とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part61

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匿名ユーザー

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激劇


美琴は、ステージの上でなにもいわず上条を待つ。
しかし、待たされる観客の我慢も限界に近づいていた。
プレッシャーが伝わったのか、インデックスがぐずり始める。
その時、美琴に親友の手でヴァイオリンが届けられた。
美琴は、弦を動かす。始まりを聞くだけで、白井は曲を把握する。

「キラキラ星?」


沈黙が支配する公園。
トールの頭の中で警鐘が鳴り響いていた。

(なんだ? アイツに何ができるってんだ!!)

目の前には、立っているのもやっとな状態の宿敵。
しかし、あれに手を出すなと、ここから立ち去れと、敵わないから逃げろと本能が叫ぶ。
だが、でも、
しかし、それでも、
いつもはヤツに向ける優しい微笑みを、あの人がこちらに向ける幻想が見えてしまった。

「……これで、終わりだ」

そして神、トールは世界を動かす。
誰にも避けられない攻撃が、上条の脳を揺らした。
意識を失った上条がゆっくり倒れるのを見たトールは追撃に移る。



その金髪が不可思議な方向に揺れた。



トールの動きがおかしい。
何かに引きずられるように地面に倒れた。

「な、なにが!!?」

そして気付いた。

ヤツが自分の髪を掴んでいる。


「あぶ、ふぅ」

インデックスがこくり、こくりと頭を揺らす。
彼女のお気に入りキラキラ星、子守唄でも大活躍の曲だ。
なにも聞き入っているのはインデックスだけではない。
会場にいる全ての人間が、ヴァイオリンの唄う歌に聞き入っていた。
彼女もそのうちの1人。

(………)

