とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

01章-2

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第1章 とある雪の日の二人


 約五分後。

上条「いやー悪い悪い、上条さん唐突にスポーツで汗を流したくなってさあ」

 顔にところどころ傷を負った上条がベランダの窓から部屋に入ってきた。
 手には枕がある。どうやら結局干す気は無いらしい。

上条「ってあれ?」
美琴「ッ!?」

 美琴はコートを脱いだ制服姿で上条のベッドにうつぶせに眠っていた――――かと思ったのだが、上条が部屋に入ると慌てて
ベッドの上に座り直す。何故か正座で。

上条「何だ、眠いのか?」
美琴「べ、……………そ、そうよ。ちょっと眠かっただけ。でも大丈夫」

 確かに美琴の目はトロンとしていた。ついでに頬が少し紅潮している。

上条「?」

 上条は枕をベッドに置き直す。

美琴「ところで例の写真貸してくれないかしら…………ってスルーすんな」

 上条は「うー外さみい!」などと自分の腕を擦りながら今更エアコンとコタツのスイッチを入れる。

上条「ん?どった?むくれちまって」
美琴「…………写真」
上条「写真………あー、あの。つか欲しいならやるけど?」
美琴「………アンタは本当に要らないわけ?」

 少し不機嫌そうに責めるような口調で言う。

上条「うーん。要らないっつうか、精神衛生上よろしくないっつうか、近くにあると……見たくなるっつうか」
美琴「なにそれ」
上条「まあ青少年の複雑な心境と申しますか……」
美琴「はぁ?」
上条「あ、写真、写真な………………………ほれ」

 上条は近くにあった引き出しから一枚の写真を取り出して美琴に渡す。
 すると美琴は掛けてあるコートから真新しい学園都市製デジタルカメラを取り出し、『スキャナーモード』に設定してそれを
パシャリパシャリと五回撮った。

上条「………まさかこのためにデジカメ買ったとか言わない、よな?」
美琴「ち、違うわよ!」

 これのためもあるけど、アンタを撮るのが一番の目的よ!!とまでは言わない。
 とりあえず美琴は上条に写真を返すと、上条は適当に元の引き出しへと戻した。
 二人はとりあえず先程の流れには触れたくないので話を繋ぐためキョロキョロと部屋の中を眺めてネタを探す。

美琴「にしてもアンタ、意外と部屋片付けてるのねー」
上条「………まーな」

 散らかす人が居ないからな、と一瞬口を滑らしそうになり少し慌てる。

上条「ごっちゃりしてると思ったか?」
美琴「うーん、そう言うわけじゃないけど………あ、漫画発見!」

 美琴はトテトテと本棚の方に向かう。
 それらは大半が記憶喪失前からあったものだが、とりあえず自分の性格を把握しようとした夏にかなり読んでしまい、結局
面白くてそのまま買い足しているものばかりだった。
 考えてみれば当たり前のことであるのだが。

美琴「ふーん。本棚を見るとその人の性格が分かるって言うけど…………アンタらしいわね。熱血正義馬鹿がメインで、サブに
    ラブコメやギャグってとこかしら?」
上条「………悪いかよ」
美琴「あ、いやそういう意味じゃなくてその…………………、私と趣味が丸被りというか」
上条「へ?」

 嬉しかったのか、少し照れてはにかんだような口調だった。

美琴「ま、私はもうちょっと恋愛物とか情緒的な物が多いかしらねー」
上条「ふーん。お前が恋愛物ねぇ」
美琴「………悪いわけ」
上条「うんや。ただ、俺ってほんとお前のこと分かってねーなあって思っただけ」
美琴「………」
上条「あ、コレも悪い意味じゃねえぞ。なんつか、今まで見せてくれなかった一面が見れてその………単純に、嬉しいっつうか」
美琴「………そ」
上条「うん」

 少しだけ沈黙が流れる。
 エアコンがようやく本格的に付いたらしく、風のノイズと共に部屋が少しだけ暖まる。

美琴「あ、『密室×密室探偵』」
上条「あーそれな、最新刊はまだ買ってねえけどな、雑誌買ってるし。そういやお前はまだ立ち読みしてんのか?」
美琴「……………良いじゃん別に。かさばるし、それに寮に漫画置きにくいのよ」
上条「はぁ?……お嬢様ならではの世間体みたいな奴か?変なところだけ気にするんだなお前」
美琴「まーね。周りの子に妙に崇拝されたりすると、その夢を壊しちゃうのもちょっと可哀想っていうか……ってそんなこと
    はどうでも良いんだけどさ、ねえねえアンタ『密室×密室探偵』の先週号見た?」

 美琴はさもそのことについて話したくて堪らなかったというように声を踊らせる。
 その子供のような無邪気すぎる笑顔を突然向けられて、上条は一瞬ドキリとする。

上条「んー?なんか話が盛り上がって終わった奴か?多分今日のが解決編だろうな」
美琴「へ?今日!?」
上条「何だ知らねえの?年末年始で発売日がいつもと違うからな。さっき丁度買ってきたわけだけ、ど……っていけね!」

