ふにゃいた赤鬼
小萌はプリプリと怒りながら、上条にある提案をした。
「……え? バイトですか?」
「そうなのです! 今度あすなろ園という児童養護施設で豆まきのイベントがあるのですが、
上条ちゃんにはそこで鬼さんになってもらうのです!」
「え、いや…何でまた? しかも急に…俺、バイトなんてやった事ないですよ?」
「上条ちゃん…? そんな事を言ってられる状況だと思っているのですか…?」
「うぐっ…!」
上条の出席日数は穴だらけである。
元々の成績も芳しくないクセに、その上で学校をズル休みするような不良生徒が相手では、
もはや毎日(休日も返上する時もある)の補習だけでは補いきれないのだ。
現に防犯オリエンテーションでは、ポイントを稼ぎやすい犯人役をやらされた。
どうやら今回のバイトも、社会福祉としての観点から特別ボーナスが貰えるらしく、
そのボーナス分を足りない出席と成績に割り振れるのだという。
「それにバイト代もきちんと出るのですよ? それほど多くはないですけど」
ポイントも貰えてお金も貰える。
成績も生活費も困っている上条には、正に一石二鳥な話だ。
「分かりました! 俺やります!」
上条は二つ返事で承諾した。
◇
寮監はガミガミと怒りながら、美琴にある提案をした。
「……え? バイトですか?」
「そうだ! 今度の節分にあすなろ園では豆まきが行われるのだが、
御坂にはそこで鬼の役をやってもらう!」
「え、いや…何でまた? しかも急に…私、色々と予定がありますし」
「ほう…? 随分と余裕な態度だな。もっと厳しい罰にしても私は構わないのだが…?」
「うぐっ…!」
常盤台中学は校則に厳しい。その学生寮もまた、当然ながら厳しい。
寮則破りの常習犯である美琴は、先日も門限を破ったばかりである。
原因は上条とのプチデート(上条は無自覚、美琴は否定している)で時間が経つのを忘れてしまい、
結果的にそうなってしまったのだが、それで許してくれる寮監ではない。
どうやら今回のバイトは、その時の事を清算する為の罰として考えられ、
寮監があすなろ園と話をつけて、約束を取り付けたらしい。
「イヤならば、そうだな。いつかのプール掃除の時のように、校舎内全ての清掃でも…」
とんでもない事を口走る寮監。常盤台中学がどれほど広いと思っているのか。
そんな事を一人でやらされたら、終わるまで何週間かかるか分からない。
「い、行きます! あすなろ園のバイト、行かせていただきます!」
美琴は二つ返事で了承した。
◇
そんな経緯があり、上条と美琴はそれぞれ違った理由で同じバイト先に派遣された訳だが。
「な、何で美琴がここにいるんだよ!!?」
「なっ、ア、アンタこそ、どど、どうしてここへっ!!?」
知らなかった二人は現場での鉢合わせに衝撃を受ける。
これから鬼となって豆を投げつけられる二人だが、
その前にすでに、豆鉄砲を食ったハトのように目を丸くしてしまうのだった。
「今日はよろしくお願いいたしますね」
そんな二人に、あすなろ園の園長先生【しげのもり】が優しく微笑みながら話しかけてきた。
ちなみにこの先生、婚約した柵川中学の大圄とは現在も清い交際を続けており、
もうすぐ新婚さんになる予定だったりする。
「あっ、え、園長先生! こちらこそよろしくお願いします!」
「うふふっ。子供達も『美琴お姉さんに会いたい』って、はしゃいでいたんですよ?
そちらの彼は…確か上条さんでしたわね。初めまして」
「あ、はい! 初めまして! えっと、上条当麻です」
園長の介入によって空気は和らいだが、二人ともお互いに牽制し合ったままである。
上条からしたら何故美琴が、美琴からしたら何故上条があすなろ園【こんなところ】にいるのか。
特に美琴は、普段から上条を探して街中を走り回ったりしてる(電話使えよ)クセに、
いざこうして突発的に出会ってしまうと。
(う~~~っ! や、やだドキドキしてきた…何なのよコイツ!
心の準備が出来てないウチに出てくんじゃないわよっ!)
