ネックレスロスのネック
それは正に偶然だった。
美琴はその日、何気なく特に予定もなく目的も全くなく、ただひたすらに散歩をしていた。
「う、うんよし! 私は今、ただの散歩をしているだけなのであって、
別にア…アイツを探してる訳でもないんだけど、も、もしも偶然アイツに出会っちゃったら、
それはそれで仕方のない事だからしてつまり(以下略)」
盛大に独り言を撒き散らしながら、ただひたすらに散歩をしていた。
言いたい事はあるだろう。それも山のようにあるだろう。しかしここは我慢して頂きたい。
毎度毎度ツッコんでいたらキリがない。もう本人の言う通り、偶然だという事にしておこう。
ともあれ、こうして美琴は散歩をしていた訳なのだが、
その道中、街路樹の根元にキラリと光る何かを発見する。
「…? 何かしら、これ?」
美琴はその光る何かを手に取り、拾い上げた。すると、
「っ!? これ、あの子のネックレスじゃないの!?」
それは見覚えのある、簡素な作りのハートのネックレスだった。
9月の30日、自分が罰ゲーム(という名のデート)に上条を誘った際、
上条が妹達の10032号、通称・御坂妹(上条が命名)に買ってあげた物である。
上条としては、ゴーグルを取った御坂妹がオリジナルである美琴と見分けがつかないから、
区別する為のワンポイントアイテムとして買った物であって、他意はない。
しかし美琴からすれば、自分との罰ゲーム【デート】中に、妹【ほかのおんな】にプレゼントという、
とても面白くない状況に随分とジェラジェラしたものだ。
そんな経緯があったので忘れる筈もない。これは御坂妹が身につけていた物だ。
だがそうなると、何故それが道端【こんなところ】に落ちていたのかという疑問に当たる。
美琴がジェラったのは、このネックレスが上条からのプレゼントだからなのだが、
同様に御坂妹もこれを大切にしている筈である。
事実ネックレスを返品しようとした上条に対して、彼女はそれを頑なに拒否をした。
そんな御坂妹が、このネックレスを街中でポイ捨てするとも思えない。
「……チェーンでも外れて落ちて、そのまま気付かずに行っちゃったのかしら…?
後で本人に会った時に渡してあげましょう」
御坂妹を含む妹達は、美琴の体細胞クローンだという性質上、表沙汰にはできない。
よって風紀委員や警備員に落し物として預ける事もできない為、本人に渡すしか方法がないのだ。
美琴はそのネックレスを制服のポケットにしまい込…もうとしたのだが、
何かを思いついたらしく、その手がピタッと止まった。
(……ちょ…ちょっとくらいなら私がつけてみてもいいわよね…?
どっちみち妹【あのこ】に会わないと手渡せない訳だし、それまでの間くらい…ね?)
心の中で自分自身に言い訳をしながら、ソワソワとネックレスをつける美琴。
どうやら上条からのプレゼントを身につける事によって、擬似恋人気分でも味わいたい様子だ。
しかし妹とはいえ他人の物を勝手に拝借し、しかもそれを使うという暴挙に対して、
美琴はこの後、天罰を食らう事となる。そう、大 体 お 察 し の 通 り である。
「にゅっふふ~! アイツのネックレスつけちゃった~♪」
ネックレスをつけた瞬間、めちゃくちゃ分かりやすく上機嫌になる美琴。
その場でクルクル回ってみたり、スキップしたりしている。
街中なので他の人にも見られている訳だが、そんな事も気にならないくらい舞い上がっていた。
他人から何と思われようがブレない。流石はレベル5の第三位になれる程の、
自分だけの現実を確立させているだけの事はあ―――
「おう美琴じゃん。どしたんよ? すげぇテンション高いけど」
「ほぁああああああああああいっっっ!!!?」
―――確立させているだけの事はあると思ったが、そうでもなかった。
突然背後から話しかけられて、美琴は奇声を上げてしまう。
いや、これが全くの他人なら美琴も冷静に対処できたのだろうが、相手が悪かった。
それはネックレスを拾う以前に散歩をしていた際、
偶然出会っちゃったらそれはそれで仕方のないと考えていた人物、上条だったのだから。
そう、皆 さ ん が お 察 し し た 通 り の 展 開 である。
しかし出会ったら仕方ないと思っていた美琴だったが、今は先程までと少々状況が違う。
御坂妹のネックレスを拾い、それを身につけた。それはまぁ、別に良い(良くはないが)のだが、
そんな現状を上条に見られたらどう思うだろうか。
(『アレ? 美琴がつけてるそのネックレス…もしかして俺が御坂妹にあげた奴じゃないか?