 そう言うと上条は未だ玄関に置きっぱなしにしていた買い物袋をダッシュで取りに行き、野菜やら卵やら要冷蔵の食品を
冷蔵庫へと詰めていく。
 ややあって、袋から漫画雑誌だけを取り出し美琴へと手渡した。

美琴「え、いいの?先に読んじゃって」
上条「別にいいぞ?だって犯人バレバレじゃん」
美琴「……はぁ?犯人は白鳥か灰原のどっちかで分かんないって流れでしょ?」
上条「うーわー、お前ってば初歩的な罠に見事に引っかかっちゃってるんだな。まさに作者の思う壺。いい読者だなあ」

 上条は子供を相手にするかのようにやや呆れつつ妙に優しげに言う。

美琴「……じゃあ誰が犯人だってのよ!」
上条「工藤だろ?」
美琴「へ……ぶっはははは!あり、あり得ない。工藤は主人公のクラスメイトじゃん!」

 美琴は手を雑誌に打ち付けつつ心底おかしいという風に笑った。

上条「これが違うわけですなー。今回の話は十週以上に渡る長編。工藤が主人公の友達になったのはその前の前の話。今まで
    妙な伏線が散りばめられていたことにお嬢様はお気づき遊ばれませんでしたのでせうか?」
美琴「ふふっ……あー笑った。そんだけ自信あるんだったら、違った時何かしてもらおうかしら」
上条「あーいいぜ?罰ゲームといこうじゃねーか」

 罰ゲームという単語に美琴は一瞬躊躇する。同じ鐵は踏みたくない。

美琴「ええ受けて立つわ。けど、何するか先に決めておきましょ?前みたいにグダグダになるのは勘弁だわ。何か提案ある?」
上条「いいぞ………なら手料理ってのはどうだ?ちょっと早いけどさ。俺昼食ってないし……お前、何時頃まで居れるんだ?」
美琴「……え?うんと、タクシーで行くから別にいつでも良いんだけど。ゲートが閉まる前なら」
上条「ん、あれ?じゃぁ何でわざわざ自販機前なんかに」
美琴「いいの!!そんなことは。てかアンタ、もしかして単に私の手料理が食べたくてしょうがないだけなんじゃないの~?
    正直に言ってごらん?」

 少しからかうように上条の顔を覗き込む。

上条「まーそうなんだけど」
美琴「…………………………」

 しかし普通に返されて美琴の方が少し恥ずかしくなる。
 どうにか誤魔化そうと話を少しだけ変える。

美琴「あ、ところでコタツ入って良い?良いわよね」
上条「おー入れ入れ。コタツは日本の素晴らしい文化だ」

 言いながら二人はコタツへ入る。美琴は上条が対面に座ろうとしたので、少し慌ててわざわざ別の方向から入った。対面だと
ずっと見つめ合うことになりそうだと思ったからだ。
 位置的には上条がベッド側で、その右側の席に美琴が座っている。

美琴「同感だわー」

 コタツに入った後、美琴はほへーっと顔を弛緩させて天板へ突っ伏しながら改めて同意する。

上条「なんだお前もコタツ派か?」

 上条はリモコンでエアコンを少し弱める。

美琴「うちの寮って洋式だからこういうの無いのよねー。ああーやっぱ良いわねえ、日本人って感じ」
上条「意見が合いますなー。あ、もうちょい温度上げるべー、…………あれ、スイッチどこだ?」
美琴「とか何とか言って中覗いたりしたら電撃だからね」
上条「…………わ、分かってる分かってる」
美琴「…………」

 コタツの布団を胸の高さまで上げていた上条が、ゆっくりとそれを下ろし、何だよどうせ短パン穿いてるんだろ、とか心の
中で愚痴りつつ手探りでスイッチを探し始める。

上条「あっれーどこだ?」
美琴「ひゃっ!」
上条「っどわ、悪い!!ふ、太もも!?……こっちじゃねえか、ってこれか?」
美琴「ちょ、やっ!あ、アンタねぇ!」
上条「わ、わざとじゃないわざとじゃない!!」
美琴「そん…うひゃっひゃひゃ!!ちょっ、アンタいいかげんにっ!!」
上条「ちょっと待てビリビリ禁止コタツ壊れるー!!」
美琴「あ、アンタが足の裏くすぐるのが悪いんでしょーが!!」
上条「いやお前の足の下にスイッチあったんだってほら!!っつーか何、足の裏苦手なのか?触っただけだけど」
美琴「う、うっさい馬鹿!!」

 美琴は至近距離で頭から(本人的には弱めの)雷撃の槍を放つ。
 上条は右手を差しだし間一髪それを防ぐと、美琴の肩に手を置こうとそのまま手を伸ばす。が、それを美琴の手に払われる。

美琴「大人しく一撃ぶっ、ひっひゃっひゃひゃちょっバカやめっやめっひゃひゃぁー!」

 上条は右手で美琴を掴むまで電撃を消しつつ肩を掴もうとする。この際間違って胸を掴んだりすると人生が終わりそうなので
細心の注意を払う。
 そして美琴の足を自分の脚でガッチリ固め左手でコチョコチョとくすぐった。後が怖かったが、今も十分怖い。

