とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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とどかぬ思い Welcome_to_the_Edge.


 一月二日の夜は上条当麻にとって平和で、そしてほんの少しだけ刺激的だった。
 上条は右腕に『幻想殺し』という能力(ふしぎなちから)を持つ以外はまったく普通―――とは言い難いのだが、どこにでもいる少年だ。彼は小学校入学時にこの学園都市にやってきて、以来この街でずっと暮らしている。と言っても彼は天涯孤独な身の上ではなく両親は学園都市の外で存命中だ。
 学園都市に住む他の生徒に漏れず、彼もこの冬休みは両親の元へ帰省するはずだった。だった、と過去形で語られるのは、現在進行形で彼が『年末年始ぶっ続けで補習』というイベントに見舞われ、帰省する時間の一切を失ってしまったからだ。担当教諭達のお情けにより元旦は補習を免除されたものの、たった一日で何ができると学校の机の上で涙ながらに突っ伏して、上条は教師達と年明け早々顔を合わせて都市内にて絶賛営業中の怪しげな神社へ初詣に行ってきたばかりだ。あの神社は上条同様帰省の機会を逸した学生や教師達を相手に今頃荒稼ぎをしている頃だろう。
 それはともかく。
 上条の部屋の中心を占めるいかにもなコタツのいかにもな天板の上に、手付かずのプリントが広げられていた。その横にはノートパソコンと漫画雑誌の年末年始特大号、あとは食べ散らかしたミカンの皮も無造作に置かれている。
 上条は、今日の補習で出された宿題そっちのけに一人自室でお正月のバラエティ番組にかじり付いていた。この時期にしか放映されないだけあってどの番組も制作費がかかっている……割には出演者の顔ぶれがチープな気がする。
 コタツに両足を突っ込んでTVを指差しながらゲラゲラ笑う上条のかたわらには、見慣れない雑誌があった。大きさはA4変型判相当、厚さは一八〇ページ前後、薄い紙質にカラーモノクロ込みのグラビア印刷で、タイトルは『陰陽道マガジン』。
 あまりにも嘘くさい雑誌名だ。
 これは上条の隣人にして友人かつ多角スパイの土御門元春より、税関を通さない裏技によって持ち込まれた海外の雑誌である。今イギリス清教では日本の陰陽道がブームになって、ついに文化が逆輸入されましたとかそんな理由ではなく、単純に元の表紙が人様にお見せできない写真が掲載されているためわざわざ土御門の手によって隠蔽工作(カムフラージュ)がなされているのだ。
 ページをめくれば登場するのは陰陽師とは何の関係もない金髪栗毛銀髪赤毛の豊かな美しい髪とスタイルを誇る欧米型女性ばかり。身に纏う衣装も平安時代の貴族階級に見られる唐衣裳装束ではない。ぶっちゃけると誰一人服着てない。
 早い話が上条は土御門から、『彼女』御坂美琴には絶対お見せできない雑誌をもらったのだ。
『カミやーん。日頃何かと頑張ってくれてるカミやんにオレから進呈。何とイギリス直輸入のお土産なんだぜい?』
『はあ? そのお土産はひょっとして『霊装』って書いてお土産と読むんじゃねーだろうな? もう御使堕しはこりごり……って、何だこれ? 直輸入なのに「陰陽道マガジン」? これってあれか、最近海外で日本ブームが巻き起こってるっつー話だけど、お前もこれ持ってって海外で親睦深めましょうっていう奴か? 悪りぃけど俺は宗教も魔術も』
『チッチッチッ。これは表紙こそこれなんだけど……中を開けるとほーらこんな感じなんだにゃー』
『ぶふうっ!? ちょ、ちょっと待て土御門!? こ、こ、これはヤバいって! 俺こんなもんいらねーから押し付けんなって!』
