とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある少女の初恋再現

とある少女の初恋物語 の続編です。



「お姉様は幼少期どのような生活をしていたのですか、とミサカは質問します」
「………はい?」

紅茶を一口飲もうとティーカップの取っ手を持った瞬間、美琴は妹からそんな質問を受けた。

ここはいつものファミレス…ではなく、レトロな雰囲気の小さなカフェである。
今日は白井や初春や佐天ではなく、妹(ミサカ10032号)とお茶をする約束をしていたのだ。
しかしJoseph's【いつものみせ】では白井たちと鉢合わせする危険がある為、違う店を選んだのだろう。

しばらく妹と、紅茶飲みーのスイーツ食べーのしながらオサレな雑談をしていたのだが、
ふいに妹が、冒頭の質問をしてきたのだ。

「えっと…どうして急に?」
「ミサカには幼少期というモノが存在しないので、少々興味があります、
 とミサカは表情に影を落としてお姉様に同情を買わせます」
「ぐっ…!」

あざとい作戦ではあるが、効果は抜群だ。美琴の心にズキッと痛みが走る。
彼女たち妹達は、その開発に紆余曲折はあったものの、
最終的には絶対能力進化計画で一方通行に実験される【ころされる】為に生まれた。
カプセルの中で強制的に成長させられた【ばいようされた】彼女達には、当然ながら幼少期など存在しない。
だから自分のオリジナルである美琴が、どのようにして成長していったのか興味があるのだ。

「そ…そんな事言われても、私だって子供の頃の事なんてよく覚えてないわよ?」

美琴としても答えてあげたいのは山々だが、人の記憶というのは劣化していく
(どこぞの完全記憶能力者の腹ぺこシスターさんなら話は別かも知れないが)モノだ。
小さい頃の記憶なら、尚の事忘れてしまっている。
今はもう美鈴【ママ】との大切な思い出などが、断片的に思い出せる程度である。
他に思い出せる事と言えば―――

(……私の初恋の、あのツンツン頭の男の子の事…とかかしら)

美琴が学園都市に移って間もない時…
そう。正に研究者にDNAマップを提供し、妹達が生まれる切っ掛けを作った直後だった。
彼女は小さな公園で、ある男の子と出会った。
記憶の劣化と共に顔もおぼろげになってしまったが、そこで彼と一つの約束をしたのだ。

『お嫁さんかー…じゃあ、将来俺が独身【ひとり】だったら、お嫁さんになってくれるか?』
『うん、いいよ! じゃあ、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!』

小さな公園の小さなプロポーズ。そして美琴の、小さな初恋。
だがそれも今となっては良い思い出であり、美琴は初恋よりも現在の恋に精一杯【いっぱいいっぱい】なのだ。
だから妹の期待にも応えられそうにないのである。
しかし妹は、そんな美琴の様子も想定の範囲内と言わんばかりに、一冊の本を取り出す。

「大丈夫です。こんな事もあろうかと退行催眠の本を入手しました、
 とミサカは本当は幼少期云々はどうでもよく
 実はこの本を試したかっただけなのだという事を絶対に聞かれないように口をつぐみます」
「おいコラ」

口をつぐむ気が全くない様子の妹。
先程の心の痛みと、初恋のアンニュイな気持ちを返してほしいところである。

「まぁまぁ、可愛い妹の頼みですから、とミサカは両手を顎に添えて首を傾げてアピールします」
「……分かったから、ちゃっちゃと試してみなさい」

もう色々とツッコムのも面倒になった為、美琴は妹の退行催眠の実験【やりたいこと】をぞんざいに受け入れる。
美琴から(一応の)了承を得た妹は、ふんすと荒い鼻息をしながら本を広げた。
どんだけ催眠術を掛けてみたかったのか。

「ではまず、頭の中で白い階段を思い浮かべてください、とミサカは―――………」

妹の言葉に耳を傾けながら、美琴はゆっくりと目を閉じた。心の中で、

(どうせ掛からないだろうけど、ちょろっとだけ付き合ってあげますか)

