とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part11

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Bitter_or_sweet.


 かくして、上条は一時間も街を走り回った。
 上条としてはあの広場から出られればそれで良かったのだが、何となく足に勢いがついてしまった。上条はどこかの歩道で立ち止まってはぁ、はぁと肩で息をつき、無駄にすり減らしたHPはどこで回復すりゃ良いんでしょうかと汗をかいた額を袖口で拭っていると、後ろからポン、と誰かに肩を叩かれた。
「カーミやーん? こんなところで何してるんだにゃー?」
「土御門? そう言うお前こそこんなとこで何してんだ?」
 薄い青のサングラスをかけて、首から金の鎖をぶら下げたボクサー崩れの用心棒を思わせる風体の土御門元春は、花束を肩に担いで上条に左手を軽く挙げ、にゃーと猫ボイスで挨拶した。
「オレか? 今日はバレンタインデーだからたまには舞夏に花でも買ってってやろうと思ってさー、何の種類かわかんないけど花屋で適当に見繕ってもらったんだぜい」
 土御門は右肩に担いだ花束をほい、と上条の前に突き出す。この季節に咲く花の種類は知らないが、セロファンで周囲を覆われた花束はなかなかに色彩豊かで、リボンも二種類の色を重ねてたっぷりと使われている。確かにこれなら女の子受けしそうだ。
「間違っても菊の花とか入れてんじゃねえぞ?」
「さすがにそんなお馬鹿な真似はしないにゃー」
 菊は弔花として使われることがあるため、お祝いの席などで見ることは少ない。上条のツッコミを土御門は何気なくかわして
「そういやカミやん? 今日はバレンタインデーだけど、超電磁砲はどうしたのかにゃー? もしかしてもうフラれた?」
「……アイツをそんな通り名で呼ぶなよ」
 土御門の無神経な呼び方が何故か頭に来て、上条は吐き捨てるように言う。
「カミやん、呼び名一つで目くじら立てるなんてずいぶんあの子にご執心なんだにゃー? ……もしかしてもうヤッちゃった?」
「何もしてねえよ! 大体アイツは中学生だろうが! 俺達は健全なお付き合いをしてるの! お前んとこみたいに妙になまめかしい関係じゃないんだって!」
「……やっぱカミやんは年下じゃ萌えないって事でファイナルアンサー?」
「すんなよ! ……なあ土御門」
「何だ?」
 上条の口調がまじめくさった物に切り替わったのを感じ取り、土御門も言葉を短く束ねる。
「お前と舞夏ってさ、何でそんなに仲良いの?」
「そりゃ、俺の愛の賜物で……」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「待て、待てカミやん! 悩んでるんだったらオレだってちゃんと相談に乗るぜよ?」
 拳を固めて追いすがる上条に戦く土御門。
「悩んでるっつーか」
 上条はよっこいせ、と近場のガードレールに腰掛けて
「アイツが……いっそ妹だったら良かったな、って思っただけだよ」
 親しいけれど一定の線を超えず、タメ口を聞いて時にはケンカし時には笑いあう。仲良くほんの少しだけ恋人っぽく、それでも一本の線を超えない関係。美琴は妹キャラから一番遠い存在だと上条は思うが、美琴と上条はわがままな妹に手を焼く役立たずの兄貴のような感じだと掴みかけていた。
 何となく異性として意識してしまう距離感も、愛しいと思えてしまうのもそう考えれば全てつじつまが合う。食事を作って新婚さんみたいだと喜んでいるのも全部。
 戻れないと分かっていても、元には戻れないと分かっているからこそ手の届かなくなった幻想は、上条にとって儚く尊い、形なき何かだった。
「なあカミやん。カミやんがあの子を選んだのは間違ってるとでも言うのか? 安っぽい感傷であの子と付き合ってるのか?」
「そうじゃねえけど、そうじゃねえけどよ……」
「カミやん」
 土御門はもう何も言うなと上条に向かって首を横に振り
「ロリコンってのは相手の外見もロリっぽくないと成立しないんだぜい? だからあの子は厳密に言うとロリじゃないから心配することはないんだにゃー。海原は実年齢が分からないから八歳以上離れてっかも知れないけど」
「俺はロリコン趣味も願望もねえしついでに言うならお前のような話の通じねえ友人を持って俺はつくづく幸せだよ土御門!」
 対する上条は右手の幻想殺しを固く固く固く握りしめる。
 真面目に相談に乗ると言いながら期待した回答が得られなかった上条は、お礼に友情の熱い拳を土御門にお支払いしてその場を立ち去った。そういやそろそろ美琴が言ってた三時間過ぎてんじゃねえかと上条はポケットから携帯電話を取りだして、着信を確認する。
 着信はなし、メールもなし。
「あれ? 俺出てきた時間見間違えたのか?」
 待ち受け画面で現在時刻を確認すると、上条が部屋を出てから三時間ちょっとが経過している。美琴からは厳密に三時間きっかりで帰ってこいとは言われていないので、もうちっとどっかで時間でもつぶすかなと考えていたら、携帯電話の着信音が鳴って待ち受け画面に美琴の番号が表示された。上条は親指で通話ボタンを押して
「うーい」
『もしもーし。今アンタどの辺にいんの?』
「んーっと」
 上条は辺りをキョロキョロと見回してから表示板を見つけると
「たぶんそこから歩いて一〇分くらいかな。いつもは来ないとこなんで大体の予想だけど」
『じゃ、ちょうど良い頃合いかな。帰ってきて良いわよ』
「良いわよ、ってそこは俺の部屋じゃねえのか?」
『はいはい、つべこべ言うんじゃないの。待ってるからね』
 ぶつっ、と通話が一方的に切れる。
 上条は繋がりの切れた携帯電話をしばし眺め、パチリと閉じるとポケットにしまい
「……この展開で台所貸せって言ったら、やっぱりチョコ……だよな。帰りたくないような帰らなくちゃならないような……不幸だ」
 これ以上ないほどに肩をがっくりと落とし、自室へ向かってトボトボと歩き出す。
 またチョコだ。きっとチョコだ。間違いなくチョコだ。
 上条は猛烈な不幸の予感を感じて歩きながら泣きそうな顔になる。

