とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある災悪の未来予知




9月30日の昼。白井は大きく溜息を吐いていた。
翌日から衣替えで、学園都市の全学校は午前中授業である。
勿論それは常盤台中学も例外でなく、白井も学校は午前中で終了したのだが、
とてもそうは見えない程に不景気な顔をしている。この日は朝から、何か嫌な予感がしていたのだ。
彼女は別に予知能力者ではない。嫌な予感というのも、これまでの経験則に基づく直感である。
何しろ本日の早朝、時刻にして午前5時20分頃、ルームメイトでもある愛しのお姉様・御坂美琴が、
ふかふか枕を抱き締めながら、幸せそうな笑顔と共に、
「……んふふ……。罰ゲームなんだから、何でも言う事聞かなくちゃいけないんだからねー……」
「……まずは何をしてもらおうかなー……むにゃ」
などと、とんでもなく気になる寝言を言っていたから。
一体どんな夢を見ているのか、そしてその枕は何の代用なのか、想像するだけでも恐ろしい。

「お姉様に限ってそのような事があるとは思えませんが…」

ぶつぶつ言いながら歩く白井だが、自分の言葉とは裏腹に一つだけ心当たりがある。
類人猿…白井がそう呼んでいる、あの例のツンツン頭の高校生。
6月の半ば辺りから約一ヶ月、美琴が勝負を挑んでいた(と思われる)人物であり、
その後、美琴が何かに悩んでいた時に助けた(と思われる)人物でもあり、
夏休み最後の日に、寮の眼前で堂々と美琴と逢引した人物でもある。
白井自身も残骸事件の時には助けられたし、大覇星祭の時も、
『大会を狙ったテロリストを捕まえる』のに裏で助力してもらっていたらしい。
上記の経緯から、悪い人間でない事は白井も分かっている。
しかしそれはそれ、これはこれだ。愛しのお姉様に纏わり付く悪い虫である事には変わらない。

「今度見かけたら、あのお猿さんに立場をいう物を教えてさしあげ…おや?」

独り言を言いかけて、ふと前方を見ると、そこには件の猿とお姉様は居るではないか。
白井は「お姉様ぁーっ!!」と勢い良く飛び込み、
ついでにさっそく猿に説教の一つでもかまそうとした。しかし。

「こ、これは……ッ!?」

瞬間、白井は上条(猿から進化したらしい)の直球従属姿勢に、絶望と嫉妬、
そしてわずかな尊敬の念を浮かばせた。見ると上条は、恭しく跪きながら、
ペラペラの下敷きで美琴のスカートの下から思い切り扇いでいるではないか。
その姿は正しく忠義の徒。立場を教えるどころか、上条はその立場を充分に理解し、
麗しのお姉様の専属奴隷として、身を粉にして従順に働いているのである。
だが白井とて負けてはいられない。その役目は本来、自分のだけのものなのだから。
故に白井も自分の鞄から下敷きを取り出し、上条と同様にお姉様を下から扇ぎ始めた。
相手は強敵だが、しかし負ける訳にはいかないのだ。お姉様の、唯一無二の伴侶(?)として。

「何の儀式だこれ私はどこぞのカルト教団の教祖様かーっ!!」

教祖様の叫びは二人の教徒に届く事はなく、上条と白井は無言で下敷きを扇ぐのだった。


 ◇


しばらくして、ここは風紀委員第177支部。
午前中授業とはいえ、風紀委員としての業務活動は普通にある。
美琴や上条と別れた白井は、帰宅せずにそのまま支部へと向かったのだが。

「あ、白井だ」
「また来てますのね…一応、風紀委員の関係者以外立ち入り禁止の場所ですのに…」

脱力する白井。部外者が風紀委員の支部に遊びに来るのを禁止する事は、
佐天という前例が黙認されている時点であまり効力は無いようだ。
支部の中で待っていたのは、美山写影という小学校四年生の予知能力者だった。
白井と彼は、ここ最近手を組んで、人命救助に勤しんでいる。
美山は惨劇の瞬間をカメラに写す予知能力者なのだが、自分ではその惨劇を変える事は出来ない。
三次元の枠内の演算では、未来を覆す事は不可能なのである。
しかし白井は十一次元演算を必要とする空間移動能力者。
彼は白井と組む事によって、初めて未来を変える力を得られるのだ。
そんな訳で美山は、学校帰りに支部へやってきたのだ。
中学校より小学校の方が早く終わるのは当然なので、彼はここで待っていた形になる。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。事故や事件が未然に防げるのなら」

