Bitter_or_sweet.
二月一二日には、チョコレートをもらった。
二月一四日は日曜日で、だからというわけではないだろうが今日は校内のあちこちでにわかカップルが誕生したり、涙と共に走り去る女の子の姿を見かけるような気がする。
俺達には一個も来ないのに、と上条当麻の机の上に置かれたチョコを見て嘆息するのは青髪ピアスと土御門元春。
青髪、土御門、そして上条の三人一組でクラスの三バカ(デルタフォース)と呼ばれる彼らは、自分の座る席の横を女の子が通る度に一喜一憂していた。
一喜するのが青髪と土御門。
今年は一憂するのが上条だ。
『ええなあカミやんモテモテで。それで何個目?』
『モテモテじゃねーよ。全部義理じゃねーか。義理でもくれた女の子の名前チェックして三月にはお礼しなきゃなんねーんだぞ? ……不幸だ』
『立てたフラグの桁数が違う男は言う事も違うんやね。……ちょっとムカついたで』
『さっすがカミやん、返す言葉もふるってるんだにゃー』
『テメェは義妹からもらえりゃそれで十分幸せとか何とか言ってなかったかこのシスコン軍曹』
『で……噂の「超電磁砲」はどうするのかにゃー、カミやん?』
二月一四日は日曜日で、だからというわけではないだろうが今日は校内のあちこちでにわかカップルが誕生したり、涙と共に走り去る女の子の姿を見かけるような気がする。
俺達には一個も来ないのに、と上条当麻の机の上に置かれたチョコを見て嘆息するのは青髪ピアスと土御門元春。
青髪、土御門、そして上条の三人一組でクラスの三バカ(デルタフォース)と呼ばれる彼らは、自分の座る席の横を女の子が通る度に一喜一憂していた。
一喜するのが青髪と土御門。
今年は一憂するのが上条だ。
『ええなあカミやんモテモテで。それで何個目?』
『モテモテじゃねーよ。全部義理じゃねーか。義理でもくれた女の子の名前チェックして三月にはお礼しなきゃなんねーんだぞ? ……不幸だ』
『立てたフラグの桁数が違う男は言う事も違うんやね。……ちょっとムカついたで』
『さっすがカミやん、返す言葉もふるってるんだにゃー』
『テメェは義妹からもらえりゃそれで十分幸せとか何とか言ってなかったかこのシスコン軍曹』
『で……噂の「超電磁砲」はどうするのかにゃー、カミやん?』
二月一二日には、『超電磁砲』の御坂美琴から雷撃の槍をもらった。
お前だって学校でチョコいっぱいもらってるじゃんと指摘したらバチバチ言いだして直後に一〇億ボルトが降ってきた。
チョコくらいで何で怒られなくちゃならないんだと思うのが『彼氏』上条。
何でそんな事がわかんないのよアンタはと吼えるのが『彼女』美琴。
美琴の告白から始まって、美琴いわくそれなりにドラマチックだった(らしい)やりとりを経て、ようやく上条が美琴に返事を言って(というより言わされた気がする)、二人の友達時代は終わった。
『お前だってその紙袋に入ってんのは後輩とかからもらった義理チョコなんだろ? 何で俺だけ一方的に責められなくちゃなんねーんだよ!? こんなの理不尽だ!』
『女子校でもらうチョコとアンタがもらってくんのとは訳が違うでしょうが!』
学内で生徒の上中下を問わずお姉様御坂様と呼ばれたり、寮では同室の白井黒子から熱烈なアプローチを受けたりと、上条としては美琴の学園生活も戦場だなぁと同情するが。
……チョコはチョコだ。何が違うってんだ?
