やらかし都市伝説
学園都市には、外の世界には無い技術が数多くある。
例えば、世界一の演算能力を持つ並列コンピューター樹形図の設計者。
人間の身体能力や動作を外側から強化する駆動鎧。
最高速度が50km/h以上も出せる電動自転車アクロバイク。
他にも外部より20~30年進んだ技術は山ほどあるが、その中でも象徴的なのは、やはり『超能力』だろう。
自分だけの現実を確立させ、認識のズレによって物理法則を捻じ曲げるという、まさしく超常現象。
しかし便利そうに感じるその力も、誰もが等しく扱えるという訳ではない。
事実、能力者はレベル0~レベル5の6段階に分けられ、しかも日常生活に役立てられるのは、レベル3以上だという。全学生の6割弱はレベル0である為、殆どの人間がその恩恵にあずかれないという結果になるのだ。
そこで元・大脳生理学者の木山春生(最近、無事に出所した)は考えたのだ。
「高レベルの能力者の演算能力を低レベルの能力者に移植できれば、低レベルの能力者でも高度な超能力を扱う事ができるのではないだろうか」と。
故に彼女は演算能力を移植できる装置の試作品を作り、被験者である超能力者と無能力者の二人にその試作品を使ってみたのだが。
「すまない。どうやら失敗してしまったようだ」
「「失敗ってえええええええええぇぇぇ!!!」」
悪びれもなく頭をポリポリとかく木山に、被験者二人…美琴と佐天は絶叫した。
彼女達は木山の知り合いである。出所したばかりで他に知り合いがいなかった木山は、実験に協力をしてくれそうな無能力者・佐天とコンタクトを取った。
木山の起こした幻想御手事件で昏睡状態に陥った佐天は、勿論最初は警戒していたのだが、木山の話を聞いている内に段々と興味をそそられていった。
良くも悪くも彼女は好奇心旺盛だが、今回は悪くもの方である。
そして話を聞き終わった頃にはすっかりやる気になってしまい、佐天から超能力者・美琴へと電話をして、美琴に来てもらったのである。
佐天に呼び出されて怪しい実験室にやって来た美琴は、当初木山の実験を断った。
しかし何故か木山ではなく佐天に説得されてしまい、最終的には渋々ながらも、実験に協力するハメとなったのだ。だが結果は見事にこのザマである。
実験は失敗。その結果、美琴と佐天がどうなったのかと言えば。
「ちょ、ど、どどど、どうして私と佐天さんの体が入れ替わってんのよっ!!?」
「うわっ! ホントにあたしの顔、御坂さんだ…こ、これ元に戻るんですか!!?」
演算能力の移植は叶わず、人格の入れ替わりが起こってしまったようだ。
今現在、美琴の体に入っているのは佐天。佐天の体に入っているのは美琴である。
二人とも鏡を見たり、体中あちこち触ってみたり、お互いの姿を見合わせてみたりしながらも、顔は青ざめている。
一生このままだったらどうしよう…と。
だが木山は慌てず(元々慌てるような性格ではないが)、冷静な口調で二人を諭す。
「心配しなくてもいい。もう一度この装置を使えば、至極簡単に戻れるのだからね」
「そんな事言われても、信用できる訳ないでしょうが!」
そう反論したのは佐天の体【みこと】である。
まぁ確かに、思いっきり失敗しておいて「心配しなくてもいい」もないだろう。
しかし木山も他人事のように言い放つ。
「ならば聞くが、君はこれからの人生を『佐天涙子』として生きていくつもりなのかね? それならば私も止めはしないが」
「うっぐ…!」
言葉に詰まる佐天らしき人【みこと】。入れ替わり現象を作り出したのが木山なら、それを元に戻せる人物も木山ただ一人。それもまた確かな事なのだ。
「ここは信じるしかないですよ、御坂さん」
「………はぁ。仕方ないわね…」
「あと、あたしのせいで変な事に巻き込んじゃってすみません……」
「佐天さんのせいじゃないわよ」
「そうだね。さほど気に病む事でもないさ」
「アンタが言うなっ!」「あなたが言わないでくださいっ!」
同時にツッコむ美琴&佐天。
「ただしもう一度装置を使うには、数時間の充電が必要になる。まだ試作機だからね。燃費の悪さには目を瞑ってほしい」
「「……………」」
他に目を瞑ってほしい所があるのではないだろうか、と思った二人だが、この人には何を言っても無駄なのだと理解し、押し黙る。
「では充電が完了したら連絡をするから、それまで他者の体を満喫するといい」
こうして二人は数時間の間、美琴は佐天の、佐天は美琴の体で待つ事に相成ったのだった。
◇
「―――って事があってね」
「は、はぁ………えっ!? じゃ、じゃあ今お話しになっているのは、佐天さんではなくお姉様という事ですの!?」
「うわっ! 何だか漫画みたいなお話ですね…」
いつものようにファミレスに集まったのは、ご存知の通り白井と初春だ。