そう割って入ってきたのは、二人の関係を唯一知る人物、初春だった。
彼女は書類の山をドサッとデスクの上に置き、事務処理を開始する。

「そうは言いましてもですわね……あら?」

苦言を呈そうとしたその時、白井の携帯電話が鳴り響いた。

「はい、もしもし?」
『…あっ、黒子?』

電話の主は、美琴だった。

「どうかなされましたの、お姉様?」
『うん悪いんだけど、私の鞄とバイオリンケース、寮まで持ってってほしいのよね。
 これからその……あ、遊びに行くんだけど、これ持ってると邪魔だし。
 それに自分で置いてくると、途中で寮監に捕まっちゃいそうだしね。
 けど黒子なら、空間移動で寮監にも見つからずに置いてこれるでしょ?』
「は、はぁ。まぁ、それくらいは構いませんが…」

確かに構わないが、それ以上に『遊びに行く』という台詞を噛んでいた事が気になる。
まさかあの類人猿とデートではあるまいか…と思ったが、詮索するのは止めた。

「それで場所はどちらですの?」
『コンサートホールの前』
「分かりました。すぐにそちらに向かいますの」
『ありがと黒子』
「いえいえ、お姉様のお力になれるだけで黒子は満足ですの」

と通話を切った白井だがすかさず。

「その役、私がやります!」

シュバっと手を挙げながら、初春が立ち上がった。
この野郎(野郎ではないが)、どうやら通話を傍受していやがったらしい。

「…どういう風の吹き回しですの?」
「も~、何を疑っているんですか。
 私はただ、白井さんの荷物運びの用事を手伝ってあげたいだけですよ~」

怪しい。とてつもなく怪しい。
しかし白井には美山と共に事故や事件を未然に防ぐ役目がある。
それは白井にしか出来ない事で、対してお姉様の荷物運びは、初春が代役でも何の問題もない。
白井は渋々ながら了承し、初春は嬉々として支部から出て行った。しかしである。

「…いいの?」
「良く…はありませんが、わたくしは貴方と共に事故や事件を」
「ううん。そういう意味じゃなくて」

白井の返事を遮り、美山は初春のデスクを指差す。
そこには、先ほど初春が置いた書類の山がドッサリと。

「初春がいなくなったら、アレ全部白井がやらなくちゃいけないんじゃないの?」
「おうっふ…」

思わず頭を抱えた白井。と同時に、初春への殺意が湧き出してくる。
だが事務処理よりも人命が優先だ。白井は書類の山の事を一旦忘れて、改めて美山に向き直る。

「それで…貴方がここへ来たという事は、また何か予知いたしましたのね?」
「うん。今回はこの2枚なんだけど」

美山がポケットから取り出したのは、マーブル模様の念写写真。
このままでは何が写っているのか分からないので、白井はアプリを使ってその写真を写してみる。
するとそこには…

「…? なにこれ?」

写し出された2つの『惨劇』に、美山は顔をキョトンとさせる。
一体、これのどこが『惨劇』なのだろうかと。

「うーん…ごめん。どうやら念写に失敗しちゃったみたいだよ白…井…?」

白井の方を振り向いた美山だったが、白井の顔を見た瞬間ギョッとした。
その顔はまるで、鬼か悪魔か般若か修羅か羅刹か閻魔か…とにかく、そんな顔だったのだ。
白井は2枚の写真を手でグシャっと握り潰し、地獄の門番のような低い声で、唸るように言った。

「ふっ…ふふふ…! わたくしが…わたくしが間違っておりましたの…
 あの類人猿を少しでも尊敬してしまったわたくしが愚かでしたのよ…!」
「え、ええと…白井…さん?」

思わず「さん付け」してしまう美山。
そんな美山を見向きもせず、白井は支部の部屋から駆け出す。
一刻も早く美琴から『初春を引き剥がさなければ』ならなくなったのだから。


