もうあの頃に戻りたいなんて言わないよ絶対
現在季節は八月の半ば、所謂お盆休みである。
上条当麻とその妻である美琴は、押入れから秋物の服を引っ張り出しつつ、
ついでに部屋の掃除もしている。衣替えには少々早いが、どうせすぐに秋になるし、
面倒な事は連休中にやってしまおうと話し合いが為されたのだ。
幸い、一人娘の麻琴(14)は今、友達とプールに出かけている。ドタバタするには絶好の機会だ。
そんな訳でこの夫婦は、押入れやタンスやクローゼット、果ては物置まで引っ掻き回し、
年末の大掃除並みにてんやわんやな状態となっていた。
だが逆に言えば、それだけ真剣に掃除と衣替えの準備をしている訳で―――
「お~! 何か昔のアルバム出てきたぞ!
これって美琴が、俺の高校に入学してきた時の写真だよな!?」
「うわっ、ホントだ! やだ、懐かしいけど恥ずかしい~!
あっ! 見て見て、こっちには初代のゲコ太携帯があったわよ!?」
「あぁ! 美琴が中学ん時に使ってたヤツか!
確かいっぱい思い出が詰まってるからって、機種変しても取って置いてたんだっけか?」
「うん! もう使えないけど…でもやっぱり捨てられないわよ」
―――している訳ではなさそうだ。
二人は掃除中に見事に気が散ってしまい、思い出の品探し【おおそうじあるある】の罠にハマっていた。
おかげで掃除は遅々として進まず、
「コレもあった!」 「ソレ懐かしい!」
「アレはどこ置いたっけ!」 「…てかナニ探してたんだっけ?」
と不毛な会話を繰り返している。挙句、やっと服を手に取ったかと思えば、
「ね! ね! これこれ、これ見てっ! 大覇星祭でアナタが着てたジャージ!
ほら、私が変な力で暴走しちゃって、アナタが助けてくれた時のヤツ!」
「うっわ! すげーボロボロじゃん…それは流石に捨てようぜ? 右袖も無いし」
「絶対にイヤっ!!!」
全く関係の無い服とか発掘していた。秋物はどうした。その上、当麻は当麻で、
「なぁ、これってミコっちゃんの水着か? 俺、見覚えないけど」
「うわっ!? みんなで水着のモデルやった時のだ……なっつかしぃ~」
また余計な物を掘り出している。
ちなみに当麻は、その水着を着た美琴の姿を街頭ビジョン越しに見ているのだが、
記憶喪失になる前だった為、『不幸にも』その時の事は覚えていない。
その後も思い出話に花が咲き、「あーでもない、こーでもない」と無駄なお喋りが続く。
そしてついには完全に当初の目的から脱線してしまい、
「ねぇ、アナタ! せっかくだから、私達が出会った頃の制服とか探してみない!?」
「出会った頃って、俺が高校で美琴は中学の時のか? …えっ、まさか着るのか!?」
「うん♪」
何故か二人してコスプレする事態に。
「確かこの辺にしまったはず……っと、あったあった!」
しかも見つかったようだ。十数年ぶりの、母校の制服である。
「…いや、マジで着るのか? 俺ら、もう三十代だぜ?」
「だからこそ尚更よ! 今着とかないと、これから先は益々着にくくなっちゃうじゃない。
それに麻琴ちゃんもいないし、ね? いいでしょ?」
可愛い奥さんに「いいでしょ?」なんて上目遣いでお願いされたら、
旦那としては「勿論ッス」と即答するしかないのである。
こうして二人は、お互いに着替える為に一旦別れた。
当然ながら、片付けなどしていない。部屋は散らかったままで、である。
◇
『着替え終わった~?』
部屋の中から美琴の声が聞こえてくる。着替えが終わったらしい。廊下で着替えていた当麻は、
「おう、いいぞ~」
と返事をする。
高校の時の制服だが、少しサイズが小さく感じる程度で、他は特に問題なく着られたようだ。
当麻はその時代に『ありすぎた』様々な出来事を思い出して苦笑しつつ、
美琴が着替えをした部屋のドアに手をかける。
「じゃあ、入っていいか~?」
『どうぞ~』
美琴の承諾も得たので、当麻はガチャリと音を立ててドアノブを回した。すると、
「お、おお、おおう……」
常盤台中学の制服を着た、愛する妻(三十代)がそこにいた。
「な、何よその感想!?」
「いや…何つーか、色々とすげーなと思って…」
「わ、分かってるわよ…もう似合ってないのは自覚してるから…」
「いやいやいや! すげーっつったのは悪い意味じゃなくて、むしろその―――」
当麻が思わず声を漏らしたのは、美琴のその姿が色々とヤバイからであった。
当麻は少しサイズが小さい程度だったが、美琴はそうではなかったのだ。
あの頃より体のある一部分が大きく成長した美琴は、制服がパッツンパッツンだったのである。
体のある一部分とは、何と言うか詳しくは説明できないのだが、つまり
お
っ
ぱ
い
の事である。なので上条は、素直な感想を述べたのだ。
「―――むしろその、すんごいエロい」
しかも胸だけでなく太ももとかお尻とかもやたらとムチムチしており、
更に中学の制服という背徳感も加わり、その露出度の少なさとは反比例して、
もはや全身が男【とうま】の性欲を掻き立てる為の兵器と化していた。
