小ネタ 初キス記念日
上条と美琴が付き合い始めてから早1ヶ月。
今日も二人は学生らしく、健全で清純で誠実なお付き合いをしていた。
下校時の放課後デート(と言っても一緒に並んで帰宅するだけだが)は毎日の日課となっており、
本日も二人は顔を赤く染め、こうして影を重ね合わせながら歩いている。
「……て、手とか…あの…に、握るか…?」
「ひゃえっ!!? アアアアンタがそうしたいなら…に、握ればっ!?」
しかし何と言うか、いくら何でも健全で清純で誠実すぎる気がする。昭和じゃねーんだから。
鈍感をこじらせて今まで彼女を作れなかった上条と、
ツンデレをこじらせて彼氏にすら現在進行形で素直になれない美琴。
そんな二人の恋の進展具合は、正に亀の歩みの如くであった。
お互いに初彼女・初彼氏で、付き合い始めてからまだ1ヶ月なのだという事を差し引いても、
高校一年生と中学二年生のカップルが手を握るまでしか進んでいないのは、流石にどうだろう。
しかしそれは上条も同じ事を思っているらしく、実は今日こそは『決める』つもりでいた。
(よ…よし! 今日こそは絶対に、別れ際にキ、キキキ、キス! するぞ!)
気合充分である。
美琴を握る手にも心なしかギュッと力が入り、じっとりと汗もかき始める。
しかし美琴はそれに気付く様子がなかった。何故なら。
(コイツと手ぇ握コイツと手ぇ握コイツと手ぇ握コイツと手ぇ握っ!!!)
上条と手を握っているだけでいっぱいいっぱいだったからだ。
上条を握る手にも心なしかギュッと力が入り、ピリピリと微弱な電気も流し始める。
握っている手が上条の右手だった為に事なきを得たが、
しかし美琴は上条と違ってキスしようとする余裕も無いらしい。大正浪漫じゃねーんだから。
と、そうこうしている内にいつもの別れ道。二人はここで毎回別れるのだ。
片方は上条が住む学生寮への道。もう片方は美琴が住む常盤台中学学生寮への道。
住んでいる場所が違うのだから通学路が違うのは当然なのだが、
分かっていても美琴はこの別れ道が嫌いだった。
上条との放課後デート(とは言っても一緒に並んで以下略)が終わってしまうから。
「……じゃ、じゃあまた明日ね…」
少し寂しそうに手を振る美琴。
だが今日はいつもの別れ際と違っていた。突然、上条が肩をガッと掴んできたのだ。
「えっ、えっ!? きゅ…急にどうしちゃったの!?」
「美琴っ!!!」
「は、ひゃいっ!?」
上条の勢いに押され、美琴は思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。
その雰囲気から、今から上条が何か大切な事を言おうとしているのは分かる。
そして上条は真剣な表情でこう口にした。
「あのっ! そ、そのっ! キっ! キキ、キシュしてもよろしいでしょうかっ!!?」
真剣な表情をしていたが、だからと言って全てうまくいく訳ではなく、
声が裏返ってしまった。ついでに、「キス」を「キシュ」と噛んでしまった。
ここ一番で決めなくてはならない場面で失敗してしまい、
上条は恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げる。
しかし美琴は、そんな所も彼らしいと、思わずプッと吹き出した。
「~~~わ、笑うなよっ!」
「だ、だって…ぷくく……『キシュ』って…ぷっ………あは! あははははっ!」
「もういいよ! ああ、そうですよ! 上条さんは所詮、上条さんですよ!」
ふてくされて顔をプイッと背ける上条に、
美琴は「可愛いなぁ、もう…♡」などと思いながら、指で上条の背中をチョンチョンと突く。
背中を突かれた事でそっぽ向いた顔を美琴の方へと戻す。
「…え? えぁ、み、美琴?」
「……は…早くしなさいよ…私だって…は、恥ずかしいんだから………」
するとそこには目を瞑りながら、気持ちつま先立ちをして背を伸ばし、
ぷるんとした唇をこちらに向ける美琴の姿があった。
それは鈍感な上条でも分かる、OKのサイン。
上条は緊張のあまりゴクリと生唾を呑み込み、そして―――
「……………ん…♡」
二人の影は再び一つに繋がった。ただし先程と違い、繋がった影は手と手ではなく。
◇
ちなみにその数日後。
「んっ、ちゅるっ♡ れおれお、んっぶ♡ 当、麻ぁ♡ は、ぁ♡ んっ、ぁは♡
にゅぶにゅぶ♡ んぢゅるっ♡ もっと♡ もっとキスしゅりゅろおぉ~♡」
健全で清純で誠実どこ行った。