食蜂操祈。
彼女は上条が再び自分から彼女の名を呼んだ声を思い出していた。

『あ、あれー? 人違いかー?』

『な、なんで?』

『金髪で巨乳で目をキラキラさせたヤツだっていってたのになぁ??』

ガックリと肩を落とす。
所詮は誰かの差し金か。

『そうよぉ、私が食蜂、はじめまして☆』

『はじめまして、じゃないんだろ? さっきも一緒に舞台に立ったし』

再び、食蜂の表情が歪んだ。

『え……?』

『正直心当たりがないんだけど、こうも毎回文句を言われると、オレがお前を覚えられていないみたいなんだ。なんか理由があるんだろう』

今、心臓が動いた音は聞かれてないだろうか。

『お前は、オレにとってどんな人間なんだ?』

『……かつて、あなたに助けられた女の子の一人。そんな風にでも思ってくれれば結構よぉ☆』

でも、私にとって貴方は特別だった。
口には出さない。
口にしてはいけない気がした。

『…そっか』

『それで、何の用かしらぁ?』






『……頼みがある』


トールの顔面に拳が入った。
上条は一瞬気を失ったが、倒れた衝撃でまた目を覚ましていた。

「な、ぜ……!!?」

「お前の力は、『必ず勝てる位置に世界を移動する』こと……」

世界を動かしても、上条が自分の髪を掴んでいる限り意味がない。

「なら、こっちが問題を出せば、電卓をはじくように予想通りの答えをくれるわけだろ?」

「!!!」

例えばチェス。
最適解を導くはずのコンピューター相手に、人間が勝つこともある。

「お前が白井のように自分で位置を決めるようなやつだったら、できない博打だ」

攻撃には、カウンターが入る。
防御しようとしてもその上から重い一撃が入るか、髪を引っ張られ体制が崩される。
優劣は逆転し、今トールに口を動かす力はない。

「……オレとお前で決闘してふさわしい男を決める?」

頭突きが額に入る。

「アイツの心を無視しやがって」

腕を折ろうとすると、髪を握られた手で頭を掴まれ、顔面に膝が入る。

「最終的には奪うだと? 物扱いしてんじゃねぇよ!!!!」

怯んだ瞬間に背負い投げの要領で地面に叩きつけられる。
その痛みより、ヤツの言葉の方が辛かった。

「悪いが、オレとお前のどちらかを決めるのはあくまでアイツだ」

トールは、ヤツのこんな表情を知らない。

「だが、テメェがアイツの幸せを考えずアイツの名前を使って暴れるっていうんなら」

知らない。

「何度だってオレが相手になってやる」

拳が数回振り下ろされた。


ヴァイオリンの音は食蜂を過去に繋いだままだ。

『頼み?』

『あぁ』

『内容は?』

『演技をもう少し頑張って欲しいんだ』

なぜ?
当然の疑問に、上条は真剣な声で答えた。
その表情を、彼女は始めて、見た。

『アイツが、辛そうなんだ』

心がえぐられた。

『なんで食蜂は真面目にやらないのかと、なんで全力を尽くさないのかって、いつも悔しそうなんだ』

言葉が出なかった。
泣き叫んで、そのまま逃げ出したかった。
でも、その前に、確認しなければならないことがある。

『……貴方は、私が……真剣に頑張ったほうが……』

幸せ?

そこまで回想した時、
観客席の最上段にある入り口の方が騒がしくなる。
そして、ちょうど演奏が終わった時だった。

入り口が大きく開け放たれた。
そこに立っていたのは、この物語の主人公。
傷だらけのその男は、警備員【アンチスキル】の制止も振り切り、ゆっくりと階段を降りる。

最初に気付いたのは、ヒロインだった。
少しして、眠ったインデックスを抱く婚后も気付いた。

「なんで上条さんは血まみれなんですの!!?」

その言葉の前に、既に美琴はステージを飛び降りていた。

が、そこで動きが止まる。
彼が、片腕をまっすぐ伸ばし、大きく手のひらを開いていた。

意味は、制止。

美琴を含む周囲が固まったのを見ながら、上条は息を調える。
しかし、彼女はそんなものわかりのいい人間ではない。
一瞬止まり、上条の制止を無視して階段をかけ上がる。
上条は呆気にとられたが、眉を下げて笑った。
ゆっくりと階段を降りる上条を、階段の真ん中で抱き締めるように支えた美琴。
ドレスが、上条の血で汚れた。

「……遅くなった」

「当麻にしては早い方よ、バカ」

少し言葉を交わして、
上条はゆっくり美琴を離し、
その場にひざまずく。

「助けてくれたあの時から、お前のことばかり考えている」










「頼む、オレと結婚してくれ」


次の場面、
舞台の上では、浮力使いや念動力使いの力で水が巨大な球の形で浮いていた。
その球の中を縦横無尽に泳ぐ水泳部。
水を球の形に維持するだけでも難しいはず。
さすが常盤台というべきであろう。

その舞台裏、

「いったーーーい!! 超痛い!! 白井さん、白井さま!! もう少し優しく治療してくれませんかね!!」

「は?…………ま、まぁ!! 上条さん!! 大丈夫です? ほら、痛いの痛いの~飛んでけー!!」

「……すみません、オレが悪かった。鳥肌たったんでやめてください」

「私こそ、すみません。気まぐれでこんなことして……じんましんがはんぱないですの」

それを少し離れて赤子を抱きながら眺める少女が一人。
御坂美琴だ。

「まったく、なにやってんだか」

たまたま治療具を持っていた白井に治療を任せた。
演奏が終わり、またぐずり始めたインデックスもあやさなきゃならなかったし、

『大丈夫だから!! 主人公補正で巻を跨げば治るから!!』

なんて本人が阿呆なこと言ってて、心配する気が失せたのも大きい。
ため息が出た。
そのまま後ろに声をかける。

「ありがとね」

「なにそれぇ?」

「しらばっくれるならいい」

「……これでチャラよ」

「なんのこと?」

「ならこっちもいいわぁ」

美琴が気付いてないわけがないのだ。
自分が上条と毎日会っていることに。

「……まず、アイツの行動を制限する権利なんてわたしにないしね」

「私がアナタだったら、必ず邪魔するわぁ」

嘘つけ。
美琴は食蜂から顔が見えないのをいいことに笑う。
いつも小賢しい手を使うコイツが、上条が関係すると妙に筋を通すことにはとうの昔に気付いている。
しかし、違う言葉を紡いだ。

