小ネタ 第一章合間 その具材だけは鍋に入れてはならない
御坂美琴は寒空の下、ただただ何の気なしに歩いていた。
僧正という正真正銘の魔神【ばけもの】を目の当たりにし、己の無力さを痛感し、
それと同時に、今まで共に歩けていたと自分が思っていた…
いや、正確には『思い込もうとしていた』と言った方が正しいだろうか。
隣にいたはずの上条当麻が、自分の遥か遠くを歩いている事に気付いてしまった。
僧正との壮絶な戦いに幕を下ろし、どうにかこうにか常盤台中学の学生寮まで戻ってきた美琴は、
バスルームの中で深呼吸を何度も繰り返した。
しかしそんな事で落ち着きを取り戻せる訳もなく、こうして頭でも冷やす為に、
夜風に当たりながらトボトボと歩いていたのである。
美 「はぁ…何やってんのかしら、私……」
誰に言うでもなくポツリと呟く。やはりこうして歩いていても、気が晴れる事はなかった。
むしろ街を見渡せば建物や道路など、僧正が暴れた爪痕が所々残されており、
否が応でも今日一日の悪夢のような出来事が頭を過ぎってしまい、美琴は益々自己嫌悪に陥る。
美 「……帰ろうかな…」
そんな事を思いながら、今来た道を逆戻りしようとした、その時だった。
美琴のいる場所のすぐ近くから、『とても聞き覚えのある声』が聞こえてきたのだ。
上 「……お前は本当に、俺の『理解者』なんだな」
オ 「今さら何を言っている。定義の確認でもしたいのか?」
それは美琴が今、最も会いたくない人物であり、最も逢いたかった人物、上条だった。
上条は誰かと話をしていたようだったが、今の美琴にはその会話まで耳に届く余裕はない。
とっさに身を隠そうとしたが、その前に上条と目が合ってしまう。
上 「…ん? あれ、御坂?」
美 「……あ…あぁ、うん…」
歯切れの悪い返事である。
ちなみに、上条と会話をしていたのは全長15㎝の魔神オティヌスだったのだが、
上条が美琴に話しかけると途端に上条のマフラー内に隠れてしまった。
「ズボンのポケットに美少女フィギュアを突っ込んで外出しているように見える」
という上条の言葉を、オティヌスはオティヌスなりに気にしたのかも知れない。
上 「どうしたんだ、こんな所で? しかもこんな時間に」
いつもと同じ調子で、まるで今日も平和な一日だったかのように言葉をかけてくる上条。
美琴は一度息を呑んで、必死に笑顔を作りながら、『いつも通りの美琴』を演じる。
美 「べ、別に? ただの散歩よ。アンタこそどうしたの?」
すると上条は、真剣な顔でこう答えたのだ。
上 「鍋の具材を買いに行くんだよ」
美 「……………は?」
あまりにも予想外な回答に、美琴も思わずシリアスな雰囲気を吹き飛ばしてしまう。
「は?」と素っ頓狂な声が出てしまう程に。
そんな美琴に、上条は「めんどいから三行で説明するぞ」と前置きして。
上 「夕ご飯に鍋食べたい
でも冷蔵庫の中しょうゆと味噌だけ
だから具材買いに近くのスーパーへ」
美 「………………………」
美琴は本気で上条【コイツ】を思いっきりぶん殴ってやろうか、と思った。
こっちが本気で凹んでんのに、この能天気野郎は、と。
美琴は「はぁ~~~~~…」と深い溜息を吐きながら脱力すると、
上条に軽く睨みながらも会話を続ける。
美 「ああ、そう。んで? 具体的には何買う訳?」
美琴としては、さして興味の無い話題なのだが、かと言って今更シリアスな空気に戻せもしないので、
とりあえず上条の献立を聞いてみたりする。
上 「ん~…細かい事はスーパー行って残りモンとか値段とか諸々見てから決めるけど、
とりあえず白菜とか豆腐は欲しいかな。鍋の定番だし。
それと何と言っても、もやしだもやし! 安い上に栄養価があるからなアイツは!」
美 「そうねー」
適当に相槌を打つ美琴。
そんな美琴に、上条は冗談でも言うかのように(というか確実に冗談なのだろうが)、
突然こんな事を言ってきやがった。
上 「あとはそうだな…料理は愛情とか言うし、ミコっちゃんの愛とか入れてくれると助かるな」
美 「ぶっふぁっ!!?///」
不意打ちすぎる一言に、美琴は一気に心拍数を上昇させた。
美 「な、なな、何よいきなり突然!!? てか、その前の台詞から脈絡無さすぎるんだけど!?」
上 「いやいや、ほら。鍋って食べると体が熱くなるだろ?
そして人の愛情やら温もりやらも体を熱くさせる訳だよ。
つまりそれは鍋には必要不可欠な要素という事であって、
ここは一つ上条さんが大好きなミコっちゃんの愛情をだね」
美 「ぴゃあああああああああああああああっ!!!!!///」
鈍感界の第一人者である上条の口から飛び出したとは思えないような言葉。
確かに美琴は上条の事が大好きなのだが、それを上条が知っているはずも気付いているはずもない。
美 「な、ななな、なな、なに、なに、言っぴゃへっ!!!?///」
真っ赤な顔でしどろもどろになる美琴。そんな美琴の顔を見て、上条は「ふっ」と笑顔になる。
上 「…やっと美琴らしくなったな」
美 「…へ? ひゃえ?」
上 「いや、会った時から無理にいつもらしく振る舞ってるような気がしてたからさ。
御坂が何に悩んでるのかは知らないけど、とりあえず元気は出たみたいで何よりだよ」
美 「~~~~~っ!!!」
つまり上条は美琴の顔を見た瞬間から、彼女が何かを誤魔化している事を見抜いていたらしい。
そして少しでも美琴の元気が出るようにと、愛情云々と冗談を言ったのである。
また、自分の無力さへの劣等感に苛まれていた美琴は、まんまと上条の思惑に乗っかってしまい、
胸の痛みは胸の高まりへと変わってしまった。
ああ、やっぱり自分は上条の事が好きなのだと、改めて再確認してしまう。
上条の笑顔に釣られるように美琴も『本当の』笑顔になる。そして一言、
美 「あ~! 大分冷え込んできたわね。そろそろ帰ろうかしら」
と踵を返しながら、上条に小さく「…ありがと」と呟いた。
それが聞こえたのか聞こえていなかったのかは分からないが、
上条は「暗いから気をつけて帰れよ」と声をかけて、その小さくなる背中を見送っのだった。
さて、それでめでたしめでたしになる訳がなく、
この間もオティヌスは上条のマフラーの中で延々と二人の会話を聞かされていた訳で、
当然ながら面白くないオティヌスはズボンのポケットに戻り、
再び内側から名状しがたい一撃をお見舞いした。それも先程よりも更に強烈な奴をだ。
「前屈み上条」は「悶絶上条」へとクラスチェンジしたのである。
◇
本日の鍋パーティ、具材一覧その一.五
しょうゆ、味噌
美琴の笑顔と愛情
インデックス「……………」
上条当麻 「ああっ!? インデックスさんが無言でお口を開けていらっしゃる!?
上条さんの頭は鍋の具にはなりませんですことよ!?」
ネフテュス 「ばっ、ばぶあ、へぐぶぐ……笑顔と愛情だな゛んて…ぐすっ。いい話ねぇ~」
オティヌス 「お前は涙腺弱すぎだろっ!」