どうして美琴がそれを……も、もしかして! 御坂妹にあげた事に嫉妬して、
美琴も同じのを買ったってのか!? それってつまり、美琴も俺の事が好き…なのか…?』
なんて展開になっちゃったらどうしよう!!? どうするのコレどうなるのコレ!?)
美琴の脳内でかなり自分に都合の良いシミュレーションが流れる。
上条がそんな非・鈍感な野郎なら、こんなに苦労しないのは美琴自身が一番分かっているだろうに。
と言うかどうなるのも何も、美琴の頭の中での出来事なのだから、
美琴のさじ加減一つでどうとでもなるだろうコレ。
しかも何気に「美琴『も』俺の事が好き」とか言っちゃってる辺り、
願望が妄想に色濃く影響している事が窺える。これも自分だけの現実の影響…なのだろうか。
そんな奇行を繰り広げる美琴に対し、上条は普段通りに話しかける。
もっとも美琴が奇行に走るのは毎度の事なので、上条も慣れているのかも知れない。
美琴がこのようにしてテンパるのは、今のように上条を目の前にしている時か、
もしくはどこかのスカートめくり名人に上条との関係を弄られている時…
つまり大体は上条が原因なのだから。「好きすぎておかしくなるぅ…!」というヤツである。
「何かいい事でもあったのか?」
「いいいいやあのその、べべ、別にアンタのネックレスをつけてみたからとか、
ぜぜぜん全然そんな事とかはないんだけど、ここ、こ、恋人気分とかでもないし、
ってかそもそもテンションとか高くないんですけどっ!!?」
ミコっちゃん名物、自白自爆【ポンコっちゃん】である。
美琴本人としては(これでも)誤魔化しているつもりだが、
実際は聞いてもいない事までペラペラと喋ってしまっている。
他人から見たらこれほど分かりやすい反応もないが、
鈍感を極めし者・上条だけには通用するのだから、世の中うまく行かないものである。
だがここで、その鈍感を極めし者が意外な言葉を口にする。
意外、と言っても良い方向にではなく、むしろ悪い方向に。
「ネックレス…? ああ、そう言えばつけてるな。って事はお前、御坂妹の方か」
「…………え? あ、う、うん…そう、ね…」
美琴と妹達は遺伝子レベルでそっくりなので、見分けがつかなくても仕方が無い。
そもそも見分ける為に、上条はそのネックレスをプレゼントしたのだから。
しかしそれでも、それが分かっていても、美琴はガックリと肩を落としてしまう。
(何よ…私とあの子の違いくらい、分かるようになりなさいよ…この馬鹿………
あっでもこの状況、色々と面白い事に使えるかも)
先程までのハイテンションはどこへやら。一気にどんよりとした気分になってしまう美琴。
しかし気持ちが切り替わった事が功を奏したのか、美琴にある実験【イタズラ】が思い浮かぶ。
美琴は出来るだけ無表情を作り上げ、上条に向かって言い放った。
「は、はい。わたs…ミ、ミサカはアンt……
あ、あああ、あなたが御坂妹と呼ぶ人物に間違いありません、とミサカは肯定します」
成り切りやがった。何を目論んでいるのか、突然美琴は、御坂妹に成り切りやがったのだ。
超能力は勿論、料理、裁縫、運動、バイオリン等々、美琴は本来なら何をやらせても、
そつなくこなせるオールマイティー型(ただし上条に関する事は除く)なので、
当然ながら演技力もハンパない(ただし上条に関する事は除く)。
突発的に御坂妹のマネをする事になっても、冷静に対処(ただし上条以下略)できるのである。
一つ違う点があるとすれば、妹達ならば「あなたが御坂妹と呼ぶ『個体』に間違いありません」
と言う所を、「あなたが御坂妹と呼ぶ『人物』に間違いありません」と言い直している箇所だ。
これは彼女達を物【どうぐ】ではなく、者【ひと】として扱っているからである。
だが今は、そんなちょっといい話をするような場面ではないので、とりあえずスルーしよう。
「あれ? じゃあさっき大声出してたのもお前なのか?