「ただいまー……」
「お帰り」
 不幸の予感を引きずった上条が玄関を空けると、エプロン姿の美琴がパタパタと足音を立てて上条を出迎えた。
 上条は俺って仕事から帰ってきたサラリーマンみたいだなと思いながら
「お前が三時間って言うから外に出てたけど、チョコ作るのってそんなに時間かかるもんなのか?」
「今日作ったのがちょっと手間のかかるもんだってのもあるけど、途中で……ちょっとね」
「?」
「……アンタを訪ねて女の子が来たの。チョコ持ってね」
 何を思い出したのか、美琴は不機嫌な顔を隠しもしない。
「こっちが、髪が長くてきれいな女の子から。結構美人ね」
 美琴は冷蔵庫から二つの小箱を取り出すと、まず細長いペンケースのような箱を上条へ。
「で、もう一つが二重まぶたのぱっちりしたピンクっぽい女の子。家庭的な感じで、なーんかいかにもアンタのタイプよね」
 こちらは大きく平べったく、いかにも中身はハートのチョコですと書いてありそうな可愛くラッピングされた箱を差し出した。
 上条は何でコイツこんなに不機嫌なんだろうと思いながら、受け取った二つの箱をひとまず冷蔵庫へ戻す。
「それから、アンタ宛に国際便の荷物が届いた。送り主の名前は」
 美琴は冷蔵庫に入れられなかった少し大きめの箱を三つ台所の隅から持ち出し、一つずつ箱を指差しながら積み重ねるように上条に手渡して
「これが……オリアナ=トムソンさん」
 ネイティブのようになめらかな発音で、英字で書かれた宛名を読み上げる。
「こっちがオルソラ=アクィナスさん。差し出し元はイギリスからだけど、名前からするとイタリア出身? で、最後が……アンタの友達ってブラックジョークが好きなの? これ『英国第二王女キャーリサ』って書いてあるんだけど」
「はは、はははは、オリアナにオルソラにキャーリサ、ね……あいつら揃いも揃って何考えてやがる」
「海の向こうからも届くなんて、アンタホントにモテんのね。美琴さんは鼻が高いわー、こんなモテモテの男を彼氏にできるなんてね」
 美琴は口調とは裏腹に、白い目で上条を睨む。
 オルソラは分からんでもないけど何でオリアナとしかもキャーリサが俺に贈って寄こすんだよと首をひねりながら、上条はややかさばる三つの箱を部屋の隅に下ろした。
 最後に美琴は、小さく白いハートの形をした掌サイズの箱を取り出し、両掌の上に乗せて、やや上目遣いで頬をほんのりと赤く染めながら上条の前にそっと差し出す。
「はい。世界でたった一つの、私からバレンタインデーのチョコレート。受け取って……初めて作ったんで上手にできてないかも知れないけど」
「初めて?」
 美琴は大概の料理なら上条より上手に作ってみせるので、チョコが初めてとは意外だなと考えていると
「学校でもらったバレンタインデーのチョコは、今までデパ地下とかで買ってお返ししてたから。あんなにたくさん来たらとても手作りじゃ対応しきれないわよ」
「……なあ。ちなみに今年はいくつチョコもらったんだ?」
「ちゃんと数えてないけどたぶん全部で五〇個以上かな」
 ごじゅう………………ッ!? と上条は絶句する。
 それはつまり、美琴は一二日から追加で二五個以上もらったという計算だ。美琴も朝からそれだけの人数に対応してたら疲れるのも無理はない。
 とにもかくにも、今上条の目の前にあるのは美琴の手作りチョコだ。
 小さくて白いハートの形をした箱に、ピンクのリボンがかけられている。包装も自分でやったのかと感心して、直後上条は泣きたくなった。
 一二日からずっと、消化試合のようにチョコを食べ続けてきたのだ。もうこれ以上チョコは欲しくないし見たくない。
 ……分かっちゃいたけどやっぱりチョコかあ。
「なあ、これもったいないから取っといても」
「今食べて。私の目の前で。……初めて作ったんだもん、食べてくれるわよね?」
 上条は泣きたくなった。もういっそ今この場で泣きたい。
 上条は限界まで引きつった笑顔で美琴から受け取った小箱を両手で捧げ持ち、リボンの端をを引っ張って解く。蓋に手をかけ、おそるおそる取り去ると、ハート型の小箱の中には小さく丸まってココアパウダーがかけられた黒い物体が六個納められていた。
