とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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ほろ苦いチョコでほろ甘く




とある学生寮の一室のキッチン。
そこで美琴は、目の前のチョコレートを湯煎で溶かしながらヘラでかき混ぜていた。
チラリと携帯電話の液晶画面を見れば、そこには2月13日という今日の日付。
そう、明日はバレンタインデー。恋する乙女【みこと】にとって、ある意味で決戦の日なのだ。

「い、いや、べべ、別にアレよ!? 私としてはアイツにチョコとか贈るつもりはないんだけど、
 でもホラ、他にも色んな人に配るのに、アイツにだけ渡さないってのも逆に変じゃない!?
 それこそ気にしてるみたいだし…って、ももも勿論、気にしてなんかないけどねっ!!?」

そう言い訳したのは、いつも通り自分自身に…という訳ではない。
隣には、妙にほっこりした笑顔の初春と、溶けたチョコを見つめながら指をくわえる春上の姿。
そうなのだ。ここは柵川中学の学生寮、初春と春上の春々コンビが暮らす部屋なのである。

「分かってますって。でも他に配る用【わたしたち】のはお店で買った物なのに、どうして上条さんには手作りを?」
「うっ!!? そ、それは…その…」
「美味しそうなの…」

真っ赤な顔で言いよどむ美琴と、マイペースに「くぅ~」とお腹を鳴らす春上。
そして初春はと言えば、佐天ほどではないにしろ、やはり多少なりとも探りを入れてくる。
美琴は針のむしろ状態に冷や汗を流しながら、良い言い訳がないかを考える。

(う~っ! これじゃあ、佐天さんの所に行かなかった意味がないじゃないの…!)

美琴の暮らす常盤台中学の学生寮にも厨房はある。
しかしレベル5の第三位として、ただでさえ注目を浴びやすい美琴が、
そんな所でバレンタイン用のチョコなど作っていたら、面倒な事になるのは必至だ。
なので以前、上条のお見舞いにクッキーを手作りした際は、佐天の部屋のオーブンを借りたのだ。
だがそこで佐天からウワサの彼氏さん【かみじょう】について散々弄られ、
テンパった美琴は友人【さてん】の部屋を散らかしてしまい、
挙句の果てには完成したクッキーも上条に渡せず終いであった。
…最後のは佐天が悪い訳ではないのだが、とにかくその時のトラウマがあるので、
美琴は佐天の部屋でチョコを作るのをやめておいたのだ。
しかもその時は佐天も上条の事をよく知らなかった為、
(アレでも)そこまで追及する事はなかったのだが、今は違う。
大覇星祭で佐天も上条と関わりを持ち、その人となりを知り、
おまけに美琴との付き合いも長くなった為、弄りにも遠慮がなくなった。
そんな状況で「アイツにバレンタインチョコ作るから、キッチン貸してくれない?」なんて、
燃料を投下すれば、たちまち佐天は目をキラキラさせて、根掘り葉掘り質問攻めされるだろう。
それを思えば初春からの質問など、ただの雑談レベルだ。
しかしそれでも落ち着いてチョコ作りに専念させてもらえないのは事実である。
美琴は心の中で、自分をこんな状況に追いやった者へと理不尽な悪態をつく。

(だああ、もう! それもこれも全部アイツが悪いのよ! あの馬鹿~~~!)

本人が居たなら、間違いなくこう言っていただろう。「不幸だ」と。


 ◇


美琴が初春達の部屋を訪れる更に数日前。
美琴は毎日の日課と化した上条の学校の校門前の待ち伏せ(それでも彼女は偶然と呼ぶ)を決行し、
本日も上条と下校デートをする。だがその日はただ談笑するのが目的ではなかった。
その目的とやらを中々切り出せずに妙にソワソワしていた美琴に、上条が声をかけた。