美琴ならいつも通りだけど、御坂妹が『ほぁああああ』とか言うのって珍しいな」
「な、何ですって!!? それは全部アンタが悪…って、違う違う!
た、たまには声を出してストレス発散をしようとしたまでです、
とミサカは先程の……あ…あああ、あな、あなたの発言を撤回するように求めます」
もう一度言う。美琴は演技力もハンパない(ただし上条に関する事は除く)。
しかもどうやら、上条の事を「アンタ」ではなく、「あなた」と呼ぶ事に相当抵抗があるらしい。
「あなた」と呼ぶと、どうしても夫婦間での呼び方を連想してしまうからだろう。
「へ~、お前でもストレスを溜めるような事があるんだな」
「そりゃまぁね! とミサカは誰かさんを睨みながら頷きます!」
上条の鈍感さに対してストレスを感じているのは、
果たして御坂妹としての発言なのだろうか。若干、美琴としての本音が見え隠れである。
そんな御坂妹【みこと】の様子に全く気付く気配のない上条は、
「そっか。まぁ何にしろ、ストレスは溜め込まない方がいいよな」
「っっっ!!!?」
とか言いながら、彼女の頭をクシャっと触り、そのまま撫でる。
上条としては、特に深い意味はなかった。妹達がストレスを感じられるくらいまでに、
自我を持ち始めている事が嬉しかったからなのか、子供を褒めるような感覚で、
頭を撫でたに過ぎない。つまり、年下の女の子としての扱いだ。
しかし当の美琴としては、たまったものではない状況である。
上条からのナデナデとか、下手したら「ふにゃー」してしまうような案件だ。
美琴は顔を真っ赤にしながら、プルプルと震えつつも必死に耐える。
「コイツの手って大きくて温かい…」とか、「なにこれふわふわしてきちゃう…」とか、
「やだくすぐったいわよバカ…」とか、「でももうちょっとだけ…」とか、
そんな余計な事を考えられる余裕もない。だって頭をナデナデされているのだから。
と、美琴がいい感じにポヤーっとしてきたこのタイミングで、
何かを思い出した上条がふいに御坂妹【みこと】の頭から手を離した。
「あっ、そうだ! 俺、買い物に行く途中だったんだわ。じゃあな御坂妹」
「はわわわ……………ハッ!!? いやちょ、ちょっと待って!?」
「…?」
簡単に挨拶を済ませて、そのまま走り出そうとする上条。
ポワポワしていた美琴だったが、上条が手を放した瞬間に我に返った。
ここで上条を逃しては、せっかく御坂妹に成り済ました甲斐も、そして意味もなくなる。
美琴は上条の袖を摘んで引っ張り、彼の動きを止めた。
そして、美琴のままでは絶対に聞けない疑問を口に出したのだ。
「どうかしたのか?」
「あ、い…いや、えっと……た…大した事じゃ、な、ないん…だけど……
その…お………お姉様の事っ! どう思う!? ……とミサカは疑問を…アレしてみます…」
アレって何だ。
「お姉様って…美琴の事だろ? どうって聞かれても…どういうことだってばよ?」
「だっ、だから! わt…お姉様を異性としてどうかって聞いてんのよ鈍感!
…とミサカはアンタ…いや、じゃなくて、あ、あ…あな、たの朴念仁っぷりに憤慨します」
つまるところ、美琴が御坂妹に成り済ました目的は、これを聞く為だったのだ。
上条に素直になれない&恥ずかしい&自分から聞くのは何か癪&
答えを聞くのが怖い&自分の気持ちを知られるのも怖いと、
上記の理由で本来の美琴ならばツンデレロイヤルストレートフラッシュ状態なのだが、
他人【いもうと】に成り切れば、少なくとも「答えを聞くのが怖い」以外の理由【いいわけ】は取っ払える。
なのでこれは、上条の気持ちを知るまたとないチャンスなのだ。
美琴はそんな一世一代の大勝負(笑)を仕掛けた訳だが、
しかし相対する上条は頭をポリポリとかいたりして、余裕綽々である。無自覚なだけに腹が立つ。
「異性としてって…美琴は中学生だしなぁ」
「高々1歳~2歳の違いでしょ大して変わんないじゃないっ! とミサカは思うんだけど!?」
興奮しているからか、徐々に御坂妹キャラが崩れてきている美琴である。
だが上条も強情なのか何なのか、腕を組んで「ん~…でもなぁ…」と唸っている。
このままでは埒が明かない。なので美琴は、一つ設定を付け足してみる。
「じゃ、じゃあ例えば! 数年後って思ったらどう!?