「……これって、トリュフとか言う奴か? お菓子屋さんの店頭で見かけたりする……」
 バレンタインデーの定番、トリュフチョコレートは一見作るのは簡単そうに思えるが、独特の舌触りを追求すると製作に二時間以上かかるのはザラだ。手間暇かけて作るので、作り手の愛情と腕の見せ所でもある。
「そ。アンタはここんとこずっとチョコばっか食べてるみたいだし、モテモテの彼氏に気を遣って量を少なくしといたから、感謝しなさい」
 大量にあったらさすがに上条も残したかも知れないが、トリュフチョコ六個なら何とか食べられる。上条は黒い粒を一つつまみ、思い切って目をつぶって口の中に放り込んだ。
「…………あれ? そんなに甘くねえな、これ」
「もう甘いのはうんざりでしょ? せっかく作ったのに食べてもらえないんじゃがっかりだから、ビターチョコで作ったの。といっても、レシピは土御門にレクチャーしてもらったんだけどね」
「つちみかど?」
 どこかで聞いたことのある名前だがもしやその人は。
「うん。うちの寮で実地研修中の、家政学校から来てるメイド見習いなんだけど、この子が料理すごくうまいのよ。何を作ってもプロの料理人顔負けの腕前で、私もちょくちょく教えてもらってんだ」
 たぶんその土御門というのは下の名前が舞夏と言って、俺の部屋の隣にその子の義兄が住んでいて、週二回は隣の部屋を訪れてて、俺はその子の作ったシチューを食べたことがあるんだと言いかけて、上条は口を閉じた。
 それでなくても美琴は他の女の子の名前が出てピリピリしているのだ。ここでうかつに舞夏の名前を出すと変な藪蛇になりかねない。
「そうか……これ、うまいな、うん」
 上条は曖昧に微笑むと二個目、三個目とトリュフチョコを口の中に放り込んでゆっくりと溶かし、舌で丁寧に味わう。どれだけ高価な材料を使ったのか想像もつかないが、舞夏直伝のチョコならばこのうまさにも頷ける。
 上条は四個目を頬張って
「……うん、うまい。これなら食える。サンキュー、御坂」
 美琴はそれを聞いて対面で小さく笑う。
「ホント、こんくらいの甘さだったらいくらでも…………?」
 上条は口の中に五個目のトリュフチョコを放り込み、直後上条の口の中と、そして上条の対面に座った美琴が爆発した。
「――――――――――――――――――――――――――――――!!! もごっおごごごごごごごごぐうぎゃああああああああァあっ!?」
「…………くっくっく、あははははは! やーいやーい引っかかった! そのトリュフチョコ、六個のうち一個だけ中身がまるごと七味唐辛子のロシアンルーレットよ! あっはっはっはっ、ひーっ、おかしい! その顔ウケる! ちょっと写真メール取らせて面白いから! いやー、アンタが唐辛子チョコいつ食べるかこっちはドキドキしてたわよ。猫かぶっておとなしく我慢してた甲斐があったってもんねー」
 常盤台中学のエースにして見目麗しい(はずの)品行方正(でないと困る)なるお嬢様は、はしたなくも上条に向かって指を差し、体を捩り足をジタバタ振って大笑い。
 美琴は何も最初から唐辛子チョコを作ろうと狙っていたわけではなかった。
 美琴からすれば、自分はやっとの思いで告白して彼女になって部屋に招いてもらったのに、上条の『ただの友達』が何の苦もなく上条の部屋を知っているというのが許せなかった。
 これは日曜日だというのに上条の部屋を自分の知らない女の子がチョコを持って尋ねてきたことに腹を立てた、美琴から上条へのお灸だった。
「その七味唐辛子をトリュフっぽく丸めるのに苦労したんだー。アンタのことだから一個目で引っかかると思ってたんだけど、まさか五個目で引くとはねー」
「みっ、みさっ……テメッ……みっ、みっ……みず……」
 怒りたくても口の中が燃えるように熱くてうまくしゃべれない。
 上条は火を噴きそうな口と喉元を押さえてゴロゴロと床を転がっていく。美琴はそんな上条を気の毒に思ったのか、目の端に浮かべた涙を指で拭いながら、はいこれと湯飲みを差し出した。上条はそれを受け取ると一気にゴクゴクと中身を飲み干して

