小ネタ 第二.五章 ゴールなき逃避行の、ちょっとした休憩所
フィアンマが一瞬でやられた。
頼みの綱の『妖精化』とやらは失敗し、もはや状況を打破する手立ては無い。
いや、考える時間さえあれば対策も練られるかも知れないが、
アクロバイクのペダルを全力で漕ぎ続けている上条も、
魔神はおろか魔術のまの字も知らない美琴には、それを考える時間すらない。何故なら、
僧 「うっほほほほーい☆」
真後ろには時速50㎞以上で走って追いかけてくる、
パワフルおじいちゃんこと、僧正がそこにいるのだから。
大分離したと思ったのだが、流石の上条にも疲労が足にきているのか、
徐々に僧正との差は縮まりつつある。
僧 「ほれほれ~い! もうすぐ追い抜いてしまうぞい!」
上 「はぁっ! はぁっ! くっそ…余裕ぶっこきやがって…!」
美 「ちょ、このままじゃホントに追いつかれるわよ!?」
アクロバイクの後部シートに横座りの『お嬢様スタイル』で陣取っている美琴は、
身をひねらなくても後方確認ができる。
手足を釈迦釈迦【シャカシャカ】と動かし、ものっそい速さで走る『お尚様スタイル』の派手な即身仏というのは、
かなりシュールだが、それが目と鼻の先まで近づいていては、当の本人の美琴は笑えないだろう。
と、その時だ。僧正が、横座りの美琴を見て一言。
彼は「上条の心の動揺を誘う」などという姑息な事は考えない。
何故ならば、魔神である彼には、そんな事をする必要すらないからだ。
だからこれは、単純な疑問。本当に分からない事を聞くだけの、ただの疑問。
僧 「……時に、お嬢さん。何故に普通に抱きつかんのかのう?
ほれ、上条当麻に胸を押し付けるチャンスじゃろうて」
美 「ごぶっはっ!!?///」
瞬間、美琴は真っ赤になって大きく咳き込んだ。
考えないようにしていたのに。このシリアスな展開で、
(うわー、二人乗りだ。私、今、自転車で男の子と二人乗りしちゃってる!
こうなるって分かってたらゼッタイ白いワンピース着てきたのに、ぽやー……)
とか、せっかく考えないようにしてたのに。木乃伊ジジイのせいで思い出してしまったのである。
だがこの美琴も百戦錬磨のツンデレだ。その程度の煽り、友人Sさんから何度も受けている。
美 「なっ! ば、そ! そんにゃ事! す、すす、する訳ないでしょうがっ!!!///」
僧 「…ああ、そうじゃったな。お嬢さんの胸では押し付けたところで」
美 「ぶっ殺!!!」
しかし、ひんぬーネタに対しての煽りには弱かった。
というかこの魔神、結果的に即身仏になり損ねたが生前は徳の高い僧だったはずだ。
随分とまぁ、煩悩に塗れた一言を言ってのけるものである。
だがそんな一言に本気でブチッときた美琴は、背後の僧正に向かってコインを構える。
けれども上条は、必死にペダルを漕ぎながらそれを止めた。
上 「止めろって! そんなんじゃアイツに勝てないのは、もう分かってるだろ!?
ただの挑発なんだから乗るなっつの!」
美 「だっで! だっでアイヅがっ…!」
美琴、半泣きである。そんなに気にしていたのか。
ヘタしたら、自分の無力さとか上条が遠いとか、『そんな事』よりも深刻かも知れない。
そんな二人を見て、僧正が「かかか!」と笑う。
僧 「まぁ、横座りも中々にハイカラじゃからのう!
あの…何と言ったか、『鼻をほじれば』じゃったか?
アレのラストシーンでも後ろに座ったおなごが、そんな座り方をしとったわい」
多分『鼻』ではなく『耳』で、『ほじる』のではなく『すませる』映画だろう。
上 「テメェ、どこでそんな偏った知識を…!」
僧 「言うとらんかったか? ねっと喫茶じゃよ、ねっと喫茶」
確かに、最近嗜んだとか言っていたが。
僧 「あのラストシーンみたいに、告白なんぞしてみてはどうじゃなお嬢さん?
せっかくの良い雰囲気なんじゃしのう! かかっ! かっかっかっかっ!」
美 「っ!!!///」
ハンドルを握るせい…ではなく、上条はロマンスの欠片もない程に素早くペダルを回し、
背後からは妖怪・超速ジジイが追ってきていて、良い雰囲気もへったくれもないが、
美琴の頭の中でカントリーロードが流れてきて、
実は今ちょっと良い雰囲気なんじゃねーかと錯覚してしまう。
だがすぐさま首をブンブンと振り、
美 「い、いやいやいやいやないからっ!///」
と我に返る。できれば、カントリーロードが流れる前に我に返ってほしかったものだ。
僧 「ひょほ! 噂には聞いておったが、中々に強情な小娘じゃのう。
そんなんでは嫁の貰い手がないぞい?」
美 「だだだだれがコイツの嫁だってのよ!!?///」
上条【コイツ】の、とは誰も言っていないのだが。
そして僧正は僧正で、どこでどんな噂を耳にしているのか。
そんな僧正は美琴の言い訳を聞いているのかいないのか、マイペースに続ける。
僧 「直接伝えるのが難しいのなら、恋文なぞどうじゃ?
この男、儂が送りつけた『とらっぷ』にアッサリ引っかかったからのう。
以外とそっち方面で攻めたらチョロいぞい」
上 「てめぇ思い出させんじゃねええエエエえああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
挑発に乗るなと言っていた上条が、まんまと僧正の挑発に乗ってしまう。
そして美琴は。
美 「あのラブレターにはそんな理由があったんがゴルァアアアアアアア!!!」
あの時の怒りを思い出し、上条への殺意が再発するのだった。
結果その手にギュッと力が入り、奇しくも強く抱き締める形となったのである。
もっとも、上条も美琴もそれどころではない為、二人とも気付いてはいないのだが。
ちなみにこの後、なんやかんやあって再びシリアスな雰囲気に戻ったのだが、
そのなんやかんやの部分は、各々で勝手に想像していただければ幸いだ。