お前だって学校でチョコいっぱいもらってるじゃんと指摘したらバチバチ言いだして直後に一〇億ボルトが降ってきた。
チョコくらいで何で怒られなくちゃならないんだと思うのが『彼氏』上条。
何でそんな事がわかんないのよアンタはと吼えるのが『彼女』美琴。
美琴の告白から始まって、美琴いわくそれなりにドラマチックだった(らしい)やりとりを経て、ようやく上条が美琴に返事を言って(というより言わされた気がする)、二人の友達時代は終わった。
『お前だってその紙袋に入ってんのは後輩とかからもらった義理チョコなんだろ? 何で俺だけ一方的に責められなくちゃなんねーんだよ!? こんなの理不尽だ!』
『女子校でもらうチョコとアンタがもらってくんのとは訳が違うでしょうが!』
学内で生徒の上中下を問わずお姉様御坂様と呼ばれたり、寮では同室の白井黒子から熱烈なアプローチを受けたりと、上条としては美琴の学園生活も戦場だなぁと同情するが。
……チョコはチョコだ。何が違うってんだ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二月一二日には、チョコレートをもらった。
常盤台中学はまごう事なき女子校で、そこでチョコをもらう場合は義理チョコとかお礼チョコとか友チョコとかだったりするが、一部本命チョコも混じってたりするので対処に困る。
美琴は教室の入り口で、授業の合間の休み時間に本日二〇人目の来訪者に対応して、女の子らしいラッピングが施された小さな箱をもらった。その前にはどう見ても中身はケーキですと箱に書かれている物体、さらにその前は本命チョコらしいずっしり重たい箱。自作の詩集がついてきたチョコもあった。その一つ一つに若干引きつりつつお礼を述べて、教室までやってきた名も知らぬ下級生を見送ると、美琴は小さく嘆息した。
最近ではチョコを送るのにも何らかの風潮があるのか、美琴にチョコを渡してきた相手が『頑張ってください』や『お幸せに』と一言添えてくるので、美琴は『あっ、うん。ありがとう』とよくわからない返事をしながら何なんだろうあれと首をひねった。
常盤台中学はまごう事なき女子校で、そこでチョコをもらう場合は義理チョコとかお礼チョコとか友チョコとかだったりするが、一部本命チョコも混じってたりするので対処に困る。
美琴は教室の入り口で、授業の合間の休み時間に本日二〇人目の来訪者に対応して、女の子らしいラッピングが施された小さな箱をもらった。その前にはどう見ても中身はケーキですと箱に書かれている物体、さらにその前は本命チョコらしいずっしり重たい箱。自作の詩集がついてきたチョコもあった。その一つ一つに若干引きつりつつお礼を述べて、教室までやってきた名も知らぬ下級生を見送ると、美琴は小さく嘆息した。
最近ではチョコを送るのにも何らかの風潮があるのか、美琴にチョコを渡してきた相手が『頑張ってください』や『お幸せに』と一言添えてくるので、美琴は『あっ、うん。ありがとう』とよくわからない返事をしながら何なんだろうあれと首をひねった。
二月一二日には、上条に雷撃の槍をくれてやったら右手で弾かれた。
(一回ぐらいはまともに食らって地べたに転がってみなさいよ、あの馬鹿)
過去、美琴は全力で一〇億ボルトの雷撃を放って、それをノーガードで受け止めた上条は地に二度倒れ伏した事があるのだが、あの頃の事を思い出すと照れてしまう美琴としては、あれはノーカウントと思いたい。
上条は義理だと言ってたが、美琴の目でチェックするとあの袋の中身は全部本命チョコだ。何で私という存在がいるのにそれを平然と受け取ってしかも義理だと思ってしまうのよ、と上条に対して腹を立てるのは彼女として当然の権利だ。
自分が学校で受け取るチョコと、上条が女の子からもらってくるチョコを一緒にしないで欲しい。
……そこに込められた想いくらい、気づきなさいっての。
(一回ぐらいはまともに食らって地べたに転がってみなさいよ、あの馬鹿)
過去、美琴は全力で一〇億ボルトの雷撃を放って、それをノーガードで受け止めた上条は地に二度倒れ伏した事があるのだが、あの頃の事を思い出すと照れてしまう美琴としては、あれはノーカウントと思いたい。