彼女達は数十分前にあった出来事を美琴と佐天の口から直接聞き、目を丸くしている。
「でもいい事もあったんだよ。何か御坂さんの体になってから、足下がよく見えるの! しかも何だか体が軽いんだよね! これってやっぱり、 御坂さんが普段から運動をよくしてるからなんですかね?」
「え…ええと、うん、多分、そう…じゃない、かな…?」
佐天から話を振られた美琴は、何故か顔に暗い影が差す。
白井も初春も、佐天のその残酷なまでに無自覚な質問に目を逸らす。
佐天は気付いていないようだが、他の三人には分かっている。
足下がよく見えるようになった理由も体が軽くなった理由も。
普段の佐天には当たり前のようにある物が、美琴の体には無いからだという事に。
主に首から下、お腹よりも上の辺りにある何かが。
このままでは愛しのお姉様が不憫なので、白井は話題を変えるという手段で助け舟を出す。
「それにしても、お姉様のお体だなんて羨ましいですの。わたくしならば、あんな事やそんな事…果てはそのような事までいたしますのに!」
「…何をするつもりなのか、具体的には聞かないでおくわ」
「白井さんらしいですねぇ…」
美琴の冷たい視線と初春の苦笑い。
しかし白井の一言で、佐天がピーンと閃いてしまう。そう、悪巧みである。
「御坂さんの体で、あんな事やそんな事…か……なるほど…」
「…? どうかしたんですか御s…いや、佐天さん」
ブツブツと呟く佐天に気付いた初春。思わず「御坂さん」と呼んでしまいそうになった。
するとその刹那、佐天はガバッと立ち上がった。
「すみません! ちょっと急用を思い立ったので失礼します!」
「ええっ!? ちょ、佐天さん!?」
「あ、大丈夫だよ初春。すぐ戻ってくるから」
「いえ、そういう訳ではなく…」
「御坂さんもいいですよね?」
「ま、まぁ急用なら仕方ないと思うけど…」
「ありがとうございます! じゃ、ちょっと行ってきます♪」
台風の様に去って行く佐天をポカーンと見送る美琴と初春。
ただ一人白井だけが『急用を思い立った』という微妙に矛盾した日本語に、一抹の不安を感じるのだった。そしてその不安が的中していた事実を、後々知る事となる。
それも白井の想像を遥か斜め上を行く、考えも及ばないくらいの『最悪な形』で―――
◇
「ああ、もう! 本当にえらい目に遭ったわよ!」
「でも結構楽しかったですよ? あたしは」
あれから数時間。木山の実験室から出てきた二人は、すっかり元の体に戻っていた。
佐天の急用が何だったのかは聞いてはいないが、彼女が言った通り、立ち去ってから割とすぐに戻ってきたので、大した用事ではなかったのだろう。と、その時だ。
「美琴っ!!!」
「うえっ!!? ア、アンタどうしてここに!?」
突然、どういう訳か上条が現れた。しかもぜぃぜぃと息を切らしながら、顔は真っ赤になっている。
その様子を見た佐天はニヤニヤしながら、すっとその場から消えた。
ここは二人っきりにしなければ、自分が邪魔になる。それを理解したのだ。
というか、この後何が起こるのか、『佐天が一番よく知っている』のである。
「どうしてって…その…さ、さっきの…こ、答えを、言おうと思って……」
「…? 答えってな」
「答えって何?」と言う間もなく、美琴は抱き締められていた。目の前にいる上条から。
サプライズすぎるサプライズに、美琴は瞬時に顔を爆発させて体を硬直させるが、
しかしこれで終わりではない。上条が耳元で囁いたその言葉は、
美琴の中の自分だけの現実を、完全に崩壊させてしまったのだった。
「あれからよく考えたんだけど……あの、その…お………
俺も! 美琴の事が好きなのかも知れませんのでヨロシクお願いいたしますっ!!!」
大事件が起きた。
◇
さて。佐天がファミレスから去って数時間の間、
その空白の時間に彼女が一体何をしたのか、答え合わせをするとしよう。
佐天はまず、制服のポケットに入っていた美琴の携帯電話(体が入れ替わってそのままだった)を取り出し、上条を呼び出した。場所は敢えて人通りの多い駅近の広場だったという。
ノコノコやってきた上条は「どうしたんだ? 急に用があるなんて」と暢気に言ってきたが、すかさず佐天はこう切り出したのだ。
「あっ! 上条s…じゃなくて! アンタにちょろっと言いたい事があったんで…あったのよ!」
若干まだ美琴のキャラになりきれていない佐天ではあるが、上条は気付いていない。
目の前にいるのは、御坂美琴だと信じ込んでいる。見た目が美琴そのものなのだから無理もないが。
「言いたい事?」
「う、うん。実はね……」
そして佐天は、すぅーっと大きく息を吸い込むと、上条だけでなく、
周囲に居る人達全員に聞こえるくらいの大声で、
「常盤台中学二年っ!!! 御坂美琴っ!!!