と高を括りながら。


 ◇


「ま、まさかここまでとは…とミサカは遊び半分でやっちまった事に後悔を隠せません」
「……お姉ちゃん、ママに似てる」

それから数分。
御坂妹の催眠施術は完了した訳だが、結果から言えば大成功だった。
と言うよりも、むしろ成功しすぎな程である。美琴は見事に幼児退行してしまった。
今の美琴の精神年齢は、おそらく小学校低学年くらいだろう。
美鈴【ママ】に似た御坂妹の顔を、じぃ~っと見つめている。

「いえ、ミサカはお姉様の母親【ママ】ではなく妹です、とミサカは返答します」
「? 私、妹なんていないよ? だからお姉ちゃんでもないし」
「ですからそれはあの、とミサカは珍しく手をバタつかせて焦っててんやわんやです」

想定外なまでの催眠効果に、御坂妹はキャラ崩壊しかける程にテンパっていた。
今頃はミサカネットワーク内も、相当なお祭り騒ぎとなっている事だろう。

「ここはやはり再び催眠術を掛けて元に戻すべきでしょうか、とミサカは他の妹達に問いかけ―――」

ブツブツと脳内会議【ひとりごと】を始める御坂妹。
と同時に美琴は、ふと窓から外の景色を覗いてみた。すると。

(ゲコ太だっ!!!)

カエルのキャラクターのぬいぐるみを持った高校生くらいの少年が、
街中を歩いていく姿が目に映った。そして次の瞬間には、美琴は店から飛び出していた。
精神年齢が小学校低学年となった今の美琴には、
小学生の行動力と好奇心、そして中学生の体力と運動神経が備わっているのである。


 ◇


「―――いやいや、きのこ厨のクセに口を開くんじゃねーよ味覚障害が、
 とミサカ10032号はたけのこ様こそが唯一絶対神なのだと声を大にして宣言します」

ミサカネットワークは白熱し、いつしか御坂妹の脳内では、きのこたけのこ戦争が勃発していた。
妹達にも個性が生まれ、味覚もそれぞれ変わってきた事による弊害…なのだろうか。
しかし御坂妹は、それよりも今はお姉様の事について話し合っていたのだいう事を思い出す。

「はっ! こんなくだらない事を議論している場合ではありませんでした。
 ではかなり脱線してしまいましたが、お姉様の処遇について決を採ろうと思います、
 とミサカ10032号は……」

と、ここでやっと目の前に美琴【おねえさま】がいない事に気付いた。
御坂妹は無表情のまま顔を青ざめさせ、再び脳内会議を開始する。それも、かなり緊急で。


 ◇


「しっかし、どうすっかなー…これ」

上条は小さな公園のベンチに腰掛け、手に持っているカエルのぬいぐるみを見つめる。
実は先程、小さな女の子が迷子になっていたので、近くの風紀委員支部まで送り届けたのだ。
このぬいぐるみは、その際に女の子から、
お礼として貰った(ついでにその女の子にフラグも立てた)物だ。
しかし上条は別にゲコラーではない。はっきり言って要らない物である。
だが女の子からの好意を無下にする事は、紳士を自称する上条さんにはできなかった。
と言うよりも、断ったら風紀委員からの視線も痛い物に変わっていただろう。
故に受け取るは受け取ったのだが、しかしこれを持って帰るべきか否か、
持って帰らないとしたら具体的にどうするべきか。
それらをじっくりと考える為に、公園に立ち寄ったのである。すると。

「ねぇ、そのゲコ太いらないの?」

隣から誰かに声を掛けられた。上条が振り向くと、そこには。

「…ああ、美琴か」
「…? うん、そうだけど……」
「そういや美琴ってこのカエルが好きだったっけ。うん、いいよ。やるよ、これ」
「…えっ!? いいの!? わーい、やったーっ!」

名前を呼ばれた瞬間、妙にいぶかしんだ美琴だったが、
上条がゲコ太を差し出すと、まるで『子供のよう』に大はしゃぎした。
いつもと違って普通に素直な反応に、上条はほんの少し違和感を覚える。