上条は義理だと言ってたが、美琴の目でチェックするとあの袋の中身は全部本命チョコだ。何で私という存在がいるのにそれを平然と受け取ってしかも義理だと思ってしまうのよ、と上条に対して腹を立てるのは彼女として当然の権利だ。
自分が学校で受け取るチョコと、上条が女の子からもらってくるチョコを一緒にしないで欲しい。
……そこに込められた想いくらい、気づきなさいっての。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「も、も……もう食えねえ……」
美琴の雷撃の槍を振り切って、自室の玄関の鍵を固く閉めて、もらったチョコをばらまいて、コタツの上でゲップしながら突っ伏す上条。
チョコの賞味期限がどんなものかは知らないが、何となくだらだら先送りにしてほったらかしにすると気がついたら冷蔵庫の中で絶滅してそうだ。そう思って食べ始めたは良いけれど、二個と四分の一で味覚が限界を訴えた。自分の吐く息がチョコまみれで気分が悪い。
バレンタインデーの収穫は上条九個に対し、美琴が二五個。美琴の場合、寮でまだまだもらうだろうから最終的な個数はいくつになるのか予想もつかない。やっぱりアイツの学園生活は戦場だなと苦笑して、上条はコタツに足を突っ込んだままその場に寝転がる。
「インデックスがいてくれりゃこのチョコもあっという間になくなるんだけどなー」
上条のかつての同居人、インデックスは現在とある教会で本来の務めである修道女としての生活を送っている。頭の中の一〇万三〇〇〇冊に縛られない、それが彼女のあるべき姿なのだからきっとアイツは幸せなんだと思いつつ。
一人の部屋で迎える二月は、背中が少しだけ寒い。
美琴の雷撃の槍を振り切って、自室の玄関の鍵を固く閉めて、もらったチョコをばらまいて、コタツの上でゲップしながら突っ伏す上条。
チョコの賞味期限がどんなものかは知らないが、何となくだらだら先送りにしてほったらかしにすると気がついたら冷蔵庫の中で絶滅してそうだ。そう思って食べ始めたは良いけれど、二個と四分の一で味覚が限界を訴えた。自分の吐く息がチョコまみれで気分が悪い。
バレンタインデーの収穫は上条九個に対し、美琴が二五個。美琴の場合、寮でまだまだもらうだろうから最終的な個数はいくつになるのか予想もつかない。やっぱりアイツの学園生活は戦場だなと苦笑して、上条はコタツに足を突っ込んだままその場に寝転がる。
「インデックスがいてくれりゃこのチョコもあっという間になくなるんだけどなー」
上条のかつての同居人、インデックスは現在とある教会で本来の務めである修道女としての生活を送っている。頭の中の一〇万三〇〇〇冊に縛られない、それが彼女のあるべき姿なのだからきっとアイツは幸せなんだと思いつつ。
一人の部屋で迎える二月は、背中が少しだけ寒い。
美琴には夢があるという。
この歳でもう人生の目標を決めているのかすっげーなとほめたら睨まれて、上条は殴られた胃の辺りが痛くなった。
美琴の言う『夢』とやらには上条の存在が大きく関わっている。内容は一四歳の女の子なら誰でも夢想しそうな、というか少女マンガに出てくるようなたわいないものだ。ただし、それに付き合うには精神的ハードルが高すぎると上条は思う。
定番のプリクラ、ペアのアクセサリー。腕を組んで歩きたいとも言われた。その辺はまだいい。学園都市の外へ出るのは簡単ではないが、泊まりがけで旅行に行きたいと言われた時には二秒で却下した。
『俺を巻き込むな! お前中学生だろが!!』と叫びかけて。
その一言が使えない。
上条は美琴の手を取ってしまった。引き返せはしない。できるのはただ、一歩の進みをできる限り遅くする事。上条の手を取ってどんどん『夢』に向かって歩こうとする美琴の速度を少しでも落としてやる事。
急ぐ必要なんかないんだ、と。
「……俺は詩人でもメルヘン野郎でもねーんだけどな」
上条は頭をガリガリとかいて、次にコタツの上の減らないチョコを見て、何度目かのチョコ臭いため息を吐き出した。
この歳でもう人生の目標を決めているのかすっげーなとほめたら睨まれて、上条は殴られた胃の辺りが痛くなった。