『まーまーカミやん遠慮しないでほらほらこっちも見るんだにゃー。カミやんだって何だかんだ言っても興味あるんだろ? 隠すな隠すな。ねーちんのを直に見ちゃったカミやんには刺激が少ないかも知れないが、オレの徹底リサーチの結果、これはカミやんのストライクゾーンをバッチリ捉えた一冊なんだぜい? もちろん表紙はご覧の通り偽装済みで部屋に置いても違和感なし。こっちのブロンドなんかどことなくオリアナに似てないかにゃー?』
『特定の人物の名前を挙げんじゃねえっ! 次に会った時まともに顔見らんねーだろうが!』
 ということで、もらったと言うより押し付けられてしまった。
 純情少年上条当麻としては一人部屋であるにもかかわらず大胆に鑑賞もできず、さりとて捨てるのももったいなく、TVでCMが流れる間に二、三ページめくっては表紙を閉じ、ちらちら横目で見てはパタンと伏せる動作を繰り返している。

 上条がケンカ友達だった美琴から好きだと告白されてどれくらい経つだろうか。
 彼氏彼女と言うよりは友達以上恋人未満のような感じで付き合いを始めてからというもの、ややせがまれるように手をつないだりおでことはいえキスをしたり、ちょっとずつ進展みたいなものを見せてはいるが、正直上条は心の中でもやもやとした気分を抱えている。
 美琴は大人びて見えても学内では『お姉様、御坂様』と呼ばれて絶大な人気を誇っても、目を引く整った顔立ちとすらりとしたスタイルを兼ね備えていても中学二年生。何かと問題になりがちなお年頃だ。そのお年頃が隣であれやこれやと言ってくる。しかも『常盤台中学のお嬢様』という肩書き(ブランド)を取り除いても、最近の彼女は結構可愛い、と思う。時々彼女の仕草にはドキッとさせられる。中学生と高校生の関係に一寡言持つ上条としてはああもうどうすりゃいいんだよ状態である。美琴がせめて同学年だったら良かったのにと考えてしまう上条にとって、前述の雑誌は図らずも一服の清涼剤となっていた。
「ふわあーっ。……もうこんな時間か。あとは風呂入ってプリントに適当に答え入れて寝っかなー」
 コタツの天板の上に放り出してあった携帯電話の画面で現在時刻を確認してから上条は大きく伸びを一つ。
 よっこらせとコタツから足を抜いて立ち上がり、ユニットバスに向かおうとしたところで、背後から携帯電話に設定した着信音とぶるぶるという小刻みな振動に呼び止められた。
「ん? 御坂……だよな。いつもより遅いけれど何かあったんかな」
 一二月二八日に美琴が実家に帰省してから、上条の携帯電話には毎日メールが届いた。内容はちゃんとご飯食べてるか、補習はサボってないか、浮気はするな寂しくなったら電話しろ。
「お前は俺の奥さんかっつーの」
 きっちり返信しないと翌日のメールで厳しく問い詰められるので、上条は毎日だいたい同じ内容で美琴に必ず返信していた。にしても、今日はいつもよりメールの送信時間が一時間ほど遅い。ともかく内容を確認しようと上条は二つ折りの携帯電話をパカッと開いて受信メールフォルダをチェックする。メールの表題は『明日』と書かれていた。内容は夕方六時過ぎに駅に着くから迎えに来てくれ、というものだった。
「あれ?」
 何かがおかしい。
 上条はもう一度受信フォルダを開いて内容を確認する。
 何度読み直してもメールの表題は『明日』のままだ。明日って言うのは……
「オイ……アイツ、一日間違えてんじゃねーか。紛らわしいったらありゃしねえ」
 美琴は四日に学園都市に戻ってくる。今日は二日で明日は三日。なので美琴は日付を一日間違えていることになる。しょうがねえなと一言こぼして、上条は美琴に『日付間違ってんぞコラ』と指摘のメールを送信した。二分と経たずに美琴から返事が戻ってきて『間違ってない。三日にそっちに帰る』とあった。
「……はあ。何か急な用事でもできたんかな。ま、いーか」
 上条は最後に了解、と入力して美琴にメールを送信するとコタツの上を適当に片付けて陰陽道マガジンを本棚にしまい、明日の時間を忘れないようにしなくちゃなと自分に念を押して、今度こそユニットバスへ向かった。