 ◇


1枚目の写真は、『上条が美琴のスカートの中に顔を突っ込んでいる写真』だった。
周りの風景からして、昼に白井が通った場所だろう。
つまり、白井が上条と共に美琴を下から扇いだ場所である。
だがもし、あのまま十一次元演算を持つ白井が割って入らなければ、事態はどうなっていただろう。
これはあくまでも白井の推測だが、本来は上条だけが美琴を扇いでいた筈である。
白井が干渉しない以上は当然なのだが、問題はその後だ。
例えば、「止めなさいよこの馬鹿っ!」と美琴が自分のスカートを押さえようとした瞬間、
何らかの『事故』が起こり、そのまま上条が美琴のスカートの中に(短パン越しとは言え)、
ダイブするという『不幸』な『惨劇』が起こっていたのではないだろうか。
そう思った瞬間、白井はゾッとした。万が一あの時、自分があの通りを歩かなければ、と。

そして今は、2枚目の写真の場所に向かっている。
2枚目の写真は逆に、『美琴が上条を押し倒して、上条の股間に美琴の顔をぶつかっている』
という写真だった。写真の中には、真っ赤な顔の初春と散乱した学生鞄やバイオリンも写っている。
これも白井の推測だが、例えば、美琴が初春にバイオリンの手解きをしていたら、
待ち合わせの上条が接近してきて「…俺、お邪魔でしたかね?」とか変な誤解をされて、
美琴が慌てて「ちちち違うわよっ!!?」とか言いながら手を離すもんだから、
初春が「うわわっ!?」なんて奇声を発しながらバランスを崩し、
そのまま後ろから美琴を押してしまい、将棋倒しに美琴も上条を押し倒して、
そして美琴は上条の股間へとダイブするという『惨劇』が起こるのかも知れない。

「急がなくては…急いで初春をお姉様から引き剥がさねば!」

百歩譲って美琴が上条と待ち合わせしているという事実には目を瞑るとしても、
お姉様が類人猿なんぞの醜い場所に、
その端整なお顔を埋めるという、最悪の未来だけは回避しなくてはならない。

そして現場に到着してみたら、案の定初春は、美琴に後ろから両腕を回してもらう形で、
何やら顔を真っ赤にしながら優しくレクチャーされていた。
白井は妬みやら嫉みやら、または仕事を押し付けられた事による怒りやらを込めて、

「う~~~い~~~は~~~るぅっ!!!」

と禍々しいオーラを放ちながら距離を詰めた。
そして初春の首根っこを掴みながら、風紀委員第177支部へと帰っていく。
ともかく、これで美山が念写した『惨劇』は回避出来たのだった。

この時点では。


 ◇


「うへ~~ん、白井さ~ん! 謝りますから、少し手伝ってくださ~い!
 こんな量のお仕事、私一人じゃどうにも出来ませんよ~!」
「お黙りなさいな! その一人じゃどうにも出来ない量の仕事を、
 わたくし一人に押し付けようとしたのは、どこのどちらさんですの!?
 それにわたくしは、これから3枚目のお写真の検証をしなくてはなりませんし!」

支部へと帰ってきた初春は、自業自得と言うか何と言うか、仕事に追われていた。
そして白井を待っていたのは、二人がいない時に美山が念写した、3枚目の惨劇の写真だった。

「でもさっきの2枚が訳分かんない写真だったから、今回も自信ないな」
「いいえ、アレは間違いなく最凶にして最狂の惨劇でしたの」

白井にとってはそうなのだろうが、上条も美琴も二人の関係についても知らない美山にとっては、
何がどう『惨劇』なのか、全く以って理解は出来ない。
しかし白井がここまでハッキリと言い切るのだから、きっと自分には分からない理由があるのだろう…
と、まだ純粋な心を持つ小学四年生の男の子は思うのである。何だか罪悪感である。