美琴の言う『夢』とやらには上条の存在が大きく関わっている。内容は一四歳の女の子なら誰でも夢想しそうな、というか少女マンガに出てくるようなたわいないものだ。ただし、それに付き合うには精神的ハードルが高すぎると上条は思う。
定番のプリクラ、ペアのアクセサリー。腕を組んで歩きたいとも言われた。その辺はまだいい。学園都市の外へ出るのは簡単ではないが、泊まりがけで旅行に行きたいと言われた時には二秒で却下した。
『俺を巻き込むな! お前中学生だろが!!』と叫びかけて。
その一言が使えない。
上条は美琴の手を取ってしまった。引き返せはしない。できるのはただ、一歩の進みをできる限り遅くする事。上条の手を取ってどんどん『夢』に向かって歩こうとする美琴の速度を少しでも落としてやる事。
急ぐ必要なんかないんだ、と。
「……俺は詩人でもメルヘン野郎でもねーんだけどな」
上条は頭をガリガリとかいて、次にコタツの上の減らないチョコを見て、何度目かのチョコ臭いため息を吐き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
美琴には夢がある。たわいもない夢だ。
ずっと素直になれなくて、やっと自分に素直になって、ようやくその手を掴んだ上条と過ごしたい日々がある。
どんなことをしたいのかを口にしてみたら、上条にものすごく嫌な顔をされてその後ケンカになった。『白い部屋がある海沿いのホテルに泊まってみたい』と試しに言ったら顔を真っ赤にして『却下だ却下!』と断られた。
「ケンカしてた時期があった分、一緒にいたいって思うだけなんだけどなー。アイツだって一緒にいたいって思ってくれてるくせに何でその辺がわかんない訳?」
上条側の事情はともかく、美琴には上条の態度が納得できない。
美琴はツンツン頭の彼氏のことを思い浮かべた後、窓の外に向けていた視線を自分の左斜め下にある、備え付けの学習机に移動。
「甘い物は嫌いじゃないんだけどね……」
二〇八号室の美琴の机の上には、山と積まれたチョコがある。しかも去年より数が多い。一四日には白井黒子を始め同じ寮で暮らす学生達からも届くのは目に見えているので、当日は机が使い物にならなくなるかも知れない。
二月一四日は恋人達の守護聖人ウァレンティヌスの殉教日とも、ローマ神話の女神ユーノーの誕生日とも言われている。日本では前者のイメージが強いが、クリスマス同様これもまた日本の悪しき風説であり、十字教に至ってはスケジュールから彼の生誕祭は外されている。
つまり、チョコを贈るバレンタインデーなど、本来どこにも存在しない。
美琴もこの程度の豆知識なら備えている。これまで積極的に誰かにチョコをあげると言うことはなかったので豆知識同様スルーしていたが、今年は美琴もバレンタインデーに参戦する。ただし、チョコを上条にあげてから告白するのではなく、告白済みの状態でチョコを上条にあげるのだ。
しかも生まれて初めて。
(……、)
美琴は少しの間その光景に思いを馳せた後思考を空白にして
(だ、ダメだ! 今まで読んだマンガの中にそんなシチュエーションは載ってなかった!! こういう時ってどうすれば良いんだっけ? とりあえず当日アイツがちゃんと家に……いなくてもいいから場所だけは確保して、材料は買ってあるからええっとええっと……)
仮免許を取ったばかりのドライバーがいきなり大渋滞の一般道路に放り出された時のような緊張と狼狽と動揺で、美琴の動悸が不規則に乱れる。上条は美琴の彼氏なのだから、美琴が変に身構える必要はどこにもない。にも関わらず、イベントは特別ととらえているせいかどうにも心が落ち着かない。
(待て、落ち着け私! 何でこれくらいで動揺してるわけ? アイツは私の彼氏であって、顔だって毎日見てるんだしアイツの部屋にも行ったしお泊まりした事もあるんだからこんなのどうって事、ないじゃないのよ……)
上条が彼氏であろうとなかろうと、美琴にとって『初めて』のバレンタインデーなのだから、動揺しないわけがない。
(そ、そうだ、電話電話! アイツがちゃんと予定空けてるか確認しなくっちゃ……って、だーっ! やっぱり電話も緊張する!! 何回かけても慣れないなぁこういうの。アイツも電話が鳴ったらすぐ出てくれればいいのに、この呼出音が何回も聞こえてくるのが……心臓に……良くない……)