 美琴謹製、二重の罠が上条を襲う。

「――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
 上条はもう声も出せない。
 辛さで染まりきった口と胃の中にお茶など温度の高い飲み物を注ぎ込んだらどうなるか。
「……ダメだ、ダメだ、もうダメだ!! アンタのその顔おかしすぎる!! 一生忘れられないもんを見せてもらった! ひーっ、おかしい、これは笑える!! あっはっはっはっ、あっはっはっはっ、あはははは!!」
 顔を真っ赤にして苦しみにのたうち回る上条を指差しながら、美琴は両手を合わせてパンパンと叩き、床を拳で殴ると腹を抱えたまま大笑いして床を転げ回る。チェックのスカートがめくれて中の短パンが上条から丸見えになろうとお構いなしだ。
「み……みさか……ちょ、チョコよこせ……あと一個残ってたよな……」
 上条はどうにかこうにか体を起こして残り一個のトリュフチョコに手を伸ばす。
 僅差でチョコは美琴に奪われた。
 美琴はチョコを親指と人差し指の間でつまんで持ちながら、上条を見てニヤニヤ笑うと
「アンタ、チョコはもういらないのよね? あっちこっちでたくさんもらって食べたでしょ?」
「いりますいりますいりますとも!」
「本当に?」
「本当です!」
 美琴は指の間につまんだトリュフチョコと、上条の顔の間で何度も何度も視線を往復させる。そして、意を決したように美琴はつまんでいたトリュフチョコを自分の唇に押し当ててくわえると、上条にそのまま差し出した。
「……ん」
「え!?」
 上条はそれを見て慌てるが、美琴はまるで呼吸でもするかのように上条に顔を近づける。
(う、う、うわ! ちょっと待て俺! こ、これじゃチョコ食った瞬間御坂とキスじゃねえか! ど、どうする、どうするよ!?)
 美琴はほんの少し目を細め、なおも上条の口元にチョコを近づける。
(……キスってやっぱ甘いのか……?)
 上条は美琴の動きに合わせるようにおそるおそる首を伸ばした。鼻の頭に美琴のくわえたトリュフチョコの匂いを感じて