「それでその3枚目というのは?」
「うん、これなんだけど…」

やはりこれだけでは、何の現場かよく分からない。
白井は再び携帯電話を取り出し、アプリ越しにその写真を見てみる。その瞬間―――

「っっっ!!? がっ、ごぁばっ!!!!?」

見た瞬間、明らかに白井の様子がおかしくなった。
具体的には顔は青ざめ、白目を剥き、口から泡を吐き、体は硬直している。


「し、白井さん!? 一体何を見ぬっふぇっ!!?」
「……やっぱり、僕にはサッパリ分からないや」

白井が尋常な状態ではないので、どんな写真を見たのだろうと初春と美山も覗いてみたのだが、
初春はその写真を見ただけで顔を真っ赤にしてしまった。
そして美山はアプリに写し出された写真の真の姿に、困惑する。

「どう見ても、男の人と女の人が抱き合いながら『キスしてる』ようにしか見えないよ」

白井と初春は、当然ながら知っている。
その男の人の名前は「上条当麻」で、女の人の名前は「御坂美琴」だという事を。

「しししし白井さんっ!!? ここここれって…!」

初春のテンパりまくった声に反応したのか、白井はゆらりと立ち上がり、
支部内の窓ガラスが割れるのではないかと言う程の大声で叫びながら、初春に一つの命令を出した。

「今すぐにお姉様と腐れ猿の居場所を突き止めなさいなっっっ!!!!!
 監視カメラでも人工衛星でもハッキングして構いませんから今すぐにっっっ!!!!!」
「はっ! ははははいいいいいいいいぃぃ!!!」

仮にも風紀委員支部の部屋の中で、とんでもない事を言う白井。
初春も初春で、本来は「邪魔しちゃ駄目ですよ~」とか言って白井をたしなめる役目なのだが、
あまりの白井の迫力に、思わず言われた通りに実行してしまう。ご丁寧に、敬礼までしながら。


 ◇


「笑え御坂! これ以上いちいち撮り直すのは面倒だ!
 ようは書類を作れりゃ何でも良いんだろ! 割り切っちまえば問題ねえよこんなの!!」
「え? ま、まぁ、そうよね。あはは! 別にそれっぽく写真撮るだけじゃない。
 そうよねそうそう写真を撮るだけ! ようし行っくわよーっ!!」

初春が場所を割り出し、白井は空間移動で現場に到着した頃には、二人は既に抱き合っていた。
上条が携帯電話のカメラ部分を自分達に向けている事から察すると、
どうやら二人はツーショット写真でも撮ろうとしている様子だった。
しかし白井には分かっている。この後、なんやかんやと事故が起こり…
例えば、もっとフレームの中心に収めようと、上条が美琴を抱き寄せる力を強くして、
そんな心構えの出来ていなかった美琴は、バランスを崩して上条に寄りかかってしまい、
そして唇と唇がぶつかってしまう…なんて考えるだけでも吐き気を催すような、
最悪を超えた災悪な未来になってしまう可能性がある。
いや、白井が動かなければ、100%そうなってしまうだろう。何しろ美山の未来予知能力は、
白井の干渉が無ければ運命を変える事が出来ない程の精度を持っているのだから。

「撮るぞーっ!」
「イエス!!」

上条が携帯電話のシャッターを押す瞬間、彼は美琴を抱き寄せる力を強くした。
が、次に待っていたのはバランスを崩す美琴の姿ではない。
いや、正確に言えば美琴はバランスを崩してはいたのだが、それは上条も同様だった。
気付けばシャッターの電子音が鳴る前に、上条は前方へと吹き飛んでいたのである。
その原因は勿論。

「ひ、人がちょっと目を離した隙にナニをやっているんですの…?」

間一髪。白井は、上条と美琴がキスをするという災悪の未来の直前に、
空間移動で急速接近し、上条の後頭部にドロップキックを食らわせたのである。

こうして、美琴お姉様の大事なファーストキスと貞操は護られたのであった。


 ◇


ちなみに、その一年後の9月30日。現在、白井は中学二年生である。
果たして、中学一年生の白井が苦労して護った美琴は、一体どうなったのだろうか。

「ねぇ~、当麻ぁ…チューしようよ、チュー」
「ま、またですか美琴さん!? さっきやったばかりな気がするのですが!?」
「何回やってもいいの! だって私と当麻は恋人同士なんだから♡」

「黒子の……黒子の力が未熟だったばっかりにっ!!!」

残念ながら、やはり決定された未来を変えるのは中々に難しいようだ。










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