上条より知識も学力も能力も高いくせに何でもない事で挙動不審になってしまうあたり、美琴はまだまだ初心な彼女一年生だ。
ずっと素直になれなくて、やっと自分に素直になって、ようやくその手を掴んだ上条と過ごしたい日々がある。
どんなことをしたいのかを口にしてみたら、上条にものすごく嫌な顔をされてその後ケンカになった。『白い部屋がある海沿いのホテルに泊まってみたい』と試しに言ったら顔を真っ赤にして『却下だ却下!』と断られた。
「ケンカしてた時期があった分、一緒にいたいって思うだけなんだけどなー。アイツだって一緒にいたいって思ってくれてるくせに何でその辺がわかんない訳?」
上条側の事情はともかく、美琴には上条の態度が納得できない。
美琴はツンツン頭の彼氏のことを思い浮かべた後、窓の外に向けていた視線を自分の左斜め下にある、備え付けの学習机に移動。
「甘い物は嫌いじゃないんだけどね……」
二〇八号室の美琴の机の上には、山と積まれたチョコがある。しかも去年より数が多い。一四日には白井黒子を始め同じ寮で暮らす学生達からも届くのは目に見えているので、当日は机が使い物にならなくなるかも知れない。
二月一四日は恋人達の守護聖人ウァレンティヌスの殉教日とも、ローマ神話の女神ユーノーの誕生日とも言われている。日本では前者のイメージが強いが、クリスマス同様これもまた日本の悪しき風説であり、十字教に至ってはスケジュールから彼の生誕祭は外されている。
つまり、チョコを贈るバレンタインデーなど、本来どこにも存在しない。
美琴もこの程度の豆知識なら備えている。これまで積極的に誰かにチョコをあげると言うことはなかったので豆知識同様スルーしていたが、今年は美琴もバレンタインデーに参戦する。ただし、チョコを上条にあげてから告白するのではなく、告白済みの状態でチョコを上条にあげるのだ。
しかも生まれて初めて。
(……、)
美琴は少しの間その光景に思いを馳せた後思考を空白にして
(だ、ダメだ! 今まで読んだマンガの中にそんなシチュエーションは載ってなかった!! こういう時ってどうすれば良いんだっけ? とりあえず当日アイツがちゃんと家に……いなくてもいいから場所だけは確保して、材料は買ってあるからええっとええっと……)
仮免許を取ったばかりのドライバーがいきなり大渋滞の一般道路に放り出された時のような緊張と狼狽と動揺で、美琴の動悸が不規則に乱れる。上条は美琴の彼氏なのだから、美琴が変に身構える必要はどこにもない。にも関わらず、イベントは特別ととらえているせいかどうにも心が落ち着かない。
(待て、落ち着け私! 何でこれくらいで動揺してるわけ? アイツは私の彼氏であって、顔だって毎日見てるんだしアイツの部屋にも行ったしお泊まりした事もあるんだからこんなのどうって事、ないじゃないのよ……)
上条が彼氏であろうとなかろうと、美琴にとって『初めて』のバレンタインデーなのだから、動揺しないわけがない。
(そ、そうだ、電話電話! アイツがちゃんと予定空けてるか確認しなくっちゃ……って、だーっ! やっぱり電話も緊張する!! 何回かけても慣れないなぁこういうの。アイツも電話が鳴ったらすぐ出てくれればいいのに、この呼出音が何回も聞こえてくるのが……心臓に……良くない……)
上条より知識も学力も能力も高いくせに何でもない事で挙動不審になってしまうあたり、美琴はまだまだ初心な彼女一年生だ。
コタツの上に放置していた携帯電話の着信音が唐突に鳴った。
上条は二つ折りの携帯電話をパカッと開き、相手を確認すると美琴の番号が表示されていたので三コール目で慌てて通話ボタンを押した。この間五コールで出たら遅いと怒られたので、待たせると後が怖い。
『もっ、もしもし? 私だけど』
受話器の向こうからものすごくテンパった声が聞こえてきた。
「……どこのオレオレ詐欺だ?」
『ばっ、馬鹿っ! アンタ分かっててやってんでしょ!』
「んで御坂、何か用か? この時間に電話なんて珍しいな。どっからかけてんだ?」
『寮の部屋からよ。今黒子がお風呂入ってるから』
白井がいると何故電話をしてはいけないのだろう?