わた…お、お姉様もアンタも高校生とか、もしくは大学生になったら、
そんなに気にならなくなるでしょ!? とミサカは今のままでも別にいいと思うけどね!」
すると上条は、軽く溜息を吐いてこう言った。
「そりゃ今のままの美琴だって充分可愛いし、
しかも美鈴さんを見れば、美琴がこれからもっと綺麗になってくのも分かるけどさ」
「可愛っ!!? きき、綺れっ…!!?」
上条からの予想外の言葉に、心臓が飛び出しそうになる美琴。
先程と同様、またも「ふにゃー」を耐えなければならない状況となる。
「でもそもそも前提として、美琴の方が俺の事を男として意識してないと思うぜ?
何か会えばいっつも怒ってるイメージがあるし」
「そ、そそ、そん、な事は! ななない、わよ!」
上条の言葉に、美琴は思わず大声と出して反論してしまった。
これも御坂妹に成り切っているおかげなのか、
上条から「可愛い」とか「綺麗」とか言われて舞い上がってしまったのか、
漏電を我慢する為に声を荒げて気を紛らわせたのか、もしくは全部かも知れない。
とにかく美琴は、普段なら言えないような事を、思わず口に出してしまったのだ。
「おね、姉様は、ただ、す、素直になれない性格だから、あんな態、度に、なっちゃう、
だけ、で、べ、べ、別に、アア、アンタの事が嫌いだからとか、そんなんじゃないのよ!
む…むしろ……むしろ! 私はアンタの事が―――」
「…そこで何をしているのですか。そして何故ミサカのネックレスをつけているのですか、
とミサカは額に怒りマークを浮かばせながらお姉様に詰め寄ります」
「―――私はアンタの事がああああああああぁぁぁいっっっ!!!?」
美琴が何かとても大事な事を言おうとしたその矢先、
横から突然現れた人物によって、その何かとても大事な事はキャンセルされた。
本物の御坂妹。つまり、ご本人登場パティーンのドッキリである。
「どどどどどうしてここへっ!!?」
「どうしたもこうしたもありません。ミサカの大切なネックレスが紛失した事に気付き、
歩いてきた道のりを逆にたどりながらネックレスを探していただけです、
とミサカは説明します。そしてやっと見つけたと思ったら、
何故かお姉様がそのネックレスを首にぶら下げてミサカのフリをしており、
しかも彼とイチャっていたので、ものすごくイライラしていた所です、
とミサカはお姉様を睨みながらポカポカと殴ります」
「イイイイイイチャってなんかしてないわよ!!?
このネックレスだって、元々アンタに返そうとしてて…
っていうか痛…くはないけどやめなさい! チェーン外せないでしょ!?」
妹の猛抗議により成り切りタイムは強制終了させられた。
美琴は仕方なく、ネックレスを首から外し、それを妹に手渡す。
一見ほのぼの姉妹喧嘩だが、その喧嘩を延々と見せられた上条は、当然の疑問が浮かぶ。
「…え? いや、ちょっと待てよ?
つまり今まで俺と喋ってたのは御坂妹じゃなくて美琴って事だよな?
でもそうなると、さっき美琴が話してた事は、えっと―――」
「ぴゃっ!!? え、あ、やっ…ちち、違うのっ!!! アレは、つ、つまり……
とにかく違うんだからあああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
深く突っ込まれる前に、美琴はその場から逃げ出した。
それはもう、真っ赤な顔で目に涙まで浮かべて、ダッシュで逃げ去ったのだ。
残された上条は頬にほんのりと赤みを差しながら、
「えっ…? じゃ、じゃあつまり、美琴って………ええぇ!!?」
と明らかに狼狽する。その様子に御坂妹は、ガクガクと震えながら呟いた。
「き、緊急連絡。お姉様と彼が何か急にいい感じに甘酸っぱい雰囲気になってしまいました、
とミサカ10032号はこの先どうするべきか他のミサカ達にも応援を求めます」
ミサカネットワーク内が大炎上したのは、まぁ言うまでもないだろう。
落し物が届けられたら、拾った人にお礼として一割渡さなければならないと聞くが、
この結果が一割なのだとしたら、物価の高騰が深刻化しているのだと言わざるを得ない。