 時間を一二月二八日の午後六時一五分に戻す。
 上条は実家へ帰る美琴を見送るために駅まで足を運んでいた。美琴の実家は神奈川県にあり、学園都市からは電車で三時間ちょっとの距離だ。美琴に言わせると『電車ですぐだし帰るって感じじゃないのよね』らしい。
 学園都市の生徒は特殊な事情を持つ一部の者をのぞき、そのほとんどが都市外の出身だ。当然親家族が恋しい年頃の彼らは一定の時期になると帰省する。それでも能力者達ばかりが暮らす学園都市で帰省が『許される』のは条件や背後関係が白、いわゆる『何の問題もない』者達だけだ。
 美琴の場合、母・美鈴が回収運動の保護者代表と言う事情により監視対象に組み込まれていたのだが、美鈴を取り巻く一連の事件ととある少年達の活躍により美鈴自身が代表を辞した事もあって、先日監視を解除された。
 もっとも美琴は自分が監視対象に入っていた事は知らないし知らされてもいない。
 彼女自身は『直接』学園の暗部とは何の関係もない、『普通の』学生なのだ。

「悪りぃな、俺の都合に合わせて帰るの遅くしちまって。大丈夫か?」
 上条がガリガリと頭をかくと、常盤台中学の制服に身を包み首元にピンクのマフラーを巻いた美琴が
「大丈夫よ。それよりアンタは目の前の補習に集中しなさい」
 ペチッと上条のツンツン頭を叩く。
「はは、そう言ってくれっと助かる」
「寂しくなったらいつでも電話してきて良いわよ? それよりアンタホントに大丈夫? 言っとくけど、この一週間学園都市に美琴センセーはいないんだかんね?」
「何で俺の周りはどいつもこいつもこんな感じなんだよ……」
 一日のうち三分の一が不幸に見舞われている顔で上条はぼやく。
 イタリア行きの時も思ったけど、何でこんな事を言われなくちゃならないんだろう。
「ほら、そろそろ電車に乗れって。折り返しの始発ったって乗り過ごしたらかなり間抜けじゃねーか」
「わかった。……行ってくるね」
「行ってくる? 帰るの間違いだろ。しっかりしろよ学園都市第三位、こんな簡単な日本語の間違いで……」
「間違ってないわよ? 私が帰るのはここ」
 美琴は右手の人差し指でちょんと上条の胸板をつつくと
「それ以外は全部『行ってくる』よ。実家だって、いつか親元を離れて本当に一人で生活する日が来るんだから」
「そうか。じゃあ『行ってこい』。親元でのんびりしてこいよ。こっちに『帰ってくる』時間がわかったらメールで知らせてくれ。駅まで迎えに行くから」
「わかってる。じゃ、『行ってくる』ね」
 電車が発車する旨のアナウンスがホームに流れ、美琴はキャリーケースを引っ張って一人乗り込んだ。美琴は空席が見つからないのかドアのそばに立ってホームの方を向き、上条に笑って『バイバイ』と手を振った。上条もそれに合わせて『元気でな』と手を振って、電車がホームから見えなくなるまで見送った。


「お帰り。あけましておめでとうみ……さか?」
「ただいま。あけましておめでとう。……何で最後が疑問形なのよ?」
 出迎えのホームに降り立った美琴は、古い映画のワンシーンのように上条をぎゅっと抱きしめた。上条の鼻先で華やかな香水と銀色の小さなオープンハートが揺れ、上条はうわ香水の移り香が服についちまうよと少しだけ顔をしかめる。
 上条は何だかこれって数年ぶりに会った従妹が興奮して飛びついてきたみたいだよなと思いながら
「悪りぃ御坂、俺は目がおかしくなったらしい。常盤台の制服ってそんなひらひらのスカートだったか? コートは真っ赤だったっけ?」
 一週間ぶりの美琴は完全無欠に私服姿だった。
 おかしい、実家に帰るときは制服を着ていたはずなのに。
「残念なことに視力はまだ衰えてないみたいね。制服ならキャリーケースの中だけど?」