『…? どうしたんだ? トイレ行きたいならそこのコンビニに』

素っ頓狂でデリカシーの欠片もない心配に、美琴は思わず電撃をぶっ放した。
それを右手で防ぎながら、上条は涙目で訴える。

『な、な、何だよ!? 俺、何か悪いこと言ったか!?』
『うっさい! 人が真剣に悩んでるってのに変な事聞くからでしょ!?』

すると、上条の目つきが変わった。

『真剣に悩んでるって…マジで何かあったのか?』
『はぇっ!? あ、や…その……』

上条としては、絶対能力進化計画の時のように、
美琴がまた無茶な事でもするんじゃないのかと危惧したのだが、実際は違う。
美琴はただ、上条に作るチョコの調査をしようとしていただけなのだ。
チョコの種類や甘さ、作り方やトッピングなど、上条の好みに合わせようとしているのである。
だが言い方を間違えればそれが本命チョコなのだとバレてしまう
(鈍感王・上条に限っては、その程度でバレるとは思えないが)かも知れないので、
どのように切り出すのか悩んでいた、という訳だ。
それだけの事を真剣に悩む辺りに、美琴の恋愛経験値の低さが垣間見える。
それと関係ない事だが、上条が本気で心配してこちらを見つめるシリアス顔に、
美琴はキュンキュンしてしまったりもしていた。もう、手の施しようが無いのである。

『だ、だだ、大丈夫だから! そういうんじゃないから!』
『本当か? 何かあったら俺に言えよ。いつでも駆けつけるからさ』
『~~~っ!!!』

この男は、相手が誰でも駆けつけるのは美琴も分かっている。
分かっているのに、その言葉は美琴の胸の奥をチクチク刺激してくる。
やっぱりこの男は、本当にズルい。そんな事を言われては、期待してしまうではないか。
だから美琴も、一歩だけ、ほんの一歩分だけ勇気を出す。

『あ……あの、さ…な、何かその……あ…甘い物とか食べたくない…?』

ただしその一歩は、常人からすると半歩分にも満たなかった。
上条の好みのチョコを聞き出すにしては、随分と遠回りな質問である。

『甘い物? あー…アイスとかか?
 この時期【2がつ】だとシャリシャリ系より、ねっとり系の方がいいよな。チーズ味とか』
『ち、違う違う! もっとこう…黒くて! あと基本的に常温で食べるヤツ!』
『え? じゃあ…おはぎとか、かりんとうみたいな?』
『何で和菓子なのよ! 他にあるでしょ!? もっとメジャーなのが!』
『………コーラ?』
『それ飲み物おおおおぉぉ!!!
 てか何で「黒くて」の部分だけ取ったのよ! アンタはコーラを常温で飲むんかいっ!』

中々チョコへと辿り着かない上条に、美琴のイライラゲージはMAXだ。
原因は美琴にもある気はするが、そんな事を感じさせないくらいのマシンガンツッコミである。

『あの、アレよ! カカオ的な物を加工して出来る、何か「明治」って感じの!』

もういっそ、素直にチョコレートと言えばいいんじゃないだろうか。
そもそもカカオ的も何も、カカオ以外の他に一体何があるのか。
流石の上条も、「カカオ」と「明治」という二つのキーワードによって、ようやく気付いた。
ロ○テからしたら誠に遺憾である。

『ああチョコか…』

すると上条の顔に影が差した。美琴は一気に不安に駆られる。

『えっ!? チョ、チョコ嫌いなの!?』
『ん…いや、そうじゃねーんだけど……あまりチョコの事は考えないようにしてたんだ』
『どうしてよ!』

すると上条から、意外な言葉が飛び出してきた。

『だってもうすぐバレンタインだろ?』
『ふぃあああああい!!!』

まるで美琴の心を見透かしたかのような前フリ。思わず美琴は変な声を出してしまった。
だが勿論、上条が美琴の事情を察したなどではない。
そこまで気が利くような性格ならば、とっくに美琴の気持ちにも気付いているはずである。


『いやさぁ。最近クラスの中が妙にソワソワした空気なんだよ。
 で、何でかな~って思って姫神…って知らないか? 俺のクラスメイトなんだけど。
 とにかく聞いたら顔を赤らめて「今週は。バレンタインがあるから」ってさ』
『……………』

その姫神という人は確かに知らないが、その反応からして、
その人も上条にチョコを贈るつもりなのだという事は美琴にも分かる。
というか吹寄を除く上条のクラスの女生徒全員が上条にフラグを立てられており、
つまりクラス中の皆が皆、上条にチョコを渡すつもりなのである。
そして上条のクラスの中が妙にソワソワしていたのは、
冒頭で美琴がソワソワしていたのと全く同じ理由だったりする。

