて。おまけに武装しているであろう警備員は突入間近。
この惨状でボロボロの彼女が1人倒れてれば、保護され、行方不明の件も明らかになる。
そうなる前に、彼女は痛みに耐えながら、階段を上にあがる。そして残った力で能力を使い、隣のビルまで飛び移った。誰が来るかもわからないので、人目の付かない所に隠れ込み、腰を落ち着ける。
これ以上、動く気にはなれなかった。
それは、体中が傷だらけになり、痛みが我慢できないからではない。
それは、戦闘による疲労や、死にかけた事への恐怖。生きている事への安堵からでもない。
(…………また、助けれなかった)
『あの子達』を救えなかった後悔の念。それが美琴を襲うだ。
これでどれだけ、彼女達が犠牲になってしまったのだろうか。
どうせ、あのまま放っておけばどの道死ぬだけだったと、そう言い訳できれば楽なのかもしれない。
だが、それでも。あの日、あの時、自分が彼女に言った言葉を美琴は忘れない。
(そうよ、あの時、間違いなく)
あの光景を、彼女の最後の姿は、今でも鮮明に思い出す。
(感情のままに能力を使って、あの子を殺したのは、この私)
そして、その度に吐き気を催すほどの罪悪感に駆られる。
(……一度、戻ろう)
上条が帰って来る時間は3時頃らしい。空を見上げて、飛行船を見ると時刻が表示されていた。その時間は13時11分。人目を避けて遠回りしても、十分に上条の寮までは戻れる。
息を整えて能力が使えるか確しかめて、下を覗き路地裏に誰もいない事を確認してから、美琴はビルから飛び降りた。
上条自身の頑張りと小萌先生の優しさもあってか、補習は午前中で終わっていた。
けれども現在時刻が3時を過ぎているのは、彼が寄り道をしていたからである。
(ビリビリのやつ。喜んでくれるかな)
手に持った紙袋の中身を思い出しながら彼は思う。
彼が寄っていた場所は、服屋。普段行くような場所でなく。セブンスミストという明らかに女の子向けの服が取り揃えられている店だ。
さすが毎日制服は窮屈であろうと思った上条は、適当な服を買ったらすぐに帰宅しようと考えていたのだが、1度も女性に服を買った事もなく、どれが一番彼女に似合うのだろうかと考えに考えてしまい二時間。
最終的に店員に声をかけて、美琴の特徴を簡単に言うと、店員はいくつか候補を持ってきてくれたのでその中の1つを選んで購入した。
値段は少々掛ったが、わざわざ選んでくれた店員に悪いのと、この服を着た美琴の姿を想像すると財布の中身が多少軽くなっても価値はあるだろうと上条は考える。
(それにしてもあの店員……別にビリビリは彼女でもなんでもないっての)
『彼女さん。喜ぶといいですね』
店員は、上条が店を出るときにそう言った。
男性が女性に服を買っていくのだ。そう思われてもしかたがない。上条だってそう思う。
(まあ確かにあいつはビリビリしてくるけど素直になれば可愛いしそりゃあ彼女になってくれるなら……って、何考えてるんだ俺はー!!)
ブンブン!!と頭を振りまわす上条。
危うく考えすぎて思考の海に沈むところだったが、そこから抜け出せた理由はただ1つ。考える事がもう1つできたからだ。
(ビリビリ?)
だが、おかしい事が2つある。
1つは、彼女が着ていたのは常盤台中学の制服のはずだ。それにあちこち煤の様なもので汚れている。
もう1つは、彼女が人目を避けるようにしていることだ。
「あいつ、どこに行くつもりだ?」
気になったのだ。彼女がどこへ向かうのか。
美琴に気付かれないように出来る限り距離を離しながら後を追う。
美琴が入ったのはビルとビルの間。上条も付いていくと、美琴は立ち止まっていた。
「ビリビリ?」
昨日と同じような状況だった。
だが、上条に気付き、振り返った彼女の目は、どこまでも何かに脅えていた。
「みさっ!!」
ドッ!!と、爆発するような音がした。
粉塵が舞い上がり、視界が奪われる。
「おいビリビリ!これは……」
粉塵は地面に落ち、視界が晴れたとき、彼女はどこかへと消えていた。