こんな風に理不尽に怒られたりする。心の準備が必要とか、どんだけ余裕がないのか。
だが同時に、こちらが探さなくても出会ってしまうという事は、
自分と上条は何か運命的なモノで繋がっているのではないかと、
そっちの意味でもドキドキしてしまう美琴である。乙女なのだ。大目に見てほしい。
「それじゃあ、このお面をつけてくださいね」
園長に手渡されたのは、二つの鬼のお面。
子供達が作ったのだろう。厚紙で出来た不恰好なお面に、赤鬼と青鬼の顔の絵が描かれている。
なるほど。これを被って豆をぶつけられるのが、本日のお仕事という訳だ。
上条達はお互いを追求するのを後回しにして、その手作り感満載のお面をつける。
まずは職務を全うするとしよう。お金を貰う以上、バイトもプロも変わらないのだから。
◇
「「「「「鬼はーーー外ーーー!!! 福はーーー内ーーー!!!」」」」」
子供達が嬉々として豆を投げつける。
青鬼【かみじょう】と赤鬼【みこと】は、子供達から逃げたり逆に向かって行ったりしながらも、鬼に成り切る。
「がおー! 鬼だぞー! 食べちゃうぞー!」
「あいたたたたー! 豆だー! 逃げろー!」
一瞬、『誰だお前ら!』とツッコミそうになったであろうが、紛れも無く上条と美琴である。
そんなプロ根性丸出しの二人に、子供達も容赦なく豆を投げてくる。
子供は手加減というモノを知らないので、実は本当に地味に痛かったりしている。
と、そんな時だ。ここで上条お得意の、不幸体質【ラッキースケベ】が発動した。
床には子供達が投げた豆が散乱しており、それを踏んだ上条は滑って転んでしまったのだ。
お約束だが、そこで何故か美琴を巻き込んで。
「って馬鹿ぁー! ななな、何でアンタはいっつも私を押し倒すのよっ!!!」
「す、すす、すまん! わざとじゃないんだ!」
「聞き飽きたわよその言い訳っ!!!」
だが上条の…と言うよりも美琴の不幸はこの後何度も続く。
豆まきをしている間、上条が転んだのは通算8回。
その中で美琴を巻き込んで一緒に押し倒したのも8回。打率10割である。
しかもその内の2回は誤って胸を揉んでしまい、1回は(お面越しに)キスまでした。
8回の打席で5安打を出し、残りの3回はホームランである。
子供達に冷やかされたのは、言うまでもないだろう。
◇
「それじゃあみんな、いただきましょう」
「「「「「いただきまーす!!!」」」」」
豆まきイベントは無事終了し、楽しいお昼である。
園長が手を合わせていただきますをしたのを皮切りに、子供達もいただきますをする。
テーブルの上には、色とりどりの巻き寿司…恵方巻きを切った物が並んでいる。
席には上条と美琴もちょこんと座っており、上条は申し訳なさそうに園長に話しかけた。
「あの…いいんですかね? 俺達までご馳走になっちゃって…」
「勿論ですよ。お二人は今日一番頑張ってくれたのですから」
そう言われてしまっては、遠慮するのは逆に失礼となる。
上条は箸と小皿を手に取り、美琴の方へと振り返った。
「じゃあ…お言葉に甘えて頂くか。なぁ、美琴………美琴?」
しかし美琴からの返事がない。代わりに返ってきた言葉は。
「む……むね…むねもまれ……しかも…き、ききききき、きしゅまで、しちゃっひゃ…」
先程のラキスケショックから立ち直れておらず、ポヤポヤしたまま頭から煙を出している。
この様子に、一人の子供からの、純粋でおませな質問が飛び出してきた。
「ねーねー! 当麻先生と美琴先生は付き合ってるのー!?」
その言葉に、もはや条件反射のような勢いで飛び起きた美琴は、
子供相手にテンプレ通りの言い訳をする。
「びゃっ!!? ちちち違うわよっ!? わた、私とコイツは、つ、つつ、
付き合ってなんか、ないんだから!!! ホ、ホントよ!?」
子供にすら分かってしまうくらいの、見事な狼狽っぷりである。
この態度で誤魔化せるのは、世界広しと言えども上条しかいない。
美琴先生のリアクションに、子供達は容赦なく「ヒューヒュー!」とはやし立て始めた。
これに対し美琴は見る見る内に縮こまり、園長先生はオロオロする。
そこで上条が、園長先生の代わりにこの場を治めようと立ち上がった。
上条は立ちながら、パンパンと手を叩く。
「ほらほらみんな! 美琴先生が困ってるだろ?」
しかしその程度で止まってくれる程、子供は聞き分けが良い訳ではない。
俯いたまま何も言わない【いえない】美琴から、今度は上条へと矛先を向ける。
「えー? じゃあ当麻先生はどう思ってるのー?」
その質問に、上条は待ってましたとばかりに薄く笑った。
ここで下手に否定しては、子供達が益々調子に乗ってしまう事を、
先程の美琴とのやり取りを見て学習したのである。
つまり、ここは敢えて大人の余裕を見せる事が大事なのだ。と、上条は判断した。
「勿論、好きだぜ? なんたって美琴は、俺のお嫁さんになる人なんだからな」
上条名物、不用意なフラグ建築の発動である。
騒ぎが収束するかと思って言った一言は、子供達の火に油を注ぐだけであった。
園内のデシベルは更に大きくなり、上条はどうしてこうなったのかとキョトンとしてしまい、
そして美琴は赤鬼よりも真っ赤な顔で、そのまま固まってしまったのだった。