もはやただのコスプレではなく、イメクラに近い。
当麻は、今すぐにでもルパンダイブしたくなる気持ちを抑える。
万が一、本能のままに『事を起こしてしまったら』それこそ掃除どころではなくなるし、
麻琴が帰ってくるまでに『事を終わらせられる』自信もない。
当麻は頭をブンブンと左右に振り、煩悩を少しでも紛らわせる。
「ま、まぁ美琴の制服がエr…か、可愛いのは置いといて、俺のはどうよ?」
一度ハッキリと『エロい』と言っておきながら、今更ごまかそうとする当麻である。
しかし妻としては、夫から魅力的な女性として映っている事は素直に嬉しいので、
スルーせずに追求するのだ。ニタニタと、意地の悪い笑みを浮かべながら。
「ん~? な~んかさっき、エロいとか聞こえたんですけど~?」
「だ、だからそれは置いとけって! それより俺の昔の制服姿はどうなんだよ!?」
だが当麻としても非常にばつが悪いので、何とかして話を逸らそうとする。
すると美琴は意外な程に素直に答えた。
「カッコイイわよ? だって、私が初めてアナタを好きになった時の格好だもん」
その瞬間、再びルパンダイブをしてやろうかと当麻は思った。だが我慢である。
と、ここで当麻は、気を紛らわせる【エロいことをかんがえないようにする】為に、ふいにこんな事を言ってきた。
「その自販機な、どうもお金を呑むっぽいぞ?」
「………へっ!?」
美琴からしたら、「急に何言ってんのこの人」状態であり、顔をキョトンとさせてしまった。
だが当麻は、気にせず続ける。
「呑み込まれると分かってて金入れんの? なんかの賽銭箱かこれ?」
すると美琴も、当麻が何を意図してそんな事を言い出したのかを汲み取った。
美琴はクスッと笑いながら、
「裏技があんのよ、お金入れなくってもジュースが出てくる裏技がね」
と一言残し、「ちぇいさーっ!」の掛け声と共に空を蹴る【ハイキックする】。
それは、二人が初めて出会った時の再現だった。
より正確に言うならば、『今の』当麻と美琴が出会った時の、であるが。
瞬間、二人は「ぷっ!」と吹き出して、そのまま同時に笑い合った。
「あっははははははは! そうね! こんな事もあったわよね!」
「くくくくくっ! いやー、改めて思うと出会い方最悪だったよな! 俺達って!」
笑い疲れて、二人はその場に座り込む。ほんのりと、肩を寄せ合いながら。
「色々あったわよね…」
「恋人のフリとかさせられたな…」
「大覇星祭でフォークダンスも踊ったわよね…」
「罰ゲームとか言われてペア契約したりな…」
「ロシアまでアナタを追いかけたり…」
「ハワイも一緒に行ったっけ…」
「デンマークで初めてアナタに勝ったのよね…」
「俺の高校に美琴が入学してきた時はビックリしたなぁ…」
「大学も同じ所に進学したりね…」
「そのうち付き合い始めて…」
「大人になって結婚して…」
そして
「「麻琴(ちゃん)も産まれて…」」
ふいに声がハモッてしまい、二人は顔を見合わせ、お互いにフッと笑った。
そしてほんの数秒間、柔らかい空気が二人の間に流れる。見詰め合ったままで。
「…ねぇ、キスしていい…?」
「…ダメ。キスだけじゃ済まなくなっちゃいそうだから…」
「キスだけだから…ね、お願い……」
「…分かったよ。本当にキスだけな…?」
「…うん……♡」
そのまま夫婦は目を閉じて、ゆっくりと唇を重ねた、
「……………何やってんの…?」
と思ったのだが、キスする寸前でピタッと止まる。
プールから帰ってきた愛娘【まこと】は、家の中の惨状にこめかみをヒクヒクさせている。
掃除と衣替えの途中で散らかり放題の部屋の中で、何故か良い雰囲気を醸し出している両親。
だが着ている服は若作りと言うにもおこがましい程の学生服コスプレで、
しかも何かそのままキスとかしようとしている直前だった。
子供としては、親の見たくない姿のハットトリック満塁ホームランである。
一気に血の気が引いていく両親は、慌てて言い訳を見繕う。
「ちちちち違うのよ麻琴ちゃん!!! ここ、これには色々と事情があってね!!?」
「そそそそうだぞ!!! ちゃんと説明すれば分かるから!!!」
「ふ~~~ん…? じゃあ、ちゃんと説明してもらおうじゃない…
その『色々な事情』ってのが、どんなものなのかをっ!」
これが最後のチャンスだった。
麻琴の怒りが爆発しないように、慎重に言葉を選ぶ必要があったのだ。
しかし学生時代の当麻をご存知の皆さんならばお気づきだろう。
彼は、自らの言動を自分を弁護しようとした時、大抵裏目に出てしまうという事を。故に。
「こ、これはその………プレイの一環なんだ!」
その瞬間の美琴の心境を端的に表すならば、 全部\(^o^)/オワタ ← である。
案の定、麻琴は髪を逆立て(能力【せいでんき】による作用と思われる)て、
「パパっ!!! ママっ!!! ちょっとそこに正座っ!!!」
と怒鳴り散らす。当麻【パパ】直伝の、お説教タイムを始める為に。