 上条の疑問に美琴が頬を膨らませる。二人の様子を離れたところで見ると、美琴は上条から贈られたイヤリングに合わせておしゃれしてきたのを上条に無視されて不機嫌になっているのだが、上条はそれに全く気付かない。
「……アンタ、もしかして制服マニア?」
「……あのな」
 美琴に変な分類(カテゴリ)づけられキレた上条が唸りをあげる。
「俺みたいな平凡校の学生でも知ってんだぞ、常盤台中学は休日でも制服着用が原則って。で、何でお前は制服着てないの?」
「何でって、ここにいない生徒が制服着る必要ないじゃない?」
 美琴の答えはぞんざいだ。言葉の中に何を当たり前のことを言ってるんだこの馬鹿と含みを持たせている。
「はあ? だってお前これから寮に戻るんだろうが。寮って私服でも入れんのか?」
「寮には戻らないわよ。帰寮予定は明日だもん」
「? じゃあどっかホテルでも取ったのか? 正月から豪勢だな」
「ううん、アンタんち行くから」
 上条の問い掛けに対し軽く首を横に振る美琴に
「ああ、ホテルの部屋借りないで俺の部屋で着替えるのか。なるほど、だったら貸してやるから」
「……アンタんちに泊まるって遠回しに言ったんだけど通じなかったみたいね」
 ―――これだ。
「男の部屋に泊まるなよ! 何度も言うけど自分の歳を考えろ中学生!」
「私も何度も言うけど私がアンタの彼女ってことを忘れんじゃないわよ!」
 こう言う事を美琴は平然と言ってくるので、最近の上条は彼氏とか恋人とか友達以上恋人未満というよりも、ご近所のおませな女の子を相手にするお兄さん気分である。
「彼女でもダメなもんはダメなんです! 却下! 泊まるの禁止!! だいたい何で狭くて汚い俺の部屋に泊まりたがんだよええっ!? お前の寮の方がよっぽど綺麗だしベッドは高級だし飯だって出てくんだし俺の部屋でわざわざ寝泊まりするメリットゼロじゃねえか! 俺だったら常盤台の寮で寝泊まりする方が……御坂? 何でお前不機嫌になってんの?」
 美琴は泣き出すのか怒り出すのかわからない一歩手前の表情で上条を睨んでいる。インデックスだとここで問答無用の噛み付きが飛んでくるから、この後に待っているのはきっと超電磁砲ですよねーと自らの不幸を呪いつつ、上条は気をつけの姿勢で反論を待っていると
「アンタの部屋が狭いとか汚いとかボロいとかそういう小っさい理由はどうだって良いの。常盤台はさ、アンタの言うとおり何もかも整ってる。でも自由がない」
 自由とは自分の勝手気ままに何もかもを行うことではない。自由にはいつだって行使した際の責任が伴う。そして中学生の美琴にその責任を負う能力はないと学校側が戒めているからこそ、常盤台中学には厳格な規律が存在する。
「最後に何か俺が言ってないオプションが追加されてるような気がすんだけど」
「今更一つや二つ増えたってどうって事ないでしょ?」
「……それはそうかもしれねーけどよ」
 たしかに美琴の言うとおりだが、そこはあまり指摘しないで欲しいと上条は思う。常盤台のお嬢様専用宿舎と上条の暮らす寮を比べること自体が間違っているのだから。
「それにアンタがいないもの」
「いたら怖えよ! 俺に女装させる気か!?」
「そういう意味じゃなくって」
 美琴は上条の反応を見て苦笑する。
「まあ、実際のところ寮は窮屈。そして私はアンタのそばにいたい。これって理由にはならない?」
「……まあ、どこに行くにしても一回うち来いよ。こんな吹きっさらしのところでつっ立ってても寒みいだろ。そうだ御坂、コタツって知ってるか?」
「知ってるわよ。うちにもあるもの。アンタ人の事馬鹿にしてんの?」
「……いや、何かお前んちって暖炉とかあってそれに薪くべて暖を取ってそうなイメージがあるから」
「……アンタ来年私んち来なさい。うちがどんなもんか見せてあげる」
「え? 良いよそんな、大邸宅になんかお邪魔できねーって」