 三分後。
 両者さすがに疲れてきて停戦することになった。実質上条の勝利と言っても過言ではない。
 最後らへんには美琴が爆笑しながらのたうち回りつつオネガイヤメテと懇願してきたので鬼でも悪魔でもなく美琴の恋人である
上条当麻は素直に従った。

上条「つーか漫画読むんじゃなかったのかよ」
美琴「そ…はぁはぁ…そうね、……はぁはぁ……何でこんな、こと……に」

 とりあえずもう二分くらい休憩したあと、美琴はコタツの脇に置いてあった漫画雑誌を天板の上にのせ、目次を調べお目当て
のページを始めの方から慎重に探す。

美琴「あった。良いわね?」
上条「ちょいたんま。見づらい」
美琴「こうすれば見える?」
上条「うーん……」

 上条はおもむろにコタツから一度出る。

上条「もうちょいそっち」

 そして手で美琴へ向かって端に詰めるように要求した。

美琴「え、……うん」

 言われるままに美琴は端に詰める。
 すると上条は美琴と同じ向きでコタツへ入り直した。さすがにコタツの脚と脚の間は二人分のスペースが無いため、上条は
自分の脚でコタツの脚を挟むようにして座る。

上条「おっけ」
美琴「………………」
上条「………………美琴?」
美琴「へっ!?う、うん」

 二人の体は接してはいないもののかなり近い。それに見えないコタツの中でいきなり何がどうなるかなんて分からない。
そんな妙な緊張がある状況だった。
 そのせいか美琴の体が徐々に熱くなる。と言ってもコタツの温度を上げたからかもしれないが。
 美琴はページをめくる。

上条「…………………………………………………」
美琴「…………………………………………………」

 ペラッ。

美琴「…………え!?」
上条「うえ、マジ!?」
上琴「「…………………………………あー。なるほどー」」
上条「…………………………………………」
美琴「…………………………………………」

 ペラッ。

上条「…………………………」
美琴「…………………………」

 ペラッ。

上条「ちょい、速すぎ」
美琴「え、ああごめん」

 ページを戻す。

上条「………………………………」
美琴「いい?………う!?」

 上条が少し身じろぎをしたせいか、二人の脚が微妙に触れる。
 しかし素足である美琴に対して上条はズボンであるため気付いているのは美琴だけかもしれない。
 美琴は不意のことに一瞬目が泳ぐ。

上条「いいぞー……………美琴?」
美琴「へっ!?……あ、うん」

 ペラッ。

上条「………………………」
美琴「………………………」
上条「………………………………………」
美琴「………………………………………」
上条「……………………………………………………………おーい、美琴?」
美琴「にゃうっっん!?な、何よ!いきなり耳に息掛けんじゃにゃいわよ」
上条「あ、わりい。俺はもう良いぞ?」
美琴「え、ああごめん。私まだ」
上条「へ?」
美琴「……………………………………………………………」

 ペラッ。

上条「………………………」
美琴「………………………」
上条「………………………………………」
美琴(さっきより密着してきてる気がする……こいつわざとやってるんじゃないでしょうね?)
上条「……………………………………………………」
美琴「……………………………………………………」
上条「いいぞ?」
美琴(あーもう、肩も微妙に触れてんじゃないのよ馬鹿。気になって漫画の内容が頭に入らない)
上条「美琴?」
美琴「……………………………………………………………」

 美琴は何故か反応せず漫画をジーッと見つめていた。しかしその表情は上の空のようで、何か別のことを考えているように見える。
 見えると言えば、美琴の左側の髪は耳の後ろに掛けているため、可愛らしい耳が露出していて上条からはよく見えた。
 位置的には口の先十五センチ前後。

上条「………………………………………………ふー」
美琴「ふにゃああああああああああああああ!!!」

 ゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクー!!っとくすぐったい感覚が頭のてっぺんから背筋を這う。
 美琴から青白い電撃が四方八方に散る。

上条「ぬわああああーっ!!わ、悪かった。今のは全面的に俺が悪かった!!」

 そう言って幻想殺しを美琴の右肩に置く。何故近い左側ではなかったのか、それは上条にも分からない。
 少し強めに肩を掴んだせいか、美琴がふにゃふにゃになったせいか、上条の胸に美琴の茶色い頭が落ちてくる。

美琴「ふ、ふや、ふあゎー」

 耳に息攻撃と肩を抱く行為が余程効いたのか、もはや美琴の意識は訳が分からなくなっていた。
 しかし表情は物凄く幸せそうである。実際にどうなのかは上条には分からなかったが。

上条「み、美琴ー?とりあえずページめくるぞ。いいか?」
美琴「ふふっ、ふふふ。当麻の……胸……あったかい……ふふっ」
上条(駄目だ、完全に目回して溶けてる。思考がダダ漏れ)

 上条は美琴の台詞に頬を真っ赤に染めつつ、この状況をどうするのか考え出す。

 約十五分後。
 どうにか美琴を正常に戻した(というか戻るまで待っていた)上条は、彼の部屋に来てからというもの思い出というより
トラウマばかりがいくつも植え付けられつつある哀れな美琴を案じ、先程までの話題には触れないように前向きに話を進める
ことにした。