「えっへへ~…お兄ちゃん、ありがとう!」

そして一瞬で違和感は確信に変化した。

「誰だお前っ!!?」
「誰って…美琴だよ? お兄ちゃんがさっき、そう言ったじゃない。
 ……あっ! そう言えば何でお兄ちゃんは私の名前知ってたの?」

この性格、この口ぶり。それは明らかに上条の知る御坂美琴ではなかった。
熱でもあるのか、さもなければ。

「…あっ。あーあー、はいはい。なるほどね。
 つまりアレだ、ミコっちゃんは何かしらの異能の力で性格が変わってると。
 うん、そうかそうか。よし、じゃあさっそく…そげぶー」

魔術か超能力かは分からないが、この異変は間違いなく性格の改竄が行われている。
そう思った上条は、右手で美琴の頭を触り、そのままナデナデとまさぐる。

「んにゅ…にしし。くすぐったいよ、お兄ちゃん」

すると美琴は、ほんのりと顔を赤くして恥ずかしそうに笑った。
可愛い。しかし思ってたリアクションと違う。右手も何の反応もしていないし。

「あれっ!? な、何で!?」

美琴の頭から手を離した上条は、幻想を殺さなかった自分の右手をまじまじと見つめる。
実は美琴は現在、『何者か』によって退行催眠を掛けられているのだが、
催眠術は異能の力ではない為に、幻想殺しも通用しないのだ。
そして美琴が催眠術に掛かっているという事実も、当然ながら上条は知らない。


一方で、上条に頭を撫でられた美琴は、胸がキュンキュンとしていた。
しかしこのドキドキ感は、以前にも感じた事がある。
しかもよく見れば、この上条【おにいちゃん】のツンツン頭も、見覚えがある気がする。
そう、確かこの公園で―――

「……お兄ちゃんもしかして…あの時、私をお嫁さんにしてくれるって言った人…?」
「……………へ?」

訳の変わらない事態が解決する前に、訳の分からない疑問が増えていく。
上条は『美琴をお嫁さんにする』などと言った覚えは無い。
記憶喪失になる前だろうか…?
いやいや。記憶を失ってから大分経つが、美琴から一度もそんな話を聞いた事がない。
小さい頃ある男の子にプロポーズされた、というのは聞いた事があるが。

疑問符が頭に浮かび続ける上条をよそに、美琴は無邪気な笑顔で上条の腕を引っ張ってきた。

「お兄ちゃん! せっかくだから新婚さんごっこしよ!?
 お兄ちゃんがパパで、私がママで、ゲコ太【このこ】が赤ちゃん!」

そしてそのまま、おままごとのお誘い。
一向に解決しない疑問の数々に頭がパンクした上条は、

「……よ~し、やったらぁ! パパでも何でもやってやりますとも!
 おーい、ママ~! 今、帰りましたでございますよ~!」
「は~い、パパ~! 今ご飯作りますからね~!」

考えるのをやめた。
今の美琴は確かに異常事態である。異常事態ではあるが、しかし非常事態ではなさそうだ。
放っておいても危険な状況にはならなそうなので、
とりあえず上条は半ばヤケクソ気味に、パパを演じる事にしたのだった。


 ◇


その十数分後の事である。
あれから御坂妹は、消えた美琴を探すべくカフェを出た。
学園都市内にいる妹達が総出で捜索し、目撃情報もミサカネットワークで逐一情報共有した為に、
結果としては早期発見する事ができ、こうして公園にやってきた…のだが。

「こ…この状況は一体どういう事なのですか、とミサカは混乱します」

彼女が目撃したモノは。

「はいパパ! 泥だんご【ごはん】ができたわよ!」
「はーい、いただきまーす。もぐもぐもぐ。うわー、オイシイナー」
「うふふ! じゃあゲコ太【このこ】にもご飯あげないとね! 今おっぱいをあげまちゅからねー!」
「いやいやいやいや待て待てママ! お…おっぱいは後でいいんじゃないか!?
 カエル【このこ】もホラ、もう寝ちゃったし!」
「そう? じゃあお風呂に入りましょうか」
「だから待てってママっ!!! 脱ぐな脱ぐなこんな所で!
 きょ、今日はもう疲れたし俺達も寝よう! なっ!?」
「じゃあパパ、おやすみのチューして?」
「…………ちゅ、ちゅー…で、せうか…?」

御坂妹は、一刻も早く一目散に駆け寄って美琴の催眠術を解いたのだった。











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