「……それに、アンタの演技もぐんぐん上手くなってたし」

やればできるじゃん。
という言葉は飲み込む。
彼女にとっては不快でしかないだろうし、
逆に自分が言われたら一所懸命に罠を探すだろう。

「放っておいた理由は……それだけ?」

食蜂は上条から聞いていた。
自分の演技が上達すれば、御坂美琴が喜ぶと。第三位のお嬢様は一端覧祭を一緒に成功させたいと願っている熱血バカだと。

その話を聞く度に、練習を終えて上条と別れる度に、人知れず泣いた。

彼のそんな表情を知らなかったから。



263。



練習を続ける間、食蜂が上条に告白し、上条から振られた回数である。

もしも。
この考えは意味がないとしても。
もしも、この「御坂美琴」という少女が存在しなかったら、
食蜂が望んでいた、淡い希望は、叶ったのだろうか。

その美琴の口が、ゆっくり開かれた。

「理由ってほどじゃないけど、アイツがあんな顔したとき、なに言っても無駄なのよ」

そう微笑んで話す彼女の表情を、食蜂は最近まで見たことがなかった。
しかし、この頃は毎日同じような表情を見る。

あの人が、自分を振る理由を告げる時に。

「準備はいいか?」

いつの間にか、二人の前に上条が立っていた。

「いや、当麻待ちだったんだけど?」

「ご、ごめんなさいよ」

「さぁ、クライマックスね!!」

「あぁ、頼んだぞ、主役!!」

御坂美琴は背を向けたままだった。
食蜂は言葉が出ない。
彼がそっと頭を撫でていた。

「練習したんだな、周りの反応が全然違うじゃんか」

頑張ったな。
彼はそういった。
ありとあらゆる感情が爆発しそうになり、ただ頷くことしかできない。
手を下ろされ、ようやく顔をあげると、

御坂美琴の後ろ姿を見つめる彼の顔が視界に入った。
食蜂の瞳が揺れた。


舞台裏の分かれ道。
右の袖には王子と王女が、左には少女が向かう。
別れる際、食蜂の蜂蜜のような声が、美琴の耳に何かを囁いた。

とある公園。

「アイツ、さっすがだよな!!」

少年は大の字で倒れていた。
その側に佇むのは一人の眼帯をつけた少女。
彼女はなにも言葉を発しない。

「全力のオレを軽々と倒しやがった!!」

秋空は今日も清みきっている。

「しかも、オレよりも彼女のことを考えてやがった!! 完全敗北さ!!」

しかし、少しずつ木枯らしが肌に刺さる冷たさを帯びてきた。

「だけど、上条も酷いぜ!!」

数少ない葉が、木枯らしに吹かれ枯れ葉となって地面に落ちる。

「アイツの心ではとっくに決着なんてついてんのにさぁ!!」

「もうやめろ」

落ちた葉が地面を駆け抜けた。

「…………なんだよ?」

「……諦めて、しまったんだな」


舞台の上で行われていたのは、
王子とお姫さまの結婚式。
社交ダンスの場面だ。

「大丈夫?」

「あぁ、上手くお前がカバーしてるから怪我していることも感づかれてないっぽい」

「そっちじゃなくて怪我」

「……大丈夫!!」

「短い沈黙の意味は?」

「い、いつもに比べたら」

「なら平気ね」

「この子お姫さまじゃなくて氷の女王じゃないっすかー」

こんな何気ない会話も、
内容が聞き取れなければ、
周囲から、食蜂から見たら恋人どうしのじゃれあいにしか見えない。

「アイツ、頑張ったみたいだな」

「……そうね」

きっと当麻が助けたからだとは言わない。

『毎日19:00に第21学区の湖に行く!!
オレでは記憶できない!! 頼む。 オレの代わりに覚えていてくれ!! 』

アイツもそれを望んでいるだろう。

2人が踊る光景を見て、食蜂は静かに目を閉じる。
常盤台の3年間を走馬灯のように振り返った。