上条「で………なんだけど、この場合どうなるんでせう?」
美琴「う、うーん…………引き分けかぁ。まさか毛利が犯人だったなんて思わなかったわねぇ!?」

 美琴もそれに合わせて先程までのことでいっぱいの頭をどうにか切り換える。

上条「だな。完全に納得させられたのが悔しいけど、そこが面白いんだよなあ」
美琴「そうねぇ……………んじゃあ、一緒に作ろっか?」
上条「そうすっか」
美琴「うん」

 結局二人で大して広くないキッチンに立つことになった。
 買ってきた材料から、カレーを作ろうということに決まる。

上条「あ、エプロン一着しか無いんだった」

 そう言うといつも上条が付けている青系のエプロンを美琴へと向ける。
 上条の私服と美琴の制服ではどちらの方が汚れるとまずいか、なんて考えるまでもない。
 美琴はそれを素直に受け取って身につける。

美琴「んじゃアンタはお米お願い。あとは私がやるわ」
上条「へ、いいのか?」
美琴「…………………食べたいんでしょ。その、私の手料理。まぁカレーだしそんな味変わらないだろうけどね」

 美琴は包丁を握りながら若干恥ずかしがって目を逸らすというシュールなポーズを取る。

上条「う、うんまぁ」
美琴「代わりに料理してる間にアンタはこれまで遭遇した事件のことを私に包み隠さず話してくれればいいわよ」
上条「……………………」

 上条は数秒だけ悩む素振りをする。

上条「ま、そうだな。約束したしな」
美琴「よっし!交渉成立ーっと」

 美琴は上条に道具の場所を教わりつつ手際よく準備をしていく。美琴が材料の確認をしている間に上条が米を研ぎ、炊飯器に
それをセットする。

美琴「あれ、スパイスから作る訳じゃないのね」
上条「またか常盤台中学生の浮世離れ発言」
美琴「え?うそ、普通でしょ?前に雑誌でも読んだことあるわよ?」
上条「あれ、そうなのか?俺はルーからしか作ったことねーけど」

 そこまで料理に傾倒してるわけでもない上条と、実際に浮世離れしている美琴がその点を議論してもどうしようもないので
とりあえず適当に流す。
 上条はさて何から話したものかと腕組みをして壁に寄りかかり、ボーッと美琴の方を見る。
 美琴はトントン、トントンと小気味良い音を立てて手際よく野菜を切っていく。

上条(おお、なんつう意外な光景。俺より全然手慣れてるんじゃないかこれは?)

 上条は料理をしている美琴という全くイメージできないシーンを目撃して何だか新鮮な驚きを感じる。

上条(しかし良いもんだなー。こういうのって)

 夏以前の記憶がない上条にとって、自分のために親しい人が料理をしている光景というのは数えるくらいしか見ていない。
 しかも美琴の料理をする姿は義務的にやっているようなものではなく、それが心底楽しいという雰囲気が全面に溢れていた。
今にもらんららーん♪などと歌を口ずさみ始めてもおかしくはない。

上条(ん、何だ?)

 嬉しそうに料理をする美琴の横顔を見ているだけなのに、何故か無性に体が熱くなるのを感じる。胸の上あたりを中心に四肢
へじわーっと暖かい何かがゆっくり流れていき、やがてそれが全身を満たす。まるでぬるま湯の中で好きな人と抱擁をしている
かのような居心地良さだ。さっき美琴が言っていたふわふわとはこんな感じなのだろうか。
 自然と顔が綻んでくる。もしかしたら今自分の顔は変に赤くなっているかもしれない、と上条は思う。

美琴「あそだ。ちゃんと助けた女の子のことも言いなさ……………ってな、なな何て顔してるのよー!!??」

 ふっと上条の方を向いた美琴が軽く悲鳴を上げるかのように動揺する。

上条「ん、どうした美琴?」
美琴「……………………別に何でも、何でもないわよ」

 何故か泣きそうな声で再び野菜を切り始める。
 今の上条は単に最大限優しげな微笑を浮かべて美琴を見つめていただけなのだが、あまり上条にそういう顔を向けられたこと
が無かった美琴には、その顔が脳内フィルターによりさらに美化され物凄いものとなって認識されていた。それは上条の顔の周り
にキラキラと星が見え、さらに後光が差しているかのように見えるほどの重症っぷりである。
 見つめ続けていたら心臓がバグって即死しかねない。美琴は上条を見ないように台所の方を向く。

美琴「で、昔話は?」
上条「んー。そうなあ」

 上条はポツポツと語り出す。最近の事件に直接繋がらない話ならしても良いだろう。
 初めはインデックスを救ったらしい話。これは伝聞でしかないのだがどうにか誤魔化しながら語る。インデックスを助ける
過程で記憶喪失になったことはやはりまだ知られたくない。大切な誰かが大切な誰かを自分のことで恨んだりということは
決してして欲しくなかった。