『ふ~~~~~ん…?』

美琴の機嫌が一気に悪くなる。唇を尖らせ、ジト目で上条を睨んだ。
だが自分も上条にまんまとフラグを立てられた人の中の一人なので、文句は言えない。
そんな様子に気付くはずもなく、上条は続ける。

『けど俺みたいなモテない野郎代表としては、憂鬱な風習【イベント】な訳よ。
 当日はどうせ一個もチョコ貰えないだろうから、
 チョコの事自体を今日まで考えないようにしてた……って、何ですのんその顔は?』
『………別に』

先程とは違った意味でジト目で睨んでいた美琴。
上条の言葉にツッコミ所が満載だったからなのだが、それを言えないジレンマである。
この男、一体どこまで鈍感だと言うのか。
上条と美琴の恋が中々進展しないのは、卵【どんかん】が先か鶏【ツンデレ】が先か。それは誰にも分からない。
しかし怪我の功名とでも言えるのか、この流れならば自然に聞き出す事ができる。
元々美琴は、これを質問しようとしていたのだから。

『それで…アンタはどうなのよ? ほ…欲しいの…? チョコ…とか…』
『そりゃまぁ、貰えるモンならいくらでも欲しいさね。
 けどさっきも言ったように、俺なんかにくれる女の子なんていないだろうし……はぁ…』
『そ、そ、それならっ!!! わわわわた、わた、わたたしがアンタに、あ、あ、あ、
 あげてやってもいいんだけどっ!!!?』
『……………へ?』

あまりにも予想外の言葉に、目が点になった上条。
一般的な女性ならばただの日常会話程度の発言だが、美琴からすれば大胆すぎる発言である。

『ももももちちろんぎ義理なんだけどねっ!!?
 そももそも私はいろろんなな人にくく配る予定だからそそのつつついでだしっ!!!
 だかからそのあのアアアアンタのす好きなチョココのタイプをおしおし教えなさいよっ!!!』

美琴には、とりあえず一旦落ち着いていただきたものだ。
どもりまくっていて何を言っているのか非常に聞き取りにくい。
しかも好きなチョコのタイプとか、微妙に言い回しがおかしかったりする。
だがそんな美琴の言葉を何故か理解した上条は、

『うおおおおおぉマジでええぇぇぇ!!!?』

と、まるで宝くじでも当たったかのようなオーバーリアクションで喜んだ。
キャラにもなく「ヒャッホー!」とか言いながら拳を突き上げ昇龍拳したり【とびあがったり】、
美琴の両手を握ってブンブン振り回したり、思いっきり抱きついたりと、
何ともアメリカンスタイルな感謝の仕方で気持ちを伝えたのだ。
高々チョコ一つ。されどその一つは、有るのと無いのでは雲泥の差である。
一方で、こんな雑な流れで手を握られたり抱き締められたりした美琴は、
心の準備が間に合う訳もなく、ただただ体を硬直させた。

『がっ、がが!!?』

口をあぐあぐと開いたまま、ショックのあまり瞳孔も開きかける美琴。
そんな美琴を置いてきぼりにしたまま、上条は先程の質問に答えた。

『貰えるんなら好き嫌いなんて贅沢言わねーよ!
 駄菓子屋とかで売ってる5円のチョコでも多分感動して泣いちゃうから!』

それは流石に自分を卑下しすぎではないだろうか。
もしそれが事実ならばこの男、チョロいのかチョロくないのかよく分からなくなってしまう。

『…あっ、でも女の子からの手作りってのに憧れてますんで、出来れば市販の物ではなく、
 ミコっちゃんのお手製だと嬉しいな~、って上条さんは思ってみたりしますです!』

そう告げると、上条はスキップしながらその場を後にした。よほど楽しみだと見える。
そして固まったまま取り残された美琴は時間差で。

『……………ふにゃー』


 ◇


「だからアイツが悪いのよっ!!!」

長い長~い回想を終えた美琴は、湯煎しながら大声で叫んだ。
あの馬鹿【かみじょう】が「お手製だと嬉しい」などと言わなければ、少なくともこんな苦労はしなかったはずだと。
どちらにしろ、遅かれ早かれ手作りする予定だったというのにである。

「大体あの馬鹿、貰えれば何でもいいとか…
 こっちはアンタの口に合うように色々悩んでたっつーのにもう!」

文句を言いつつ、一心不乱にへらをかき回す美琴。
自分だけの現実を確立した彼女が、自分だけの世界に浸っている。
故に忘れてしまっていたのだ。両隣に、初春と春上が居るという事を。
その事を思い出した時には、色々と都合の悪い事を独り言【じはく】で洩らしてしまった後だった。