私はっ!!! 上、アンタの事がっ!!! ずぅ~~~っと前からっ!!!
好きでしたあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
告白した。それはもう誰がどう見ても、そして誰がどう聞いても告白だった。
逆にそれ以外の何に見えるのか、というくらいに告白だった。
わざわざ人通りの多い場所で、わざわざ大声を出したのも、目撃者を増やそうという魂胆である。
一瞬だけ呆気にとられた上条だったが、どれだけ鈍感だろうとも、ここまでストレートな告白をされてしまっては、気付かない訳がない。
見る見る内に顔を赤く染め上げ、あからさまに動揺し始める。
「えっ、ええっ!!? ま、まま前からっていつから…ってか、ド、ドッキリとかじゃな、ないのかっ!? 美琴が、お、俺の事を、だなんて、今まままで、そ、急に、え、ま、ちょ…マジ、なのか!?」
このしどろもどろっぷりに、佐天はニヤリとする。
やはり、である。
この反応を見るに、上条も美琴を意識していた事が窺える。
上条としては鈍感故の無意識だったが、それでも美琴に何らかの感情を抱いていたのだ。
そして勘の良い少女・佐天は何となくその事を察していたのだが、これで確信へと変わったのだ。
(やっぱり上条さんも御坂さんの事が好きだったんだ……)
無自覚ながら、二人が相思相愛である事を確信した佐天は、ここぞとばかりにトドメを刺す。
「ああ、でも今すぐ返事とかしなくてもいいで…いいわよ! 何時間からしたら、この研究所に来てくだ…来てちょうだい! そこからあた、私が出てきたら、答えをくれればいいから! それじゃ!」
言いながら、木山の研究所の場所が書かれた地図を上条に渡し、そのまま台風のように走り去った。
残された上条は、顔からポッポと湯気を出したまま、小さくなる美琴(?)の後ろ姿を見つめる。
しかしそんな上条に、とんでもない不幸が巻き起こっていた。
例えば、美琴【さてん】からの呼び出しで走っていった上条を追いかけてきた、同じ学校のクラスメイトや先輩や先生達。
例えば、上条の帰りが遅いので迎えに来た同居人達。
例えば、偶然通りかかった、美琴の友人・知人・ライバル等である常盤台の生徒達。
例えば、上条とお姉様を発見して隠れて様子を見ていた、美琴の体細胞クローン達。
例えば、イギリス清教の慰安旅行で学園都市に訪れていた、必要悪の教会やアニェーゼ部隊や天草式十字凄教や十字教のシスター達。
そんな人達が、上条の不幸に引き寄せられて、この状況を目撃してしまったとしたらどうだろう。
彼女達の目には、上条と同様、美琴が上条に告白したとしか見えていない。
まさか実験によって美琴と第三者【さてん】の中身が入れ替わっているなどと、誰が思うだろうか。
人は、あまりにも凄惨な出来事を目撃すると、逆に冷静になれるらしい。
この大事件な現場に居合わせた女性達は、上条に何をするでもなく、
無言のまま回れ右をして、一旦その場から離れたのだった。嵐の前の静けさである。
上条ただ一人だけが、ひたすらとフワフワし続けて。
◇
そんなこんながあって数時間。
『美琴との約束通り』に、地図に書かれた場所へと走ってきた上条は、
丁度良く研究所から出てきたばかりの美琴を発見した。上条はそのまま答えをぶつける。
この数時間の間に何度も考えた。自分は美琴の事をどう想っているのだろうか。
果たして本当に自分が美琴の相手でいいのだろうか。どう返事をするべきなのか。その答えが、
「あれからよく考えたんだけど……あの、その…お………
俺も! 美琴の事が好きなのかも知れませんのでヨロシクお願いいたしますっ!!!」
だったのだ。
上条は美琴を思いっきり抱き締め、彼女の耳元で告白を返す。
対して美琴は、「ぴゃあああああああああぁぁぁぁ!!!!?」と奇声を上げながらも、『何がどうなってこうなっているのか、全く分からない』とでも言うかのように狼狽しているが、きっと気のせいだろう。何故なら、『元々告白は美琴の方からしてきた』のだから。
だがこのままめでたしめでたしで終わる訳にいかないのはご承知だろう。
嵐の前の静けさだった時間は終焉を迎え、ついに嵐がやってくる。
一時的に引き下がって、充分な戦闘準備をしてきた女性(一部男性)達が、今、上条と美琴の下へと終結しつつあるのだった。
それは上条勢力の崩壊と暴走、そして第四次世界大戦の引き金となったとかならなかったとか。
ちなみに、その後なんやかんやで誤解は解けて、佐天と木山はこの騒動の首謀者として、風紀委員や警備員にこってり絞られる事となったが、しかし佐天の策略とは言え、上条が美琴の事を意識し、しかも告白返しまでしてしまったのは紛れもない事実なので、上条も美琴も、しばらく顔も合わせられない程にギクシャクしてしまったのだった。