美琴「魔術って結局海外で成功した超能力ってこと?アメリカは失敗してた気がしたけど」
上条「うんや、本当の意味で魔法を使う奴らだぞ」
美琴「……はぁ?」

 思わず上条の方を向くが慌てて顔を戻す。

上条「俺も最初は信じなかったけどな。俺の周りはもう魔術師だらけで信じざるを得ないつうか何なんですかねこのファンタジー
    全開な状況は!」
美琴「さすがにアンタが言っても信じがたいわね。例えば私の知ってる人で誰かいるわけ?」
上条「んー。まずインデックスだな、あとさっきの隣の馬鹿」
美琴「舞夏も!?」
上条「あ、いや多分それはちげーんじゃないかな。兄が魔術側のスパイっつうかよく分からねえ奴。あとお前が知ってるのは……、
    ああ、五和とか、夏の偽海原とかもだなー」
美琴「………………」
上条「そいつらが使う魔術ってのがまたぶっ飛んでてさ、学園都市の科学力でもどう考えても納得できない事までやってのける。
    仕組みが解かんねえ分超能力よりあっちの方が俺には恐ろしいなー。単なる本が凄い破壊力秘めてたり、黒曜石に反射し
    てきた光で体をバラバラにしようとしてきたり――――」
美琴(黒曜石………もしかして、ショチトル達もそうだったのかしら?)

 美琴の表情はまだ納得できないというものであった。

上条「まあ信じろっつうのも難しい話だよな」
美琴「……信じるわよ。ただ実感が湧かないだけ」
上条「そっか」
美琴「それでアンタの右手はその魔術とやらにも効くってわけね」
上条「そうそう。んでその魔術師の馬鹿野郎達がさ―――――」

 上条はできるだけ面白おかしくなるように話す。

上条「次は………姫神の話か」

 ステイルがでかすぎるとか、神裂の格好が変態ちっくとか、外国人の敵なのに皆日本語で話してくれて助かるとか―――――

美琴「吸血鬼~?」
上条「いやそれは俺もまだお会いしたことないんだけど」

 皆ロリコンばっかとか、他人のこと言えないとか、アイツは妄想力が足りないとか――――――
 ~姫神編~の途中でカレーの仕込みが大体終わったらしく、手持ちぶさたになった美琴は話に集中しだした。

上条「んで次が二十日かな。お前に会った日」
美琴「そ、その話は良いってば!てか、アンタってそんな短期間で一体何人の女の心に自分の名前を深く刻み込んでるのよ!」

 美琴は改めて上条属性の恐ろしさを認識する。

美琴(今後そんなペースで私はコイツにキレていかなきゃならないわけ?)

 想像してややげんなりする。それでも好きなのだからしょうがないのだが。

上条「い、いやちょっと待てって、上条さん的にはそんなつもり微塵もないんですの事よ!?変な体質というか何というか、
    たまたま事件の渦中へと放り込まれることが多いだけであって……」
美琴「それで何でいつも女の子が出てくるわけ?」
上条「さ、さあ?ナンデデショウ」
美琴「はーぁ」
上条「つ、次はエンゼルフォールだなー!この回は特にそういう『女の子』は新たに出てこない………と思うぞ」

 カレーの様子を見て、上条はお皿を用意しながら話を続ける。

美琴「外見が入れ替わった?私がその従妹に?」
上条「そうそう。アレには焦った。最初絶対嫌がらせだと思ったもん。媚びた感じのすんげー似合わないムカツク調子で話して
    くるし、『お兄ちゃん』とか呼んで来やがるし」
美琴「どーいう意味よそれ。私がそんな風に媚びるとムカツクってわけ?」
上条「いやだってそうだろ?お前って妹属性なんかと対極の存在じゃねえか」
美琴「ふーん」

 美琴はゴホンと一つ咳払いをした。

美琴「……お、おにいちゃん」

 ビクッと、上条の中で何かが蠢いた。汗が一筋流れる。

上条「な、何だよその照れとぶっきらぼうを足して二で割った感じ。つ、通じないぞ。俺が『オンナノコからオニイチャンと
    呼ばれる事に喜びを覚える人』だと思ったら大間違いなのです!」
美琴「何だつまんないの。せっかくお兄ちゃんの弱みを握ってお兄ちゃんを………って、アンタ………」

 上条は身もだえしてるのか体を捻っていた。

上条(嘘だろ。おかしい、どう考えてもおかしい!?だってあの時は大丈夫だったじゃねえか。ここまで頭の中がピンク色に
    なんてならなかったじゃねえか!まさか俺も土御門みたいな義理妹史上主義《ロリコン》に成り下がったとでも言うん
    でございませうか!?いや落ち着けありえねー。これは単なるシチュエーションのなせる技に違いねえ!本物の美琴が、
    エプロン姿で、料理しながら『お兄ちゃん』――――これだ、コイツが全ての元凶だ………って結局『お兄ちゃん』
    って呼ばれることに喜びを覚えてるじゃねえかぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)

 などと自分の中に芽生え掛ける新ジャンルに戸惑いつつ頭を抱える。
 どうやら『美琴からオニイチャンと呼ばれる事に喜びを覚える人』になってしまったらしい。
 その反応を見て美琴が一瞬ニタ~と凶悪的な笑みを浮かべた後、少し演技を取り入れたニコニコ笑顔に作り替える。
 そして上条の耳元まで移動してさらなる追い打ちを掛ける。