上条は疑問に思いつつ
「お前何でそんなにテンパってんの?」
聞いてみた。
『て、て、テンパってなんかないわよ! ……それで明日なんだけど、アンタ予定とか入れてないわよね?』
「明日?」
上条は壁に掛けたカレンダーを確認して
「……日曜だよな? 一四日の日曜日。空いてるぞ。今日が金曜日だったら面白かったんだが」
『そんなことはどうでもいいからそのまま予定空けといて。間違っても誰かと約束なんかするんじゃないわよ?』
「良いけど……何だ? デートでもすっか?」
『で……ッ!? そ、それはアンタが誘ってくれるならもちろん行くわよ! 一応念のために聞いておくけど、アンタ明日が何の日か知ってるわよね?』
「日曜日」
『……ねぇアンタ、それって本気で言ってる?』
「じゃあ元バレンタインデーの日で」
『元って何なのよ元って!? しかも「じゃあ」って言ったって事は最初から何の日か分かってるって事じゃないのよっ! 私で遊ぶなあっ!!』
受話器の向こうで美琴がぎゃあああっ! と吼えた。
白井に内緒で電話しているらしいのにこんだけ騒いで大丈夫なんかなアイツと上条は考えて
「だってほら、今年のバレンタインデーは日曜日とぶつかったから成人式みたいに」
『バレンタインデーは繰り上がったりしないわよっ! その前に祝日でも何でもないでしょうが!』
渾身のツッコミが返ってきた。
「……で、落ち着いたか?」
『私は最初っから落ち着いてるのにアンタが変に引っかき回してるだけでしょ! ……もう。だから明日は予定入れないで空けといてね。いい?』
「わかった。明日だな」
『そっ、それじゃ黒子がそろそろ出てきそうだから切るわね。おやすみ』
かかってきた時と同様に、通話は唐突に途切れた。
「で……明日何が何時からどうなるんだ?」
電話が切れた後になって大事なことが何一つ決まっていないことに気がつく、鈍い彼氏一年生の上条だった。
上条は二つ折りの携帯電話をパカッと開き、相手を確認すると美琴の番号が表示されていたので三コール目で慌てて通話ボタンを押した。この間五コールで出たら遅いと怒られたので、待たせると後が怖い。
『もっ、もしもし? 私だけど』
受話器の向こうからものすごくテンパった声が聞こえてきた。
「……どこのオレオレ詐欺だ?」
『ばっ、馬鹿っ! アンタ分かっててやってんでしょ!』
「んで御坂、何か用か? この時間に電話なんて珍しいな。どっからかけてんだ?」
『寮の部屋からよ。今黒子がお風呂入ってるから』
白井がいると何故電話をしてはいけないのだろう?