 日頃の美琴の行動や常盤台のお嬢様と言う看板で勘違いされがちだが、美琴の家は一般のご家庭より『ちょっと』豪華で規模が『少し』大きい程度で、そこに暖炉があったり庭にテニスコートがあったりはしない。
 美琴はふぅ、と小さくため息をついた後
「……それにしてもアンタの年末年始が補習で潰れるってのは想定外だったわよ。いろいろ予定してたのに」
「いろいろ? 予定?」
「二人であちこち出かけたり初詣行ったり。振袖姿見て欲しかったなー。泊まりがけで旅行に行くのもね」
 美琴は心から残念そうな表情を浮かべた。上条は美琴の姿を見て胸の奥で何かが痛むのを感じつつ
「お前って夢いっぱいだな……」
 それってティーン向け雑誌に良く掲載される『彼氏ができたらしたい事ベストテン』そのまんまじゃねーのかと少しだけ嘆息する。
「……初めて好きな人ができてその人の彼女になって、それで夢見て悪い?」
 美琴はむーと頬をふくらませる。怒ったりへこんだりムキになったり、『彼女』はとってもお忙しい。
「え? 初めて? ……お前誰かと付き合ってなかったっけ?」
「いないわよ。何をどうしたらそう見えんのよ?」
「いや。……お前が俺の部屋に初めて泊まった日、やけにスムーズに風呂入ってっから慣れてるなーって」
「ななな、慣れてなんかないわよ! アンタに何されんのかと思ってめちゃめちゃ緊張したんだから!」
 上条の反応がこの上なく薄く肩透かしを食らった結果、美琴は上条の部屋でも自室のようにリラックスできたと言う結果に上条は気付かない。
「……俺はあの日お前に……まあいいか。で、お前何で予定を繰り上げて帰ってきたんだ? お前も実はこれから補習とか?」
「このためよ」
「このためって、どのためだ?」
「かっ、かっ、かっ……彼氏に、早く会いたかったからに決まってんでしょ。四日はみんな帰ってくるし」
 上条の左手が美琴の右手でぎゅっと強く握られる。
「あー、さいですか……」
 上条は心の中で思う。
 ―――お前さ、何で俺の事そんなに好きでいられんの?

 ホームの端から端までどこにいても内容が聞き取れる口ゲンカと、正々堂々たるジャンケン三本勝ち抜きと言う名の後腐れなき勝負の結果によって、上条は敗者として美琴にベッドを奪われた。その代わり美琴が夕食と翌日の朝食を作るというので、交換条件としては悪くない。
 一〇センチの距離を空けて二人は手をつなぎ、美琴は上条の隣で小さく微笑んでいる。
「そう言えばアンタ初詣は?」
「行った行った。元旦はさすがに補習無かったんで、先生達と一緒だったけどよ」
「なーんだ。こっち帰ってきたら一緒に行こうと思ってたのに」
「あれ? お前行ってねーの?」
「行ったわよ? 元旦に母さんと。振袖もその時に着たんだ。ちょっと帯が窮屈だったけど」
「だったら、初詣に二回行ってどうすんだよ」
「あのさ……説明した方が良い?」
「何をだよ?」
 美琴が何を言いたいのかわからない。初詣に二回行く意味って何かあるのかなと上条が考えていると
「新年早々アンタってあいかわらずそうなのね……」
 美琴は隣でやれやれ、と肩をすくめてみせた。
「あいかわらず?」
「そ。人の気持ちに全然気づかないなーって」
 美琴のあきれたような声が気になって、上条は問いかける。
「お前の気持ち?」
 答えの代わりに、美琴は首を縦に小さく振る。
「……悪りぃ」
 美琴の首が横に振られた。揺れる茶色の髪と共に香水の香りが広がる。
「一生片思いでも良いけど……片思いはやっぱりちょっと苦しいかな。アンタはこんな気持ちになった事ないんでしょ?」
「…………悪りぃ」
 上条の心の中が申し訳ないと言う思いでいっぱいになる。同時に、今の美琴にこれ以上好意を向けてはいけないと言う戒めのような感情が噴き上がり、上条の喉を詰まらせた。
 黙って、美琴の手を少しだけ強く握りしめて。
「……………………悪りぃ」
 繰り返し呟く。