美琴「顔真っ赤にしてどうしちゃったの?お兄ちゃん☆」
上条「うぐ………や、やめなさい」

 美琴のニコニコスマイルから目をギギギギと逸らす。今目を合わせたら殺られる。

美琴「どうしてー?私がアンタをお兄ちゃんって言っちゃ駄目なわけ?」
上条「そ……それは……良いです。とにかく、お兄ちゃんをからかうのをやめなさい」
美琴「呼ぶのは良いんかい!?」

 さすがにちょっと引きかける。

上条「と、とにかく、やめねえとお前が危ない。お兄ちゃん暴走する」
美琴「ん、どういうことお兄ちゃん?」
上条(…………思い切り抱きしめて頭ナデナデしてほおずりしてディープキスしたくなっ………ってそれただの妹属性萌えの
    変態だろうがああああああああああああああ)

 上条が再びぐぬおー!と悶絶し始めて美琴は本格的に引く。

美琴「わかったわかったわよ、もう言わないからアンタはぶっ壊れてないで正気に戻れ!!」
上条「嫌だ、『お兄ちゃん』って呼んでくれなきゃ嫌だー!!」

 スパーン!!と美琴の鋭いツッコミが上条の頭に入り、上条は「はっ、俺は今まで何を!?」などと本気なのか演技なのか
分からない反応を示す。
 そこでようやくキッチンタイマー代わりにしていた美琴の携帯が鳴った。
 二人は馬鹿みたいな話を止めて流れを元に戻す。
 カレーの量は多めに約四人分。今は上条が一人分、美琴がその半分を食べることにする。
 上条は皿に盛りつけをしながら海での一件について続きを話す。
 途中、インデックスの水着を買いに行ったり、海で遊んだこと(上条は見てただけだが)を聞いて美琴が若干機嫌を悪くしたが、
夏に一緒に海へ行く約束をして事無きを得た。どうやって学園都市を抜け出すかについては保留。
 ようやく準備が全て終わり、二人で再びコタツへ入る。今度は対面で。

上条「よし、じゃーいっただきまーす」

 上条は恐らく貴重なのであろう美琴お手製カレーを口へと運ぶ。
 美琴は少し緊張した面持ちでそれを見守った。

上条「!?」
美琴「どう……かな?」
上条「わー何これうまー!うまっ、うまー何これうまー!!」

 混乱して語彙が貧弱になるほど美味しかった。
 美琴の作り方が上条が知っているものと手順が数カ所違っていたのは確かだ。しかし材料が大して変わっているわけでもない。
それなのにそれはもはや上条の知っているカレーではなかった。

美琴「そ、そう?足りない材料とかあったから完璧じゃないんだけどさ……そっか、良かった。えへ、えへへ」

 はにかみながらエプロンの端をいじりつつ少しもじもじする。

上条「美琴って料理上手いんだな。いくつか俺の作り方と行程が違ったけど、何かコツでもあったら教えてもらいたい心境ですよ」
美琴「………秘密」
上条「へ?」

 実は上条に「お前の作ったクッキーが食べたい」(脳内変換済み)と言われてから、美琴は料理の腕を磨いた事があった。
ちなみに今はもう止めているのだが、その原因は料理が上手くなったところでそれを食べさせる方法が結局見つからない、という
根本的なことに気付いたためである。
 とは言っても大概のことはそつなくこなす才女な御坂美琴にとって、短期間の勉強でも効果はあったらしく十分すぎる域に達
している。
 恐らく舞夏がまだ隣にいたら、いつだったかのようにドカドカと部屋に乗り込んできたかもしれない。

美琴「教えてあげない。あ、アンタがどうしても私の手料理食べたいってお願いするなら……その、漫画雑誌読ませてくれるって
    交換条件で作りに来て上げても良いわよ?」

 美琴は照れたようにそっぽを向きつつそう言ってから、最後にチラッ、チラッと上条の方を伺った。
 いくら上条でも文面通りにはそれを受け取らない。

上条「断固拒否する!」
美琴「な、何でよー!!?」

 裏切られた、と言うような悲しそうな顔を美琴から向けられるが、上条はそれに優しく微笑みかける。

上条「交換条件の価値がおかしいだろ?上条さんは本棚の漫画も全て提供し、さらに必要な物があれば買い足しも辞さないという
    条件を提示する!!だから……」
美琴「だから?」
上条「雑誌が発売する曜日以外も……来れる日は来てくんねーかな?」

 今度は上条が目を逸らす番だ。
 美琴は目を点にする。

美琴「………ぷっ、ははははは!なになに?なにそれアンタ。素直に毎日来て欲しいって言えばいいじゃん。はず、恥ずかしー!!」
上条「おいちょっと待ちやがって下さい御坂センセーお前がそれ言うのかよ!?」
美琴「まあ良いわよ私は。アンタがそこまで言うなら。……来れる日だけなら、だけどね」
上条「いや、お前が来たいんだろ??だから優しく聡い上条さんはそれを察したわけであってですねー」
美琴「わ、私は別に……」
上条「……あ、悪い俺の勘違いだったか?来たくないならあんま無理しなくてもいいぞ?」
美琴「ッ!わ、ば、…………アンタはどうなのよ!?来て欲しくないなら無理して来ないわよ?」
上条「お、俺はすっげー来て欲しいぞ!」
美琴「ッ!?」
上条「つうかお前の味噌汁が毎日飲みたい!!」
美琴「ッ!!??」
上条「しかもお前が嬉しそうに料理してるところ見てると死ぬほど幸せになれる!!!」
美琴「ッ!!!???」
上条「でも来たくないなら無理して…」
美琴「来たい来たいわよいっそ住みたいわよあーもー悪かったわねコンチクショー!!!」
上条「…………………」
美琴「…………………」