上条は疑問に思いつつ
「お前何でそんなにテンパってんの?」
聞いてみた。
『て、て、テンパってなんかないわよ! ……それで明日なんだけど、アンタ予定とか入れてないわよね?』
「明日?」
上条は壁に掛けたカレンダーを確認して
「……日曜だよな? 一四日の日曜日。空いてるぞ。今日が金曜日だったら面白かったんだが」
『そんなことはどうでもいいからそのまま予定空けといて。間違っても誰かと約束なんかするんじゃないわよ?』
「良いけど……何だ? デートでもすっか?」
『で……ッ!? そ、それはアンタが誘ってくれるならもちろん行くわよ! 一応念のために聞いておくけど、アンタ明日が何の日か知ってるわよね?』
「日曜日」
『……ねぇアンタ、それって本気で言ってる?』
「じゃあ元バレンタインデーの日で」
『元って何なのよ元って!? しかも「じゃあ」って言ったって事は最初から何の日か分かってるって事じゃないのよっ! 私で遊ぶなあっ!!』
受話器の向こうで美琴がぎゃあああっ! と吼えた。
白井に内緒で電話しているらしいのにこんだけ騒いで大丈夫なんかなアイツと上条は考えて
「だってほら、今年のバレンタインデーは日曜日とぶつかったから成人式みたいに」
『バレンタインデーは繰り上がったりしないわよっ! その前に祝日でも何でもないでしょうが!』
渾身のツッコミが返ってきた。
「……で、落ち着いたか?」
『私は最初っから落ち着いてるのにアンタが変に引っかき回してるだけでしょ! ……もう。だから明日は予定入れないで空けといてね。いい?』
「わかった。明日だな」
『そっ、それじゃ黒子がそろそろ出てきそうだから切るわね。おやすみ』
かかってきた時と同様に、通話は唐突に途切れた。
「で……明日何が何時からどうなるんだ?」
電話が切れた後になって大事なことが何一つ決まっていないことに気がつく、鈍い彼氏一年生の上条だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二月一四日、午後一時三〇分。
妙にぐったりした美琴が上条の部屋に現れた。
「おっすー……」
何があったのかは分からないが、上条はお疲れ気味に挨拶する美琴が気の毒に思えて
「……帰るか? 何だったら寮まで送って」
「今来たばっかの人間を帰そうとすんじゃないわよアンタっ!」
元気いっぱいで怒られた。
「でもよ、昼間っからそんなにぐったりっつーかげっそりして一体何があったんだ?」
「寮でちょっとね……。私にもいろいろあるんですよー。まさに女子校の本領発揮って奴? うふふえへへあははー……」
美琴は力なく笑っている。何か心に相当なダメージを受けたらしい。
上条は美琴の腕を引っ張って、ともかく部屋に上げることにした。美琴に比べると下手くそだがお茶を淹れて出してやると、美琴は人心地ついたのか
「お台所を貸してほしいのよ。んで、できればアンタ三時間くらい外に出ててくれる?」
居直り強盗もビックリの発言だ。
上条は疑わしげな視線を美琴に向けて
「何だ? また家捜しすんのか?」
「探されちゃまずい物でもどっかに隠してんの?」
「……ドコニモナイデスヨソンナモノ」
どうやら藪蛇だったらしい。
上条はよっこいせ、と立ち上がると
「三時間だな? 終わったら電話くれ。お前の言うとおりちっと外に行ってくるからよ」
火の元だけは気をつけろよーと背後に向かって声をかけると、上条はバッシュを履いて部屋の外へ出た。
妙にぐったりした美琴が上条の部屋に現れた。
「おっすー……」
何があったのかは分からないが、上条はお疲れ気味に挨拶する美琴が気の毒に思えて
「……帰るか? 何だったら寮まで送って」
「今来たばっかの人間を帰そうとすんじゃないわよアンタっ!」
元気いっぱいで怒られた。
「でもよ、昼間っからそんなにぐったりっつーかげっそりして一体何があったんだ?」