 食事が終わって、美琴が風呂に入ると言うので上条は少しだけTVのボリュームを上げ、コタツを部屋の壁に向かって押しやり足の踏み場を確保する。美琴が戻ってくるまでに自分の布団を敷いてしまおうとふすまに手をかけると
「ねーえー、イヤリング外してくれる?」
 美琴が自分の耳を人差し指で軽く指差した。
「子供じゃないんだからそんくらい自分でできんだろが」
「……『彼氏』に外して欲しいの。アンタも『彼女』のアクセサリーの付け方外し方は覚えておいて損はないと思うけど?」
「そういうもんか」
 礼儀作法に明るそうな美琴がそう言うなら、きっとそうなのだろう。以前には服を贈る意味がどうのとも言っていたし。
 上条は美琴の耳たぶと自分の目の高さを合わせると、傷をつけないよう慎重に両手の親指と人差指を使ってまず右耳のイヤリングをつまむ。耳たぶの表と裏でイヤリングを固定する金具を前後に引っ張り、そっと引き抜くように美琴の耳から取り外した。一つ外し終わると美琴の掌の上に置き、今度は同じように左耳からも取り外す。外したあとでよく見ると美琴の耳たぶに金具で圧迫された赤い跡が残っていたので、上条は右手の親指と人差指で耳たぶをつまみ、力をかけないようにやわやわと揉みほぐした。
「ちょ、アンタ、何を……」
「馬鹿。跡が残っちまってんだよ。これじゃ痛えだろ?」
 あまり大きくはないが、美琴の耳たぶにはかなりくっきりと圧迫跡が残っている。上条は明日まで残らなければ良いなと考えながらほぐしていると
「そ、そうじゃ……あ、アンタ……やめ……」
 美琴が何だかくすぐったそうに体をよじらせるので、上条はひとまず指を離すことにした。
「あんまり痛むようだったら氷あるから言えよ? 風呂入る前に冷やした方が良いんじゃないのか? どうなってるかちゃんと鏡で見とけよ?」
 上条の問いかけに美琴は何とも言えない複雑な表情を浮かべて
「…………ありがと。お風呂入ってくる」
 ひときわ大きくなったTVのCM音声に隠れるように『馬鹿』と言う美琴の声が重なったような気がした。

「でさ、ちょろーっと教えて欲しいんだけど」
 上条が風呂からあがると異端尋問が待っていた。床に敷いた布団の上に美琴と向かい合うように正座して
「あの霧が丘の女の子はアンタとどういう関係? 確か始業式の日に地下街で会った子よね?」
 少しきつい口調で緑色のぶかぶかパジャマを着た美琴が問い詰めてくる。何でコイツはこんな怖い顔してるんだろうと思いつつ上条は
「霧が丘? ……ああ風斬か。友達だぞ。ただアイツは俺って言うよりインデックスの友達なんだよ。こないだはインデックスに会いに来たんだけど居場所がよくわからないってんで、教会に案内しようとしただけだって。つかお前、俺が誰かと一緒にいるたびにビリビリすんなよ。こないだも言ったけどあれじゃ説明する暇もありゃしねえしみんなもビックリするだろが」
「ふーん? じゃ、あの金髪の大人っぽい女性(ひと)は? どう考えてもアンタの友達には見えないんだけど?」
「えーと金髪ってーと……オリアナか。ありゃ友達っつーより行きがかり上知り合っただけだ。たまたま用があって来たってんで話をしてたんだよ」
 上条は説明を試みるが、どうも美琴は話を聞いていないらしい。時折巨乳が巨乳がと呪文を唱えているようにも聞こえるが、何か深いお悩みでもあるのだろうか。
「……浮気者」
 美琴が顔を上げ、ジロリと上条をねめつける。
「は? 浮気って何だよ?」
 美琴の言葉の意味が理解できず、上条は首をひねった。
「そもそも浮気ってどうやんだよ。俺そんなの知らねーぞ?」
 今度は対面で正座していた美琴の顔が『は?』の形で固まり、次に肩をがっくり落とし、そこから上条に向かって体当りするように、美琴は上条の胸元に飛び込んだ。突き飛ばされるように美琴を受け止めた上条は布団の上で尻餅をついて