 二人ともテンションをMAXにしてぎゃーと言い合ってみたのだが、どうやらこの話題はどちらにとっても藪蛇のようだった。
 自分が言った言葉を反芻して二人仲良く真っ赤になる。

上条「カレー。食うか」
美琴「そそ、そうね」

 少し冷めてしまったカレーに手を付ける。
 頭の中はグルグルと混乱していたが、それでもカレーはすこぶる美味しい。

 上条は美琴が先に食べ終わったあたりで本題の話を切り出した。

上条「それで、いつまで帰省するの?」
美琴「うんと、今日行って、予定通りなら帰るのが五日、かな。届け出を出したのはその日まで」

 上条は指折り数える。

上条「一週間………か」

 それが途方もなく長い時間に感じられた。

美琴「うちって父親が海外に単身赴任しててね、母親がほとんど一人暮らし状態なのよ。本人は気楽で良いって言ってるけど、
    年末年始くらいは帰ってやんないとなーって」
上条(………全然反抗期でも何でもねーじゃんコイツ)

 上条は美鈴の顔を思い浮かべてみたが、そんな一人暮らしの哀愁なんて微塵も感じなかった。やはり親子にしか分からないもの
があるのだろうか。
 上条家も刀夜が単身赴任とまではいかないが海外出張の多い人間である。だから詩菜も一人で家にいることが多いはずだ、しかし
上条には母親からそう言う雰囲気を察した覚えは無かった。
 記憶喪失だから、というより鈍感だからだろうか。
 だから上条にとって美琴の言葉は少しだけ耳が痛い。

上条「そっか」
美琴「うん」
上条「親父さんは?帰らないのか?」
美琴「帰ってくるらしいけど、アイツはしょっちゅうそういう約束踏み倒す馬鹿だから信用してないわよ。全く世界のどこを
    ほっつき歩いてるのかしら」
上条「………………」

 美琴は父親である旅掛のことを指して言っているはずなのに、何故か上条は自分が責められている気がしてならない。

美琴「アンタは帰らないの?」
上条「一応俺も帰るけど、二日から四日まで」
美琴「何か随分と短いのね」
上条「んー、まぁ色々あってなー。親戚と鉢合わせしたらヤベーからそれを避けたりとか」
美琴「………………」
上条「帰らないって手もあるんだけど、去年までの俺はどうやらあんま帰ってなかったらしくてさ、たまには帰ってこいって
    言われて。俺も実家とか故郷見てみたいしなー」
美琴「………………」
上条「って、お前が暗くなってどーすんだよ」
美琴「だって……」
上条「別にお前にしか話せないことだからって気負うことなんて何も無いんだぜ?ただ隠し事はしたくないから聞いてもらって
    るってだけであってさ。そこらへんはできれば適当に受け流してもらえねえかな」
美琴「……うん」

 場が少ししんみりする。
 そのため上条は殊更声のトーンを上げて話題を振る。

上条「それでだ、打ち合わせておかなければならない問題があるわけですが美琴センセー」
美琴「ん?」
上条「親とか周りには………まだ今の関係を言わないってことでいいでせうか?」
美琴「…………そ、そうね。まだ早いわよね」

 同意を得られて上条は安堵する。

上条「ですよねー。っつうか俺達の親にばれるって何かすげー面倒なことになる予感がしてならない」
美琴「うちの母は間違いなくからかうわね。うちの父はどうなるのかな?穏便には済まないと思うけど……」
上条「え………、親父さんって怖い御方?」
美琴「普通の人が見たら多分怖いんじゃないかしら。私には激甘だけど」
上条「…………」
美琴「まーまーどうにかなるわよ元気出しなさいって。あ、カレーおかわりしちゃう?」

 未来の『娘さんを下さいシーン』まで想像してげんなりする上条を美琴は笑い飛ばす。

上条「いや良いよ、ゆっくり食わせてもらうから。御馳走様」
美琴「そっか」

 二人はとりあえず皿を台所に置くと、皿洗いもすると言う美琴の言葉を上条が拒否し、コタツでみかんを食べながら漫画雑誌
の残りの部分を読むことにした。座る位置は先程『密室×密室探偵』を読んだ時と同じ。やはり緊張するが、慣れてくると徐々
にその緊張が心地よさに変わっていく。
 どうやら美琴は漫画大好きではあるが、周りに同じ趣味の人がほとんど居ないため普段は漫画談義ができないらしい。そのため
か、相手が上条だからか、上条が少し引くくらい饒舌に語りだした。
 上条は所々それに同意し、一部では子供のような言い争いになる。しかしどちらかが暴れると自然に二人の体は触れあうので、
すぐに冷静さを取り戻すという妙なループを構成していった。
 漫画雑誌を読み終わった後も、上条は何となくその位置から動きたくなかったので、不自然にコタツの一辺に二人で収まり、
テレビを付けつつ適当な世間話をする。
 そんなことをしている内に夜の帳が降りてきた。