 ◇


そんな事があった翌日。今日は2月14日、バレンタインデー当日である。
あの後なんだかんだでチョコレートは完成し、綺麗にラッピングまで済ませた。
上条は好き嫌いは無いと言ってはいたが、やはり男性には甘さ控えめの物が良いだろうと、
ボックスの中身は砂糖の量を抑えたガトーショコラとなっている。
勿論美琴の手作りではあるのだが、しかし如何せん完成度が高すぎて、
言われなければ、市販されている物なのだと誰もが勘違いする事だろう。
そこまでして真剣に作ったチョコレートケーキ、しかも包装まで完璧とくれば、
後は当然ながら上条本人に渡すだけだ。だけなのだが、ここで大きな落とし穴がある事に気付く。

「………きょ、今日って日曜日だったわ…」

そう。今年のバレンタイン…つまり本日は、全国的に日曜日なのだ。
となればいつものように、放課後に偶然を装って上条に会いに行く事は出来ない。
学校の校門前ならば通りかかったという理由でギリギリ済ませられるが、
学生寮のしかも上条の部屋までわざわざ足を運んで、「偶然通りかかった」は流石に無理がある。
ならば素直にチョコレートを渡しに来たと言って赴けば良いと思う方も多いだろう。
そもそも上条にチョコをあげると約束したのだ。今さら何をためらっているのかと。
だが忘れないでいただきたい。彼女は学園都市内で一二を争うツンデレなのだ。
そんな事が出来るのなら、こんなに悩まずにとっくに渡している。
というかそんな事が出来るのなら、そもそももうちょっとマシなアプローチもしていただろう。
なので結局どうすればいいのか分からずに、学生寮の前でウロウロしている。
上条の寮【ここ】に来る前に配った、友人知人宛ての市販のチョコ【ともチョコ】のように、
「ハッピーバレンタイン!」とでも言いながら手渡しするのがベストなのだが、
友チョコと本命チョコでは勝手が違いすぎる。義理チョコですら渡しにくいというのに。

(う~~~っ、どうしよ…どうしよ…)

上条の住む学生寮の前を行ったり来たり。
だが考える事に集中しすぎてしまい、足元の注意力が散漫になってしまう。
この直後、美琴はそれを思い知らされ、同時に死ぬほど後悔する事になるのだった。

「えっ―――」

上条の部屋の内部から、彼の不幸力が溢れ出ていたのだろうか。
ふいに美琴は、特に段差も無く平坦な場所で、事もあろうに躓いてしまう。
持ち前の運動神経と反射神経で、無様に転ぶ事はなかった…のだが。

「…あ……」

無様に転んだ方がまだ良かった。そう思える程の事態。
手作りガトーショコラが入った箱は、美琴の手から離れ、グシャリと音を立てて下に落ちてしまった。
きっと味に変化は無い。しかしおそらく、中身は元の原型を留めていないだろう。
以前上条が入院している時にお見舞いでクッキーを持って行った際、
上条は「不器用なキャラが不器用なりに頑張ってみたボロボロクッキーっていうのが…」
なんて語っていたが、せっかく綺麗に出来たのにこんなのはあんまりである。
一瞬にして全てが台無しになり、先程まで浮かれていた自分を美琴は呪った。
それでも頭の中では冷静に、新しい物を作り直すべきか、
それとも時間が無いから市販の物を買うべきかで演算をし始める。しかし感情は―――

「………あれ…?」

思わずポロリと、涙が溢れ出てしまっていた。
グシグシと目を擦りながら、チョコレートケーキ『だった物』が入った、角の潰れた箱を拾う。
しかしそのまま立ち上がってその場を離れようとしたその時、ヒーローが姿を現した。

「あっ! 美琴ー、待ってましたよー!」

空気を読んだのか読めていないのか、このタイミングで上条が部屋から出てくる。
約束通り女の子【みこと】がチョコを届けに来てくれたのだと思っている上条は、満面の笑みだ。
ちなみに、結局この日に上条へチョコを渡す女子は一人も居なかった。
実際にはチョコを渡そうとした者は『最低でも』一万人くらいは居たのだが、
上条の不幸体質によって全て阻まれ、結果的に収穫ゼロだったのである。
もっとも上条は最初から誰からも貰えない(美琴以外)と思っていたので傷は浅い。
大ダメージを受けたのは、むしろ渡しそびれた女の子達の方だったりする。