「寮でちょっとね……。私にもいろいろあるんですよー。まさに女子校の本領発揮って奴? うふふえへへあははー……」
美琴は力なく笑っている。何か心に相当なダメージを受けたらしい。
上条は美琴の腕を引っ張って、ともかく部屋に上げることにした。美琴に比べると下手くそだがお茶を淹れて出してやると、美琴は人心地ついたのか
「お台所を貸してほしいのよ。んで、できればアンタ三時間くらい外に出ててくれる?」
居直り強盗もビックリの発言だ。
上条は疑わしげな視線を美琴に向けて
「何だ? また家捜しすんのか?」
「探されちゃまずい物でもどっかに隠してんの?」
「……ドコニモナイデスヨソンナモノ」
どうやら藪蛇だったらしい。
上条はよっこいせ、と立ち上がると
「三時間だな? 終わったら電話くれ。お前の言うとおりちっと外に行ってくるからよ」
火の元だけは気をつけろよーと背後に向かって声をかけると、上条はバッシュを履いて部屋の外へ出た。
時間も時間なので昼食を摂ろうかと思ったが、消化試合のように一二日から食べ続けたチョコのせいで何だか胸焼けがする。
上条はもはやチョコの匂いしか感じられない呼吸を繰り返しながらてくてくと街の中を歩いていた。
今日は二月一四日、聖バレンタインデー。
クリスマスほどではないが、あちらこちらで幸せいっぱい夢いっぱいのカップルばかりが目につく。上条はそういや俺もそっち側の人間になっちゃったんだよなと呟いて、頭をガリガリかきながら辺りを見回すと、知らないうちにどこかの広場に出ていたらしく
上条はもはやチョコの匂いしか感じられない呼吸を繰り返しながらてくてくと街の中を歩いていた。
今日は二月一四日、聖バレンタインデー。
クリスマスほどではないが、あちらこちらで幸せいっぱい夢いっぱいのカップルばかりが目につく。上条はそういや俺もそっち側の人間になっちゃったんだよなと呟いて、頭をガリガリかきながら辺りを見回すと、知らないうちにどこかの広場に出ていたらしく
上条の周り全員がカップルだった。
逆に上条のような一人ぼっちの人間が見つからない。
逆に上条のような一人ぼっちの人間が見つからない。
「……ちょ……え……あ……あれ……?」
バツが悪い。気まずい。まるで魔術以外の異世界に足を踏み込んでしまったみたいだ。
うう、出口はどこだと周囲をキョロキョロしていると向こうに見えるフェンスの前ではべったりと抱き合ってるカップル、あっちのベンチでは彼氏の膝の上に彼女が横向きに座っていたりと、目の毒な景色ばかりが視界に入ってしょうがない。確かあれって御坂がやりたいとか言ってたヤツだよなと勇気を出して、離れたところに腰掛けているカップルの姿を自分と美琴に置き換えて
(……ダメだダメだダメだ! 無理無理御坂さん俺あんなの人前でなんかできません! 絶対無理!)
純情少年上条当麻はまぶたを固く閉じ拳を握りしめると、最後にちらっと見えた出口の方角に向かってうわああああああああああああ!! と叫びながら走り出した。
もうやだ。
拝啓、神様。
彼女はできたけど何故俺はこんなに不幸なんでせうか?
バツが悪い。気まずい。まるで魔術以外の異世界に足を踏み込んでしまったみたいだ。
うう、出口はどこだと周囲をキョロキョロしていると向こうに見えるフェンスの前ではべったりと抱き合ってるカップル、あっちのベンチでは彼氏の膝の上に彼女が横向きに座っていたりと、目の毒な景色ばかりが視界に入ってしょうがない。確かあれって御坂がやりたいとか言ってたヤツだよなと勇気を出して、離れたところに腰掛けているカップルの姿を自分と美琴に置き換えて
(……ダメだダメだダメだ! 無理無理御坂さん俺あんなの人前でなんかできません! 絶対無理!)
純情少年上条当麻はまぶたを固く閉じ拳を握りしめると、最後にちらっと見えた出口の方角に向かってうわああああああああああああ!! と叫びながら走り出した。
もうやだ。
拝啓、神様。
彼女はできたけど何故俺はこんなに不幸なんでせうか?