もうすぐ、この舞台も終わる。















「そう、だな」

公園で寝そべるただの少年の声は、
風で霧散して聞こえなくなりそうなほど小さい。

「勝てるかどうかでなく、勝ちたくないと、思っちまった」

ニヘラ、と表情が崩れる。

「コイツに任せたら、きっとアイツも幸せだろうなぁってさ。オレよりも頼もしい!!」

「そうか……1つアドバイスだ」

そういって、彼女は近い将来の自分に背を向ける。

「泣くときを見誤るなよ。泣かなければ、死ぬまで後悔するぞ」

息を飲む声が聞こえる。
暫くして、彼女の後方から絶叫がほとばしった。
それを耳に入れながら歩いていた魔神は、ふと立ち止まる。

「……人払いは貴様の仕業か?」

「流石に、魔神の目は誤魔化せませんか」

木の陰から、現れたのは好青年だった。

「すまないな、感謝する」

「いえ、嘗ての自分を見ているようでして、つい助けてしまったんです。
ですが彼と違って自分はあの時泣けませんでした」

少し羨ましいですね、と寂しそうに彼は笑う。
少女はなにも語らない。
ただ、そうか、とだけつぶやき、再び歩き始めた。


ステージの上で食蜂は右手をゆっくり挙げる。
その手には、リモコン。
とっさに美琴は上条の右手を彼の頭に乗せた。
リモコンが床に落ちた音が聞こえた時、
電撃が拒絶する音と幻想が打ち壊される音が二人の耳に聞こえた。

ちょうどその時二人を除く会場の全員に心理掌握の声が脳内で響いた。

『あなたと出会って、私の世界は一変した』

スポットライトが金色の髪をそっと照らす。

『灰色の世界が虹色に輝きだした』

彼女の表情は秋空のように透き通っている。

『でも、いつの間にかあなたの幸せは、わたしの幸せから離れてしまっていたわぁ。
もともとわたしが立っていた場所に、
別の人が割ってはいったの』

自分の能力がきいていない2人に視線を向ける。

『最初は辛かったわぁ。
そこは私の場所だって、
そこから出ていけって叫びたかった』

そこには、こちらを見つめる、4つの目があった。
視線を合わせるのが辛くて、
でも、彼に見つめられるのがうれしくて仕方ない。
結局そのままにして『演技』を続ける。

『でもね、あなたが笑うの』

美琴が上条を握る手にギュッと力を入れているのが見える。
彼女にこのセリフは聞こえてはいないはず。
美琴の行動に、ただ食蜂は微笑む。

『あなたが、幸せなのがわかるのよぉ。
私が、そこに割り込めば、その笑顔は必ず曇る』

だから!! だから!!!

『さようなら。あなたに会えて、幸せだった!! だから!!』

とびっきりの、誰にも忘れられない笑顔と、
たった一筋の涙を見せて、

「出会ってくれて、ありがとう!!」

人魚姫は泡と消えた。


いつまでも終わりのないと錯覚するほどのスタンディングオベーションの後、上条当麻は、

「「「「「「きゃ~~~~!!♥♥♥ 上条さま~~~!!!♥♥♥♥♥♥」」」」」」

「いて!! 痛い!! ちょっと!! そこ傷口!! ゆ、指を捻るな!! 髪を引っ張るな!!ちょっ!!君!! 顔が近いよ!! 待て!!う、後ろ誰!!? あ、当たってますよーー!! のわっ左手の君!! こ、これは不可抗力なんですっ!!」

俗にいう、男の子の夢を満喫していた。

「あ、あの常盤台を、数週間で内側からハーレムに変えていた、だと?」

「まぁま? だーぶだ」

つい最近顔芸まで覚え始めた母に、呆れた顔を向けるインデックス。
因みに父は男の夢の中にいても、傷口が開きかけていてそれどころではない。
そこに、針に糸を通す精度で電撃が放たれた。