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
 上条の腕の中で顔を伏せたまま、美琴は上条の胸板を拳で叩く。
「……アンタが私のことをそれほど好きじゃないってのはわかってる。でもアンタは、私がアンタのことどれくらい好きか知ってるの?」
「……知らねえ。けど、俺のことを好きだと言った物好きがこの世でお前一人しかいないのは知ってんぞ」
「だったら、何でアンタは私の気持ちをわかろうとしてくれないの? どうやったらアンタは私を好きになってくれるの? ……教えて。お願いだから」
「俺には何でお前がそこまで俺のことを好きなのかがわかんねえ。理由が見えないから、……お前のことがわかんねえ」
「理由?」
 美琴の驚き混じりの問いかけに、上条は頷いて
「お前が俺を好きだと言ってくれて最初はすげーびっくりしたけど、嬉しかった。誰からもそんなことを言われたことはなかったし、俺はお前に嫌われてると思ってたしな。その後、お前と付き合うようになって、今まで知らなかったお前のいろんな面を俺は知るようになった」
 けれど、と上条は一度言葉を切ると
「そんなにも俺を思ってくれるのは何故だ? 妹達の件は、一応だけど解決したよな? 他に何がある?」
 美琴は上条の腕の中からゆっくりと顔を上げた。そこで一度深呼吸して
「きっかけはある、けど理由はない。かな」
「理由がない?」
 美琴は大きく頷いた。
「何て言えばいいんだろ、理屈じゃないんだ。『アンタのそばにいたい。アンタが好き』って言うのは。妹達とか、恋人ごっことか、アンタのことが気になったきっかけならいくらでもあるんだけど……細かい事を取り除いていくと最後に『ずっとアンタのそばにいたい』って思いが残る。誰かを好きになるのに、たぶん理由はいらないのよ」
 うまく説明できないんだけどね、と美琴は苦く笑って
「アンタのことをもっと知りたい。でも、アンタを知りつくしたあとも、ずっと一緒にいたいって思える。私は、誰かをこんなに好きになったのは初めてだから……やっぱり私はアンタの言うとおり子供なのかもね。でもね、誰にも譲れないんだ。この思いだけはどうしても。だからアンタに告白した。アンタに一番近い場所にいたいから、アンタのそばにいたいから。だからさ、そこに他の女の子をヒョコヒョコ連れて来られると私としては困るのよ」
 上条は黙って美琴の話を聞いていた。黙って、美琴の言いたい事を心の中でまとめようとするがうまくいかず、息を詰めたまま美琴に先を促した。
「……今こうしてアンタを抱きしめて、私はアンタに一番近い場所にいる。でもね、こうしててもアンタがものすごく遠い場所にいるように感じんのよ。遠くにいたんじゃ、アンタが私に興味を持つ事も、アンタに私を知ってもらう事もできないじゃない? 今日はアンタがくれたイヤリングに合わせておしゃれしてみたけど、アンタは気づいてくれなかった。アンタと初詣に行って思い出を作りたかったけどそれもできなかった。アンタがかたっぱしからきっかけを潰してるんじゃ、私はどうすれば良いの? どうすればアンタに……好きになってもらえんのよ?」
 美琴の言葉に嗚咽が混じり、細い両肩が少しずつ震えだす。そう言えばコイツは意外と泣き虫だったよなと思い出して、上条は美琴の泣き顔が隠れるように抱きしめた。
 美琴の言葉は納得できるところがある。
(けどよ)
 男が女を好きになるのと、女が男を好きになるのは似ているようで違う。その違いの差で、きっと自分は美琴が望む答えを返してやれない。
『彼女』が抱く思いはこんなにも深いのに。
 上条はただ黙って、美琴が泣き止むまで胸を貸し、両腕で美琴の泣き顔が誰にも見えないよう隠し続けた。


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