「やー、何か物音がしたから美琴だと思って外出てみたら、やっぱり美琴だったか!」

事情を知らない上条は、照れ照れしながら暢気に話しかけてくる。
しかし美琴の絵に描いたような落ち込みようを見て、

「あ…あれ? 美琴…さん? どうした……ってか泣いてんのかよ!?
 えっ、ど、どうかしたのか!? あの、びょ、病院行くか!?」

上条も心配して狼狽しだす。
こうなる事が分かっていたから、美琴は上条が顔を出す前にここを離れようとしていたのだが、
見つかってしまったのなら仕方がない。美琴は鼻をすすり嗚咽交じりで説明をする。

「アンダに…ヂョゴ…ひぐっ…作゛ってきだん…ひぐっ…だげど…えぐっ…
 ざっぎ…躓゛いぢゃっで…ぐすっ…中゛…崩゛れぢゃっで…ぜっがく…ぐすっ…
 綺麗゛に゛…でぎだの゛に゛…えぐっ…全部…ダメ゛に゛…な゛っぢゃっで…」
「……………」

黙って美琴の言葉を聴く上条。確かに美琴の手には、潰れたケーキの箱がある。
ボロくはなっているが、ラッピングもされており、
本来の姿ならば立派なケーキボックスだったであろう事が窺える。
上条は無言のままその箱を取り上げると、そのまま―――

「…うん、美味い! やっぱミコっちゃんは料理も上手いんだな。
 いや、ケーキ作りは料理とはちょっと違うか? まぁ、美味いんだしどっちでもいいか。
 あー、でもお茶は欲しいかな。こういうのには紅茶がいいのか?
 それともブラックコーヒーの方が合うのかな?」
「………はぇ?」

そのまま開けて、その場で崩れたガトーショコラを手掴みでムシャムシャ食べていたのだ。
キョトンとする美琴に、上条はふんぞり返りながら答える。

「あのなぁ。上条さん家の貧乏度数とMOTTAINAI精神をナメんなよ?
 美琴はコレ捨てようとしてたんだろうけど、こんなに美味いモン一回落ちた程度で、
 勝手に捨てられてたまるかよ。ましてや外装が落ちただけで中身は無事じゃねーか。
 ってかそれ以前に俺にくれるチョコだったんだろ? 俺の許可無く捨てんなっつーの」

それは上条なりに気を使ったのか、それともただの本心なのか。それは美琴にも分からない。
しかしこの言葉で、美琴は思ってしまった。「ああ、やっぱり作って良かった」と。
上条の為に、上条の事を考え、上条に美味しく食べてもらうように、作って良かったのだと。
美琴は鼻をすすりながら立ち上がり、いつもの調子で軽口を叩く。

「あ…当たり前じゃないの!
 そもそもアンタにあげる奴なんか、ちょっと潰れてる程度で丁度良いんだから!
 むしろアンタは私に感謝するべきよね! 見た所一つもチョコを貰えなかったみたいだし!
 言っとくけど私からの手作りチョコなんて、常盤台の一部の子からは卒倒もんよ!?」
「へいへい、そうですか」

おざなりに返事をしながらも、二カッと笑顔になる上条。
しかも更に、美琴の機嫌が直ったのを見計らって、ここで上条からのサプライズ。

「んじゃあ、お返しって言ったら何なんだけど…」

言いながら、上条はズボンのポケットから一枚の板チョコを取り出す。

「あー…こんなスゲーの貰った後だと非常に出しにくいのですが、
 ほら、逆チョコってあるだろ? 男から女に渡すチョコ。
 けど上条さんの経済状況だと、恥ずかしながら板チョコ【こんなの】が限界でしてですね…
 要らなかったら要らないで、無理して食べる事も……」

気まずそうに板チョコを手渡す上条。美琴はそれを、そっと手に取る。
そして今度は、美琴が満面の笑みでこう答えるのだ。

「これ私にくれるチョコだったんでしょ? 私の許可無く捨てようとしてんじゃないわよ」

美琴にとって、この日は一生忘れられないバレンタインとなったのだった。










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