「「見境無しかこら!!」」

フラグ的にと場所的に。
こうしてハーレムは分散。
2人の追いかけっこが始まる。

「こんなにボロボロなのにーー!!」

「待てこらーー!!………どうかした?」

ふと、上条は立ち止まっていた。

「ぱぁぱ、どしゃたの?」

「いや、この匂い」

「ん? なにかしら? 甘い……蜂蜜?」

「みしゃき!!」

「……なんか、ただ懐かしくてさ」

暫くそのままだったが、追いかけっこの途中であることを思いだし、再び2人は走り出す。

それをビルの屋上から眺める影が2つ。
爽やかな青年に声をかける少女がいた。

「エツァリ……」

「彼は、自分との約束を守ってくれているようです」

日が暮れるのが、早くなってきた。

「貴女の気持ちをわかっていながら……すみません、未練たらしい男で」

彼はようやく少女の方を向いた。

「まだ彼女のことを忘れられない。こんな中途半端では、貴女に失礼だ」

「……ならば、御坂美琴を倒せばいい」

「!!! なにを「勘違いするな」??」

「戦場は、貴様の心だ」

「…………どこまで自分についてきてたんです?」

ストーカーですよ、と伝えたら、
お前の教育の賜物だと伝えられた。
耳も頭も痛い。

「……彼女は、強敵ですよ」

「知ってるよ」

「ハァ……ありがとう。こんな自分ですが、応援します」

そこまで話して、2人は並んで立ち去った。


上条はようやく息をつく。

「ちきしょう、なんで美琴怒ってんのよさー」

「貴様が節操なしだからだ」

「オレってば節操の塊だかんね!!ってオティヌス??」

2人は何気ない会話をしながら歩く。
いや、そう思っているのは上条だけだ。彼は、自分の話題に偏りがあることに気付いていない。

「楽しそうだな」

「いやいや、育児って予想以上にキツイぞ?」

そこではないのだが……
輝く笑顔を見て、どうでもよくなる。

オティヌスは、今幸せだった。
全てに一区切りつき、
上条とインデックスの制止も聞かず、
見た目だけでも元の姿に戻りたいと大統領達の罰も無視して出ていったのは、
こうしてコイツと肩を並べて歩くためだ。

「そしたら美琴のやつがケロヨンがいいって言うんだぜ? あの場面だとゲコ太が妥当だとオレは思うんだよ」

あの選択は、間違いだっただろうか?
あの姿のまま残っていたら、結末は変わっていたのだろうか?

(いや、変わらなかっただろうな……)

なんて重い、罰だ。
しかし、元の力があろうと、この世界を壊そうなどとは思えない。
隣に立つ人物の笑顔は、夕日に輝いて、それはもう言葉に表せないほどに……。
この世界を壊すなど、そんなもったいないことは出来ない。
そう思ったら、自然と口が動いていた。

「お前は御坂美琴を、愛しているんだな」













「ああ、愛してる」

即答だった。
思ったより、あっけない。
あまりにも冷静な自分に驚きながら、
オティヌスは、上条の後ろに見える夕日に見とれていた。


そこから少し離れた木の影で、

「い、いま……当麻が………オティヌスに………」

シャンパンゴールドの髪が不自然に揺れた。
そのことに、誰も気づかなかった。

「大変だ!!!」

大きなドアが勢いよく開かれた。

「田中くん、こっちは大事な会議中なんだよ!! すみません、コイツまだ常識を知らない新人でして……」

「なに悠長なこと言ってやがんだ!!」

「そうそう、時間がないんだ、だから邪魔しないでくれな……」

胸ぐらが掴まれた。
彼を雇うと決めた時も、この熱さに惚れたんだっけと回想する。
しかし次の瞬間、上条刀夜にありとあらゆる余裕が消えた。

「アンタの嫁がパラグライダーやっていて落ちたんだぞ!!!」


『でも、でもっ!!!』

『ぱぁぱ!!!』

『悪い、今回はこの船で先に帰っててくれ。大丈夫だよすぐ帰るから』

香港の港。
ミャンマー、中国、ベトナムと連戦だった。
次のインドで決着がつくはずだ。

『ぱーぱ?』

『この娘を、頼む』

『っ!!』

妻に口づけし、抱きしめる。
自分が戻れるかはわからない。
これが最後となるかもしれない。

『帰ったら、また抱きしめてくれよ』

『ぅん』

少しずつ、距離が空く。
絡まれた手が、ほどけていく。
しかし、一瞬彼の動きが止まる。
赤子の手が、腕の服をつかんでいた。

『ぱぱ!!!!!』

顔がくしゃくしゃにゆがんだ。
だが、彼女のためにも退けない。
指を1本1本解き、最後にその手を握りしめて、
全てを振りほどき、駆け出した。
後方で泣き叫ぶ、愛しき2人を守るために。



システム復旧率46%

54%

62%

73%

86%

98%……











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