 美琴は上条の目前でウィンクしながら口にしたトリュフチョコをぱくっと頬張った。

「残念で・し・た」
 ブチリ、と言う小さな音が聞こえた。
 三度目の正直に純情を弄ばれて上条の堪忍袋の緒が切れた音だった。
「……テメェ! 七味唐辛子で死にそうな俺の目の前で最後の一個食いやがって! もう頭に来た! こうなったら他の奴からもらったチョコ食ってやる!」
 上条は叫ぶ。火を噴きながら部屋の隅まで匍匐前進開始。
 美琴は上条の背中に飛び掛かり、馬乗りになって上条の行動を阻止する。
「ちょ、ちょっと! 彼女の目の前で他の女からもらったチョコ食べるなんてどういう神経してんのよアンタっ! 止めなさいってば!」
 美琴の動きは一歩及ばず、上条の両手は床においてあった三つの国際便にかかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 上条は叫び、バリバリと箱を破るようにして中身を取り出す。
「…………………………あれ、せんべい?」
 オリアナから届いたのは、メイドインジャパンの醤油味せんべいだった。やっぱり海の向こうは日本ブームなのだろうか。
「わ、訳わかんねーぞオリアナ……。アイツのマイブームなのかこれ? くそ、じゃあオルソラは!? アイツ料理上手だったしアイツなら期待できる!」
 オルソラの贈り物の中から出てきたのは
「……飴玉……ってどっかで見たことあるぞ! これ渋柿キャンディじゃねえか! 辛い上ににがくなったら訳わかんねえだろ! 次だ次!」
 最後にキャーリサが贈ってきたのは
「……ユニオンジャックのペナントって、どんだけ意外性狙えば気が済むんだあの女! まんま母親譲りじゃねーか! これってイギリス土産か? イギリス土産だなちくしょー!」
「ああ……そっかそっか、なるほどね」
 美琴は上条の背中に馬乗りになって
「バレンタインデーにチョコ贈るのって、日本だけの風習なのよ。海外じゃ、チョコの代わりに本とかお菓子とか、ちょっとした贈り物を贈るの。『Be My Valentine.』ってカードを添えてね」
 せんべいと渋柿キャンディとユニオンジャックのペナントを見て納得したように笑う。
「な、何だよそれ…………………………………………不幸だ」
 期待を大きく裏切られた上条は美琴を背中に乗せたまま、がっくりと床に崩れ落ちた。
 世の中そんなに甘くない。

 お腹がパンパンに膨れるまで水を飲んで辛さを克服した上条は、水の飲み過ぎで動けなくなって美琴の膝枕を借りていた。
「ちょっとやり過ぎちゃったわね。ごめんごめん」
 美琴は少しだけ笑いを堪えながら、上条のおでこを撫でている。
「うだー……変な顔見られた……俺もうお婿に行けねえ……」
「そしたら私がアンタをもらってあげるわよ」
「いっそそうしてくれ……」
 上条は呻き声を上げ、美琴の膝の上でなすがままに身を任せる。口と喉と胃がひりひり痛むが、後頭部に触れる感触はそれを差し引いてもお釣りが来るくらい柔らかい。
 上条は美琴の膝枕の上で目を閉じる。
 何か違うことを考えようとしても、最後のチョコの行く末と、背中に乗った美琴の重みと、後頭部で感じる柔らかさに神経が向いてしまう。
 きっとひりひり痛むのがつらいから逃れたいんだと自分の中で結論づけてから目を開けて、そこで自分をじっと見つめる美琴と目が合った。
(……きれいな目をしてるよな、コイツ)
 茶色の瞳は、微動だにせず上条を見つめている。
 口には出さずに、美琴は上条の名を呼んでいた。
「なあ、御坂」
「何?」
「……ごめん」
「何でアンタが謝んのよ? 私の悪ふざけが過ぎたのに……」
「そうじゃねえ、そうじゃねえんだ……」
 ずっとこの目を知っていて、ずっと気づかずにいた。
 きれいな瞳を持って、柔らかくて、暖かい―――自分とは違う存在。
 美琴は女の子だけど、妹じゃない。
 上条はもっと早くに気づいてやれば良かったと、口には出せずに心で詫びた。
 上条に何ができるわけでもない。美琴に何をしてやればいいのかもまだ分からない。
 その瞳にかなうだけの答えを出すには、上条には何もかもが足りなすぎた。
 上条は美琴の膝の上で横を向き、美琴の腰の後ろで拳を握りしめる。そして頭を下げるように目を閉じて、
 思う。
(ごめん、御坂。今までずっと)
 上条は心の中でだけ言える言葉を告げ、美琴の五本の指は許すようにゆっくりと上条のツンツン頭を撫で、黒い髪を梳いた。


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