美琴「さて、そろそろ行こうかしらねー。あ、ちょっと待ってて」
上条「なんだ?」

 美琴は玄関に置きっぱなしの旅行用スーツケースからゲコ太のぬいぐるみを持ってきた。大きさは50センチメートル以上
あるだろうか。

美琴「これ、先代。貸したげる」
上条「は?」
美琴「良いから、今度ここに来た時返して。そんだけ。あー深くは追及しないでいいから適当に受け取っておきなさいよ」

 上条は目一杯頭の上にはてなマークを浮かべながらも、言われたとおりに受け取る。
 ちなみにもしそのシーンを黒子が見たら、美琴が大切にしていたゲコ太グッズを他人に渡すというあまりにあり得なさすぎる
状況に絶句していただろう。

美琴「あと、これ私の写真。デジカメからアンタの携帯に転送しとくわ。だからアンタの写真も撮らせて、良いでしょ?」
上条「は?は?」

 美琴が早口でまくしたて、上条は状況が分からないうちに写真を数枚撮られ、ついでにツーショットも撮られ更にそれも
携帯に転送される。
 上条はボケーっとそれを見守っていたが、一分以上遅れて、一週間という期間が途方もなく長いと感じているのは自分だけ
じゃなかったんだな、と気付く。
 それが終わると美琴はタクシーを呼ぶため電話し、コートを羽織り、玄関へと向かう。上条もそれを見送るために付いて
いった。
 玄関のドアの前まで来て、不意に美琴が半回転して上条のことを数秒睨み付ける。

上条(もしかしなくてもアレか……)

 あの時は外だったので躊躇ったが、今は自室である。上条はさてどうするべきかと悩み出す。

美琴「アンタが目、瞑りなさいよ」
上条「へ?」

 クリスマスの朝がおでこで、さっきがほっぺである。
 すぐまた会えるならそれでも良いが、二人にとっては長いお別れだ。だから、美琴は確実に唇にキスするため受け身でいる
ことをやめる。
 上条は少しだけ逡巡した後、素直に目を閉じる。
 すぐに美琴の手が上条の両肩に載った。つま先立ちしているのか、その手からフラフラした体重移動が読み取れる。

上条「……………………」
美琴「……………………」
上条「………………………………」
美琴「………………………………」
上条「??」

 しかし十秒、二十秒と待つが一向に何も起らない。
 上条はそーっと薄めを開けてみて、思わず笑いかける。

上条(何やってんですかねこの純情乙女は)

 美琴は目をギュッと瞑り唇をキュッと結んだまま上条の前5センチちょっとのところでプルプルと震えていた。
 どうやらキスしようとはしたものの踏ん切りが付かないらしい。

上条(この距離で目瞑ってたらそもそも口がどこにあるか分からないんじゃないのか?)

 実はこの距離ならば美琴の能力により大体は分かるわけで、つまり目を閉じてもあまり意味ないのだが、上条はそんなこと
は知らない。
 仕方なしに上条の方から動いて唇を合わせる。

美琴「ふわっ!!」

 いきなり上条の柔らかい唇の感触が来て美琴は慌てて離れる。触れていたのは時間にして1秒もない。

美琴「ちょっとーっ!アンタさては見てたでしょ馬鹿ー!!」

 ビリビリー!!とはならない。既に上条の右手は美琴の頭の上だ。そのついでに頭をなでなでしてみる。

美琴「やめ、ちょ、やめなさいよ!子供扱いしてんじゃないわよ!………やめ、ふわふわに、なる」

 それでも上条は無言で微笑みながら、手を止めずに頭をなでる。
 やがて何やら文句を言っていた美琴もついに黙ってしまった。それを見計らって上条が口を開く。

上条「またな美琴、また一週間後」
美琴「……うん。アンタも、元気でね」

 手を離すと、今度こそ美琴はドアに手を掛ける。少しだけ振り返ってぎこちない笑顔を上条に向け、手を振った。
 上条がそれに応じると、バタンとドアが閉じた。
 やがて美琴の足跡も聞こえなくなり、静寂だけが残る。

上条「………あ、そういや美琴の実家ってどこにあるんだろ?」

 聞いてみれば良かった。と思ったが、中途半端に近いと会いたくなりそうなので今度落ち着いてから聞こうと思いなおす。

上条「しかし、なんつうかほんと参っちまうな」

 上条もリビングへと足を向ける。
 その足取りは軽い。

上条「幸せだ」

 不幸体質なんて一体どこへ行ったのだろう。
 そもそも美琴がそばに居るだけで幸せなら、もはや天も自分に不幸を与える事なんて出来ないんじゃないか?なんて考える。
 これから一週間、また耐える日々が続くのかもしれない。でもそれも終わりがないわけではないのだ。
 この日、上条は確かに幸せだった。



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